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シャルロットのアルバイト*近藤史恵

  • 2022/05/12(木) 19:02:26


シャルロットは七歳の雌のジャーマンシェパード。賢いけれど、普段はのんきな元警察犬。彼女と一緒にいると、いろんな事件に遭遇する。向かいの家には隠されたもう一人がいる? 偶然関わることとなったドッグスクールの不穏な噂とは? シャルロットとの日々は、いつもにぎやかで、時々不思議。謎に惑い、犬と暮らす喜びに満ちた極上のコージーミステリー!


共働き夫婦と、元警察犬のジャーマンシェパードのシャルロットとの日々に出会う、ちょっとした謎や疑問を、小気味よく解決していく物語。浩輔と真澄それぞれの考え方や思いやり方、犬に対する愛情のかけ方など、理想に近いように見えて好感が持てる。それは、著者ご自身の犬に対する考え方が色濃く反映されているのかもしれない。そして、シャルロットはもちろん、他の犬たちの描かれ方も、それぞれの個性が際立っていて、犬好きでないとできないのではないかと思われる。謎解きの過程にもやさしさと思いやりがあふれていて、不穏になりかける気持ちを穏やかにしてくれる。二人と一匹のこれからをもっと見たいシリーズである。

おはようおかえり*近藤史恵

  • 2022/04/04(月) 06:38:04


真面目な姉と自由奔放な妹。二人の姉妹に訪れる思いがけない出来事とは――

北大阪で70年続く和菓子屋「凍滝」の二人姉妹、小梅とつぐみ。姉の小梅は家業を継ぐため進学せず、毎日店に出て和菓子作りに励む働き者。 妹のつぐみは自由奔放。和菓子屋を「古臭い」と嫌い、大学で演劇にのめり込みながら、中東の国に留学したいと言って母とよく喧嘩をしている。

そんなある日、43年前に亡くなった曾祖母の魂が、何故かつぐみの身体に乗り移ってしまう。凍滝の創業者だった曾祖母は、戸惑う小梅に 「ある手紙をお父ちゃん(曾祖父)の浮気相手から取り戻してほしい」と頼んできた。

手紙の行方を辿る中で、少しずつ明らかになる曾祖母の謎や、「凍滝」創業時の想い。姉妹は出会った人々に影響されながら、自分の将来や、家族と向き合っていく。


大阪の和菓子屋とその家族の物語である。祖母は引退し、母が店を切り盛りし、父は東京に単身赴任している。長女の小梅は、保守的で真面目、妹のつぐみは、自由奔放。そんな姉妹それぞれの生き方と、突然つぐみの身体に降臨した曾祖母の秘密がリンクして、自らの出自を考えたり、家族の在り方や、生き方を考え直すようになる。ひとつの家族の物語ではあるが、それぞれが我が身に引き寄せて考えさせられる一冊でもあるように思う。

たまごの旅人*近藤史恵

  • 2021/11/21(日) 16:16:33


地球の裏側で遭遇する“日常の謎"
未知の世界へ一歩踏み出す勇気がわいてくる物語

念願かなって、海外旅行の添乗員になった遥。
アイスランドを皮切りに、スロベニア、パリ、西安で、
ツアー参加客それぞれの特別な瞬間に寄り添い、ときに悩みながらも旅を続ける。
ところが2020年、予想外の事態が訪れて――


海外旅行の添乗員さんの見えないご苦労が偲ばれるお仕事物語としても読めるし、旅行参加者たちそれぞれが抱える問題に、ほんのひととき寄り添い、人生の一ページに、ほんのわずか関わる人間ドラマとしても読め、そしてなにより、遥自身の成長物語でもあって、いろんな楽しみ方ができる。登場人物たちが、互いに影響しあって、いい方向に一歩踏み出した様子なのもうれしい。胸のなかがあたたかくなる一冊である。

玩具修理者*小林泰三

  • 2021/02/11(木) 07:18:02


その人は、何でも治してくれる。壊れた人形、死んだ猫、そしてあなただって。生と死を操る奇妙な修理者が誘う幻想の世界を描き、日本ホラー小説大賞選考委員会で絶賛を浴びた表題作ほか、書き下ろし1編を加えた作品集。


