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よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記*西條奈加

  • 2022/07/26(火) 17:56:39


頼れるお蔦さんの元には、みんなの相談事が集まってくる・・・・・・
もと芸者のおばあちゃんと孫の望が、秋の神楽坂で起こる事件を見事に解決!
直木賞作家・西條奈加が贈る大人気シリーズ最新短編集!

多発する万引きに町内会全体で警戒していた矢先、犯人らしき人物をつかまえようとした菓子舗の主人が逃げる犯人に突き飛ばされて怪我をしてしまった! 正義感に駆られる望と洋平は、犯人の似顔絵を描こうと思い立つが……商店街を巻き込んだ出来事を描いた「よろずを引くもの」を始め、秋の神楽坂を騒がす事件の数々を収録。粋と人情、そして美味しい手料理が味わえる大好評シリーズ、待望の最新作!


お蔦さんの元には、きょうも厄介事が向こうからやってくる。それに伴って、お蔦さんの手足となって働くのは、孫の望であるのも相変わらずである。万引き犯や亡くなった片腕、お蔦さんも緊張を隠せない置屋の「おかあさん」の来訪、いなくなった野良猫、金のうさぎ、などなど、他ではあまり見られないような厄介事が満載である。神楽坂のご近所の人間関係も絡めつつ、関わった人々の心も解きほぐしてしまうお蔦さんなのであった。次も愉しみなシリーズである。

六つの村を越えて髭をなびかせる者*西條奈加

  • 2022/03/05(土) 07:05:11


直木賞作家の新たな到達点! 江戸時代に九度蝦夷地に渡った実在の冒険家・最上徳内を描いた、壮大な歴史小説。
本当のアイヌの姿を、世に知らしめたい―― 時は江戸中期、老中・田沼意次が実権を握り、改革を進めていた頃。幕府ではロシアの南下に対する備えや交易の促進などを目的に、蝦夷地開発が計画されていた。 出羽国の貧しい農家に生まれながら、算学の才能に恵まれた最上徳内は、師の本多利明の計らいで蝦夷地見分隊に随行する。そこで徳内が目にしたのは厳しくも美しい北の大地と、和人とは異なる文化の中で逞しく生きるアイヌの姿だった。イタクニップ、少年フルウらとの出会いを通して、いつしか徳内の胸にはアイヌへの尊敬と友愛が生まれていく……。 松前藩との確執、幕府の思惑、自然の脅威、様々な困難にぶつかりながら、それでも北の大地へと向かった男を描いた著者渾身の長編小説!


史実に基づいた歴史物、しかも、題材が江戸中期の蝦夷のアイヌ、ということで、読み始めてすぐは、とっつきにくいのでは、と思ったが、そんなことは全くなかった。幼いころの元治(のちの最上徳内)の健気さと、知識欲の強さはみているだけで頼もしく、応援したくなる。そんな息子を大きな目で見守る父の存在も、とても好ましく、後の徳内の人物形成に大きな影響を与えているのだろうと思える。どこにいても、徳内は人に恵まれ、彼らとの縁をないがしろにしないから、さらに良い縁につながっていくのだろう。、絶えず湧き出す知識欲と、誰もが幸せに生きてほしいと願う真心に突き動かされた一生だったのだろう。読み応えがあり、胸の奥があたたかいもので満たされる一冊だった。

婿どの相逢席*西條奈加

  • 2021/10/13(水) 07:00:47


小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、相思相愛のお千瀬の生家、大店の仕出屋『逢見屋』にめでたく婿入り。誰もが羨む逆玉婚のつもりが……

「鈴之助、今日からはおまえも、立場上は逢見屋の若主人です。ですが、それはあくまで建前のみ。何事も、最初が肝心ですからね。婿どのにも、しかと伝えておきます」
鈴之助の物問いたげな表情に応えてくれたのは、上座にいる義母のお寿佐であった。
「この逢見屋は代々、女が家を継ぎ、女将として店を差配してきました。つまり、ここにいる大女将と、女将の私、そして若女将のお千瀬が、いわばこの家の主人です」(本文より)

与えられた境遇を受け入れ、商いの切り盛りに思い悩むお千瀬を陰で支える鈴之助。
“婿どの"の秘めた矜持と揺るぎない家族愛は、やがて『逢見屋』に奇跡を呼び起こす……。


