- | こんな一冊 トップへ |
- 次ページへ»
二重らせんのスイッチ*辻堂ゆめ
- 2022/06/23(木) 07:05:20
「桐谷雅樹。殺人の容疑で逮捕する。午前八時十一分」
2015年2月、桐谷雅樹の“日常"は脆くも崩れた。渋谷区松濤の高級住宅地で飲食店経営者が殺害され、現金およそ二千万円を奪われる事件が起きた。凶器が購入された量販店の防犯カメラに映っていたのは、まぎれもなく自分自身の姿。犯行現場から検出されたDNA型は雅樹のものと一致する。紙で切ったはずの手の傷跡、現場付近で寄せられた目撃証言……。すべては雅樹による犯行を示唆していた。やはり俺が犯人なのか――自らの記憶、精神をも疑いはじめた矢先、雅樹の不在証明が偶然にも立証される。しかし、待ち受けていたのはさらなる苦難だった。
冤罪ミステリと紹介されているが、単なる冤罪とはひと味違い、さまざまな意味での社会問題をも織り込んで、複雑な気持ちにさせられる。表層しか見えていなかった時と、少しずつ背景が見えてきた時とでは、事件そのものにも、それを起こした人物たちにも別の感情が湧いてくる。ひとつ開かれたと思った扉の奥には、また別の扉があり、どれが真実なのかがなかなか見えてこない。最後の最後まで気を緩めることができない一冊でもあった。
琥珀の夏*辻村深月
- 2022/04/18(月) 06:43:15
大人になる途中で、私たちが取りこぼし、忘れてしまったものは、どうなるんだろう――。封じられた時間のなかに取り残されたあの子は、どこへ行ってしまったんだろう。
かつてカルトと批判された〈ミライの学校〉の敷地から発見された子どもの白骨死体。弁護士の法子は、遺体が自分の知る少女のものではないかと胸騒ぎをおぼえる。小学生の頃に参加した〈ミライの学校〉の夏合宿。そこには自主性を育てるために親と離れて共同生活を送る子どもたちがいて、学校ではうまくやれない法子も、合宿では「ずっと友達」と言ってくれる少女に出会えたのだった。もし、あの子が死んでいたのだとしたら……。
30年前の記憶の扉が開き、幼い日の友情と罪があふれだす。
圧巻の最終章に涙が込み上げる、辻村深月の新たなる代表作。
ミステリ要素もあるが、それよりも大事にされているのは、心理面だという印象である。特定の思想に呑み込まれていく心の動きや、人間関係における力関係や忖度、本音と建て前。さまざまな形での心の動きが、とても丁寧に描かれていて、思わず自分自身もその流れに呑み込まれてしまいそうになり、その危うさにどきっとさせられる。結果的に何を信じればいいのかを見失っても、人が人を想う真心からの気持ちは、必ず届くのだと思わせてくれる。根っからの悪人がいないことが、却って背筋がうっすらと寒くなる歪みを感じさせる一冊でもあった。
闇祓(ヤミハラ)*辻村深月
- 2022/03/07(月) 18:13:59
あいつらが来ると、人が死ぬ。 辻村深月、初の本格ホラーミステリ長編!
「うちのクラスの転校生は何かがおかしい――」
クラスになじめない転校生・要に、親切に接する委員長・澪。
しかし、そんな彼女に要は不審な態度で迫る。
唐突に「今日、家に行っていい?」と尋ねたり、家の周りに出没したり……。
ヤバい行動を繰り返す要に恐怖を覚えた澪は憧れの先輩・神原に助けを求めるが――。
身近にある名前を持たない悪意が増殖し、迫ってくる。一気読みエンタテインメント!
