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見えない貌*夏木静子
- 2020/05/06(水) 16:31:27
最愛の娘が行方不明の末、惨殺死体で発見された!母親の朔子は、携帯メールから娘の孤独を知り、愕然とする。そこで彼女は、娘の携帯に残された「メル友に会いに行く」という言葉から、ある男に辿り着くが…。思いもかけぬ、第二の事件が起きる。わが子を思う究極の愛とは!?―著者が綿密な取材と法廷小説の手法を駆使して、読者を驚愕の真相へと導く推理巨編。
初出は2004年である。スマホなどまだなく、二つ折りの携帯の小さな画面で、パケ代を気にしながら、初めて体験するネットの世界を興味津々で泳ぎ回っているころである。日常に小さな鬱屈を抱いている人々が、小さな画面の中で見知らぬ誰かと出会い、一時の夢を見ようとしたばかりに、いざ現実に引き戻されると、痛ましい事件に発展してしまう。あの時代のネットのわくわく感と危うさが絶妙に描かれていると思う。そして、二組の親子が大きなうねりに巻き込まれている。母と娘、父と息子。わが子を守ろうとする親の思いの執着があまりに強すぎたために、第一の事件とは別の次元に進んでいく。前段は、殺された晴菜の母・朔子の目線で、後段は、加害者弁護士のタマミの視点で物語を見ることになる。どちらにしろ、救いはどこにもない。目の前に示されたものから推測されることと、事実との乖離。一度思い込まされたものを覆すことの難しさ。さまざまなことを考えさせられる一冊でもあった。
孤独な放火魔*夏木静子
- 2013/03/27(水) 16:55:36
![]() | 孤独な放火魔 (2013/01/19) 夏樹 静子 商品詳細を見る |
幼馴染みに長年抱いていた恨みが発端の、すぐ解決すると思われた放火事件。夫をアイロンで殴打した主婦が、自分はDVを受けていたと主張。夫の愛人が出産した子供に、虐待の痕を見つけた妻がとった行動とは?左陪席をつとめる新米裁判官・久保珠実は、かつて裁判長にいわれた「裁判は最後まで何が起こるかわからない」の言葉を何度も反芻する―。現代の日本を象徴するかのような三つの事件。悩み議論する裁判員たちをリアルに描く著者迫真のミステリー。
表題作のほか、「DVのゆくえ」 「二人の母」
裁判員裁判が舞台である。裁判官たち、とりわけ裁判官になりたての新人・珠実の、いまだに一般人の感覚を忘れていない判断や、裁判員たちの緊張感や戸惑い、責任の重さを実感する様子など、裁判員裁判の裏表がよくわかる。三つの物語の題材となった事件は、どれも判断が難しく、どこからどう考えていけばいいのか一般人には見当もつかないが、裁判官たちが上手く個人個人の考えを引き出しているのも印象的である。判決シーンまで描かれていないのがもやもやさせられるが、だからこそなおさら考えさせられる一冊になっていることも確かである。
てのひらのメモ*夏樹静子
- 2009/08/31(月) 19:20:36
![]() | てのひらのメモ (2009/05) 夏樹 静子 商品詳細を見る |
広告代理店で働くシングルマザーの種本千晶は、社内でも将来を有望視されているディレクターだった。彼女には喘息で苦しむ保育園児がいたが、大切な会議に出席するため子供を家に置いて出社し、死なせてしまう。子供に傷などもあり、検察は千晶を「保護責任者遺棄致死罪」で起訴。有罪になれば、三年以上二十年以下の懲役刑となる。市民から選ばれた裁判員たちは、彼女をどのように裁くのか?そして読者の貴方は、有罪無罪どちらに手を挙げるか?法曹関係者もうならせたリーガルサスペンス。
辞退する理由に当てはまらなかったので、あまり深く考えることもなく裁判員として、東京地検に赴いた五十七歳の専業主婦・折川福実の目を通して見た、ある裁判の模様である。
裁判員制度普及のための教科書のようだ、というような批評も目にするが、物語自体はとてもリズムよく、裁判員の役割もわかりやすく、裁かれる事件の内容も身近で、惹きこまれるようにページを捲った。自分だったらどう判断するだろうか、と否応なく考えさせられ、またこれほど客観的に検察側弁護側の主張を考え抜けるだろうか、と自信を失いもするのだった。たまたまその裁判で裁判員を務めることになった人たちの経験値によって、判決が変わることもあり得るのではないかと感じ、一抹の怖ろしさと、それゆえの責任の重さをも痛感させられた。
