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紙鑑定士の事件ファイル 偽りの刃の断罪*歌田年

  • 2022/04/24(日) 16:37:02


野良猫虐待事件をフィギュア造形の蘊蓄で解決し、父を喪った少年の心を印刷業界の蘊蓄で開く。さらに、凶器が消えた奇妙な殺人事件の謎を、コスプレの知識で暴く! ? 新たな相棒・フィギュア作家の團(だん)と共に、紙鑑定士・渡部がさまざまな事件に挑む。3つの紙の蘊蓄が楽しめる連作短編! 『このミス』大賞シリーズ。


FILE:01 猫と子供の円舞曲
FILE:02 誰が為の英雄
FILE:03 偽りの刃の断罪
エピローグ

前回の経験のせいか、紙鑑定士である渡部の捜査へのハードルが下がっているような気がする。今回も、事務所に持ち込まれた依頼から派生したとはいえ、事件の捜査まがいのことに手を出すことになる。プロモデラーの土生井にアドバイスをもらい、捜査の過程で新たに知り合ったフィギュア作家の團の協力も得て、謎を解く手掛りを見つけ出していく。本業の合間とは言え、すっかり捜査にのめり込んでいる印象である。いつか探偵に職業替えするのではないかと思うほどである。といっても、やはりそこは紙鑑定士、紙に関するマニアックな知識を駆使してヒントを見つけるセンスはさすがである。次はどんな謎が飛び込んでくるのか、楽しみなシリーズである。

変な家*雨穴

  • 2022/02/15(火) 18:02:49


話題騒然!!
2020年、ウェブサイトで166万PVを記録
YouTubeではなんと900万回以上再生!
あの「【不動産ミステリー】変な家」には
さらなる続きがあった!!

謎の空間、二重扉、窓のない子供部屋——
間取りの謎をたどった先に見た、
「事実」とは!?

知人が購入を検討している都内の中古一軒家。
開放的で明るい内装の、ごくありふれた物件に思えたが、
間取り図に「謎の空間」が存在していた。

知り合いの設計士にその間取り図を見せると、
この家は、そこかしこに「奇妙な違和感」が
存在すると言う。

間取りの謎をたどった先に見たものとは……。

不可解な間取りの真相は!?
突如消えた「元住人」は一体何者!?

本書で全ての謎が解き明かされる!

<目次>
第一章 変な家
第二章 いびつな間取り図
第三章 記憶の中の間取り
第四章 縛られた家


YouTubeで人気だったとは全く知らず、間取りから謎を解くという趣向に興味を持って手に取った。想像していたのとはいささか趣気が違い、ホラーテイストのミステリではあったが、人間味や家族愛も感じられ、まあまあ愉しめた。筆者の友人である設計士の栗原さんの最後の妄想で、さらに背筋が寒くなる。この変な間取りの家の使い道を考えてみたくなる一冊だった。

土曜はカフェ・チボリで*内山純

  • 2021/03/24(水) 16:14:29


児童書の出版社に勤める香衣は、とあるきっかけで“カフェ・チボリ”を訪れ、常連客となる。美味しい料理とあたたかなもてなしに毎回すっかりくつろいで、常連客たちは、身の回りで起こった謎について語り始める。それらはいずれも『マッチ売りの少女』や『人魚姫』などアンデルセン童話を彷彿とさせる出来事で―。「皆さん、ヒュッゲの時間です」高校生店主のレンが優雅にマッチを擦ると、謎は瞬く間に解かれてゆく。土曜日だけ営業する不思議なカフェでの安楽椅子探偵譚。


「マッチ擦りの少女」  「きれいなあひるの子」  「アンデルセンのお姫様」  「カイと雪の女王」

登場人物たちの年齢や境遇、立場もさまざまで、出会い方もちょっと変わっている。そして、何よりいちばん変わっているのは、物語の舞台となるカフェ・チボリである。営業日然り、立地然り、店の設え然り、メニュー然り。何よりマスターが高校生の男の子なのである。そこに持ち込まれるちょっと変わった謎を、常連客達がそれぞれの立場で推理し、解き明かす。それがきっかけになって、ますますきずなが深まっていくのである。チボリのマスターレンの一族の経緯も興味深く、一話完結の連作ながら、すべて流れがつながったひとつの物語としても愉しめる。ぜひシリーズ化してほしい一冊である。

