わたしの忘れ物*乾ルカ

  • 2018/06/20(水) 16:40:02

わたしの忘れ物
わたしの忘れ物
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乾 ルカ
東京創元社
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中辻恵麻がH大学生部から無理矢理に紹介された、大型複合商業施設の忘れ物センター―届けられる忘れ物を整理し、引き取りに来る人に対応する―でのアルバイト。引っ込み思案で目立たない、透明なセロファンのような存在の私に、この仕事を紹介したのはなぜ?なぜこんな他愛のない物を引き取りに来るの?忘れ物の品々とその持ち主との出会い、センターのスタッフとの交流の中で、少しずつ心の成長を遂げる恵麻だが―。六つの忘れ物を巡って描かれる、じんわりと心に染みる連作集。


妻、兄、家族、友、彼女、そして私、という六つの忘れ物の物語である。大型商業施設の喧騒から離れた先の、スタッフオンリーかと思ってしまうような通路を曲がったところにある忘れ物センターが物語の舞台である。中辻恵麻は、母の介護のために休職中の係長の穴埋めのために、成り行きで半ば無理やりにここでアルバイトすることになったのである。舞台や設定からは、何やら小川洋子めいた匂いがするし、ガラクタにしか見えない忘れ物たちに、見えない価値を見つけ出す水樹さんや橋野さんも、いささか謎めいていて、興味を惹かれる。忘れ物を取りに訪れる人たちにもそれぞれ生活があり、さまざまなものを抱え込んでいて、そんなその人だけの価値を知ることにも心惹かれる。だが、それだけでこの物語は終わらない。恵麻の忘れ物の物語が解き明かされるとき、いままでの不思議が氷解し、あたたかい涙とともに流れ出してくるのである。遅くなくてよかった、と恵麻に行ってあげたくなる一冊である。

屍人荘の殺人*今村昌弘

  • 2018/03/24(土) 18:34:51

屍人荘の殺人
屍人荘の殺人
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今村 昌弘
東京創元社
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神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け―。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった…!!究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?!奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!


密室謎解きミステリとしては面白いのだが、ゾンビが出てきた段階で――たとえそれなくしてはトリックが成立しないとしても――、昂揚感がすっと引いてしまった――個人的な好みの問題なのだが――のが、残念でならない。なにかもっと、現実に起こる可能性が高い設定にしてくれたら、もっと愉しめたのだろうと思うと、ゾンビが必要不可欠な要素だからと言っても、がっかり感がぬぐえない。感染症まではいいが、それをゾンビにする以外なんとかしようがなかったものかと思ってしまう。評判が高いだけに、個人的にはいささか腑に落ちない一冊になってしまった。

彼方の友へ*伊吹有喜

  • 2017/12/26(火) 16:19:39

彼方の友へ
彼方の友へ
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伊吹 有喜
実業之日本社
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「友よ、最上のものを」
戦中の東京、雑誌づくりに夢と情熱を抱いて――
平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。
「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。
そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった――
戦前、戦中、戦後という激動の時代に、情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。

実業之日本社創業120周年記念作品
本作は、竹久夢二や中原淳一が活躍した少女雑誌「少女の友」(実業之日本社刊)の存在に、著者が心を動かされたことから生まれました。


現在の佐倉波津子は高齢者施設で夢と現を行き来するような日々を送っている。傍からは、何も考えていないように見えるかもしれないが、頭の中には、来し方のあれこれが渦巻いていて忙しい。そんな波津子が駆け抜けてきた人生が彼女の目線で繰り広げられている。時折現在の様子に立ち戻るとき、そのギャップは人の老いというものを思い知らされるが、頭の中は存外誰でも活き活きしているのかもしれないとも思わされて、勇気づけられもする。そんな波津子の元へ、あのころの思い出の品とともに、関わって来た人たちとゆかりのある若い人たちが訪れ、話を聴きたいと言いう。積年の想いも報われ、波津子と「乙女の友」に関わった人たちの生き様が語り継がれることになるのである。ラスト三分の一は、ことに、涙が止めどなく、あふれるままに読み進んだ。外で読むには向かないが、中味がぎっしり詰まった読み応えのある一冊である。

地の星 なでし子物語*伊吹有喜

  • 2017/11/05(日) 16:08:38

地の星 なでし子物語
地の星 なでし子物語
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伊吹 有喜
ポプラ社
売り上げランキング: 78,714

自立、顔を上げて生きること。自律、美しく生きること―。遠州峰生の名家・遠藤家の邸宅として親しまれた常夏荘。幼少期にこの屋敷に引き取られた耀子は、寂しい境遇にあっても、屋敷の大人たちや、自分を導いてくれる言葉、小さな友情に支えられて子ども時代を生き抜いてきた。時が経ち、時代の流れの中で凋落した遠藤家。常夏荘はもはや見る影もなくなってしまったが、耀子はそのさびれた常夏荘の女主人となり―。ベストセラー『なでし子物語』待望の続編!


