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魔法がとけたあとも*奥田亜希子

  • 2019/06/23(日) 20:16:09

魔法がとけたあとも
魔法がとけたあとも
posted with amazlet at 19.06.23
奥田 亜希子
双葉社
売り上げランキング: 102,226

妊娠した。周りは正しい妊婦であるよう求めてくる(「理想のいれもの」)。
鼻のつけ根にある大きなホクロ。コンプレックスから解放される日が来た(「君の線、僕の点」)。
中学生の息子に髭、自分の頭には白いものが(「彼方のアイドル」)。
誰もが経験しうる、身体にまつわるあれこれ。
そこから見えてくる新たな景色を、やわらかな眼差しで掬いとった短編集。


人は、一時として同じところに留まってはいない。きのうの自分ときょうの自分は、すっかり同じではないし、だれかとの関係も、きのうときょうでは違っているのだろう。だが、そのことを嘆くのではなく、ほんのわずか視点を変えて見てみれば、新たな何かをみつけることもできるかもしれない。人という生きものの、心細さとたくましさが描かれているような気がした。自分を肯定してやりたくなる一冊と言えるかもしれない。

九十九書店の地下には秘密のバーがある*岡崎琢磨

  • 2019/01/19(土) 12:53:01

九十九書店の地下には秘密のバーがある (ハルキ文庫)
岡崎琢磨
角川春樹事務所 (2018-11-14)
売り上げランキング: 103,375

訳あって入社二年で会社を辞め、自信をなくしていた長原佑(たすく)。ある日訪れた書店で、謎めいた女性店主から“仕事を探しているなら、今夜この店にもう一度来て”と告げられる。再訪した佑が案内されたのは、書店の地下を改装した秘密のバー。そこで店主のトワコさんから言い渡された、思いがけない“仕事”とは―。夜ごと悩みを抱えた人が訪れる、小さな書店とバーの日々。


昼間は書店、夜はバー、という極端な設定からまず興味が湧く。書店&バーのオーナーは九十九十八子と書いて「つくもとわこ」と読む。佑は、昼間は書店でアルバイトをし、夜は、バーのママとなったトワコさんからの指令を受けて、さまざまな仕事をこなすことで、飲み代をタダにしてもらうことになっている。常連さんたちの協力も得て、バーに持ち込まれる厄介事を解決するような仕事なのだが、なんの経験もない佑は、右往左往しながら奮闘する。その一生懸命な姿に、思わず応援したくなる。思ったように運ばないことも多々あるが、何となく納まるところに収まってしまうのが不思議なものである。登場人物の背景も少しずつ分かってきたところなので、シリーズ化されると嬉しい一冊である。

アリバイ崩し承ります*大山誠一郎

  • 2018/12/30(日) 16:30:52

アリバイ崩し承ります
大山 誠一郎
実業之日本社
売り上げランキング: 8,337

美谷時計店には、「時計修理承ります」だけでなく「アリバイ崩し承ります」という貼り紙がある。「時計にまつわるご依頼は何でも承る」のだという。難事件に頭を悩ませる捜査一課の新米刑事は、アリバイ崩しを依頼する。ストーカーと化した元夫のアリバイ、郵便ポストに投函された拳銃のアリバイ、山荘の時計台で起きた殺人のアリバイ…7つの事件や謎に、店主の美谷時乃が挑む。あなたはこの謎を解き明かせるか?


捜査一課の新米刑事の僕は、腕時計の電池を交換してもらおうと、商店街の時計店に入った。そこには、時計修理や、電池交換のほかに、「アリバイ崩し承ります」という貼り紙が。若い女性店主・時乃が、成功報酬五千円でアリバイを崩してくれるという。ちょうど担当している事件のアリバイ崩しに行き詰っていた僕は、アリバイ崩しを頼んでみることにする。頼りない男性としっかり者の女性という組み合わせには、特に目新しさはない。しかも、キャラクタがいささか弱い印象でもある。シリーズ化されて練れてくると違ってくるのかもしれないとも思う。アリバイはあっけなく崩れるが、その後の謎解きは面白く読んだ。次があることを期待したい一冊ではある。

夏を取り戻す*岡崎琢磨

  • 2018/12/23(日) 10:53:24

夏を取り戻す (ミステリ・フロンティア)
岡崎 琢磨
東京創元社
売り上げランキング: 83,749

これは、もうすぐ二十一世紀がやってくる、というころに起きた、愛すべき子供たちの闘いの物語。―不可能状況下で煙のように消え去ってみせる子供たちと、そのトリックの解明に挑む大人の知恵比べ。単なる家出か悪ふざけと思われた子供たちの連続失踪事件は、やがて意外な展開を辿り始める。地域全体を巻き込んだ大騒ぎの末に、雑誌編集者の猿渡の前に現れた真実とは?いま最も将来を嘱望される俊英が新境地を切り拓く、渾身の力作長編。ミステリ・フロンティア百冊到達記念特別書き下ろし作品、遂に刊行!