新宿なぞとき不動産*内山純

  • 2021/02/04(木) 16:28:24


新宿の不動産会社で働く、知識はあるが駆け引きが苦手な賃貸営業マン・澤村聡志。ある日、優秀な後輩・神崎くららがパートナーになって以来、先輩使いが荒い彼女に振り回される毎日に。さらに担当する物件にはおかしな謎がつきまとって…新宿に住む人々の謎を二人の知識とひらめきで解決する、心あたたまる不動産ミステリ。


いささか駆け引きが苦手で真正直な不動産会社の先輩男性社員・澤村と、容姿端麗でパワフルな後輩女性社員・神崎という、絵にかいたような凸凹コンビに、ありがちだと思いつつも好感が持てる。澤村は、顧客に名前も覚えてもらえないような印象の薄さだが、気になるところは手を抜かずにきっちり調べ上げ、納得の上で動くのが、すぐに成果が目に見えなくても、いい仕事をしている。一方神崎は、直観力も洞察力も優れ、人たらし的魅力も駆け引き力も持ち合わせているので、あっという間に成果を出すのが頼もしい。澤村はどう思っているかなぞではあるが、これ以上ないコンビネーションではないだろうか。謎解きも、この二人だったからこそできたような気がする。人はうわべだけでは判らない、と改めて思わされる一冊でもあった。もっと続きが読みたい。

紙鑑定士の事件ファイル 模型の家の殺人*歌田年

  • 2020/02/22(土) 16:40:37


どんな紙でも見分けられる男・渡部が営む紙鑑定事務所。ある日そこに「紙鑑定」を「神探偵」と勘違いした女性が、彼氏の浮気調査をしてほしいと訪ねてくる。手がかりはプラモデルの写真一枚だけ。ダメ元で調査を始めた渡部は、伝説のプラモデル造形家・土生井と出会い、意外な真相にたどり着く。さらに翌々日、行方不明の妹を捜す女性が、妹の部屋にあったジオラマを持って渡部を訪ねてくる。土生井とともに調査を始めた渡部は、それが恐ろしい大量殺人計画を示唆していることを知り―。第18回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作。


探偵役は紙鑑定士。神探偵と勘違いされて依頼された事件を調査することになるのである。よって、事件そのものは紙鑑定士の仕事とは無関係。だが、紙鑑定士ならではの視点で、ヒントに着目し、さらには、事件の手がかりであるプラモデルのプロに意見を訊きつつ真相に迫る。このプロのモデラ―・土生井(はぶい)の推理が見事で、事実上の探偵は彼だと言ってもいいかもしれない。紙に関する蘊蓄も新鮮で興味深く、突拍子もない設定の事件の真相に至る過程もぐいぐい引っ張られる印象で、愉しめる一冊だった。

ニムロッド*上田岳弘

  • 2019/04/05(金) 17:00:07

第160回芥川賞受賞 ニムロッド
上田 岳弘
講談社
売り上げランキング: 8,805

第160回芥川賞受賞作。

それでも君はまだ、人間でい続けることができるのか。
あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。
新時代の仮想通貨小説。

仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。
中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。
小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。……
やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。 ……


仮想通貨、サーバー管理、過労鬱、などなど。現代社会の象徴のような要素が満載である。文字や数字で見ることはできるが、実際に手にすることはできないバーチャル世界の出来事は、のめり込めばのめり込むほど、現実感から遠ざかっていくような気がする。生まれては消えていき、その繰り返しがあちこちで起こる。真の意味での達成感は得られるのだろうか、と不安になる。そんな世界での人間の営みは、ほとんど進化していないようにも思われる。読めば読むほど、実態から遠ざかり、やり切れない倦怠感のようなものに包まれる印象である。わたしが古い人間だからなのだろうか。常に地表から5㎜くらい浮いて歩いているような心地の一冊だった。

愚者の毒*宇佐美まこと

  • 2017/08/21(月) 18:29:55

愚者の毒 (祥伝社文庫)
祥伝社 (2017-04-20)
売り上げランキング: 5,508

一九八五年、上野の職安で出会った葉子と希美。互いに後ろ暗い過去を秘めながら、友情を深めてゆく。しかし、希美の紹介で葉子が家政婦として働き出した旧家の主の不審死をきっかけに、過去の因縁が二人に襲いかかる。全ての始まりは一九六五年、筑豊の廃坑集落で仕組まれた、陰惨な殺しだった…。絶望が招いた罪と転落。そして、裁きの形とは?衝撃の傑作!


