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楽園の真下*荻原浩
- 2019/11/08(金) 18:43:06
日本でいちばん天国に近い島といわれる「志手島」は、本土からは船で19時間、イルカやクジラの泳ぐコーラルブルーの海に囲まれ、亜熱帯の緑深い森に包まれている。
そんな楽園で、ギネス級かもしれない17センチの巨大カマキリが発見された。『びっくりな動物図鑑』を執筆中だったフリーライターの藤間達海は、取材のため現地を訪れるが、 志手島には楽園とは別の姿があった。
2年間で12人が、自殺と思しき水死体で発見されており、ネットでは「自殺の新名所」と話題になって「死出島」と呼ばれていたのだ。
かつて妻を自殺で失った藤間は、なぜ人間は自ら命を絶とうとするのかを考え続けており、志手島にはその取材も兼ねて赴いていた。
やがて島で取材を続ける藤間の身の回りでも不審死が……。
タイトルからは想像できない凄まじさである。ゆるりゆるりとした島時間で過ごす島の人たちだが、ここ二年で12人もの自殺者が出るというのは尋常ではない。しかも、涙人湖(るにんこ)という沼のような湖が、決まってその現場なのである。フリーライターの藤間は、17㎝の大カマキリの情報を追って、志手島にやってきたのだが、志手島野生生物研究センターの秋村准教授とともに調査するうちに、とんでもないことが起こっている気配に、調査にも本腰が入る。次々に明らかになる知られざる事実に愕然とし、そんな暇もないほど緊迫した状況になる。島民のゆるりゆるり体質が恨めしくも感じられる。後半は、アクションホラーと言ってもいいような様相を呈し、頭がなかなか起こっていることを受け入れてくれないが、死と隣り合わせであることだけは確信できる。ラストは、一件落着でめでたしめでたし、かと思いきや、またまた不安の種が蒔かれてしまった。実写化されたとしても見たくない一冊である。
それでも空は青い*荻原浩
- 2019/02/08(金) 18:28:14
KADOKAWA (2018-11-29)
売り上げランキング: 73,932
人と人の組み合わせの数だけ、物語がある―― 読めば心が軽くなる傑作集!
バーテンダーの僕は、骨折で入院した先の看護師の彼女に恋をした。退院後、何度かバーを訪ねてくれたものの、バツイチ7歳年上の彼女との距離はなかなか縮まらない。なぜなら彼女は“牛男”と暮らしているようで……(「僕と彼女と牛男のレシピ」)。
人間関係に正解なんてない――
人づきあいに悩む背中をそっと押してくれる7つの物語。
「人と人との組み合わせの数だけ、物語がある」。まったくその通りだと思う。この物語たちも、ほんの偶然出会って関わることになった人と人が織りなす人生の一場面である。もし相手が違ったら、物語は全く別のものになっていただろう。どれもほんの少し切なく、胸の奥の炎が揺らされるような印象である。地上では過酷なことが起こっていたとしても、頭上には青空があると思うと、なぜかそうひどいことにはならないような気もしてくるから不思議である。愉しい時はもちろん、悲しい時も苦しい時も、なぜか明るさに包まれているような気分になれる。青空の下で思い切り生きたくなる一冊である。
逢魔が時に会いましょう*荻原浩
- 2018/08/12(日) 08:39:13
集英社 (2018-04-20)
売り上げランキング: 12,778
大学4年生の高橋真矢は、映画研究会在籍の実力を買われ、アルバイトで民俗学者・布目准教授の助手となった。布目の現地調査に同行して遠野へ。“座敷わらし”を撮影するため、子どもが8人いる家庭を訪問。スイカを食べる子どもを数えると、ひとり多い!?座敷わらし、河童、天狗と日本人の心に棲むあやしいものの正体を求めての珍道中。笑いと涙のなかに郷愁を誘うもののけ物語。オリジナル文庫。
「座敷わらしの右手」 「河童沼の水底から」 「天狗の」来た道」 メーキング