ホラーは苦手だが、本作のような心理的ホラーとでもいうような趣のものは興味深い。心の隙間にいつの間にかするりと忍び込まれ、抜き差しならない状況に誘導されていく過程は、客観的に見ると、なんて馬鹿なと思うが、実際渦中にいると、負のスパイラルのようなものに絡めとられて、抜け出せなくなるのかもしれない。架空の事象なので過大に表現されているが、もっと些細なことなら、いつ自分の身に起こってもおかしくないようにも思われて、背筋がぞくっとする。怖いもの見たさで、ページを繰る手が止まらなくなる一冊である。
いなくなった私へ*辻堂ゆめ
- 2021/12/24(金) 07:04:09
人気シンガソングライターの上条梨乃は、渋谷のゴミ捨て場で目を覚ました。
そこに至るまでの記憶はない。
通行人に見られて慌てるが、誰も彼女の正体に気づく様子はなく、さらに街頭に流れるニュース
――梨乃の自殺を報じたニュース――に、梨乃は呆然とした。
自殺したなんて考えられない。本当に死んだのか? それなら、ここにいる自分は何者なのか?
そんな中、大学生の優斗だけが梨乃の正体に気づいて声をかけてきた。
梨乃は優斗と行動を共にするようになり、やがてもう一人、梨乃を梨乃だと認識できる少年・樹に出会う……。
自殺の意思などなかった梨乃が、死に至った経緯。
そして生きている梨乃の顔を見ても、わずかな者を除いて、誰も彼女だと気づかないという奇妙な現象を、梨乃と優斗、樹の三人が追う。
インドの奥地のとある村で、近寄ってはいけないと言われる湖をめぐる物語と、現代日本で起きた、摩訶不思議な現象から始まる物語が、ときどき交錯しながらストーリーが進む。インドの村では、無知と恐怖によって悲惨な事件が起こり、現代日本では、身勝手さと短慮によって、多くの人を巻きこむ事件が起こっている。絶望と希望が入り交じった日々を過ごしながら、真実に迫る三人の姿は、思わず応援したくなる。ところどころ言葉遣いに気になる点はあったし、解決策が見つかったわけではないが、生きなおせるという希望の光が見える一冊だった。
あなたのいない記憶*辻堂ゆめ
- 2021/10/22(金) 13:33:08
絵画教室をやめて以来、大学で約十年ぶりに再会した優希と淳之介。
旧交を温める二人だったが、絵の講師の息子だった「タケシ」という人物について、
それぞれ記憶が書き換わっていることに気づく。
タケシのことを架空の人物と思っていた優希と、有名スポーツ選手と勘違いしていた淳之介は、
タケシの幼馴染・京香に連れられ、心理学の専門家・晴川あかりのもとを訪れる。
「虚偽記憶」現象の原因究明を始めた四人が辿りつく真相とは――。
進化を続ける新鋭・辻堂ゆめが放つ渾身の一作!
久しぶりに出会った故郷の幼馴染。良く知っているはずのある人物に関する記憶だけが、まったく食い違っていた。冒頭からぐいぐい興味を惹かれる。現実として、素人にここまでできるかどうかは於くとしても、記憶の曖昧さに関しては、思い当たることも多々あり、魅力的なテーマである。そして、そこに至るストーリーも、切なくやりきれなく愛おしさにあふれたものではあるが、だからといって、記憶を改ざんされた方はたまったものじゃないよなぁ、というもやもや感もある。予想よりもはるかに読み応えのある一冊だった。晴川あかり先生のことをもっと知りたくなった。
つまらない住宅地のすべての家*津村記久子
- 2021/06/14(月) 18:25:03
とある町の、路地を挟んで十軒の家が立ち並ぶ住宅地。
そこに、女性受刑者が刑務所から脱走したとのニュースが入る。
自治会長の提案で、住民は交代で見張りをはじめるが……。
住宅地で暮らす人間それぞれの生活と心の中を描く長編小説。
