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誰かがこの町で*佐野広実

  • 2022/08/17(水) 06:58:38


高級住宅街の恐ろしい秘密。住民たちが隠し続けてきた驚愕の真実とは?

人もうらやむ瀟洒な住宅街。その裏側は、忖度と同調圧力が渦巻いていた。
やがて誰も理由を知らない村八分が行われ、誰も指示していない犯罪が起きる。
外界から隔絶された町で、19年前に何が起きたのか。
いま日本中のあらゆる町で起きているかもしれない惨劇の根源を追うサスペンス!
江戸川乱歩賞受賞第一作。


町全体が何かに呑み込まれているような、言い知れぬ恐ろしさが漂ってくる。しかも、個々人の裡にも同じような感情がうずくまっていることに、関わる人たち自身が少しずつ気づいていき、葛藤を深めていくのがさらに恐ろしい。ただ単に同調圧力と言っていい限度を超え、もはや洗脳と言っても言い過ぎではないのかもしれない。洗脳が解けたときの町の住民たちの苦しみを想像するのも恐ろしい。この事件には一応の答えが出たが、ここではないどこかで、同じようなことが起こっているかもしれないと思うと、背筋がぞくっとする一冊である。

嘘つきは殺人鬼の始まり*佐藤青南

  • 2022/08/07(日) 18:28:32


累計75万部突破「行動心理捜査官・楯岡絵麻」シリーズの著者が描く新作は、就職活動! ? SNSの裏アカウント特定を生業とする潮崎真人は採用面接中の学生のSNSの調査をする。アナウンサー志望の灰原茉百合は裏アカウントを持ち、そこでデリヘル嬢をしていたことが発覚し、不採用となった。茉百合に存在をつきとめられ責められた潮崎は、なんやかんやでバディを組むことに。潮崎たちは、あるSNSアカウント主が殺人犯ではないかと疑うも警察は証拠がないと動けないと言われ、ふたりは証拠集めに乗り出すことに。しかしその矢先、潮崎の裏アカ調査に利用していた本アカウントの人物が何者かに殺害される。責任感の強い茉百合に感化された潮崎は、絶対絶命の危機に陥りながらも、驚天動地の真相にたどり着く!


SNSの裏アカウントという、現代の吹き溜まりのような要素をメインに据えた物語。裏垢を悪用する人、それを暴く人、さらにそれを利用する人と、それぞれの思惑でさまざまな立場の人が登場する。みんな多かれ少なかれ嘘つきばかりなのだが、誰がいちばん嘘つきかというと、ラスト近くに潮崎が想像した通りなのかもしれない。それはそれとして、表裏に関わらず、SNSでの個人の特定があんなに簡単なものなのかと、そちらに驚愕する。恐ろしい世界である。あくまでも脇役である公文の男気が格好良かった。ラストはいささか救いがなかった気がしなくもないが、それだけ責任の重さを自覚するべきだということでもあるだろう。さまざま考えさせられる一冊でもあった。

よろずを引くもの お蔦さんの神楽坂日記*西條奈加

  • 2022/07/26(火) 17:56:39


頼れるお蔦さんの元には、みんなの相談事が集まってくる・・・・・・
もと芸者のおばあちゃんと孫の望が、秋の神楽坂で起こる事件を見事に解決!
直木賞作家・西條奈加が贈る大人気シリーズ最新短編集!

多発する万引きに町内会全体で警戒していた矢先、犯人らしき人物をつかまえようとした菓子舗の主人が逃げる犯人に突き飛ばされて怪我をしてしまった! 正義感に駆られる望と洋平は、犯人の似顔絵を描こうと思い立つが……商店街を巻き込んだ出来事を描いた「よろずを引くもの」を始め、秋の神楽坂を騒がす事件の数々を収録。粋と人情、そして美味しい手料理が味わえる大好評シリーズ、待望の最新作!