アリバイの彼方に*夏樹静子
- 2006/10/24(火) 17:03:29
☆☆☆・・ ホステスが扼殺された。彼女は常連客の誰かを強請っていたらしい。容疑者として浮かんだのは大企業のエリート社員喜多川。捜査にあたった刑事・湯原の高校時代の同級生だった。だが喜多川には鉄壁のアリバイが(表題作)。傑作ミステリー集。 アリバイの彼方に
夏樹 静子 (2003/11)
徳間書店
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初版は1976年。昭和41年、30年も前である。
たとえば女性の服装とか、缶ビールの開け口がプルタブではなかったりとか、細かいところに時代を感じさせられることもあるが、犯人や周囲の人々の心情や アリバイ工作の発意の様などには、時の隔たりなどまったく感じさせない。
そして、アリバイを崩すきっかけになるのが 被害者に近しい者のふとした違和感であることが、人との関わりのあたたかみや やさしさ かけがえのなさを物語っているようで切なくもある。
白愁のとき*夏樹静子
- 2006/01/16(月) 17:56:52
☆☆☆・・ わたしが、失われてゆく――
アルツハイマー病。精神余命1年。
働き盛りの造園設計家・恵門潤一郎を突然襲ったそれは、自分が病気であるという意識さえ彼から奪いながら、ゆるやかに、しかし確実に、心と体を冒してゆく。
生への執着と死への誘惑の間で揺れ動く男の絶望と救済を、精妙で叙情あふれる筆致で描いて、新境地を開く長編小説。 ――帯より
恵門潤一郎は今年五十一歳になる。妻と、息子と娘の四人家族で、十一年前にゼネコンから独立して興した≪恵門ランドスケープ・デザイン事務所≫の所長である。
仕事は軌道に乗り数々の依頼を受けて忙しくしていた。そんな折、物忘れが多くなっていることを自覚し、高校以来の友人・八木がいる病院を受診する。彼には、亡き叔母のアルツハイマー病を診てもらったことがあったのだった。
初回の診察で叔母のことを話題に出され、恵門は自分が若年性アルツハイマーかもしれないと思い至り、事実その疑いがあると八木にも告げられる。
精神活動がほとんど阻害されていない初期の段階で、自分がアルツハイマーという病気であることを認め、それからどう生きていくかを葛藤の中で選び取る物語であり、恵門本人の胸中を思い、最初の衝撃から 当面の仕事の段取りをつけるまでの葛藤を思うと 胸が締めつけられるのだが、それにしてはあまりにも家族の存在が軽く描かれてはいないだろうか。最後に気持ちを救うのがどうして妻や子どもたちではなく 若い女性でなくてはならなかったのか、と その辺りは腑に落ちなくもある。
モラルの罠*夏樹静子
- 2005/06/16(木) 17:45:55
☆☆☆・・
モラルの罠
表題作のほか、システムの穴・偶発・痛み・贈り物。
誰でもが突然危険な目に遭う可能性が日常的になっている現代、まさにいつ自分の身に降りかかるか判らない事件を描いた短編集。
いまやいつ誰に企まれ陥れられるか判らない、という危機感を抱かされる一冊である。
そして、人は誰でもちょっとしたずれで被害者にも犯人にもなり得るのだということが いまさらのように恐ろしくもある。
量刑*夏樹静子
- 2004/11/10(水) 22:05:14
☆☆☆☆・
裁判長を苦悩させる誘拐事件!
発端は交通事故・・・
「被害者が救われない裁判」に挑む、ミステリー大作1300枚
(帯より)
偶然起こってしまった交通事故。そしてそこから派生してゆく 殺人 そして死体遺棄。被害者は母と幼い子、そして母の胎内には6ヶ月の児が。被告人 上村岬に 母子を救助する意志はあったのか?妊娠には気づいていたのか?
量刑に厳しいと評判の神谷を裁判長とし、弁護側不利との心証とともに裁判は進むのだが。水面下ではある事件が起こり進んでいるのだった。
人が人を裁くということの不確かさ、量刑を決めることの重大性と 決める側の立場としての苦悩を思うと なんともいえない割り切れなさと胸の重さを感じずにはいられない。
〈裁判長〉と〈父親〉という二つの立場の間で 神谷の苦悩は計り知れないものだったであろう。
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