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アンと愛情*坂木司

  • 2021/04/20(火) 18:36:17


成人式を迎えるアンちゃん。大人になるには、まだ早い気がするけど、それでも時間は進むし、世の中は待ってくれません。おいしいおやつを食べて、前を向いて。さあいきましょう。デパ地下から着物売り場、催事場に金沢旅行。少しずつ拡がる世界。さらに深くなる和菓子の謎。お待たせいたしました。たっぷりお召し上がりください。


アンちゃんはもちろんのこと、みつ屋の面々や周りの人たちがみんな、一生懸命で、愛おしすぎて泣ける。お客さまに喜んでいただこうという一心で接客するアンちゃんの成長ぶりや、ちょっとした疑問を放っておかないところが健気でほのぼのしながら泣ける。珍しく友人たちとの金沢の旅の物語もあって、数年前に訪れたところと(和菓子屋さん以外)ほぼ同じだったので懐かく思い出しながら読んだ。ただ、アンちゃんたちが路線バスで回ったところを、わたしたちはすべて徒歩で回ったなぁ、なんて思ったり。比較的のんびりしているみつ屋ではあるけれど、それでも日々いろんなお客が訪れ、いろんなことが起こる。そのひとつひとつを、未熟ながら着実にこなして、少しずつ成長していくアンちゃんを見ていると、応援せずにはいられないのである。もちろん登場するお菓子はどれもみなおいしそうで、目の前にないのが恨めしくなる。早く次を読みたくなるシリーズである。

ストラングラー*佐藤青南

  • 2021/03/16(火) 16:27:00


警視庁捜査一課の箕島朗は、小菅の東京拘置所に向かった。面会相手は死刑囚・明石陽一郎。十四年前に四件の殺人を犯したとされる男である。事件当時大学生だった箕島は、恋人の久保真生子を殺されていた。最近発生した“ストラングラー”と呼ばれる犯人による連続殺人は、明石の事件と共通項が多い。懸命に感情を押し殺して尋問する箕島に、明石は驚くべき発言をする。「十四年前の事件は冤罪だ。あんたに、おれの無実を証明する手助けをしてほしい」―。


元警察官で、四人の殺人で死刑判決を受けた明石は、裁判中から終始無罪を主張している。彼の信奉者とでもいう人物たちは、冤罪を証明しようと動いている。明石に恋人を殺されたことで刑事になった簑島は、憎み続けた明石と面会し、葛藤しつつも、少しずつ人間としての明石に心を動かされていく。警察の闇と、一人の刑事の正義感。やりきれない思いの持っていき場がないままラストを迎えてしまった。背筋が凍るような終わり方だが、次に続くのだろうか。真実を知りたい一冊である。

千両かざり 女細工師お凛*西條奈加

  • 2020/12/24(木) 07:44:53


錺職の老舗「椋屋」の娘・お凜は、女だてらに密かに銀線細工の修行をしている。跡目争いでざわめくなか現れた謎の男・時蔵は、江戸では見られない技で簪をつくり、一門に波紋を呼ぶ。天保の改革で贅沢品が禁じられ商いが難渋する店に、驚天動地の大注文が入る。江戸の町に活気を与えたいと、時蔵とお凛はこころをひとつにするが―。職人世界の粋と人情を描く本格時代小説。


奢侈禁止のご時世と、そこに生きる錺職人たちの気概、店の跡取り問題、などなどさまざまな要素が織り込まれ、細工への情熱や恋心と言ったスパイスも加えて、一筋縄ではいかないなかせる物語である。病で早世した椋屋の四代目・宇一の深慮遠謀がなんとも見事としか言いようがない。時蔵のことは残念でたまらないが、その分お凛が輝く明日が待っているのだろう。江戸の世に迷い込んだような心地にさせてくれる一冊だった。

ツインソウル 行動心理捜査官・楯岡絵麻*佐藤青南

  • 2020/11/22(日) 16:33:38


チャンネル登録者数十万人を超える人気の動画配信者が殺された。被疑者の聴取を行うのは刑事・楯岡絵麻。行動心理学で相手の嘘を見抜く通称「エンマ様」の取調べで事件の意外な真相が明らかに。その後も、更生した元被告人はなぜ再び罪を犯したのか。ホームヘルパー殺害事件の裏で何があったのか。様々な事件を解決する絵麻だったが、通り魔事件被疑者の取調べで予想外の事実を知り―。


 第一部 人気者を殺ってみた
 第二部 歪んだ轍
 第三部 トンビは何を産む
 第四部 きっと運命の人

すっかりドラマの配役が定着してしまっているので、それ以外の映像が浮かばないが、適役だと思うので、違和感はない。第三部までは、いつも通り、エンマ様こと楯岡絵麻のペースで、取り調べが行われるが、第四部だけは、いささか勝手が違って、ちょっとハラハラさせられる。それがまだまだ続編がありそうな期待にもつながるので、嬉しくはあるが、長く尾を引きそうでもあって、心配でもある。次作も愉しみなシリーズである。