今作は、耀子に焦点が当てられている。常夏荘の女主人・おあんさんと呼ばれるようになり、遠藤家の龍治との間に瀬里という娘のいる母親になっている。凋落した遠藤家のために、スーパーに働きに出ている耀子であるが、そのことについては、遠藤家の内外からさまざま取りざたされもしている。それでも、前を向いて、一歩ずつ歩を運ぶ耀子が、弱々しげだった印象から少しずつ脱皮して、たくましさまで感じさせられるようになっていく姿は、思わず応援したくなる。次作は、一作目と今作の間の物語のようだが、そちらもとても気になるシリーズである。

カンパニー*伊吹有喜

  • 2017/09/27(水) 16:39:54

カンパニー
カンパニー
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伊吹 有喜
新潮社
売り上げランキング: 62,322

合併、社名変更、グローバル化。老舗製薬会社の改革路線から取り残された47歳の総務課長・青柳と、選手に電撃引退された若手トレーナーの由衣。二人に下された業務命令は、世界的プリンシパル・高野が踊る冠公演「白鳥の湖」を成功させること。主役交代、高野の叛乱、売れ残ったチケット。数々の困難を乗り越えて、本当に幕は開くのか―?人生を取り戻す情熱と再生の物語。


何の予備知識もなしに読み始めたのだが、とても面白かった。バレエの世界には全く縁がないので知らなかったが、バレエ団のことをカンパニーと呼ぶらしい。タイトルはまさにバレエ団のことなのだが、製薬会社の再編成やリストラに絡んで、会社に人生を振り回される青柳や瀬川を見ていると、会社のカンパニーが描かれているとも言えるかもしれない。世界に名だたるプリンシパルにも、わき役に甘んじるダンサーにも、トレーナーにも、企業から出向してきた社員にも、それぞれ人生があり、抱えているものがあり、コンプレックスがあり、誇りがある。仕事も立場も違えど、同じ人間なのだという思いを強くする。どんな立場にいようとも、ひとりでは何も成し遂げられず、周りの人々と一緒に作り上げていく喜びがあるのである。決断は自分でするものだが、そこに至る道筋にはたくさんの人がいて、さまざまな思いがあるのだと、あたたかい気持ちにさせてくれる一冊だった。

がん消滅の罠*岩木一麻

  • 2017/07/19(水) 19:04:47


日本がんセンター呼吸器内科の医師・夏目は、生命保険会社に勤務する森川から、不正受給の可能性があると指摘を受けた。
夏目から余命半年の宣告を受けた肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付金3千万円を受け取った後も生存しており、
それどころか、その後に病巣が綺麗に消え去っているというのだ。同様の保険支払いが4例立て続けに起きている。
不審を抱いた夏目は、変わり者の友人で、同じくがんセンター勤務の羽島とともに、調査を始める。
一方、がんを患った有力者たちから支持を受けていたのは、夏目の恩師・西條が理事長を務める湾岸医療センター病院だった。
その病院は、がんの早期発見・治療を得意とし、もし再発した場合もがんを完全寛解に導くという病院。
がんが完全に消失完治するのか? いったい、がん治療の世界で何が起こっているのだろうか―。


がんで余命診断された患者が、湾岸医療センターにかかると、病巣が消え去り、がんが寛解するという事実が多発していることに気づいたがんセンターの医師・夏目は、友人で同センターに勤務する羽島と調査を始める。がんと診断されたときに保険金が支払われる保険のリビングニーズ特約も絡み、突然退職した夏目の恩師の消息も絡み、事態は厭な感じに複雑になっていく。がんが治るという願ってもないことにもかかわらず、なにやら喜べないことが裏で行われていることは初めから判るものの、それが何を目的に企てられ、どんな手順で進められているのか、そのトリックに興味はそそられる。さらにそれだけではなく、夏目の恩師・西條の個人的な事情も絡み、思わぬ事実が明らかにされる。がん寛解の手順については腑に落ちたが、その目的に関しては、いささか消化不良な印象もぬぐえない。興味深い一冊であることは間違いない。

