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夜がどれほど暗くても*中山七里

  • 2020/07/09(木) 18:34:18


人間の不幸に底はないのか?水に落ちた犬は叩かれ続けるのか?息子の殺人疑惑で崩れ去った幸せ―。スキャンダルとネットの噂に奪われた家族。だが男は諦めなかった―。


息子が殺人を犯し、しかもその場で命を絶ったと、警察から知らされた、大手出版社の雑誌の副編集長・志賀の目線で描かれた物語である。息子・健輔は、大学のゼミの教授の家に押しかけ、教授とその夫を殺したあげく自殺したという。仕事にかまけて、ひとり息子と向き合わずに来た志賀は、健輔のことを何も知らないことに愕然とする。妻の鞠子との関係も壊れ、その後の志賀がどう行動するのか興味深かったが、まず不思議に思ったのは、健輔の犯行を思いのほかあっさりと認めてしまったように見えることである。いくら最近の彼のことを知らないとはいえ、そこまでの状況に陥った理由を突き詰め、息子の無実の可能性を探ろうとしなかったのが、いささか腑に落ちないところではある。そこを於けば、犯罪加害者家族に向けられる世間のバッシングや、ひとり残された被害者の中学生の娘のその後など、興味深く惹きつけられる要素は多かった。最終的にはよかったと言えるのかもしれないが、失った命が帰らない限り、後味の悪さは残る一冊ではある。

銀行狐*池井戸潤

  • 2020/07/06(月) 18:24:43


銀行には金と秘密と謎がある。いや時には、頭取宛てに「狐」から脅迫状が届いたり、金庫室から老婆の頭部が見つかることも―怨みを買うことは日常茶飯事、となれば犯人像もまた多岐にわたる。動機は金の怨みか、憎しみか、悲しみか。日常に亀裂が走り、平凡な人間に魔が差すときを描いた、ミステリー短編集全5編。


表題作のほか、「金庫室の死体」 「現金その場かぎり」 「口座相違」 「ローンカウンター」

一般には知られざる銀行内部の事情や実情、からくりなどがうかがい知れて、興味深くもあり、恐ろしくもある。個人情報がここまで細かくさらされていると思うと、銀行員のモラルは徹底的に管理してもらわなければ怖くて銀行を利用できなくなりそうでもある。物語は、どれも思ってもいない展開を見せ、狸と狐の化かし合い的なものから、ストーカー的なものまで幅広く、そのどれもが恐ろしが、惹きこまれる。銀行内部を知っている著者ならではの一冊である。

礼儀正しい空き巣の死*樋口有介

  • 2020/07/04(土) 16:19:31


東京・国分寺市の閑静な住宅街で、盗みに入ったホームレスが風呂を拝借してそのまま死んだ。靴を揃えて服を畳み、割れたガラスを補修して、やけに礼儀正しい空き巣の最期だった。死因は持病の心疾患で事件性はなく、刑事課の管掌外。だが臨場した金本刑事課長は、そこが三十年前の美少女殺害事件の隣家であることに気づいた。これは単なる偶然か、何かの因縁なのか?金本から相談を受けた卯月枝衣子警部補は、二つの死の繋がりを探るべく、極秘に捜査を継続する。三十年越しの“視線”にゾッとする、新感覚ミステリー!


「礼儀正しい空き巣の死」から、芋づる式に暴かれていく未解決事件の真相が、どれもこれもおぞましくて身震いする。だが、現場を踏んだ刑事の勘や、なんだか嫌な感じ、という違和感のようなものは、存外侮れないというのは、小説の中だけではなく、現実にもあるのではないだろうか。そこに拘るか、通り過ぎてしまうかが、その後の捜査の重要なポイントになったりすることもあるだろう。本作は、拘りぬいた刑事の勝利である。さまざまな要素を盛り込み過ぎた感は否めないが、あっちもこっちも展開が気になって、興味深く読める一冊だった。

天国旅行*三浦しをん

  • 2020/07/01(水) 16:32:54


現実に絶望し、道閉ざされたとき、人はどこを目指すのだろうか。すべてを捨てて行き着く果てに、救いはあるのだろうか。富士の樹海で出会った男の導き、命懸けで結ばれた相手へしたためた遺言、前世の縁を信じる女が囚われた黒い夢、一家心中で生き残った男の決意―。出口のない日々に閉じ込められた想いが、生と死の狭間で溶け出していく。すべての心に希望が灯る傑作短編集。


