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掟上今日子の退職願*西尾維新

  • 2020/09/13(日) 16:52:19


退職願を胸ポケットに忍ばせ、波止場警部は揺れていた。彼女の最後の事件は、池に浮かび上がった水死体。しかしその不可解さゆえ、名高い忘却探偵・掟上今日子と協力捜査することになり…。辞めたがりの刑事と仕事中毒の名探偵。奇妙なタッグが謎に挑む!


 第一話 掟上今日子のバラバラ死体
 第二話 掟上今日子の飛び降り死体
 第三話 掟上今日子の絞殺死体
 第四話 掟上今日子の水死体

今回の相棒は、すべて同年代の女性である。忘却探偵に対する思いもそれぞれだが、探偵の方は、当然のことながら誰に対しても初対面の対応であり、網羅的と言える捜査法も、不躾とも言えるふてぶてしさも、行動のためらいのない大胆さもいつも通りの安定感である。これも当然のことながら、探偵自身は身に覚えがないことばかりであるが。そして、相棒刑事の何気ない一言が、ひらめきのきっかけとなり、あっという間に事件の真相に辿り着いてしまうのだが、そこまで来てしまえば、あとはあっさりとしたものなのである。そして、次に会うことがあったとしても、また初めましてなのである。本作では、忘却探偵が探偵でいる理由も今日子の口から語られ、なんとも言えない気持ちにさせられる。すっかり脳内では新垣結衣さんで読んだ一冊だった。

そこにいるのに*似鳥鶏

  • 2019/03/18(月) 16:29:06

そこにいるのに
そこにいるのに
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似鳥 鶏
河出書房新社
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曲がってはいけないY字路、見てはいけないURL、剥がしてはいけないシール……読み進めるほど後悔する、13の恐怖と怪異の物語。


ホラーテイストの短編集である。どれもじわりじわりと恐怖が這い上がってくる感じ。いるのに認識されない、いるのにいないものとされる、いるのに自分だけにしか見えない、いるのに他人に認識されない、などなど、存在するのかしないのかという怖さのあれこれが描かれていて面白い。決定的なところまで描き切らない寸止め感も、恐怖を増す効果になっていると思う。ホラー苦手な私でも愉しめるレベルのホラー度の一冊だった。

叙述トリック短編集*似鳥敬

  • 2019/01/25(金) 19:13:18

叙述トリック短編集
叙述トリック短編集
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似鳥 鶏
講談社
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*注意! この短編集はすべての短編に叙述トリックが含まれています。騙されないよう、気をつけてお読みください。

本格ミステリ界の旗手が仕掛ける前代未聞の読者への挑戦状!

よく「叙述トリックはアンフェアだ」と言われてしまいます。これが叙述トリックというものの泣きどころです。
では、アンフェアにならずに叙述トリックを書く方法はないのでしょうか?
答えはノーです。最初に「この短編集はすべての話に叙述トリックが入っています」と断る。そうすれば皆、注意して読みますし、後出しではなくなります。
問題は「それで本当に読者を騙せるのか?」という点です。最初に「叙述トリックが入っています」と断ってしまったら、それ自体がすでに大胆なネタバレであり、読者は簡単に真相を見抜いてしまうのではないでしょうか?
そこに挑戦したのが本書です。果たして、この挑戦は無謀なのでしょうか? そうでもないのでしょうか?その答えは、皆様が本書の事件を解き明かせるかどうか、で決まります。(「読者への挑戦状」より一部抜粋)


叙述トリックだと明言した上での読者への挑戦である。そう思って読むからトリックに気づくものもあれば、知らずに読んでも気づけるものもある。叙述トリックにこだわるあまり、無理やり感が拭えない場面もあるが、まあそれはそれでありだろう。仕掛けは面白いが、物語的にはもう一歩、といった一冊である。

