この嘘がばれないうちに*川口俊和

  • 2017/04/28(金) 16:19:29

この嘘がばれないうちに
川口俊和
サンマーク出版
売り上げランキング: 1,715

とある街の、とある喫茶店の
とある座席には不思議な都市伝説があった
その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという

ただし、そこにはめんどくさい……
非常にめんどくさいルールがあった

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいるその席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

喫茶店の名は、フニクリフニクラ

あなたなら、これだけのルールを聞かされて
それでも過去に戻りたいと思いますか?

この物語は、そんな不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡。

第1話 22年前に亡くなった親友に会いに行く男の話
第2話 母親の葬儀に出られなかった息子の話
第3話 結婚できなかった恋人に会いに行く男の話
第4話 妻にプレゼントを渡しに行く老刑事の話

あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?


前作は、かなり評価が分かれたようだが、個人的には好きだったので、本作も愉しみに手にした。コーヒーが冷めないうちなら好きな時にタイムトリップできるという設定は前作のままに、今回は、相手を思うやさしい嘘がまぶしてある。そして、元の席に帰ってきてからのひと言や胸の裡に広がるものが、本人自身や周りの人をやわらかな気持ちにさせるものだというのが、さらに好ましく思える。過去に戻っても何も変えることはできないとは言え、それは現象のことであり、人の胸の裡はほんの少しだけでも好ましく変わっているのだろう。誰もがやさしい気持ちになれる一冊である。

ぼくの死体をよろしくたのむ*川上弘美

  • 2017/04/13(木) 18:26:46

ぼくの死体をよろしくたのむ
川上 弘美
小学館
売り上げランキング: 11,657

彼の筋肉の美しさに恋をした“わたし”、魔法を使う子供、猫にさらわれた“小さい人”、緑の箱の中の死体、解散した家族。恋愛小説?ファンタジー?SF?ジャンル分け不能、ちょっと奇妙で愛しい物語の玉手箱。


一般的な現実世界とは、薄膜一枚ほど隔たったちょっぴり不思議な世界の物語といった趣である。登場人物も、描かれる題材も、一筋縄ではいかない。奇妙というほどではなく、非常識とも言い切れず、しかし現実からはほんの5mm浮いている感じ。だがどの物語を読んでもやさしい気持ちになれるのは、どの登場人物も著者に愛しまれているのが伝わってくるからかもしれない。少しだけ自分がやさしくなれたような気がする一冊でもある。

クラウド・ガール*金原ひとみ

  • 2017/03/27(月) 16:30:55

クラウドガール
クラウドガール
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金原ひとみ
朝日新聞出版 (2017-01-06)
売り上げランキング: 19,635

刹那にリアルを感じる美しい妹・杏と、規律正しく行動する聡明な姉の理有。二人が「共有」する家族をめぐる「秘密」とは?姉妹にしか分かりえない濃密な共感と狂おしいほどの反感。スピード感と才気あふれる筆致がもたらす衝撃のラスト!


母と娘、父と娘、姉と妹。家族でありながら、ひと塊としての家族とは言えない家庭で育った姉妹の、複雑な親とのそして姉妹間の関係が描かれている。あるひとつの事象に関して、全員が同じように受け止め感じているわけではないことは当たり前のことでありながら、年齢や感受性、互いの関係によってこれほどまでに大きく違うことがあるのかと驚かされる。それほどまでになにもかもが違っている姉妹でありながら、共依存とも言える離れがたい関係でもあり、それが歪な印象を抱かせる。他者との関係の前に、誰かを通してでないと判断できない自己との向き合い方の稚拙さも印象的である。ともかく、しあわせになるのがとても難しそうな姉妹で、やり切れなくなる。一度からっぽになってみればいいのに、と思わず言いたくなる一冊でもある。

晴れたり曇ったり*川上弘美

  • 2017/02/27(月) 18:34:27

晴れたり曇ったり
晴れたり曇ったり
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川上 弘美
講談社
売り上げランキング: 347,713

日々の暮らしの発見、忘れられない人との出会い、大好きな本、そして、「あの日」からのこと。いろんな想いが満載!最新エッセイ集。


川上さんの欠片の一部を集めて並べたようなエッセイ集である。個人的には、作家さんのエッセイは、読まなければよかったと思わされることも多いのだが、川上弘美さんのエッセイは、小説から想う著者像を裏切らず、さらに深く納得させてくれるので好きである。町のどこかでそんな彼女に偶然出会いたいと思わされる一冊である。

