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五つ星をつけてよ*奥田亜希子

  • 2022/08/31(水) 17:50:05


既読スルーなんて、友達じゃないと思ってた。ディスプレイに輝く口コミの星に「いいね!」の親指。その光をたよりに、私は服や家電を、そして人を選ぶ。だけど誰かの意見で何でも決めてしまって、本当に大丈夫なんだろうか……? ブログ、SNS、写真共有サイト。手のひらサイズのインターネットで知らず知らずに伸び縮みする、心と心の距離に翻弄される人々を活写した連作集。


表題作のほか「キャンディ・イン・ポケット」 「ジャムの果て」 「空に根ざして」 「ウォーター・アンダー・ザ・ブリッジ」 「君に落ちる彗星」

果てしなく広いようで意外に狭いインターネットの世界に身を置いた主人公たちの、虚構と現実のはざまを見せつけられるようである。どうにもならない現実から逃れるためにネットを利用し始めたはずが、知らず知らずネットの裏側に潜む落とし穴や悪意に囚われていく様が、見ていてやるせない。どの物語も胸にずしんとくる要素があり、ネットのなかにいるのも外にいるのも同じ人間なのだということを考えさせられる。興味を惹きつけられるが、胸の痛みも感じずにはいられない一冊である。

夏鳥たちのとまり木*奥田亜希子

  • 2022/08/14(日) 18:23:20


中学教師の葉奈子は中二の夏、ネットの掲示板で声をかけてきた男のもとに身を寄せた。
そこは、母親から放置されていた葉奈子が逃げ込んだ場所だった。
だが、教え子の女子生徒が抱える秘密と、15年前の夏の記憶が重なったとき、ひとつの真実が立ち上がる――。
心に傷を負ったまま生きる中年男性教師の再起を絡めて描く、希望と祈りの物語。


未成年者誘拐というひとつの要素を芯に据えて、そこに行きつくまでの現実的な心の問題や、誘拐した側とされた側の意味付け方、周囲の反応、渦中にある者と客観視する者とのギャップなどなど、ただひとつの正解などない問題を描き、さらには、過去にさまざまな体験をしてきたひとりの人間としての教師の在り方をも絡めて、物語が進んでいく。誰もが、自分が抱える問題で飽和状態になり、ひととき羽を休める場所を求める。それが良いことなのか悪いことなのかは、その時にはわからず、そこから逃げ出せて時が経ってからやっとわかることなのかもしれない。胸がぎゅっと締めつけられるような一冊だった。

時計や探偵の冒険 アリバイ崩し承ります2*大山誠一郎

  • 2022/08/03(水) 18:36:52


パーティ出席者500人
全員が証人!
時乃はアリバイを崩せるのか! ?

今、日本でもっとも愛される
本格ミステリ作家が贈る「至極の作品集」

時を戻すことができました。――アリバイは、崩れました。

難事件に頭を悩ませる新米刑事は、
美谷時計店の店主・時乃にアリバイ崩しを依頼する。
湖に沈められた車のアリバイ、
パーティ出席者500人が証人となった政治家のアリバイ、
容疑者の親族3人がもつ鉄壁のアリバイ……。
時乃の推理はいかに?
時乃が高校生時代に挑んだ
「夏休みのアリバイ」も特別収録。


時乃さんのアリバイ崩し、前作同様あっという間すぎないか、という気はするが、那野県警捜査一課の刑事の僕がついつい頼りたくなってしまうのも仕方がない。なんといってもその洞察力と着眼点がピンポイントで絶妙なのである。さらに今回は、時乃さんが中学生の頃の初めての実際の事件のアリバイ崩しの顛末も語られ、いまに至る成長ぶりも垣間見ることができてお得である。次の展開も愉しみなシリーズである。

珈琲店タレーランの事件簿7 悲しみの底に角砂糖を沈めて*岡崎琢磨

  • 2022/05/17(火) 16:40:15


累計235万部突破! 大人気喫茶店ミステリー
女性バリスタは安楽椅子探偵――
ビブリオバトル決勝大会で起きた実際の出来事をはじめ、
日常にさりげなく潜む謎のかけらを結晶化したミステリー短編集!