小学4年生の子どもたちが考えたこととは思えない出来事の連続だった。初めは単純に、子どもらしい動機からだと思って読み始めたが、ほどなく、なにかもっと深い理由が隠されているのではないかと思い始めた。城野原団地の内と外(傘外)との確執や、雑誌記者の佐々木と城野原との関わり、キャンプで起きた哀しい出来事、などなどが絶妙に絡み合い、事実が単純には見えてこないのも興味をそそられる。当事者の子どもたちが、意外過ぎるほど深刻にいろんなことを考えていることにも驚かされ、また、大人もその気持ちをないがしろにはできないと思い知らされる。ラストは、明るい未来を感じさせられるものになっていて、ほっとした。ほんの短い期間の出来事とは思えないほど濃密な内容の一冊だった。

桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活*奥泉光

  • 2018/08/29(水) 10:10:36

桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活
奥泉 光
文藝春秋
売り上げランキング: 668,671

日本一下流の大学教師は今日もまた自虐の詩をうたう。


まさに、上記内容紹介の一文の通りである。読んでいてイライラするほどの自虐と向上心のなさ、そのくせ、ひょんなところで自己評価の高さが垣間見られ、なおさらイライラさせられる。今回は、レータンからたらちねに移籍したクワコーの毎日である。どっちもどっちな底辺の大学で、文芸部の女子たちに囲まれる(教授室を乗っ取られる)クワコーだが、やはり着任早々あれこれと厄介事に巻き込まれている。文芸部の女子たちも、それぞれ個性的に過ぎるキャラだが、学校の裏の林の段ボールハウスで暮らしているホームレス女子大生のジンジンの洞察力と推理力で、何となくミステリチックな謎を解き明かしてしまうのが、今回の注目点だろう。ここだけもっと深く描いてくれたらいいのに、と思わなくもない。ジンジン以外の誰にも思い入れが湧かなかったので、次はもういいか、と思う一冊である。

モーダルな事象 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活*奥泉光

  • 2018/08/21(火) 16:56:12


大阪のしがない短大助教授・桑潟のもとに、ある童話作家の遺稿が持ち込まれた。出版されるや瞬く間にベストセラーとなるが、関わった編集者たちは次々殺される。遺稿の謎を追う北川アキは「アトランチィスのコイン」と呼ばれる超物質の存在に行き着く…。ミステリをこよなく愛する芥川賞作家渾身の大作。


600ページ近いボリュームである。しかもみっしりと活字が詰まっている。さらには、導入部は、愚にもつかない桑潟幸一准教授の暮らしぶりが延々と続き、思わず本を閉じそうになること多々。だが、次第に、何が何だか判らない、いつ、どんなわけで巻き込まれたのかも判然としない、不可思議な事件の渦中に呑み込まれ、これを解き明かすのかと思えばさにあらず、クワコー自身はただならぬものを感じながらも、相変わらず愚にもつかない生活を送っていて、北川アキと諸橋倫敦という元夫婦がコンビとなって、なぜか調査に乗り出すのである。いまが一体いつなのか、どれが本当にあったことで、どれが妄想なのか、何もかもが混沌としていて、めまいがしそうなのであるが、後半は、なぜか次の展開を早く知りたくなるから不思議なものである。軽く読める物語とは言えないし、クワコーに肩入れしたくもならないのだが、なぜか惹きつけられる一冊でもあった。

春待ち雑貨店 ぷらんたん*岡崎琢磨

  • 2018/04/28(土) 18:21:16

春待ち雑貨店 ぷらんたん
岡崎 琢磨
新潮社
売り上げランキング: 288,705

京都にあるハンドメイド雑貨店『ぷらんたん』。店主の北川巴瑠のもとには今日も不思議な出来事が舞い込む。イヤリングの片方だけを注文する客、遠距離恋愛中の彼氏から貰ったアルファベットの欠けたネックレス、頑なに体の関係を拒む恋人、そして、お店への嫌がらせ。ひとつひとつに寄り添い、優しく解きほぐしていく巴瑠。でも、そんな彼女にも人には言えない、ある秘密があった。とあるアクセサリーショップと4人の来訪者をめぐる物語。


