私はあなたの記憶の中に*角田光代

  • 2018/06/24(日) 16:18:15

私はあなたの記憶のなかに
角田 光代
小学館
売り上げランキング: 32,798

角田ワールド全開!心震える待望の小説集
《「さがさないで。私はあなたの記憶のなかに消えます。夜行列車の窓の向こうに、墓地の桜の木の彼方に、夏の海のきらめく波間に、レストランの格子窓の向こうに。おはよう、そしてさようなら。」――姿を消した妻をさがして僕は記憶をさかのぼる旅に出た。》(表題作)のほか、《初子さんは扉のような人だった。小学生だった私に、扉の向こうの世界を教えてくれた。》(「父とガムと彼女」)、《K和田くんは消しゴムのような男の子だった。他人の弱さに共振して自分をすり減らす。》(「猫男」)、《イワナさんは母の恋人だった。私は、母にふられた彼と遊んであげることにした。》(「水曜日の恋人」)、《大学生・人妻・夫・元恋人。さまざまな男女の過去と現在が織りなす携帯メールの物語。》(「地上発、宇宙経由」)など八つの名短篇を初集成。
少女、大学生、青年、夫婦の目を通して、愛と記憶、過去と現在が交錯する多彩で技巧をこらした物語が始まる。角田光代の魅力があふれる魅惑の短篇小説集。


身近にありそうで、でも実際にはなさそうで、それでいて何とはなしに身に覚えのある感情を揺さぶられるような印象の物語たちである。実際に体験したわけではないのに、その場にいたことがあるような親しさを感じることがある。それは、人物にだったり、場所にだったり、あるいはその情景にだったりするのだが、振り返ってみても自分の人生の中にそんな場面はなかったはずなのである。そんな風にいつの間にか惹き込まれている一冊だった。

玉村警部補の巡礼*海堂尊

  • 2018/06/14(木) 16:36:14

玉村警部補の巡礼
玉村警部補の巡礼
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海堂 尊
宝島社
売り上げランキング: 53,423

累計1000万部突破『チーム・バチスタの栄光』シリーズに登場する“加納&玉村"コンビが、お遍路道中で難事件を解決!
休暇を利用して八十八箇所を巡拝する四国遍路に出た玉村警部補。
しかし、なぜか同行してきた警察庁の加納警視正と、行く先々で出くわす不可解な事件に振り回され……。
軽やかに跳躍する海堂ワールド、珠玉のミステリー四編。

「阿波 発心のアリバイ」お遍路の道中に遭遇した賽銭泥棒事件。加納警視正は容疑者となった女の無実を証明できるのか。
「土佐 修行のハーフ・ムーン」十年前に起きた政治家秘書不審死事件の容疑者には、鉄壁のアリバイが存在した――。
「伊予 菩提のヘレシー」蚊を信仰する寺で発見された不審死体。事件性はないかに思われたが、加納はAiの実施を主張する。
「讃岐 涅槃のアクアリウム」讃岐のひょうげ祭りに爆破テロ予告が! しかし、その背後には巨大な闇組織の暗躍があった……。


玉村・加納コンビふたたび、である。リフレッシュ休暇でお遍路の旅に出たはずのタマちゃんこと玉村警部補であるが、どういうわけか、もれなく警察庁のハウンド・ドッグの異名を持つ加納警視正と同道することになる。タマちゃんのお遍路計画は台無しであり、加納に無理難題を突き付けられ、反論するたびに、妙に納得してしまう屁理屈でやりこめられるのだった。というのも、加納はただタマちゃんに着いて歩いているわけではなく、しっかり仕事をしているのである。しかも、予定になかった事件まで抱え込んだりする始末。そしてそれらをことごとく解決してしまうのである。恐るべし加納警視正。と書くと、やたらと格好よさそうだが、本人の強引すぎるキャラクタがそう感じさせないところがミソである。ともあれ、でこぼこコンビの珍道中を再び見られて満足な一冊である。

カーテンコール!*加納朋子

  • 2018/03/16(金) 10:56:10

カーテンコール!
カーテンコール!
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加納 朋子
新潮社
売り上げランキング: 260,846

幕が下りた。もう詰んだ。と思ったその先に、本当の人生が待っていた。経営難で閉校する萌木女学園。私達はその最後の卒業生、のはずだった――。とにかく全員卒業させようと、限界まで下げられたハードルさえクリアできなかった「ワケあり」の私達。温情で半年の猶予を与えられ、敷地の片隅で補習を受けることに。ただし、外出、ネット、面会、全部禁止! これじゃあ、軟禁生活じゃない!