全国高校ビブリオバトルの決勝大会にて、プレゼンの順番決めの抽選でトラブルが発生。くじに細工をしたのはいったい誰か。
話を聞いていたバリスタの口から、思わぬ真実が告げられる。(「ビブリオバトルの波乱」)。
ほか、ハワイ旅行をめぐるオカルト譚「ハネムーンの悲劇」、幼少期の何気ない思い出に隠された秘密が暴かれる「ママとかくれんぼ」など、ショート・ショートも含む全7話を収録。


現実に体験したことをきっかけにした物語ということで、いままでの流れとはいささか趣が異なり、そのせいか、美星さんの活躍もいつもより抑えめな印象だったが、テイストの違うストーリーがいくつも愉しめたのはよかった。ただ、コーヒーはおいしそうだが、会話がすべて筒抜けになってしまう珈琲店では、あまりおしゃべりしたくはないな、とは思ってしまう。次回作はいつもの流れに戻って、アオヤマさんとも進展があるといいなと思うシリーズである。

求めよ、さらば*奥田亜希子

  • 2022/04/29(金) 18:12:08


あなたの「愛」は、本当にあなたが感じたものですか? 令和最強の恋愛小説

理想の夫だったあの人は、私を、愛してはいなかった――。
三十四歳、結婚して七年、子供なし。夫には、誰にも言えない秘密がある。

===

翻訳家として働く辻原志織は、三十四歳。五年の交際を経て、結婚をした夫の誠太は、友人から「理想の旦那」と言われ、
夫婦生活は安定した温かさに満ちていた。ただひとつ、二人の間に子どもがいないことをのぞいては。あるとき、志織は誠太のSNSに送られた衝撃的な投稿を見つける。

自分の人生に奥さんを利用しているんですね。こんなのは本当の愛じゃないです。

二週間後、夫は失踪した。残された手紙には「自分は志織にひどいことをした、裏切り者だ」と書かれていて――。


上記紹介文の冒頭の帯の言葉は、いささか煽りすぎな気がするが、夫・誠太にとってはそのくらいの気持ちだったのかもしれない、とは思う。置手紙を残して出ていかれた妻・志織にとっては、寝耳に水以外の何物でもなく、上手くいっているとしか思っていなかった、これまでの結婚生活のすべてが信じられなくなったことだろう。初めの章は、志織の視点で描かれ、次に誠太の視点で描かれる同じ時期の物語は、同じものを見ていたとしても、当たり前だが、それぞれに見えているものは少しずつ違い、併せて読むことによって、ひとつの景色が見えてくる。あたたかい気持ちに満たされた景色である。それがどうして――、と思うが、誠太にとってはいたたまれなかったのかもしれない。最後の章があってよかった。本音で話し合うことの大切さを、改めて思わされる。この二人なら、これから先もずっと大丈夫だと満たされた気持ちで読み終えられた一冊である。

三百六十六日の絵ことば歳時記 ひらがな暦*おーなり由子

  • 2021/12/27(月) 16:50:29


リビングにおく。大切な人と開く。
枕もとにおく。ひとりそっと開く。
何度でも。いつまでも。
----この日本で、一年366日を大切に暮らす喜び。

日本に暮らす
 しあわせ。

 春の花びら 夏の夕立
 秋の月あかり 冬のひだまり
 一日一ページ、三六六日。

 季節や日々のちいさな物語、
 『今日は何の日?』
 試したくなる旬のレシピ、
 行ってみたくなる各地のお祭、行事、
 身近な草花や、鳥、虫、星座。
 ページを開いたとたん、
 その季節の喜びで満たされていく──
 日々の暮らしが、いとおしくなる本。
 イラスト約1000点!
 
 付録 旧暦と新暦の話、祭事行事一覧、十年分の二十四節気表つき!


年の初めから読み進めていくのだけれど、自分はもちろん、家族や、友人知人の誕生日は、どんな日かしら、とより念入りに読み込んでみる。その人が生まれたときのことを想像して、ほのぼのした心持ちになる。毎日が何かの日で、なんにもない日が一日もないなんて、当たり前なのかもしれないけれど不思議な気がする。おーなり由子さんは、きょうはストーブで黒豆を煮ているかしら、なんて思ってみる。年の瀬だけれどゆったり気分になれる一冊。

365日のスプーン*おーなり由子

  • 2021/12/15(水) 13:36:45


一日ひとさじのことば。毎日にスプーン一杯の魔法をかける本。365日分の幸福な計画。


365日、毎日違う何気ない気づきや体験、体感、思いなどが、短い言葉で綴られている。それらの言葉の向こう側を、いつの間にか想像しながら、著者の目になって一緒に見つめていることに気づかされる。知らず知らずのうちに、やさしい気持ちになっている。出会ってよかった一冊である。
ちなみに、自分の誕生日は、黄色や赤の紅葉を湯船に浮かべて入浴する日だった。

クレイジー・フォー・ラビット*奥田亜希子

  • 2021/08/15(日) 07:06:32


愛衣は隠しごとの「匂い」を感じる。そのため人間関係が築きにくい。小中高大、そして30歳を過ぎてからの五つの年代を切りとり、その時々の友情の変化と当時の事件を絡めながら、著者の育った年代に即した女性の成長を描く連作短編。


