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カゲロボ*木皿泉

  • 2019/08/04(日) 16:19:11

カゲロボ
カゲロボ
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木皿 泉
新潮社
売り上げランキング: 61,920

今日も、誰かがささやく。「あいつがカゲロボらしいよ――」。いつも、誰かに見られている……。最初は他愛のない都市伝説の筈だった。しかし、イジメに遭う中学生、周囲から認知症を疑われる老人、ホスピスに入った患者、殺人を犯そうとする中年女性など、人生の危機に面した彼らの前に、突然現れた「それ」が語ったことは。いま最注目の作家が描いた、救いをめぐる傑作。


荒唐無稽とはいいがたく、じわりじわりと身の回りに迫りつつある現実物語のような気がする。ものガタリの前半では、カゲロボの存在は、都市伝説のようであり、なんというか、いわゆる良心のようなものでもあるように思われるのだが、物語が進むにつれて、少しずつ現実味を帯び始め、とうとう最後には、確固とした現実になっていて、それこそが恐ろしくもある。それは、こんな風にして、現実の世の中も、少しずつ自分の力の及ばない何者かに侵食されていくのかもしれないという恐怖なのかもしれない。カゲロボの存在が人間の敵なのか味方なのか、それはもしかすると人間次第なのかもしれないとも思わされる一冊だった。

とめどなく囁く*桐野夏生

  • 2019/06/15(土) 12:46:30

とめどなく囁く
とめどなく囁く
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桐野 夏生
幻冬舎 (2019-03-27)
売り上げランキング: 11,899

塩崎早樹は、相模湾を望む超高級分譲地「母衣山庭園住宅」の瀟洒な邸宅で、歳の離れた資産家の夫と暮らす。前妻を突然の病気で、前夫を海難事故で、互いに配偶者を亡くした者同士の再婚生活には、悔恨と愛情が入り混じる。そんなある日、早樹の携帯が鳴った。もう縁遠くなったはずの、前夫の母親からだった。


さまざまなことに、はっきり決着がつかないまま、宙ぶらりんの精神状態で日々を送るもどかしさ、自分を攻める気持ちや、相手を恨む気持ちのせめぎあい、何もかも忘れて新しくやり直したいという思いと、それを薄情と責める自分。いろんな思いがないまぜになって複雑な心境で毎日暮らしている早樹の心を惑わせる出来事が起こり、物語の先へ先へとどんどん興味を掻き立てられる。早く知りたい欲求で、ページを繰る手が止まらなくなる。何が真実なのか、誰が本当のことを言っているのか。実際にあってみると印象が変わる人もいて、何を信じていいのかもわからなくなる。途中で、あれ?と引っかかっていたひとことが、ここにつながっていたのか、と納得もさせられるラストの種明かしだったが、関係者たちにとって、あまりにも犠牲にしたものの大きな行動だったと思う。面白かったが、苦い思いも残る一冊である。

雀蜂*貴志祐介

  • 2018/07/02(月) 17:03:35

雀蜂 (角川ホラー文庫)
貴志 祐介
角川書店 (2013-10-25)
売り上げランキング: 305,892

11月下旬の八ヶ岳。山荘で目醒めた小説家の安斎が見たものは、次々と襲ってくるスズメバチの大群だった。昔ハチに刺された安斎は、もう一度刺されると命の保証はない。逃げようにも外は吹雪。通信機器も使えず、一緒にいた妻は忽然と姿を消していた。これは妻が自分を殺すために仕組んだ罠なのか。安斎とハチとの壮絶な死闘が始まった―。最後明らかになる驚愕の真実。ラスト25ページのどんでん返しは、まさに予測不能!


