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渦 妹背山婦女庭訓 魂結び*大島真寿美
- 2019/04/08(月) 18:51:13
売り上げランキング: 66,281
筆の先から墨がしたたる。やがて、わしが文字になって溶けていく──
虚実の渦を作り出した、もう一人の近松がいた。
江戸時代、芝居小屋が立ち並ぶ大坂・道頓堀。
大阪の儒学者・穂積以貫の次男として生まれた成章。
末楽しみな賢い子供だったが、浄瑠璃好きの父に手をひかれて、芝居小屋に通い出してから、浄瑠璃の魅力に取り付かれる。
近松門左衛門の硯を父からもらって、物書きの道へ進むことに。
弟弟子に先を越され、人形遣いからは何度も書き直しをさせられ、それでも書かずにはおられなかった半二。
著者の長年のテーマ「物語はどこから生まれてくるのか」が、義太夫の如き「語り」にのって、見事に結晶した長編小説。
「妹背山婦女庭訓」や「本朝廿四孝」などを生んだ
人形浄瑠璃作者、近松半二の生涯を描いた比類なき名作!
読み始めは、関西言葉や時代背景に馴染めず、なかなか物語に入り込めなかったが、次第に興が乗ってきて、次の展開が待ちきれないようになった。ランナーにはランナーズハイがあるというが、ライターにもライターズハイのようなものがあるのだろう。自分が書いているのではなく、なにかが降りてきて、あるいは、なにかに憑かれるように、書かされた、という感じなのだろうか。傑作とは往々にしてそんな風にして生み出されるものなのかもしれない。自らが創り出したものに違いはないのに、いつの間にか主人公がそこにいて、彼(彼女)が勝手に物語を紡ぎだしていく感覚のようである。その境地に行きつくまでが凄まじい。後半、半二が生み出したキャラクタ・三輪の語りが混じるが、それが時空を超えて現代にまで及んでおり、わかりやすい。半二が生きた時代と道頓堀という場所の熱気が伝わってくるような一冊だった。
モモコとうさぎ*大島真寿美
- 2018/04/21(土) 08:45:59
KADOKAWA (2018-02-01)
売り上げランキング: 277,571
働くって、生きるってどういうことだろう―。モモコ、22歳。就活に失敗して、バイトもクビになって、そのまま大学卒業。もしかして私、世界じゅうで誰からも必要とされてない―!?何をやってもうまくいかなかったり、はみだしてしまったり。寄るべない気持ちでたゆたうように生きる若者の、云うに云われぬ憂鬱と活路。はりつめた心とこわばった躰を解きほぐす、アンチ・お仕事小説!
家庭の事情には複雑なものがあったが、それ以外には大学まで躓かずにやってきたモモコだったが、就職活動にことごとく失敗し、自分は世界中から必要とされていないのではないかという強迫観念にさいなまれ、引きこもってちくちくと縫物ばかりしている日々。そして不意に思い立っての家出。初めは友人知人に頼りつつ、暗~く生きていたが、触れ合う人たちから次第に掃除の腕を買われ、仮の居場所を得ていく。だが、そことて終の棲家とは言えず、モモコは自分の居場所を探し続けるのである。彼女にいつも寄り添うのは、かつての母のパートナーの連れ子である姉がくれた不思議なうさぎ。うさぎ同士が同期して不思議な力を持つようになるという。ときおり、あちこちにいるうさぎたちが話し合っていたりはするが、彼らがあまりうまく生かされていないような印象でいささか残念な気はする。結局、モモコの行く末は、いまだに茫漠としてはいるが、家出した当初から比べると、得るものがたくさんあったようには思える。母や家族に翻弄されず、これからはモモコとしての人生を生きていってほしいと思わせる一冊である。
ツタよ、ツタ*大島真寿美
- 2016/12/07(水) 17:04:39
千紗子という新たな名前を持つこと。
心の裡を言葉にすること。
自分を解放するために得た術が
彼女の人生を大きく変えた――
明治の終わりの沖縄で、士族の家に生まれたツタ。
父親の事業の失敗によって、暮らしは貧しくなるが、
女学校の友人・キヨ子の家で音楽や文学に触れるうち、
「書くこと」に目覚める。
やがて自分の裡にあるものを言葉にすることで、
窮屈な世界から自分を解き放てると知ったツタは、「作家として立つ」と誓う。
結婚や出産、思いがけない恋愛と哀しい別れを経て、
ツタは昭和七年に婦人雑誌に投稿した作品でデビューする機会を得た。
ところが、待ち受けていたのは、思いもよらない抗議だった……。
「幻の女流作家」となったツタの数奇な運命。
一作ごとに新しい扉を開く、『ピエタ』の著者の会心作!
