カンパニー*伊吹有喜

  • 2017/09/27(水) 16:39:54

カンパニー
カンパニー
posted with amazlet at 17.09.27
伊吹 有喜
新潮社
売り上げランキング: 62,322

合併、社名変更、グローバル化。老舗製薬会社の改革路線から取り残された47歳の総務課長・青柳と、選手に電撃引退された若手トレーナーの由衣。二人に下された業務命令は、世界的プリンシパル・高野が踊る冠公演「白鳥の湖」を成功させること。主役交代、高野の叛乱、売れ残ったチケット。数々の困難を乗り越えて、本当に幕は開くのか―?人生を取り戻す情熱と再生の物語。


何の予備知識もなしに読み始めたのだが、とても面白かった。バレエの世界には全く縁がないので知らなかったが、バレエ団のことをカンパニーと呼ぶらしい。タイトルはまさにバレエ団のことなのだが、製薬会社の再編成やリストラに絡んで、会社に人生を振り回される青柳や瀬川を見ていると、会社のカンパニーが描かれているとも言えるかもしれない。世界に名だたるプリンシパルにも、わき役に甘んじるダンサーにも、トレーナーにも、企業から出向してきた社員にも、それぞれ人生があり、抱えているものがあり、コンプレックスがあり、誇りがある。仕事も立場も違えど、同じ人間なのだという思いを強くする。どんな立場にいようとも、ひとりでは何も成し遂げられず、周りの人々と一緒に作り上げていく喜びがあるのである。決断は自分でするものだが、そこに至る道筋にはたくさんの人がいて、さまざまな思いがあるのだと、あたたかい気持ちにさせてくれる一冊だった。

アキラとあきら*池井戸潤

  • 2017/08/14(月) 07:54:14

アキラとあきら (徳間文庫)
池井戸潤
徳間書店 (2017-05-17)
売り上げランキング: 223

零細工場の息子・山崎瑛(あきら)と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬(かいどうあきら)。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった――。

ベストセラー作家・池井戸潤の幻の青春巨篇がいきなり文庫で登場! !


タイトルと、表紙のイラストから、努力家の零細工場の息子・山崎瑛が、鼻持ちならない御曹司・階堂彬に立ち向かって勝つ物語かと予想したのだが、そんなありきたりな物語ではなかった。瑛も彬もどちらも自分の置かれた環境に埋没することなく、抗って自らの進む道を切り拓いていく。それぞれの場所で自分を極めた二人が出会い、反発するのかと思いきや、互いを認め合い力を合わせて互いを守り抜く。どこまでもいい奴らなのである。二人とも初心を忘れず、環境に流されることなく思いを貫く強さと、考え方の柔軟性を持っていて、魅力的過ぎる。思いの熱さに何度涙を誘われたことだろう。700ページ超えの大作なのだが、あっという間に読み終えてしまい、それでもまだ読み続けたいと思わされる一冊である。

鎮憎師*石持浅海

  • 2017/08/05(土) 16:27:09

鎮憎師
鎮憎師
posted with amazlet at 17.08.05
石持 浅海
光文社
売り上げランキング: 189,539

赤垣真穂は学生時代のサークル仲間の結婚式の二次会に招かれた。その翌日、仲間の一人が死体となって発見される。これは、三年前にあった“事件”の復讐なのか!?真穂は叔父から「鎮憎師」なる人物を紹介される…。奇想の作家が生み出した“鎮憎師”という新たなる存在。彼は哀しき事件の真相を見極め、憎しみの炎を消すことができるのか―。


理詰めでじわじわと外堀から埋めていって真相にいきつく著者流の謎解きが健在である。ことに、事件の当事者の八人が理系の大学出身ということで、情に流されない理論的な検証が自然である。とは言え、人間関係は、理詰めでいかないことの方が圧倒的に多く、そんな意のままにならない人間関係によって事件は引き起こされるのである。犯人を暴くのではなく、憎しみの連鎖を止めるという「鎮憎師」と呼ばれる沖田の存在が、狭い関係性に新しい何かを吹き込み、あとから思い出したふとした違和感から真犯人にたどり着くという結果にもなる。たったこれだけの関係者の中で、そういう趣向の人間があれだけいるというのは、いささか不自然な気がしなくもないが、ひとつずつ積み重ねていく過程と、お互いを案じる思いとに惹きこまれる。好きな一冊である。