なくし物をお探しの方は二番線へ*二宮敦人

  • 2016/09/17(土) 07:34:39

なくし物をお探しの方は二番線へ 鉄道員・夏目壮太の奮闘 (幻冬舎文庫)
二宮 敦人
幻冬舎 (2016-08-05)
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蛍川鉄道の藤乃沢駅で働く若手駅員・夏目壮太は〝駅の名探偵〟。ある晩、終電を見送った壮太のもとに、ホームレスのヒゲヨシが駆け込んできた。深夜密かに駅で交流していた電車運転士の自殺を止めてくれというのだが、その運転士を知る駅員は一人もいない――。小さな駅を舞台に、知らぬ者同士が出会い、心がつながる。あったか鉄道員ミステリ。


夏目壮太のシリーズ二作目。駅員さんの日常がうかがえ、その仕事の大変さがよく判る。そんな、秒単位で動く忙しさの中でも駅にはさまざまな困りごとが持ち込まれる。柔軟な目のつけどころで謎を解きほぐすのが、藤乃沢駅の駅員・夏目壮太である。乗降客や近隣の人たち、フランスからのお客様まで巻き込んで、今回も日々走り回り考え続ける壮太なのである。シリアスな事件も描かれているのだが、いつもほのぼのとさせられるのは、壮太を始めとする登場人物たちの人柄だろう。次はどんな謎が持ち込まれるのか愉しみなシリーズである。

一番線に謎が到着します*二宮敦人

  • 2016/08/30(火) 18:30:11


郊外を走る蛍川鉄道の藤乃沢駅。若き鉄道員・夏目壮太の日常は、重大な忘れ物や幽霊の噂などで目まぐるしい。半人前だが冷静沈着な壮太は、個性的な同僚たちと次々にトラブルを解決。そんなある日、大雪で車両が孤立。老人や病人も乗せた車内は冷蔵庫のように冷えていく。駅員たちは、雪の中に飛び出すが――。必ず涙する、感動の鉄道員ミステリ。


蛍川鉄道・藤乃沢駅の駅員、夏目壮太の毎日きちんと電車を走らせお客さまを送り届けるという地味な日々に時々ある事件というかトラブルに、駅員一丸となって向かう物語である。そして合間に、「幕間」として、なぜか、就職活動に悩む俊平という大学生の物語が挟み込まれている。壮太たち駅員は、日常業務の合間に、原稿をなくした編集者からの申し出で、必死になって原稿を探したり、駅に出るという幽霊の謎を解き明かしたり、大雪で立ち往生した列車の乗客を救出したりと大忙しである。何かが起きると、壮太は聞き込みをして情報を集め、それをつなぎ合わせて解決へと導くのだが、淡々としながらも熱い心を持っているのが見て取れて魅力的である。そして最後に、幕間の意味もわかり、さらに胸を熱くさせられる。何事も、こつこつとひとつずつ積み上げていくことが大切だと改めて思わされる一冊である。

掟上今日子の婚姻届*西尾維新

  • 2016/07/19(火) 17:06:25

掟上今日子の婚姻届
掟上今日子の婚姻届
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西尾 維新 VOFAN
講談社
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忘却探偵・掟上今日子、「はじめて」の講演会。檀上の今日子さんに投げかけられた危うい恋の質問をきっかけに、冤罪体質の青年・隠館厄介は思わぬプロポーズを受けることとなり……。
美しき忘却探偵は、呪われた結婚を阻止できるのか!?


今日子さんの講演会をきっかけに、厄介くんが巻き込まれた厄介事の顛末である。事件解決に向けた今日子さんと厄介さんの物語に、厄介くんのひとり語りが挟み込まれ、毎度のように飽きもせずに巻き込まれる冤罪事件に関する彼なりの考察も興味深い。さらに今回は、進展があるようでないようでもどかしい二人の距離が、事件解決のための事情があるにしろ、一気に縮まったような展開にも、思わずにんまりしてしまう。厄介くんはそれさえも冷静に分析してしまうので、それが進展しない一因のような気がしなくもないが……。珍しく二日がかりで解かれた事件の謎も、心の闇のなせるわざという感じで、深い業を感じさせられる。次回はどこがどう進展するのか愉しみなシリーズである。