冒頭に住宅地の見取り図と家族構成の一覧がのせられているが、初めのうちは、誰かが登場するたびに、どこの家の誰なのか覚えられずに、最初に戻って確かめながら読んでいたので、多少の面倒くささはあったが、次第に把握できてくると、家族や人物それぞれの特徴が起ち上がってきて、ただの一覧から、生きて生活する人々になり、ストーリーに入り込めるようになった。外側から見れば、どこにでもあるつまらない住宅地に見えるかもしれないが、実情はまったくつまらなくなどなく、さまざまな問題を抱え込む人々の集まりなのがわかる。お互いに詮索しあわなければ、つまらない住宅地のなかの一軒一軒でしかないものが、一人の逃亡犯の存在によって、互いのことを少しずつ知ることになり、それが存外厭ではないことにも気づかされるのが、読んでいても不思議な感覚である。俄かに「実(じつ)」を持ち始めたような感覚とでも言ったらよいのか。ものすごく濃いコーヒーを飲んだ後のような読後感でもある。濃密な読書時間をくれた一冊だった。
十の輪をくぐる*辻堂ゆめ
- 2021/02/10(水) 09:50:08
スミダスポーツで働く泰介は、認知症を患う80歳の母・万津子を自宅で介護しながら、妻と、バレーボール部でエースとして活躍する高校2年生の娘とともに暮らしている。あるとき、万津子がテレビのオリンピック特集を見て「私は…東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟いた。泰介は、九州から東京へ出てきた母の過去を何も知らないことに気づく―。
東京で開催される二つのオリンピックを絡めた人間物語だと思った。一度目のオリンピックの時代、働いていた繊維工場でバレーボールをしていた晴れやかな記憶と育てにくい息子を抱えて苦労した記憶が、年月を経て認知症を発症した現在、二度目のオリンピックを前にして断片的によみがえり、万津子の心はふたつの時代を行き来している。息子の泰介は、母の特訓によりバレーボールにのめり込み、大学で同じクラブの由佳子と出会って結婚し、娘の萌子は、高校バレーで活躍し、オリンピック代表に選ばれることも夢ではない。オリンピックが重要なカギであることは間違いないが、佐藤家という家族、そのひとりひとりがどう生きるかを問いかける物語でもあるように思う。人間ってそんなに簡単に変われないよな、と思うところもあるが、全体的には充実したストーリーだった。自分の居場所を認められることの大切さを思わされる一冊でもあった。
あの日の交換日記*辻堂ゆめ
- 2021/01/15(金) 07:36:46
さまざまな立場のふたりが紡ぐ七篇の日記が謎を呼び、そしてある真相へ繋がっていく―。
デジタル全盛の現代において、手書きの交換日記という手段での思いのやり取りを描いているのが、そもそも興味深い。そして、自分の手を使って文章を書くという行為が、意外なほど胸の裡をさらけ出す効果があるのだということに、いまさらながら気づかされる。そしてさらに、著者が仕掛けたいたずらによって、物語はぐんと奥行きを深め、折々にほんのわずか抱いた違和感をすべて回収してくれて、すとんと腑に落ちるのが、やられた感もあり、快感でもある。悲しい出来事もありはしたが、胸のなかがやさしいあたたかさで満たされるような一冊だった。
傲慢と善良*辻村深月
- 2019/09/09(月) 20:28:16
婚約者が忽然と姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる―。作家生活15周年&朝日新聞出版10周年記念作品。圧倒的な“恋愛”小説。