初読みの作家さんだったが、惹きこまれた。恵まれない境遇を嘆き、職安に通う女性・葉子が、ある日面接に行った先には、生年月日が同じ希美(きみ)の履歴書が送られていた。そんな縁で親しくなった葉子と希美がそれぞれに抱える過去が、現在を生きる彼女たちをがんじがらめにしている様に、いたたまれなさを感じずにはいられない。現在と過去、さらにさかのぼった過去を行きつ戻りつしながら物語は進み、そこに至る事情が少しずつ読者の前に解き明かされていくにつれ、さらにやり切れなさに包まれる。どこかに戻れば、彼女たちはしあわせになることができたのだろうか。それともどうあがいても、運命を変えることはできなかったのだろうか。出会い、関わってきた人々が、立場を変え、状況を変えて、次々に目の前に現れ、ラストに向かって収束していくのは、心臓を搾り上げられるような緊張感もあり、ページを繰る手が止まらない。運命の過酷さと、人の情の濃やかさを思わされる一冊でもある。

十二人の死にたい子どもたち*冲方丁

  • 2017/02/15(水) 16:54:33

十二人の死にたい子どもたち
冲方 丁
文藝春秋
売り上げランキング: 19,407

廃業した病院にやってくる、十二人の子どもたち。建物に入り、金庫をあけると、中には1から12までの数字が並べられている。この場へ集う十二人は、一人ずつこの数字を手にとり、「集いの場」へおもむく決まりだった。
初対面同士の子どもたちの目的は、みなで安楽死をすること。十二人が集まり、すんなり「実行」できるはずだった。しかし、「集いの場」に用意されていたベッドには、すでに一人の少年が横たわっていた――。
彼は一体誰なのか。自殺か、他殺か。このまま「実行」してもよいのか。この集いの原則「全員一致」にのっとり、子どもたちは多数決を取る。不測の事態を前に、議論し、互いを観察し、状況から謎を推理していく。彼らが辿り着く結論は。そして、この集いの本当の目的は――。

性格も価値観も育った環境も違う十二人がぶつけ合う、それぞれの死にたい理由。俊英・冲方丁が描く、思春期の煌めきと切なさが詰まった傑作。


集団自殺希望者を募るサイトを介して集まった十二人の少年少女が物語の主役である。先にひとりで実行した者がいるという予想しなかったアクシデントから、話し合いが始まり、さまざまな事情でこの場にいる十二人の抱えるものが次第に明らかにされていく中、それぞれの性格や役割が自ずと決まっていき、他人の反応を利用しようとする者、自己主張を始める者、話についていけずに頓珍漢な言葉を発する者、とそれぞれ違った行動を見せる。サイトの主催者のサトシは、14歳ながら終始中立を保ち、場の流れには口出ししない。そんな中で、状況が整理され、手掛りが集められ、行動が時系列で整理され、真実が明らかにされていく。廃病院に入って数時間の間に、十二人に起きた気持ちの変化は、誘導されたものではないのだが、集団心理がプラスに働いたような印象もある。サイト管理者であるサトシの本心もそれに微妙に影響を与えているのかもしれない。心のキャパシティの差とか、閉塞感とか、さまざま考えさせられる一冊でもあった。

書店員の恋*梅田みか

  • 2014/06/20(金) 07:48:25

書店員の恋書店員の恋
(2008/10/23)
梅田 みか

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どんな本も、その一冊を必要とする人がいる。誰にでも、その人を必要とする人がいる。主人公は、大手書店チェーンに勤める今井翔子(26)。入社6年目にして文芸コーナーを任せられた、書店員の仕事が大好きな女性。ファミレスの厨房で働く同い年の水田大輔という恋人がいる。彼は翔子のことを真剣に考えているが、今は、心の余裕もお金も将来の展望もない。そこに現れるのが、ケイタイ小説のベストセラー作家で歯科医師の青木譲二(35)。サイン会の打ち上げをきっかけに、翔子に好意を抱きはじめる。セレブの譲二か、先が見えない大輔か……揺れ動く翔子。そうした翔子の恋と仕事の悩みを中心に、短大時代からの親友や同僚がおりなす人間模様。
そして、最後に翔子が選んだ愛とは? お金がなくては生きていけない? でも、お金では幸せになれない? 女性の生き方、本当の愛について問う話題作。思わず涙が溢れてきます。