迫りくる自分*似鳥鶏

  • 2016/05/18(水) 18:41:07

迫りくる自分
迫りくる自分
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似鳥 鶏
光文社
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顔も声も自分と瓜二つ。人間性は最低。この出会いは、何をもたらすのか。船橋から東京に戻る総武線快速。本田理司は、併走していた各駅停車の車窓に、自分と同じ顔をした男を見つける。血縁ではなく、服装も髪型も違うのに、まるで鏡を見ているようだった。やがて、二人は偶然再会し、その夜を契機として、世にも不条理な逃走劇が幕を開ける―。


自分と瓜二つの人物に出会った途端、平凡な日常のあちこちにひずみが出始める。そしてとうとう婦女暴行容疑で警察に追われることになる。本田理司は、あの自分とそっくりな男にはめられたと察したが、警察がそれを信じるとは思えずに、逃げ続ける。その過酷さは、身に覚えのない罪で負われる理不尽さゆえに、いや増し、読みながらうんざりもするのであるが、幸運に恵まれ、不運にも苛まれて、なんとかラストにもつれ込むのである。両親が亡くなったときに世話になった叔父夫妻への感謝や、兄や会社の後輩・朴さんへの信頼があったからこそ生き延びられたとも言える気がする。自分から逃げ、自分を追いつめるようで、厭な気分ではあるが、愉しめる一冊だった。

永い言い訳*西川美和

  • 2015/05/02(土) 18:39:34


長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。悲しさを“演じる”ことしかできなかった津村は、同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが…。突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。


バスの事故で妻・夏子を失った作家・津村啓(本名:衣笠幸夫)と、夏子と一緒だった友人・ゆきの夫と二人の子ども。突然家族を喪った者の反応は一律ではない。悲しみや喪失感の質もまたそれぞれであり、その表し方も然りである。これまでの妻との関係を振り返り、妻の愛を素直に受け取れずひねくれた感情にとらわれる幸夫と、妻を喪った喪失感をまっすぐに表し続けるゆきの夫・陽一。そして、幼いながらに母亡き後の日々をけなげに生きる兄妹。彼らの通常ならば不自然とも言える関わり方の中で、彼らはお互いに助け合い依存し合い、ときには反発し合いながら、ほんの少しずつ自分を取り戻していく。正解などどこにもなく、胸を締めつけられながらも励まされる心地になる一冊である。

探偵が腕貫を外すとき*西澤保彦

  • 2014/05/14(水) 18:50:18

探偵が腕貫を外すとき探偵が腕貫を外すとき
(2014/03/13)
西澤 保彦

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安楽椅子探偵の新ヒーローは、正体不明な公務員!

腕貫着用、神出鬼没な謎の公務員探偵が、市民の悩みや事件を鮮やかに解明!
そしてついに女子大生ユリエと……!?
お馴染み刑事コンビも登場、今日も櫃洗市は大騒ぎ!
絶好調「腕貫探偵」シリーズ待望の新作短編集!

【あらすじ】
■贖いの顔
三年連続、四月四日の午後四時に鳩の死骸と人の死に直面した配送員。
これは偶然なのか、必然なのか。そして今年もまた、四月四日がやってくる……。

■秘密
四十年前に不倫相手の女性を殺してしまった。
なぜ、彼女の夫はその罪を被ってくれたのか? 夫の葬儀の日、長年の謎が明かされる。

■どこまでも停められて
妻子と別れ、一人マンションに暮らす男。彼が契約した住人専用駐車場に、
決まって月曜の朝に不特定多数のドライバーに無断駐車されてしまう。その理由は?

■いきちがい
女子大生・ユリエが企画した幼稚園の同窓会の最中に、参加者が殺害された。
不可解な遺留品の謎、犯人は? そして動機は?