実在の人物をモチーフにしたフィクションだそうである。主人公のツタ(千紗子)は、いつでも何をしていても、自分が本当の自分でないような心許なさにつきまとわれ、ある種現実離れした浮遊感の中で一生を送ったように見える。一面を見るととても運がよく恵まれているようにも見え、違う一面を見ると、これほどの不幸があるだろうか、というようにも思われる。それはもしかすると、彼女自身が自分が何者かという確固としたものを持てないままで生きていたからなのかもしれないと、ふと思う。いまわの際の回想録のような体裁で描かれているからなおさらだろうか。ツタの一生をたどり直して共に生きた心地がして、彼女のことを思わずにいられない一冊である。
空に牡丹*大島真寿美
- 2015/12/30(水) 19:09:11
時は明治。花火に心奪われた男の生涯!
私のご先祖様には、花火に魅せられて生きた静助さんという人がいる。
親族みんなが語りたくなる静助さんのことを、私は物語にすることにした――。
時は明治。江戸からそれほど遠くない丹賀宇多村の大地主の次男坊として生まれた静助は、村人から頼られる庄左衛門、母親の粂、腹違いの兄・欣市と暮らしていた。ある日、新し物好きの粂と出かけた両国・隅田川で、打ち上げ花火を見物した静助は、夜空に咲いては散る花火にひと目で魅了される。江戸の有名な花火屋たちは、より鮮やかな花火を上げるため競って研究をしているという。
静助は花火職人だった杢を口説き落とし、潤沢な資金を元手に花火作りに夢中になるが、次第に時代の波が静助の一族を呑み込んでいく。
丹賀宇多(にかうだ)村の元名主・可津倉(かつくら)家の当主・庄左衛門と後妻の粂(くめ)との間の子である静助は、先妻との子である兄・欣市が次期当主として期待されるのとは裏腹に、何の期待も持たれず気ままに成長していったのである。いつしか花火に心を奪われ、のめり込んでいくが、責める者も、止める者もいなかった。周りは年を経るごとにさまざまに変化するが、静助は、基本的に変わることはなく、稼業に励んでいても昔ながらの静助なのであった。家が傾くほど花火に私財を投じるとは、いささか道楽が過ぎる気もするが、どういうわけかそれを責める人はおらず、却って感謝されさえするのである。人徳とでもいうのだろうか。身近にいたらいらいらしそうな人物ではあるが、根が悪い人ではないので、始末が悪いとも言える。あっけない理由で亡くなったときに、村人たちが盛大に花火を上げて見送る場面では、思わず胸が熱くなってしまった。子孫が思わず語りたくなるのは、こんな気持ちからだろうか、と想ってみたりもするのである。のどかで大らかで、なぜか憎めない静助の物語である。
あなたの本当の人生は*大島真寿美
- 2014/11/29(土) 07:05:43
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「書く」ことに囚われた三人の女性たちの本当の運命は……
新人作家の國崎真美は、担当編集者・鏡味のすすめで、敬愛するファンタジー作家・森和木ホリーに弟子入り――という名の住み込みお手伝いとなる。ホリー先生の広大で風変わりなお屋敷では、秘書の宇城圭子が日常を取り仕切り、しょっぱなホリー先生は、真美のことを自身の大ベストセラー小説『錦船』シリーズに出てくる両性具有の黒猫〈チャーチル〉と呼ぶことを勝手に決めつける。編集者の鏡味も何を考えているのか分からず、秘書の宇城は何も教えてくれない。何につけても戸惑い、さらにホリー先生が実は何も書けなくなっているという事実を知った真美は屋敷を飛び出してしまう。
一方、真美の出現によって、ホリー先生は自らの過去を、自身の紡いできた物語を振り返ることになる。両親を失った子供時代、デビューを支えた夫・箕島のこと、さらに人気作家となった後、箕島と離婚し彼は家を出て行った。宇城を秘書としてスカウトし書き続けたが、徐々に創作意欲自体が失われ……時に視点は、宇城へと移り、鏡味の莫大な借金や箕島のその後、そして宇城自身の捨ててきた過去と、密かに森和木ホリーとして原稿執筆をしていることも明かされていく。
