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マイクロスパイ・アンサンブル*伊坂幸太郎
- 2022/08/18(木) 07:04:57
どこかの誰かが、幸せでありますように。
失恋したばかりの社会人と、元いじめられっこのスパイ。
知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり……。
ふたりの仕事が交錯する現代版おとぎ話。
付き合っていた彼女に振られた社会人一年生、
どこにも居場所がないいじめられっ子、
いつも謝ってばかりの頼りない上司……。
でも、今、見えていることだけが世界の全てじゃない。
優しさと驚きに満ちたエンターテイメント小説!
猪苗代湖の音楽フェス「オハラ☆ブレイク」でしか手に入らなかった
連作短編がついに書籍化!
あとがきを読んで、本作の作りに合点がいった。年に一度行われる音楽フェスで配られる読み物として始まったものだったのだ。それが、毎年続き、作品中の人々もひとつずつ年を取っていく。ストーリーの本体は、舞台が猪苗代湖という以外にはほぼ無関係だが、折々に挿みこまれる曲の歌詞は、フェスに参加するアーティストのものらしい。そして、猪苗代湖周辺では、社会人になりたての男が悩み、喜び、さまざまな体験をして歳を重ね、その足元には、男の知らない小さな世界で、スパイ戦争が繰り広げられている。二つの世界が、落とし物などで絶妙に交差するのが、価値観や見え方の違いもあって興味深く、ハラハラドキドキさせられる。どこで何が誰の役に立っているか判らない、そんなことをも思わされる。平凡でスペクタクルでやさしい一冊だった。
星空の16進数*逸木裕
- 2022/06/28(火) 17:46:22
私を誘拐したあの人に、もう一度だけ会いたい。色鮮やかな青春ミステリ。
ウェブデザイナーとして働く17歳の藍葉は、”混沌とした色彩の壁”の前に立つ夢をよく見る。それは当時6歳だった自分が誘拐されたときに見た、おぼろげな記憶。あの色彩の壁は、いったい何だったのだろうか――その謎は、いつも藍葉の中にくすぶっていた。ある日、届け物を依頼されたという私立探偵・みどりが現れ、「以前は、大変なご迷惑をおかけしました」というメッセージと100万円を渡される。かつての誘拐事件しか心当たりのない藍葉は、みどりに誘拐事件の犯人・朱里の捜索を依頼する。当時、誘拐事件はわずか2時間で解決されていた。藍葉の思い詰めた様子と自身の好奇心からみどりは朱里を捜し始め、藍葉は”色彩に満ちた部屋”の再現を試みる。己の”個性”と向き合う藍葉と、朱里の数奇な人生を辿っていくみどりはやがて、誘拐事件の隠された真相に近づいていくが――。
母親にネグレクトされ、しかも誘拐された経験のある17歳の藍葉の物語なのだが、ひょんなことから関わることになった私立探偵のみどりの物語でもある。藍葉を誘拐した犯人・朱里を探すうちに、別の扉が次々に開かれるように新たな展開が生まれ、併せて藍葉の色彩に関する認識も深まっていく。そして、双方が相まって、事の真実に近づいていくのである。一見関係なさそうな事件十色。実はそこには特定の人にしかわからない深いかかわりがあったのである。藍葉とみどりと朱里、不思議な縁で繋がった彼女たちの人生の物語と言ってもいい一冊だった。
ペッパーズ・ゴースト*伊坂幸太郎
- 2022/04/22(金) 07:05:56
少しだけ不思議な力を持つ、中学校の国語教師・檀(だん)と、女子生徒の書いている風変わりな小説原稿。
生徒の些細な校則違反をきっかけに、檀先生は思わぬ出来事に巻き込まれていく。
伊坂作品の魅力が惜しげもなくすべて詰めこまれた、作家生活20年超の集大成!
