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夜の木の下で*湯本香樹実
- 2015/02/08(日) 17:04:14
![]() | 夜の木の下で (2014/11/27) 湯本 香樹実 商品詳細を見る |
話したかったことと、話せなかったこと。はじめての秘密。ゆれ惑う仄かなエロス。つないだ手の先の安堵と信頼。生と死のあわい。読み進めるにつれ、あざやかに呼び覚まされる記憶。静かに語られる物語に深く心を揺さぶられる、極上の傑作小説集。
表題作のほか、「緑の洞窟」 「焼却炉」 「私のサドル」 「リターン・マッチ」 「マジック・フルート」
記憶の中では、世界はいつまでもそのままであり、それでいて気づかないほどわずかずつ姿を変える。そんな確かであって不確かな世界を漂うような印象の物語たちである。決してしあわせいっぱいではない主人公たちの秘められた思いがゆらゆらと揺蕩っているような一冊である。
岸辺の旅*湯本香樹実
- 2010/03/20(土) 06:51:20
![]() | 岸辺の旅 (2010/02) 湯本 香樹実 商品詳細を見る |
なにものも分かつことのできない愛がある。時も、死さえも。あまりにも美しく、哀しく、つよい至高の傑作長篇小説。
三年前に、何の前触れもなくいなくなった夫・優介が、ある夜、瑞希がごま餡入りの白玉を作っているところへ帰って来た。海の底で蟹に食べ尽くされ、ここに帰って来るのに三年もかかってしまった、という優介と共に、瑞希はその道筋を逆にたどる旅にでる。一緒に暮らしているときには見えなかった、優介の一面を知り、気づかなかった趣向に気づき、いつまた失うかもしれないという不安と心細さに囚われながらも、幸福に満たされた日々を送るのである。
怖れでも後悔でもなく、流れるままに優介について旅をする瑞希の心は、「生きたい」と優介とこのまま一緒にいたい、すなわち「死にたい」のあわいで揺らいでいるようにも見える。だが、旅を終えた瑞希の心は、隙間を優介で満たされ、いない彼を想うのとは別の想いで、新しい道を選び取ったのだと思える。哀しくて、淋しくて、あたたかさに満ちた一冊だった。
春のオルガン*湯本香樹実
- 2008/07/08(火) 21:37:01
![]() | 春のオルガン (Books For Children) (1995/02) 湯本 香樹実 商品詳細を見る |
きのう小学校を卒業した。今日から春休み。でもなんだか私の頭はもやもや。隣の家との争いが原因で、家のなかもぎくしゃく。ひょろひょろ頼りないやつだけど、私の仲間は弟のテツだけだ。私たちはいっしょに家の外を歩きはじめた。小さな沼。広い空の下の川原。ガラクタ置場でのら猫にえさをやる不思議なおばさん。そしてある日、私たちはもう家に帰らないで、捨てられた古いバスのなかで暮らそう、と決めた…。十二歳の気持ちと感覚をあざやかにていねいに描き出した、心に残る物語。
いつまでも子どもでいたいのに、ぐんぐんと背が伸び大人に近づいていく。躰だけが自分を置き去りにして勝手に大人になっていってしまうようなアンバランスさ。そんな年ごろの少女を、身の回りで起きる象徴的な出来事とともに描いて妙である。
そういえばこのくらいの年のころ、わたしもよく頭が痛くなっていた、と思い出した。
ポプラの秋*湯本香樹実
- 2007/01/24(水) 17:31:42
☆☆☆☆・ 夫を失ったばかりで虚ろな母と、もうじき7歳の私。二人は夏の昼下がり、ポプラの木に招き寄せられるように、あるアパートに引っ越した。不気味で近寄り難い大家のおばあさんは、ふと私に奇妙な話を持ちかけた―。 ポプラの秋
湯本 香樹実 (1997/06)
新潮社
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18年後の秋、お葬式に向かう私の胸に、約束を守ってくれたおばあさんや隣人たちとの歳月が鮮やかに甦る。世界で高い評価を得た『夏の庭』の著者が贈る文庫書下ろし。
「生」の象徴のようなポプラの木の元で営まれる、傷ついた心を抱え それでも日常を過ごさなければならない人たちの物語。
死によって、或いは離婚によって、近しい人と別れなければならなかった人たちの それぞれの胸に開いた底なしの穴。しかし、いまここにいる自分は、なんとかその穴を塞いで歩き続けなければならない。生きている限り。穴の塞ぎ方は人の数だけあるのだろうが、誰にも必要なのは人の心の思いやりあるあたたかさなのかもしれない。悪者になったポパイのような風貌のポプラ荘のおばあさんは、気づかないうちに底なし穴にあたたかな気持ちを注いでくれていたのだろう。
失った人を、失った人とまだ失われていない自分とを、どう位置づけるかはとても難しく、それができたときに初めて 人は「生きている自分」として歩き出せるのかもしれない。
涙が流れ止まない一冊だった。
西日の町*湯本香樹実
- 2005/10/26(水) 13:14:38
☆☆☆・・
西日の当たる部屋での僕と母とてこじいの物語。
語り手は 大人になった僕。子どものころの不思議だがどこか懐かしい日々を回想する。
てこじいは母の父親であり、ふいっとどこかへ行ったきり行方知れずになっていたかと思えば、ある日突然 行き倒れの人のように玄関先に蹲っていたりする。
そしてその日からてこじいは 僕と母が暮らす西日の当たる部屋の住人になったのだった。
横になって眠らず、壁際に膝を抱えて影のように蹲ったままじっとしているてこじいは、それでも、次第に僕たちの暮らしの一部になり、僕にも少なからず影響を及ぼしている。
母にとっては実の父親なのだが、やさしくするでもなくときとしてチクリチクリと意地悪をしている。掃除機をわざとごつごつとぶつけたり、夜 目の前でパチンパチンと爪を切ったり。
てこじいが横になって眠らない理由がわかるころには、てこじいはもうかなり弱っていてその最期の姿も僕の心に大きな場所を占めている。
傍から見るとまるで憎み合ってでもいるかのような父と娘のありようであるが、こんな愛の現わし方もあるのだと不思議な気持ちに満たされる。
わたしのおじさん*湯本香樹実
- 2005/05/08(日) 20:58:56
夏の庭*湯本香樹実
- 2005/02/01(火) 12:49:15
☆☆☆☆・
十二歳の少年たちの忘れがたい夏を描き、
世界の十数カ国で話題を呼んだ作品。
児童文学者協会新人賞、児童文芸新人賞、
ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞、
ミルドレッド・バチェルダー文学賞等受賞。
(見返しより)
おばあさんのお葬式から帰ってきた友人の話を聞いて、死んだ人を見てみたいと思った少年たち。
ちょうど近所に住んでいる「もうじき死ぬんじゃないか」と噂されているひとり暮らしのおじいさんを見張ることにしたのだった。
興味本位で見張りはじめた少年たちと、面白半分に見張られているおじいさん。双方の気持ちの動きがじわりじわりと移り変わってゆく様がじんとさせる。
おじいさんの庭での彼らのひと夏は、彼らの血となり肉となっていつまでも彼ら自身を形づくることになるのだろう。
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