表題作のほか、「酔歩する男」

圧倒的に「酔歩する男」の分量が多いが、表題作のインパクトもとても強い。実際に目にしたら気を失いそうな事々が、淡々と平板なリズムで描かれているので、なおさら怖さが背筋を這い上がってくる心地がする。そして、次の物語は、施行を整理しようとすればするほど、混迷の螺旋階段を上へ下へと翻弄されるような、立っている場所が瞬時に消えてなくなるような気がして、眩暈がしそうである。考えるな、感じろ、ということだろう。まったく違うテイストが愉しめる(?)一冊である。

夜の向こうの蛹たち*近藤史恵

  • 2020/08/26(水) 12:33:16


小説家の織部妙は順調にキャリアを積む一方、どこか退屈さも感じていた。そんなある日、“美人作家”として話題の新人、橋本さなぎの処女作に衝撃を受ける。しかし、文学賞のパーティで対面した橋本の完璧すぎる受け答えに、なぜか幻滅してしまう。織部の興味を惹いたのは、橋本の秘書である初芝祐という女性だった。初芝への気持ちを持て余す織部は、やがて「橋本さなぎ」の存在に違和感を抱くようになる。その小さな疑惑は開けてはならない、女同士の満たされぬ欲望の渦への入り口だった…。「第13回エキナカ書店大賞」受賞作家の最新作。


ミステリでありながら、恋愛物語でもあり、人としてどう生きるかを問う物語でもあるように思う。職業、趣向、容姿、才能、さまざまな要素によって、人は他人を判断し、関わり方を変えたりもする。だが、そんなものに囚われず、なにものからも自由になったときこそ、どう生きているかの真価が問われるのかもしれない。他人とかかわらずには生きられないからこそ、大切なのはその距離感で、それによって、傷つけたり傷ついたりすることにもなるのだろう。胸の内側を軽く引っかかれたような読後感の一冊である。

歌舞伎座の怪紳士*近藤史恵

  • 2020/03/31(火) 18:57:55


生活に不満はないけど、不安はある。家事手伝いの岩居久澄は、心のどこかに鬱屈を抱えながら日々を過ごしていた。そんな彼女に奇妙なバイトが舞い込んだ。祖母の代わりに芝居を見に行き、感想を伝える。ただそれだけで一回五千円もらえるという。二つ返事で了承した久澄は、初めての経験に戸惑いながら徐々に芝居の世界にのめり込んでいく。歌舞伎、オペラ、演劇…。どれも楽しい。けれど、久澄には疑問があった。劇場でいつも会う親切な老紳士。あの人っていったい何者…?


いつも地味に生きてきた久澄は、就職先でセクハラに遭って心を病み、退職して自宅警備員(軽い引きこもり)をしながらメンタルクリニックに通っている。これではだめだと思いながらも、どうしても一歩を踏み出すことができない久澄を、眼科医の姉・香澄もフルタイムで働く母も何も言わずに見守ってくれている。そんなとき、離婚した父方の祖母・しのぶさんから、アルバイトを頼まれる。もらったチケットで、しのぶさんの代わりに歌舞伎や舞台を観て感想を送ってほしい、というものだった。初めていった歌舞伎は、思ったよりも堅苦しくなく、愉しめたのだが、前方の座席に置かれたペットボトルがすり替えられるところを目撃してしまい、動揺する。その様子に声をかけてくれた隣の席の老紳士・堀口に仔細を話すと、彼が対応してくれたのだが……。久澄が歌舞伎やオペラに出かけるたびに、何かしら不審なことに出くわし、その度いつも堀口さんにも出会って、話を聞いてもらうことになり、何やら裏がありそうな気がしてくるのだが……。少しずつ外に目を向けられるようになる久澄の姿に勇気づけられ、思わず応援したくなるが、彼女以外にも、何かしら抱え込んでいる人はいるのである。自分だけではないと気づけるようになったのも成長のあかしかもしれない。久澄の変化も、歌舞伎やオペラの描写も、謎解きもどれも愉しめる贅沢な一冊である。

みかんとひよどり*近藤史恵

  • 2019/04/15(月) 18:08:51

みかんとひよどり
みかんとひよどり
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近藤 史恵
KADOKAWA (2019-02-27)
売り上げランキング: 122,247