隠しごとの「匂い」を実際に感じてしまうという特性を持つ愛衣を主人公にして、その人生の部分部分を切り取って物語ができているが、人とちょっと違った特性がなかったとしても、誰にでも起こり得る事々が繊細に描かれていて、たぶん誰もがどこかに共感するのではないかと思う。なにか具体的な解決策が示されているわけではないのだが、読み終えると、なんとなく、自分の話を聴いてもらったような満足感を得られるのが不思議である。胸にじわじわしみ込んでくる一冊だった。

名古屋駅西 喫茶ユトリロ 龍(とおる)くんは食べながら謎を解く*太田忠司

  • 2021/08/04(水) 06:59:04


名古屋大医学部に通う、東京生まれの鏡味龍が下宿するのは、名古屋駅西にある老舗喫茶店ユトリロを営む祖父母宅。
店で交わされた奇妙な名古屋弁での会話や持ち込まれた名産品七宝焼にまつわる過去など、
不思議な謎を、小倉トーストや味噌煮込みなどの魅力的な名古屋めしからヒントを得て、お人好しの龍が解いていく!
名古屋の魅力満載の、ご当地連作ミステリー!


龍くんの、相変わらずの爽やかイケメンぶりに、まずは心が和む。自分は自身の進路に迷いながら、祖父母の営む喫茶ユトリロで小耳にはさんだり、知人に尋ねられたりしたことがきっかけで、日常の謎の真相を明らかにしようと奔走するのは、自分の欲求を満たすためというのもあるだろうが、その人の喜ぶ顔が見たいからだろう。もうすっかり頼りにされる名探偵である。今回も、どうするのが依頼者(?)のためか悩む部分もあったが、龍なりの思いで、その人の役に立てている。次回はいよいよ自身の進路にスポットが当てられるのだろうか。おいしそうな名古屋飯と共に愉しみなシリーズである。

和菓子迷宮をぐるぐると*太田忠司

  • 2021/06/30(水) 16:25:21


ランチの煮魚を食べながら、その作り方を科学的に検証してしまうほどの理系大学生・涼太。ちょっと変わり者と言われる彼が出会ったのは、あまりに美しい「和菓子」だった。その「美味しさ」にも魅せられてしまい、すっかり和菓子の世界の虜に。勢いのあまり大学院に進まずに和菓子職人になることを決意し、製菓専門学校に入学してしまった。
個性豊かな学生たちとともに和菓子作りに精を出すが、和菓子はとにかく答えがない。なんとか自分の和菓子を作ろうと苦心するも、全てを1か0かで考えてしまう理系的思考が、数値だけでは測りにくい和菓子作りの邪魔をして――。


まず、カバーの和菓子の写真に目が釘付けになる。これは繊細で美し過ぎて食べるのに勇気が要りそうである。この物語は、そんな繊細にして美しく、しかもおいしい和菓子に出会ってしまった超理系男子・涼太と、製菓学校の友人たちの成長物語であるとともに、涼太自身のトラウマの克服の物語でもある。純粋にお仕事ものがたりというわけではないし、和菓子作りの物語というわけでもないので、割とどちら方面にも深くは掘り下げられてはおらず、いささか物足りなさはあるものの、若者たちの成長物語としては楽しく読めた一冊だった。

相棒に気をつけろ*逢坂剛

  • 2021/05/20(木) 16:12:26


世間師“せけんし”―世情に通じて、巧みに世渡りする人。世なれて悪賢い人。(「広辞苑」第六版)
訪問販売の傍らで、あくどい商売人から金を掠め取る“世間師”の男。名前の数は仕事の数。あるとき彼が出会った美形の女性、四面堂遙は一筋縄ではいかない食わせ者だった!?ひょんなことからコンビを組んだ二人は、痴漢や地上げ屋を相手に罠を仕掛ける!コン・ゲーム小説の金字塔。


語り手は、本名不詳だが、数々の名前がある世間師の男だが、このゲーム、どう見てもいつの間にか相棒になった四面堂遥が首謀者である。計画の芯をほとんど知らされていない男は、損な役回りな気はするが、彼なくしては成立しない計画でもあるところが、かえって成功の秘訣なのかもしれない。なかなか愉しませてもらった一冊である。

新米ベルガールの事件録 チェックインは謎のにおい*岡崎琢磨

  • 2021/05/06(木) 06:51:36


「あのトイレ、呪われてます!」。経営難で廃業の噂が絶えない崖っぷちホテルで、次々に起こる不可解な事件。おっちょこちょいの新入社員・落合千代子は、なぜか毎回その渦中に巻き込まれることに。イケメンの教育係・二宮のドSな指導に耐えながらも、千代子が事件の真相に迫るとき、宿泊客たちの切ない事情が明らかになる。本格お仕事ミステリ!