圧倒的な恋愛小説、というよりは、いままでになかった形の恋愛小説ではないかと思う。恋愛に至ることのできない環境にあるとか、自分を高く見積もりすぎているとか、さまざまな理由でスムーズに結婚できずに焦り始めた男女が、婚活を経て、結婚を視野に入れられる相手と出会う。それだけなら単なる婚活物語だが、ほんとうの物語はここから始まるのである。これまで生きてきた過程で、自分というものをどういう風に捉えているか、婚活という尺度を当てはめて、初めてそのことに思い至ることもある。それまで見えていなかった自らの傲慢さをいやというほど見せつけられ、他人を羨みながら蔑むという、歪んだ心理状態にもなる。多かれ少なかれ誰にもあることのようにも思うが、ここまではっきりと言葉にして突き付けられることは、滅多にあることではなく、普通は、自覚することもなく先に進むのだろうと思うと、それもまた怖い。善良だと思っている自分の傲慢さが、引きずり出されるいたたまれなさもあって、いつしか物語の先を追いかけている。第二部では真実(まみ)の視点になり、急展開し、その唐突さにいささか面食らうが、真実にとっては命がけの行動であり、それでこそのこのラストなのだと思うとうなずける。いい物語だったと思える一冊である。
噛みあわない会話と、ある過去について*辻村深月
- 2018/10/31(水) 16:28:54
怒りは消えない。それでいい。あのころ言葉にできなかった悔しさを、辻村深月は知っている。共感度100%!切れ味鋭い傑作短編集。
「ナベちゃんの嫁」 「パッとしない子」 「ママ・はは」 「早穂とゆかり」
アンソロジーで既読のものもあったが、こういうテイスト、好きである。だが、実際我が身に降りかかったとしたら、背筋が凍りそうである。恐ろしい。さまざまな恐ろしさがあるが、ことに、無自覚、無意識に何気なくしたこと、言ったことに、後になってしっぺ返しされる恐ろしさは、心臓を鷲づかみにされるような衝撃である。その瞬間まで、能天気で生きてきたこと自体が恨めしくなりそうである。さらに恐ろしいのは、生きていれば大なり小なり誰にでも起こりうる事態でもあるからだ。自らの行動や言動には、細心の注意を払わねば、と改めて思わされる一冊でもある。
青空と逃げる*辻村深月
- 2018/07/12(木) 10:49:29
深夜の交通事故から幕を開けた、家族の危機。押し寄せる悪意と興味本位の追及に日常を奪われた母と息子は、東京から逃げることを決めた――。
辻村深月が贈る、一家の再生の物語。読売新聞好評連載、待望の単行本化。
新聞小説だったとは知らずに読んだのだが、連載中に呼んでいたとしたら、次の展開を知りたくて、さぞやもどかしい思いをしたことだろう。舞台俳優の父・本条拳は、共演女優の運転する車に同乗していた時に事故を起こし、女優はその後自殺。彼自身も故あって家族のもとから姿を消すことになる。拳の息子・力の目線で、その後の母・早苗と二人の逃亡生活が語られる。小学四年の力に、母な詳しい事情は語らず、それでも逃げているのだろうことは察せられるので、力自身ももどかしく寄る辺ない心地で着いていくしかないのである。行った先々で出会う人々との関わり、母の苦労と自らの非力さ、人々の温かい心遣いと先行きの見えない毎日は、どれほど不安だったろうかと思うと胸が痛む。追手は、どこへ逃げてもやってきて、人間関係が築けそうだと思うと、そこを離れなければならなくなるのは、やり切れなさすぎる。それでも、力も早苗も、少しずつ強くなり、経験値を上げていく姿を、応援したくなる。さまざまな要素で想像を掻き立てられるが、ラストは青空の色があたたかく思える。涙が止まらない一冊だった。
僕と彼女の左手*辻堂ゆめ
- 2018/06/16(土) 19:28:15
「明日から私の家庭教師をしてください」幼い頃遭遇した事故のトラウマで、医者の夢が断たれた僕。そんな時に出会ったのは、左手でピアノを奏でる不思議な子・さやこだった。天真爛漫な彼女にいつしか僕は恋心を抱くようになるが、同じ時間を過ごせば過ごすほど、彼女の表情は暗くなっていく。彼女はいったいどんな事情を抱え、僕のところへきたのだろうか。その謎が解けたとき、僕らはようやく最初の一歩を踏み出すことができる―。繊細な心理描写&精密なミステリを融合した、辻堂ゆめの傑作!