ホラーと言っていいのかどうかはよくわからないが、主人公が、ひたすら雀蜂の襲撃から逃れる描写が印象的な物語である。逆に言えば、この状態に陥ったそもそもの理由や犯人のことなどどうでもよくなってしまうようでもある。いちばんかわいそうなのは、途中でやってきて巻き込まれて亡くなった編集者なのは間違いない。後半のどんでん返しも、そこまでの雀蜂との悪戦苦闘ぶりのせいで、印象が薄くなってしまったような気がする。雀蜂攻めにはされたくないと思わされる一冊ではあった。

路上のX*桐野夏生

  • 2018/05/26(土) 07:24:23

路上のX
路上のX
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桐野 夏生
朝日新聞出版 (2018-02-07)
売り上げランキング: 2,267

幸せな日常を断ち切られ、親に棄てられた女子高生たち。ネグレクト、虐待、DV、レイプ、JKビジネス。かけがえのない魂を傷めながらも、三人の少女は酷薄な大人たちの世界をしなやかに踏み越えていく。最悪な現実と格闘する女子高生たちの肉声を物語に結実させた著者の新たな代表作。


さまざまな理由で繁華街をさまよいながら生きていくことを余儀なくされた少女たちの物語である。家庭環境に恵まれない少年少女がずるい大人の餌食になるのかと思っていたが、ごく普通の家庭で、何不自由なく育ってきた少女にも、ある日突然に不幸が訪れる可能性があることを目の当たりにして、愕然とさせられる。人生経験の少なさや未熟さからくる判断の甘さで、自分を追い詰める結果になるのを見ていると、胸が痛くなるが、もう少し落ち着いて考えられなかったのかと思わなくもない。今夜寝る場所がない、ということの切迫感が哀しすぎる。こんな少女たちがひとりでも少なくなることを、心から祈りたい。重いテーマだが、ページを繰る手が止まらなくなる一冊である。

雪子さんの足音*木村紅美

  • 2018/03/22(木) 18:49:24

雪子さんの足音
雪子さんの足音
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木村 紅美
講談社
売り上げランキング: 6,672

東京に出張した薫は、新聞記事で、大学時代を過ごしたアパートの大家・雪子さんが、熱中症でひとり亡くなったことを知った。
20年ぶりにアパートに向かう道で、彼は、当時の日々を思い出していく。
人間関係の襞を繊細に描く、著者新境地の傑作!
第158回芥川賞候補作。


いまどき珍しい、店子と距離を近く取りたがる月光荘の大家の雪子さんを、大学生だった薫は、ある意味いいように利用しながら、次第に鬱陶しく面倒くさく思うようになり、若さゆえもあり、相手の思惑を思いやることもできずに、突き放すようにして引っ越してしまったのだった。社会人になった彼は、新聞の片隅に、雪子さんの死亡記事を見つけ、出張帰りに月光荘の前まで行ってみることにした。そこまでの道筋で思い返したあの日々の物語である。大家の雪子さんと、湯佐薫、そして、もうひとりの住人で薫と同い年の女性・小野田さんとの、ちょっぴり不思議な関係が、ある角度から見ると微笑ましくもあり、別の角度から見ると互いに依存しすぎにも見えて、登場人物それぞれの気持ちが判るだけに、やり切れなくもある。心の窪みを何かで埋めたいという欲求がお互いを縛り合っているようにも見え、三人ともが少しだけ不器用だったのかもしれないとも思う。ほんの少しの違いで、まったく別の関係性が築けたかもしれないと思うと、もったいないような気もする。懐かしいような、切なく哀しいような、さまざま考えさせられる一冊である。

狐火の家*貴志祐介

  • 2018/03/11(日) 18:30:28

狐火の家
狐火の家
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貴志 祐介
角川書店
売り上げランキング: 186,929

築百年は経つ古い日本家屋で発生した殺人事件。現場は完全な密室状態。防犯コンサルタント・榎本と弁護士・純子のコンビは、この密室トリックを解くことができるか!?


表題作のほか、「黒い牙」 「盤端の迷宮」 「犬のみぞ知る Dog knows」

弁護士・青砥純子と、怪しい防犯コンサルタント・榎本が、すっかり定着してしまった密室案件の謎解きに挑む。純子は、なんだかんだと榎本に頼ってはいるが、心の底では、実は犯罪者側に立つ者なのではないかと疑いの目で見ており、榎本は榎本で、ほのめかすような発言をわざとしている節も見受けられ、微妙な掛け合いがコメディっぽくもあって愉しめる。すっかりいいコンビである。本作では榎本のさらなる趣味の範囲の広さも披露され、それもまた興味深い。行く末を見届けたいシリーズである。