ニーチェの思想が下敷きになった物語である。ペッパーズ・ゴーストとは、劇場や映像の技術のひとつで、別の場所に存在するものを、観客の目の前に映し出す手法のことだそうである。それがわかると、物語の構成が見えてくる。中学教師・檀、教え子の書いた小説、別の教え子の校則違反から派生するその父親、という三つの視点でストーリーが進んでいくのだが、あるところで、現実が小説に取り込まれるように、三者が入り交じって、より複雑な展開になっていく。一瞬でも目を離せば、まったく別の場所に連れて行かれてしまうような心地である。まるで小説の登場人物になったようである。そもそも、檀のちょっと変わった――誰かの飛沫を浴びると、その人が見ている未来を束の間見ることができる――体質が、現実離れしているので、なおさら効果的になっている。描かれている問題は、どれもシリアス極まりないのだが、コメディを見ているような心が弾むような気持ちになるのはなぜだろうか。ペッパーズ・ゴースト効果と言えるのかもしれない。はらはらどきどきと深い悲しみを同時に体験できる一冊でもあった。
新しい世界で 座間味くんの推理*石持浅海
- 2022/03/01(火) 18:03:49
大学生の玉城聖子、警視庁の幹部、会社員の座間味くん。世代も性別もバラバラだが、不可解な話を肴に酌み交わす仲だ。杯が進むほど推理は冴えていく。極上の酒。かけがえのない友。不可解な謎。鮮やかな反転。2021年の掉尾を飾る、短編本格ミステリの精華!
新宿東口の書店で待ち合わせて飲みに行き、警視庁幹部の大迫が提供した話題に、座間味くんと聖子があれこれコメントし、最後は座間味くんがぽつりとつぶやくひとことから始まる謎解きのような見解にうならされる、という定型と言ってもいい趣向の物語である。なので、座間味くんがどう解明するかと、考えながら読み進めるのだが、いつも目を開かされる心持ちになるのである。相変わらず頭が切れる座間味くんである。そして、このラストはなんてしあわせなのだろう。これ以上ない展開ではないか。座間味くんシリーズは終わってしまうの?新しい世界でまだまだ続いてほしいシリーズである。
民王 シベリアの陰謀*池井戸潤
- 2022/01/26(水) 07:16:38
謎のウイルスをぶっ飛ばせ!!
「マドンナ・ウイルス? なんじゃそりゃ」第二次内閣を発足させたばかりの武藤泰山を絶体絶命のピンチが襲う。目玉として指名したマドンナこと高西麗子・環境大臣が、発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、急速に感染が拡がっているのだ。緊急事態宣言を発令し、終息を図る泰山に、世論の逆風が吹き荒れる。一方、泰山のバカ息子・翔は、仕事で訪れた大学の研究室で「狼男化」した教授に襲われる。マドンナと教授には共通点が……!? 泰山は、翔と秘書の貝原らとともに、ウイルスの謎に迫る!!
現実社会と絶妙にリンクさせつつ、時間的にも空間的にも壮大なスケールのファンタジー要素も盛り込み、政策と民意の乖離や、洗脳されやすい民衆の弱さ、政治家や科学者や先導者の熱意と無力などに対する皮肉も練り込んだ物語である。著者特有の勧善懲悪的要素はそのままだが、ままならない事実も描いて、前途多難な中にもかすかな希望を残した一冊である。
小説の惑星 オーシャンラズベリー篇*伊坂幸太郎編
- 2022/01/17(月) 18:50:57
小説のドリームチーム、誕生。伊坂幸太郎選・至上の短編アンソロジー、赤いカバーのオーシャンラズベリー篇!
編者による書き下ろしまえがき(シリーズ共通)&各作品へのあとがき付き。
子供のころから今まで読んできた小説の中で、本当に面白いと思ったものを集めてみ ました。見栄や知ったかぶり、忖度なく、「とびきり良い! 」「とてつもなく好き」と感 じたものばかりです。
十代で読んだものもあれば、デビュー後に知った作家の作品もあります。ミステリー小説と純文学が好きだったために、そのいずれかに分類される短編が自然と多くなりましたが、そういった偏りも含め、僕自身が大好きな小説たちです。
(まえがき 小説の惑星について 伊坂幸太郎 より抜粋)
さすが伊坂さんの選である。凡人にはいささかわかりにくい作品も多い(誉め言葉である)。だが、後の小説家・伊坂幸太郎を作ったエッセンスの一部になったのかもしれないと思うと、親しみがわいてくる気がして、その良さを解ろうと読み込んでみたりもさせられる。独特のチョイスではあると思うが、それも含めて愉しめる一冊だった。
君が護りたい人は*石持浅海
- 2021/11/05(金) 16:42:15
周到な計画。何重もの罠。
強固な殺意を阻むのは、故意か、偶然か。
容赦なき読み――名探偵・碓氷優佳。ベストセラーシリーズ最新刊!
