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R.I.P. 安らかに眠れ*久坂部羊

  • 2022/07/12(火) 16:16:50



優しかった兄が、三人もの自殺志願者を殺めた――。世間から極悪人と糾弾される村瀬真也。連続凶悪事件を犯した兄が語り始める不可解な動機を解き明かそうと、妹の薫子は奔走するが、一線を越えてしまった真也の「知らなかった一面」に衝撃を受ける。自殺志願者を次々殺めた男の告白から見えてきた真実とは――。行きすぎた正義と、無関心な親切は、どちらが正しいのだろうか。誰もが目を逸らしたくなる問題に、著者自身も懸命に向き合い書き下ろした長編小説。


自殺したい者とそれを幇助した者、という現実を描いているが、本質はそこにとどまらず、個人の苦しみと他者の関わり方、誰の気持ちを優先するか、等々、立場や視点によって見え方が変わってくるものごとに焦点を当てているように思える。三人の自殺に手を貸した慎也の考え方には、最初は拒否感しかなかったが、読み進めるうちに、納得できるとは言えないまでも、そういう側面もあるかもしれないと、見方を変えて考えてみるきっかけを与えてくれた。だからと言って、慎也を擁護しようとは思えないのではあるが。そして、さらには、信頼して心を預けた人の影響がどれほど計り知れないかということも思い知らされる。導き方によって、人の進む道は変わってしまうのだと、改めて怖ささえ感じる。読後も重いものが胸に沈む一冊である。

異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 嗜虐の拷問官*久住四季

  • 2022/03/23(水) 16:44:47


人気シリーズ! 拷問は至高の刑罰だ──快楽殺人者“拷問官”を追え!

ついに本庁捜査一課に異動となった莉花は、念願であった殺人犯捜査第四係の仙波班に配属される。だが、功名心にはやる規則破りの刑事という悪評は拭えず、ここでも孤立していた。
そんな中、都内で異様な死体が発見される。それは車により執拗に手足だけを轢き潰されていた。被害者が半グレの構成員だったことから、内部抗争による私刑と見られた。
だが天才的な犯罪心理学者・阿良谷の助言は違った。目に釘を刺す別の殺人事件を挙げ、同一犯による快楽殺人だと指摘する。
殺害方法に共通項がない快楽殺人者。この不可解なプロファイルは、後に始まる恐怖の深淵への序章だった!


拷問の描写は、思わず目をそむけたくなるが、犯罪の異常性により目を向けることとなる。警視庁捜査一課に移動になった氷膳莉花は、相変わらずつきまとう悪評もあって、仙波班のほかの刑事たちになかなか馴染めないでいるせいもあり、またまた単独捜査に出てしまう。それはもちろん、収監中の阿良谷博士のアドバイスのせいでもあるのだが、それを明かすわけにはいかない。さらには、監察官から密命を受け、班の仲間を監視することにもなり、もやもやを抱えたままで捜査に当たることになる。一歩間違えば、命を失うことにもなるような単独捜査はいただけない気はするが、仲間たちには一応受け入れられたので、よしとする。だが、ラストで阿良谷博士の二審の公判開始が決まり、接見が叶わなくなる。彼のアドバイスがないままで、莉花はこれからどうするのか、一抹の不安が立ちこめる一冊でもあった。

異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 剝皮の獣*久住四季

  • 2021/10/16(土) 16:10:25


首から上の皮を持ち去る殺人鬼の正体は!? 大人気シリーズ、待望の第2巻
奥多摩署勤務となった莉花は地域課から刑事課へ復帰を果たす。時同じくして、潜伏中の強盗犯が廃屋で殺害される事件が発生。なぜか被害者の首から上の皮膚は剥がされ、持ち去られていた。
この異様な事件は複雑な様相を呈していく。なぜ逃走中の強盗犯を狙ったのか。そして首から上の皮膚を剥ぎ取ったのは一体? 解決にこだわる莉花は禁じ手に打って出る。それは悪魔の犯罪心理学者、阿良谷と取引することだった。
すべてが明らかになったとき、貴方は震撼する!