やがて友人の下宿にいた真美は、鏡味と宇城の迎えによって屋敷へと戻る。そしてなぜか、敢然とホリー先生と元夫の箕島にとって思い出の味を再現するため、キッチンでひたすらコロッケを作りはじめた。小説をどう書いていいのかは分からないけれど、「コロッケの声はきこえる」という真美のコロッケは、周囲の人々にも大評判。箕島へも届けられるが、同行した宇城はホリー先生の代筆を箕島に言い当てられ動転する。真美、ホリー先生、宇城、三人の時間がそれぞれに進んだその先に〈本当の運命〉は待ち受けるのか?
森和木ホリー、宇城圭子、國崎真美という三人の書き手の三者三様の人生の物語なのだが、ホリー先生自身と彼女の紡ぎだした「錦船」というファンタジーを軸にして、三者が分かちがたく絡み合っている。宇城と真美はホリー先生の預言者めいた言葉にある意味縛られ、そのホリー先生は、突然現れた國崎真美に何かを開かれていく。痛いような心地好いようなどこにもない物語で、いつまでも浸っていたい一冊である。
ワンナイト*大島真寿美
- 2014/08/09(土) 16:36:46
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ステーキハウスのオーナー夫妻が、独身でオタクの妹を心配するあまり開いた合コン。そこに集まった、奇妙な縁の男女6名。結婚したかったり、したくなかったり、隠していたり、バツイチだったり…。彼らのさざ波のような思惑はやがて大きなうねりとなり、それぞれの人生をかき回していく―。ままならないけれども愉しい人生を、合コンをモチーフに軽妙な筆致で描く、かつてない読後感を約束する傑作長編!
題材は合コンなので、ずしっと重いわけではないのだが、ただただ出会いに浮かれている男女の姿が描かれているわけではないので、それぞれの境遇や生き方を思うと、なにやら胸に迫るものも多いのである。そもそも結婚や離婚に対する考え方や、夫婦の在りようがひと昔前とはかなり変わってきている昨今、合コン前後の彼らを見ていると、望む望まないにかかわらず、何かに縛られているように見えてしまうのはわたしだけだろうか。知識や自由が幸福に結びつくとは限らないかもしれないとふと思わされた一冊でもある。
三月*大島真寿美
- 2013/10/09(水) 21:21:35
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短大を卒業してからおよそ20年。同窓会の案内を受けとって以来、ノンは学生時代に亡くなった男友達のことが気になりはじめる。彼は自殺ではなかったのではないか?ノンは仲のよかった友人に連絡を取ると―。
仕事や家庭、それぞれの20年の時を歩んできた女性6人。学生時代の男友達の死を通じて明らかになる「過去」。その時、彼女たちが選ぶ道は―。未来に語り継ぎたい物語。
「モモといっしょ」 「不惑の窓辺」 「花の影」 「結晶」 「三月」 「遠くの涙」
章ごとに、領子→明子→花→穂乃香→則江(ノン)→美晴と、主役を替えて語られる物語である。三月と聞くと、あの日以来身構えるようになってしまっているのだが、「三月」の章はなんの災いもなく、アメリカにいる美晴以外の五人が昔に思いを馳せ、いまを確かめて過ぎるのだが、「遠くの涙」の章でそれだけでは済まなかったことが判る。だが、そのことも含めて、彼女たちが現在の自分を見つめ直すきっかけを掴めたような明るい兆しがうかがえたのが、なによりよかった。あしたがあるじゃないか、と思わせてくれる一冊でもある。
ゼラニウムの庭*大島真寿美
- 2012/10/04(木) 17:04:14
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わたしの家には、謎がある―双子の妹は、その存在を隠して育てられた。家族の秘密を辿ることで浮かび上がる、人生の意味、時の流れの不可思議。生きることの孤独と無常、そして尊さを描き出す、大島真寿美の次なる傑作。