ミステリークロック*貴志祐介

  • 2018/01/13(土) 18:19:21

ミステリークロック
ミステリークロック
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貴志 祐介
KADOKAWA (2017-10-20)
売り上げランキング: 7,341

犯人を白日のもとにさらすために――防犯探偵・榎本と犯人たちとの頭脳戦。

様々な種類の時計が時を刻む晩餐会。主催者の女流作家の怪死は、「完璧な事故」で終わるはずだった。そう、居あわせた榎本径が、異議をとなえなければ……。表題作ほか、斜め上を行くトリックに彩られた4つの事件。


表題作のほか、「ゆるやかな自殺」 「鏡の国の殺人」 「コロッサスの鉤爪」

防犯探偵・榎本と弁護士の青砥純子が凸凹コンビのようで、榎本の身になってつい笑ってしまう。女性弁護士でこのキャラはなかなか珍しいのではないだろうか。物語は、トリックがかなり高度で、図解されていてもなかなか理解しにくい部分もあるのだが、なんとなくの理解でも充分愉しめるので、ところどころ突き詰めずに読み進めた。謎解きをされた当事者たちは、しっかり理解できているのだろうか。それを於いても、ハラハラドキドキさせられるものばかりで、榎本の目のつけどころが、常人とはいささか違うところも興味深い。難解な部分はあるにしても、500ページ越えを感じさせない愉しい読書タイムを過ごさせてくれる一冊である。

猿の見る夢*桐野夏生

  • 2017/02/22(水) 06:59:04

猿の見る夢
猿の見る夢
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桐野 夏生
講談社
売り上げランキング: 23,134

これまでで一番愛おしい男を描いた――桐野夏生

自分はかなりのクラスに属する人間だ。
大手一流銀行の出身、出向先では常務の席も見えてきた。実家には二百坪のお屋敷があり、十年来の愛人もいる。
そんな俺の人生の歪(ひず)みは、社長のセクハラ問題と、あの女の出現から始まった――。
還暦、定年、老後――終わらない男”の姿を、現代社会を活写し続ける著者が衝撃的に描き切る!
週刊現代読者の圧倒的支持を得た人気連載が、ついに書籍化!


登場人物のみんながみんなこの上なく身勝手で、何事をも自分に都合のいいように解釈し、それがさも当然のごとく自分以外の人たちに責任を押しつける。始終ぷんぷん憤りながら、どこかで懲らしめられるだろうかとどんどん読み進めたが、最後の最後まで変わることがなく、これはこれでいっそのこと見事と言ってもいい。愉しいとは言えないが、なぜか読後感はさほど悪くない一冊である。

遠い唇*北村薫

  • 2016/12/05(月) 19:15:44

遠い唇
遠い唇
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北村 薫
KADOKAWA (2016-09-30)
売り上げランキング: 11,443

小さな謎は、大切なことへの道しるべ。
ミステリの巨人が贈る、極上の“謎解き”7篇。

■「遠い唇」
コーヒーの香りでふと思い出す学生時代。今は亡き、姉のように慕っていた先輩から届いた葉書には、謎めいたアルファベットの羅列があった。
■「解釈」
『吾輩は猫である』『走れメロス』『蛇を踏む』……宇宙人カルロロンたちが、地球の名著と人間の不思議を解く?
■「パトラッシュ」
辛い時にすがりつきたくなる、大型犬のような同棲中の彼氏。そんな安心感満点の彼の、いつもと違う行動と、浴室にただよう甘い香り。
■「ビスケット」
トークショーの相手、日本通のアメリカ人大学教授の他殺死体を目撃した作家・姫宮あゆみ。教授の手が不自然な形をとっていたことが気になった姫宮は、《名探偵》巫弓彦に電話をかける――。

全7篇の、一筋縄ではいかない人の心と暗号たち。
解いてみると、“何気ないこと”が光り始める。


さまざまな趣向の七編である。宇宙人目線に妙に納得させられたり、懐かしい顔(?)を見られてにんまりしたり。謎自体にもやさしさがあり、人が死んだとしても、なぜか品の良さが感じられる。著者らしい一冊でもある。

バラカ*桐野夏生

  • 2016/06/29(水) 18:42:38

バラカ
バラカ
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桐野 夏生
集英社
売り上げランキング: 14,035

私の「震災履歴」は、この小説と共にありました。
重力に逆らい、伸びやかに書いたつもりです。
まだ苦難の中にいる人のために、ぜひ読んでください。 桐野夏生

今、この時代に、読むべき物語。
桐野文学の最高到達点!