「砂糖壺は空っぽ」 「萌木の山の眠り姫」 「永遠のピエタ」 「鏡のジェミニ」 「プリマドンナの休日」 「ワンダフル・フラワーズ」

乙女ばかりの寮生活の半年を描いた物語である。と聞くと、さぞや華やかできらびやかな日々が繰り広げられるのだろうと想像したくなるが、舞台は、経営難による平衡が決まった萌木女学園の敷地の一角に建つ合宿棟のような建物。スタッフは、理事長の角田を始め、彼の妻や娘、老教師や校医など、ほぼ身内と言ってもいいような面々。さらには、外部との接触は一切禁止、食事も間食はじめ、生活の一部始終をしっかり管理された、矯正施設のようなものだったのである。生徒たちはと言えば、幾度もの救済措置からも零れ落ちた、折り紙付きの落ちこぼれであり、それぞれが問題を抱えている。覇気のない補講合宿なのだが、理事長の采配によって同室にされた者たちは、少しずつ相手のことを見るようになり、翻って自らにも目を向けるようになっていく。亀の歩みのようなのんびりしたものであっても、確実に進んでいる姿を見ていると、出会いの妙を感じさせられる。誰もが何かしらの屈託を抱えて生きているという、当たり前のようなことを認識するだけで、世界の色が変わって見えてくることもあるのだろう。最後の章では、角田理事長の胸の裡が語られるが、それに耳を傾け、その哀しみを想像できるようになった彼女たちの姿にも感動を覚える。切なくやるせなく、だが、じんわりと胸を温めてくれる一冊だった。

森へ行きましょう*川上弘美

  • 2017/12/04(月) 16:27:05

森へ行きましょう
森へ行きましょう
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川上 弘美
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 3,517

1966年ひのえうまの同じ日に生まれた留津とルツ。「いつかは通る道」を見失った世代の女性たちのゆくてには無数の岐路があり、選択がなされる。選ぶ。判断する。突き進む。後悔する。また選ぶ。進学、就職、仕事か結婚か、子供を生むか…そのとき、選んだ道のすぐそばを歩いているのは、誰なのか。少女から50歳を迎えるまでの恋愛と結婚が、ふたりの人生にもたらしたものとは、はたして―日経新聞夕刊連載、待望の単行本化。


500ページ超えの超大作であるが、途中一度も飽きることなく――というよりも、次の展開が愉しみで愉しみで、本を置くのが名残惜しくて仕方がなかった。留津とルツ二人の人生が描かれているのだが、登場人物はほぼ同じ。いわゆるパラレルワールドの物語である。後半、さらに分化してべつの「RUTSU」が登場するが、彼女たちが、留津の小説の登場人物なのか、さらなるパラレルの世界の人なのかは判然としない。そしてそれは大した問題でもないのかもしれないとも思われる。それぞれの人生は、良くも悪くもありそうな人生であり、誰もが自身に引き寄せて考えることのできるエピソードが満載であり、何ら突出したことはないのだが、ほんの些細な選択の違いによって、少しずつ様相を異にしていく人生の道筋がたいそう興味深くて、のめり込む。語り口も至って淡々としているのだが、すっかりとりこになってしまう一冊である。

エデンの果ての家*桂望実

  • 2017/09/04(月) 10:04:55

エデンの果ての家
エデンの果ての家
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桂 望実
文藝春秋
売り上げランキング: 211,982

母が殺された――その悲しみの葬儀の席で逮捕連行されたのは、弟だった。

大企業勤務のエリートサラリーマンの父、良妻賢母を絵にかいたような料理上手の母、幼いころから両親の期待を一身に背負い、溺愛されてきた弟、そして彼らのなかで、ひとり除けものであるかのように成長した主人公、葉山和弘。
遺棄死体となって発見された母親の被疑者が弟であったことで、父親は半狂乱になって弟の無実を証明しようとするのだが――。


ミステリでもあるが、名ばかりの家族がほんとうの家族になっていく苦しい道のりの物語でもあるような気がする。親は子どものことを、実は何もわかってはいないし、子もまた親の心底の気持ちを理解しているとは言えず、互いにすれ違い、思い違ったまま、別々の記憶を背負って苦しんでいるのである。葉山家の場合、それを解きほぐすきっかけになったのが、母の死だったのである。その後、犯人として弟が逮捕されてからの証人探しのなかで少しずつ明らかになっていく真実を直視することで、これまでの家族に対する思い込みが崩壊し、初めから組み立て直さなければならなくなる。被害者家族であり、加害者家族でもあるという複雑な立場に置かれた葉山家の葛藤と、だからこそ家族の形が取り戻せるかもしれないという微かな喜びがまじりあった一冊でもある。

