愚者の毒*宇佐美まこと

  • 2017/08/21(月) 18:29:55

愚者の毒 (祥伝社文庫)
祥伝社 (2017-04-20)
売り上げランキング: 5,508

一九八五年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。全ての始まりは一九六五年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった…。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは?衝撃の傑作!


初読みの作家さんだったが、惹きこまれた。恵まれない境遇を嘆き、職安に通う女性・葉子が、ある日面接に行った先には、生年月日が同じ希美(きみ)の履歴書が送られていた。そんな縁で親しくなった葉子と希美がそれぞれに抱える過去が、現在を生きる彼女たちをがんじがらめにしている様に、いたたまれなさを感じずにはいられない。現在と過去、さらにさかのぼった過去を行きつ戻りつしながら物語は進み、そこに至る事情が少しずつ読者の前に解き明かされていくにつれ、さらにやり切れなさに包まれる。どこかに戻れば、彼女たちはしあわせになることができたのだろうか。それともどうあがいても、運命を変えることはできなかったのだろうか。出会い、関わってきた人々が、立場を変え、状況を変えて、次々に目の前に現れ、ラストに向かって収束していくのは、心臓を搾り上げられるような緊張感もあり、ページを繰る手が止まらない。運命の過酷さと、人の情の濃やかさを思わされる一冊でもある。

十二人の死にたい子どもたち*冲方丁

  • 2017/02/15(水) 16:54:33

十二人の死にたい子どもたち
冲方 丁
文藝春秋
売り上げランキング: 19,407

廃業した病院にやってくる、十二人の子どもたち。建物に入り、金庫をあけると、中には1から12までの数字が並べられている。この場へ集う十二人は、一人ずつこの数字を手にとり、「集いの場」へおもむく決まりだった。
初対面同士の子どもたちの目的は、みなで安楽死をすること。十二人が集まり、すんなり「実行」できるはずだった。しかし、「集いの場」に用意されていたベッドには、すでに一人の少年が横たわっていた――。
彼は一体誰なのか。自殺か、他殺か。このまま「実行」してもよいのか。この集いの原則「全員一致」にのっとり、子どもたちは多数決を取る。不測の事態を前に、議論し、互いを観察し、状況から謎を推理していく。彼らが辿り着く結論は。そして、この集いの本当の目的は――。

性格も価値観も育った環境も違う十二人がぶつけ合う、それぞれの死にたい理由。俊英・冲方丁が描く、思春期の煌めきと切なさが詰まった傑作。


集団自殺希望者を募るサイトを介して集まった十二人の少年少女が物語の主役である。先にひとりで実行した者がいるという予想しなかったアクシデントから、話し合いが始まり、さまざまな事情でこの場にいる十二人の抱えるものが次第に明らかにされていく中、それぞれの性格や役割が自ずと決まっていき、他人の反応を利用しようとする者、自己主張を始める者、話についていけずに頓珍漢な言葉を発する者、とそれぞれ違った行動を見せる。サイトの主催者のサトシは、14歳ながら終始中立を保ち、場の流れには口出ししない。そんな中で、状況が整理され、手掛りが集められ、行動が時系列で整理され、真実が明らかにされていく。廃病院に入って数時間の間に、十二人に起きた気持ちの変化は、誘導されたものではないのだが、集団心理がプラスに働いたような印象もある。サイト管理者であるサトシの本心もそれに微妙に影響を与えているのかもしれない。心のキャパシティの差とか、閉塞感とか、さまざま考えさせられる一冊でもあった。