震災のため原発4基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。
ありえたかもしれない日本で、世界で蠢く男と女、その愛と憎悪そして勇気。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン!

子供欲しさにドバイの赤ん坊市場を訪れる日本人女性、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人、絶大な人気を誇る破戒的牧師、フクシマの観光地化を目論む若者集団、悪魔的な権力を思うままにふるう謎の葬儀屋、そして放射能警戒区域での犬猫保護ボランティアに志願した老人が見つけた、「ばらか」としか言葉を発さない一人の少女……。人間達の欲望は増殖し、物語は加速する。そして日本は滅びに向かうのだろうか――。
桐野夏生が2011年夏から4年にわたって、危機的な日本と並行してリアルタイムに連載してきた作品が、震災から5年を経た今、ついに書籍化!


読む前には、「バラカ」が女の子の名前だとは思わなかった。しかも、ドバイのスーク(市場)で売られている子どもはみなこの名前で呼ばれているのだという(イスラム教で「神の恩寵」という意味だそうではあるが……)。東日本大震災、福島第一原発事故以後、現実からほんの小さい角度でずれた未来の物語であるが、そのずれはどんどん広がっていく。ただ、こうであったかもしれない世界が描かれることで、その恐ろしさは容易に想像できるものとなり、より現実感を伴う物語になっている。バラカの出自、原発事故のその後の悲惨さ、反発する勢力間の駆け引き、インターネットの拡散力、誰がほんとうの味方なのか皆目わからない不信感。さまざまな要素が盛り込まれているが、唯一バラカだけが揺らがない印象である。いちばん非力で心細いはずのバラカの強さはどこからくるのだろうか。自分がどこから来て、誰なのかを知りたいという強い欲求と、穏やかなしあわせを手にしたいという強い思いが彼女を支えていたのかもしれない。他人事とは思えないあまりに悲惨な一連の出来事のあとで描かれるエピローグに救われる思いである。これからバラカが穏やかに笑って暮らせますようにと切に祈る一冊である。

中野のお父さん*北村薫

  • 2015/11/17(火) 17:19:29

中野のお父さん
中野のお父さん
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北村 薫
文藝春秋
売り上げランキング: 14,777

出版界に秘められた“日常の謎”は解けるのか!?体育会系な文芸編集者の娘&定年間際の高校国語教師の父。


出版社に勤める田川美希の元に持ちあがる出版界の謎を、中野の実家の父に相談すると、父が豊富な知識と知恵で解き明かしてくれる、という日常の謎物語である。体育会系の娘・美希の魅力と、探偵役としての博識の父の魅力、そしてなにより、父娘の関係のあたたかさが魅力的な一冊である。

不愉快犯*木内一裕

  • 2015/11/09(月) 16:59:03

不愉快犯
不愉快犯
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木内 一裕
講談社
売り上げランキング: 84,128

人気ミステリー作家、成宮彰一郎の妻が行方不明になった。事件性が高いと見た三鷹署の新米刑事ノボルは、先輩刑事の佐藤とともに捜査を開始。次々に容疑者候補が浮かぶ一方、警視庁本部の組対四課や捜査一課も事件に関与してくる。「どうせなら死んじゃっててくんないかなぁ…」不愉快な言動を繰り返す夫、成宮の真意とは―。完全犯罪を「完全」に描き切る、前代未聞の傑作ミステリー!