あひる*今村夏子

  • 2017/05/08(月) 11:00:36

あひる
あひる
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書肆侃侃房 (2016-12-14)
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あひるを飼うことになった家族と学校帰りに集まってくる子供たち。一瞬幸せな日常の危うさが描かれた「あひる」。おばあちゃんと孫たち、近所の兄妹とのふれあいを通して、揺れ動く子供たちの心の在り様を、あたたかくそして鋭く描く「おばあちゃんの家」「森の兄妹」の3編を収録。


表題作のほか、「おばあちゃんの家」 「森の兄妹」

外から一見すると、ほのぼのとした日常の暮らしのひとコマのように見える。だが、一歩近づいてみると、そこにはほんのわずかな歪みや傷があり、胸のどこかをざわめかせるのである。しあわせそうに見える光景から、表面の薄皮をはいでみたら、見てはいけないものがふと現れてしまったような、不穏な心地にさせられるのである。かと言って、ほんとうにひどいことが行われているわけでもない。その不穏さの忍び込ませ方が絶妙で、何となく厭な気持ちになりそうになりながらも先へ進まずにはいられないのである。あっという間に読めてしまうにもかかわらず、胸の奥深くまで沁みとおる一冊である。

物件探偵*乾くるみ

  • 2017/04/18(火) 16:43:13

物件探偵
物件探偵
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乾 くるみ
新潮社
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不動産の間取り図には、あなたの知らない究極のミステリが潜んでいる。利回り12%の老朽マンション!? ひと りでに録画がスタートする怪現象アパート? 新幹線の座席が残置された部屋??――そんなアヤシイ物件の謎、解けますか? 『イニシエーション・ラブ』で日本中をまんまと騙した作家が、不動産に絶対欺されないコツを教えます。大家さんも間取りウォッチャーも興奮の超実用的ミステリ!


「田町9分1DKの謎」 「小岩20分一棟売りアパートの謎」 「浅草橋5分ワンルームの謎」 「北千住3分1Kアパートの謎」 「表参道5分1Kの謎」 「池袋5分1DKの謎」

書類上では、それぞれ、それなりに魅力的な物件に思えるが、いざ契約を済ませて実際に入居してみると、さまざまな不都合が出てくるものである。そんなときにいきなり、宅建の資格を持ち、部屋の気持ちが判るという不動尊子(ふどうたかこ)という女性がやって来て、なにやら関係者と話をつけて解決してしまう、という物語である。不動産売買のむずかしさや、駆け引きの複雑さなど、裏事情が垣間見られるのも興味深い。不動の突然の登場も設定が突飛すぎて、あっさり受け入れてしまうのも一興である。もっと別の物件が見たくなる一冊である。

情熱のナポリタン*伊吹有喜

  • 2017/03/11(土) 18:37:31

情熱のナポリタン―BAR追分 (ハルキ文庫)
伊吹 有喜
角川春樹事務所 (2017-02-14)
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かつて新宿追分と呼ばれた街の、“ねこみち横丁”という路地の奥に「BAR追分」はある。“ねこみち横丁”振興会の管理人をしながら脚本家を目指す宇藤輝良は、コンクールに応募するためのシナリオを書き上げたものの、悩んでいることがあって…。両親の離婚で離れて暮らす兄弟、一人息子を育てるシングルマザー、劇団仲間に才能の差を感じ始めた男―人生の分岐点に立った人々が集う「BAR追分」。客たちの心も胃袋もぐっと掴んで離さない癒しの酒場に、あなたも立ち寄ってみませんか?大人気シリーズ第三弾。


今回もおいしそうなものがたくさん出てきて、バール追分に行ってみたくてたまらなくなる。登場人物もみんなそれぞれに魅力的で、誰もが何かを抱えているのだが、そのことで歪まずに、却って人柄に深みを増す役に立っている気がする。助け合い、というと軽い感じもするが、深いところで結びつき思いやり、支え合っているように見える。宇藤君も階段を一段上がった感があるし、桃ちゃんはまだよくわからないし、さらに楽しみなシリーズである。

