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深夜0時の司書見習い*近江泉美
- 2022/07/28(木) 16:41:47
不思議な図書館で綴られる、本と人の絆を繋ぐビブリオファンタジー。
高校生の美原アンが夏休みにホームステイすることになったのは、札幌の郊外に佇む私設図書館、通称「図書屋敷」。不愛想な館主・セージに告げられたルールを破り、アンは真夜中の図書館に迷い込んでしまう。そこは荒廃した裏の世界――“物語の幻影”が彷徨する「図書迷宮」だった!
迷宮の司書を務めることになったアンは「図書館の本を多くの人間に読ませ、迷宮を復興する」よう命じられて……!?
美しい自然に囲まれた古屋敷で、自信のない少女の“物語”が色づき始める――。
完全に苦手な部類のファンタジーだった。ただ、SNSの匿名性の怖さや、人の口から出た言葉の棘が与える深い傷、それによってずっと苦しみ傷ついている人の存在、などなど、現実の厳しさを何とかしようとする主人公の体当たり的な頑張りは嫌いではない。好きな人はものすごく物語に入り込んで楽しめる一冊だとは思う。
私の盲端*朝比奈秋
- 2022/05/20(金) 18:34:12
現役医師の著者によるデビュー作。大学生になった涼子は飲食店のアルバイトや学校生活を謳歌していたがある日、不幸が襲う。不自由な生活を強いられる中で、その意識と身体の変容を執拗に描く表題作に加え、第7回林芙美子文学賞受賞作「塩の道」も併録。
どちらの作品も、扱っている内容が重くて、ひとつひとつ噛みしめながら読みすすめ、読んでいないときにも、頭のなかをさまざまな思いが渦巻く。表題作は、オストメイトになった女性の物語、「塩の道」は看取りと土地柄と医師のかかわり方の物語。題材は重いのだが、語り口はどちらも淡々としていて、ことさら煽ることもなく、沈むこともないのが、却って胸に突き付けられるようでずしんとくる。描写がリアルで、知らないことが多く、揺さぶられるような一冊だった。
わたし、定時で帰ります。ライジング*朱野帰子
- 2022/05/14(土) 18:25:12
絶対に残業しない東山結衣vs.どうしても残業したい部下!? 真の敵は――。定時帰りをモットーとする結衣の前に現れた、何故か残業したがる若手社員。その理由を知った結衣は、給料アップを目指し、人事評価制度の改革を提案することに。しかし、様々な思惑に翻弄され、社内政治に巻き込まれてしまう。長期出張中の晃太郎との将来にも不安が募り……。新時代の働き方を問う、大人気シリーズ第三弾!
脳内ではすっかりドラマの配役で再生されてしまい、映像の力のすさまじさを思い知らされる。もう元には戻れない。とはいえ、出世欲がないまま、定時で帰るために効率よく仕事をこなし、何となく次世代のリーダーに祭り上げられてしまう結衣には、吉高由里子さん、ぴったりではないか。今回も、残業をしたがる部下や、事なかれ主義の創立メンバーとの関係に悶々とし、いつでも忙しすぎる晃太郎との将来にも不安を抱えて、それでも日々会社のために、部下たちのために、闘っているのである。新人プログラマーの八神の登場はいささか唐突なきがしなくもないが、彼女の力もずいぶん結衣の味方をしてくれたと思う。八神なくしてはこのストーリーは成り立たなかっただろう。晃太郎と二人、穏やかな時間が持てますようにと祈るが、この先もあまり望めそうな気はしない。ますます厄介事が舞い込みそうな予感を残してのラストである。次なるハードルは何だろう、と楽しみになるシリーズではある。
捜査線上の夕映え*有栖川有栖
- 2022/04/11(月) 18:25:17
「臨床犯罪学者 火村英生シリーズ」誕生から30年! 最新長編は、圧倒的にエモーショナルな本格ミステリ。
一見ありふれた殺人事件のはずだった。火村の登場で、この物語は「ファンタジー」となる。
大阪の場末のマンションの一室で、男が鈍器で殴り殺された。金銭の貸し借りや異性関係のトラブルで、容疑者が浮上するも……。
「俺が名探偵の役目を果たせるかどうか、今回は怪しい」