作家になったが、それとは別にきわめて個人的な忘備録として書かれたるみ子(るるちゃん)の記録がそのままこの物語である。俄かには信じられないような事情を抱え、長い間隠し続けてきたるみ子の家のこと。亡くなる前の祖母がるみ子に語ってくれた真実や、気取られないようにるみ子自身が父母から聞き出した事情が、ときどきのるみ子の思いとともに語られている。そのあとには、嘉栄さん自身がるみ子の記録を読んで付け加えたことが、附記として載せられている。切なさ、逞しさ、哀しみ、尊厳、うしろめたさ、そして時間の流れというものの不思議さや理不尽さが渦巻く一冊である。
それでも彼女は歩きつづける*大島真寿美
- 2011/11/03(木) 17:00:51
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女性映画監督に翻弄された6人の女性の物語
映画監督・柚木真喜子が海外の映画祭で賞に輝いた。OLを辞めてまで柚木と一緒に映画の脚本を書いていた志保。柚木の友人の後輩で当時柚木の彼氏だった男性を奪い結婚したさつき。地元のラジオ番組の電話取材を受けることになった年の離れた実の妹の七恵。柚木が出入りしていた画家の家で柚木と特別な時間を過ごしたことがある亜紀美。息子がどうやら柚木に気があるらしいと気を揉む柚木が所属する芸能事務所の女社長である登志子。柚木に気に入られ彼女の映画「アコースティック」で主演を演じた十和。柚木に翻弄された6人の女性たちのそれぞれの視点で描かれた連作短編小説。ラストにはシナリオを配した構成の、著者渾身の最新作!
「転がる石」 「トウベエ」 「チューリップ・ガーデン」 「光」 「伸びやかな芽」 「流れる風」 「リフレクション」
柚木真喜子が鍵となる連作であり、彼女のことが語られているのだが、柚木真喜子自身の主観はまったくと言っていいほど判らない。語るのは柚木真喜子の周囲にいて彼女の行動や作品に深く関わった女性ばかりである。すぐ近くで接しており、柚木真喜子をよく知っているはずなのだが、しかし柚木真喜子の核心はほぼわからない。映画監督として海外の賞を取ったが、メジャーというわけでも華やかさがあるわけでもなく、その作品もよくわからないと評されるようなものである。だが映画に掛ける熱は並大抵ではないものがある。という風に表面的なことはわかっても、柚木真喜子という人の内面はまったく見えてこないのが不思議なほどである。読者は痒いところの遠くばかり掻かれているようで、どんどん柚木真喜子のことを知りたくなって自分から手を伸ばして掴もうとするのである。不思議な読み心地の一冊である。柚木真喜子が一人称の物語を読んでみたくなる。
ちなつのハワイ*大島真寿美
- 2011/05/05(木) 17:25:05
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せっかく家族でハワイに来たのに、兄は機嫌が悪いし、両親はケンカばかり。うんざりするちなつの前に、なぜか日本にいるはずのおばあちゃんが現れた。一緒に家族の絆を取り戻そうとするのだが----。うまくいかない現実も、ささくれだった心も、ハワイはやさしく包み込み、解き放ってくれる。家族の再生、かけがえのない存在との別れを通して、しなやかに成長する少女の物語。
喧嘩ばかりの両親が半ばやけくそのように決めて夏休みに家族でやってきたハワイ。出発するときから気分はどんよりである。ハワイに着いても懸命に愉しさを装うばかりで心底愉しめない。挿絵のハワイの空の明るさも海の広さもゆったりした雰囲気もむなしいばかりである。どうなるのだろうと読者が心配になるころ、おばあちゃん――ちなつにしか見えない――が現れいろんな話をしてくれて心強さを感じるのだった。と同時に、管沢(地名)にいるはずのおばあちゃんがこうしてハワイにいるということは…、ちなつにもうすうす想像がついているのだった。目に見えないおばあちゃんの気配がそうさせたのか、両親の気持ちも次第に和んでいくのだった。家族の中でいちばんちいさいちなつが気を揉んで心配で心をいっぱいにしている姿がいじらしくてたまらない。次に家族でハワイにやってくるときには目いっぱい明るくゆるゆるな雰囲気を愉しめるといいな、と思わされる一冊である。きっと大丈夫だろう。