江戸の世に、代々娘が女将を受け継ぐ大店は異例と言えるのではないだろうか。それゆえに起こる理不尽や懊悩もまたあり、ひとりの人間の一生を変えてしまうことにもなりかねない。とは言え、そこを守り通そうとする矜持もまた大切なのである。板挟みになることも多々あり、悩ましい。そんな大店の仕出し屋「逢見屋」に婿入りした鈴之助の日々の物語である。自ら認める頼りない男でありながら、最愛の妻・千勢や家族のことを思い、僅かずつではあるが自らができることを積み重ねるうちに、新しい風となり、逢見屋にも変化が現れているように思われる。夫婦仲好く労わりあっていれば、この先も何とかなると心強くさせてくれる一冊でもある。

曲亭の家*西條奈加

  • 2021/08/22(日) 09:23:32


直木賞受賞後第一作
渾身の書き下ろし長篇。
小さな幸せが暮らしの糧になる。

当代一の人気作家・曲亭(滝沢)馬琴の息子に嫁いだお路。
作家の深い業にふり回されながらも己の道を切り開いていく。

横暴な舅(しゅうと)、病持ち・癇癪(かんしゃく)持ちの夫と姑(しゅうとめ)……
修羅の家で見つけたお路の幸せとは?
「似たような日々の中に、小さな楽しみを見つける、それが大事です。
今日は煮物がよくできたとか、今年は柿の木がたんと実をつけたとか……。
そうそう、お幸(さち)が今日、初めて笑ったのですよ」(本文より)


傍から見れば、人も羨む良縁のように思われるが、その実、家内は、舅の横暴、姑の癇癪、夫の癇癪と病と、地獄のような日々で、一度は実家に逃げ帰ったお路だったが、長年過ごすうちに、舅姑の本質や、夫の苦悩にも思い至り、何気ない些細なしあわせに心を潤わせることに、自らの喜びを見つけるようになっていく。その心もちが、次第に、戯作者・馬琴の一番の信頼を得るようにもなり、馬琴の晩年は、その功績に大いに貢献することとなる。波乱万丈の人生だが、子どもたちや周りの人間関係には恵まれ、それが支えになっていたのは間違いないだろう。曲亭の家の内幕をのぞき見するような興味深い一冊だった。

千両かざり 女細工師お凛*西條奈加

  • 2020/12/24(木) 07:44:53


錺職の老舗「椋屋」の娘・お凜は、女だてらに密かに銀線細工の修行をしている。跡目争いでざわめくなか現れた謎の男・時蔵は、江戸では見られない技で簪をつくり、一門に波紋を呼ぶ。天保の改革で贅沢品が禁じられ商いが難渋する店に、驚天動地の大注文が入る。江戸の町に活気を与えたいと、時蔵とお凛はこころをひとつにするが―。職人世界の粋と人情を描く本格時代小説。


奢侈禁止のご時世と、そこに生きる錺職人たちの気概、店の跡取り問題、などなどさまざまな要素が織り込まれ、細工への情熱や恋心と言ったスパイスも加えて、一筋縄ではいかないなかせる物語である。病で早世した椋屋の四代目・宇一の深慮遠謀がなんとも見事としか言いようがない。時蔵のことは残念でたまらないが、その分お凛が輝く明日が待っているのだろう。江戸の世に迷い込んだような心地にさせてくれる一冊だった。

心淋し川(うらさびしがわ)*西條奈加

  • 2020/11/10(火) 07:31:58


不美人な妾ばかりを囲う六兵衛。その一人、先行きに不安を覚えていたりきは、六兵衛が持ち込んだ張形に、悪戯心から小刀で仏像を彫りだして…(「閨仏」)。飯屋を営む与吾蔵は、根津権現で小さな女の子の唄を耳にする。それは、かつて手酷く捨てた女が口にしていた珍しい唄だった。もしや己の子ではと声をかけるが―(「はじめましょ」)他、全六編。生きる喜びと哀しみが織りなす、渾身の時代小説。