今回も初っ端からグロテスクで、思わず本を閉じようかと思う。読み進めても、別の意味で感情を逆なでされる描写が多い。雪女こと氷膳莉花でも、いい加減うんざりするだろう。警察が男社会だということは端からわかっているが、それを於いても、莉花の行動は、組織として許しがたいものなのだろう。とは言え、刑事課にもどされたからには、目の前の事件を解決すべく捜査するしかない。事件すら滅多にないような奥多摩の地で起こった凄惨な殺人事件は、池袋の強盗殺人事件と絡み、さらに調べていくと、過去に起こった行方不明事件にもつながっていたのである。莉花の覚悟と、本庁の仙波警部補との間に築かれつつある信頼関係と、収監中の未決死刑囚・阿良谷のプロファイリングの助けで、また莉花が無茶をする。事件が解決されても気分はスキっとはしないが、阿良谷のこれからも気になるし、さらなる展開が愉しみなシリーズである。

異常心理犯罪捜査官・氷膳莉花 怪物のささやき*久住四季

  • 2021/10/06(水) 16:21:29


猟奇犯罪を追うのは、 異端の若き犯罪心理学者×冷静すぎる新人女性刑事!

都内で女性の連続殺人事件が発生。異様なことに死体の腹部は切り裂かれ、臓器が丸ごと欠損していた。
捜査は難航。指揮を執る皆川管理官は、所轄の新人刑事・氷膳莉花に密命を下す。それはある青年の助言を得ること。阿良谷静──異名は怪物。犯罪心理学の若き准教授として教鞭を執る傍ら、数々の凶悪犯罪を計画。死刑判決を受けたいわくつきの人物だ。
阿良谷の鋭い分析と莉花の大胆な行動力で、二人は不気味な犯人へと迫る。最後にたどり着く驚愕の真相とは?


非情に猟奇的な殺人事件である。それだけで読むのをやめたくなるが、どうやってアプローチしていくかには興味が湧く。しかも、イレギュラー過ぎる捜査法であり、捜査官は若い女性(氷膳莉花)。彼女にも心の深いところに抱えているものがあり、そのことが、過酷とも言える捜査と、その結果見えてくるものに立ち向かう原動力でもあるように見える。登場人物の多くが、ある意味大き過ぎるとも言える屈託を自らの裡に抱え込んでおり、それ故に起きた事件であり、捜査の過程であったとも思われる。やわな人間ならとっくに壊れているだろう。氷膳莉花がこの先どうなっていくのか、興味を惹かれる一冊である。

MR*久坂部羊

  • 2021/08/27(金) 16:26:21


大阪に本社を置く中堅製薬会社・天保薬品。その堺営業所所長であり、MRの紀尾中正樹は、自社の画期的新薬「バスター5」が高脂血症の「診療ガイドライン」第一選択Aグレードに決定するべく奔走していた。決まれば年間売上が1000億円を超えるブロックバスター(=メガヒット商品)化が現実化する。ところが、難攻不落でMR泣かせの大御所医科大学学長からようやく内定を得た矢先、外資のライバル社タウロス・ジャパンの鮫島淳による苛烈な妨害工作によって、一転「バスター5」はコンプライアンス違反に問われる。窮地に追い込まれた紀尾中以下、堺営業所MRチームの反転攻勢はあるのか。ガイドラインの行方は? 注目集める医薬業界の表と裏を描いたビジネス小説の傑作、誕生!


お仕事小説MR編である。小説なので、実際とは違う部分も多々あるのだろうとは思うが、MRという仕事のご苦労の一端を覗いた気分にはなる。どの業界でも変わらないとは思うが、仕事をするうえで、何を、誰を重視するか、どこに目線を据えるかによって、同じものを見ても、見え方が変わってくる状況がよくわかる。患者ファースト、利益ファースト、それぞれの立場でそれなりの苦悩があり、自分の掲げる理念に向かって進むために邪魔になるものを排除しようとする心理もよくわかる。医療界、製薬界に必要以上に理想を持っているわけでもないが、できれば裏側のどろどろはあまり目にしたくはないところではある。患者ファーストチームの完全勝利で終わってほしいところだが、最後の最後に厳しい現実を突き付けられたようで、思わずうならされる一冊でもあった。