タイトルの軽快さとは裏腹に、「心中」が題材の物語である。ひと口に心中と言っても、そこに辿り着くまでの道筋は、千差万別。心中の数だけわけがあり、心中の数だけ憂いがあり、心中の数だけ葛藤がある。そんな一筋縄ではいかない心中に至る心の闇と、決意してからのあれこれが淡々と描かれている。ただどの物語も、人生に見放されました、ここで終わりにします。などという簡単なものではなく、心中その後があるのがミソなのかもしれない。生きていくとは何かを考えてみたくなる一冊である。

のご挨拶*小路幸也

  • 2020/06/29(月) 16:45:08


港町を見下ろす高台にある高級料亭旅館“銀の鰊亭”。一年前の火事で当主とその妻は焼死。二人を助けようと燃え盛る炎の中に飛び込んだ娘の文は怪我を負い、記憶を失った。ところが、その火事の現場には身元不明の焼死体もあった―。あの火事は“事故”なのか“事件”なのか?文の甥・光は刑事の磯貝とその真相を追うことになるのだが…。


歴史ある高級料亭旅館<銀の鰊亭>の知る人ぞ知る謎と、それにまつわる人たちの物語。もしもそれが事実だったとしたら、ものすごく大変なことなのだが、表向きのことしか知らされていない世間の人々にとっては、穏やかな日常が流れているのだろう。だが、コアなところでは、疑惑や思惑や駆け引きが繰り広げられ、まるで、川に浮かぶ水鳥の足掻きのようである。本当のところはどうだったのかは、永遠の謎だが、誰も不幸にしないところに落ち着いたのだろうと思う。仁さんのことは、残念だったが。文さんの記憶が戻ったらどうなるのか、ちょっぴり気になる一冊でもある。

もう誘拐なんてしない*東川篤哉

  • 2020/06/27(土) 12:57:28


大学の夏休み、先輩の手伝いで福岡県の門司でたこ焼き屋台のバイトをしていた樽井翔太郎は、ひょんなことからセーラー服の美少女、花園絵里香をヤクザ二人組から助け出してしまう。もしかして、これは恋の始まり!?いえいえ彼女は組長の娘。関門海峡を舞台に繰り広げられる青春コメディ&本格ミステリの傑作。


ドラマになったという記述も見かけたが、確かに映像向きかもしれない。ハチャメチャな設定に派手な展開。道具立てもぶっ飛んでいて、笑える要素も、じんとさせる要素もある。しかも、そもそもの誘拐の動機づけになった理由は、冒頭であっけなく解決されているので(本人たちは知らないが)、言ってみれば無駄などたばた騒ぎだったことになるのも愉快である。だが、表向きの愉快さの裏には、本気の企みが隠されていて、しかもこれが結構純愛だったりするところもなかなかである。気軽に読めて惹きこまれる一冊だった。

逆ソクラテス*伊坂幸太郎

  • 2020/06/24(水) 12:52:56


逆境にもめげず簡単ではない現実に立ち向かい非日常的な出来事に巻き込まれながらもアンハッピーな展開を乗り越え僕たちは逆転する!無上の短編5編(書き下ろし3編)を収録。


子どもと、かつて子どもだった大人が主人公の物語。小学校時代の恩師・磯憲がかつて語った言葉が、おそらく本人の意図以上に子どもたちの心に響き、その影響を受けたその頃の彼らと、その影響を受け続けて生きてきた大人になった彼らの視点が、それぞれ愛おしい。ともすればお説教じみてしまう教師の言葉が、そうはならずに、絶妙な教訓として児童たちの胸に届いたのは、真心から発せられた言葉だからなのだろう。現在の磯憲の境遇と、あの頃子どもだった彼らの行く末。できることとあきらめてもいいこと、いましなくてはならないこと、などなど。そして、必ず伝わるということ、それを真実ことの意味を考えさせられる一冊でもあった。

合唱 岬洋介の帰還*中山七里

  • 2020/06/20(土) 19:06:26


幼稚園で幼児らを惨殺した直後、自らに覚醒剤を注射した“平成最悪の凶悪犯”仙街不比等。彼の担当検事になった天生は、刑法第39条によって仙街に無罪判決が下ることを恐れ、検事調べで仙街の殺意が立証できないかと苦慮する。しかし、取り調べ中に突如意識を失ってしまい、目を覚ましたとき、目の前には仙街の銃殺死体があった。指紋や硝煙反応が検出され、身に覚えのない殺害容疑で逮捕されてしまう天生。そんな彼を救うため、あの男が帰還する―!!


