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証明*松本清張

  • 2020/04/15(水) 18:18:28


小説家を目指す夫と、その夫を支えようとする雑誌記者の妻。原稿を採用されない夫の心は次第に荒み、修羅をさまようようになっていく。やり場のない憤懣は、妻への異常な追及へと変わり、次第に狂気へと―。二人の行く末は?「新開地の事件」「密宗律仙教」「留守宅の事件」、男と女の事件四編を収録。


題材の違う四つの物語である。初出は1969年だが、携帯電話などが登場しないだけで、まったく古びていないのが驚きである。ほぼ手直しせずに現代にも通用しそうである。そして、最後に真犯人を追い詰める際の、理路整然とした要素のくみ上げ方や、積み立て方は、さすがとしか言えない緻密さである。若々しい感覚で読める一冊でもある。

殺意*松本清張

  • 2009/03/04(水) 16:57:57

殺意―松本清張短編全集〈4〉 (カッパ・ノベルス)殺意―松本清張短編全集〈4〉 (カッパ・ノベルス)
(2002/10)
松本 清張

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本書には昭和三十一年以降の作品を収めた。このころから、「殺意」、「白い闇」など、推理小説の分野に力作がつぎつぎと生まれている。「殺意」は著者がはっきりと推理小説を書こうという意欲をもって取り組んだ最初の作品である。ホワイトカラーの出世競争にからんで、人間心理の深層にある憎悪をテーマにしたもので、清張ミステリの基盤である“日常生活の中に生まれる犯罪”という主張を打ち出し、このあと書かれた長編推理小説「点と線」へとつながる特徴的な作品である。「白い闇」は、十和田湖から、松島をめぐる東北の取材旅行をした結果生まれた作品だが、これもまた、実在の名勝を犯罪の背景としてめんみつに描くという流行、いわゆる“旅ものミステリ”のさきがけとなった。「通訳」は、かなりな清張ファンにも、あまり知られていないと思う。時代を江戸中期にとって歴史小説のかたちをとっているが、じつは戦後のアメリカ占領時代を風刺した作品である。これは著者がとくに好きな短編の一つであるという。


現代物――とはいっても、昭和三十年代辺りであるが――、時代物を取り混ぜた短編集であり、それぞれに時代背景が生かされたミステリである。
昭和三十年代からは、もう半世紀も時は進んでおり、言葉遣い――特に若い女性の――などには隔世の感もあるが、ミステリの題材にはさほど変わりはないものだという思いもするのである。いろいろな意味で、先駆者だったと言ってもいいだろう。

空白の意匠*松本清張

  • 2007/06/06(水) 17:06:10

☆☆☆・・

空白の意匠 ―松本清張短編全集〈10〉 空白の意匠 ―松本清張短編全集〈10〉
松本 清張 (2003/04/18)
光文社

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「空白の意匠」は、地方小新聞社の悲哀を描いて、かつて新聞社の広告部に籍を置いたことのある著者の実感のこもった力作である。第十巻には、このほか「潜在光景」「剥製」「駅路」「厭戦」「支払い過ぎた縁談」「愛と空白の共謀」「老春」など八編を収めた。


初版は1965年(昭和四十年)だが、収められた作品は昭和三十四年から六年にかけて書かれたものが多いようである。
暮らしのスピード感は現代とはかなり違ってはいるが、人間の想いというものはいつの時代も変わりようがないものなのだろう。
人が人の中で生きていくなかで遭遇する出来事にまつわる関係各人の思惑は、いま読んでも少しも古めかしくはない。

犯罪の回送*松本清張

  • 2006/03/27(月) 17:10:24

☆☆☆・・



北海道北裏市の春田市長が港湾工事の陳情に来た東京で他殺体で発見される。ちょうどその折、港湾工事反対派である野党の早川も急に上京しており、しかもその行動には謎の部分が多くあったのだった。
この事件を担当することになった警視庁の田代警部等は被害者や関係者の行動をコツコツと地道に調べ、春田市長が見つかった現場とははるか遠くはなれた地に事件の真相を見出すのだった。

アイドルのような探偵が活躍するわけでも、安楽椅子探偵が推理だけで真相を言い当てるわけでもない、地味で地道な捜査と聞き込みに終始する物語であるが、田代警部の普通なら通り過ぎてしまうほどのほんの僅かな違和感を 違和感として見逃さないことが、天啓ともいえる閃きに繋がるのだろう。派手さはないが、これぞ推理小説 といった感じの重厚感がある。

黒革の手帖*松本清張

  • 2004/12/30(木) 08:21:29

☆☆☆・・
黒革の手帖 下

初版は1983年というから、かれこれ20年以上も前の時代が舞台である。
銀行の支店に長く勤めた女子銀行員・原口元子が銀行の弱みに付け込んで まんまと大金を巻き上げ、それを元手に銀座でバァを開き、ママになり、その後も機会あるごとに 後ろ暗い所のある客から脅迫まがいの巧妙さで(尤も本人には悪事を働いているという自覚がないようだが)大金を引き出し、銀座という表舞台でどこまでも登りつめようとする。しかし、人生というものは 浮けば必ず沈むものなのであった。そこに女の恨みが作用すれば、その沈み方は半端なものではなくなるのは想像に難くないだろう。

華々しい世界の裏側のおどろおどろしいかけ引きは、見応えのあるものだが、現代の風情と比べると(ことに男女の間のかけ引きなど)奥ゆかしささえ感じられもする。

物語は、元子にとって因果応報という結末になっているが、後日談があるとするなら、このままでは終わらせないだろう。