翔子の心の動きが伝わってくるような物語である。本書の主人公は、(たまたま)書店員の翔子であるが、書店員でなくてもすべての人に思い当たる心情だと思う。譲二さんもいい人なところが悩みどころだなぁ、とつい思ってしまう。悪い人が出てこないのも好感が持てる。大輔と翔子には、いつまでもお互いを大切にしてもらいたいものだと思う一冊である。

はなとゆめ*冲方丁

  • 2014/01/09(木) 17:12:27

はなとゆめ (単行本)はなとゆめ (単行本)
(2013/11/07)
冲方 丁

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清少納言は28歳にして帝の后・中宮定子に仕えることになる。内裏の雰囲気に馴染めずにいたが、定子に才能を認められていく。やがて藤原道長と定子一族との政争に巻き込まれ……。美しくも心震わす清少納言の生涯!


清少納言が枕草子を書くに至った経緯と、彼女の華を愛した比類なき生涯の物語である。類稀なる学識と当意即妙の術を持ちながら、容姿を初めとして自分にに自信がなく、人の目を避けるようにしていた彼女の才能を花開かせたのは、まさしく清少納言が華と夢みた中宮定子であった。二人の間に流れる主従関係以上の愛が読む者の心も熱くさせるのである。清少納言が好きになる一冊である。

十二単衣を着た悪魔*内館牧子

  • 2013/02/12(火) 13:14:22

十二単衣を着た悪魔十二単衣を着た悪魔
(2012/05/11)
内館 牧子

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日本では、千年前から男は情けなく、そして女は強かだった……。
本家本元よりもリアルで面白い、もう一つの『源氏物語』

就職試験を五十八社続けて落ち、彼女にも振られた二流大学出身の雷。そんな時、弟の水が京大医学部に現役合格したとの知らせが入る。水は容姿端麗、頭脳明晰、しかもいい奴と、非の打ち所がない。雷はアルバイトで「源氏物語」の世界を模したイベントの設営を終え、足取り重く家に帰ろうとするが、突然巨大な火の玉に教われる。気が付けば、なんとそこは「源氏物語」の世界だった。
雷は、アルバイト先で配られた『源氏物語』のあらすじ本を持っていたため、次々と未来を予測し、比類なき陰陽師として、その世界で自分の存在価値を見出す事に成功する。光源氏という超一流の弟を持ち、いつもその栄光の影に隠れてしまう凡人の帝に己を重ねた雷は、帝に肩入れするようになるが、その母親・弘徽殿女御は、現代のキャリアウーマン顔負けの強さと野心を持っていて……。
人間の本質を描き続けてきた内館牧子が描く、本家本元よりも面白い、もう一つの「源氏物語」。


タイムトリップ物は数々あるが、これほど唐突に、似合わない時代にトリップすることもそうないのではないだろうか。何ひとつといっていいほど取り柄のない就職浪人ほぼ決定の覇気のない若者が飛び込むには、平安時代はあまりにも別世界である。だが、郷に入れば郷に従え、成せば成る、などさまざまなことわざが思い浮かぶが、必死になれば何とかなり、あまつさえ重用されてしまったりさえするのである。しかも雷の頼りは、トリップする前の派遣仕事先でもらった薬のサンプルと源氏物語のあらすじ本のみ。運には見放されなかったということだろうか。タイムトリップの定石で、歴史を変えることはなくとも、関係した人々の心に何かを残したことは確かだろう。そして、二十六年の源氏物語世界暮らしで雷の得たものは計り知れない。設定は無茶苦茶だが、共感するところは多い一冊である。

コモリと子守り*歌野晶午

  • 2013/01/22(火) 07:27:50

コモリと子守りコモリと子守り
(2012/12/15)
歌野 晶午

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巧緻きわまりない本格ミステリーにして、誘拐ミステリーの傑作!!

引きこもりの友人の窮地を救うため、17歳の舞田ひとみは幼児誘拐事件の謎を追うのだが……。
ひとつの事件の解決は、あらたな事件の始まりだった!
勉強に育児に忙しいひとみが、前代未聞の難事件に挑む!!