我ら荒野の七重奏(セプテット)*加納朋子

  • 2017/01/30(月) 16:33:29

我ら荒野の七重奏
我ら荒野の七重奏
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加納 朋子
集英社
売り上げランキング: 117,283

出版社に勤務する山田陽子は、息子の陽介を深く愛する一児の母。
陽介はトランペットに憧れ、中学校に入り吹奏楽部に入部したものの、トランペットからあぶれてファゴットのパートに割り振られる。陽子は思わず吹奏楽部の顧問に直談判、モンスターペアレントと囁かれるはめに。やがて、演奏会の会場予約のため、真夏に徹夜で市民ホール前に並ぶ役目にかり出された陽子は、中学生だしそうそう親の出番もないと思っていた自分の間違いに気づくのだった――。
部活動を頑張る少年少女のかげで奮闘する、親たちの姿をユーモラスに描いた、傑作エンターテインメント。


吹奏楽部の青春物語かと思ったら、さにあらず。吹奏楽部院の親たちの奮闘ぶりが描かれた物語なのである。我が子が可愛いのはもちろん。部の中で我が子が少しでもいい位置にいられればいいと願うのは当然のこと。そんな親たちが集まれば、それはいろいろあってしかるべきなのである。しかも、子どもに直接かかわることばかりではなく、予算も限られている公立中学の部活の運営には、保護者の助けが必須なのだ。裏方の仕事の大変さは、涙なくして語ることができないほど苛烈を極めるのである。経験はなくてもある程度想像はできるが、やはり現実は想像以上である。本作では、コメディタッチになっているので、それでもまだその厳しさは幾分まろやかになっていることだろう。ほんとうに心からご苦労さまと言いたくなる一冊である。
ただ、子どもたちの笑顔を見れば、そんな苦労も吹っ飛んでしまうのもまた親というものなのだと、微笑ましくもなる。

あなたのゼイ肉、落とします*垣谷美雨

  • 2017/01/10(火) 16:44:48

あなたのゼイ肉、落とします
垣谷 美雨
双葉社
売り上げランキング: 114,359

ダイエットは運動と食事制限だけではない。
大庭小萬里はマスコミには一切登場しない謎の女性だが、
彼女の個別指導を受ければ、誰もが痩せられるという。
どうやら、身体だけでなく「心のゼイ肉」を落とすことも大事なようだ……。
身も心も軽くなる、読んで痩せるダイエット小説。


なんだか爽快なダイエット小説である。巷にはさまざまなダイエット情報が氾濫しているが、大庭小萬里の個人指導は、まさに個人指導の極みと言っても過言ではなく、難しいことは何ひとつ言っていないにもかかわらず、指導を受ける本人や、その周囲の人たちのの人生まで変えてしまう力を持っているのである。これはやはり、躰のゼイ肉だけではなく、「心のゼイ肉も落とします」というところが肝心なのであろう。読後はなんとなく人生が愉しくなるような気がするから不思議である。大庭小萬里が結構好きになってしまう一冊である。

パラドックス実践 雄弁学園の教師たち*門井慶喜

  • 2017/01/04(水) 16:49:02

パラドックス実践 雄弁学園の教師たち
門井 慶喜
講談社
売り上げランキング: 1,443,205

弁論術学習に特化した超エリート校「雄弁学園」。6歳から演説、議論、陳述研究の訓練に励み、大人も太刀打ちできないほどの技術を持つ高校生たちが、新担任・能瀬雅司着任の日に三つの難題を投げかけた。議論混乱をきっかけに前担任を休職に追いやった生徒たちを前に、これまで要領のよさだけで生きてきた能瀬の回答は???第62回日本推理作家協会賞「短編部門」最終候補作「パラドックス実践」をはじめ、初等部、中等部、高等部、大学を舞台にした四つの学園小説。


個人的には、絶対に入学したくない学校である。だが、万が一はまったら、抜け出ることは難しいかもしれないとも思わされる不思議な魅力があることも確かである。6歳から弁論の英才教育を受けてきた生徒たちと、彼らを育てた教師たち。導入部を読むと、さぞかし血も涙も通わない殺伐とした学園生活が繰り広げられそうで、自分がついていけるかどうか危惧もするのだが、物語の展開は、予想とはいささか違う方向に進むのである。どんな場でも、人間が集まる限りひとつの社会であり、そこには様々な葛藤があり、心の通い合いもあるのである。新しい風が吹き込んだ学園は無敵になるかもしれないと思わされる一冊である。