今はちょっと、ついてないだけ*伊吹有喜

  • 2016/12/12(月) 07:00:34

今はちょっと、ついてないだけ
伊吹 有喜
光文社
売り上げランキング: 363,480

かつて、世界の秘境を旅するテレビ番組で一躍脚光を浴びた、「ネイチャリング・フォトグラファー」の立花浩樹。バブル崩壊で全てを失ってから15年、事務所の社長に負わされた借金を返すためだけに生きてきた。必死に完済し、気付けば四十代。夢も恋人もなく、母親の家からパチンコに通う日々。ある日、母親の友人・静枝に写真を撮ってほしいと頼まれた立花は、ずっと忘れていたカメラを構える喜びを思い出す。もう一度やり直そうと上京して住み始めたシェアハウスには、同じように人生に敗れた者たちが集まり…。一度は人生に敗れた男女の再び歩み出す姿が胸を打つ、感動の物語。


覇気もやる気も向上心もすべてどこかへ置き忘れてきたような中年男・立花浩樹が主人公である。もともと目立つ方ではなかった浩樹が、ひょんなことから注目を浴び、作られた姿と現実の狭間で自分を見失い、しかもバブル崩壊に伴うあれこれによって、財産もすべて失うことになった結果のこの体たらくである。ある日、母が暮らす施設の母の友人の写真を撮ったことがきっかけで、心の持ち方が少しずつ変わり、周りの人やそのつながりに後押しされて、自分の居場所や進む道を見つけるまでになるのである。見た目と身体だけで注目されてきたと卑下するばかりだった浩樹だが、外見と内面のギャップも魅力的に思われ、つい応援したくなる。どん底にいても、人とのつながりを断たなければ、浮かぶ瀬もある、と思わせてくれる一冊である。

オムライス日和 BAR追分*伊吹有喜

  • 2016/10/29(土) 07:23:11

オムライス日和 BAR追分 (ハルキ文庫)
伊吹有喜
角川春樹事務所 (2016-02-12)
売り上げランキング: 31,309

有名電機メーカーに勤める菊池沙里は、大学時代にゼミで同期だった宇藤輝良と再会する。卒業して五年、宇藤は「ねこみち横丁振興会」の管理人をしながら、脚本家になる夢を追い続けているという。数日後、友人の結婚式の二次会後に、宇藤がよくいるというねこみち横丁のBAR追分に顔を出した沙里だったが…(「オムライス日和」より)。昼はバールで夜はバー―二つの顔を持つBAR追分で繰り広げられる人間ドラマが温かく胸に沁みる人気シリーズ、書き下ろしで贈る待望の第二弾。


またまたおいしそうなものがたくさん登場して、ついつい想像してしまう。ねこみち横丁での宇藤の立場もすっかり定着したようで、注文も「いつものあれね」で通じるようになっている。ものすごく遠慮がちで、自分に自信がなさそうな宇藤を見ていると、つい二十歳そこそこの若者を想像してしまうが、実は36歳という分別盛りなのである。その辺りにいささか違和感がなくもないが、それが宇藤の魅力でもあるのかもしれない、とも思う。ねこみち横丁の面々のプライベートが少しずつ明かされていく一冊でもあり、今後の展開が愉しみな、長く続いてほしいシリーズである。

BAR(バール)追分*伊吹有喜

  • 2016/10/05(水) 18:20:15

BAR追分 (ハルキ文庫)
BAR追分 (ハルキ文庫)
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伊吹 有喜
角川春樹事務所
売り上げランキング: 9,334

新宿三丁目交差点近く―かつて新宿追分と呼ばれた街の「ねこみち横丁」の奥に、その店はある。そこは、道が左右に分かれる、まさに追分だ。BAR追分。昼は「バール追分」でコーヒーやカレーなどの定食を、夜は「バー追分」で本格的なカクテルや、ハンバーグサンドなど魅惑的なおつまみを供する。人生の分岐点で、人々が立ち止まる場所。昼は笑顔かかわいらしい女店主が、夜は白髪のバーテンダーがもてなす新店、二つの名前と顔でいよいよオープン!