書店員の恋*梅田みか

  • 2014/06/20(金) 07:48:25

書店員の恋書店員の恋
(2008/10/23)
梅田 みか

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どんな本も、その一冊を必要とする人がいる。誰にでも、その人を必要とする人がいる。主人公は、大手書店チェーンに勤める今井翔子(26)。入社6年目にして文芸コーナーを任せられた、書店員の仕事が大好きな女性。ファミレスの厨房で働く同い年の水田大輔という恋人がいる。彼は翔子のことを真剣に考えているが、今は、心の余裕もお金も将来の展望もない。そこに現れるのが、ケイタイ小説のベストセラー作家で歯科医師の青木譲二(35)。サイン会の打ち上げをきっかけに、翔子に好意を抱きはじめる。セレブの譲二か、先が見えない大輔か……揺れ動く翔子。そうした翔子の恋と仕事の悩みを中心に、短大時代からの親友や同僚がおりなす人間模様。
そして、最後に翔子が選んだ愛とは? お金がなくては生きていけない? でも、お金では幸せになれない? 女性の生き方、本当の愛について問う話題作。思わず涙が溢れてきます。


翔子の心の動きが伝わってくるような物語である。本書の主人公は、(たまたま)書店員の翔子であるが、書店員でなくてもすべての人に思い当たる心情だと思う。譲二さんもいい人なところが悩みどころだなぁ、とつい思ってしまう。悪い人が出てこないのも好感が持てる。大輔と翔子には、いつまでもお互いを大切にしてもらいたいものだと思う一冊である。

はなとゆめ*冲方丁

  • 2014/01/09(木) 17:12:27

はなとゆめ (単行本)はなとゆめ (単行本)
(2013/11/07)
冲方 丁

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清少納言は28歳にして帝の后・中宮定子に仕えることになる。内裏の雰囲気に馴染めずにいたが、定子に才能を認められていく。やがて藤原道長と定子一族との政争に巻き込まれ……。美しくも心震わす清少納言の生涯!


清少納言が枕草子を書くに至った経緯と、彼女の華を愛した比類なき生涯の物語である。類稀なる学識と当意即妙の術を持ちながら、容姿を初めとして自分にに自信がなく、人の目を避けるようにしていた彼女の才能を花開かせたのは、まさしく清少納言が華と夢みた中宮定子であった。二人の間に流れる主従関係以上の愛が読む者の心も熱くさせるのである。清少納言が好きになる一冊である。

十二単衣を着た悪魔*内館牧子

  • 2013/02/12(火) 13:14:22

十二単衣を着た悪魔十二単衣を着た悪魔
(2012/05/11)
内館 牧子

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日本では、千年前から男は情けなく、そして女は強かだった……。
本家本元よりもリアルで面白い、もう一つの『源氏物語』

就職試験を五十八社続けて落ち、彼女にも振られた二流大学出身の雷。そんな時、弟の水が京大医学部に現役合格したとの知らせが入る。水は容姿端麗、頭脳明晰、しかもいい奴と、非の打ち所がない。雷はアルバイトで「源氏物語」の世界を模したイベントの設営を終え、足取り重く家に帰ろうとするが、突然巨大な火の玉に教われる。気が付けば、なんとそこは「源氏物語」の世界だった。
雷は、アルバイト先で配られた『源氏物語』のあらすじ本を持っていたため、次々と未来を予測し、比類なき陰陽師として、その世界で自分の存在価値を見出す事に成功する。光源氏という超一流の弟を持ち、いつもその栄光の影に隠れてしまう凡人の帝に己を重ねた雷は、帝に肩入れするようになるが、その母親・弘徽殿女御は、現代のキャリアウーマン顔負けの強さと野心を持っていて……。
人間の本質を描き続けてきた内館牧子が描く、本家本元よりも面白い、もう一つの「源氏物語」。


タイムトリップ物は数々あるが、これほど唐突に、似合わない時代にトリップすることもそうないのではないだろうか。何ひとつといっていいほど取り柄のない就職浪人ほぼ決定の覇気のない若者が飛び込むには、平安時代はあまりにも別世界である。だが、郷に入れば郷に従え、成せば成る、などさまざまなことわざが思い浮かぶが、必死になれば何とかなり、あまつさえ重用されてしまったりさえするのである。しかも雷の頼りは、トリップする前の派遣仕事先でもらった薬のサンプルと源氏物語のあらすじ本のみ。運には見放されなかったということだろうか。タイムトリップの定石で、歴史を変えることはなくとも、関係した人々の心に何かを残したことは確かだろう。そして、二十六年の源氏物語世界暮らしで雷の得たものは計り知れない。設定は無茶苦茶だが、共感するところは多い一冊である。