妖怪、民俗学のフィールドワーク、変人の若き准教授、やりたいことはあるのだが進路に悩む女子学生。これらの要素が、なぜかタイミングよくかみ合ってしまい、布目、真矢コンビが誕生したのである。読者にとっては喜ばしいことだが、初めのうち、真矢には納得がいかないことが多々あったようでもある。布目准教授はといえば、研究者としては別としても、男性としては、まだいまひとつつかみどころがなく、このコンビのこれからは、そうすんなりとはいきそうにない気はするのである。真矢がどうやら引き寄せ体質ということもあり、フィールドワークに行った先々で、頻繁にこの世ならぬ者たちかもしれない者たちに出会ってしまうのだが、それを確実に実感していないところがまた面白みを増しているところかもしれない。ぜひシリーズ化していただいて、今後の二人を見守りたいと思わされる一冊だった。
極小農園日記*荻原浩
- 2018/05/30(水) 16:30:20
小さな庭での野菜づくりに一喜一憂。 創作や旅の名エッセーを収録したファン待望の初エッセイ集。
家族に白い目で見られながらも庭の片隅で細々と続ける長年の趣味、家庭菜園。
小さな戦場で季節ごとの一喜一憂を綴った爆笑奮闘記。
書き下ろし、直筆イラストも多数収録。
直木賞受賞時も絶賛された軽快な文章とユーモアで、
著者の素顔(時々毒づきオヤジ)が垣間見える、愉快痛快エッセー集。
もくじ
第1章 極小農園日記」PART1(秋冬編)
第2章 極狭旅ノート
第3章 極私的日常スケッチ(厳選25篇)
第4章 極小農園日記PART2(初夏編)......書き下ろし
著者にこんなご趣味があったのを初めて知って、なんだかうれしくなる。菜園での奮闘ぶりや、一喜一憂ぶりが目に浮かぶようである。まさに好きではくてはこだわれないあれこれが満載で、思わずにんまりしてしまう。農園日記以外も、思わず漏れ出てくる心の声がどれもこれも好ましい。小説家の書かれるエッセイは、個人的に苦手なものが多いのだが、本作は好みの一冊である。
海馬の尻尾*荻原浩
- 2018/03/18(日) 19:23:46
二度目の務めを終えた及川頼也は、その酒乱を見るに見かねた若頭に、アルコール依存症を治すよう命じられる。検査の結果、「良心がない」とまで言われた男がどのように変わっていくのか。名著『明日の記憶』の著者が、再び「脳」に挑む。
読み始めて間もなく、荻原作品を読んでいるつもりだったのに、これは誉田作品だったか、と表紙を見直してしまうほど、これまでとはがらっと趣の違う物語である。主人公は反社会的勢力の構成員で、良心をもたず、恐怖の概念が抜け落ちている及川頼也。舞台はとある医療機関。アルコール依存症の治療のために8週間入院するという名目で入ってみれば、そこは隔離病棟なのだった。治験と称する人体実験による人格の変化や、想定外の人間関係による症状の改善など、興味深い要素がたくさんある。患者側はもちろんのこと、医師をはじめとする医療機関側の人間たちの人格にも興味を惹かれる。まさにバイオレンスの日々を生きてきた及川だったが、彼にはここの治療が合ったのか、少しずつ人間的な感情を取り戻し始めると、さまざまなことに気づき、わかってくることがある。その様子も注目に値する。どの登場人物も細部まで丁寧に描かれていて、目の前で動いているような気にさえなってくるのも見事である。ここで起こっていることは、大変なことだが、描かれていない部分にもっと深い根っこがあるのが透かし見られて、空恐ろしくなってくる。ハッピーエンドを想像するのは難しいラストではあるが、及川にはなんとしてでも逃げ切って、梨帆たちと再会してほしいと心から願ってしまう一冊である。
ストロベリーライフ*荻原浩
- 2017/01/16(月) 07:14:45
毎日新聞出版 (2016-09-23)
売り上げランキング: 109,562
直木賞受賞第一作の最新長編小説。
明日への元気がわいてくる人生応援小説!
農業なんてかっこ悪い。と思っていたはずだった。
イチゴ農家を継げと迫る母親。猛反対の妻。
志半ばのデザイナーの仕事はどうする!?
夢を諦めるか。実家を捨てるか。
恵介36歳、いま、人生の岐路に立つ!