がん消滅の罠*岩木一麻

  • 2017/07/19(水) 19:04:47


日本がんセンター呼吸器内科の医師・夏目は、生命保険会社に勤務する森川から、不正受給の可能性があると指摘を受けた。
夏目から余命半年の宣告を受けた肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付金3千万円を受け取った後も生存しており、
それどころか、その後に病巣が綺麗に消え去っているというのだ。同様の保険支払いが4例立て続けに起きている。
不審を抱いた夏目は、変わり者の友人で、同じくがんセンター勤務の羽島とともに、調査を始める。
一方、がんを患った有力者たちから支持を受けていたのは、夏目の恩師・西條が理事長を務める湾岸医療センター病院だった。
その病院は、がんの早期発見・治療を得意とし、もし再発した場合もがんを完全寛解に導くという病院。
がんが完全に消失完治するのか? いったい、がん治療の世界で何が起こっているのだろうか―。


がんで余命診断された患者が、湾岸医療センターにかかると、病巣が消え去り、がんが寛解するという事実が多発していることに気づいたがんセンターの医師・夏目は、友人で同センターに勤務する羽島と調査を始める。がんと診断されたときに保険金が支払われる保険のリビングニーズ特約も絡み、突然退職した夏目の恩師の消息も絡み、事態は厭な感じに複雑になっていく。がんが治るという願ってもないことにもかかわらず、なにやら喜べないことが裏で行われていることは初めから判るものの、それが何を目的に企てられ、どんな手順で進められているのか、そのトリックに興味はそそられる。さらにそれだけではなく、夏目の恩師・西條の個人的な事情も絡み、思わぬ事実が明らかにされる。がん寛解の手順については腑に落ちたが、その目的に関しては、いささか消化不良な印象もぬぐえない。興味深い一冊であることは間違いない。

箸もてば*石田千

  • 2017/07/01(土) 13:10:56

箸もてば
箸もてば
posted with amazlet at 17.07.01
石田 千
新講社 (2017-05-24)
売り上げランキング: 24,302

箸もてば、いつかの夕方、いつかの乾杯。ひとくちめのビールが、喉もとすぎる。会えなくなったひとにも会える。(「あとがき」より)
作家・石田 千による、つくる、飲む、食べる日々をつづったエッセイ。
年々歳々、食相い似たり、年々歳々、人同じからず。
時のうつろい、四季のうつりかわりととも自然の恵みとどう出合い、どう調理し、食べ、そして飲んだか。
飲食は命を養い、心を支える。食べものへの思い、そして杯を手にすれば、思いおこすあの人たちの声、姿、気配。
生まれたばかりのような繊細なことばで語られる、飲食をめぐる珠玉の掌篇集。


またまた素敵な読書タイムをありがとう、である。どんなときに何をどうやって食べるか、それはその人を如実に表すことだと思う。著者は、自らの躰の声にきちんと耳を傾け、弱ったときには弱ったなりに、元気なときには元気ななりに。そして、季節の声もちゃんと聞いて、旬のものに丁寧に手をかけて食している。それは必ずしも凝った料理というわけではなく、その部分は外の食事に任せ、却って素朴で素材を生かした食べ方で、思う存分幸せを感じながら食べていることがうかがわれて好もしい。実際に食べているわけではないのに、読んでいるだけで、滋味あふれる湯気に包まれ、太陽の恵みたっぷりの素材の滋養が、躰の芯に沁みこんでいく心地になる。至福の一冊である。

あひる*今村夏子

  • 2017/05/08(月) 11:00:36

あひる
あひる
posted with amazlet at 17.05.08
書肆侃侃房 (2016-12-14)
売り上げランキング: 3,126

あひるを飼うことになった家族と学校帰りに集まってくる子供たち。一瞬幸せな日常の危うさが描かれた「あひる」。おばあちゃんと孫たち、近所の兄妹とのふれあいを通して、揺れ動く子供たちの心の在り様を、あたたかくそして鋭く描く「おばあちゃんの家」「森の兄妹」の3編を収録。


表題作のほか、「おばあちゃんの家」 「森の兄妹」

外から一見すると、ほのぼのとした日常の暮らしのひとコマのように見える。だが、一歩近づいてみると、そこにはほんのわずかな歪みや傷があり、胸のどこかをざわめかせるのである。しあわせそうに見える光景から、表面の薄皮をはいでみたら、見てはいけないものがふと現れてしまったような、不穏な心地にさせられるのである。かと言って、ほんとうにひどいことが行われているわけでもない。その不穏さの忍び込ませ方が絶妙で、何となく厭な気持ちになりそうになりながらも先へ進まずにはいられないのである。あっという間に読めてしまうにもかかわらず、胸の奥深くまで沁みとおる一冊である。

物件探偵*乾くるみ

  • 2017/04/18(火) 16:43:13

物件探偵
物件探偵
posted with amazlet at 17.04.18
乾 くるみ
新潮社
売り上げランキング: 7,708

不動産の間取り図には、あなたの知らない究極のミステリが潜んでいる。利回り12%の老朽マンション!? ひと りでに録画がスタートする怪現象アパート? 新幹線の座席が残置された部屋??――そんなアヤシイ物件の謎、解けますか? 『イニシエーション・ラブ』で日本中をまんまと騙した作家が、不動産に絶対欺されないコツを教えます。大家さんも間取りウォッチャーも興奮の超実用的ミステリ!