お蔦さんの元には、きょうも厄介事が向こうからやってくる。それに伴って、お蔦さんの手足となって働くのは、孫の望であるのも相変わらずである。万引き犯や亡くなった片腕、お蔦さんも緊張を隠せない置屋の「おかあさん」の来訪、いなくなった野良猫、金のうさぎ、などなど、他ではあまり見られないような厄介事が満載である。神楽坂のご近所の人間関係も絡めつつ、関わった人々の心も解きほぐしてしまうお蔦さんなのであった。次も愉しみなシリーズである。

わたしが消える*佐野広実

  • 2022/07/23(土) 19:16:52


第66回江戸川乱歩賞受賞作!
綾辻行人氏(選考委員)、推薦。
「序盤の地味な謎が、物語の進行とともに厚み・深みを増しながら読み手を引き込んでいく」

元刑事の藤巻は、交通事故に遭い、自分に軽度認知障碍の症状が出ていたことを知り、愕然とする。離婚した妻はすでに亡くなっており、大学生の娘にも迷惑はかけられない。
途方に暮れていると、当の娘が藤巻を訪ね、相談を持ちかけてくる。介護実習で通っている施設に、身元不明の老人がいる、というのだ。その老人は、施設の門の前で放置されていたことから、「門前さん」と呼ばれており、認知症の疑いがあり意思の疎通ができなくなっていた。
これは、自分に課せられた最後の使命なのではないか。そう考えた藤巻は娘の依頼を引き受け、老人の正体を突き止めるためにたった一人で調査に乗り出す。
刻一刻と現れる認知障碍の症状と闘いながら調査を続ける藤巻は、「門前さん」の過去に隠された恐るべき真実に近づいていくーー。

残された時間で、自分に何ができるのか。
「松本清張賞」と「江戸川乱歩賞」を受賞した著者が描く、人間の哀切極まる社会派ミステリー!


自らの認知症の疑いに悶々としながら、娘の頼みで、介護施設の門前に遺棄された認知症の老人の身元を調べる、元刑事の藤巻の姿が描かれている。門前さんと名づけられた人物の身元を探るほどに、過去の怪しさが浮き彫りにされ、警察機構や政治家にまで及ぶ疑惑が明らかにされていく。誰が誰を利用し、利用されたのか。闇が深すぎて背筋が凍る。似たようなコントロールはおそらく日々何らかの形で行われているものと思われ、何を信じればいいのか疑心暗鬼に囚われる一冊でもある。
とは言え、藤巻家の安寧は保たれたと言っていいかもしれないのは、一筋の光明である。

ショートケーキ。*坂木司

  • 2022/06/29(水) 18:46:23


星の数ほどあるケーキの種類のなかでも、不動の人気を誇る「苺のショートケーキ」。「和菓子のアン」シリーズなど、甘いものを描いた作品星のに定評のある著者による、誰しも思い出のひとつやふたつはあるだろうショートケーキをめぐる5篇の連作集です。


ショートケーキつながりの、ゆるい連作物語。ショートケーキの扱い方も、キーパーソンのつながり方も、そうきたか、という感じの緩さで、よかった。そして、どの物語も、互いを思いやるやさしさにあふれていて、甘酸っぱい心もちにさせてくれる。まさにショートケーキ。ショートケーキなくしてはありえなかった一冊である。

ストラングラー 死刑囚の告白*佐藤青南

  • 2022/06/24(金) 16:40:30


死刑囚にして元刑事の明石陽一郎と秘密裏に組むことで、捜査一課の簑島朗は〈ストラングラー〉模倣事件を解決した。
しかし十四年前の連続殺人事件そのものに迫ろうとした時、証拠捏造をした警部補の伊武が射殺される。
それは警察内部に再審請求を望まぬ者がいることを示していた。
簑島は困惑しながらも、拘置所内の明石と協力し、新たなる少女失踪事件解決と大量殺人計画阻止に動く。
さらに捜査協力の代償として、冤罪を証明する証拠を集め始めるのだが……。待望の続編登場!