心淋し川(うらさびしがわ)*西條奈加

  • 2020/11/10(火) 07:31:58


不美人な妾ばかりを囲う六兵衛。その一人、先行きに不安を覚えていたりきは、六兵衛が持ち込んだ張形に、悪戯心から小刀で仏像を彫りだして…(「閨仏」)。飯屋を営む与吾蔵は、根津権現で小さな女の子の唄を耳にする。それは、かつて手酷く捨てた女が口にしていた珍しい唄だった。もしや己の子ではと声をかけるが―(「はじめましょ」)他、全六編。生きる喜びと哀しみが織りなす、渾身の時代小説。


表題作のほか、「閨仏」 「はじめましょ」 「冬虫夏草」 「明けぬ里」 「灰の男」

心川(うらかわ)沿いに詰め込まれるようにできた集落・心町(うらまち)の長屋の住人たちの物語である。長年にわたってたまりにたまった滓のような屈託が、少しずつ吐き出され、それが互いに作用して、さらにまた生み出されるものもある。誰もが何かしら重たいものを抱え、なだめながら日々を暮らしているが、ある日、ふと投げ込まれた小石がさざ波を立てる。理不尽を呑み込み、それでも抗いながら暮らす人々がいとおしい一冊である。

わかれ縁*西條奈加

  • 2020/06/08(月) 16:29:40


結婚して五年、定職にもつかず浮気と借金を繰り返す夫に絶望した絵乃は、身ひとつで家を飛び出し、離縁の調停を得意とする公事宿「狸穴屋」に流れ着く。夫との離縁を望むも依頼できるだけの金を持たない彼女は、女将の機転で狸穴屋の手代として働くことに。果たして絵乃は一筋縄ではいかない依頼を解決しながら、念願の離縁を果たすことができるのか!?


理不尽な江戸のしきたりの中で、健気に生きていく女性と、その縁の物語である。幼いころに母に出ていかれ、父娘二人で生きてきた絵乃だが、その父も病で逝き、好きで嫁いだ夫はろくでなし過ぎて、なんの望みも持てなくなっている折、狸穴屋の手代・椋郎とひょんな縁で繋がったのが物語のはじまりである。離縁の調停を得意とする公事宿である狸穴屋で、人々のさまざまな揉め事を見聞きしながら、絵乃が少しずつ自分の考えをしっかり持つようになり、明日を生きる光をみつけていくのが心強く、応援したくなる。この先も好い縁に恵まれることを祈らずにはいられない一冊である。

せき越えぬ*西條奈加

  • 2020/01/12(日) 07:15:59


思わぬなりゆきから箱根の関守となった若き小田原藩士・武一。彼の前には、切実な事情を抱える旅人が日々やってくる。西国へ帰る訳ありげな兄妹、江戸から夜逃げした臨月の女…やがて命を懸けて一人の男にこの国の未来を託さんとする者たちを知ったことで、武一の身にも人生最大の岐路が訪れる―!


前半は、箱根の関所越えの苦労話や、関所を守る人々の内情などで、なかなか興味深く読め、このまま進むのかと思いきや、後半は、国の行く末を憂う思想がらみの熱いストーリーが加わり、一気に熱気を帯びてくる。身分違いの友情や、お家事情も絡み、ぐいぐい惹きこまれる一冊である。

亥子コロコロ*西條奈加

  • 2019/09/20(金) 19:05:52

亥子ころころ
亥子ころころ
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講談社 (2019-06-25)
売り上げランキング: 22,571

味見してみちゃ、くれねえかい? 読んで美味しい“人情”という銘菓。“思い”のこもった諸国の菓子が、強張った心を解きほぐす――。親子三代で営む菓子舗を舞台に、人の温もりを紡いだ傑作時代小説!武家出身の職人・治兵衛を主に、出戻り娘のお永、孫娘のお君と三人で営む「南星屋」。全国各地の銘菓を作り、味は絶品、値は手ごろと大繁盛だったが、治兵衛が手を痛め、粉を捏ねるのもままならぬ事態に。不安と苛立ちが募る中、店の前に雲平という男が行き倒れていた。聞けば京より来たらしいが、何か問題を抱えているようで――。吉川英治文学新人賞受賞作『まるまるの毬』待望の続編!