月下美人を待つ庭で 猫丸先輩の妄言*倉知淳

  • 2021/02/19(金) 07:15:17


猫丸という風変わりな名前の“先輩”は、妙な愛嬌と人柄のよさで、愉快なことには猫のごとき目聡さで首をつっこむ。そして、どうにも理屈の通らない出来事も彼にかかれば、ああだこうだと話すうちにあっという間に解き明かされていくから不思議だ。悪気なさそうな侵入者たちをめぐる推理が温かな読後感を残す表題作や、電光看板に貼りつけられた不規則な文字列が謎を呼ぶ「ねこちゃんパズル」など、五つの短編を収める。日常に潜む不可思議な謎を、軽妙な会話と推理で解き明かす連作短編集。


表題作のほか、「ねこちゃんパズル」 「恐怖の一枚」 「ついているきみへ」 「海の勇者」

偶然居合わせたり、通りかかったりして小耳にはさんだちょっとした謎を、猫丸先輩が豊かな洞察力と推理力、想像力をフル回転させて解き明かすという趣向である。とはいえ、サブタイトルにもあるように、すべては猫丸先輩の妄言であり、実際にどうなのかはほぼ謎のままなのだが、なぜか妙に納得させられてしまう。それにしても、猫丸先輩は相変わらず経験値が高いのか低いのかよくわからない。そこが魅力でもあるのが、近しい人たちの振り回され感はいや増している気がする。早く次が読みたいシリーズである。

善医の罪*久坂部羊

  • 2020/12/18(金) 19:02:36


意識不明の重体で運ばれた、横川達男。主治医の白石ルネは、延命治療は難しいと治療を中止。家族の同意のもと、尊厳死に導いた。三年後、カルテと看護記録の食い違いが告発される。白石は筋弛緩剤を静脈注射したというのだ。医療業界を揺るがす大問題へと発展し、検察は彼女を殺人罪で起訴した。保身に走る先輩医師、劣等感を感じる看護師、虚偽の報道を繰り返すマスコミ。様々な思惑が重なり合い、事態は思わぬ方向へと転がって―。


事実をモデルにしたフィクションということで、まさに医療の現場、上層部の思惑、医師同士の確執、出世欲、さらにはマスコミの実態、などなど、現場の空気感がリアルに伝わってくる物語である。ルネの誠心誠意の治療や患者家族への対応には頭が下がる思いがする。それなのに、主張が全く伝わらないもどかしさと無力感といったら、読んでいるこちらも、歯噛みしながら地団太を踏みたくなるほどである。人の命にかかわることでさえ、身勝手な思惑が事実を変えてしまうこともあるのか、とやりきれなさと憤りに包まれる。公正なはずの裁判でさえ然りである。孤立無援の戦いではなかったことがせめてもの救いだろう。死にゆく者と、送る者、その間に立つものなどのことを、さまざま考えさせられる一冊だった。

生かさず殺さず*久坂部羊

  • 2020/09/18(金) 18:19:57


がんや糖尿病をもつ認知症患者をどのように治療するのか。認知症専門病棟の医師・三杉のもとに、元同僚で鳴かず飛ばずの小説家・坂崎が現われ、三杉の過去をモデルに「認知症小説」の問題作を書こうと迫ってくる。医師と看護師と家族の、壮絶で笑うに笑えない本音を現役医師が描いた医療サスペンスの傑作。


さまざまな病気を抱える認知症患者専門の病棟、人呼んで、にんにん病棟が舞台である。それだけで、一筋縄ではいかないことは想像に難くない。どんな日常が繰り広げられているのか興味が湧く。現実問題として、病気の認知症患者の身内をお持ちの方は、おそらく、こんな描写はまだまだ生ぬるいとおっしゃるだろうということも想像できる。それを踏まえてさえ、現場の壮絶さがうかがい知れる。患者本人のケアの大変さはもとより、家族の思惑が絡み、家族が複数いれば、それぞれの思惑が同じとは言えず、混乱に拍車をかける。あっちをなだめ、こっちをなだめ、さらには自分の胸の裡までなだめながら、日々ご苦労を重ねておられる病棟スタッフのみなさんには、頭が下がる。さらには、他人事と割り切って読むことができないから、なおさら気分が沈むのである。スパッと解決する方法があればどれほどいいだろう、と思わずにはいられない一冊である。