幼いころ列車の脱線事故に遭い、壮絶な体験をし、さらに父を亡くしたことがトラウマになっている医大生の時田習と、清家さやこが出会う場面で、既にさやこの思惑は想像がついたが、それからのことは、思いもよらないことが多かった。事実がひとつずつ明らかにされるたびに、ひとつずつ腑に落ち、さらに二人を応援したくなる。ひとりではだめでも、二人なら乗り越えられることもあるだろう。哀しい過去の記憶を上回るくらいたくさんの幸せが二人にあることを祈りたくなる一冊である。
かがみの孤城*辻村深月
- 2018/06/04(月) 07:08:54
あなたを、助けたい。
学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。
学校でいじめられている中学生を励ます物語かと思って読み始めたが、想像よりもはるかに深く温かく胸の奥までしみ込んでくる。お城のナビゲーター役のオオカミさまとは誰なのか、なぜこの七人が選ばれたのか、願いの部屋の鍵を見つけるのは誰で、どんな願い事をし、その後はどうなるのか。などなど、さまざまな興味がを掻き立てられながら読み進むことになる。いじめの陰湿さや、傷ついて、殺されるとまで思い詰める被害者の心の動きと、学校側の認識との激しすぎるずれにいらだったり、母の心配や焦りや不安のリアルさと、それにさえ反発してしまう娘の苦しさ。それぞれに苦しみを抱えて城にやってくる仲間たちとのやりとりも、初めは手探りで、全面的には心を許すことができない。それほどに傷ついていることのやりきれなさにも胸が痛む。そして、少しずつ、ひとつずつ、さまざまな事情が明らかになっていくにつれ、さらに涙を誘われる場面が多くなり、最終的にすべてがつながったときには、さらなる驚きと納得、そして安心感に包まれるのである。城に呼ばれる子どもなどいないほうがいいが、彼らはここに呼ばれて、まさに人生を生き抜く力を得たのだと思う。子どもだけでなく、すべての人が勇気づけられる一冊である。
オーダーメイド殺人クラブ*辻村深月
- 2016/05/13(金) 21:17:38
クラスで上位の「リア充」女子グループに属する中学二年生の小林アン。死や猟奇的なものに惹かれる心を隠し、些細なことで激変する友達との関係に悩んでいる。家や教室に苛立ちと絶望を感じるアンは、冴えない「昆虫系」だが自分と似た美意識を感じる同級生の男子・徳川に、自分自身の殺害を依頼する。二人が「作る」事件の結末は―。少年少女の痛切な心理を直木賞作家が丹念に描く、青春小説。
まったく親しいわけではないが、奥底に似通った感性を感じたクラスメイトの昆虫系男子・徳川に自分を殺すことを依頼したアン。中二という、自分の存在がまだ確立されておらず、些細なことで揺らぐ年頃特有の面倒臭いことこの上なく、しかもひどく狭い人間関係に翻弄されつつ日々を過ごす様子が、息苦しいほどリアルである。そんな中で、アンにとって、自分が殺されるXデーが、生きる希望になっているのも矛盾してはいるが、解る気がしなくもない。徳川と計画を練っていくうちに、彼のことをまったく知らないことに気づいたり、Xデー以後の彼の周りのことに想いを馳せることもできるようになったりするが、それは少しずつ成長している証しでもあるように思われる。そして二人の関わり方も微妙に変わってくる。大人になって振り返れば、小さなコップの中の嵐のようなものであるのだが、あまりに激しく束の間の嵐ではあった。途中、やや中だるみ感はあった印象はあるが、展開から目が離せない一冊だった。
きのうの影踏み*辻村深月
- 2015/10/27(火) 17:08:27
売り上げランキング: 9,630
子どもの頃、流行っていたおまじないは、嫌いな人、消したい人の名前を書いた紙を十円玉と一緒に十日間続けて賽銭箱に投げ込むことだった。ある日、子どもたちは消えた子どもについて相談していて……(「十円参り」)。あるホラー作家が語る謎のファンレターの話を聞きぞっとした。私のところにも少し違う同じような怪しい手紙が届いていたからだ。その手紙の主を追及するうちに次々と怪しいことが連続し……(「手紙の主」)。出産のため里帰りしていた町で聞いた怪しい占い師の噂。ある日、スーパーで見知らぬ老女を見かけた瞬間、その人だと直感し……(「私の町の占い師」)。
怪談専門誌『Mei(冥)』に連載した作品ほか、書き下ろしを収録した全13篇。人気絶頂の著者が、最も思い入れあるテーマに腕をふるった、エンターテインメントが誕生しました。
こういうテイストとは知らずに読み始めたのだが、怪談だったとは。ただ、ホラーは苦手なのだが、本作は、現実に即しているというか、荒唐無稽な理不尽さはなく、実際に身近で起こっているかもしれないと感じられるレベルなので――だからなおさら怖いとも言えるが――親しんで読めた気がする。このホラーは結構好きかも、と思わせてくれる一冊だった。
- | こんな一冊 トップへ |
- 次ページへ»