60 tとfの境界線*石川智健

  • 2018/07/05(木) 12:58:04

60 tとfの境界線
60 tとfの境界線
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石川 智健
講談社
売り上げランキング: 227,120

老刑事・有馬と、女性検事・春名、若手弁護士・世良の三名は、国の政策で創設された「誤判対策室」に配属された。無罪を訴える死刑囚を再調査し、冤罪の可能性を探る組織だ。配属から半年後、有馬は小料理屋の女将から、二人組の客が殺人の犯行を仄めかしていたことを聞く。冤罪事件を有馬は疑い、母親とその子供二人を殺害した罪で、古内博文という男の死刑が確定していることを突き止める。誤判対策室は調査を開始するが、古内の死刑執行が迫る!


初めからいささか姥捨て山的な雰囲気を漂わせる「誤判対策室」である。メンバーは、刑事の有馬、検事の春名、弁護士の世良というたった三人である。しかも関係は良好とはいえない。一体彼らに何ができるのか。はたして、半年たったいまでも成果ゼロである。そんな折、有馬が、裡に屈託を秘めて通っている小料理屋の女将から、ある事件に関する新しい話を聞かされる。それから三人の関係性が少しずつ変化し、当該事件の冤罪を証明するのに情熱を傾けるようになっていく。だが、そんな彼らの行動に水を差す事実が明らかにされる。それぞれの職務に忠実であろうとする中で抱えたジレンマや後悔に悩みながらも、前に向かっていく彼らの執念と、真実を追求することの難しさをひしひしと感じさせられる一冊だった。

その話は今日はやめておきましょう*井上荒野

  • 2018/07/04(水) 07:40:13

その話は今日はやめておきましょう
井上 荒野
毎日新聞出版 (2018-05-18)
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一人の青年の出現によって、揺らぎ始める定年後夫婦の穏やかな日常─ 。老いゆく者の心理をとらえた著者の新境地。


冷静に客観的に考えれば、有り得ないようなことなのだが、72歳の大楠昌平と69歳のゆり子夫妻、それぞれの心の動きが手に取るようにわかるだけに、切なくやりきれない気持ちにさせられる。世間的に見れば、とても恵まれた老後を送る二人なのだが、歳を取るということは、若いときには思いもしなかったような心のありようになるものなのである。ひょんなことから家政夫として大楠家で働くことになった、石川一樹も、堪え性もなくどうしようもない若者なのだが、まだ救いようがないところまではいっておらず、中途半端に「いい人」なところがあるのが、これまた厄介なのである。読み進めるほどに、胸がきゅぅっとなるような一冊である。

わたしの忘れ物*乾ルカ

  • 2018/06/20(水) 16:40:02

わたしの忘れ物
わたしの忘れ物
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乾 ルカ
東京創元社
売り上げランキング: 479,553

中辻恵麻がH大学生部から無理矢理に紹介された、大型複合商業施設の忘れ物センター―届けられる忘れ物を整理し、引き取りに来る人に対応する―でのアルバイト。引っ込み思案で目立たない、透明なセロファンのような存在の私に、この仕事を紹介したのはなぜ?なぜこんな他愛のない物を引き取りに来るの?忘れ物の品々とその持ち主との出会い、センターのスタッフとの交流の中で、少しずつ心の成長を遂げる恵麻だが―。六つの忘れ物を巡って描かれる、じんわりと心に染みる連作集。


妻、兄、家族、友、彼女、そして私、という六つの忘れ物の物語である。大型商業施設の喧騒から離れた先の、スタッフオンリーかと思ってしまうような通路を曲がったところにある忘れ物センターが物語の舞台である。中辻恵麻は、母の介護のために休職中の係長の穴埋めのために、成り行きで半ば無理やりにここでアルバイトすることになったのである。舞台や設定からは、何やら小川洋子めいた匂いがするし、ガラクタにしか見えない忘れ物たちに、見えない価値を見つけ出す水樹さんや橋野さんも、いささか謎めいていて、興味を惹かれる。忘れ物を取りに訪れる人たちにもそれぞれ生活があり、さまざまなものを抱え込んでいて、そんなその人だけの価値を知ることにも心惹かれる。だが、それだけでこの物語は終わらない。恵麻の忘れ物の物語が解き明かされるとき、いままでの不思議が氷解し、あたたかい涙とともに流れ出してくるのである。遅くなくてよかった、と恵麻に行ってあげたくなる一冊である。

屍人荘の殺人*今村昌弘

  • 2018/03/24(土) 18:34:51

屍人荘の殺人
屍人荘の殺人
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今村 昌弘
東京創元社
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神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちと肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け―。部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった…!!究極の絶望の淵で、葉村は、明智は、そして比留子は、生き残り謎を解き明かせるか?!奇想と本格ミステリが見事に融合する選考委員大絶賛の第27回鮎川哲也賞受賞作!


