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礼儀正しい空き巣の死*樋口有介

  • 2020/07/04(土) 16:19:31


東京・国分寺市の閑静な住宅街で、盗みに入ったホームレスが風呂を拝借してそのまま死んだ。靴を揃えて服を畳み、割れたガラスを補修して、やけに礼儀正しい空き巣の最期だった。死因は持病の心疾患で事件性はなく、刑事課の管掌外。だが臨場した金本刑事課長は、そこが三十年前の美少女殺害事件の隣家であることに気づいた。これは単なる偶然か、何かの因縁なのか?金本から相談を受けた卯月枝衣子警部補は、二つの死の繋がりを探るべく、極秘に捜査を継続する。三十年越しの“視線”にゾッとする、新感覚ミステリー!


「礼儀正しい空き巣の死」から、芋づる式に暴かれていく未解決事件の真相が、どれもこれもおぞましくて身震いする。だが、現場を踏んだ刑事の勘や、なんだか嫌な感じ、という違和感のようなものは、存外侮れないというのは、小説の中だけではなく、現実にもあるのではないだろうか。そこに拘るか、通り過ぎてしまうかが、その後の捜査の重要なポイントになったりすることもあるだろう。本作は、拘りぬいた刑事の勝利である。さまざまな要素を盛り込み過ぎた感は否めないが、あっちもこっちも展開が気になって、興味深く読める一冊だった。

うしろから歩いてくる微笑*樋口有介

  • 2019/10/06(日) 07:24:30


鎌倉在住の薬膳研究家と知り合った俺・柚木草平。10年前に失踪した同級生の目撃情報が鎌倉周辺で増えているので調べてほしいと、彼女はいう。早速鎌倉の〈探す会〉事務局を訪ねるが、これといった話は聞けなかった。ところがその晩、事務局で会った女性が殺害されてしまう。急遽、失踪事件から殺人事件に調査を切り替えた柚木が見つけた真実とは? 月刊EYESの小高直海らおなじみのキャラクターに加え、神奈川県警の女性刑事など今回の事件も美女づくし。『彼女はたぶん魔法を使う』からおよそ30年、円熟の〈柚木草平〉シリーズ第12弾。


相変わらず、女性にだらしなく、ふらふらちゃらちゃらしているように見える柚木草平ではある。いい加減この性癖は何とかならないものかとは思いながらも、それが時にはうまい具合に潤滑剤になって、調査が進展することもあることから思えば、ある意味柚木の戦法とも言えるのかもしれないので、まあ一応は容認することにする。見かけとは違って、仕事はきっちりこなし、些細な端緒から事実を導き出す能力には相変わらず長けている。そして、元刑事とは言え、必ずしも真実を法に照らし合わせて罰することを第一義とはしないところも、独特である。罪は罪であろうが、今後の関係者の幸福をいちばんに考えているのだろうことが、(警察的には異論があろうが)好ましくもある。それにしても、「B」に対する嫌悪感はどうしたものだろう。物語に詳細は描かれていないが、二度と立ち直れない仕置きをしてほしいものである。いささか進展にまどろっこしさは感じたが、最後はすっと腑に落ちた一冊である。

平凡な革命家の食卓*樋口有介

  • 2018/07/24(火) 16:21:05

平凡な革命家の食卓
平凡な革命家の食卓
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樋口 有介
祥伝社
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地味な市議の死。外傷や嘔吐物は一切なし。医師の診断も心不全。
なんとか殺人に〈格上げ〉できないものか。
本庁への栄転を目論む卯月枝衣子警部補29歳。
彼女の出来心が、〈事件性なし〉の孕む闇を暴く!?
軽妙に、見事に、人間の業の深さに迫る新感覚ミステリー!