ピエタ*大島真寿美
- 2011/03/30(水) 13:42:12
![]() | ピエタ (2011/02/09) 大島真寿美 商品詳細を見る |
18世紀、爛熟の時を迎えた水の都ヴェネツィア。『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児たちを養育するピエタ慈善院で“合奏・合唱の娘たち”を指導していた。ある日、教え子のエミーリアのもとに、恩師の訃報が届く。一枚の楽譜の謎に導かれ、物語の扉が開かれる―聖と俗、生と死、男と女、真実と虚構、絶望と希望、名声と孤独…あらゆる対比がたくみに溶け合った、“調和の霊感”。今最も注目すべき書き手が、史実を基に豊かに紡ぎだした傑作長編。
あっというまにいまいる場所から連れ去られ、18世紀のヴェネツィアに迷い込んだような心地の読書であった。理由はさまざまだろうが、一様に親に捨てられた子どもたちが暮らすピエタ慈善院の音楽に囲まれて愉しげでありながら深い悲しみがひたひたと流れているような空気が印象的である。そして、アントニオ・ヴィヴァルディを師と仰ぐかつての少女たちにその訃報がもたらされたとき、ピエタの娘・エミーリアを語り手として物語は謎を秘めて動き出したのだった。現代日本では考えられない力関係やつながりに思わぬ助けを借りて、点在していた要素がつながっていく様子に不思議なわくわく感を煽られる。時代も場所も超えて旅をするような一冊である。
ビターシュガー*大島真寿美
- 2010/08/06(金) 06:50:19
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「アラフォー」世代のまっただなかにいる奈津、まり、市子は中学・高校時代からの幼馴染み。
元モデルの奈津は、突然失踪騒ぎを起こした夫の憲吾と別居状態で、ひとり娘の美月と暮している。
インテリアコーディネーターとして働くキャリアウーマンのまりは、年下のカメラマン・旭との耐えることばかりの恋愛に疲れて、別れを選んだ。
ある日、執筆業をこなす市子の家に、ひょんなことからその旭が居候することになってしまい、奈津、まり、市子の3人の関係に新しい局面が。
長い道のりを経て、人は変わっていく。おそらく死ぬまで私たちは変化し続けていく――。
おとなの女性に贈りたい極上の恋愛&友情小説。
『虹色天気雨』の姉妹編ともいえる物語。
美月は中学生になっていて、母・奈津に隠れて、市子のパソコンで信州にいる父・憲吾とメールのやりとりをしている。まりと別れて行き場がなくなった旭はゲイの三宅ちゃんの事情でなぜか市子の部屋に居候している。相変わらずのような、さまざまな変化があったような、掴みどころのないとりとめのなさでゆるゆると彼女らと周りのありようや心情が語られていくのだが、美月の大人たちと対等のようにも見える観察眼と市子・奈津・まりそれぞれが相手を思いやる何気ない様子が自然に描かれていてなかなかいい。深入りしすぎず、かといって無関心ではない関係が、周りの人々をも引きこんで心地好ささえ感じさせる。甘いだけではない一冊である。
戦友の恋*大島真寿美
- 2010/03/03(水) 11:14:22
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佐紀もそろそろ禁煙したら、と玖美子にしては珍しい忠告をした。いつもなら、うるさいなあと思ったはずなのに、神妙に頷き、まあね、あたしもやめようかなあとは思ってんのよね、と殊勝に答えると、そうしな、と玖美子は短く言った。病院へ行った方がいいよ、と今度は私が忠告した。行くよ、と玖美子は答えた。でも、結局行かなかった。行かないで死んでしまった―残された者の悲しみは誰にも癒せない。喪失の痛みを抱えて、ただただ丁寧に毎日を送ることだけ―。注目の作家が描く、喪失と再生の最高傑作。