農ガール、農ライフ*垣谷美雨

  • 2016/12/29(木) 07:33:12

農ガール、農ライフ
農ガール、農ライフ
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垣谷美雨
祥伝社
売り上げランキング: 77,994

「結婚を考えている彼女ができたから、部屋から出て行ってくれ」派遣ギリに遭った日、32歳の水沢久美子は同棲相手から突然別れを切り出された。5年前、プロポーズを断ったのは自分だったのに。仕事と彼氏と家を失った久美子は、偶然目にした「農業女子特集」というTV番組に釘付けになった。自力で耕した畑から採れた作物で生きる同世代の輝く笑顔。―農業だ!さっそく田舎に引っ越し農業大学校に入学、野菜作りのノウハウを習得した久美子は、希望に満ちた農村ライフが待っていると信じていたのだが…。


派遣切りに遭った日に同棲相手に別れを切り出され、部屋の明け渡しを宣告されるという踏んだり蹴ったりの目に遭い、ホームレスになるか野垂れ死にするかという切羽詰まった気分でいるとき、たまたま目にしたテレビの農業女子特集に感動し、安易にその道に踏み出した久美子の物語である。元手も知識も縁故も何もないというないない尽くしの状況なのに、なぜか明るい未来を思い描けてしまうのは、長所と言っていいのか短所と言っていいのか悩むところだが、この場合は結果がまあまあなので、良かったのだろう。農業や農家が抱える現実も、さらっと表面的ではあるが描かれており、考えさせられるところではある。そしてやはり、人生何事も人とのつながりなのだと思い知らされる。とっかかりになる関係を築くことができると、思いもかけない方面に人脈が広がっていくのが興味深い。さまざまな年代の女性たちの生き様も、それぞれがそれぞれらしくて好ましい。農業の物語であって、人とのつながりあっての人生の物語でもある一冊である。

このあたりの人たち*川上弘美

  • 2016/11/04(金) 18:39:17

このあたりの人たち (Switch library)
川上 弘美
スイッチパブリッシング (2016-06-29)
売り上げランキング: 147,303

『蛇を踏む』『神様』『溺レる』『センセイの鞄』『真鶴』『七夜物語』『水声』と現代日本文学の最前線を牽引する傑作群を次々に発表しする作家・川上弘美が、8年の年月をかけてじっくり育て上げた、これまでにない新しい作品世界。

現在も柴田元幸責任編集の文芸誌「MONKEY」に大好評連載中のこの「サーガ」は、日本のどこにでもあるような、しかし実はどこにもないような<このあたり>と呼ばれる、ある架空の「町」をめぐる26の物語。

にわとりを飼っている義眼の農家のおじさん、ときどきかつらをつけてくる、目は笑っていない「犬学校」の謎の校長、朝7時半から夜11時までずっと開店しているが、町の誰も行くことのない「スナック愛」、そして連作全体を縦横に活躍する「かなえちゃん」姉妹――<このあたり>という不思議な場所に住む人びとの物語を書いた連作短篇集が、ついに待望の一冊に。


語り主のことはよくわからない。かなえちゃんと友だちで、このあたりに住んでいるようだ、ということくらいしか……。それなのに、このあたりの人たちのことをものすごくよく見ていて、「このあたり通」とも言えるような人物である。このあたりには、さまざまな人たちが暮らしており、それぞれに誰よりも個性的なのである。いろんな年代のその人たちのことを、語り主も共に成長しながら見続けているのである。このあたりってどのあたりだろう、と思いをめぐらせてみるのも、ちょっと愉しい。自分もこのあたりに暮らす人になった心地にほんの少しだけなれる一冊でもある。

コーヒーが冷めないうちに*川口俊和

  • 2016/10/21(金) 16:51:59

コーヒーが冷めないうちに
川口俊和
サンマーク出版
売り上げランキング: 1,021

とある街の、とある喫茶店の
とある座席には不思議な都市伝説があった
その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという
ただし、そこにはめんどくさい……
非常にめんどくさいルールがあった

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいる
その席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、
そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

喫茶店の名は、フニクリフニクラ

あなたなら、これだけのルールを聞かされて
それでも過去に戻りたいと思いますか?