密室謎解きミステリとしては面白いのだが、ゾンビが出てきた段階で――たとえそれなくしてはトリックが成立しないとしても――、昂揚感がすっと引いてしまった――個人的な好みの問題なのだが――のが、残念でならない。なにかもっと、現実に起こる可能性が高い設定にしてくれたら、もっと愉しめたのだろうと思うと、ゾンビが必要不可欠な要素だからと言っても、がっかり感がぬぐえない。感染症まではいいが、それをゾンビにする以外なんとかしようがなかったものかと思ってしまう。評判が高いだけに、個人的にはいささか腑に落ちない一冊になってしまった。

ホワイトラビット*伊坂幸太郎

  • 2018/03/08(木) 16:36:36

ホワイトラビット
ホワイトラビット
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新潮社 (2017-12-22)
売り上げランキング: 1,063

仙台の住宅街で発生した人質立てこもり事件。SITが出動するも、逃亡不可能な状況下、予想外の要求が炸裂する。息子への、妻への、娘への、オリオン座への(?)愛が交錯し、事態は思わぬ方向に転がっていく――。「白兎(しろうさぎ)事件」の全貌を知ることができるのはあなただけ! 伊坂作品初心者から上級者まで没頭度MAX! あの泥棒も登場します。


仙台で起きた立てこもり事件の顛末である。一読、単純な立てこもり事件なのだが、加害者、被害者双方に厄介な事情があり、それらが複雑に絡まり合い、しかも時間を行きつ戻りつしながら描かれるので、認識している出来事の流れを、その都度修正しながら読み進めなければならない。頭が混乱しては来るが、次第に解かれて、本当の筋が見えてくるにつれ、その綱渡り的な鮮やかさに目を瞠る。さらに言えば、登場人物には悪人が多いのだが、それぞれがそのときの自分の立場で懸命に働いている姿が、なぜか憎めず、それぞれが家庭を守っているという背景を思い描けば、愛すべき奴等にも見えてきてしまう。警察も犯人もみんな一生懸命なのが、切なくもあり可笑し味でもある。これこそが、伊坂作品の醍醐味かもしれない。まぎれもない犯罪の一部始終なはずなのに、なぜかいい人たちにたくさん出会った心地にさせられてしまう不思議な一冊でもある。

ヲトメノイノリ*石田千

  • 2018/03/03(土) 18:35:29

ヲトメノイノリ (単行本)
石田 千
筑摩書房
売り上げランキング: 206,690

果たして、イノリは通じるのか。七十六歳にしてピアノを習い始める佃煮屋の女将、彼女の願いと挑戦を軽妙に語る表題作ほか、幼児から老女まで、様々な年代の女性の日常と「イノリ」を描いた傑作連作短篇集。


表題作のほか、「{ぶらんこ」 「うぐいす」 「青嵐」 「梅雨明け」 「風鈴」 「素麺」 「球根」 「木枯らし一号」 「去年今年」

それぞれ別のお話しなのだが、どこかで淡く繋がっている気がする。それぞれが、各々の場所で、各自の人生を生きているということが、別の場所の別の人の人生と、知らず知らずのうちに淡くかかわりを持ってくるような。ほんのりとあたたかな気持ちになる。そして表題作は熱い思いが並々と溢れている。そしてそれも人との関わりなのだなぁと思わされる。人はいろんなことを考え、いろんな気持ちを胸に仕舞って生きている。それをお互いに少しずつ見せ合うと、僅かずつでも繋がっていくのかもしれないと思えてくる。まず何かに気づくことが始まりなのかもしれないと気づかせてくれる一冊でもある。

クリスマスを探偵と*文 伊坂幸太郎  絵 マヌエール・フィオール

  • 2018/02/03(土) 07:20:59

クリスマスを探偵と
クリスマスを探偵と
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伊坂幸太郎
河出書房新社
売り上げランキング: 158,560

舞台はドイツ。
探偵カールがクリスマスの夜に出会った謎の男とは……?
伊坂幸太郎が贈る聖夜の奇跡の物語
大学生のときに著者が初めて書いた小説(初出『文藝別冊 伊坂幸太郎』/2010年小社刊)を自身の手により完全リメイク!