嫁をやめる日*垣谷美雨

  • 2017/06/19(月) 18:22:34

嫁をやめる日
嫁をやめる日
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垣谷 美雨
中央公論新社
売り上げランキング: 11,394

ある晩、夫が市内のホテルで急死した。「出張に行く」という言葉は、嘘だった―。ショックを受けながらも、夫の隠された顔を調べはじめた夏葉子。いっぽう、義父母や親戚、近所の住人から寄せられた同情は、やがて“監視”へと変わってゆき…。追い詰められた夏葉子を、一枚の書類が救う!義父母、嫁家からの「卒業」を描く、「嫁」の役割に疲れたあなたに!人生大逆転ストーリー。


夫の急死をきっかけに、ぎくしゃくしていて遠いと感じていた夫の存在が、ある意味大きくなり、それまで意識したこともなかった「嫁」という立場もくっきりと浮き彫りになってくる。夫がいる間は、他所にないくらいうまくいっていると思っていた、舅・姑との関係も、夫がいなくなってみると、鬱陶しい以外の何物でもなくなる。上品でいい人だと思っていた旧家の奥さまである義母の行動のあれこれが鼻につき、知人の多さが、閉ざされた地方都市では監視の目が多いことにつながる。生前の夫の行いにも不信感が募り、悶々としているときに、がさつで品がないと思っていた実家の父が大いなる力になってくれたりと、ほんとうに頼るべき人が誰なのかを思い知らされたりもするのである。だが、一度はまりこんだ負のスパイラルの渦中では見えなくなっていたことが、ほんの少し距離を置いて冷静に眺めると別の様相が見えてきたりすることもある。結婚とは、個人と個人のものとは言え、その背後にいる家族と関わらずにいられるわけではない。「嫁」という存在についても改めて考えさせられもした。人と人の関係というのは誠に一筋縄ではいかないものであると思い知らされる一冊でもある。

赤いゾンビ、青いゾンビ。 東京日記5*川上弘美

  • 2017/06/02(金) 18:09:19

東京日記5 赤いゾンビ、青いゾンビ。
川上 弘美
平凡社
売り上げランキング: 20,212

たんたんと、時にシュールに、そして深くリアルに……。2013年~現在までを綴ったライフワーク日記シリーズ、第5弾!


「つくりごととほんと」の境目が至極曖昧な著者の思考回路であり、行動パターンである。読者が明らかにつくりごとと思って読んでいる事々も、実はほうとのことかもしれない、と思わず読み返してしまうような雰囲気がある。そして、どちらにしても、そのときどきの著者の姿を容易に想像できてしまうのである。うつぶせで打ちのめされている姿とか、来る日も来る日もドラクエに明け暮れている姿とか、柱や建物の陰に身を潜めて、街で見かけた知り合いと出くわさないようにしている姿とか、である。それをそっと背後から覗き見している心地になれるのが、本作を読む醍醐味でもある。ともかく、愛すべき一冊なのは間違いない。

この嘘がばれないうちに*川口俊和

  • 2017/04/28(金) 16:19:29

この嘘がばれないうちに
川口俊和
サンマーク出版
売り上げランキング: 1,715

とある街の、とある喫茶店の
とある座席には不思議な都市伝説があった
その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという

ただし、そこにはめんどくさい……
非常にめんどくさいルールがあった

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいるその席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

喫茶店の名は、フニクリフニクラ

あなたなら、これだけのルールを聞かされて
それでも過去に戻りたいと思いますか?

この物語は、そんな不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡。

第1話 22年前に亡くなった親友に会いに行く男の話
第2話 母親の葬儀に出られなかった息子の話
第3話 結婚できなかった恋人に会いに行く男の話
第4話 妻にプレゼントを渡しに行く老刑事の話

あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?


前作は、かなり評価が分かれたようだが、個人的には好きだったので、本作も愉しみに手にした。コーヒーが冷めないうちなら好きな時にタイムトリップできるという設定は前作のままに、今回は、相手を思うやさしい嘘がまぶしてある。そして、元の席に帰ってきてからのひと言や胸の裡に広がるものが、本人自身や周りの人をやわらかな気持ちにさせるものだというのが、さらに好ましく思える。過去に戻っても何も変えることはできないとは言え、それは現象のことであり、人の胸の裡はほんの少しだけでも好ましく変わっているのだろう。誰もがやさしい気持ちになれる一冊である。