「田町9分1DKの謎」 「小岩20分一棟売りアパートの謎」 「浅草橋5分ワンルームの謎」 「北千住3分1Kアパートの謎」 「表参道5分1Kの謎」 「池袋5分1DKの謎」

書類上では、それぞれ、それなりに魅力的な物件に思えるが、いざ契約を済ませて実際に入居してみると、さまざまな不都合が出てくるものである。そんなときにいきなり、宅建の資格を持ち、部屋の気持ちが判るという不動尊子(ふどうたかこ)という女性がやって来て、なにやら関係者と話をつけて解決してしまう、という物語である。不動産売買のむずかしさや、駆け引きの複雑さなど、裏事情が垣間見られるのも興味深い。不動の突然の登場も設定が突飛すぎて、あっさり受け入れてしまうのも一興である。もっと別の物件が見たくなる一冊である。

情熱のナポリタン*伊吹有喜

  • 2017/03/11(土) 18:37:31

情熱のナポリタン―BAR追分 (ハルキ文庫)
伊吹 有喜
角川春樹事務所 (2017-02-14)
売り上げランキング: 3,423

かつて新宿追分と呼ばれた街の、“ねこみち横丁”という路地の奥に「BAR追分」はある。“ねこみち横丁”振興会の管理人をしながら脚本家を目指す宇藤輝良は、コンクールに応募するためのシナリオを書き上げたものの、悩んでいることがあって…。両親の離婚で離れて暮らす兄弟、一人息子を育てるシングルマザー、劇団仲間に才能の差を感じ始めた男―人生の分岐点に立った人々が集う「BAR追分」。客たちの心も胃袋もぐっと掴んで離さない癒しの酒場に、あなたも立ち寄ってみませんか?大人気シリーズ第三弾。


今回もおいしそうなものがたくさん出てきて、バール追分に行ってみたくてたまらなくなる。登場人物もみんなそれぞれに魅力的で、誰もが何かを抱えているのだが、そのことで歪まずに、却って人柄に深みを増す役に立っている気がする。助け合い、というと軽い感じもするが、深いところで結びつき思いやり、支え合っているように見える。宇藤君も階段を一段上がった感があるし、桃ちゃんはまだよくわからないし、さらに楽しみなシリーズである。

殺し屋、やってます。*石持浅海

  • 2017/02/19(日) 16:48:36

殺し屋、やってます。
石持 浅海
文藝春秋
売り上げランキング: 12,511

ひとりにつき650万円で承ります。ビジネスとして「殺し」を請け負う男、富澤。仕事は危なげなくこなすが、標的の奇妙な行動がどうも気になる―。殺し屋が解く日常の謎シリーズ、開幕。


コンサルティング会社を営む中年男性・冨澤允が主人公。顧客は主に中小企業なので、儲けはあまり出ないが、副業のおかげでそこそこ楽な暮らしをしている。その副業がなんと殺し屋なのである。依頼人と殺し屋の間に2クッション置くことによって、双方共の安全が確保されるという仕組みで仕事を請け負っている。料金は前金で300万円、成功したら350万円。悲壮感も罪の意識も感じさせない軽いノリなのが、物語の世界ならではだろう。ターゲットの周囲の腑に落ちない点を調査し、連絡係の塚原や恋人のユキちゃんと一緒に推理して、すっきりさせるのもいつものことである。納得できないと仕事は請け負わないのである。たまに人助けもするが、あくまでも我が身に被害が降りかからないようにである。そして仕事をすると決めたら、一瞬もためらわずにこなす。冷酷無比な殺し屋のように聞こえるが、その辺にいるごく普通の男性であるというミスマッチが不思議である。読んでいると、冨澤に肩入れしたくなってくるのも不思議である。あくまでも物語世界の中だけということで、愉しませてもらった一冊である。シリーズ化されるということで今後も愉しみである。