単なる病死で決着するはずの市議の死から、さまざまな人間模様が見えてくる。家族それぞれの存在や思惑、近所の住人の生き様やそこに住む必然性、そして捜査する警察官の野望や日頃の鬱憤まで。ありふれたものに見えた一件の死亡案件に、これほど濃密な要素が絡み合っていることに、驚くしかない。考えてみれば、どんな人間も、その人にとっては人生の主役。多かれ少なかれ、ドラマティックな要素を抱え込んでいるのが当然なのかもしれない。そして、二転三転する事件の真実の先にあるラストに至ってさえ、なお本当の真相には迫っていないのではないかという疑いを抱かせる。心情的にはすっかりそちらに持っていかれている。巧みで興味深い一冊である。

あなたの隣にいる孤独*樋口有介

  • 2017/10/17(火) 19:00:34

あなたの隣にいる孤独
樋口 有介
文藝春秋
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14歳の玲菜(れな)には戸籍がない。母親は〈あの人〉から逃げるために出生届を出さなかった。母と二人、町から町へひっそりと移り住み、ここ川越にも二年。一人で勉強している玲菜のために教科書を探してくれるリサイクルショップの主人、秋吉とその孫の牧生とも顔見知りになったある日、突然「あの人に見つかった」という電話を最後に、母は消息を絶つ。学校とも、社会ともつながりのない少女を一人残して…。


戸籍がなく、学校にも通えず、追手を逃れるために数年で引っ越すことを繰り返して14歳まで育った玲菜が主人公である。リサイクルショップで買った一年遅れの高校の教科書で自習し、いつか戸籍を手に入れて本物の高校生になることを夢見ながら、フェイクの制服を身に着けてJKカフェでアルバイトをしている。そんなある日、母からの切羽詰まった電話で、「あの人」に見つかったから帰ってくるなと言われ、行き場をなくした玲菜は、教科書や必要なものを買っているリサイクルショップに世話になることになる。この店の店主の秋吉も、たまたま手伝っていた義理の息子の周東も、ひと癖もふた癖もありそうな人たちなのだが、何かと助けになってくれ、玲菜の事情を探り当てることになる。前半は、母娘と追手のスリリングな物語かと思いきや、話は思わぬ方向に展開し、どうなるのかと思っていたのだが、母から連絡があったあたりから、なんとなく雰囲気がだれてきたような感じもある。面白くないわけではないのだが、いろんな要素を突き詰めきれていないような印象なのは、ちょっぴり残念である。考えさせられる点は多々あった一冊である。

亀と観覧車*樋口有介

  • 2016/08/02(火) 07:30:03

亀と観覧車
亀と観覧車
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樋口 有介
中央公論新社
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ホテルの清掃員として働きながら夜間高校に通う涼子、16歳。家には、怪我で働けなくなった父、鬱病になった母がいて、生活保護を受けている。
ある日、クラスメイトからセレブばかりが集う「クラブ」に行かないかと誘われる。
守らねばならないものなど何もなく、家にも帰りたくない。
ちょっとだけ人生を変えてみようと足を踏み入れた「クラブ」には、小説家だという初老の男がいた。
生きることを放棄しかけている親を受け入れ、人と関わらず生きる日々を夢見てきた涼子は、自らの人生に希望を見出すことができるのだろうか――。


涼子の境遇には、同情すべき点がありすぎて、その健気さには胸が痛む。もし現実にこんなことがあったとしたら、絶対に平穏ではいられないだろうとは思うし、涼子にとってはさらに苦難が待ち受けることになるだろうとは容易に想像できるが、物語のなかでは、スズコではなくリョウコのままで、心穏やかに暮らしてくれたらいいのに、と願わずにいられない。流れる空気は、薄暗く湿ったものだが、胸のなかにはあたたかな思いが満ちているように思われる。大切にすること、されることの意味を考えさせられる一冊でもある。

少女の時間*樋口有介

  • 2016/02/10(水) 20:38:04

少女の時間 (創元クライム・クラブ)
樋口 有介
東京創元社
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月刊EYESの小高直海経由で、大森で発生した未解決殺人事件を調べ始めた柚木。二年前、東南アジアからの留学生を支援する組織でボランティアをしていた女子高生が被害にあった事件だが、調べ始めたとたんに関係者が急死する事態に。事故か殺人か、二年前の事件との関連性は果たして? 美人刑事に美人母娘、美人依頼主と四方八方から美女が押し寄せる中、柚木は事件の隠された真実にたどり着けるのか──。“永遠の38歳"の青春と推理を軽やかに贈る、最新長編。柚木草平初登場作『彼女はたぶん魔法を使う』を思わせる、ファン必読の書。