デビューより20年、新直木賞作家がたどりついた〈日本の家族〉の明るい未来図。
懐かしい笑顔あふれる傑作感動長編。
フリーになって、仕事の依頼もまばらになり、先行きに不安を感じ始めている36歳のグラフィックデザイナーの恵介が主人公である。妻とは仕事でデザイナーと手タレとして出会った。実家は静岡で農業を営んでいる。ある日、母から父が倒れたという電話があって実家に帰り、家族の様子と農作業の状況を目にして、葛藤はあったものの、しばらく手伝うことになる。専門家に言わせれば、いろいろ難をつけるところはあるのだと思うが、恵介がいちごに愛を感じるようになっていく様子は、思わず応援したくなるし、兄弟間の思惑のすれ違いや、地域のほかの農家の反応や、いちご農家の同級生との関係も、逆境も追い風も含めて愉しんだ。根本的に何かが解決したとは言い難い部分もあるが、少なくとも妻子との関係には光が見えてほっとした。この先の物語が読みたいと思わされる一冊である。
海の見える理髪店*荻原浩
- 2016/05/02(月) 16:57:21
主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の床屋。ある事情からその店に最初で最後の予約を入れた僕と店主との特別な時間が始まる「海の見える理髪店」。
意識を押しつける画家の母から必死に逃れて十六年。理由あって懐かしい町に帰った私と母との思いもよらない再会を描く「いつか来た道」。
仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発。子連れで実家に帰った祥子のもとに、その晩から不思議なメールが届き始める「遠くから来た手紙」。
親の離婚で母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指す「空は今日もスカイ」。
父の形見を修理するために足を運んだ時計屋で、忘れていた父との思い出の断片が次々によみがえる「時のない時計」。
数年前に中学生の娘が急逝。悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた夫婦が娘に代わり、成人式に替え玉出席しようと奮闘する「成人式」。
人生の可笑しさと切なさが沁みる、大人のための“泣ける"短編集。
胸の奥深くにしまい込まれたまま、忘れそうになっていたものたちが、ある日、あるきっかけで光の当たる場所に出てきたような物語である。言わなかったこと、言えずにいたこと、言われなかったから知らなかったこと。そんなあれこれが、懐かしい場所、懐かしい時間から立ち上ってくるようである。著者が企むちょっとした仕掛けがやさしくじんと胸に沁みる一冊である。
ギブ・ミー・ア・チャンス*荻原浩
- 2015/12/26(土) 18:39:10
元相撲取りの探偵、相方に逃げられた芸人…人生の転機を迎えた人々の悲喜こもごもを掬いあげる、笑いと涙の「再チャレンジ」短篇集。
表題作のほか、「探偵には向かない職業」 「冬燕ひとり旅」 「夜明けはスクリーントーンの彼方」 「アテンションプリーズ・ミー」 「タケぴよインサイドストーリー」 「押し入れの国の王女様」 「リリーベル殺人事件」
どの物語も、挫折あり、悲哀ありで、虐げられ、存在を認められない鬱屈ありで、暗い話しではあるのだが、沈み込むばかりでなく、それを斜め上から見下ろして笑い飛ばしてしまう客観的な目線で描くことで、コミカルで前向きな印象にしているのは見事である。それにしてもいつも思うのだが、荻原さんって何者?と今回も随所で思わされた。常々荻原浩オバサン説を唱えているわたしだが(生のご本人にお会いしたことがあるので、もちろんおばさんではないことは承知の上であるが)、今作では、売れない演歌歌手だったり、元相撲取りだったり、なにより、旬は過ぎたとはいえ女子だったりして、その誰もの私生活の描写が細かすぎるのである。実際に体験したことがあるに違いないと思わされることばかりで、感心するのを通り越して、恐ろしくさえある。荻原浩、いったい何者?である。なにがあっても生きていけるとなんだか元気になれる一冊であり、文句なく面白い。
金魚姫*荻原浩
- 2015/11/07(土) 07:39:28
KADOKAWA/角川書店 (2015-07-31)
売り上げランキング: 31,553
勤め先の仏壇仏具販売会社はブラック企業。同棲していた彼女は出て行った。うつうつと暮らす潤は、日曜日、明日からの地獄の日々を思い、憂鬱なまま、近所の夏祭りに立ち寄った。目に留まった金魚の琉金を持ち帰り、入手した『金魚傳』で飼育法を学んでいると、ふいに濡れ髪から水を滴らせた妖しい美女が目の前に現れた。幽霊、それとも金魚の化身!?漆黒の髪、黒目がちの目。えびせんをほしがり、テレビで覚えた日本語を喋るヘンな奴。素性を忘れた女をリュウと名付けると、なぜか死んだ人の姿が見えるようになり、そして潤のもとに次々と大口契約が舞い込み始める―。だがリュウの記憶の底には、遠き時代の、深く鋭い悲しみが横たわっていた。