舞田ひとみシリーズ第三弾。二作目、読んでいなかったかも…。
語り手が引きこもり(コモリ)の馬場由宇なので、初めのうちは舞田ひとみシリーズとは気づかなかったが、由宇はひとみに厄介ごとを持ちかけ、その手を煩わせるばかりで、やはり、事件を解き明かすのはひとみなのである。高校生の探偵ごっこと言うには、幼児虐待あり、身代金誘拐あり、殺人ありと、事件は本格的すぎるのだが、ひとみの観察眼と洞察力、推理力がものを言うのである。身代金誘拐の顛末は、とてもあの夫婦が考え出したとは思えないのがリアリティに欠けると言えなくもないが、どうしようもないヤツというのはどうしようもない知恵は働くものなのかもしれない。しかしこの動機と結果は痛ましすぎる。まだまだ続いてほしいシリーズである。

もらい泣き*冲方丁

  • 2012/09/29(土) 13:40:22

もらい泣きもらい泣き
(2012/08/03)
冲方 丁

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一族みんなに恐れられていた厳格な祖母が亡くなった。遺品の金庫の中に入っていた意外な中身は?「金庫と花丸」。東日本大震災の後、福島空港で車がなく途方にくれる著者に「乗りますか」と声をかけてくれた人の思い出。「インドと豆腐」。視力薄弱の子供を抱えた父親。奮闘する彼を救った感動のプレゼントとは。「ぬいぐるみ」。思わず、ホロリ。冲方丁が実話を元に創作した、33話のショートストーリー&エッセイ集。


純然たる小説ではなく、実話を元に創作した物語だったが、なかなか良かった。実話が下敷きになっているだけあって、「小説より奇なり」とも言えるような話もあるが、それが人知の及ばない大きな力を感じさせて胸に迫る。え?こんなところで?と思うような箇所で目の前がぼやけてくることがたびたびあり、自覚していなかった泣きのツボを発見したりもしたのである。振り返って自分の身に起きた泣かせる話を思い出そうとしてみたが、自分が泣くことはあっても人を泣かせる話などそうないのだということに改めて気づかされたのだった。ひと粒の涙によってあしたも生きていける、ということがほんとうにあるのだなぁと実感させられた一冊でもある。

天地明察*冲方丁

  • 2012/09/22(土) 20:22:08

天地明察天地明察
(2009/12/01)
冲方 丁

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江戸、四代将軍家綱の御代。ある「プロジェクト」が立ちあがった。即ち、日本独自の太陰暦を作り上げること--日本文化を変えた大いなる計画を、個の成長物語としてみずみずしくも重厚に描く傑作時代小説!!


天文学にも算学にも囲碁にも全く明るくはないが、それでも震えるような使命感や喜びや興奮が伝わってきて、いつしか物語にのめりこむように読んでいた。若い晴海の力だけでは何ともしがたい難題だが、彼の熱意と謙虚さ素直さが、自ずと協力者を引き寄せ、事をうまく運ばせたのだろう。そして、上に立つ者の度量の大きさも印象的である。とりわけ保科正之の働きは、現代の日本にとって宝とも言えるのではないだろうか。治政の現状に目をやると、嘆かわしさが倍増する心地である。壮大で感動的な一冊である。

ニコニコ時給800円*海猫沢めろん

  • 2011/11/11(金) 17:15:49

ニコニコ時給800円ニコニコ時給800円
(2011/07/26)
海猫沢 めろん

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仕事と人間の関係が変わる時、新しい世界への扉が開く。この日本の下流社会のさらに最下層で生きる。


その1 マンが喫茶の悪魔  その2 洋服屋のいばら姫  その3 パチンコ屋の亡霊たち  その4 野菜畑のピーターパン  最終話 ネットワークの王子様

前作の登場人物の誰かが次作のどこかに出てくる、というゆるいつながり方の連作である。そして最低賃金で働いているというキーワードでもつながっている。さまざまな職種で、さまざまな理由でそこに働く人びとの在りようが、ユーモアを交えて描かれているのだが、そこからは苦味や哀しみも立ち上ってくる。間違っても社会派と呼ぶような物語ではないのだが、現代社会に対する皮肉のようなものも感じられる一冊になっているように思う。