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サマー・キャンプ*長野まゆみ
- 2020/05/13(水) 16:30:51
「愛情など、断じて求めない、はずだった」 体外受精で生まれた温は出生の秘密を自らの手で明かそうと決意するのだが…。近未来を舞台に、人間が種として背負うべき未来への責任を問う書き下ろし長編小説。
近未来の物語だが、人間が自らの遺伝子を操作することに高いレベルで熟達すれば、現実問題としてこんな状況が決して珍しいことではない世の中になるのかもしれない、と戦慄さえ覚える。自然な営みや、本能としての愛の探求。そんなものが、懐かしい過去の話になってしまう日が来るかもしれないというのは、恐ろしさもあり、寂しさもある。そして、彼らが抱える葛藤は、決して彼ら自身が望んだことではないのであり、その理不尽さには胸が痛む。もがきながら懸命に自分を探して生きている彼らが、愛おしくもあり哀しくもある。この世界に幸福はあるのだろうか、と考えさせられる一冊でもある。
45° ここだけの話*長野まゆみ
- 2019/09/05(木) 16:54:06
講談社 (2019-08-09)
売り上げランキング: 124,309
カフェで、ファストフードで、教室で、ケアホームで、一見普通の人物が語りはじめる不可思議な物語。一卵性双生児、夢の暗示、記憶の改竄、自殺志願者など、ちりばめられた不穏なモチーフが導く衝撃の結末。読んでいるうちに物語に取り込まれ、世界は曖昧で確かなことなど何もないと気づかされる戦慄の9篇。
どれもが一筋縄ではいかない物語である。激することもなく、淡々と語られていて、概してその内容もその辺によくありそうなことだったりもするのだが、なにかがほんの僅かずつ不穏で、現実に生きている世界とは角度がずれている感覚なのである。そうしてふと気づいてみれば、まるで普通でもありがちでもない、不可思議な世界に迷い込んでいるのである。劇的な転換はなくても、ごく些細な認識のずれが、進んだ先では大きな亀裂になっていることにあとから気づかされるような心地である。そしてそれがなんとも心地好い一冊でもあった。
さくら、うるわし 左近の桜*長野まゆみ
- 2017/11/30(木) 19:50:33
KADOKAWA (2017-11-02)
売り上げランキング: 86,561
甘美で幻想的な異界への誘い――匂いたつかぐわしさにほろ酔う連作奇譚集。
男同士が忍び逢う宿屋「左近」の長男、桜蔵(さくら)は高校を卒業し、大学に進学。それを機に実家をはなれ、父の柾とその正妻と同居することになる。しかし、やっかいなものを拾う”体質”は、そのままで……
大雨の朝、自転車通学の途中で事故にあい、迷いこんだ先は古着を仕立て直すという〈江間衣服縫製所〉。その主の婆さんは着ていた服で浮き世の罪の重さをはかり、つぎに渡る川や行き先を決めるという――この世ならざる古着屋や巡査との出逢い、境界をまたいで往き来する桜蔵の命運やいかに――!?(この川、渡るべからず)
匂いたつかぐわしさにほろ酔う、大人のための連作奇譚集。
左近の桜シリーズ第三弾。
今回も桜蔵(さくら)は、妖しいものを引き寄せている――というか、引き寄せられていると言った方がいいのかもしれない。この世とあの世の境をあっさり越えて、見えないはずのものに翻弄されているような桜蔵を見ていると、読み手のこちらが消耗してくる気がする。やはりこういうのはあまり得意ではない。自分の輪郭が曖昧になっていくような錯覚に陥るので、あちらの世界に取り込まれそうになる。桜蔵は慣れていてどうということもないのだろうか。そんなこともないだろう。ともかく、現実世界のひずみに迷い込んだような一冊である。
銀河の通信所*長野まゆみ
- 2017/10/21(土) 16:38:30
銀河通信につないでごらん、賢治の声が聞こえてくる……足穂や百閒とおぼしき人々から登場人物までが賢治を語る、未知なる小説体験!