成富歩夏が両親を亡くして十年、後見人だった二十も年上の奥津悠斗と婚約した。高校時代から関係を迫られていたらしい。歩夏に想いを寄せる三原一輝は、奥津を殺して彼女を救い出すことを決意。三原は自らの意思を、奥津の友人で弁護士の芳野友晴に明かす。犯行の舞台は皆で行くキャンプ場。毒草、崖、焚き火、暗闇……三原は周到な罠を仕掛けていく。しかし完璧に見えた彼の計画は、ゲストとして参加した碓氷優佳によって狂い始める。見届け人を依頼された芳野の前で、二人の戦いが繰り広げられる――。
碓氷優佳、今回もさりげなく怖い。バーベキューに参加した彼女が何をしたのか、わかる人にしかわからない。わからない人にとっては、単なるメンバーの知り合いで今回だけ参加した人ということになる。それなのに、しっかり殺人を阻止してしまう。とは言え、誰も死ななかったかと言えばさにあらず。まさかそこまでタイミングを計ったとは思えないが、ぜっていにないとは言い切れないところが、敵に回したくない所以である。相変わらず、計り知れない女性である。そして、それこそが彼女の魅力でもある。ただ、今回の殺人計画者が、彼女と対決するには力不足だった気がしてしまうのは、わたしだけだろうか。ハラハラドキドキそしてほっと息をつくという目まぐるしい一冊だった。
カラット探偵事務所の事件簿3*乾くるみ
- 2021/04/07(水) 16:25:09
「謎解き専門」を謳うカラット探偵事務所。父親の墓に人知れず花を供える怪しい墓参者の正体を追う「秘密は墓場まで」事件、「謎を〝作ってほしい″」という不思議な依頼に挑む「遊園地に謎解きを」事件など、日常に潜む些細な謎や奇妙な謎を、所長の古谷と助手の井上が鋭い推理で解き明かす! ミステリの名手による大人気シリーズ、8年振りの最新作にして待望の第三弾。
最後までこの設定は貫き通すのか、とは思ったが、それがあればこその面白さもまたあるので、良しとする。でも、完結してしまいそうな感じの終わり方なのがいささか残念である。カルテットで探偵事務所をやってくれてもいいのに。謎解きは、例によって、ふとしたきっかけによる閃きがヒントになり、何度見ても見事だが、謎解き専門の探偵事務所にやってくる依頼者のバラエティにも驚かされる。いたるところに謎はあるのだ。そして、ホームズとワトソンばりに、事件の記録を小説にまとめている助手の井上だが、かなり年月を要しており、それがまた妙な具合に本作を面白くしているのだから困ってしまう。もっと二人を見ていたいシリーズである。
半沢直樹 アルルカンと道化師*池井戸潤
- 2021/03/05(金) 07:25:45
東京中央銀行大阪西支店の融資課長・半沢直樹のもとに、とある案件が持ち込まれる。大手IT企業ジャッカルが、業績低迷中の美術系出版舎・仙波工藝社を買収したいというのだ。大阪営業本部による強引な買収工作に抵抗する半沢だったが、やがて背後にひそむ秘密の存在に気づく。有名な絵に隠された「謎」を解いたとき、半沢がたどりついた驚愕の真実とは―。
理不尽を許さない半沢直樹らしいストーリーである。私利私欲のために顧客をないがしろにする東京中央銀行内部のお偉い方々にも、臆すことなく自らの正義を貫く姿勢は一貫していてすがすがしいほどである。だが、そこにはしっかりとした情報収集と、想像力、調査力が大いに役立っていることは言うまでもない。今回も、同期の渡真利の情報収集能力があってこその対策であり、周りの人たちにどれほど助けられているかに改めて思いいたる。また半沢シンパが増えたのは間違いない。読み応えのある一冊だった。
カラット探偵事務所の事件簿2*乾くるみ
- 2021/01/03(日) 16:14:42