火村を追い詰めた、不気味なジョーカーの存在とは――。
コロナ禍を生きる火村と推理作家アリスが、ある場所で直面した夕景は、佳き日の終わりか、明日への希望か――。
コロナ禍で自由に出歩けないから、ちょっと気分転換に、というわけではないだろうが、本作はいつもといささか趣が違い、火村とアリスが捜査協力をお休みして旅に出かける場面がある。とはいえ、そこは火村アリスコンビ、ただの物見遊山であるわけがない。この旅で思わぬ収穫があるのだから、転んでもただでは起きない二人である。謎解き自体は、いささかトリッキーだと思える部分もないわけではないが、心情的には理解できる行動なので、よしとする。犯行動機も、ごく早い段階で、もしかすると・・・、と思わされるような描写もあって、やはりそうだったか、と納得させられた。子ども時代を過ごした場所の影響や、人間関係の複雑さを改めて思わされる一冊でもあった。
監禁*秋吉理香子
- 2022/02/05(土) 16:47:58
幼い娘の育児と仕事の両立に限界を覚えた由紀恵にとって、今日が勤務の最終日。
夜勤の間は、夫の雅之が自宅で娘を見ている。
だが、ラインのメッセージに返事はない。電話をかけても繋がらない。
由紀恵は自分に執着していた不気味な患者の存在を思いだし、胸騒ぎを覚える。
家族の絶望と狂気、そして再生を描いた戦慄のサスペンス。
ストーカーによる監禁、自宅での監禁など、さまざまな監禁の形が描かれているが、勤務する病院で、娘の無事を心配しながらも連絡がつかず、帰ることもできないというのも、ある種の監禁と言えるかもしれない。だが、いちばん怖かったのは、由紀恵が自宅であの男に監禁される場面である。最終日の勤務を終えて、ほっとして自宅に戻ったところ、何がなんだかわからない状況で、娘を人質に取られたような状況で逃げるに逃げられず、どうすることもできないというのは、精神的にも身体的にもダメージが大きすぎる。吊り橋効果というのか、ラストは何となくハッピーに終わったが、そこはもうひとひねり欲しかったような気はする。著者にしては、素直過ぎる結末だったかもしれない。とはいえ、充分すぎる恐怖は味わえた一冊である。
六人の嘘つきな大学生*浅倉秋成
- 2021/11/07(日) 16:38:17
「犯人」が死んだ時、すべての動機が明かされる――新世代の青春ミステリ!
ここにいる六人全員、とんでもないクズだった。
成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を
得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。
『教室が、ひとりになるまで』でミステリ界の話題をさらった浅倉秋成が仕掛ける、究極の心理戦。
日本の就活の過酷さとミステリをうまくマッチングさせた物語だと思う。現実の就活中は、自分をアピールすることに懸命で、相手を陥れるためにここまでする余裕はおそらくないだろうと思うが、リクルートスーツに包まれた表面だけでは計り知れないものを、それぞれが隠し持っていることは確かなことで、それは何ら不思議ではない。人事担当者さえ、ひとりひとりの人間性を的確に読み取れるわけではないのに、大学生にそれができるとはまず思えない。とは言え、小説なので、これもありである。初めは、与えられた課題に向けて、サークル活動的なノリで前向きに取り組んでいた六人が、あることを境に、互いに疑心暗鬼に陥り、じりじりと追い詰め合っていく様子に手に汗握る緊張感が漂う。何度も何度も優位が変わり、互いを見る目が変わり、本心を探り合うさまは、息ができなくなりそうであり、一瞬先にはまた展開が変わるのではないかという恐怖に似た心持ちにもさせられる。誰がいちばん鋭い剃刀を持っているのか。知りたいようで最後まで知りたくないような、不思議な気持ちにもなる。読み応えのある一冊だった。
お探し物は図書室まで*青山美智子
- 2021/10/14(木) 16:17:36
お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?