銀河通信に毎月第一日曜日に掲載された<賢治さんの百話>を一冊にまとめたもの、という趣向である。宮沢賢治にゆかりのさまざまな人々に取材して集めた知られざる賢治さんの魅力が満載である。なんと、通信回線を何とか同調させ、賢治さんご本人のインタヴューまで載せている。賢治さんのものを見る目の正確さや、それを表現することの巧みさが、ときどきのエピソードとともに綴られていて興味深い。ゴッホとの比較にも興味を惹かれる。宮沢賢治その人を、新しい目を持って見つめ直せる一冊かもしれない。
フランダースの帽子*長野まゆみ
- 2016/03/13(日) 06:49:55
ポンペイの遺跡、猫めいた老婦人、白い紙の舟…。不在の人物の輪郭、欠落した記憶の彼方から、おぼろげに浮かび上がる六つの物語。たくらみに満ちた短篇集
著者らしい怪しさに満ちた物語たちである。読み流していると、あるところから急に見える景色ががらりと変わる。そして、姉と弟の組み合わせの多いこと。しかも、一筋縄ではいかない現れ方でもあるので、騙されずにはいられない。判ったときには、なるほど、となる。たしかに企みに満ちた一冊である。
冥途あり*長野まゆみ
- 2015/08/25(火) 18:47:19
川辺の下町、東京・三河島。そこに生まれた父の生涯は、ゆるやかな川の流れのようにつつましくおだやかだった―。そう信じていたが、じつは思わぬ蛇行を繰り返していたのだった。亡くなってから意外な横顔に触れた娘は、あらためて父の生き方に思いを馳せるが…。遠ざかる昭和の原風景とともに描き出すある家族の物語。
「冥途あり」 「まるせい湯」
「冥途あり」は、思い出語りをしているように家族や親類とのあれこれが淡々と綴られ、まるでエッセイのような印象である。生きている間に知ることのなかった父親の姿が、懐かしい昭和の風物とともに立ち上がってくる。記憶にある出来事のひとコマの背後に在った事々が、不思議な感慨とともに明らかにされ、さまざまなことが腑に落ちたりもするのである。それに比べて「まるせい湯」は、ペテン師の素質がありそうな双子の従兄弟のせいもあり、どこまでが真実で、どこからが作り事なのか、従兄弟の話を聴きながらも定かではない。その証が立てられないとらえどころのないもどかしさで、夢の中にいるような不思議な心地にさせられる。見たこともない家族の末席にいつの間にか連なっているような心地の一冊である。
兄と弟、あるいは書物と燃える石*長野まゆみ
- 2015/08/16(日) 06:56:46
その家とその本は、何を隠しているのか──?猫の住む家に集う人々とカルト的人気の小説を幾重にも取り巻く甘美な罠。謎に満ちた物語。
読みはじめ、中盤、終盤と、開くページによって全く様相が変わってしまう物語である。物語は大きな一本の樹ではあるのだが、枝葉はまったく別の顔をしている。プレゼントをもらってリボンを解き、箱を開けるとまたそこには少し小さな別の箱があり、それはそれでとてもきれいで、手にとって開けるとまたその中には別の箱が……、というくらくらするような心地になる。ひとつの事実を知るたびに、頭の中を整理し、新たな筋道を探ろうとするのだが、次の角を曲がると予想もしなかったことが待っている。一体誰が実存で、誰が虚構なのか。そもそもどれが事実でどれが妄想なのか。考えれば考えるほどわからなくなるのだが、とても静かで穏やかな一冊でもあるのが不思議である。
団地で暮らそう!*長野まゆみ
- 2014/05/18(日) 11:09:18
![]() | 団地で暮らそう! (2014/03/15) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
築50年の団地に移り住んだ平成の青年・安彦くん。間取り2K、家賃3万8000円。いま、めぐりあう不思議な“昭和”。なつかしさいっぱい、謎いっぱい、著者初の団地小説!