怖い患者*久坂部羊

  • 2020/06/19(金) 09:28:21


いくつもの病院を渡り歩くドクターショッピング、快適なはずの介護施設で起こるおそろしい争い…現役医師がおくる、強烈にブラックな短編集!全5編。


「天罰あげる」 「蜜の味」 「ご主人さまへ」 「老人の園」 「注目の的」

フィクションだということは判ってはいるが、著者が現役の医師であるということもあって、事実が下地になっているのでは、と勘繰ってしまう。それほど、真に迫っていて、現実感があるということでもあるのだが、どこかで違う対応の仕方をしていれば、別の結果になったのか、それともなにをどうしても結果は変わらないのか、よく判らずに怖さが募る。医師の立場でも怖いし、患者としても怖い一冊である。

黒医*久坂部羊

  • 2020/02/10(月) 16:32:23


努力と競争を過剰にもてはやす「ネオ実力主義」が台頭し、働かないヤツは人間の屑、と糾弾される社会で、思いがけず病気になってしまった男。(「人間の屑」)気軽に受けた新型の出生前診断で、胎児の重い障害を宣告されて中絶するか悩む夫婦。(「無脳児はバラ色の夢を見るか?」)医療や技術の進歩の先に見える、幸せな人生は幻想なのか。救いなき医療と社会の未来をブラックユーモアたっぷりに描く7編で綴る作品集。


どの物語も、そう遠くない未来に実際に起こりそうで怖い。さらには、大人になり切れない大人が増えている気がしてならない昨今、医者でさえも例外ではないと、改めて気づかされて、空恐ろしくもなる。何に頼ればいいのか不安になるが、しょせん医者も人間であるということだ。ブラックすぎるユーモアで、到底笑えないが、自分の身は自分で守らねば、との思いを改めて強くさせられる一冊でもある。

オカシナ記念病院*久坂部羊

  • 2020/02/02(日) 18:41:15


離島の医療を学ぼうと、意気込んで「岡品記念病院」にやってきた研修医の新実一良。ところが先輩医師や看護師たちはどこかやる気がなく、薬の処方は患者の言いなり、患者が求めなければ重症でも治療を施そうともしない。反発心を抱いた一良は在宅医療やがん検診、認知症外来など積極的な医療を取り入れようとするが、さまざまな問題が浮き彫りになっていき―。現代の医療の問題点を通して、生とは何か、死とは何かを問いかける。著者渾身の医療エンターテインメント。


エンターテインメントとして書かなければ、さまざまな軋轢を生むだろう問題が凝縮されている。文句なく面白いのだが、その裏には、現代医療の抱える問題がうずたかく積み上げられているのだということを、改めて突き付けられる思いである。気づいていながら気づかないふりをして、医者の言うなりに検査を受け、薬を飲んでいるいまの状況を、患者側の意識改革だけで何とかするのは至難の業だろうが、少しでも立ち止まって自分の頭で考えたいと、切実に思わされる。医療関係者すべてに読んでほしい一冊でもある。

老父よ帰れ*久坂部羊

  • 2019/11/20(水) 18:41:32

老父よ、帰れ
老父よ、帰れ
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久坂部羊
朝日新聞出版 (2019-08-07)
売り上げランキング: 33,555

45歳の矢部好太郎は有料老人ホームから認知症の父・茂一を、一念発起して、自宅マンションに引き取ることにした。
認知症専門クリニックの宗田医師の講演で、認知症介護の極意に心打たれたからだ。勤めるコンサルタント会社には介護休業を申請した。妻と娘を説得し、大阪にいる弟一家とも折にふれて相談する。好太郎は介護の基本方針をたててはりきって取り組むのだが……。
隣人からの認知症に対する過剰な心配、トイレ立て籠もり事件、女性用トイレ侵入騒動、食事、何より過酷な排泄介助……。ついにマンションでは「認知症対策」の臨時総会が開かれることになった。
いったい家族と隣人はどのように認知症の人に向き合ったらいいのか。
懸命に介護すればするほど空回りする、泣き笑い「認知症介護」小説。