腕貫探偵には短編の方が向いているように思う。今回も、絶妙な観察力と推理力で相談者をスッキリさせてくれる腕貫さんであった。そして、ユリエとの今後が期待できるような終わり方なのも、ちょっぴりうれしい。櫃洗市から目が離せないシリーズである。

モラトリアム・シアター produced by 腕貫探偵*西澤保彦

  • 2014/05/04(日) 08:08:49

モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵 (実業之日本社文庫)モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵 (実業之日本社文庫)
(2012/10/05)
西澤 保彦

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学校関係者が連続死。新任講師・住吉ミツヲは混沌とする記憶を抱えたまま事件に巻き込まれていく。彼は同僚の妻を殺してしまったらしいのだが…。封じられた記憶の鍵を握るのは魔性の女性事務員なのか?交錯する時間軸と人間関係に惑うミツヲを救うため、愛くるしい女子高生、ド派手な女大富豪、腕貫着用の公務員―三人の個性派探偵が集結。幻惑の舞台が開演する。


初めからなにかいわくありげな主人公・住吉ミツヲではある。謎の核心に迫ろうとすると、なにやら記憶があいまいになり、自分自身の行動の確かささえ覚束なくなるのである。そこにすべての真実が隠されているのではないかと気になりつつも、物語は進んでいくのであるが……。あまりにも大がかりなドッキリ企画のような展開に戸惑いもあるが、現実離れしすぎていて却ってお見事と言えないこともない。腕貫探偵の登場が少なかったのはいささか残念である。彼には、辻に立つ易者のように、もっと地道に謎解きをしてもらいたいものである、と改めて思った一冊である。

腕貫探偵、残業中*西澤保彦

  • 2014/04/08(火) 18:40:29

腕貫探偵、残業中腕貫探偵、残業中
(2008/04/18)
西澤 保彦

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明晰な推理力をもつ安楽椅子探偵は公務員!

悩める市民の相談ごとが次々に持ち込まれる「市民サーヴィス課臨時出張所」の窓口。そこで対応する職員にして、黒い腕貫を嵌めたその男は、じつに聞き上手。相談者のこみいった個人的事情を聞きだすうちに、奇怪な事件の糸口が…。立て籠もり? 偽装殺人? 詐欺? 轢き逃げ? などなどさまざまな事件も、人間関係をほぐされていくと意外にも…。日常の暗部に恐ろしい罠が待ち受けているのが人生にはちがいないが!? あっけらかんとプライベートな秘密に迫る、嫌味なまでに冷静沈着な腕貫男は神出鬼没なくせに、杓子定規な市民サーヴィス課苦情相談係。そんな腕貫男を慕うエキセントリックな彼女は食いしん坊。オフタイムの腕貫のもとへ難題を持ち込むのだが…。軽妙な筆致でユーモラスに描く、西澤ワールド炸裂の連作ミステリ六編。


「体験のあと」 「雪のなかの、ひとりとふたり」 「夢の通い路」 「青い空が落ちる」 「流血ロミオ」 「人生、いろいろ。」

腕貫探偵、今回は腕貫をはめていない。なぜなら、就業時間後、プライベートタイムだからである。だが、普通のスーツを着ていようが、腕貫をしていなかろうが、彼は厄介事を相談され、ものの見事に解決へと導いてしまうのである。大学生のガールフレンド(?)とのデートの最中であってさえ。相談されやすい体質でグルメ、だが、およそ感情の起伏というものが感じられないこの男は一体何者なのか。ますます興味をそそられるシリーズである。

腕貫探偵*西澤保彦

  • 2014/04/04(金) 17:17:52

腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿
(2005/07/16)
西澤 保彦

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本格ファンなら見逃せない名探偵が登場!市民サーヴィス課職員の腕貫男が出張所の窓口で、事件の謎を次々と解明する痛快ミステリー。


「腕貫探偵登場」 「恋よりほかに死するものなし」 「化かし合い、愛し合い」 「喪失の扉」 「すべてひとりで死ぬ女」 「スクランブル・カンパニィ」 「明日を覗く窓」