誰が主人公になってもおかしくないようなキャスティングであり、実際に、読み始めてしばらくは、主役と思しき人物が何度か入れ替わるような展開になっている。さらに言えば、主題も、これかと思えば覆され、そう来たかと思わせておいて、さらに違う展開に持ち込まれるという、嬉しい裏切りが満載である。なにより、岬洋介が突然帰国したにもかかわらず、レコーダーに吹き込まれたたった一音しかピアノが出てこないのである。そして、そんなことさえ忘れさせられるほど、彼の活躍に目を惹かれ、惹きこまれるのである。御子柴も(普段とはいささか別の意味で)いい仕事をしてい、好感度アップである。贅沢な一冊である。

怖い患者*久坂部羊

  • 2020/06/19(金) 09:28:21


いくつもの病院を渡り歩くドクターショッピング、快適なはずの介護施設で起こるおそろしい争い…現役医師がおくる、強烈にブラックな短編集!全5編。


「天罰あげる」 「蜜の味」 「ご主人さまへ」 「老人の園」 「注目の的」

フィクションだということは判ってはいるが、著者が現役の医師であるということもあって、事実が下地になっているのでは、と勘繰ってしまう。それほど、真に迫っていて、現実感があるということでもあるのだが、どこかで違う対応の仕方をしていれば、別の結果になったのか、それともなにをどうしても結果は変わらないのか、よく判らずに怖さが募る。医師の立場でも怖いし、患者としても怖い一冊である。

帝都地下迷宮*中山七里

  • 2020/06/16(火) 07:37:10


鉄道マニアの公務員、小日向はある日、趣味が高じて、廃駅となっている地下鉄銀座線萬世橋駅へと潜り込む。そこで思いがけず出会ったのは、地下空間で暮らす謎の集団。身柄を拘束された小日向に、彼らは政府の「ある事情」により、地下で生活していると明かす。その地下空間で起こる殺人事件。彼らを互いにマークする捜査一課と公安の対立も絡み、小日向は事件に巻き込まれていく。


突拍子もない設定ではあるが、政府の隠ぺい体質、事なかれ主義、身内第一主義等を考えると、ちょっぴり背筋が寒くなるところでもある。きわめてシリアスな舞台の中に、廃駅オタクの区役所職員が偶然紛れ込んだことで、一見穏やかだった水面にさざ波が立ち、次第に波紋が広がるように、物語がうごいていくのである。警察側の動きには、あまりスポットが当てられていないので、切迫感、緊迫感がやや薄れた感があり、だからこそ、サクサク読める印象でもある。さまざまな問題を考えさせられる一冊でもあった。

国道食堂 1st season*小路幸也

  • 2020/06/14(日) 16:36:26


お店の中にプロレスのリング?ちょっと田舎にあるけれど何を食べても美味しい食堂“ルート517”。そんな、ちょっと変わった店に通う人々の様々なドラマ。


ちょっと変わった人が営む、ちょっと変わった食堂が舞台。やたらとメニューが多いが、何を食べてもおいしい「ルート517」(人呼んで国道食堂)にやってくる人たちの人生と人生が出会い、元プロボクサーの店主の人生も絡み合って、好い具合に何かが生まれていく。生まれついての資質を持っている人は、それだけでなにごともうまくいく、というようなうらやましすぎるような設定もあるが、それが鼻につかず、素直に肯けてしまうところも著者ならではなのかもしれない。人はひとりでは生きられない、意識してもしなくても、必ずどこかで誰かと何らかの形で繋がり、影響を与え合っているのだということを再認識させられる一冊でもある。1st season ということは、次があるということだろうか。愉しみである。

ドミノ in 上海*恩田陸

  • 2020/06/12(金) 16:34:23


イグアナが料理されれば盗賊団が上海に押し寄せ、そこに無双の甘党が上陸。風水師が二色に塗り分けられ、ホラー映画の巨匠がむせび泣くと秘宝『蝙蝠』の争奪戦が始まった!革ジャンの美青年がカプチーノをオーダー、一瞬で10万ドルが吹き飛んだら、上海猛牛号で渋滞をすりぬけ、まぁとにかく寿司喰寧。歯が命のイケメン警察署長が独走し、青年が霊感に覚醒したとき、パンダが街を蹂躙する!張り巡らされた魔術に酔いしれよ!圧巻のエンタテインメント。


読み始めて一瞬で、映像が頭に浮かび、ハラハラドキドキわくわくが止まらなくなるドタバタ活劇である。いくつもの要素が、まったく無関係のはずの人々を、偶然に結び付け、まるでドミノ倒しのように、思わぬ展開に転がっていく。どれ一つでも要素が欠けたり、時間がずれたりしていたら、まったく別の展開になっていただろうと思われるが、それがまたわくわく感を増すのである。映像化するには、莫大な資金が要りそうではあるが、観てみたいものだと思わされる一冊だった。