表題作のほか、「夏ひすい」 「吹き寄せる雲」 「つやぶくさ」 「みめより」 「関の戸」 「竹の春」 

今作でも、治兵衛が諸国を旅して見覚えたご当地菓子がおいしそうである。しかも今作では、店前で行き倒れていたところを助けた、雲平という菓子職人と案を出し合いながら拵えた趣向を凝らした菓子が、目新しくもあり前作に増しておいしそうで、列を作る客の評判も上々である。雲平が行き倒れていた事情を解決するという大きな目的が、物語全体を通してまずあり、それに絡んだあれこれや、人と人との情の通い合い、親子の心情、などなど、いろいろな興味をかきたてられる。登場人物は善人ばかりだが、だからと言って問題が起こらないということはないのだなぁと思い知らされる。ラストは思わず頬が緩む展開で、あたたかい気持ちになれる一冊でもある。

白バイガール 最高速アタックの罠*佐藤青南

  • 2019/07/03(水) 16:41:32

白バイガール 最高速アタックの罠 (実業之日本社文庫)
佐藤 青南
実業之日本社 (2019-04-05)
売り上げランキング: 129,761

公道でマシンの限界まで飛ばす「最高速アタック」動画の投稿者を捜査するなか、不審なひき逃げ事件が発生!
神奈川県警の白バイ隊員・本田木乃美は、後輩白バイ隊員・鈴木に手を焼きつつも彼が容疑者の娘に肩入れしていることに気づく。
疾走感満点の展開と、心打たれる家族の絆に、最高速で一気読み間違いなし!笑って泣ける青春ミステリー。


女性白バイ隊員のお仕事小説、とも言えるが、それよりは、青春小説とでも言った方がいいような物語である。扱う事件は、さわやかさとは程遠いものではあるが、隊員同士の信頼関係や、任務に臨む個々の姿勢や考え方が伝わってきて、読者の胸をもたぎらせる。今回は、木乃美の全国白バイ安全運転競技大会への出場権をかけた競技会の結果にも興味を惹かれる。後輩隊員の鈴木の今後も愉しみなシリーズである。

おやつが好き*坂木司

  • 2019/06/07(金) 13:30:16

おやつが好き
おやつが好き
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坂木 司
文藝春秋
売り上げランキング: 47,163

ああ、もう全部食べたい。
ベストセラー「和菓子のアン」の著者の人生の娯楽はおやつの時間。美味しいものがひそんでる銀座の名店から量販店のスナック菓子まで、ふわふわ、サクサクのホロホロ、こってりあっさりの奇跡の融合に、パリパリカリポリ、つるんとなめらかにさらさらと語り尽くします。
お菓子にまつわる小説も併録。
小腹が空いている時に読めばおやつテロ。ダイエットしようと思っている時に読めば挫折しちゃうかも。ページをめくるたびに、広がる楽しいおやつの世界。
著者の描写力に舌と胃袋が負けること間違いありません。
自分にご褒美、今日のおやつは何食べる?


おいしそうなものがあとからあとから現れて、すっかり食べた気分になってしまう。あるときは、濃いブラックのコーヒー、またある時はにほろ苦い緑茶、あるいは香ばしいほうじ茶。そんなものを傍らに置いて愉しみたい一冊である。

セブンス・サイン 行動心理捜査官・楯岡絵麻*佐藤青南

  • 2019/05/08(水) 16:56:52


行動心理学で相手のしぐさから嘘を見破る美人刑事“エンマ様”こと楯岡絵麻。真っ白な着物を着た男性の餓死死体が河川敷で発見された。胃の中に漆が見つかったことで即身仏を試みたと思われたが、遺体には監禁された跡があった。宗教団体の関与を疑って赴くも、信者らに嘘をついている様子はない。しかし聴取の途中で驚愕の事件が起こり―?鮮やかな手腕で嘘を暴く痛快心理ミステリー!


エンマ様・楯岡絵麻の捜査手法にもすっかり慣れた。だが、取り調べられている被疑者にとっては、一刻も油断できない相手であり、いくら気をつけていたとしても、微細行動によってその犯行が暴かれてしまう。今回のターゲットは宗教団体ということで、嘘をついている自覚がないまま、事実と異なる主張を繰り返すなど、厄介である。だが、粘りに粘った末に、やはり勝利の女神はエンマ様に微笑むのである。このお決まりの設定が気持ち好い。まだまだ続いてほしいシリーズである。

隠居すごろく*西條奈加

  • 2019/04/21(日) 20:55:31

隠居すごろく
隠居すごろく
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西條 奈加
KADOKAWA (2019-03-29)
売り上げランキング: 17,991

巣鴨で六代続く糸問屋の嶋屋。店主の徳兵衛は、三十三年の働きに終止符を打ち、還暦を機に隠居生活に入った。人生を双六にたとえれば、隠居は「上がり」のようなもの。だがそのはずが、孫の千代太が隠居家を訪れたことで、予想外に忙しい日々が始まった!千代太が連れてくる数々の「厄介事」に、徳兵衛はてんてこまいの日々を送るが、思いのほか充実している自分を発見する…。果たして「第二の双六」の上がりとは?