一歩店内に入れば、たちどころにその場所が好きになる。そんな店がぷらんたん。巴瑠の手作りアクセサリーを主に、数人の作家の作品も置いている小さな店だ。手作りアクセサリーには、作り手の内面がにじみ出るのか、リピーターもついてくれ、細々とではあるが続けることができている。そんな巴瑠にも、そのことによって、人生の道筋さえもちがってくるかもしれない屈託があるのだが、進んで人に言いたいことではない。店に舞い込む困りごとに、親身に向き合うのも、人の痛みがわかるから、ということもあるだろう。恋人や友人、お客さんとの関係を通して、困りごとに解決の糸口を見つけたりしながら、巴瑠自身も少しずつ強くなり、前向きになっていくのがわかって、応援したくなる。いつでも真っ直ぐでいようと思わせてくれる一冊でもある。

さよなら僕らのスツールハウス*岡崎琢磨

  • 2018/01/23(火) 06:49:53

さよなら僕らのスツールハウス
岡崎 琢磨
KADOKAWA (2017-10-26)
売り上げランキング: 348,695

関東某所、切り立った崖に建つシェアハウス、「スツールハウス」。
その名の通り、若者たちが腰をかけるように住み、旅立って行く場所。
同じ屋根の下、笑い、ときめき、時間を共有するものたちは、やがて懐かしく思い出す。
日常の謎に満ちた、何気ない生活を。
そしてそこには確かに、青春があったのだと……。

~何気なくも愛おしい青春の謎たち~
第一話 「メッセージ・イン・ア・フォト」弁護士の直之が、元彼女・あゆみの結婚式の動画用に送った写真の謎とは。
第二話 「シャワールームの亡霊」無人のシャワールームから聞こえるシャワーの水音に隠された、ある事件。
第三話 「陰の花」フラワーショップで働く白石は、かつての同居人で既婚の花織から、ある花の写真を見せられ……。
第四話 「感傷用」16年間住み続け、「スツールハウスの主」と呼ばれた女性、鶴屋素子。彼女がそこを去った訳とは。
第五話 「さよなら私のスツールハウス」人気作家となった素子は、「スツールハウス」を訪れるが……。


偶然同じ時期にシェアハウスで暮らすことになった人たちの間で起こった出来事の中に潜む日常の謎が描かれている。謎と言っても、ほのぼのとするものもあれば、心の闇を描くものもあり、テイストはさまざまである。それぞれの事情に絡む謎もあって、飽きさせない。スツールハウスの主と呼ばれる鶴屋素子の事情が明らかにされたときには、腑に落ちることがいくつもあった。腰掛の暮らしが彼らに与えた影響の大きさをも思わされる一冊である。

病弱探偵*岡崎琢磨

  • 2017/10/09(月) 08:57:16

病弱探偵 謎は彼女の特効薬
岡崎 琢磨
講談社
売り上げランキング: 186,270

「患者」と「病(やまい)」を合わせた貫地谷マイという名前の主人公は高校1年生。彼女は病弱でしょっちゅう何かの病気にかかっており学校も休みがち。そして床にふせっている長い時間を使って謎を解く「寝台探偵(ベッド・ディテクティブ)」なのだ。
マイと幼馴染みの同級生、山名井ゲンキは「病まない」の名前通りに病気知らずの健康優良児。ひそかに想いを寄せているマイのために、ゲンキは学校で起こった不思議な事件を、今日もベッドサイドに送り届ける。
6つの謎と2人の恋の行く末は?
『珈琲店タレーランの事件簿』著者が放つ新たなるミステリー。


探偵役がベッドの上、というのもこれまでにない設定ではないだろうか。しかも、臥せっているときには鋭い推理力が、元気なときにはまるで発揮されないというのも独特である。探偵役のマイの手足や目となって活躍するアシスタント役は、その名も元気。こちらは推理力は凡人だが、人間関係は円満で、他人を思いやる気持ちも持ち合わせているので、聞きこみの際も疎ましがられることがないのがメリットでもある。いちいちマイによるそのときどきの病気の解説付きなので、そちらの豆知識も増えていく。高校生活における謎なので、他愛がないとも言えるが、当人たちにとっては一大事を解決してもらったことになり、心の闇をさらけ出されたことにもなる。微笑ましさも切なさも愉しめる一冊である。