デビュー以来の伊坂作品のモチーフ、
「探偵」「男2人」「親子愛」「巧妙な構成」「ラストのどんでん返し」……
などのエッセンスがすべて凝縮された、珠玉の物語。
伊坂作品にはおなじみ、あのキャラクターの元祖とも言える人物も登場。

* * * * *

生まれて初めて完成させた短篇が元となった作品です。 ──── 伊坂幸太郎

お話の最後ではいつも呆然となり、もう一度読み直したい気持ちで胸がいっぱいになりました。 ──── マヌエーレ・フィオール


街角にたたずんだだけで、物語の登場人物になった心地になる、ローテンブルグの街が舞台の絵本である。時はまさにクリスマスイブ。ロマンティックな物語が始まるのかと思いきや、主人公の探偵は浮気調査の真っ最中。偶然公園で出会った男と何気なく始めた会話がなんとも味があって深い。話しているうちに判った浮気調査の実態にまず驚かされ、男が繰り広げる仮定の話しの見事さに目を瞠り、最後の最後にさらなる驚きが準備されていて、知らず知らずに頬がゆるんであたたかな気持ちになる。絵本とは言え、題材が子ども向きとは言い辛いが、波立った心が静かに凪いでいくような一冊である。

AX*伊坂幸太郎

  • 2018/02/02(金) 07:35:13

AX アックス
AX アックス
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伊坂 幸太郎
KADOKAWA (2017-07-28)
売り上げランキング: 2,132

最強の殺し屋は――恐妻家。

物騒な奴がまた現れた!
新たなエンタメの可能性を切り開く、娯楽小説の最高峰!

「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。
一人息子の克巳もあきれるほどだ。
兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。
引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。

こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。

書き下ろし2篇を加えた計5篇。シリーズ初の連作集!


文句なく面白い。プロの殺し屋と文房具会社の営業マンの顔を使い分ける主人公・兜。と聞けば、冷酷で、常に冷静さを失わない男を想像するが、実は家では常に妻のご機嫌を伺う気弱な夫で、そのギャップの激しさに、戸惑うのだが、難なく両立させてしまうのは、著者の力量だろう。手術と呼ばれる裏の仕事をこなすときには、効率的に瞬殺とも言える素早さで事に当たるのに、それ以外の場面での人情味あふれる顔を見ると、憎めなくなるのはずるい。そして、あっけない最期の後に配された章が秀逸で、更生の見事さにうならされる。魅力的過ぎる一冊である。

彼方の友へ*伊吹有喜

  • 2017/12/26(火) 16:19:39

彼方の友へ
彼方の友へ
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伊吹 有喜
実業之日本社
売り上げランキング: 3,426

「友よ、最上のものを」
戦中の東京、雑誌づくりに夢と情熱を抱いて――
平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。
「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。
そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった――
戦前、戦中、戦後という激動の時代に、情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。

実業之日本社創業120周年記念作品
本作は、竹久夢二や中原淳一が活躍した少女雑誌「少女の友」(実業之日本社刊)の存在に、著者が心を動かされたことから生まれました。


現在の佐倉波津子は高齢者施設で夢と現を行き来するような日々を送っている。傍からは、何も考えていないように見えるかもしれないが、頭の中には、来し方のあれこれが渦巻いていて忙しい。そんな波津子が駆け抜けてきた人生が彼女の目線で繰り広げられている。時折現在の様子に立ち戻るとき、そのギャップは人の老いというものを思い知らされるが、頭の中は存外誰でも活き活きしているのかもしれないとも思わされて、勇気づけられもする。そんな波津子の元へ、あのころの思い出の品とともに、関わって来た人たちとゆかりのある若い人たちが訪れ、話を聴きたいと言いう。積年の想いも報われ、波津子と「乙女の友」に関わった人たちの生き様が語り継がれることになるのである。ラスト三分の一は、ことに、涙が止めどなく、あふれるままに読み進んだ。外で読むには向かないが、中味がぎっしり詰まった読み応えのある一冊である。