柚木草平、相変わらず女性にマメである。というか、女難の相が出ているとも、個性的な女性に囲まれる宿命にあるとも言えるかもしれない。ともかく、女性の方から近づいてくるのだから、避けようがない、といった風でもある。だが、ひとたび事件が絡むと、目のつけどころは的確であり、――そうは見えないが――意外にフットワークも軽く、見事な推理で真実に近づいていく。警察にはなかなかできない融通の利く調査で、真相にたどり着いたとしても、罪を問う義務はない。今回も、その先どうなるのかは想像するしかない。それがまた人間臭くていい。娘・加奈子との関係がこの先どうなっていくのかも気になるシリーズである。

笑う少年*樋口有介

  • 2016/01/11(月) 17:19:48

笑う少年
笑う少年
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樋口 有介
中央公論新社
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シングルマザーで弁護士事務所の調査員・風町サエは、安売りピザで大儲けし、今や芸能界を牛耳る小田崎貢司から依頼を受ける。自殺したアルバイト店員の両親が求める賠償金を減額したいというのだ。一方、ある人から小田崎の弱点を探るよう頼まれ―。謎に満ちた男の前半生に潜む真実とは!


風町サエシリーズの二作目である。元ヤンキーのシングルマザーで、息子・聖也にメロメロなサエが魅力的である。心に抱えている傷を隠すように元気にふるまうが、なにかの折にはちょこっと顔をのぞかせる屈託も、彼女の魅力を増しているように思う。今回は、ダブルで仕事を請け負っており、しかも小田崎という人物が依頼人でもあり、捜査対象でもあるのが複雑である。だが、聖也のための一億円貯金という目標に向かって、やり遂げてしまうのがサエのサエたるところなのである。得体の知れない小田崎のことはなかなか明らかにならないが、最後の最後に事実が明かされたときには、驚きを隠せない。後味が悪い物語ではあるが、先へ先へと興味が尽きない一冊でもある。

金魚鉢の夏*樋口有介

  • 2014/07/10(木) 12:45:58

金魚鉢の夏金魚鉢の夏
(2014/06/20)
樋口 有介

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社会福祉の大胆な切り捨てで経済大国に返り咲いた近未来の日本。警察の経費削減で捜査を委託された元刑事の幸祐は、夏休み中の孫娘・愛芽と共に、老婆の死亡事件が起こった山奥の福祉施設を訪れる。単なる事故死で片づけるはずが、クセのある施設の人々と接するうちに幸祐の刑事根性が疼きだして…ノスタルジックな夏休みの情景に棄てられた人々の哀しみが滲む傑作ミステリ。


生活保護が廃止され、刑務所の数が減らされ、北硫黄島への流刑制度などというものができ、消費税は廃止されている。北朝鮮は日本の三か所にミサイルを落とし、中国は沖縄に上陸しようとしている。そんな想像に難くない状況の近未来が舞台なので、それだけでわずかに戸惑う。そんな時代の福祉施設で老婆が階段から転落死した事故、あるいは事件の捜査にやってきた退役刑事の幸祐と夏休みで遊びに来ていて運転手を買って出た大学一年の孫娘・愛芽である。単なる事故で処理して、愛芽を草津温泉にでも連れて行こうという目論見は崩れ、次から次へと面倒事に巻き込まれていく幸祐である。高校に通わせてもらっている由季也と父の殺人を目撃して以来声を失った中学生の蛍子のこと、厚労省からきている所長の山本夜宵とのほの甘いひととき。なにもない狭い村の狭い人間関係の中で、これほどの事件が連鎖しているとは俄かには信じがたいようなことが、芋蔓式に暴き出されていく。真相はこのまま闇に葬られてしまうのだろうか。由希也と蛍子のこれからが心配になる一冊である。