場所柄と言い、隠れ家的な感じと言い、なんだか勝手にもっとアウトサイダーっぽい物語を想像していたのだが、さにあらず。夜はバー、昼間はその場を借りてバールとしての営業、ということで、常連客からは「ヤドカリ食堂」と呼ばれる「BAR(バール)追分」を核として、そこに集まる常連客たちと、ひょんなことからねこみち横丁振興会の管理人になってしまった宇藤輝良の物語である。バールのオーナーシェフ・桃子の作る、丁寧で味わい深い料理の数々は、どれも魅力的で、それに引き寄せられるように集まってくる客たちの屈託を、あたたかく解きほぐしてくれるようである。読んでいて心地好いのは、それぞれの距離感が絶妙で、突き放しすぎず、踏み込み過ぎず、これ以上ないほど良い加減だからかもしれない。思わず、ねこみち横丁を探しに行きたくなってしまいそうな一冊である。

リップヴァンウィンクルの花嫁*岩井俊二

  • 2016/05/23(月) 18:35:36

リップヴァンウィンクルの花嫁
岩井 俊二
文藝春秋
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「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」

声の小さな皆川七海は、派遣教員の仕事を早々にクビになり、SNSで手に入れた結婚も、浮気の濡れ衣を着せられた。行き場をなくした七海は、月に100万円稼げるというメイドのバイトを引き受ける。
あるじのいない大きな屋敷で待っていたのは、破天荒で自由なもうひとりのメイド、里中真白。
ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出すが……。
岩井俊二が描く現代の噓(ゆめ)と希望と愛の物語。


想像していた以上に惹きこまれてしまった。穏やかな日常を送る人間はひとりも出てこない。登場人物の誰もが、事情こそ違うものの、何かを抱え、平凡とは言い難い人生を送っている。それなのに、全体に流れる空気は静かなのである。不思議だ。切なくて、危なっかしく、それでいて確固としていてあたたかい。寂しいけれどとても親密な一冊なのである。ただ、映像として見るのは(観ていないが)ちょっと苦手かもしれない、とも思う。

ひとりぼっちのあいつ*伊岡瞬

  • 2015/04/30(木) 17:05:12

ひとりぼっちのあいつひとりぼっちのあいつ
(2015/03/23)
伊岡 瞬

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「故郷に帰れ、田舎もん!」毒づきながら、内心コンプレックスに苛まれている宮本楓太は二十五歳のサラリーマン。ひょんなことで出会った冴えない中年男の秘密を知って、以来なぜか彼から目が離せなくなる。まわりには、謎の美女に強面の老人、なんだか危ない人たちまで…一体彼は何者なのか?素直になれず孤独を抱える楓太と、過去に傷つき未来に希望を持てない春輝。居場所を求めてあえぐすべての人に贈る、希望のラプソディ!


宮本楓太と大里春輝の日々が、過去と現在を織り交ぜながら綴られている。どの時代においても、精彩を放っているとはいいがたく、運命を呪いたくもなりそうな二人の人生が、あるところで交錯し、互いに何か気になるものを感じるのだった。このまま何事も怒らず、穏やかに生きていけたらいいのに、と途中で何度も思うが、そうはいかないのが人生なのだろう。そして、もうこんな世界は嫌だと思ったとき、何が起こったのだろう。薄れていく意識下の妄想なのか、神がかり的な何かが働いたのか……。ささやかなしあわせこそが宝物だと思わされる一冊である。

電車道*磯崎憲一郎

  • 2015/04/10(金) 18:33:05

電車道電車道
(2015/02/27)
磯崎 憲一郎

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鉄道開発を背景に、日本に流れた百年の時間を描いた著者最高傑作! 橋を架け山を切り開き、四六時中ひっ きりなしに電車を走らせよう。そうすればこの国の人間たちも、絶望の淵からほんの何歩かは引き戻されるはずだから――。日本の近代から現在に至る百年の時間を描き、自然災害、戦争、さらには資本主義経済と抗いがたいものに翻弄されながら、絶えまなく続いてきた人間の営みを活写した長編小説。


全編通して淡々と綴られている。だがその内容はといえば、日本が近代国家に様変わりしていく過程とも言える百年がぎっしり詰まっているのである。変化の著しいこの百年という時間をコマ送りで見せられているような印象でもある。人の意志により、あるいは欲望により、意図せざる状況によって変わり変えられていく街の様子は、そこに暮らす人の営みと合わせて興味深いものがある。ただ、個人的には著者の文章になかなか馴染めず、内容にのめりこみにくかったのが残念でもある。淡々としていながら壮大な一冊である。