模倣犯によるとみられる事件が起こったことにより、オリジナル・ストラングラーと呼ばれるようになった明石のもとに通い、アドバイスを得ながら、その冤罪を晴らすべく動く刑事・簑島は、撃たれて死んだ刑事・伊武の亡霊に悩まされながらも、一歩ずつ冤罪の証拠に近づいていく。そしてその先に見えたものは、後戻りできない衝撃をもたらすのである。ストラングラー事件の真犯人は相変わらず野放しで、そちらの捜査は全く進んでいるようには思われないが、明石の件は今後どう判断することになるのだろう。次作に期待がかかるシリーズである。

少女を埋める*桜庭一樹

  • 2022/04/27(水) 16:47:32


2021年2月、7年ぶりに声を聞く母からの電話で父の危篤を知らされた小説家の「わたし」は、最期を看取るために、コロナ禍下の鳥取に帰省する。なぜ、わたしの家族は解体したのだろうか?――長年のわだかまりを抱えながら母を支えて父を弔う日々を通じて、わたしは母と父のあいだに確実にあった愛情に初めて気づく。しかし、故郷には長くは留まれない。そう、ここは「りこうに生まれてしまった」少女にとっては、複雑で難しい、因習的な不文律に縛られた土地だ。異端分子として、何度地中に埋められようとしても、理屈と正論を命綱になんとかして穴から這い上がり続けた少女は東京に逃れ、そこで小説家になったのだ――。
「文學界」掲載時から話題を呼んだ自伝的小説「少女を埋める」と、発表後の激動の日々を描いた続篇「キメラ」、書き下ろし「夏の終わり」の3篇を収録。
近しい人間の死を経験したことのあるすべての読者の心にそっと語りかけると同時に、「出ていけ、もしくは従え」と迫る理不尽な共同体に抗う「少女」たちに切実に寄り添う、希望の小説。


コロナ禍の中で父を見送る娘の心情は、身につまされるものがあり、このことに限っては故郷に帰ってよかったのだと思えるが、いまだ家父長制が色濃く残り、女は「従うか出ていけ」という不文律がまかり通っている場所に、長くとどまることがどれほどのストレスになるかは想像に難くない。埋められないように、必死で抗う姿には共感も多いと思われる。だが、その後の批評をめぐる騒動に、果たしてどれほどの共感が得られるだろうか。個々の家族や、特定の地域の事情がわからないので、なんとも言えないが、そもそも著者が最初にひっかかったのは、小説に書かれていないことを、あたかもあらすじのように記述され、その上で論評されるという理不尽と、それによって故郷の母が受けるだろう故なき仕打ちを心配してのことだったと承知する。とは言え、作品には、母の実際行ったことの数々が書かれているのである。自分が書いたことに関する母への誹謗中傷はかまわないが、書いていないことを取り沙汰されるのは許せない、ということなのだろうか。その辺りが、よくわからないのも事実である。何となくもやもやとすっきりしない一冊になってしまったのは、いささか残念である。

楽園ジューシー*坂木司

  • 2022/04/09(土) 06:51:39


南国青春ミステリ。あのホテルにまた会える!

ここは楽園じゃないけど、面白いところではある。
「残念なパーマの、残念なハーフ。人呼んでザンパ」。不名誉なあだ名とともに暗黒の少年時代を過ごした青年ザッくん。どん底から救ってくれた親友たちに背中を押されて、沖縄の安宿・ホテルジューシーでバイトをすることに。そこで待ち受けていたのは、おいしい沖縄料理の数々に超アバウトなオーナー代理、そしてやたらと癖のある宿泊客たち。困難に立ち向かいながら、諦めムードだったザッくんの人生が、南風とともに変わっていく……?