ぼくの死体をよろしくたのむ*川上弘美

  • 2017/04/13(木) 18:26:46

ぼくの死体をよろしくたのむ
川上 弘美
小学館
売り上げランキング: 11,657

彼の筋肉の美しさに恋をした“わたし”、魔法を使う子供、猫にさらわれた“小さい人”、緑の箱の中の死体、解散した家族。恋愛小説?ファンタジー?SF?ジャンル分け不能、ちょっと奇妙で愛しい物語の玉手箱。


一般的な現実世界とは、薄膜一枚ほど隔たったちょっぴり不思議な世界の物語といった趣である。登場人物も、描かれる題材も、一筋縄ではいかない。奇妙というほどではなく、非常識とも言い切れず、しかし現実からはほんの5mm浮いている感じ。だがどの物語を読んでもやさしい気持ちになれるのは、どの登場人物も著者に愛しまれているのが伝わってくるからかもしれない。少しだけ自分がやさしくなれたような気がする一冊でもある。

クラウド・ガール*金原ひとみ

  • 2017/03/27(月) 16:30:55

クラウドガール
クラウドガール
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金原ひとみ
朝日新聞出版 (2017-01-06)
売り上げランキング: 19,635

刹那にリアルを感じる美しい妹・杏と、規律正しく行動する聡明な姉の理有。二人が「共有」する家族をめぐる「秘密」とは?姉妹にしか分かりえない濃密な共感と狂おしいほどの反感。スピード感と才気あふれる筆致がもたらす衝撃のラスト!


母と娘、父と娘、姉と妹。家族でありながら、ひと塊としての家族とは言えない家庭で育った姉妹の、複雑な親とのそして姉妹間の関係が描かれている。あるひとつの事象に関して、全員が同じように受け止め感じているわけではないことは当たり前のことでありながら、年齢や感受性、互いの関係によってこれほどまでに大きく違うことがあるのかと驚かされる。それほどまでになにもかもが違っている姉妹でありながら、共依存とも言える離れがたい関係でもあり、それが歪な印象を抱かせる。他者との関係の前に、誰かを通してでないと判断できない自己との向き合い方の稚拙さも印象的である。ともかく、しあわせになるのがとても難しそうな姉妹で、やり切れなくなる。一度からっぽになってみればいいのに、と思わず言いたくなる一冊でもある。

晴れたり曇ったり*川上弘美

  • 2017/02/27(月) 18:34:27

晴れたり曇ったり
晴れたり曇ったり
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川上 弘美
講談社
売り上げランキング: 347,713

日々の暮らしの発見、忘れられない人との出会い、大好きな本、そして、「あの日」からのこと。いろんな想いが満載!最新エッセイ集。


川上さんの欠片の一部を集めて並べたようなエッセイ集である。個人的には、作家さんのエッセイは、読まなければよかったと思わされることも多いのだが、川上弘美さんのエッセイは、小説から想う著者像を裏切らず、さらに深く納得させてくれるので好きである。町のどこかでそんな彼女に偶然出会いたいと思わされる一冊である。

我ら荒野の七重奏(セプテット)*加納朋子

  • 2017/01/30(月) 16:33:29

我ら荒野の七重奏
我ら荒野の七重奏
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加納 朋子
集英社
売り上げランキング: 117,283

出版社に勤務する山田陽子は、息子の陽介を深く愛する一児の母。
陽介はトランペットに憧れ、中学校に入り吹奏楽部に入部したものの、トランペットからあぶれてファゴットのパートに割り振られる。陽子は思わず吹奏楽部の顧問に直談判、モンスターペアレントと囁かれるはめに。やがて、演奏会の会場予約のため、真夏に徹夜で市民ホール前に並ぶ役目にかり出された陽子は、中学生だしそうそう親の出番もないと思っていた自分の間違いに気づくのだった――。
部活動を頑張る少年少女のかげで奮闘する、親たちの姿をユーモラスに描いた、傑作エンターテインメント。


吹奏楽部の青春物語かと思ったら、さにあらず。吹奏楽部院の親たちの奮闘ぶりが描かれた物語なのである。我が子が可愛いのはもちろん。部の中で我が子が少しでもいい位置にいられればいいと願うのは当然のこと。そんな親たちが集まれば、それはいろいろあってしかるべきなのである。しかも、子どもに直接かかわることばかりではなく、予算も限られている公立中学の部活の運営には、保護者の助けが必須なのだ。裏方の仕事の大変さは、涙なくして語ることができないほど苛烈を極めるのである。経験はなくてもある程度想像はできるが、やはり現実は想像以上である。本作では、コメディタッチになっているので、それでもまだその厳しさは幾分まろやかになっていることだろう。ほんとうに心からご苦労さまと言いたくなる一冊である。
ただ、子どもたちの笑顔を見れば、そんな苦労も吹っ飛んでしまうのもまた親というものなのだと、微笑ましくもなる。