人生に悩む人々が、ふとしたきっかけで訪れた小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。
仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。「本を探している」と申し出ると「レファレンスは司書さんにどうぞ」と案内してくれます。
狭いレファレンスカウンターの中に体を埋めこみ、ちまちまと毛糸に針を刺して何かを作っている司書さん。本の相談をすると司書さんはレファレンスを始めます。不愛想なのにどうしてだか聞き上手で、相談者は誰にも言えなかった本音や願望を司書さんに話してしまいます。
話を聞いた司書さんは、一風変わった選書をしてくれます。図鑑、絵本、詩集......。
そして選書が終わると、カウンターの下にたくさんある引き出しの中から、小さな毛糸玉のようなものをひとつだけ取り出します。本のリストを印刷した紙と一緒に渡されたのは、羊毛フェルト。「これはなんですか」と相談者が訊ねると、司書さんはぶっきらぼうに答えます。 「本の付録」と――。
自分が本当に「探している物」に気がつき、
明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説。
何度胸が熱くなり、目の前が霞んでページが見えなくなったことだろう。文章の端々のちょっとしたひとことに、真心が宿り、愛おしさや慈しみ、切なさや不甲斐なさ、はたまた愛や感謝や希望や意欲、と言った、いままでどこに仕舞われていたのだろう、と思うようなさまざまな感情が刺激されて、どんどん物語に惹きこまれていく。読み進めるごとに、心の澱が洗い流され浄化されていくような清々しさと、ほんのり灯るぬくもりを感じられる一冊である。
B(ビリヤード)ハナブサへようこそ*内山純
- 2021/09/22(水) 18:44:03
僕――中央(あたりあきら)――は、大学院に通いながら、元世界チャンプ・英雄一郎先生が経営する、良く言えばレトロな「ビリヤードハナブサ」でアルバイトをしている。 ビリヤードは奥が深く、理論的なゲームだ。そのせいか、常連客たちはいつも議論しながらプレーしている。いや、最近はプレーそっちのけで各人が巻き込まれた事件について議論していることもしばしばだ。今も、常連客の一人が会社で起きた不審死の話を始めてしまった。いいのかな、球を撞いてくれないと店の売り上げにならないのだが。気を揉みながらみんなの推理に耳を傾けていると、僕にある閃きが……。 この店には今日もまた不思議な事件が持ち込まれ、推理談義に花が咲く――。 第24回鮎川賞受賞作。
ビリヤードをキーにした安楽椅子探偵ミステリと言ってもいい物語である。探偵役の中央(あたりあきら)は、事件現場に足を運ぶこともあるので、厳密にいえば安楽椅子探偵ではないかもしれないが。ビリヤード用語を殺人事件のキーワードと絡めたり、ビリヤードのゲームを見ながら、事件解決のヒントを閃いたりと、ビリヤードなしには語れない物語でもある。ビリヤードハナブサに集まる常連客達のやり取りを聞きながら、謎を解いた中くんが、関係者にある問いかけをし、その答えによって真犯人に辿り着くという趣向が新鮮である。どんな問いかけがなされたのかを想像するのも興味深い。個性の強い登場人物たちのキャラも大体わかったので、さらなる事件解決も見たいと思わされる一冊である。
にぎやかな落日*朝倉かすみ
- 2021/08/08(日) 07:15:34
北海道で独り暮らしするおもちさん、83歳。夫は施設に入り、娘は東京から日に二度電話をくれる。実は持病が悪化して、家族がおもちさんの生活のすべてを決めていくことに。不安と寂しさと、ほんのちょっとの幸せと、揺れては消えるひとりの老女の内面に寄り添う、人生最晩年の物語。