初めは、主人公・ザッくんのミックスという見た目での先入観による差別と偏見に苦しむ境遇に同情的で、何とかいじめた人たちの鼻を明かしてやりたい、くらいの気持ちだった。しかし、何となく成り行きで応募してしまった沖縄のホテルジューシーでアルバイトをすることになる中、個性的すぎるホテルの面々や、癖のある宿泊客、と日々接し、それぞれが、傍からはうかがい知れない屈託を抱えながらも懸命に生きているのを目の当たりにし、振り返って自分自身の偏見にも気づかされると、少しずつ見え方が変わってくる。自分の世界にこもって、自分だけの基準や価値観で物事を見ているだけでは、世界のほんとうの姿は見えては来ないのだ。世の中は広くて多様なのだ。他と違うのは自分だけではないのだ。沖縄という、独自の文化と、日米に翻弄される場所だからこそのジレンマも伝わってくる。タイトルや装丁のお気楽さとは裏腹に、さまざま考えさせられる一冊でもあった。シリーズなのだが、単独でも楽しめる。

若旦那のひざまくら*坂井希久子

  • 2022/04/02(土) 05:35:25


長谷川芹は百貨店に勤めるアラフォー。
彼女が惚れたのは、一回りも下の、京都老舗の御曹司だった!

結婚を目指すも、両親に拒まれ、若く美しきライバルに翻弄される。
それでも彼と一緒になるため、イケズなあいつらになんて負けないと誓うが――

人情小説の名手がおくる、西陣を舞台に織りなされる愛と着物の感動物語!


東京から京都の老舗に嫁ぐ難しさ、しかも夫になる充は11歳も年下となると、一筋縄ではいかない。京都西陣で、理不尽に耐えながら老舗を守り、家の裡を守ってきた彼の母にしてみれば、何も知らずにぽっとやってきた嫁候補・芹が、著しく場違いに見えたことだろう。ことあるごとにイケズをされ、しかも若く美しく、京都を知り抜いているライバルまでいるのである。それでも、芹と充の絆は強く、充が全面的に芹の味方でいてくれることが何より心強い。織物のことに関しても、向かう目的はひとつでも、あれこれ食い違う考え方の溝をひとつずつ埋め、新しい風を吹き込んでいく様子が、心を湧き立たせてくれる。キルト作家の芹の母の力も借りて、未来が見えてくる。できれば渦中には巻きこまれたくない物語ではあるが、人間としての資質が大切だと思わせてくれる一冊でもある。

六つの村を越えて髭をなびかせる者*西條奈加

  • 2022/03/05(土) 07:05:11


直木賞作家の新たな到達点! 江戸時代に九度蝦夷地に渡った実在の冒険家・最上徳内を描いた、壮大な歴史小説。
本当のアイヌの姿を、世に知らしめたい―― 時は江戸中期、老中・田沼意次が実権を握り、改革を進めていた頃。幕府ではロシアの南下に対する備えや交易の促進などを目的に、蝦夷地開発が計画されていた。 出羽国の貧しい農家に生まれながら、算学の才能に恵まれた最上徳内は、師の本多利明の計らいで蝦夷地見分隊に随行する。そこで徳内が目にしたのは厳しくも美しい北の大地と、和人とは異なる文化の中で逞しく生きるアイヌの姿だった。イタクニップ、少年フルウらとの出会いを通して、いつしか徳内の胸にはアイヌへの尊敬と友愛が生まれていく……。 松前藩との確執、幕府の思惑、自然の脅威、様々な困難にぶつかりながら、それでも北の大地へと向かった男を描いた著者渾身の長編小説!