ミステリ作家が自ら考えた完全犯罪の完全さを証明すべく策を練り、犯行後の体験をも自分の次回作に生かそうとする物語である。そもそも主人公の作家・成宮彰一のキャラクタや考え方が、極めて身勝手で不愉快である。もちろんそれが著者の狙いであるので、まんまと成功していると言える。たとえ罪に問われなくても、これ以上ないほど心証は悪いのは当然である。だが、思わぬ人物が思わぬ反応をすることで、心の揺れが一瞬露わになるところは、少なからず胸がすき、その後の刑事の対応も応援したくなる。だが結局はどんな罪に問われようと、反省することはないのだろうな、と思えて後味はよくない。ラストのエピソードが唯一の救いである。絶対に現実にあってほしくない一冊である。

OUT-AND-OUT*木内一裕

  • 2015/09/11(金) 07:29:25

アウトアンドアウト (100周年書き下ろし)
木内 一裕
講談社
売り上げランキング: 543,173

自称・探偵の矢能が突然呼び出された先で目撃したのは、依頼人の死体と覆面姿の男。銃を向ける覆面男の意外な行動に、矢能は窮地に追い込まれる。周到に用意を重ね、完璧にやり遂げた殺人。予期せぬ闖入者が現れたが、無事に問題を処理した。はずだった。成功の喜びの直後、若き殺人者に絶望が訪れる。あの男は何者なんだ。


ハードボイルド探偵物語である。元やくざの矢能が陥った不可解な状況と、恩義に駆られて引き受けざるを得なかった殺人者、預かっている小学生の娘、やくざの組織、政治家。さまざまな人々の思惑と欲得をかいくぐって、何が真実かを見極めつつ、ターゲットを追いつめていくのが見事である。矢能の心がたどり着いたところがほっとさせられる一冊である。

抱く女*桐野夏生

  • 2015/08/29(土) 14:16:16

抱く女
抱く女
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桐野 夏生
新潮社
売り上げランキング: 8,454

この主人公は、私自身だ――。1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動、恋愛。「抱かれる女から抱く女へ」と叫ばれ、あさま山荘事件が起き、不穏な風が吹く七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた。必死に自分の居場所を求める彼女は、やがて初めての恋愛に狂おしくのめり込んでいく――。揺れ動く時代に切実に生きる女性の姿を描く、永遠の青春小説。


高野悦子氏の『二十歳の原点』と同じ空気が重たく流れている(考えていることはまったく違うとしても)。その時代に生きていなければわからない時代そのものの空気なのだろうが、この空気の中で学生時代を過ごさなくて済んで幸運だった。訳知り顔で何かに倦んだような怠惰さを身にまとい、自堕落を絵に描いたような日々を送る学生たち。自分たちの未熟さを微塵も解っていないのが――時代の風潮だとしても――鼻につく。読んでいる間中、胸のなかが澱んでいて息苦しいほどだった。ただ、そのころと現在とで何かが変わったかと問われると、形は違えど本質は何も変わっていないような気もして憂鬱になる。別世界に逃げ出したくなるような一冊だった。

天鬼越(あまぎごえ)*北森鴻 浅野里沙子

  • 2015/02/20(金) 17:10:09

天鬼越: 蓮丈那智フィールドファイルV天鬼越: 蓮丈那智フィールドファイルV
(2014/12/22)
北森 鴻、浅野 里沙子 他

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真贋など、どうでもいい。何故偽書が作られたのか。重要なのはそれだけだ。奇怪な祭祀「鬼哭念仏」に秘められた巧緻なトリック。都市に隠された「記号」の狭間に浮上する意外な真相。門外不出の超古代史文書に導かれた連続殺人――。氷の美貌と怜悧な頭脳をもつ異端の民俗学者・蓮丈那智が快刀乱麻を断つ。単行本未収録の二編に、幻のプロットに基づく書下しなど新作四編を加えた民俗学ミステリー。


表題作のほか、「鬼無里(きなさ)」 「奇偶論(きぐうろん)」 「祀人形(まつりひんな)」 「補堕落(ふだらく)」 「偽蜃絵(にせしんえ)」

急逝された北森氏が残した七割方できていたプロットをパートナーであった浅野氏が完成させるという夢のような企みによってできあがったのが本作である。もう会えないと思っていた連丈那智や内藤三國にまた会うことができ、あのクールさと鋭い洞察力を目の当たりにすることができて満足である。三國がいつもよりも認められている気がしなくもないが、それはたぶん彼の成長の証であろう。どきどきするような一冊だった。