コモリと子守り*歌野晶午

  • 2013/01/22(火) 07:27:50

コモリと子守りコモリと子守り
(2012/12/15)
歌野 晶午

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巧緻きわまりない本格ミステリーにして、誘拐ミステリーの傑作!!

引きこもりの友人の窮地を救うため、17歳の舞田ひとみは幼児誘拐事件の謎を追うのだが……。
ひとつの事件の解決は、あらたな事件の始まりだった!
勉強に育児に忙しいひとみが、前代未聞の難事件に挑む!!


舞田ひとみシリーズ第三弾。二作目、読んでいなかったかも…。
語り手が引きこもり(コモリ)の馬場由宇なので、初めのうちは舞田ひとみシリーズとは気づかなかったが、由宇はひとみに厄介ごとを持ちかけ、その手を煩わせるばかりで、やはり、事件を解き明かすのはひとみなのである。高校生の探偵ごっこと言うには、幼児虐待あり、身代金誘拐あり、殺人ありと、事件は本格的すぎるのだが、ひとみの観察眼と洞察力、推理力がものを言うのである。身代金誘拐の顛末は、とてもあの夫婦が考え出したとは思えないのがリアリティに欠けると言えなくもないが、どうしようもないヤツというのはどうしようもない知恵は働くものなのかもしれない。しかしこの動機と結果は痛ましすぎる。まだまだ続いてほしいシリーズである。

もらい泣き*冲方丁

  • 2012/09/29(土) 13:40:22

もらい泣きもらい泣き
(2012/08/03)
冲方 丁

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一族みんなに恐れられていた厳格な祖母が亡くなった。遺品の金庫の中に入っていた意外な中身は?「金庫と花丸」。東日本大震災の後、福島空港で車がなく途方にくれる著者に「乗りますか」と声をかけてくれた人の思い出。「インドと豆腐」。視力薄弱の子供を抱えた父親。奮闘する彼を救った感動のプレゼントとは。「ぬいぐるみ」。思わず、ホロリ。冲方丁が実話を元に創作した、33話のショートストーリー&エッセイ集。


純然たる小説ではなく、実話を元に創作した物語だったが、なかなか良かった。実話が下敷きになっているだけあって、「小説より奇なり」とも言えるような話もあるが、それが人知の及ばない大きな力を感じさせて胸に迫る。え?こんなところで?と思うような箇所で目の前がぼやけてくることがたびたびあり、自覚していなかった泣きのツボを発見したりもしたのである。振り返って自分の身に起きた泣かせる話を思い出そうとしてみたが、自分が泣くことはあっても人を泣かせる話などそうないのだということに改めて気づかされたのだった。ひと粒の涙によってあしたも生きていける、ということがほんとうにあるのだなぁと実感させられた一冊でもある。

天地明察*冲方丁

  • 2012/09/22(土) 20:22:08

天地明察天地明察
(2009/12/01)
冲方 丁

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江戸、四代将軍家綱の御代。ある「プロジェクト」が立ちあがった。即ち、日本独自の太陰暦を作り上げること--日本文化を変えた大いなる計画を、個の成長物語としてみずみずしくも重厚に描く傑作時代小説!!