陸王*池井戸潤

  • 2017/02/02(木) 12:48:27

陸王
陸王
posted with amazlet at 17.02.02
池井戸 潤
集英社
売り上げランキング: 1,249

勝利を、信じろ――。
足袋作り百年の老舗が、ランニングシューズに挑む。

埼玉県行田市にある「こはぜ屋」は、百年の歴史を有する老舗足袋業者だ。といっても、その実態は従業員二十名の零細企業で、業績はジリ貧。社長の宮沢は、銀行から融資を引き出すのにも苦労する日々を送っていた。そんなある日、宮沢はふとしたことから新たな事業計画を思いつく。長年培ってきた足袋業者のノウハウを生かしたランニングシューズを開発してはどうか。
社内にプロジェクトチームを立ち上げ、開発に着手する宮沢。しかし、その前には様々な障壁が立ちはだかる。資金難、素材探し、困難を極めるソール(靴底)開発、大手シューズメーカーの妨害――。
チームワーク、ものづくりへの情熱、そして仲間との熱い結びつきで難局に立ち向かっていく零細企業・こはぜ屋。はたして、彼らに未来はあるのか?


『下町ロケット』と同系列の弱小企業物語である。同じようなカタルシスを得られるだろうことは、読む前から容易に想像ができ、読み始めても、ストーリー展開はたやすく思い描けるのだが、それでも、知らず知らずのうちにこはぜ屋に肩入れし、いつかはアトランティスを見返してやるぞ、と思いながら読んでいる。そして物事はすべて人と人とのつながりであり、縁があった人との関係をどれだけ大切にするかということが、将来の展開にまでつながっていくことを思い知らされる。詰まるところは「人」なのだなあと、嬉しく、胸が温まる心地である。600ページ弱のボリュームを感じさせない面白さの一冊である。

パレードの明暗 座間味くんの推理*石持浅海

  • 2017/01/06(金) 16:40:41

パレードの明暗 座間味くんの推理
石持 浅海
光文社
売り上げランキング: 213,839

警視庁の女性特別機動隊に所属し、羽田空港の保安検査場に勤務する南谷結月は、日々の仕事に不満を感じていた。身体を張って国民を護るのが、警察官として最も崇高な使命だ。なのに―。そんな不満と視野の狭さに気付いた上官から、結月はある飲み会に同席するように言われる。行ってみた先に待っていたのは、雲の上の人である大迫警視長と、その友人の民間人・座間味くんだった。盟友・大迫警視長の語る事件の概要から、隠れた真相を暴き出す!名探偵・座間味くんの推理を堪能できる傑作集!


久々の座間味くんである。相変わらず穏やかながら、ただならぬ洞察力と、事象だけではなくその先に与える影響までをも慮れる想像力が見事である。話題に取り上げられた当人の思いも――もっともご当人の知るところではないのだが――、報われるというものである。そして座間味くんと大迫警視長との飲み会に上官・向島の命令で参加している南谷結月の真っ直ぐさがなんとも可愛い。その真っ直ぐさが危うさにも通じると危惧してこの飲み会に彼女を参加させた向島の度量の深さも魅力である。座間味くんの魅力を改めて見直させてくれた一冊である。

今はちょっと、ついてないだけ*伊吹有喜

  • 2016/12/12(月) 07:00:34

今はちょっと、ついてないだけ
伊吹 有喜
光文社
売り上げランキング: 363,480

かつて、世界の秘境を旅するテレビ番組で一躍脚光を浴びた、「ネイチャリング・フォトグラファー」の立花浩樹。バブル崩壊で全てを失ってから15年、事務所の社長に負わされた借金を返すためだけに生きてきた。必死に完済し、気付けば四十代。夢も恋人もなく、母親の家からパチンコに通う日々。ある日、母親の友人・静枝に写真を撮ってほしいと頼まれた立花は、ずっと忘れていたカメラを構える喜びを思い出す。もう一度やり直そうと上京して住み始めたシェアハウスには、同じように人生に敗れた者たちが集まり…。一度は人生に敗れた男女の再び歩み出す姿が胸を打つ、感動の物語。


覇気もやる気も向上心もすべてどこかへ置き忘れてきたような中年男・立花浩樹が主人公である。もともと目立つ方ではなかった浩樹が、ひょんなことから注目を浴び、作られた姿と現実の狭間で自分を見失い、しかもバブル崩壊に伴うあれこれによって、財産もすべて失うことになった結果のこの体たらくである。ある日、母が暮らす施設の母の友人の写真を撮ったことがきっかけで、心の持ち方が少しずつ変わり、周りの人やそのつながりに後押しされて、自分の居場所や進む道を見つけるまでになるのである。見た目と身体だけで注目されてきたと卑下するばかりだった浩樹だが、外見と内面のギャップも魅力的に思われ、つい応援したくなる。どん底にいても、人とのつながりを断たなければ、浮かぶ瀬もある、と思わせてくれる一冊である。