間取りと妄想*大竹昭子

  • 2017/09/19(火) 13:32:00

間取りと妄想
間取りと妄想
posted with amazlet at 17.09.19
大竹 昭子
亜紀書房
売り上げランキング: 20,090

13の間取り図から広がる、個性的な物語たち。身体の内と外が交錯する、ちょっとシュールで静謐な短編小説集。
まず家の間取を決め、次にそこで展開される物語を書いたのは大竹さんが世界初だろう、たぶん。13の間取りと13の物語。
―藤森照信氏(建築家・建築史家)
家の間取りは、心身の間取りに似ている。思わぬ通路があり、隠された部屋があり、不意に視界のひらける場所がある。空間を伸縮させるのは、身近な他者と過ごした時間の積み重ねだ。その時間が、ここではむしろ流れを絶つかのように、静かに点描されている。
―堀江敏幸氏(作家)
川を渡る船のような家。海を見るための部屋。扉が二つある玄関。そっくりの双子が住む、左右対称の家。わくわくするような架空の間取りから、リアルで妖しい物語が立ちのぼる。間取りって、なんて色っぽいんでしょう。
―岸本佐知子氏(翻訳家)


個人的に、子どものころから家の平面図を眺めてはあれこれ想像するのが好きだったので、タイトルが魅力的過ぎて手に取った。それぞれの物語の初めに平面図が置かれているので、物語を読みながら図面を改めて眺めて想像をたくましくし、また物語に戻って先を愉しむ、という読み方をした。文字を追っているだけの時以上に、見知らぬ町や世界にトリップした感じが強くして、興奮する読書タイムになった。密室ミステリなどでもよく間取り図が載せられているが、それとはひと味違うのめり込み方ができる一冊である。

珈琲店タレーランの事件簿 4 ブレイクは五種類のフレーバーで*岡崎琢磨

  • 2017/09/08(金) 18:46:29


五年前に失意の美星を救ったのは、いまは亡き大叔母が仕掛けた小さな“謎”だった―。京都にひっそりとたたずむ珈琲店“タレーラン”の庭に植えられたレモンの樹の秘密を描いた「純喫茶タレーランの庭で」をはじめ、五つの事件と書き下ろしショート・ショートを特別収録したミステリー短編集。


なんとなくこれまでとは趣が違うような印象だった。ほのぼのというよりも、裏の部分、陰の部分がクローズアップされているような気がする。ちょっとした仕掛けも仕込まれていたが、こういうことをしなくてもいいかもしれないなぁ、とはちょっと思う。最後の伯母さんとのエピソードもそうだが、人はひとりでは生きていけないのだと、改めて人間のつながりのあたたかさを思わされる一冊でもある。

珈琲店タレーランの事件簿5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように*岡崎琢磨

  • 2017/09/02(土) 18:53:45


アオヤマが理想のコーヒーを探し求めるきっかけとなった女性・眞子。11年ぶりに偶然の再会を果たした初恋の彼女は、なにか悩みを抱えているようだった。後ろめたさを覚えながらも、アオヤマは眞子とともに珈琲店“タレーラン”を訪れ、女性バリスタ・切間美星に引き合わせるが…。眞子に隠された秘密を解く鍵は―源氏物語。王朝物語ゆかりの地を舞台に、美星の推理が冴えわたる!


シリーズ四作目をうっかり読み落としていたようで、先に五作目を読んでしまった。今作は、アオヤマがコーヒーと関わるきっかけになった眞子さんにまつわる謎がメインなのだが、想像以上に深刻である。それだけに、判断を間違えばとんでもないことになる可能性もあるのだが、そこはさすが美星さんである。ほんの小さな違和感や言葉遣いから、その創造力と推理力で真実を見抜いて、取り返しがつかない事態になりそうなことも、未然に防いでしまうのである。また、今回の物語では、源氏物語も鍵になっている。京都という場所柄、当然とも言えるが、源氏物語に引き寄せられてやって来た眞子さんと、アオヤマの再会には、運命めいたものも感じてしまう。眞子さんが案外弱くて、美星さんが意外に強いことも発見である。鴛鴦茶も一度味わってみたくなる。美星さんとアオヤマと珈琲店タレーランをずっと見ていたいシリーズである。