天文学にも算学にも囲碁にも全く明るくはないが、それでも震えるような使命感や喜びや興奮が伝わってきて、いつしか物語にのめりこむように読んでいた。若い晴海の力だけでは何ともしがたい難題だが、彼の熱意と謙虚さ素直さが、自ずと協力者を引き寄せ、事をうまく運ばせたのだろう。そして、上に立つ者の度量の大きさも印象的である。とりわけ保科正之の働きは、現代の日本にとって宝とも言えるのではないだろうか。治政の現状に目をやると、嘆かわしさが倍増する心地である。壮大で感動的な一冊である。

ニコニコ時給800円*海猫沢めろん

  • 2011/11/11(金) 17:15:49

ニコニコ時給800円ニコニコ時給800円
(2011/07/26)
海猫沢 めろん

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仕事と人間の関係が変わる時、新しい世界への扉が開く。この日本の下流社会のさらに最下層で生きる。


その1 マンが喫茶の悪魔  その2 洋服屋のいばら姫  その3 パチンコ屋の亡霊たち  その4 野菜畑のピーターパン  最終話 ネットワークの王子様

前作の登場人物の誰かが次作のどこかに出てくる、というゆるいつながり方の連作である。そして最低賃金で働いているというキーワードでもつながっている。さまざまな職種で、さまざまな理由でそこに働く人びとの在りようが、ユーモアを交えて描かれているのだが、そこからは苦味や哀しみも立ち上ってくる。間違っても社会派と呼ぶような物語ではないのだが、現代社会に対する皮肉のようなものも感じられる一冊になっているように思う。

おちゃっぴい*宇江佐真理

  • 2009/02/25(水) 13:40:28

おちゃっぴい―江戸前浮世気質おちゃっぴい―江戸前浮世気質
(1999/12)
宇江佐 真理

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鉄火・伝法が玉にキズ。お吉は十六蔵前小町。だが、突然の縁談話にカッとなり…。笑いと涙の人情譚。表題作他5話を収録。


表題作のほか、「町入能(まちいりのう)」 「れていても」 「概ね、よい女房」 「驚きの、また喜びの」 「あんちゃん」

江戸の庶民のささやかながら義理人情に富んだ日々の暮らしが、気持ちよく描かれている。
相身互いの心意気は、現代ではともすればお節介にも通じるのかもしれないが、親戚付き合い同様の長屋暮らしには、教えられることも多い。
おそらく心根は、現代人となんら変わるところはないと思われるのだが、人と人との距離感の変わりようには著しいものがある。一概にどちらがいいとは言えないものの、江戸の町家の暮らしをこうして覗くたびに、胸がきゅんとなるのは何故だろう。

ひとつ灯せ*宇江佐真理

  • 2008/10/08(水) 17:21:23

ひとつ灯せ―大江戸怪奇譚ひとつ灯せ―大江戸怪奇譚
(2006/08)
宇江佐 真理

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山城河岸の料理茶屋「平野屋」の隠居・清兵衛は53歳。家督をゆずったものの、暇をもてあまし、伊勢屋甚助の誘いで「話の会」という集まりに顔を出し始めた。作り話でない怖い話を持ち寄って酒を酌み交わし……。

江戸の四季折々に語られる人情あふれる、宇江佐版・百物語。


表題作のほか、「首ふり地蔵」 「箱根にて」 「守」 「炒り豆」 「空き屋敷」 「入り口」 「長のお別れ」

年齢も職業もさまざまな人たちが月に一度集まって自分が見聞きした不思議な話を披露する。この話の会に、料理茶屋・平野屋の隠居・清兵衛もひょんなことから参加することになった。
不思議な話を聞きあうだけでなく、次第に不思議な出来事を相談されたりもするようになり、会の面々は怖い思いもすることになるのである。言い伝えられる怪談ではなく、実際に誰かの身に起こったことであるというのが、怖さを募らせ、のめりこませる要因にもなったのだろうか。
ただ、出来事そのものは、すべてがすっきり解決されるという風でもなく、仕舞いには会も散会し、会の面々が次々に亡くなっていくのがいささか腑に落ちなくもある。