“あなたの頭を悩ます謎を、カラッと解決いたします”―閑古鳥の啼く「謎解き専門」の探偵事務所に持ち込まれた七つの事件を、探偵・古谷が鮮やかに解決!密室状態の事務所から盗まれたあるものを見つけ出す「昇降機の密室」、駐車場の追突事件の真相を暴く「車は急に…」、急死した父親が残した秘伝のたれのレシピを探す「一子相伝の味」など、ミステリの名手による連作短篇集。待望のシリーズ第二弾
地元の名士を親に持つ、高校の同級生・古谷が始めたカラット探偵事務所の唯一の社員の「俺」(井上)が、名探偵の助手の役目のひとつとして、扱った数少ない事件の詳細を、小説の形にして(古谷しか見ないが)書き留めたもの、という趣向である。相変わらずほとんど暇で、時間をつぶすのが苦痛なほどなのだが、たまたま舞い込んだ依頼は、ちょっと変わったものが多い。謎解き専門の探偵事務所、と謳っているので当然と言えば当然なのだが。古谷の着眼点や、解き明かしていく経緯は、充分愉しめるし、一話完結なので、どこから読んでも差しさわりはないのだが、ラストの一行まで愉しむには、やはり一冊目から読まなければならないだろう。次は、既成事実として物語が始まるのか、それとも、そこに辿り着くまでの経緯が明かされるのか、愉しみなシリーズである。
カラット探偵事務所の事件簿1*乾くるみ
- 2020/12/09(水) 16:31:41
あなたの頭を悩ます謎を、カラッと解決いたします! 高校の同級生・古谷(ふるや)が探偵事務所を開くことになった。体調を崩していた俺は、その誘いを受け新聞記者から転職して、古谷の探偵事務所に勤めることにした。探偵事務所といっても、浮気調査や信用調査などは苦手としているようだ。出不精の所長・古谷を除けば、実質的な調査員は俺だけになってしまうので、張り込みや尾行などといった業務もろくにこなせないのだ。ではいったい何ができるのかというと――実は≪謎解き≫なのだ。 作家とファンのメールのやりとりの中から、隠された真実を明らかにしていく「卵消失事件」、屋敷に打ち込まれた矢の謎を解く「三本の矢」など、技巧の限りを尽くして描いた6つの事件を収録。
高校の同級生だった古谷が半分道楽のように始めた探偵事務所に雇われた俺・井上の目線で語られる物語である。古谷がホームズで、井上がワトソンと言ったところか。実家に余裕があるおかげか、カリカリお金儲けをしようとするわけでもなく、気に入った依頼だけを受けて謎解きをする、といったゆるい探偵事務所ではあったが、古谷の謎解き力は見事であると言ってもいい。開所間もないということで、依頼の方向性は、まだまだ定まらず、簡単なものから本格的なものまでさまざまだが、物語が進むにつれて、依頼も増えているようなので、これからも愉しみである。ラスト間近で思わぬ種明かしがあったものの、これからの物語の展開にどう影響してくるのかはまだよくわからない。次作も愉しみなシリーズである。
女帝小池百合子*石井妙子
- 2020/09/12(土) 16:52:43
コロナに脅かされる首都・東京の命運を担う政治家・小池百合子。
女性初の都知事であり、次の総理候補との呼び声も高い。
しかし、われわれは、彼女のことをどれだけ知っているのだろうか。
「芦屋令嬢」育ち、謎多きカイロ時代、キャスターから政治の道へーー
常に「風」を巻き起こしながら、権力の頂点を目指す彼女。
今まで明かされることのなかったその数奇な半生を、
三年半の歳月を費やした綿密な取材のもと描き切る。