風の日にララバイ*樋口有介

  • 2013/11/26(火) 18:52:11

風の日にララバイ (ハルキ文庫 ひ 1-3)風の日にララバイ (ハルキ文庫 ひ 1-3)
(2013/09/14)
樋口 有介

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殺された有名宝石店の美人社長は五年前に別れた元妻だった――。佐原旬介は学者くずれのシングルファザー。バナナの自動皮むき機を発明したり金魚の品種改良にとり組んだりと、気楽な人生を送っている。しかしそんな中年ニートでも母を失った愛娘の悲しみは座視できず、にわか探偵としての事件の捜査をはじめる。旬介の前に登場する謎めいた美女や魅力的な女子大生、そして昔の女たち。やがて事態は思わぬ方向へ・・・・・・。中年探偵・柚木草平の前駆けをなす〈幻のシリーズ〉、待望の新装版。


シリーズ化されずに柚木草平に取って代わられてしまったということだろうか。キャラクター設定は確かに似ているので、シリーズを両立させるのはやはり難しかったのだろう。ただ、佐原旬介も何かに倦んで世を拗ねているようでありながら、娘の亜由子も家政婦のお松さんも大事にしているところが好感を持てる。そして、お松さんがなかなか魅力的である。お松さんにジュエリー青山を任せてみたかった。著者らしいテイストの一冊である。

風景を見る犬*樋口有介

  • 2013/09/27(金) 14:02:55

風景を見る犬風景を見る犬
(2013/08/05)
樋口 有介

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青春ミステリーの異才・樋口有介が初めて沖縄の「今」を題材にして書下ろした長編小説。
暑熱にうだる那覇市の旧赤線街で起きた二つの殺人事件に遭遇した高校3年生の青春は、一気に泡立ってしまう。


著者には珍しく沖縄が舞台である。住んだことがないので実際は判らないが、南国ならではの怠惰さや、田舎――ことに島であるという――ながらの閉塞感やプライバシーのなさ、沖縄の歴史的な文化や価値観などが、気負いなくリアルに描かれていると思う。そういう本土にはない特殊さの中で事件は起こり、高校生の香太郎は否応なく巻き込まれていくのである。初めは単純な構図と思われていた事件自体も、香太郎や柑奈――これまたいわくつきである。というかいわくつきでない人物がいないくらいであるのだが――の勘と分析(?)によって意外な道筋に導かれ、最後の最後に驚かされることになるのである。こういうのはとても好み。青春の光と影のような一冊である。

猿の悲しみ*樋口有介

  • 2013/01/17(木) 07:30:39

猿の悲しみ猿の悲しみ
(2012/09/24)
樋口 有介

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殺人罪で服役8年、独身、16歳不登校の息子あり。職業:弁護士事務所の美脚調査員風町サエ32歳。ついでに命じられた殺人事件の調査。歪んだ愛の発端は34年前に遡る―口は悪いが情に厚い。著者渾身の長編ハードボイルド。


美人で美脚の前科持ちシングルウーマンの主人公で、それが弁護士事務所の裏仕事を請け負う調査員だなんて、すぐにでもドラマになりそうな設定である。かなりきわどい調査もこなす主人公・風町サエであるが、息子・聖也に向ける愛情は半端ではない。無理難題をこなしながらもいつも聖也の元に早く帰りたいと思い、一緒に食べる夕食のことを考えるのである。ハードボイルド一辺倒ではない、甘々の母の顔がそこここに覗くギャップもまた魅力なのである。ぜひシリーズにしてほしい一冊である。二丁目のうらぶれたバーの片隅にいた草介さんは、もしかするとあの柚木草介だろうか。

夏の口紅*樋口有介

  • 2012/11/28(水) 17:03:01

夏の口紅 (文春文庫)夏の口紅 (文春文庫)
(2009/07/10)
樋口 有介

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十五年前に家を出たきり、会うこともなかった親父が死んだ。大学三年のぼくは、形見を受け取りに行った本郷の古い家で、消息不明の姉の存在を知らされ、季里子という美しい従妹と出会う。一人の女の子を好きになるのに遅すぎる人生なんてあるものか…夏休みの十日間を描いた、甘くせつない青春小説。