表題作のほか、「閨仏」 「はじめましょ」 「冬虫夏草」 「明けぬ里」 「灰の男」

心川(うらかわ)沿いに詰め込まれるようにできた集落・心町(うらまち)の長屋の住人たちの物語である。長年にわたってたまりにたまった滓のような屈託が、少しずつ吐き出され、それが互いに作用して、さらにまた生み出されるものもある。誰もが何かしら重たいものを抱え、なだめながら日々を暮らしているが、ある日、ふと投げ込まれた小石がさざ波を立てる。理不尽を呑み込み、それでも抗いながら暮らす人々がいとおしい一冊である。

わかれ縁*西條奈加

  • 2020/06/08(月) 16:29:40


結婚して五年、定職にもつかず浮気と借金を繰り返す夫に絶望した絵乃は、身ひとつで家を飛び出し、離縁の調停を得意とする公事宿「狸穴屋」に流れ着く。夫との離縁を望むも依頼できるだけの金を持たない彼女は、女将の機転で狸穴屋の手代として働くことに。果たして絵乃は一筋縄ではいかない依頼を解決しながら、念願の離縁を果たすことができるのか!?


理不尽な江戸のしきたりの中で、健気に生きていく女性と、その縁の物語である。幼いころに母に出ていかれ、父娘二人で生きてきた絵乃だが、その父も病で逝き、好きで嫁いだ夫はろくでなし過ぎて、なんの望みも持てなくなっている折、狸穴屋の手代・椋郎とひょんな縁で繋がったのが物語のはじまりである。離縁の調停を得意とする公事宿である狸穴屋で、人々のさまざまな揉め事を見聞きしながら、絵乃が少しずつ自分の考えをしっかり持つようになり、明日を生きる光をみつけていくのが心強く、応援したくなる。この先も好い縁に恵まれることを祈らずにはいられない一冊である。

せき越えぬ*西條奈加

  • 2020/01/12(日) 07:15:59


思わぬなりゆきから箱根の関守となった若き小田原藩士・武一。彼の前には、切実な事情を抱える旅人が日々やってくる。西国へ帰る訳ありげな兄妹、江戸から夜逃げした臨月の女…やがて命を懸けて一人の男にこの国の未来を託さんとする者たちを知ったことで、武一の身にも人生最大の岐路が訪れる―!


前半は、箱根の関所越えの苦労話や、関所を守る人々の内情などで、なかなか興味深く読め、このまま進むのかと思いきや、後半は、国の行く末を憂う思想がらみの熱いストーリーが加わり、一気に熱気を帯びてくる。身分違いの友情や、お家事情も絡み、ぐいぐい惹きこまれる一冊である。

亥子コロコロ*西條奈加

  • 2019/09/20(金) 19:05:52

亥子ころころ
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講談社 (2019-06-25)
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味見してみちゃ、くれねえかい? 読んで美味しい“人情”という銘菓。“思い”のこもった諸国の菓子が、強張った心を解きほぐす――。親子三代で営む菓子舗を舞台に、人の温もりを紡いだ傑作時代小説!武家出身の職人・治兵衛を主に、出戻り娘のお永、孫娘のお君と三人で営む「南星屋」。全国各地の銘菓を作り、味は絶品、値は手ごろと大繁盛だったが、治兵衛が手を痛め、粉を捏ねるのもままならぬ事態に。不安と苛立ちが募る中、店の前に雲平という男が行き倒れていた。聞けば京より来たらしいが、何か問題を抱えているようで――。吉川英治文学新人賞受賞作『まるまるの毬』待望の続編!


表題作のほか、「夏ひすい」 「吹き寄せる雲」 「つやぶくさ」 「みめより」 「関の戸」 「竹の春」 

今作でも、治兵衛が諸国を旅して見覚えたご当地菓子がおいしそうである。しかも今作では、店前で行き倒れていたところを助けた、雲平という菓子職人と案を出し合いながら拵えた趣向を凝らした菓子が、目新しくもあり前作に増しておいしそうで、列を作る客の評判も上々である。雲平が行き倒れていた事情を解決するという大きな目的が、物語全体を通してまずあり、それに絡んだあれこれや、人と人との情の通い合い、親子の心情、などなど、いろいろな興味をかきたてられる。登場人物は善人ばかりだが、だからと言って問題が起こらないということはないのだなぁと思い知らされる。ラストは思わず頬が緩む展開で、あたたかい気持ちになれる一冊でもある。