良きにつけ悪しきにつけ、小池百合子という人はが、人びとの興味を引く人物であることは間違いないのだろう。本書は、彼女の真実を暴くことを主眼としているので、間違っても褒め称えたりすることはない、とは理解しつつ、それでも、本書を読み、ひとりの人間の裏側を覗くという行為には、ある種の背徳感が伴う。自ら手を伸ばしてページを繰りながら、何となく後ろめたい心地にもなるのである。だが、内容には思い当たることも多く、丁寧に取材はされているのだろうとは思わされる。カイロ大学の対応や、そうそうたる政治家のみなさんの対応等、腑に落ちず疑問が残ることも多々あるが、だれしも、全面的に信じることはできないのだということは、肝に銘じなければならないということかもしれない。これからの小池百合子を見ていたいと思わせる一冊ではあった。
雲を紡ぐ*伊吹有喜
- 2020/09/07(月) 19:00:58
壊れかけた家族は、もう一度、ひとつになれるのか?羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布」ホームスパンをめぐる親子三代の心の糸の物語。
互いの心のなかを慮ることができず、言葉に現れたものだけでしか判断することができなくなっていた父と母と娘。互いに様子を窺うような家族に、もはや安らぎはない。しかも――だからこそなのかもしれないが――、職場や学校も、安らげる場所ではなくなり、次第に逃げ場がなくなっていく。そんな折、高校生の娘・美緒は、ふとしたきっかけで、父方の祖父がホームスパンの工房を持っている岩手に家出同然にやってくるのである。そこで、糸を紡ぐことのすばらしさに出会って、自分の心の赴くままに何かをやることの楽しさを知り、ほんの少しずつだが、凝っていたものが柔らかくなって、一歩ずつ前へ進める糸口を見つけられそうな気持になるのだった。何ものでもなかった一本の糸が、織られてなにかになっていくように、人と人も、撚り合わされることで強くなれるのかもしれないと、心強く思える一冊だった。
窓辺のこと*石田千
- 2020/08/11(火) 18:42:47
50歳になった作家の2018年、暮らしに根づいている言葉を丁寧にすくい、文章に放つ。 いいことも悲しいことも書く。人気作家の新境地をひらく傑作エッセイ集! 2018年の1年間、「共同通信」に連載した作品を中心に、その1年に雑誌などに発表したエッセイをまとめる。
特に華々しいこともなく、堅実に丁寧に生きる日々の暮らしに、著者の視線が向けられるだけで、これほどにも愛おしく豊かに感じられるものだということに感動さえ覚える。キラキラと飾った言葉を遣うわけでもなく、淡々と目の前のこと、胸の中のことを書き綴っているような言葉の中に、その「人」がすべて現れていて、うなずかされる。悲しみの深さも、しあわせの噛みしめ方も、抑え目に書かれているからこそ真に伝わるというものだろう。ますます好きになる一冊である。
銀行狐*池井戸潤
- 2020/07/06(月) 18:24:43
銀行には金と秘密と謎がある。いや時には、頭取宛てに「狐」から脅迫状が届いたり、金庫室から老婆の頭部が見つかることも―怨みを買うことは日常茶飯事、となれば犯人像もまた多岐にわたる。動機は金の怨みか、憎しみか、悲しみか。日常に亀裂が走り、平凡な人間に魔が差すときを描いた、ミステリー短編集全5編。
表題作のほか、「金庫室の死体」 「現金その場かぎり」 「口座相違」 「ローンカウンター」
一般には知られざる銀行内部の事情や実情、からくりなどがうかがい知れて、興味深くもあり、恐ろしくもある。個人情報がここまで細かくさらされていると思うと、銀行員のモラルは徹底的に管理してもらわなければ怖くて銀行を利用できなくなりそうでもある。物語は、どれも思ってもいない展開を見せ、狸と狐の化かし合い的なものから、ストーカー的なものまで幅広く、そのどれもが恐ろしが、惹きこまれる。銀行内部を知っている著者ならではの一冊である。
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