昭和の団地レポートのような小説である。本作、読者の年代によって、印象も感想もずいぶん違ってきそうである。まさに憧れの団地生活をした世代や少しでも昭和の匂いを知っている世代にとっては、つつましいながらもしあわせで懐かしい思いに浸れるだろう。だが、平成以降に生まれ、戦後の復興期などまったく知らない世代にとっては、ただの団地レポートでしかないだろう。評価が分かれる一冊であるとは思うが、わたし自身は昭和の真ん中生まれなので、コーダン&コーシャ団地で暮らしたことはないが、懐かしい空気を満喫できて愉しい一冊だった。
ささみみささめ*長野まゆみ
- 2013/11/01(金) 16:56:35
![]() | ささみみささめ (単行本) (2013/10/10) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
よく耳にするありきたりなひと言。しかしその言葉の裏にはじつに奇妙な物語が潜んでいるものだ。白昼夢のような短篇25篇が色とりどりにきらめき連なる小説集。
表題作のほか、「ああ、どうしよう」 「ちらかしてるけど」 「あしたは晴れる」 「行ってらっしゃい」 「おかけになった番号は…」 「ママには、ないしょにしておくね!」 「きみは、もう若くない」 「あなたにあげる」 「ウチに来る?」 「名刺をください」 「一生のお願い」 「ヒントはもう云ったわ」 「ありそうで、なさそうな」 「もう、うんざりだ」 「わたしに触らないで」 「ウチ、うるさくないですか?」 「ドシラソファミレド」 「すべって転んで」 「ここだけの話」 「スモモモモモモ」 「春をいただきます!」 「最後尾はコチラです」 「悪いけど、それやめてくれない?」 「こんどいつ来る?」
こうしてタイトルを並べただけでも、これからどんなお話が始まるのかとわくわくする。どれもこれも、どこででも聞こえてくるようなごくごくフツーのひと言である。それが著者の手にかかれば、意味深長なひと言に姿を変えるのである。タイトルも装丁も、なにやらやさしげであるが、粗挽きの胡椒がピリリと舌を刺すような、思わぬ落ちが待っている。贅沢な一冊である。
45°*長野まゆみ
- 2013/04/19(金) 08:51:15
![]() | 45° (2013/03/29) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
ビルから転落し、一時記憶喪失となった経験を持つ男。自らの事故の理由を知るため、その目撃者を捜し出したが……。謎が響きあう九つの物語。日常の風景に潜む不条理を描き、著者の新境地を示すスタイリッシュでミステリアスな最新連作短篇集。
表題作のほか、「11:55」 「/Y」 「●」 「+-」 「W.C.」 「2°」 「×」 「P.」
タイトルを一見しただけで、すでに狐につままれた心地である。これからどんな物語の中に連れて行かれるのか、そこはかとなく不安にもなる。そして、そんな気分を裏切られない物語たちだった。不思議、内向的、マイペース、運命、逆転、転換。そんなあれこれが渦巻いている。ラストに驚かされることも多い。そこはかとなく胸にもやもやが残る一冊でもある。
チマチマ記*長野まゆみ
- 2012/12/18(火) 08:50:07
![]() | チマチマ記 (2012/06/27) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
小巻おかあさんの家で飼われることになったチマキ、ノリマキの迷いネコ兄弟。複雑な関係だけど仲良しな大家族「宝来家」で、食事を一手に引きうけているのはおかあさんの息子・カガミさん。家族の健康を第一に、カガミさんは美味しくて身体にいい食事を黙々と作り続ける。もうひとつ、カガミさんが気になるのは、中学・高校の先輩で宝来家に居候している桜川くんの存在なのだが…。
初めに人物相関図が載せられているように、複雑な人間関係の宝来家である。だが、みんなさらりと明るく、前を向いて暮らしているので、つい複雑さを忘れてしまう。もともと迷い猫だったチマキとノリマキ兄弟の兄・チマキの目線で書かれているのが新鮮である。ずいぶんとお利口さんなのである。そして何といっても魅力的なのは、粽たちの飼い主・小巻さんの息子のカガミさんの作る料理である。みんなの健康を考え、あたたかい気持ちで丁寧に作られた料理はどれもとてもおいしそうで、カガミさんが語る薀蓄もとても役に立つことばかりで、すぐにでも実践したくなる。ちょっぴり切なくて、愛にあふれた一冊である。
野川*長野まゆみ
- 2011/11/06(日) 17:00:49
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両親の離婚により転校することになった音和。野川の近くで、彼と父との二人暮らしがはじまる。新しい中学校で新聞部に入った音和は、伝書鳩を育てる仲間たちと出逢う。そこで変わり者の教師・河合の言葉に刺激された音和は、鳥の目で見た世界を意識するようになり…。ほんとうに大切な風景は、自分でつくりだすものなんだ。もし鳥の目で世界を見ることが、かなうなら…伝書鳩を育てる少年たちの感動の物語。