隠居すごろく*西條奈加

  • 2019/04/21(日) 20:55:31

隠居すごろく
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西條 奈加
KADOKAWA (2019-03-29)
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巣鴨で六代続く糸問屋の嶋屋。店主の徳兵衛は、三十三年の働きに終止符を打ち、還暦を機に隠居生活に入った。人生を双六にたとえれば、隠居は「上がり」のようなもの。だがそのはずが、孫の千代太が隠居家を訪れたことで、予想外に忙しい日々が始まった!千代太が連れてくる数々の「厄介事」に、徳兵衛はてんてこまいの日々を送るが、思いのほか充実している自分を発見する…。果たして「第二の双六」の上がりとは?


身代を息子に譲って隠居した徳兵衛は、商売一筋にやってきたので、隠居して間もないというのに、その隠居家で無聊をかこつ有様であった。そんな折やってきた孫の千代太が、やさしい気性ゆえに、さまざまな厄介事を運び込んでくるようになり、最初こそは疎んじていたが、次第に抜き差しならぬ状況になり、さらには、千代太が連れてきた子どもたちに触発されるように、新しいことを考えついては愉しむようになっていくのだった。徳兵衛の変化や、千代太や子どもたちの成長、妻のお登勢との関係など、興味深い要素は満載である。なにより、人生というものの神髄が語られているようで、得心がゆくことも多々ある。文句なく面白い一冊である。 

永田町小町バトル*西條奈加

  • 2019/03/11(月) 19:34:29

永田町 小町バトル
永田町 小町バトル
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西條 奈加
実業之日本社
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「法律を変えて、予算を勝ち取る―それができるのは、国会議員だけなのよ」。野党・民衛党から出馬し、初当選した芹沢小町は、「現役キャバクラ嬢」にしてシングルマザー。夜の銀座で働く親専門の託児施設を立ち上げた行動力と、物怖じしないキャラクターがメディアで話題となり、働く母親たちから熱い支持を集めたのだ。待機児童、保活、賃金格差、貧困…課題山積みの“子育て後進国”ニッポンに、男社会・永田町に、小町のパワーは風穴を開けられるのか!?吉川英治文学新人賞作家が挑む、新たな地平!


働く母親と子どもたちにまつわる問題が、具体的に描かれていて、問題点がよくわかる。さらに、国会議員としての駆け引きや、議員として生き抜いて初心を貫く難しさなど、国会議員としてのサバイバルのすさまじさもよくわかる。そんななか、現役キャバ嬢という色物としてのキャラクタを逆手にとって、荒波を渡っていく小町のしたたかさと、良い意味での計算高さがカッコいい。無責任なマスコミや、敵対する与党の女性議員との関わり方も、格好良すぎる。こんな志の高い議員が増えてくれれば、暮らしやすい国になるのになぁ、と思わされる一冊だった。

雨上がり月霞む夜*西條奈加

  • 2019/01/08(火) 08:54:44

雨上がり月霞む夜 (単行本)
西 條奈加
中央公論新社
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大坂・堂島で紙油問屋を営んでいた上田秋成は、一帯を襲った火事ですべてを失い、幼なじみの雨月が結ぶ庵のもとに寄寓して、衣食を共にするようになった。ところがこの雨月、人間の言葉で憎まれ口を叩く「遊戯」と呼ばれる兎を筆頭に、「妖し」を惹きつける不思議な力を持っており、二人と一匹の前に、つぎつぎと不可解な事象が振りかかるが――。
江戸時代中期の読本『雨月物語』に材を取った、不穏で幻想的な連作短編集。


言ってみれば『雨月物語』誕生秘話なのだが、それだけではない奥深さがある物語である。人の心というものの不可思議さ、異世界の者とこの世の者との関わり方、見えざる者とのふれあい、などなど、現実離れした事々も多いのだが、それらを大きく包み込んで受け容れられてしまうのである。秋成の屈託と雨月の憂いがそれぞれに切なくて、ぐんぐん惹きこまれていくのだが、最後にこんな風にひとつになるとは……。切ないながらも喜ぶべきことなのだろうと自分を納得させる一冊でもある。