読み終えて改めて装丁を見ると、物語の空気そのままで切なくなる。ブラック企業の仏具会社でまったく芽が出ず、明日を生きる気力も失いかけていた潤が、ふらりと立ち寄った縁日で掬った琉金との日々奇譚である。時空を超えた愛と憎しみの物語でもあるのだが、人間の女性に姿を変えたリュウの言動や振舞いが可愛らしくも可笑しく、振り回される潤の気持ちの変化も興味深い。だが、リュウが自らの出自の記憶を取り戻すにつれ、胸が痛くなってくる。どうにかならないものか。二人で乗り越えることはできないのか。ラストはあまりにも哀しく切なく、そして愛にあふれている。不思議なおかしみのある一冊だった。
冷蔵庫を抱きしめて*荻原浩
- 2015/02/15(日) 17:10:35
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心に鍵をかけて悪い癖を封じれば、幸せになれるかな? いや、それではダメ――。新婚旅行から戻って、はじめて夫との食の嗜好の違いに気づき、しかしなんとか自分の料理を食べさせようと苦悶する中で、摂食障害の症状が出てきてしまう女性を描いた表題作他、DV男ばかり好きになる女性、マスクなしでは人前に出られなくなった男性など、シニカルにクールに、現代人を心の闇から解放する荻原浩の真骨頂。
表題作のほか、「ヒット・アンド・アウェイ」 「アナザーフェイス」 「顔も見たくないのに」 「マスク」 「カメレオンの地色」 「それは言わない約束でしょう」 「エンドロールは最後まで」
ほんの些細なきっかけで、封じ込めていたものが堰を切ったように。始まりはさまざまだが、心を病み、さまざまな症状を呈する人々の日々の物語である。以前からここにも書いているように、荻原浩オバサン説は、今作でも健在である。ご本人のお姿を拝見したことがあってさえ、オバサン説を唱えたくなるほどである。女性のふとした思考回路や振舞いの描写がお見事である。しかもいつもよりも年齢の幅も広がっているような。傍から見ると、なにがこんなに深刻にさせているのか理解に苦しむが、本人は生き死にに関わるほどの苦悩のただなかにいる様子が絶妙である。深刻さのなかに、可笑しみもある一冊である。
二千七百の夏と冬 下*荻原浩
- 2014/07/14(月) 16:56:36
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紀元前七世紀、東日本―ピナイ(谷の村)に住むウルクは十五歳。野に獣を追い、木の実を集め、天の神に感謝を捧げる日々を送っている。近頃ピナイは、海渡りたちがもたらしたという神の実“コーミー”の噂でもちきりだ。だがそれは「災いを招く」と囁かれてもいた。そんなある日、ウルクは足を踏み入れた禁忌の南の森でカヒィという名の不思議な少女と出会う。
ピナイを追放されたウルクは、南の森の果てをめざし、過酷な旅をしている途中、陽の色のクムゥを倒し、何者かにさらわれて以前であったピナイの人ではない少女カヒィの住むフジミクニに連れてこられる。容貌違い、言葉も通じないフジミクニでは、暮らし方や約束事など何もかもがピナイとは異なっていて、ウルクはなかなか馴染めないが、仕事と棲家を与えられて、なんとかコーミィのことを知ろうと、奮闘する。それをピナイに持ち帰ることをまだあきらめてはいないのだった。2011年の日本では、手をつなぎ合うような二体の古代人骨の発掘が着々と進み、記者発表されることになる。二千七百年前では、ウルクとカヒィは、お腹の子と三人でフジミクニを逃げ出し、フジィを目指すが……。2011年に発掘された二体の古代人骨の事情が読者に明らかにされるとき、切なさと悔しさが胸に迫る。途方もなく壮大で、とても身近な一冊である。
二千七百の夏と冬 上*荻原浩
- 2014/07/13(日) 16:54:16
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2011年、夏――ダム建設工事の掘削作業中に、縄文人男性と弥生人女性の人骨が同時に発見された。二体は手を重ね、顔を向け合った姿であった。
3千年近く前、この二人にいったいどんなドラマがあったのか?新聞記者の佐藤香椰は次第にこの謎にのめりこんでいく。
紀元前7世紀、東日本――ピナイの村に住むウルクは15歳。5年前に父を亡くし、一家を支える働き頭だが、猟ではまだまだ半人前扱い。
いろいろと悔しい目にあうことも多い。近ごろ村は、海渡りたちがもたらしたという神の実コーミーの話でもちきりだが、同時にそれは「災いをもたらす」と噂されていた。