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卵のふわふわ*宇江佐真理

  • 2008/09/07(日) 21:03:51

卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)
(2007/07/14)
宇江佐 真理

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煮炊きの煙は、人の心を暖める。「のぶちゃん、何かうまいもん作っておくれよ」。夫との心の行き違いは、食い道楽で心優しい舅にいつも扶けられる。喰い物覚え帖に映し出された心模様。


「秘伝 黄身返し卵」 「美艶 淡雪豆腐」 「酔余 水雑炊」 「涼味 心太」 「安堵 卵のふわふわ」 「珍味 ちょろぎ」という、食べものをキーにした連作物語。

食べものにはそれぞれ教訓的ともいえる意味があり、
黄身返し卵・・・・・蓋を開けりゃ、埒もないことの方が多い。
淡雪豆腐・・・・・はかない色と味。
水雑炊・・・・・別れ。
心太・・・・・走りの食べ物としても乙。
卵のふわふわ・・・・・一個ずつしかできない。
ちょろぎ・・・・・無用の用。
という具合である。

実の親と同じように大切に思う舅・姑とは裏腹に、夫・正一郎とは溝が深まるばかりと思い、椙田の家を出ようと決意するおのぶである。
優秀だがちょっと変わったところのある舅・忠右衛門が食べたがる食べものにまつわるあれこれや、舅と一緒に食べたときのことなどを思うにつけ、その情に背くことになるのが心苦しくもあるのだった。
複雑な心うちで暮らす日々に、北町奉行所に奉仕する夫の仕事柄知った事件について、ふと漏らしたひと言が解決のヒントになったり、ときには下手人を見つけたりして、夫の役に立ったりもするのだが、疎まれているという思いは消えず、悶々とした毎日を過ごしているのであった。
正一郎と心を通わせることさえできれば、それ以外はとても恵まれていると言ってもいいほどなのだが、肝心なところがなぜか上手くいかない。読者には、正一郎の不器用さとおのぶの思い込みがもどかしくもある。
心のこもった食べものと、人の心のあたたかさ、夫婦の微妙なすれ違いが絶妙に描かれていて気を逸らさない。
ラストの忠右衛門の不在は、見事な親心、と思いたい。そうでなければ切な過ぎる。

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ラ・パティスリー*上田早夕里

  • 2008/07/12(土) 17:20:57

ラ・パティスリーラ・パティスリー
(2005/11)
上田 早夕里

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坂の上の洋菓子店へようこそ!甘くほろ苦いパティシエ小説誕生。ある日突然現れた謎の菓子職人・恭也と新米パティシエ・夏織。二人の交流を通じて描く洋菓子店の日常と、そこに集う恋人・親子・夫婦たちの人間模様―。


『ショコラティエの勲章』にも出てくるフランス菓子店「ロワゾ・ドール」が舞台である。シリーズものといえるほどではないが、緩やかな連作のイメージだろうか。
製菓学校を出て「ロワゾ・ドール」に勤めはじめた森沢夏織が、新米の朝の仕事である、鍵開けと掃除、厨房の準備のために、いつものように早朝に出勤すると、シャッターが閉まって誰も入れないはずの店の厨房で見知らぬ男が見事な飴細工を作っているのだった。彼は、市川恭也と名乗り、ここ(ロワゾ・アルジャンテ)のシェフだと言う。どうやら記憶の一部を失っているらしいのだが・・・・・。

恭也と夏織の姿や、パティスリーの日々の仕事のめまぐるしさとやりがいを描きながら、ロワゾ・ドールを訪れる客によってもたらされるお菓子がらみの謎を解き明かしていく。そしてその間には、甘い香りが文字の間から立ち上ってくるような美しくおいしそうなお菓子の魅力を堪能できる(目だけでは我慢できなくなりそうである)。そこに、恭也の身元を解き明かすという興味も加わって、ページをめくる手が止まらなくなる一冊である。甘いお菓子がたくさん出てくるが、物語自体はほろ苦さも加わって、甘いものが苦手でもたのしめる。