とても好きな一冊である。期待以上に――と言ったら失礼極まりないが――素晴らしかった。著者の作品は好きなものが多いのだが、これはその中でもいちばんと言っていいほど心に添う物語だった。両親の離婚に伴う新生活に、表面上はともかく不安定に揺れ動く中学生の音和。転向先の中学で出会った国語教師・河井の型にはまらない親身の教えは音和の心をどれほど安定させ、未来を明るいものにしたことだろう。そして、新聞部のメンバーや鳩たち、ことに世話を任された飛べない鳩・コマメが、どれほど音和の助けになったことだろう。野川やその周辺の成り立ちや植生を淡々と描きながら、この物語はどれほど大切なことを伝えてくれるのだろう。しみじみと深く胸に届く一冊である。
デカルコマニア*長野まゆみ
- 2011/07/04(月) 07:00:26
![]() | デカルコマニア (2011/05) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
21世紀の少年が図書室で見つけた革装の古書には、亀甲文字で23世紀の奇妙な物語が綴られていた。200年後のあなたに届けたい、時空を超えた不可思議な一族の物語。
初めの数ページはもったいぶったようで、もうやめようかと思うほどだった。ただ、それがこの物語の持ち味だということもわかったので、もう少し堪えて読み進めることに。基本的には「デカルコ」(よく知られた言葉で言えばタイムマシンである)で、20世紀から23世紀の時空を行き来する一族の物語なのだが、その時代その時代で展開される物語がまたそれぞれに複雑に絡み合っているので、混乱することこの上ないのである。むずかしい。だが、読み進めるうちに次第に法則(のようなもの)がわかってくると、ははぁこの人物はおそらくあの人物と・・・・・・というのがうっすらと見えてくるので読み解く愉しみも出てくるのである。それにしても、250年に亘る物語なので登場人物も多いのだが、ほんとうのところは一体何人出てきたのだろう。思いのほか少ないことは確かである。デコラティブな飾り文字でかかれた暗号のような一冊である。
咲くや、この花 左近の桜*長野まゆみ
- 2009/08/30(日) 16:31:36
![]() | 咲くや、この花 左近の桜 (2009/03/27) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
春の名残が漂う頃、「左近」の長男・桜蔵のもとに黒ずくめの男が現れて、「クロツラを駆除いたします」という怪しげな売り込みのちらしを置いていった。数日ののち、離れに移ってきた借家人の骸が押し入れから転がり出た。そこへくだんの男が現れて言うには、クロツラに奪われたタマシイを取り戻せば息を吹きかえすと…。魂を喰う犬を連れた男、この世の限りに交わりを求める男、武蔵野にたたずむ隠れ宿「左近」の桜蔵を奇怪な出来事が見舞う…。夢と現が交錯する蠱惑の連作小説シリーズ第二作。
シリーズ一作目は『左近の桜』。未読である。
「迷い犬」 「雨彦(あまひこ)」 「白雨(ゆうだち)」 「喫茶去(きっさこ)」 「ヒマワリ」 「千紫(せんむらさき)」 「髪盗人」 「雪虫」 「灰かぶり」 「黒牡丹」 「梅花皮(かいらぎ)」 「桜守」
看板も軒行灯も出さず、少々ワケアリな商いをしている宿・左近の物語である。桜蔵(さくら)は、ここの長男だが、その生い立ちも少々ワケアリである。そのせいか、この世ならぬ妖しいものを惹き寄せる性質であるらしい。
そんな桜蔵が出会い、取り憑かれ、惹きこまれる妖しいひずみのような世界が描かれている。著者らしい妖しさ全開の一冊である。
カルトローレ*長野まゆみ
- 2008/05/23(金) 17:12:20
![]() | カルトローレ (2008/04) 長野 まゆみ 商品詳細を見る |
謎の航海日誌カルトローレ。キビ色の沙地の白い家で暮す私の仕事は、「船」にあった109冊の日誌を解読することだった…。作家生活20周年の新境地が白い世界に拓かれる記念碑的作品。
過去なのか未来なのか、どこの国のどこの場所なのか、特定することはとても難しく、そして特定することに意味はない。
「船」を降りて適応化のために、沙獏のとある自治区で航海日誌の解読という仕事を与えられたタフィの語る物語。夢のなかの出来事のような、はるか昔の昔語りを聞かされているような、それでいてなにか未来の鍵を握る大切なことを仄めかされているような、不思議な心地のする物語である。
著者の言葉の選び方や、文字の表記の仕方にたいするこだわりや丁寧さが、物語の雰囲気をいっそう懐かしさあふれるものにし、それでいて焦がれるように追い求めさせもするのである。
ひとりのエトランゼとして、物語のなかに紛れ込んだような心地にしてくれる一冊である。
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