史実に基づいた歴史物、しかも、題材が江戸中期の蝦夷のアイヌ、ということで、読み始めてすぐは、とっつきにくいのでは、と思ったが、そんなことは全くなかった。幼いころの元治(のちの最上徳内)の健気さと、知識欲の強さはみているだけで頼もしく、応援したくなる。そんな息子を大きな目で見守る父の存在も、とても好ましく、後の徳内の人物形成に大きな影響を与えているのだろうと思える。どこにいても、徳内は人に恵まれ、彼らとの縁をないがしろにしないから、さらに良い縁につながっていくのだろう。、絶えず湧き出す知識欲と、誰もが幸せに生きてほしいと願う真心に突き動かされた一生だったのだろう。読み応えがあり、胸の奥があたたかいもので満たされる一冊だった。

行動心理捜査官・楯岡絵麻 vs ミステリー作家・佐藤青南*佐藤青南

  • 2021/11/15(月) 16:27:43


累計72万部突破の大人気シリーズ最新刊!
刃物でめった刺しにした殺人事件の容疑者の男は、犯行は認めたが、なぜか被害者を認識していなかった。その後も酷似した殺害方法が続き、やがて被害者は皆、SNS上でミステリー作家・佐藤青南を批判していたことがわかる。佐藤は心理学を駆使する警察官が主人公のミステリーで人気を獲得。オンラインサロンを運営しており、多くの会員をもつ。佐藤に疑念を抱いた取調官の楯岡絵麻だが、佐藤は行動心理学に精通しており、絵麻に隙を見せない。さらに行動心理学で見破った事実は証拠にならないと豪語する佐藤。はたして佐藤青南の殺人教唆は成立するのか?


小説のなかで、作家本人と主人公が戦うという奇を衒った設定である。しかも、作家自身も、絵麻と同様マイクロジェスチャーが判るという特性を持っており、しかも、読み取られたからなんだと開き直るので、取り調べも厄介なことこの上ない。こんなときには、地道な捜査がものを言うのである。筒井・綿貫コンビの活躍があればこその解決だろう。現実と虚構が入れ子のようになった物語であり、ミステリー作家・佐藤青南は散々な扱われようだが、かえって作家自身に関する興味は募るかもしれない。いろんな意味で愉しい一冊だった。

連弾*佐藤青南

  • 2021/11/03(水) 16:46:43


都内の小さな公園で死体が発見された。警察は殺人事件と判断し、特別捜査本部を設置。捜査一課の音喜多弦は、音楽隊志望という少し変わった所轄署の刑事・鳴海桜子と捜査を開始した。遺留品にクラッシクコンサートのチケットがあったことから、関係者を訪れる二人だが……。時を超えた愛憎と狂気が渦巻く、慟哭の傑作ミステリ。


殺人事件の大元となった過去の出来事と、事件を捜査する現在の状況が交互に描かれる。過去にはディスレクシアでありながら、たぐいまれなる音楽性を持った少年と、自分のピアノの才能に限界を見てしまった少女との出会いがあり、現在では、ちょっと変わった警察音楽隊志望の女性刑事と捜査一課の刑事のコンビが捜査に当たるなかで、どうやら彼女が相貌失認ではないかとわかってくる。人とは違う特性を持ちつつ日々を過ごす人たちの苦悩をもう少し掘り下げてほしかった気もする。ミステリとしは、犯人当ての醍醐味は少ないが、執念のような強い気持ちが伝わってきて、こういう犯罪者がいちばん怖いのではないかとも思わされる。ほんの少し踏み出す方向が違っていたら、まったく別の物語になったかもしれないというやりきれなさに満ちた一冊でもあった。

婿どの相逢席*西條奈加

  • 2021/10/13(水) 07:00:47


小さな楊枝屋の四男坊・鈴之助は、相思相愛のお千瀬の生家、大店の仕出屋『逢見屋』にめでたく婿入り。誰もが羨む逆玉婚のつもりが……

「鈴之助、今日からはおまえも、立場上は逢見屋の若主人です。ですが、それはあくまで建前のみ。何事も、最初が肝心ですからね。婿どのにも、しかと伝えておきます」
鈴之助の物問いたげな表情に応えてくれたのは、上座にいる義母のお寿佐であった。
「この逢見屋は代々、女が家を継ぎ、女将として店を差配してきました。つまり、ここにいる大女将と、女将の私、そして若女将のお千瀬が、いわばこの家の主人です」(本文より)