お仕事ミステリと呼ぶには、ベルガールの仕事に当てる焦点が緩すぎるのではないかとは思う。新米ベルガール・千代子が崖っぷちホテルを訪れる客や、彼らが抱える事情に巻き込まれてじたばたしながらも、いつの間にか何となく一件落着にもっていっている、という奮闘物語と言った方が当たっているだろう。そこに、素直ではない恋愛エッセンスも加わって、読みやすい一冊になっている。

白野真澄はしょうがない*奥田亜希子

  • 2020/12/25(金) 18:24:59


頼れる助産師の「白野真澄」には、美しい妹・佳織がいる。仲の良い姉妹で、東京でモデルをしている佳織は真澄の誇りだったが、真澄にはその妹にも言えない秘密があった…。駆け出しイラストレーター、夫に合わせて生きてきた主婦、二人の男性の間で揺れる女子大生、繊細な小学四年生。同姓同名の「白野真澄」の五者五様のわだかまりと秘密を描く。この世界に同じ名前を持つ人はたくさんいるけれど、どれひとつとして同じ悩みはない。少し頑固で、生きることに不器用な人たちを優しい眼差しで掬いあげる傑作短編集。


年齢も性別も立場も住んでいる場所も、何もかも違う五人の白野真澄の物語である。面白い切り取り方である。同じ名前であっても、当然それぞれが抱える問題はそれぞれに異なっており、自分の名前に対する思い入れもそれぞれなのだが、なんとはなしに、名前の印象による周りの反応には似通ったものがあるような気がするのである。「白野真澄」でなければ成り立たない物語なのだとも思われて、いささか不思議な納得感があったりもする。どの白野真澄さんも幸せになってほしいなと、つい願ってしまう一冊でもある。

焦茶色のパステル*岡嶋二人

  • 2020/12/06(日) 07:19:41


競馬評論家・大友隆一が東北の牧場で銃殺された。ともに撃たれたのは、牧場長とサラブレッドの母子・モンパレットとパステル。隆一の妻の香苗は競馬について無知だったが、夫の死に疑問を抱き、怪事件に巻き込まれる。裏にある恐るべき秘密とは?ミステリー界の至宝・岡嶋二人のデビュー作&江戸川乱歩賞受賞作。


デビュー作とは思えないほどの充実した内容である。殺人事件が起こったことにより、競馬、牧場、それらを取り巻く人間関係に、汚職まで絡み、さらには思ってもいなかったような現実にまで広がりを見せる。物語の展開のスリルと、あることの発見で様相を変える事件の真相が、読者にとっては嬉しい裏切りでもあって興味深い。ただ、被害者の妻・香苗の友人の芙美子の推理力が優秀過ぎるのが、いささか現実離れしている印象かもしれない。とは言え、ハラハラドキドキさせられる一冊だった。

コンピュータの熱い罠*岡嶋二人

  • 2020/11/27(金) 18:37:11


コンピュータ結婚相談所“エム・システム”のオペレータ夏村絵里子はある女性のデータを見たいという客・土井綾子の申し出を断わる。綾子の兄は、エム・システム紹介の女性と新婚旅行中、死亡したのだ。ところが、その綾子は翌日、殺された!疑問を抱いた絵里子はデータを調べるうちに、恋人市川輝雄がエム・システムの会員であることを知り衝撃をうける。さらに、データに重大な秘密が隠されていることに気づく!彼女は同僚古川信宏に相談。彼は、コンピュータに仕掛けられた何かに迫るが、殺されてしまう。謎を追う絵里子。二つの殺人事件の交錯するところにさらに大きな陰謀が…?!何重もの“罠”が読者を魅了するコンピュータ推理の傑作!鬼才の才気あふれる推理作家協会賞受賞第一作!!


1986年の作品である。当時はおそらく最先端だったであろうコンピュータ用語や、データ処理などの用語が出てくるが、現在では別のものに取って代わられているものも多い。そして、関連会社すべてをネットワークでつなぎ、社員の個人情報をつぶさに管理するなど、現在では普通に行われていることのはじまりを覗き見たようでもあって興味深い。とは言え、人間の考えることは、昔も今もあまり変わりがないようで、ずるがしこい奴はいつの時代も狡猾な手を使って自分だけ得をしようとするものである。パソコンが一人に一台の時代でもなく、もちろんスマホなどない時代の物語だが、意外にも古びた印象はそれほどなく、ハラハラしながら先を楽しみに読むことができる一冊だった。