オムライス日和 BAR追分*伊吹有喜

  • 2016/10/29(土) 07:23:11

オムライス日和 BAR追分 (ハルキ文庫)
伊吹有喜
角川春樹事務所 (2016-02-12)
売り上げランキング: 31,309

有名電機メーカーに勤める菊池沙里は、大学時代にゼミで同期だった宇藤輝良と再会する。卒業して五年、宇藤は「ねこみち横丁振興会」の管理人をしながら、脚本家になる夢を追い続けているという。数日後、友人の結婚式の二次会後に、宇藤がよくいるというねこみち横丁のBAR追分に顔を出した沙里だったが…(「オムライス日和」より)。昼はバールで夜はバー―二つの顔を持つBAR追分で繰り広げられる人間ドラマが温かく胸に沁みる人気シリーズ、書き下ろしで贈る待望の第二弾。


またまたおいしそうなものがたくさん登場して、ついつい想像してしまう。ねこみち横丁での宇藤の立場もすっかり定着したようで、注文も「いつものあれね」で通じるようになっている。ものすごく遠慮がちで、自分に自信がなさそうな宇藤を見ていると、つい二十歳そこそこの若者を想像してしまうが、実は36歳という分別盛りなのである。その辺りにいささか違和感がなくもないが、それが宇藤の魅力でもあるのかもしれない、とも思う。ねこみち横丁の面々のプライベートが少しずつ明かされていく一冊でもあり、今後の展開が愉しみな、長く続いてほしいシリーズである。

赤へ*井上荒野

  • 2016/10/07(金) 16:55:34

赤へ
赤へ
posted with amazlet at 16.10.07
井上荒野
祥伝社
売り上げランキング: 7,496

ふいに思い知る、すぐそこにあることに。 時に静かに、時に声高に――「死」を巡って炙り出される人間の“ほんとう"。 直木賞作家が描く傑作小説集


表題作のほか、「虫の息」 「時計」 「逃げる」 「ドア」 「ボトルシップ」 「どこかの庭で」 「十三人目の行方不明者」 「母のこと」 「雨」

「死」が常に底流にあるのだが、そこは著者らしく、不穏で退廃的な雰囲気はいささかも枯れてはいない。そして、死を意識するからこそ生まれる真実が、ある時は切なく、またある時は物狂おしく、そしてまたある時には潔ささえ感じさせられる。死を迎えようとしているそれぞれのこれまで生きてきた道のりが捜査せるのだろうか。残される人たちとの関わりをも含めて、じわじわと胸に沁みる一冊である。

BAR(バール)追分*伊吹有喜

  • 2016/10/05(水) 18:20:15

BAR追分 (ハルキ文庫)
BAR追分 (ハルキ文庫)
posted with amazlet at 16.10.05
伊吹 有喜
角川春樹事務所
売り上げランキング: 9,334

新宿三丁目交差点近く―かつて新宿追分と呼ばれた街の「ねこみち横丁」の奥に、その店はある。そこは、道が左右に分かれる、まさに追分だ。BAR追分。昼は「バール追分」でコーヒーやカレーなどの定食を、夜は「バー追分」で本格的なカクテルや、ハンバーグサンドなど魅惑的なおつまみを供する。人生の分岐点で、人々が立ち止まる場所。昼は笑顔かかわいらしい女店主が、夜は白髪のバーテンダーがもてなす新店、二つの名前と顔でいよいよオープン!


場所柄と言い、隠れ家的な感じと言い、なんだか勝手にもっとアウトサイダーっぽい物語を想像していたのだが、さにあらず。夜はバー、昼間はその場を借りてバールとしての営業、ということで、常連客からは「ヤドカリ食堂」と呼ばれる「BAR(バール)追分」を核として、そこに集まる常連客たちと、ひょんなことからねこみち横丁振興会の管理人になってしまった宇藤輝良の物語である。バールのオーナーシェフ・桃子の作る、丁寧で味わい深い料理の数々は、どれも魅力的で、それに引き寄せられるように集まってくる客たちの屈託を、あたたかく解きほぐしてくれるようである。読んでいて心地好いのは、それぞれの距離感が絶妙で、突き放しすぎず、踏み込み過ぎず、これ以上ないほど良い加減だからかもしれない。思わず、ねこみち横丁を探しに行きたくなってしまいそうな一冊である。