表題作のほか、「夜中の焼肉」 「かわいい娘」 「レイン」 「すこやかな日々」 「遙か」
連作短編集の形を取っているが、全体を通してひとつの物語である。
同い年で、編集者と漫画家志望者として出会った玖美子と佐紀(あかね)。玖美子は病を得てあっけなく亡くなり、佐紀は玖美子が死につづけている間も独りで生きつづけなければならなくなった。圧倒的な喪失感と、それまでと変わらず押し寄せてくる日々のあれこれにもみくちゃにされながら、佐紀は少しずつ自らの生を生きはじめる。
号泣したり、泣き暮らしたりするのではなく、それまでどおりの日常を過ごしているように見えて、これほど大きな埋めようのない喪失感を描くとは、さすが著者である。深い深い空洞が、じわじわと胸に迫り、ひたひたと侵食されるような心地の一冊である。だが、それでも人は立ちあがれるものなのだということも改めて思わされるのである。
すりばちの底にあるというボタン*大島真寿美
- 2009/07/25(土) 17:16:11
![]() | すりばちの底にあるというボタン (2009/02/18) 大島 真寿美 商品詳細を見る |
「すりばち団地」に住んでいる薫子と雪乃は、幼なじみ。その二人の前にあらわれた転校生の晴人。薫子と雪乃が知っていたのは「ボタンを押すと世界が沈んでしまう」ということ。しかし晴人が知っていたのは、「ボタンを押すと願いが叶う」ということ。どちらが真実?三人は、真実を探しもとめ動きだす。―団地を舞台に心の揺れ動きを丁寧に描き出した物語。
児童書とは謳っていないが、児童書だろう。
主人公の薫子・雪乃・晴人は、小学六年生。自分をしっかり持っている薫子、妹キャラでほのぼのとした雪乃、転校生で引っ込み思案の晴人、性格も家庭環境も三者三様である。
すりばち団地の底にあるというボタンの噂は、良いものと悪いものとふたつあり、どちらにしても彼らには、それを誰かが押してしまうことが心配なのだった。
寂れていく団地、いつの時代にもそこにいた子どもたちの世界、ボタンの噂の移り変わり。ボタン伝説はたぶん、すりばち団地の子どもたちの心のよりどころだったのだろう。
ちょっぴり寂しく、そしてあたたかく、胸がきゅんとする一冊だった。
三人姉妹*大島真寿美
- 2009/06/06(土) 08:17:11
![]() | 三人姉妹 (2009/04) 大島 真寿美 商品詳細を見る |
大学を出ても就職せず、ミニシアターでバイトしながら仲間と映画作りをしている水絵は三人姉妹の末っ子。長女の亜矢はある日子連れで実家に戻って離婚騒動に、次女の真矢は不倫を脱し、奇病にもまけず転職に成功。水絵は映画合宿がつぶれて、好きな彼とはうまくいかず、夜中のドライブを楽しんだけど、今度は家族の危機が!三姉妹のゆるやかな毎日を瑞々しく描き心温まる長編小説。
青春を散々謳歌したあと、あっさりとお見合いで結婚し一児の母になっている長女・亜矢、実りのない不倫から脱し、ヘッドハンティングの話を断り、仕事もアフターファイブも充実している年子の次女・真矢、そして、大学は卒業したが成り行きで就職せず、ミニシアターでバイトする歳の離れた末っ子・水絵の三姉妹の物語である。語り手は水絵。
それぞれに悩みを抱えているが、なんとなくすべてお互いにバレていて、それぞれがお互いを直接的間接的に思いやっている様子が、姉妹だなぁと思わされる。家族や友人たちとの関わりにも真実味があり、どの登場人物のキャラクターもいい。
同じ女同士、近すぎる鬱陶しさもあるだろうが、安心できる居場所であることが伺われてあたたかい心地になる一冊だった。
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