改めて上記の内容紹介を読んで、たった十日間の出来事だったのか、とその内容の濃さに驚かされる。礼司にとって、この十日は、おそらくこれからの生き方をも変える十日となったことだろう。顔も覚えていない父親の死の知らせ、父の義理の娘・季里子との出会い、存在さえ知らなかった姉を探すこと。降って湧いたような難題が、これでもかというくらい礼司に襲い掛かってくる。律儀に――礼儀正しくと言ってもいいかもしれないが――クリアしようとする礼司も、あちこちに迷惑をかけっぱなしだった父同様、たしかに少々変わっているのかもしれない。だが、そのことによって、父の生きてきた道と、残したものを知ることができ、意外に憎めない思いとともに受け止めることができるようになったのかもしれない。奇を衒ったところは何もないが、みっしりと詰まった一冊である。

雨の匂い*樋口有介

  • 2012/01/16(月) 19:05:29

雨の匂い雨の匂い
(2003/07)
樋口 有介

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癌で入院中の父親と寝たきりの祖父の面倒を一人でみる村尾柊一。彼は善意より殺意を必要とした…。あの日、雨が降っていなければ、誰も殺されなかった。必死だけど可笑しくて、実直ゆえに我がままで、優しいくせに傷つける―デビュー15周年を迎えた樋口有介の真骨頂、とにかく切ない物語。


自宅で寝たきりの祖父の世話をし、癌で余命三ヶ月と告げられた父を病院に見舞い、ご近所さんに頼まれた塀塗り仕事は丁寧にこなし、バイと先ではきちんと仕事をし、行きつけの店ではシュウちゃんだけが正常(まとも)な客だと言われる。大学は休学しているが、なんと感心な青年だろうと誰もが思う。いちばんまともに見えて、その内実は・・・・・。静かに淡々と、音もなく呼吸をするように物語が進んでいくのが怖いほどである。柊一の乱れのなさに身震いが起きそうになる。誰か、すっぽり包み込めるほど大きな愛で柊一のことを羽交い絞めにしてやって!と祈らずにはいられない。静かで怖い一冊である。

楽園*樋口有介

  • 2012/01/08(日) 17:25:18

楽園 (中公文庫)楽園 (中公文庫)
(2011/11/22)
樋口 有介

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南太平洋上の島国に、大量のプラスチック爆弾が持ち込まれた疑いが生じる。その直後、反政府主義者の男が衆人環視のなかで爆死した…。余命半年の大統領とその後継者争い、CIAの干渉。あふれる光と限りない時間、そして永遠に繰り返されるはずだった“平穏”な生活から、人々はなにを得てなにを失ったというのか。


香山二三郎氏の解説にもあるが、著者名を隠して読んだらおそらく樋口有介氏の作品とは思わなかっただろう。南太平洋の島国で繰り広げられる――大多数の島民には迷惑以外のなにものでもないであろう――外から入ってきた人々による文明と経済と政治的策謀などなど。そして、それに乗じて甘い汁を吸おうと画策する少数の者たちの思惑。そんな事々に、見過ごされがちだった島民たちが蜂起した。ほんとうの豊かさとは、ほんとうのしあわせとは何かを問いかけられるような一冊である。

刑事さん、さようなら*樋口有介

  • 2011/08/22(月) 17:04:57

刑事さん、さようなら刑事さん、さようなら
(2011/02/24)
樋口 有介

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――この手が汚れても、かまわないと思った。―― 首を吊った警官、河原で殺された風俗ライター。 二人をつなぐ“女A”を追い続ける警部補が行き着いたのは、 寂れた歓楽街の焼き肉屋だった。 「善人の罪科」と「悪人の正義」が交錯する、美しくも哀しき愛の物語。 警察組織の歪みに迫る最新書き下ろしミステリー


警察組織の歪みに迫る、と紹介文にはあるが、それほどのものではないのではないかと思いながら読んでいた。馴れ合いと隠蔽体質と裏金の問題を並べて見せただけのように思えたのだ。だが、ラスト近くで事件の根っこにあるものが次々に判ってくると、そんな印象は一気に消し飛んだ。警察官の自殺、殺された風俗ライター、焼肉点竹林(トリム)、風俗嬢たち。まさに瞬く間に思ってもみなかったつながり方をするのである。タイトルの意味もここにきて腑に落ちる。やるせなさ過ぎる。いぶし銀のような一冊である。