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ショコラティエの勲章*上田早夕里

  • 2008/07/04(金) 18:57:02

ショコラティエの勲章 (ミステリ・フロンティア 44)ショコラティエの勲章 (ミステリ・フロンティア 44)
(2008/03)
上田 早夕里

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和菓子屋で働く女性とショコラティエの男性が出合う、お菓子をめぐって起きる謎。お菓子が織り成す様々な人間模様と、菓子職人の矜持を凛とした筆致で描いた、小松左京賞作家による鮮やかな力作。


「第一話 鏡の声」 「第二話 七番目のフェーヴ」 「第三話 月人壮士」 「第四話 約束」 「第五話 夢のチョコレートハウス」 「第六話 ショコラティエの勲章」 六話の連作物語である。

老舗和菓子屋<福桜堂>の工場長の娘で、店頭で売り子をしている絢部あかりは、二軒先にオープンしたショコラロリー<ショコラ・ド・ルイ>に行ったときに、女子高生グループの万引き事件に出くわし、目撃者となったのが縁で、シェフの長峰と知り合いになる。それからも、なにかの折りに相談を持ちかけたりするうちに親しみも増すのだが、チョコレートにかける情熱はたしかだが、よくわからないところのある長峰のことをもっと知りたいとも思うあかりである。
物語はどれも、お菓子をめぐって現れる謎を解き明かすものであり、長峰が探偵役である。どの話にも舌がとろけそうなほどおいしそうなチョコレートやケーキ、そして和菓子が登場し、しかも毎回趣向が凝らされているのだから、甘いもの好きにはたまらない。
こんなにおいしそうなお菓子に絡んで事件など起きそうもない気がするが、ちゃんとミステリになっているところがまた絶妙である。
もっともっと甘い香りとスパイシーな謎解きに浸っていたい一冊である。

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水上のパッサカリア*海野碧

  • 2007/07/06(金) 20:43:31

☆☆☆☆・

水上のパッサカリア 水上のパッサカリア
海野 碧 (2007/03/20)
光文社

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腕の良い自動車整備工・大道寺勉は3年半前からQ県にある湖畔の借家で、一回り近く年下の片岡菜津と穏やかに暮らしていた。半年前、暴走族の無理な追い越しによる交通事故に巻き込まれ、菜津が死んだ--。菜津が育てた飼い犬と静かな暮らしを続けていた11月のある日、勉が帰宅すると昔の仲間が家の前で待っていた。菜津は謀殺されたのだという、衝撃的な事実を携えて…。

圧倒的な文章力に緻密な描写力。満場一致で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した快作! 次作が待ち望まれる大型新人、登場。

【第10回日本ミステリー文学大賞新人賞 選評より】
有栖川有栖氏:読み始めてすぐに、これが受賞するだろう、という手応えを感じた。

北村薫氏:読後、思わず、「パッサカリア」のCDを探し、かけてしまった。要するに、そうさせるだけの作品であった。

高橋克彦氏:海野さんは間違いなく書ける力を持った人で、安心して推薦できる。

田中芳樹氏:文章力、描写力、人物造形力等において、他の候補作を圧倒していた。


冒頭の大道寺勉と菜津の朝のひとコマの描写があまりにも平凡な幸せに満ちあふれたものなので、それがいまはもう失くしてしまったものだと判ったときの切なさは言葉にならない。そしてそんな幸せのさなかにいるときでさえも、それが長くは続かない予感のようなものを常に感じさせらたのは、菜津の自信のなさのせいだけではなかったのだった。
その後に続く勉の歩いてきた道の険しさと 現在までの道のりの遠さには目眩がしそうになる。ほんの一時も緊張の糸を緩ませることのない人生の過酷さ。
物語は生き残りをかけた裏社会を描くハードボイルドなのだが、菜津という無垢な存在ゆえに切ないラブストーリーにもなっていて、ハードボイルドの苦手な読者にも充分愉しめる一冊になっている。

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