与えられた境遇を受け入れ、商いの切り盛りに思い悩むお千瀬を陰で支える鈴之助。
“婿どの"の秘めた矜持と揺るぎない家族愛は、やがて『逢見屋』に奇跡を呼び起こす……。


江戸の世に、代々娘が女将を受け継ぐ大店は異例と言えるのではないだろうか。それゆえに起こる理不尽や懊悩もまたあり、ひとりの人間の一生を変えてしまうことにもなりかねない。とは言え、そこを守り通そうとする矜持もまた大切なのである。板挟みになることも多々あり、悩ましい。そんな大店の仕出し屋「逢見屋」に婿入りした鈴之助の日々の物語である。自ら認める頼りない男でありながら、最愛の妻・千勢や家族のことを思い、僅かずつではあるが自らができることを積み重ねるうちに、新しい風となり、逢見屋にも変化が現れているように思われる。夫婦仲好く労わりあっていれば、この先も何とかなると心強くさせてくれる一冊でもある。

曲亭の家*西條奈加

  • 2021/08/22(日) 09:23:32


直木賞受賞後第一作
渾身の書き下ろし長篇。
小さな幸せが暮らしの糧になる。

当代一の人気作家・曲亭(滝沢)馬琴の息子に嫁いだお路。
作家の深い業にふり回されながらも己の道を切り開いていく。

横暴な舅(しゅうと)、病持ち・癇癪(かんしゃく)持ちの夫と姑(しゅうとめ)……
修羅の家で見つけたお路の幸せとは?
「似たような日々の中に、小さな楽しみを見つける、それが大事です。
今日は煮物がよくできたとか、今年は柿の木がたんと実をつけたとか……。
そうそう、お幸(さち)が今日、初めて笑ったのですよ」(本文より)


傍から見れば、人も羨む良縁のように思われるが、その実、家内は、舅の横暴、姑の癇癪、夫の癇癪と病と、地獄のような日々で、一度は実家に逃げ帰ったお路だったが、長年過ごすうちに、舅姑の本質や、夫の苦悩にも思い至り、何気ない些細なしあわせに心を潤わせることに、自らの喜びを見つけるようになっていく。その心もちが、次第に、戯作者・馬琴の一番の信頼を得るようにもなり、馬琴の晩年は、その功績に大いに貢献することとなる。波乱万丈の人生だが、子どもたちや周りの人間関係には恵まれ、それが支えになっていたのは間違いないだろう。曲亭の家の内幕をのぞき見するような興味深い一冊だった。

白バイガール フルスロットル*佐藤青南

  • 2021/07/02(金) 07:44:29


神奈川県の白バイ隊員、本田木乃美は、全国の精鋭が集まる白バイ競技会への出場が決定。練習に励むうち、優勝候補と目された他県の女性白バイ隊員たちが続けざまに事故に遭遇し負傷。横浜市内では銃撃事件も発生、緊張が走るなか本番が近づいて――木乃美は憧れの箱根駅伝先導の座をつかめるか?

疾風怒濤の人気青春ミステリーシリーズ完結編!


完結編なんだー、と残念な気持ちが先に立つ。もっとカッコいい彼女たちを見ていたかった。物語自体は今回もかなりハードである。なにしろ、各県の優秀な白バイ隊員が狙われるという由々しき事態なのである。それと並行して、川崎潤の目線で反社会的勢力と韓国マフィアの対決、に巻き込まれていく一人の男性の事情が描かれる。そしてそれがなんと――、という切なく重いストーリーなのだ。出来事の重さと、木乃美の天然さ、白バイ隊員の女性たちの結束力、さらには、木乃美の上司や同僚たちの連携にうっとりさせられる。本当に終わってしまうのが残念でならないシリーズである。