はじめたばかりの猟で遭難してしまった潮田亮二、35歳。相棒の猟犬と途方に暮れていたところ、無愛想な猟師・大高に助けられる。かねてからジビエ料理を出したいと考えていた潮田は、大高の仕留めた獲物を店で出せるよう交渉する。しかし、あっさり断られてしまい―。夢を諦め、ひっそりと生きる猟師。自由奔放でジビエへの愛情を持つオーナー。謎の趣味を持つ敏腕サービス係。ふつうと少し違うけど自分に正直な人たちの中で、潮田は一歩ずつ変わっていく。人生のゆるやかな変化を、きめ細やかに描く、大人の成長物語。


ジビエ料理にスポットを当てた物語は珍しいのではないだろうか。獣を狩る者とそれを料理する者、そして犬たち。著者ならではの題材という気がする。獣を狩る者、それを料理して提供する者。店を維持していくことも考えなければならないというジレンマ。さまざまな事々が相まって、日々何かに追われているようでもある。自然を相手にし、自然と共に生きることの過酷さと覚悟や、人間社会で生きていく上で避けて通れない難題が、物語を通して伝わってくるような気がする。立場の違う大高と潮田だが、互いの存在が、より深く考えるきっかけになり、互いの視野を広げたことは確かだろう。それぞれの今後と、犬たちの成長をもっと見たいと思わされる一冊だった。ぜひ続編を読みたいものである。

エムエス 継続捜査ゼミ2*今野敏

  • 2019/02/19(火) 16:50:10

エムエス 継続捜査ゼミ2
今野 敏
講談社
売り上げランキング: 54,561

未解決事件を取り上げるため「継続捜査ゼミ」と呼ばれる小早川ゼミの5人の女子大生は、冤罪をテーマにしようとする。小早川は、授業で学内ミスコン反対のビラを配る女子学生高樹晶に会うが、高樹は小早川と話をした直後、何者かに襲われ救急車で運ばれた。その後、高樹に対する傷害容疑で小早川が任意同行されることに――警察に疑われ続ける教授に代わり、ゼミ生たちが協力して事件の真相を明らかにしていく。


登場人物のキャラクタもしっかり定着して、それぞれが生き生きしている本作である。そして今回は、ゼミでは冤罪事件を取り上げるのだが、小早川自身が冤罪の被害者にされかけるという、なんとも言えないタイミングの良さ(悪さかもしれないが)で、冤罪ということについて様々な角度から考えさせられる。立場が違うと見え方がこうも違うものかと思わされることもあり、ひとつ歯車を掛け違うと、どこまでも修正が効かなくなってエスカレートしていく怖さも味わった。なにより、小早川ゼミの結束力が強まった物語であったと思う。次の活躍が愉しみなシリーズである。

継続捜査ゼミ*今野敏

  • 2019/02/11(月) 18:48:28

継続捜査ゼミ (講談社文庫)
今野 敏
講談社 (2018-10-16)
売り上げランキング: 23,251

長年の刑事生活の後、警察学校校長を最後に退官した小早川の再就職先は女子大だった。彼が『刑事政策演習ゼミ』、別名『継続捜査ゼミ』で5人の女子大生と挑む課題は公訴時効が廃止された未解決の殺人等重要事案。最初に選んだのは逃走経路すら不明の15年前の老夫婦殺人事件だった。彼らは時間の壁を超え事件の真相に到達できるのか。異色のチーム警察小説、シリーズ第1弾!


元警察学校の校長だとは言え、昔の未解決事件だとは言え、一般人にここまで情報を開示していいのだろうかという疑問は於くとして、未解決事件を題材にして検証を進めるゼミはおもしろそうである。ゼミ生は五人、それぞれ個性に富んだ面々で、得意分野もさまざまである。それがうまい具合に役割分担になって事件の真相に迫っていくのである。教授である小早川のキャラクタもなかなか魅力的である。それにしても、いくら題材の提供者だとは言え、毎回オブザーバーとしてゼミに参加している安斎刑事の本来の仕事はどうなっているのか不思議である。ともあれ、気軽に読めて愉しいシリーズで、次が愉しみな一冊である。