認知症の親を自宅で介護する大変さの予備知識になる物語である。認知症を患う父親を家で看たいという長男、その家族、遠方に住む弟一家、マンションの住人たち、それぞれの立場や思いは、その立場になって考えれば、それなりにどれも納得できるものであり、だからこそ、いま自分がどの立場に立っているのかで見方が変わってくることもあるだろうと思われる。並々ならない苦労があることはよくわかるのだが、同居する家族の感じ方や、日々の不自由さがいまひとつ伝わってこなかったのが、いささかきれいごとめいて感じられる一因かもしれないとも思う。現実はとても書き尽くせないものであろうことは想像に難くないので、ある程度仕方のないことかもしれないが、認知症介護の表層をさらっと一通り描いた感が拭えないのも確かである。「自分の都合で考えず、患者本位で接すること」という心構えがわかっただけでも収穫かもしれないと思える一冊である。

妻のトリセツ*黒川伊保子

  • 2019/10/22(火) 16:37:56

妻のトリセツ (講談社+α新書)
黒川 伊保子
講談社
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いつも不機嫌、理由もなく怒り出す、突然10年前のことを蒸し返す、など、耐え難い妻の言動…。ベストセラー『夫婦脳』『恋愛脳』の脳科学者が教える、理不尽な妻との上手な付き合い方。


本来は夫に読ませるために書かれたもののようであるが、妻であるわたしが読んでもうなずける部分が多くある。だが、男性諸氏からは反発も多いだろうな、とは想像できる。あまりにも、妻中心の家庭の在り方なのである。夫のトリセツもあれば、両方を比べてそれぞれに歩み寄れることはあるかもしれない、とも思う。ともあれ、わたし自身、女性なので、納得できることが大部分ではあるのだが、男性脳の部分も結構あることがわかって興味深かった。まあ、ある意味女性を機嫌よくさせておけば、家内安全と言える、ということではあるだろう、という感じの一冊である。

作家の人たち*倉知淳

  • 2019/08/16(金) 18:19:42

作家の人たち
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倉知 淳
幻冬舎 (2019-04-11)
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押し売り作家、夢の印税生活、書評の世界、ラノベ編集者、文学賞選考会、生涯初版作家の最期…。可笑しくて、やがて切ない出版稼業―!?


出版業界の内幕暴露本である。とは言っても、多分に自虐的な要素を含むコメディ仕上げなので、遠慮なく笑えてしまうところもある。昨今の出版業界を思えば、さもありなんということも多く、このまま手を拱いていれば、いずれこうなるかもしれない、と思わせることもあって、出版業界に身を置く人たちの苦悩をも想わされる。最終章で作家の倉ナントカさんが、この世の最期に書きたくて仕方がないと切望した小説を、ぜひ読んでみたいものである。ブラックながら愉しめる一冊である。

介護士K*久坂部羊

  • 2019/02/26(火) 16:53:43

介護士K
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久坂部 羊
KADOKAWA (2018-11-29)
売り上げランキング: 32,687

介護施設「アミカル蒲田」で入居者の転落死亡事故が発生した。高齢者虐待の疑いを持ち、調査を始めたジャーナリストの美和は、介護の実態に問題の根の深さを感じていた。やがて取材をした介護士・小柳恭平の関与を疑った美和は、再び施設を訪れる。恭平は「長生きで苦しんでいる人は早く死なせてあげた方がいい」という過激な思想を持っていた。そんななか、第二、第三の死亡事故が。家族の問題を抱え、虚言癖のある小柳による他殺ではないのか--疑念が膨らむ一方の美和だが、事態は意外な方向に展開してゆく。高齢者医療の実態に迫り、人間の黒い欲望にメスを入れる問題作!


介護の現場や実態について、考えざるを得ない物語である。わたし自身は介護の経験がないので、実際のところはまるで解っていないとは思うが、想像するだけでも、一時も気を抜けず、手も抜けない現状の苦労の大変さは壮絶なものだということは判る。入居者の相次ぐ不審死に関わったのでは、と疑われる若い介護士・小柳恭平の真実はどこにあるのだろう。親切で、骨身を惜しまずよく働き、入居者の人気者であるという一面もあり、虚言癖があるという面も持つ彼の言葉は、どこまで真実なのだろう。そして、彼が目指しているのは何だったのだろう。判らないことだらけで答えは見つからないのだが、たくさんのことを考えさせられたことだけは確かである。読んでいて気が重くなるが、目を背けてはいけない一冊だと思う。