うちの父が運転をやめません*垣谷美雨

  • 2020/06/09(火) 18:55:53


「また高齢ドライバーの事故かよ」。猪狩雅志はテレビニュースに目を向けた。そして気づく。「78歳っていえば…」。雅志の父親も同じ歳になるのだ。「うちの親父に限って」とは思うものの、妻の歩美と話しているうちに不安になってきた。それもあって夏に息子の息吹と帰省したとき、父親に運転をやめるよう説得を試みるが、あえなく不首尾に。通販の利用や都会暮らしのトライアル、様々な提案をするがいずれも失敗。そのうち、雅志自身も自分の将来が気になり出して…。果たして父は運転をやめるのか、雅志の出した答えとは?心温まる家族小説!


高齢の親の運転に不安を覚え、やめさせたいと思うが、一筋縄ではいかずに試行錯誤する顛末を軸に、親元を離れて東京で家族と暮らす息子一家の実情とこれから、息子自身の生きがいを絡めた物語である。
どんどん過疎化して、買い物や病院通いにも車が必要な田舎で、高齢の親に運転をやめさせる難しさは想像を絶する。運転をやめれば、その日から暮らしが成り立たなくなるのは目に見えている。さらには、外にも出なくなり、人とのかかわりも絶たれて、なんのために生きているかさえわからなくなりそうなのである。何とかしなければ、と思うが、どうすればいいか思案するばかりの息子・雅志は、田舎に暮らす同級生たちの暮らしぶりを見聞きし、移動スーパーひまわり号に出会ったことで、自らの生き方をも見直すことになる。そしてそれとともに、ぎこちなかった高校生の息子・息吹との関わり方にも変化が現れ、両親や地域の人たちとの関わり方も変わってくるのだった。いささかうまく運びすぎな感は否めないが、「いつか」を待ちわびるよりも、「いま」を生きることの大切さを前向きに考えるきっかけになる一冊ではないだろうか。

わかれ縁*西條奈加

  • 2020/06/08(月) 16:29:40


結婚して五年、定職にもつかず浮気と借金を繰り返す夫に絶望した絵乃は、身ひとつで家を飛び出し、離縁の調停を得意とする公事宿「狸穴屋」に流れ着く。夫との離縁を望むも依頼できるだけの金を持たない彼女は、女将の機転で狸穴屋の手代として働くことに。果たして絵乃は一筋縄ではいかない依頼を解決しながら、念願の離縁を果たすことができるのか!?


理不尽な江戸のしきたりの中で、健気に生きていく女性と、その縁の物語である。幼いころに母に出ていかれ、父娘二人で生きてきた絵乃だが、その父も病で逝き、好きで嫁いだ夫はろくでなし過ぎて、なんの望みも持てなくなっている折、狸穴屋の手代・椋郎とひょんな縁で繋がったのが物語のはじまりである。離縁の調停を得意とする公事宿である狸穴屋で、人々のさまざまな揉め事を見聞きしながら、絵乃が少しずつ自分の考えをしっかり持つようになり、明日を生きる光をみつけていくのが心強く、応援したくなる。この先も好い縁に恵まれることを祈らずにはいられない一冊である。

小説 「安楽死特区」*長尾和弘

  • 2020/06/06(土) 16:48:05


~日々、死と向き合っている医師だから書けた、現代人のエゴイズム、そして愛と情~

まだここだけの話、ということで“安楽死特区”構想についてざっくり説明しますね。国家は、安楽死法案を通そうと目論んでますよ。なぜなら、社会保障費で国が潰れそうだからです。しかし国民皆保険はどうしても維持したい。それならば、長生きしたくない人に早く死んでもらったほうがいい、そう考えています。ベストセラー医師による、初の本格医療小説。


日進月歩する医療の進歩と超高齢化社会という、ありがたいのかそうでないのか判断に迷う現実に切り込んでいて興味深い。ひと昔前は、当たり前のように施されてきた延命治療であるが、それを選ばない自由は保障されつつある現代ではある。だが本作には、2025年という、間近に迫った未来に起こり得る現実が描かれていて、目前に迫っているだけに切迫感がある。開業医の鳥居が言うように、枯れるようにして逝けるのがいちばんだろうが、なかなかそうはいかない現実で、安楽死という選択がどう扱われるのか、わが身のこととなった時にどうするのか、さまざま考えさせられる。医療現場のことはともかく、政府の目論見があまりにも身勝手で、呆れかえる。改めて、ぴんぴんころりで逝きたいと思わされた一冊である。