あなたのゼイ肉、落とします*垣谷美雨

  • 2017/01/10(火) 16:44:48

あなたのゼイ肉、落とします
垣谷 美雨
双葉社
売り上げランキング: 114,359

ダイエットは運動と食事制限だけではない。
大庭小萬里はマスコミには一切登場しない謎の女性だが、
彼女の個別指導を受ければ、誰もが痩せられるという。
どうやら、身体だけでなく「心のゼイ肉」を落とすことも大事なようだ……。
身も心も軽くなる、読んで痩せるダイエット小説。


なんだか爽快なダイエット小説である。巷にはさまざまなダイエット情報が氾濫しているが、大庭小萬里の個人指導は、まさに個人指導の極みと言っても過言ではなく、難しいことは何ひとつ言っていないにもかかわらず、指導を受ける本人や、その周囲の人たちのの人生まで変えてしまう力を持っているのである。これはやはり、躰のゼイ肉だけではなく、「心のゼイ肉も落とします」というところが肝心なのであろう。読後はなんとなく人生が愉しくなるような気がするから不思議である。大庭小萬里が結構好きになってしまう一冊である。

パラドックス実践 雄弁学園の教師たち*門井慶喜

  • 2017/01/04(水) 16:49:02

パラドックス実践 雄弁学園の教師たち
門井 慶喜
講談社
売り上げランキング: 1,443,205

弁論術学習に特化した超エリート校「雄弁学園」。6歳から演説、議論、陳述研究の訓練に励み、大人も太刀打ちできないほどの技術を持つ高校生たちが、新担任・能瀬雅司着任の日に三つの難題を投げかけた。議論混乱をきっかけに前担任を休職に追いやった生徒たちを前に、これまで要領のよさだけで生きてきた能瀬の回答は???第62回日本推理作家協会賞「短編部門」最終候補作「パラドックス実践」をはじめ、初等部、中等部、高等部、大学を舞台にした四つの学園小説。


個人的には、絶対に入学したくない学校である。だが、万が一はまったら、抜け出ることは難しいかもしれないとも思わされる不思議な魅力があることも確かである。6歳から弁論の英才教育を受けてきた生徒たちと、彼らを育てた教師たち。導入部を読むと、さぞかし血も涙も通わない殺伐とした学園生活が繰り広げられそうで、自分がついていけるかどうか危惧もするのだが、物語の展開は、予想とはいささか違う方向に進むのである。どんな場でも、人間が集まる限りひとつの社会であり、そこには様々な葛藤があり、心の通い合いもあるのである。新しい風が吹き込んだ学園は無敵になるかもしれないと思わされる一冊である。

農ガール、農ライフ*垣谷美雨

  • 2016/12/29(木) 07:33:12

農ガール、農ライフ
農ガール、農ライフ
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垣谷美雨
祥伝社
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「結婚を考えている彼女ができたから、部屋から出て行ってくれ」派遣ギリに遭った日、32歳の水沢久美子は同棲相手から突然別れを切り出された。5年前、プロポーズを断ったのは自分だったのに。仕事と彼氏と家を失った久美子は、偶然目にした「農業女子特集」というTV番組に釘付けになった。自力で耕した畑から採れた作物で生きる同世代の輝く笑顔。―農業だ!さっそく田舎に引っ越し農業大学校に入学、野菜作りのノウハウを習得した久美子は、希望に満ちた農村ライフが待っていると信じていたのだが…。


派遣切りに遭った日に同棲相手に別れを切り出され、部屋の明け渡しを宣告されるという踏んだり蹴ったりの目に遭い、ホームレスになるか野垂れ死にするかという切羽詰まった気分でいるとき、たまたま目にしたテレビの農業女子特集に感動し、安易にその道に踏み出した久美子の物語である。元手も知識も縁故も何もないというないない尽くしの状況なのに、なぜか明るい未来を思い描けてしまうのは、長所と言っていいのか短所と言っていいのか悩むところだが、この場合は結果がまあまあなので、良かったのだろう。農業や農家が抱える現実も、さらっと表面的ではあるが描かれており、考えさせられるところではある。そしてやはり、人生何事も人とのつながりなのだと思い知らされる。とっかかりになる関係を築くことができると、思いもかけない方面に人脈が広がっていくのが興味深い。さまざまな年代の女性たちの生き様も、それぞれがそれぞれらしくて好ましい。農業の物語であって、人とのつながりあっての人生の物語でもある一冊である。