賛美せよ、と成功は言った*石持浅海

  • 2017/11/26(日) 07:13:23

賛美せよ、と成功は言った (ノン・ノベル)
石持浅海
祥伝社
売り上げランキング: 115,600

武田小春は、十五年ぶりに再会したかつての親友・碓氷優佳とともに、予備校時代の仲良しグループが催した祝賀会に参加した。
仲間の一人・湯村勝治が、ロボット開発事業で名誉ある賞を受賞したことを祝うためだった。
出席者は恩師の真鍋宏典を筆頭に、主賓の湯村、湯村の妻の桜子を始め教え子が九名、総勢十名で宴は和やかに進行する。
そんな中、出席者の一人・神山裕樹が突如ワインボトルで真鍋を殴り殺してしまう。
旧友の蛮行に皆が動揺する中、優佳は神山の行動に〝ある人物〟の意志を感じ取る。
小春が見守る中、優佳とその人物との息詰まる心理戦が始まった……。
白熱の対局を観戦しているような読み応え! 倒叙ミステリの新たな傑作、誕生。


碓氷優佳物語の最新作である。相変わらず冷製で、理詰めで周囲を固め、攻め上っていく印象である。予備校時代の仲間たちのなかで、最初に成功を手にした湯村を祝う会の席上で、隣の席にいて、いちばん慕っていたはずの恩師の真鍋をワインボトルで殴って死なせた神山を巡り、いち早くそのからくりに気づいた優佳が、きっかけを作った人物をさりげなく追い詰める姿とほかのメンバーの反応を、本作の語り手役の武田小春の目を通して描いていく。他者にはただの雑談と映る場面でも、事情を察している小春に語らせることで、二人の応酬のギリギリ感が伝わってきてハラハラドキドキを愉しめる。犯人(と言っていいのかは疑問だが)の真意には途中でうっすら気づいたが、それでも興味は削がれることなく、二人の伯仲したやり取りと、他のメンバーの裡に抱えた心情が暴露され始める緊張感で、ページを繰る手を止められなくなる。優佳のことをもっともっと知りたいと思わされる一冊である。

地の星 なでし子物語*伊吹有喜

  • 2017/11/05(日) 16:08:38

地の星 なでし子物語
地の星 なでし子物語
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伊吹 有喜
ポプラ社
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自立、顔を上げて生きること。自律、美しく生きること―。遠州峰生の名家・遠藤家の邸宅として親しまれた常夏荘。幼少期にこの屋敷に引き取られた耀子は、寂しい境遇にあっても、屋敷の大人たちや、自分を導いてくれる言葉、小さな友情に支えられて子ども時代を生き抜いてきた。時が経ち、時代の流れの中で凋落した遠藤家。常夏荘はもはや見る影もなくなってしまったが、耀子はそのさびれた常夏荘の女主人となり―。ベストセラー『なでし子物語』待望の続編!


今作は、耀子に焦点が当てられている。常夏荘の女主人・おあんさんと呼ばれるようになり、遠藤家の龍治との間に瀬里という娘のいる母親になっている。凋落した遠藤家のために、スーパーに働きに出ている耀子であるが、そのことについては、遠藤家の内外からさまざま取りざたされもしている。それでも、前を向いて、一歩ずつ歩を運ぶ耀子が、弱々しげだった印象から少しずつ脱皮して、たくましさまで感じさせられるようになっていく姿は、思わず応援したくなる。次作は、一作目と今作の間の物語のようだが、そちらもとても気になるシリーズである。

カンパニー*伊吹有喜

  • 2017/09/27(水) 16:39:54

カンパニー
カンパニー
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伊吹 有喜
新潮社
売り上げランキング: 62,322

合併、社名変更、グローバル化。老舗製薬会社の改革路線から取り残された47歳の総務課長・青柳と、選手に電撃引退された若手トレーナーの由衣。二人に下された業務命令は、世界的プリンシパル・高野が踊る冠公演「白鳥の湖」を成功させること。主役交代、高野の叛乱、売れ残ったチケット。数々の困難を乗り越えて、本当に幕は開くのか―?人生を取り戻す情熱と再生の物語。


何の予備知識もなしに読み始めたのだが、とても面白かった。バレエの世界には全く縁がないので知らなかったが、バレエ団のことをカンパニーと呼ぶらしい。タイトルはまさにバレエ団のことなのだが、製薬会社の再編成やリストラに絡んで、会社に人生を振り回される青柳や瀬川を見ていると、会社のカンパニーが描かれているとも言えるかもしれない。世界に名だたるプリンシパルにも、わき役に甘んじるダンサーにも、トレーナーにも、企業から出向してきた社員にも、それぞれ人生があり、抱えているものがあり、コンプレックスがあり、誇りがある。仕事も立場も違えど、同じ人間なのだという思いを強くする。どんな立場にいようとも、ひとりでは何も成し遂げられず、周りの人々と一緒に作り上げていく喜びがあるのである。決断は自分でするものだが、そこに至る道筋にはたくさんの人がいて、さまざまな思いがあるのだと、あたたかい気持ちにさせてくれる一冊だった。

アキラとあきら*池井戸潤

  • 2017/08/14(月) 07:54:14

アキラとあきら (徳間文庫)
池井戸潤
徳間書店 (2017-05-17)
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零細工場の息子・山崎瑛(あきら)と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬(かいどうあきら)。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった――。

ベストセラー作家・池井戸潤の幻の青春巨篇がいきなり文庫で登場! !