無暁の鈴(むぎょうのりん)*西條奈加

  • 2018/08/26(日) 18:56:15

無暁の鈴
無暁の鈴
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西條奈加
光文社
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武家の庶子でありながら、家族に疎まれ寒村の寺に預けられた久斎は、兄僧たちからも辛く当たられていた。そんななか、水汲みに出かける沢で出会う村の娘・しのとの時間だけが唯一の救いだったのだが…。手ひどい裏切りにあい、信じるものを見失って、久斎は寺を飛び出した。盗みで食い繋ぐ万吉と出会い、名をたずねられた久斎は“無暁”と名乗り、ともに江戸に向かう―波瀾万丈の人生の始まりだった。


まずは、この題材で物語を書こうと思った著者の目のつけ所に感心する。華やかなところもなく、ひたすら悩み、苦しみ、懺悔し、足りないものを求め続ける一人の男の一生である。初めは、己の置かれた立場を恨み、不遇を嘆くが、人の情けも知り、真心にも触れたが、そこでまた利用され、大切なものを失うことになる。激情に駆られて犯した殺生を悔いはしたが、そのことの真の意味を悟るのはまだ先のことである。己の生きる価値を問い続け、自らを苛め抜いた先に見えたものは何だったのか。最期に聴いた弟子の鈴(りん)の音色は、さぞや胸に沁みたであろうと思われる。心打たれる一冊だった。

銀杏手ならい*西條奈加

  • 2018/01/09(火) 16:34:45

銀杏手ならい
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西條奈加
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小日向水道町にある、いちょうの大樹が看板の『銀杏堂』は、嶋村夫婦が二十五年に亘って切り盛りしてきた手習指南所。子を生せず、その家に出戻ることになった一人娘の萌は、隠居を決め込む父・承仙の跡を継ぎ、母・美津の手助けを得ながら筆子たちに読み書き算盤を教えることに。だが、親たちは女師匠と侮り、子供たちは反抗を繰り返す。彼らのことを思って為すことも、願い通りに届かない。そんなある日、手習所の前に捨てられていた赤ん坊をその胸に抱いた時、萌はその子を引き取る決心を固めるが……。子供たちに一対一で向き合い、寄り添う若き手習師匠の格闘の日々を、濃やかな筆致で鮮やかに描き出す珠玉の時代小説!


三年子をなせず、婚家から出された萌は、父の手習指南所を任されたが、心の痛みから、なかなか一心に打ち込むことができずにいた。だが、ひとりひとりの筆子の事情や、懸命に生きている彼らに近しく接するうちに、次第に自らも力を得ることができ、子どもたちと真正面から向き合うようになっていく。それには、我が子として育てることにした、自分と同じ境遇の捨て子・美弥の存在がことのほか大きいようである。初めは胡散臭く思っていた師匠仲間の椎葉たちとの会話の中からヒントを得て、子どもたちの抱える問題を解決に向かわせる様子も、機転と知恵と思いやりの気持ちが伝わってきて好ましい。心温まる一冊である。

猫の傀儡*西條奈加

  • 2017/06/14(水) 18:15:08

猫の傀儡(くぐつ)
猫の傀儡(くぐつ)
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西條 奈加
光文社
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人を遣い、人を操り、猫のために働かせる。それが傀儡師だ。

傀儡師となった野良猫・ミスジは、売れない狂言作者の阿次郎を操って、寄せられる悶着に対処していく。やがて一匹とひとりの前に立ち現れる、先代傀儡師失踪の真相とは――? 当代屈指の実力派が猫愛もたっぷりに描く、傑作時代“猫"ミステリー! !


表題作のほか、「白黒仔猫」 「十市と赤」 「三日月の仇」 「ふたり順松」 「三年宵待ち」 「猫町大捕り物」

ひと言で言えば、猫が人を操って事件を解決に導く物語である。猫界では傀儡師は代々受け継がれ、傀儡としてふさわしい人間を、上手い具合に誘導して事件に関わらせ、それとなく道筋をつけて解決へと導くのである。傀儡にされた人間はそうとは知らず、自らの意志で謎を解きほぐした気になっているのだが、ふと気づくといつも同じ猫がそこにいるという寸法である。なんだか痛快である。天敵でもある烏との人情話もあり、現傀儡師のミスジの賢さと機転も見事である。シリーズになればいいなあと思う一冊である。