殺人鬼にまつわる備忘録*小林泰三

  • 2018/12/04(火) 07:46:44

殺人鬼にまつわる備忘録 (幻冬舎文庫)
小林 泰三
幻冬舎 (2018-10-10)
売り上げランキング: 48,943

見覚えのない部屋で目覚めた田村二吉。目の前に置かれたノートには、「記憶が数十分しかもたない」「今、自分は殺人鬼と戦っている」と記されていた。近所の老人や元恋人を名乗る女性が現れるも、信じられるのはノートだけ。過去の自分からの助言を手掛かりに、記憶がもたない男は殺人鬼を捕まえられるのか。衝撃のラストに二度騙されるミステリー。


短期記憶が定着しない田村二吉が主人公なので、チャプターが変わるたびに記憶がまっさらになり、改めて現在の状況を、自らが記したノートで確認するところから始まる。読者はもちろん経緯をすべてわかっているのに、主人公だけが、新たな気持ちで事に当たるのが、新鮮でもありもどかしくもある。経験則が役に立たないというのは、どういうものだろうか、と想像するだけで絶望的になるが、二吉はそんなことすら考える余裕なく、日々を生きている。しかも、触れた人物の記憶を自由に書き換えられる殺人鬼と対峙しているのだから、本人以外の周囲の危機感はさらに増す。ラストは、一見うまくいったように見えるが、いささかもやもやとする気分が残る。本当は何が真実なのだろうか。気になって仕方がない一冊ではある。

わたしの本の空白は*近藤史恵

  • 2018/09/25(火) 16:37:00

わたしの本の空白は
わたしの本の空白は
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近藤史恵
角川春樹事務所
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気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし・三笠南。目は覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。現実の生活環境にも、夫だという人にも違和感が拭えないまま、毎日が過ぎていく。何のために嘘をつかれているの?過去に絶望がないことだけを祈るなか、胸が痛くなるほどに好きだと思える人と出会う…。何も思い出せないのに、自分の心だけは真実だった。


自分が誰なのか、どんな立場で、誰とどんな暮らしをしていたのか、思い出せないのはどれほど心細いだろうと、まず胸が痛くなる。しかも、どんな理由で、記憶をなくして病院のベッドで目覚めたのかも皆目判らないのである。どこに帰ればいいのか、誰を信じればいいのか。極端なことを言えば、自分さえも信じられないだろう。ただ、主人公の南の場合は、覚えてはいなくても、居心地がいいとか、安心できるとかいう気分は何となくわかるようで、当面は、それで判断するしか方法がない。途轍もなくい緊張感の中で過ごさなくてはならないことが容易に想像できる。日々を過ごし、周りの人の話や、折に触れて接するものごとから、少しずつ手掛かりに触れられるようになってくると、そこには、思いもしなかった現実が待ち構えているのだった。すべて忘れたままだったほうが幸せなのか、それともすべてはっきり思い出すのが幸せなのか。どちらにせよ、悩みは尽きそうにない。次の展開が早く知りたくて、ページを繰るのがもどかしい一冊だった。

震える教室*近藤史恵

  • 2018/05/13(日) 08:10:17

震える教室
震える教室
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近藤 史恵
KADOKAWA (2018-03-31)
売り上げランキング: 242,884

歴史ある女子校・凰西学園に入学した真矢は、怖がりの花音と友達になる。ひょんなことから、ふたりは「出る」と噂のピアノ練習室で、虚空から伸びる血まみれの白い手を目撃してしまう。その日を境に、ふたりが手をつなぐと、不思議なものが見えるようになった。保健室のベッドに横たわる首がないびしょ濡れの身体、少女の肩に止まる白いなにか、プールの底に沈むもの…。いったいなぜ、ここに出現するのか?少女たちが学園にまつわる謎と怪異を解き明かす、6篇の青春ミステリ・ホラー。


わたしの苦手なホラーである。しかもそれが起こるのは、歴史ある――予てから「何か出る」と噂されている――女子校。中学からあるこの学校に、高校からの外部受験者として入学した真矢と花音はすぐに親しくなり、二人が触れ合うことで、怪異が見えてしまうことに気づくのにも時間はかからなかった。ここで起こる怪異は、この学校に関わる者たちの身に起こったことが元になっていて、それがさらに恐ろしさを増す印象である。見えるものと見えないものとのわずかな差で、世界が変わることも興味深い。苦手なホラーではあるが、真矢と花音のキャラクタや、花音の小説家の母のアドバイスなども含めて、拒否反応を起こさず愉しめる一冊だった。