この物語は、そんな不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡


「恋人」 「夫婦」 「姉妹」 「親子」

関係性はさまざまでも、それぞれに抱えているものがある。そして、たとえ未来を変えることはできないとしても、あのとき伝えればよかったという後悔の思いを持っているのである。面倒な約束事に縛られてさえ、過去のある時に戻った人は、抱えていた思いを解き放つことで、自分の中の何かが変わり、未来のさらにそのあとへとつなげることができるのかもしれない。人と人との関わりということを、改めて考えさせられる一冊だった。

頼むからほっといてくれ*桂望実

  • 2016/09/24(土) 17:08:19

頼むから、ほっといてくれ
桂 望実
幻冬舎
売り上げランキング: 783,287

トランポリンでオリンピックを目指す五人がいた。天才肌の遼、愚直な順也、おっちょこちょいな慎司、目立ちたがり屋の洋充、怖いもの知らずの卓志。少年の頃から切磋琢磨してきた彼らに、安易な仲間意識などなかった。「オリンピック出場枠」という現実が、それぞれの青春を息苦しいものに変えていく。夢舞台に立てるのは、二人だけ。選ばれるのは誰なのか?選ばれなかった者は敗残者なのか?オリンピックは、すべてを賭けるに値する舞台だったのか?懸命に今を生きる者だけに許された至福、喪失、そして再生を、祈りにも似た筆致で描いた傑作長編小説。


トランポリン競技に関わる五人の、少年時代から大人になるまでが描かれた物語である。家庭環境も性格も違う五人の少年たちは、それぞれの思いでトランポリンを始め、それぞれ違った個性で練習を積み、技術を体得していく。その過程で、ぐんと伸びたり、躓いたり、厭になったり、トランポリンに対する熱量も折々に変化する様も興味深い。成長するにしたがって悩みも変化し、さまざまなことを考え始める様もまた若者らしくて胸が熱くなる。良い演技をして注目されたいという思いも当然持ちながら、上位になって始終人の目を感じるようになると、そっとしておいてほしいという思いも芽生えてくる。愉しんで跳んでいるという自分の気持ちとは別の思惑に、無理やりはめ込まれる理不尽さも、仕方がないとはいえ、どうしようもなく応えたりもする。トップを争う現役時代を過ぎたとき、五人がやっとそれぞれ自分にとってのトランポリンを見つけられたように思えて、もどかしいようなほっとするような複雑な思いにとらわれたりもする。五人それぞれのキャラクタがとても清々しい一冊である。

県庁の星*桂望実

  • 2016/09/21(水) 16:59:58

県庁の星
県庁の星
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桂 望実
小学館
売り上げランキング: 528,550

前代未聞! 抱腹絶倒の娯楽公務員小説。
野村聡。31歳。Y県職員一種試験に合格。入庁9年目。Y県県庁産業局産業振興課主任。Y県初の民間人事交流研修対象者6名の一人に選ばれた期待のホープだ。一年間の研修を無事にこなして戻れば、念願の係長への階段を同期に先んじて確実に登ることができる。ところが、鼻高々で望んだ辞令交付式で命じられた赴任先は…スーパー? しかも…H町の? えらくマイナーな感じがした。だがそのイヤな予感は現実のものとなる。 もらった予算は使いきるもの! 人を  “使役”してこその“役人”だ!——大勘違い野郎の「県庁さん」がド田舎のスーパーで浮きまくり。生まれて初めてバカと呼ばれた県庁さん、はたしてこのまま「民間」でやっていけるのか?


将来有望な県庁職員・野村聡は、頭はよく、見かけもよく、将来も安定しているが、人間的にはいささか魅力に欠ける31歳である。合コンでもほとんどうまくいくことがないのは、その辺りを見抜かれているからかもしれない。そんな野村が一年間田舎のぱっとしないスーパーで研修を受けることになるところから物語は始まる。上司も同僚も、そしてスーパーの仕事まで上から目線で見下す野村は、初めのうちは誰からも煙たがられることになる。だが、見下されてもめげないパートのおばちゃん・二宮の突き放すような指導とも言えないあれこれや、押しつけられるように任される仕事を、不満たらたらでこなすうちに、次第にやりがいも出てきて熱くなってくる。野村の力というよりも、二宮をはじめとする店のスタッフたちの潜在的な向上心が、二宮に仕向けられて、いい方向にめざめさせられたような印象でもある。野村=県庁さんの成長物語というのが本筋なのだろうが、実は、二宮の成長物語でもあって、息子の学との関わり方の変化も興味深い。研修を終えて県庁に戻った県庁さんであるが、人間的にも成長して、もはや無敵なのではないだろうか。愉しく読める一冊だった。

週末は家族*桂望実

  • 2016/09/01(木) 18:37:34

週末は家族
週末は家族
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桂 望実
朝日新聞出版 (2012-01-04)
売り上げランキング: 942,219