縄文人少年と弥生人少女の骨が発見された2011年の夏と、彼らが生きていたであろう二千七百年前とが交互に描かれている。2011年に、こういう形で骨が発見されることになるには、どんな経緯があったのだろう。興味ははるか昔に遡る。当たり前のことだが、二千七百年前の日本で営まれていた人々の暮らしがあったからこそ、2011年の香椰たちがいるのである。なんとわくわくすることか。上巻では、ウルクが掟を破って南の森へ入ったことでピナイを追放され、南の森に入っていったところまでが描かれているが、下巻ではどんな展開になるのか愉しみな一冊である。
家族写真*荻原浩
- 2013/07/12(金) 13:27:12
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娘の結婚、加齢に肥満、マイホーム購入、父親の脳梗塞……家族に訪れる悲喜こもごもを、ときに痛快に、ときに切なく描き、笑ったあとにじんわり心に沁みてくる、これぞ荻原浩!の珠玉の家族小説。勝手でわがまま、見栄っ張り、失礼なことを平気で言って、うっとうしいけどいないと困る、愛すべき家族の物語。
表題作のほか、「結婚しようよ」 「磯野波平を探して」 「肉村さん一家176kg」 「住宅見学会」 「プラスチック・ファミリー」 「しりとりの、り」
どの物語の主人公家族も平凡などこにでもいそうな一家である。取り立てて悪いことをするわけでもなく、日々を普通に平凡に暮らしている。だがそんな平凡な家族にも波風は立つのである。外から見れば小さな小さな波風だとしても、本人たちには一大事だったりもするのである。そんな、愉しく仲睦まじいだけではない数組の家族を、時にピリッとスパイスを利かせ、時に苦いものを噛みつぶしてしまったような厭な気分にさせたりもしながら、結局はこの家族あっての自分なのだと思わせてくれるようなしみじみと面白い一冊である。
花のさくら通り*荻原浩
- 2012/08/12(日) 17:02:43
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シャッター通りまであと一歩。さびれた商店街の再生プロジェクトを請け負ったのは、和菓子屋の2階に移転してきたばかりの超零細&倒産寸前の広告制作会社だった…。『オロロ畑でつかまえて』『なかよし小鳩組』に続くユニバーサル広告社シリーズ、待望の第3弾。
ユニバーサル広告社シリーズの最新作である。なんと、地味な駅の、一応商店街と呼べる通りを抜け、シャッターが閉まった店も多い寂れた通りに入り、社員一同(杉山・村崎・猪熊)が全身を不安に包まれきったところで到着したのは、昔ながらの和菓子屋の前。果たしてその二階が、ユニバーサル広告社の新オフィスなのだった。しかも成り行きで、杉山はその三階に住みこむことになってしまうのだった。
シャッター商店街まであと半歩、という現状を打開する意思があるのかないのか、商店会の長老たちの事なかれ主義や排他主義と、二代目三代目の商店主たちとの噛み合わなさは、あまりにもお約束通りなのだが、ここだけではなくどこにでもあることのようで、何とももどかしく歯がゆい思いで堪らない。採算度外視で商店街の再生を請け負った杉山たちの苦労も容易に想像ができる。杉山の離婚した妻と一緒に暮らすひとり娘との関係や、寺の息子と教会の娘の恋物語など、盛りだくさんで、どう収拾をつけるのかと思ったが、どの要素もそれなりの場所にピタリとはまって、大団円を迎えるのはお見事である。老若の確執がすっかり解消したわけではないので、これからもいろいろごたごたがあるかもしれないが、修行中の寺の跡取り・光照が帰ってきたらまた愉しいことになりそうな気がする。ユニバーサル広告社はきっとしばらくここに腰を落ち着けるのだろうな、と次を期待したくなる一冊である。
幸せになる百通りの方法*荻原浩
- 2012/04/01(日) 08:41:18
![]() | 幸せになる百通りの方法 (2012/02) 荻原 浩 商品詳細を見る |
このムズカシイ時代を、滑稽だけど懸命に生きる人たち―。短篇の名手が贈るユーモア&ビターテイスト溢れる七つの物語。
表題作のほか、「原発がともす灯の下で」 「俺だよ、俺。」 「今日もみんなつながっている。」 「出逢いのジャングル」 「ベンチマン」 「歴史がいっぱい」
どれもそれぞれ、くすりと笑わされた後にしんみりしてしまうような物語たちである。さまざまな環境、立場の人々が登場するが、読者は多かれ少なかれ我が身に引き比べて読んでしまうのではないだろうか。そんななか、最初の物語のおばあちゃんの逆襲(?)を思わず応援したくなったり、オレオレ詐欺を自然体でやっつける大阪のオバチャンの潜在能力に笑いながらも感嘆したり、生きている人間の底力のようなものを感じさせてくれる一冊でもあった。荻原さん、上手いなぁ。
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