身代を息子に譲って隠居した徳兵衛は、商売一筋にやってきたので、隠居して間もないというのに、その隠居家で無聊をかこつ有様であった。そんな折やってきた孫の千代太が、やさしい気性ゆえに、さまざまな厄介事を運び込んでくるようになり、最初こそは疎んじていたが、次第に抜き差しならぬ状況になり、さらには、千代太が連れてきた子どもたちに触発されるように、新しいことを考えついては愉しむようになっていくのだった。徳兵衛の変化や、千代太や子どもたちの成長、妻のお登勢との関係など、興味深い要素は満載である。なにより、人生というものの神髄が語られているようで、得心がゆくことも多々ある。文句なく面白い一冊である。 

たとえば、君という裏切り*佐藤青南

  • 2019/04/14(日) 20:43:02

たとえば、君という裏切り (祥伝社文庫)
佐藤青南
祥伝社 (2018-12-12)
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病に冒されたベストセラー作家に最期のインタビューをするライター、アルバイト先に現れる女子大生に恋をした大学生、公園で出会ったお姉さんから遠い国のお話を聞くのを楽しみにしている少女―彼らが好きになってしまった“あの人”はいつも自分ではない“誰か”を想っていた。三つの物語は時を越え、“ある人”の深い愛に結実する。あまりに切なく、震える純愛ミステリー!


読み始めは、ごく普通の短編集の印象である。だが、いくつかの物語を読んでいくうちに、隠されたからくりに気づかされる。それからは、いま読んでいるのは「いつの」「だれの」物語で、「どこに」「だれに」つながるのだろうと考えながら読むことになる。そして、どれもが予想をはるかに超えた展開で、思いの深さに驚愕する。初めから時系列に並んでいれば、なんということもない流れなのかもしれないが、人間の思い込みというのは不思議なもので、真実を目の前にしても、なかなか脳内で切り替えがなかなかできずにうろたえる。それも含めて、いやそれだからこそ右往左往を愉しませてもらった一冊である。

永田町小町バトル*西條奈加

  • 2019/03/11(月) 19:34:29

永田町 小町バトル
永田町 小町バトル
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西條 奈加
実業之日本社
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「法律を変えて、予算を勝ち取る―それができるのは、国会議員だけなのよ」。野党・民衛党から出馬し、初当選した芹沢小町は、「現役キャバクラ嬢」にしてシングルマザー。夜の銀座で働く親専門の託児施設を立ち上げた行動力と、物怖じしないキャラクターがメディアで話題となり、働く母親たちから熱い支持を集めたのだ。待機児童、保活、賃金格差、貧困…課題山積みの“子育て後進国”ニッポンに、男社会・永田町に、小町のパワーは風穴を開けられるのか!?吉川英治文学新人賞作家が挑む、新たな地平!


働く母親と子どもたちにまつわる問題が、具体的に描かれていて、問題点がよくわかる。さらに、国会議員としての駆け引きや、議員として生き抜いて初心を貫く難しさなど、国会議員としてのサバイバルのすさまじさもよくわかる。そんななか、現役キャバ嬢という色物としてのキャラクタを逆手にとって、荒波を渡っていく小町のしたたかさと、良い意味での計算高さがカッコいい。無責任なマスコミや、敵対する与党の女性議員との関わり方も、格好良すぎる。こんな志の高い議員が増えてくれれば、暮らしやすい国になるのになぁ、と思わされる一冊だった。

雨上がり月霞む夜*西條奈加

  • 2019/01/08(火) 08:54:44

雨上がり月霞む夜 (単行本)
西 條奈加
中央公論新社
売り上げランキング: 37,799

大坂・堂島で紙油問屋を営んでいた上田秋成は、一帯を襲った火事ですべてを失い、幼なじみの雨月が結ぶ庵のもとに寄寓して、衣食を共にするようになった。ところがこの雨月、人間の言葉で憎まれ口を叩く「遊戯」と呼ばれる兎を筆頭に、「妖し」を惹きつける不思議な力を持っており、二人と一匹の前に、つぎつぎと不可解な事象が振りかかるが――。
江戸時代中期の読本『雨月物語』に材を取った、不穏で幻想的な連作短編集。


言ってみれば『雨月物語』誕生秘話なのだが、それだけではない奥深さがある物語である。人の心というものの不可思議さ、異世界の者とこの世の者との関わり方、見えざる者とのふれあい、などなど、現実離れした事々も多いのだが、それらを大きく包み込んで受け容れられてしまうのである。秋成の屈託と雨月の憂いがそれぞれに切なくて、ぐんぐん惹きこまれていくのだが、最後にこんな風にひとつになるとは……。切ないながらも喜ぶべきことなのだろうと自分を納得させる一冊でもある。