シェイクスピアに心酔する小劇団主宰者の大輔と、その連れ合いで他人に愛を感じることができない無性愛者の瑞穂は、母親の育児放棄によって児童養護施設で暮らす演劇少女ひなたの週末里親になって、特殊な人材派遣業に起用することになるが―ワケあり3人が紡ぐ新しい“家族”の物語。


世間に通りやすいようにと便宜的に籍を入れている大輔と瑞穂の夫婦の在りようも、児童養護施設で暮らす11歳のひなたも、週末里親というシステムでかりそめの家族になることも、代理家族派遣業という大輔たちの副業も、すべてが一般的とは言えない要素から成り立つ物語である。それでいて、それぞれの心情や懊悩が見事に描き出されていて、やり切れなくもなる。ひなたを週末だけ預かることにしたそもそもの動機は、ひなたの演技力故だったが、しばらく一緒に過ごすうちに、少しずつ双方の思いに変化が生じ、あたたかいものが通い合うようになる様子にほっとさせられる。みんなが嘘つきで、そしてこれ以上なく正直な一冊である。

ハタラクオトメ*桂望実

  • 2016/08/28(日) 16:33:11

ハタラクオトメ
ハタラクオトメ
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桂 望実
幻冬舎
売り上げランキング: 600,932

北島真也子、OL。157cm、100kgの愛くるしい体形ゆえ、人呼んで「ごっつぁん」―。中堅時計メーカーに就職して5年が過ぎた彼女は、ひょんなことから「女性だけのプロジェクトチーム」のリーダーに。任務は、新製品の開発。部署を超えて集められた5人と必死に企画を立てるも、その良し悪しを判断される前に、よくわからない男社会のルールに邪魔される。見栄、自慢、メンツ、根回し、派閥争い…。働く女性にエールを送る、痛快長編小説。


結局本名を覚えられたのは、竹内係長だけだった気がする。うら若き乙女である主人公さえ、「ごっつぁん」だし、上司や工場の担当者も、その特徴から、「ミミゲ」やら「バンザイ」やら「筋右衛門」と呼ばれているのだから。本人を前にしてもつい愛称で呼んでしまいそうで怖い。それはともかく、バンザイ発案の、部署を飛び越えた女性だけのプロジェクトチームのリーダーに命ぜられたごっつぁんこと、北島真也子が、何をどうしていいのか全くの手探りながら、メンバーたちと会議らしきものを開き、右往左往しながら、次第に仕事に積極的にかかわることの面白さを見つけていく様子が好ましい。現実にはこう上手くはいかないだろうが、気楽に達成感を得られる物語も結構愉しい。つい腕時計の新モデルを考えたくなる一冊である。

手の中の天秤*桂望実

  • 2016/08/09(火) 07:16:06

手の中の天秤
手の中の天秤
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桂 望実
PHP研究所
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刑務所に送るか送らないかを決めるのは、遺族。
裁判で執行猶予がついた判決が出たときに、被害者や遺族が望めば、加害者の反省具合をチェックし、刑務所に入れるかどうかを決定できる制度「執行猶予被害者・遺族預かり制度」が始まって38年がたっていた。30年前、その制度の担当係官だった経験があり、今は大学の講師として教壇に立つ井川。彼は、「チャラン」と呼ばれるいい加減な上司とともに、野球部の練習中に息子を亡くし、コーチを訴えた家族、夫の自殺の手助けをした男を憎む妻など、遺族たちと接していた当時のことを思い出していた。
加害者を刑務所に送る権利を手に入れた時、遺族や被害者はある程度救われるのか。逆に加害者は、「本当の反省」をすることができるのか。架空の司法制度という大胆な設定のもとで、人を憎むこと、許すこととは何かを丹念な筆致で描いていく、感動の長編小説。


執行猶予被害者・遺族預かり制度の担当係官としての現実を直接的に物語にしているのではなく、係官をやめた後に就いた大学教授という立場で、井川が学生たちに、自分が携わったさまざまな案件について考えさせる、という描き方をされている。過去のこととしてワンクッション置くことによって、案件そのものの悲嘆は幾分軽減され、学生の反応によってこれまで気づかなかった面に目を向けることにもなるのが興味深い。いい加減さゆえに「チャラン」と呼ばれていた上司に対する、井川の思いの変化や、井川の講義からチャランの魅力を見抜いた学生たちの感性と、それに戸惑いつつもどこかに喜びを感じている井川の胸の裡も味わい深い。案件そのものはもちろん、そこに関わる人間たちの感情の動きや人間性がじんわり胸に沁みる一冊である。