身につまされる物語である。日ごとに老いていき、自分で思う自分と現実の差が少しずつ広がっていくもどかしさや不甲斐なさが、手に取るように伝わってくる。加えて、配偶者など身近な人がそばにいなくなったりすると、その喪失感もかなり大きいと思われる。おもちさんは、元来明るく社交的で、友人知人も多いが、普段から人づきあいが少ないと、なおさら孤独感を募らせることになるだろう。おもちさんは、蓄えもあるようだし、家族や周りの人にも恵まれているようで、比較的しあわせである。ただ、日ごろからもう少し自分の身体に向き合っていたほうがよかったかな、とは思う。老いは誰にでも確実にやってくることである。日頃から心構えをしっかりしておかなくては、と改めて思わされる一冊だった。
教室が、ひとりになるまで*浅倉秋成
- 2021/06/18(金) 16:44:05
本格ミステリ大賞&日本推理作家協会賞Wノミネート!新世代の青春ミステリ
北楓高校で起きた生徒の連続自殺。ひとりは学校のトイレで首を吊り、ふたりは校舎から飛び降りた。「全員が仲のいい最高のクラス」で、なぜ――。垣内友弘は、幼馴染みの同級生・白瀬美月から信じがたい話を打ち明けられる。「自殺なんかじゃない。みんなあいつに殺されたの」“他人を自殺させる力”を使った証明不可能な罪。犯人を裁く1度きりのチャンスを得た友弘は、異質で孤独な謎解きに身を投じる。新時代の傑作青春ミステリ。
垣内の目線で描かれている。途中まで、垣内こそが怪しいのではないか、あるいは、何か関わっているのではないかと思っていたが、どうやら当たっていなかったようだ。とは言え、最後の彼の思いを聞かされると、さもありなんとすんなり腑に落ちるのである。無意識の支配、善意の束縛、独りよがりの価値観。人は、生きていく上でさまざまなものと日々戦っている。タイトルの意味が判った時、「これだ」と思った。天辺にいる一握りの人にはわからない生き辛さがひしひしと伝わってきて胸のなかがひりひりするような一冊だった。
書店員と二つの罪*碧野圭
- 2021/06/16(水) 18:28:30
ベストセラー「書店ガール」シリーズの著者が描く、慟哭のミステリー
書店員の椎野正和は、ある朝届いた積荷の中に、少年犯罪者の告白本があるのを知って驚く。それは、女子中学生が惨殺され、通っている中学に放置された事件で、正和の同級生の友人が起こしたものだった。しかも正和は、犯人の共犯と疑われてしまい、無実が証明された後も、いわれなき中傷を受けたことがあったのだ。書店業界が「売るべきか売らないべきか」と騒然とする中、その本を読んだ正和は、ある違和感を覚えるのだが……。
出版・書店業界の裏事情を巧みに盛り込んだ、著者渾身の長編小説。
書店とその周辺で起こる事件の謎解き物語かと思って読み始めたのだが、まったく違うショッキングな事件をめぐるシリアスな物語だった。殺人事件を起こした者の身近にいた人たちの、事件後の苦しみや葛藤、事件のことは聞きたくないが、真相を知りたいという欲求のはざまで揺れ動く心を制御できなくなる辛さ。真につらいことを封印する脳の働きと、封印が解けたときの衝撃など、胸に迫る場面が数多くあり、考えさせられることだらけで、正義と信義のバランスをどうすればいいのかに悩み、自分だったらどうするかと考えるも、答えを出すのは難しすぎて、思わずうなってしまう。スカッとはしないが、遥か先に光が見えた気がして、ほんの少しほっとした一冊である。
4ページミステリー*蒼井上鷹
- 2021/06/06(日) 18:25:02
傑作ショートショートミステリー集「4ページミステリー」シリーズ第三弾。飛行機の手荷物検査で、鞄のなかにピストルが入っていると係員に呼び止められてしまう。それは人から預かったチョコレート菓子だと言い張るが、私にはある目的が…。「あまい検査」など全61編を収録。原稿用紙5枚に込められたどんでん返しは、予測不可能!