白いシャツに黒っぽいネクタイ、黒い腕貫をはめた市民サーヴィス課職員の男が探偵役となる連作である。市民サーヴィス課の臨時出張所は、大学や病院、繁華街など様々な場所に出没し、しかも心身ともに健やかな者の視界には絶対に入ってこないが、胸に何か心配事やわだかまりがある者の目の前に、なぜかふっと現れるのである。相談事をなんでも受け付けるのがこの腕貫男の仕事であり、相談者の話を聞いて、問題解決のヒントを与えるのである。いわゆる安楽椅子探偵である。しかし、主役とも言うべきこの男の影が薄いので、かえって気になってしまうのである。いずれ彼のことが判る日が来るのだろうか。続編もぜひ読んでみたいシリーズである。

Cの福音*楡周平

  • 2013/07/29(月) 16:41:26

Cの福音 (宝島社文庫)Cの福音 (宝島社文庫)
(1998/07)
楡 周平

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航空機事故で両親を失い、異郷アメリカで天涯孤独となった朝倉恭介は、おのれの全知力と肉体を賭けて「悪」の世界に生きることを決心する。NYマフィアのボスの後ろ盾を得て恭介が作り上げたのは、日本の関税法の盲点をつき、コンピュータ・ネットワークを駆使したコカイン密輸の完璧なシステムだった。驚くべき完全犯罪…しかし…。国際派ハードボイルド作家楡周平の記念碑的デビュー作品。


何不自由ない家庭に生まれ、優秀な頭脳を持ち、まっすぐに生きていくはずだった朝倉恭介だが、航空機事故で両親を一度に失い、その人生は悪の道へと一直線に進むことになるのだった。優秀な頭脳を駆使して法の盲点をかいくぐり、コカインの密輸に手を染める恭介は、悪以外の何物でもないのだが、なぜか憎む気持ちにはなれず、彼の側に立って成り行きを見守ってしまうのである。悪以外の何かが彼の中に眠っていると期待するからだろうか。ハードな一冊である。

世界の果ての庭*西崎憲

  • 2013/03/30(土) 16:56:36

世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ
(2002/12)
西崎 憲

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イギリスの庭園と江戸の辻斬りと脱走兵と若くなる病気にかかった母と大人の恋と謎の言葉…。前代未聞の仕掛けに、選考委員の椎名誠氏は「ハメラレタ」と、小谷真理氏は「アヴァンポップでお洒落な現代小説の誕生」と絶讃。幻想怪奇小説の翻訳・紹介で知られる著者の満を持しての創作デビュー!第14回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。


イギリスの庭園が好きな作家・リコのひとり語りかと思っていると、そのかけらたちが、それぞれ全く別の物語になって、奔放に進んでいってしまうので、初めはいささか面食らう。すべてがリコの創造――あるいは想像――なのか、はたまた時空を超えた現実なのかも判然とせず、それぞれがそれぞれなりに独立した流れを作り、どこだかわからないところを流れていく。差し当たってはリコの物語を中心に据えてみるが、そんな読み方が正解なのかどうかもよく判らない。ここにいたと思ったら瞬時にあそこにいるような、よりどころのない心もとなさと、不思議な身軽さを感じさせる一冊である。

ゆみに町ガイドブック*西崎憲

  • 2011/12/21(水) 17:14:02

ゆみに町ガイドブックゆみに町ガイドブック
(2011/11/26)
西崎 憲

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ここは、あの人が去った町。片耳のプーさんが走っているかもしれない町。そして雲マニアの失態で、危険な特異点が生まれつつある町……日本ファンタジーノベル大賞受賞作家が贈る書下し長編。


ガイドブックというタイトルがついてはいるが、観光案内のようなものを期待して読むと驚くだろう。ゆみに町について地勢や景色、町の様子などが記されていることに間違いはないが、それは二次元に留まらないだけでなく、時間的にも空間的にもその場だけに留まるものでもないのだから。時間や空間のひずみや裂け目から、ふとした拍子にあちら側へいってしまったり、メビウスの輪の上を歩くように、知らず知らずに裏側を歩いていたりするのである。行ってこの眼で確かめてみたいような、尻込みするような、不思議な魅力を湛える町である。もしかするとゆみに町のことをすでに知っているかもしれないと思わされるような一冊である。