真夜中のパン屋さん 午前5時の朝告鳥*大沼紀子

  • 2017/08/29(火) 18:31:43

真夜中のパン屋さん 午前5時の朝告鳥 (ポプラ文庫)
大沼 紀子
ポプラ社 (2017-06-14)
売り上げランキング: 5,457

真夜中に開店する不思議なパン屋「ブランジェリークレバヤシ」。希実の母・律子の死から五年の月日が経ち、暮林や弘基の周辺には様々な変化の波が訪れていた。それは、常連客である斑目やソフィアやこだま、美作親子や多賀田たちにとっても同様だった。そしてもちろん、希実にとっても……。累計140万部突破のベストセラー「まよパン」シリーズ、ついに完結!!


前作からいきなり飛んだ印象である。それぞれ身辺に変化があり、思いもよらないしあわせに戸惑ったり、どうにもならずに呑み込まれたり、大きすぎる壁に突き当たってめり込んだり、とそれぞれの時間を過ごし、今作に至っている。完結編ということで、あれにもこれにもけりをつけようというのはわからなくもないが、なんとなくどれもが腑に落ちるところまでは到達していないまま終わってしまった気がしてならない。たとえば希実の父親のこととか。弘基と希実のこれからはどうなるのだろう。ブランジェリークレバヤシはどうなっていくのだろう。ラストの一場面で、暮林がパンを焼き続けるだろうことはわかるので、ひとまずほっとした。誰もが少しずつ足りなくて、誰かがそれを埋めてくれる。そんなことを思わされた一冊でもある。

透明人間は204号室の夢を見る*奥田亜希子

  • 2017/03/31(金) 09:16:04

透明人間は204号室の夢を見る
奥田 亜希子
集英社
売り上げランキング: 563,489

暗くて地味、コミュニケーション能力皆無の実緒。奇妙な片思いの先にあるのは破滅か、孤独か、それとも青春か。
今までにない感情を抱くことで、新たな作品を生み出す女性作家のグレーな成長小説。


コミュニケーション能力に欠ける実緒は、小説で新人賞を取ったことがあるが、それ以来書けなくなり、雑誌のライターの仕事が時折まいこむだけで、アルバイトをして生活している。自分の小説のタイトルで検索をかけるのが日課で、毎日何も変わらない検索結果にも心を動かされなくなっているこのごろだが、ある日、書店の自著を手に取る青年を見つけ、こっそり後をつけて自宅を探り当てる。それからの実緒は、ほとばしるように綴った短い物語を彼のポストに入れるようになり、自身が透明人間になって、彼の日々を眺めるのが生きがいのようになっていく。その果てに繰り広げられる日々は、果たして現実だったのか、それとも実緒の妄想だったのか。人間の裏側を覗き見るようなおぞましさと、人との関わり方を知らない故の切なさがないまぜになって、何とも言えないやりきれなさに包まれる一冊である。

左目に映る星*奥田亜希子

  • 2017/03/01(水) 16:55:03

左目に映る星
左目に映る星
posted with amazlet at 17.03.01
奥田 亜希子
集英社
売り上げランキング: 502,673

小学5年生の時に出会った奇跡のような存在の少年・吉住を忘れられないまま大人になり、他者に恋愛感情を持てなくなった26歳の早季子。恋愛未経験で童貞、超がつくほどのオタクで、人生をアイドル・リリコに捧げる宮内。どうしようもない星たちを繋げるのは、片目を閉じる癖、お互いが抱える虚像。第37回すばる文学賞受賞作。


幼いころに、右目を瞑ると世界ががらっと変わる――左目が乱視と近視だった故――ことに気づいた早季子。それ以来、嫌なことがあると右目を瞑るようになった。小学五年のときに同じクラスになった住吉も、ときどき右目を瞑っているのを見て、どうしようもなく惹かれる。それ以来、住吉は早季子の人生になくてはならない存在になるのである。ある日、早季子にとっての住吉を失ってからは、恋愛もできず、孤独な寂しさを抱え続けているのだった。そんなときに右目を瞑る癖のある宮内のことを聞き、無性に彼に会いたくなる。宮内は、折り紙付きのアイドルオタクで、なにからなにまで早季子とは価値観が違っているのだが、なぜか離れがたくなっていく。ずっと持て余していた自分という存在を愛おしんでもいいんだよ、と言ってあげたくなる一冊である。