ひとつの話が4ページに納まっているので、ちょっとした隙間時間にも少しずつ愉しめる。中には、もっと長かったら、より深く突っ込めるのに、と残念に思うものもなくはなかったが、ほとんどは、お見事である。しかも、そうきたか、と裏をかかれた気分にさせられるものもあり、盲点を突かれるものあり、こちらの想像に任されるものありと、バラエティに富んでいて飽きさせない。気軽に愉しめる一冊である。
濱地健三郎の幽れたる事件簿*有栖川有栖
- 2021/02/06(土) 07:36:14
年齢不詳の探偵・濱地健三郎には、鋭い推理力だけでなく、幽霊を視る能力がある。新宿にある彼の事務所には、奇妙な現象に悩む依頼人のみならず、警視庁捜査一課の強面刑事も秘かに足を運ぶほどだ。助手の志摩ユリエは、得技を活かして、探偵が視たモノの特徴を絵に描きとめていく―。郊外で猫と2人暮らしをしていた姉の失踪の謎と、弟が見た奇妙な光景が意外な形でつながる(「姉は何処」)。資産家が溺死した事件の犯人は、若き妻か、懐具合が悪い弟か?人間の哀しい性が炙り出される(「浴槽の花婿」)など、驚きと謀みに満ちた7篇を収録。ミステリの名手が、満を持して生み出した名探偵。待望のシリーズ、第2弾!
霊的なものが視える心霊探偵・濱地健三郎と、助手の志摩ユリエが活躍するシリーズ第二弾である。年齢不詳の濱地の魅力は前作と変わらないが、ユリエの助手としての有能さは増している印象である。事件解決の助けとなっていることが多い。クライアントの現れ方からして、人知を超えた何かしらの力が働いているようにも思え、依頼を引き受ける必然性が感じられたりもするのである。依頼を受けた段階で、濱地には進むべき道が見えているようにも思われ、それを検証するのがストーリーの主な流れであることも多い。今回は、タイムリミットのある難しい案件もあったが、濱地ユリエコンビに加えて、ユリエの恋人叡二の存在も助けになった。次の活躍もぜひ見たいシリーズである。
再雇用されたら一カ月で地獄へ堕とされました*愛川晶
- 2020/12/30(水) 16:33:18
県立高校の地歴公民科教師として38年間の教職生活を終えた笹川。定年後は常勤講師として再雇用され、4月から再び教壇に立つことになったが、それからわずか一カ月後、校長から衝撃の宣告を受ける。さらに、定年後の生活を見据えて、退職金の大半をはたいて実家の大規模リフォームを実施したが、明らかな手抜き工事が見つかってしまう。同時に、妻が勤務する学童クラブには閉鎖の話が持ち上がり…。俺の「第二の人生」はいったいどうなる!?
前半は、ドキュメンタリーのようにリアルで、信じられない思いと理不尽さに胸が痛む。思わず、どうすりゃいいんだーーーー!?と叫びたくなるほどである。だが、後半は、前半の不運や不幸が、少しずつ回収され、腑に落ちなかった部分の謎も解けていって、ようやくひと息ついて、落ち着いて読み進められるようになる。主人公の笹川は、ちょうど制度の隙間に嵌まり込んだり、タイミングの悪さで損をしたり、という印象だが、救われるのは、大学生の息子を含めて家族の仲がいいことだろう。これで家族が崩壊していたら、まったくもって目も当てられないが、愚痴を吐ける場所があってほんとうによかったと思う。ラストにはそうだったのか、という胸が熱くなる展開も待っているので、人生悪いことばかりじゃないかも、と思える一冊だった。
スター*朝井リョウ
- 2020/11/30(月) 07:27:52
「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。ふたりは大学卒業後、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応―作品の質や価値は何をもって測られるのか。私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。朝日新聞連載、デビュー10年にして放つ新世代の長編小説。
人類永遠の葛藤、ともいえるテーマである、なぜ生きるか、どう生きるか、ということを、昔ながらのこだわりを持ち続けたいという青年と、新しい世界に飛び込んでいく青年という二つの視点で描いている。だが、突き詰めれば、ひとりの人間が内包する葛藤のようにも見えてくる。何を大事に思い、何を譲らずに生きていくか。立場や年代に関わらず、生きている限り、日々選択し続けなければならない問題でもあるだろう。読みながら、又吉直樹の「火花」と共通する印象も抱いた。新しい題材を用いて普遍的なテーマを描いた一冊と言えるかもしれない。
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