タイトルと、表紙のイラストから、努力家の零細工場の息子・山崎瑛が、鼻持ちならない御曹司・階堂彬に立ち向かって勝つ物語かと予想したのだが、そんなありきたりな物語ではなかった。瑛も彬もどちらも自分の置かれた環境に埋没することなく、抗って自らの進む道を切り拓いていく。それぞれの場所で自分を極めた二人が出会い、反発するのかと思いきや、互いを認め合い力を合わせて互いを守り抜く。どこまでもいい奴らなのである。二人とも初心を忘れず、環境に流されることなく思いを貫く強さと、考え方の柔軟性を持っていて、魅力的過ぎる。思いの熱さに何度涙を誘われたことだろう。700ページ超えの大作なのだが、あっという間に読み終えてしまい、それでもまだ読み続けたいと思わされる一冊である。

鎮憎師*石持浅海

  • 2017/08/05(土) 16:27:09

鎮憎師
鎮憎師
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石持 浅海
光文社
売り上げランキング: 189,539

赤垣真穂は学生時代のサークル仲間の結婚式の二次会に招かれた。その翌日、仲間の一人が死体となって発見される。これは、三年前にあった“事件”の復讐なのか!?真穂は叔父から「鎮憎師」なる人物を紹介される…。奇想の作家が生み出した“鎮憎師”という新たなる存在。彼は哀しき事件の真相を見極め、憎しみの炎を消すことができるのか―。


理詰めでじわじわと外堀から埋めていって真相にいきつく著者流の謎解きが健在である。ことに、事件の当事者の八人が理系の大学出身ということで、情に流されない理論的な検証が自然である。とは言え、人間関係は、理詰めでいかないことの方が圧倒的に多く、そんな意のままにならない人間関係によって事件は引き起こされるのである。犯人を暴くのではなく、憎しみの連鎖を止めるという「鎮憎師」と呼ばれる沖田の存在が、狭い関係性に新しい何かを吹き込み、あとから思い出したふとした違和感から真犯人にたどり着くという結果にもなる。たったこれだけの関係者の中で、そういう趣向の人間があれだけいるというのは、いささか不自然な気がしなくもないが、ひとつずつ積み重ねていく過程と、お互いを案じる思いとに惹きこまれる。好きな一冊である。

がん消滅の罠*岩木一麻

  • 2017/07/19(水) 19:04:47


日本がんセンター呼吸器内科の医師・夏目は、生命保険会社に勤務する森川から、不正受給の可能性があると指摘を受けた。
夏目から余命半年の宣告を受けた肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付金3千万円を受け取った後も生存しており、
それどころか、その後に病巣が綺麗に消え去っているというのだ。同様の保険支払いが4例立て続けに起きている。
不審を抱いた夏目は、変わり者の友人で、同じくがんセンター勤務の羽島とともに、調査を始める。
一方、がんを患った有力者たちから支持を受けていたのは、夏目の恩師・西條が理事長を務める湾岸医療センター病院だった。
その病院は、がんの早期発見・治療を得意とし、もし再発した場合もがんを完全寛解に導くという病院。
がんが完全に消失完治するのか? いったい、がん治療の世界で何が起こっているのだろうか―。


がんで余命診断された患者が、湾岸医療センターにかかると、病巣が消え去り、がんが寛解するという事実が多発していることに気づいたがんセンターの医師・夏目は、友人で同センターに勤務する羽島と調査を始める。がんと診断されたときに保険金が支払われる保険のリビングニーズ特約も絡み、突然退職した夏目の恩師の消息も絡み、事態は厭な感じに複雑になっていく。がんが治るという願ってもないことにもかかわらず、なにやら喜べないことが裏で行われていることは初めから判るものの、それが何を目的に企てられ、どんな手順で進められているのか、そのトリックに興味はそそられる。さらにそれだけではなく、夏目の恩師・西條の個人的な事情も絡み、思わぬ事実が明らかにされる。がん寛解の手順については腑に落ちたが、その目的に関しては、いささか消化不良な印象もぬぐえない。興味深い一冊であることは間違いない。