インフルエンス*近藤史恵

  • 2017/12/31(日) 14:30:41

インフルエンス
インフルエンス
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近藤 史恵
文藝春秋
売り上げランキング: 93,985

大阪郊外の巨大団地で育った小学生の友梨(ゆり)はある時、かつての親友・里子(さとこ)が無邪気に語っていた言葉の意味に気付き、衝撃を受ける。胸に重いものを抱えたまま中学生になった友梨。憧れの存在だった真帆(まほ)と友達になれて喜んだのも束の間、暴漢に襲われそうになった真帆を助けようとして男をナイフで刺してしまう。だが、翌日、警察に逮捕されたのは何故か里子だった――
幼い頃のわずかな違和感が、次第に人生を侵食し、かたちを決めていく。深い孤独に陥らざるをえなかった女性が、二十年後に決断したこととは何だったのか?


ある女性から、同年代の女性作家の元に、聞いてもらいたいことがあるという手紙が届いたことがきっかけで、彼女の話を聴くことになった。大きく見れば作家の目線で語られるのだが、大部分は女性が話しているので、彼女の目線で物語は進んでいく。大阪の大きな団地で過ごした幼少期から、小学生中学生と成長する間に、我が身や友人たちの身に起こった重すぎる出来事やそれにまつわるあれこれ、そして高校大学と進み、社会に出て、かつての友人たちとの関係性もどんどん希薄になっていると思っていたある日、またそのつながりが再燃し、呪縛から逃れられてはいなかったことに気づかされる。物語の初めから漂う不穏さは、全編に漂い続け、心が安らぐときがないのだが、最後の最後に作家が自らの卒業アルバムで見つけたものが、彼女たちのつながりののっぴきならなさをさらに強めているようでもある。どこまでもどってどうしていたらなにものにも縛られない明るい道を歩けたのだろうか。ぐるぐると同じ道を迷い続けているような心地の一冊である。

ときどき旅に出るカフェ*近藤史恵

  • 2017/08/31(木) 16:23:18

ときどき旅に出るカフェ
双葉社 (2017-07-28)
売り上げランキング: 9,095

平凡で、この先ドラマティックなことも起こらなさそうな日常。自分で購入した1LDKのリビングとソファで得られる幸福感だって憂鬱のベールがかかっている。そんな瑛子が近所で見つけたのは日当たりが良い一軒家のカフェ。店主はかつての同僚・円だった。旅先で出会ったおいしいものを店で出しているという。苺のスープ、ロシア風チーズケーキ、アルムドゥドラー。メニューにあるのは、どれも初めて見るものばかり。瑛子に降りかかる日常の小さな事件そして円の秘密も世界のスイーツがきっかけに少しずつほぐれていく―。読めば心も満たされる“おいしい”連作短編集。


職場ではお局呼ばわりされる年齢になり、友人たちも結婚したり子どもを産んだりして価値観が少しずつ違ってきて、自分で選んだこととは言え、我が身を持て余し気味だった瑛子が主人公である。家の近くでたまたま見つけて入ったカフェ・ルーズは、偶然にもかつて職場で一緒に働いていた葛井円が営む店だった。毎月一日から八日までは休みで、円はその期間、旅行に出かけたり、メニューの試作をしたりしているらしい。海外で見つけたその土地で親しまれている料理の名前が並ぶメニューは、普通のカフェでは見慣れないものなのだった。円が心を込めて作る料理は、その思いの分もあたたかく美味しくて、瑛子のお気に入りの場所になる。職場やカフェで起こる出来事の、ほんの些細な違和感を、おいしいスイーツと円の人柄や思いやりがするすると解きほぐしていくのである。辛いこともあるし、受け容れがたいこともたくさんあるが、価値観を大らかに持てばなんてこともないのかもしれないと思わせてくれる一冊でもある。

マカロンはマカロン*近藤史恵

  • 2017/02/07(火) 13:57:37

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