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月曜日は水玉の犬*恩田陸
- 2022/05/04(水) 17:59:17
「物語」は、決して尽きない。
この世に輝く数多のエンターテインメントを
小説家・恩田陸とともに味わい尽くす――。
『土曜日は灰色の馬』『日曜日は青い蜥蜴』に続く第3弾! 、強烈で贅沢な最新エッセイ集
――いろいろな意味ですごい世界になったものだが、逆にリアル書店で過ごす時間、リアルに対面で読んだ本や観た映画について語り合う時間、酒を酌み交わしつつとりとめのない雑談をする時間のありがたみと幸せを、しみじみと感じてしまう。
この本で、私のそんな雑談をひととき楽しんでいただければ幸甚である。
(「あとがき」より)
前の二作品は未読だが、エッセイ集という名の読書案内と言った趣である(非常に偏りはあるが)。著者が惹かれた箇所が、すでにマニアックで、紹介される作品と共に、恩田陸という人そのものを味わうような一冊である。
愚かな薔薇*恩田陸
- 2022/03/22(火) 16:29:52
吸血鬼ってなんなんだろう、
と子供の頃からずっと考えていた。
人類の進化の記憶の発露なんじゃないか、
とどこかで感じていた。
一方で、うんと狭いところで
うんと大きい話を書いてみたいと思っていた。
昨今言われる「グローカル」というのが
念頭にあったのかもしれない。
またしても、
ものすごく時間が掛かってしまったが、
この二つの課題をやり遂げられたのかどうかは、
今はまだ自分でもよく分からない。 恩田陸
磐座(いわくら)では、14歳になると、選ばれた素質を持った少年少女たちが集められ、外海を旅する虚ろ船乗りになるためのキャンプに参加し、自身を変質させて立派な虚ろ船乗りを目指すという伝統が、昔から続いている。今年の参加者、高田奈智は、何も知らずに参加し、磐座で起こる出来事や、キャンプに参加する同年代の者たちの変化に戸惑い、その意味を考えるようになる。それまで考えもしなかった自分の生い立ちや、亡くなった母や、行方不明の父のことも少しずつ考えるようになっていく。地球の滅亡や、地球人の移住、吸血鬼、などさまざまな要素を織り込みながら壮大なSFファンタジーという設えになってはいるが、大きなところに目を向けるほどに、ひとりひとりの裡側に切り込んでいくような印象も生まれてくる。読むたびに違った感情が立ち現われそうな一冊でもある。
薔薇のなかの蛇*恩田陸
- 2021/10/18(月) 07:06:08
変貌する少女。呪われた館の謎。
「理瀬」シリーズ、17年ぶりの最新長編!
英国へ留学中のリセ・ミズノは、友人のアリスから「ブラックローズハウス」と呼ばれる薔薇をかたどった館のパーティに招かれる。そこには国家の経済や政治に大きな影響力を持つ貴族・レミントン一家が住んでいた。美貌の長兄・アーサーや、闊達な次兄・デイヴらアリスの家族と交流を深めるリセ。折しもその近くでは、首と胴体が切断された遺体が見つかり「祭壇殺人事件」と名付けられた謎めいた事件が起きていた。このパーティで屋敷の主、オズワルドが一族に伝わる秘宝を披露するのでは、とまことしやかに招待客が囁く中、悲劇が訪れる。屋敷の敷地内で、真っ二つに切られた人間の死体が見つかったのだ。さながら、あの凄惨な事件をなぞらえたかのごとく。
可憐な「百合」から、妖美な「薔薇」へ。
正統派ゴシック・ミステリの到達点!
英国・ストラットフォードのブラックローズハウスが舞台だが、海外ものにありがちな不自然さは全くなく、ミステリアスな空気の中で物語は始まる。今回、主役は理瀬ではなく、ブラックローズハウスの主・レミントン一家なので、理瀬目線で描かれることは多くはないが、その存在感は見逃せない。事件は凄惨で、スプラッタ映画かと思わされるような目を覆いたくなる場面もあり、思い出したくはないが、それ以外は、起きていることとは裏腹に、いたって静かに時間が流れる。人間の裏側と、事実の陰に隠された真実の奥深さが、まだまだ解き明かされないことがありそうな疑心暗鬼に苛まれる。このままでは絶対に終わらない予感が立ちこめる一冊である。
灰の劇場*恩田陸
- 2021/08/02(月) 18:30:58
大学の同級生の二人の女性は一緒に住み、そして、一緒に飛び降りた――。
いま、「三面記事」から「物語」がはじまる。
きっかけは「私」が小説家としてデビューした頃に遡る。それは、ごくごく短い記事だった。
一緒に暮らしていた女性二人が橋から飛び降りて、自殺をしたというものである。
様々な「なぜ」が「私」の脳裏を駆け巡る。しかし当時、「私」は記事を切り取っておかなかった。そしてその記事は、「私」の中でずっと「棘」として刺さったままとなっていた。
ある日「私」は、担当編集者から一枚のプリントを渡される。「見つかりました」――彼が差し出してきたのは、一九九四年九月二十五日(朝刊)の新聞記事のコピー。ずっと記憶の中にだけあった記事……記号の二人。
次第に「私の日常」は、二人の女性の「人生」に侵食されていく。
新たなる恩田陸ワールド、開幕!
何よりまず気になるのは、過去に目にした新聞の三面記事のなにかが、作者の心のどこかに棘として引っかかっていて、それが時を隔てて甦り、作品にするに至るところから物語が始まるということである。現実と虚構、フィクションとノンフィクションが何重にも入れ子になっていて、読み進めながら、自分がどこに立っているのかしばしば見失いそうになる。目の前に広がる場面のどれもが、視えているのに現実にそこにはないもののような心もとなさに満ち満ちていて、唯一手に取るようにリアルに感じられるのが、発端になった三面記事の二人の女性が、これから心中に出かけようとする朝の食事の後片付けや、鍵をかけるかかけないかを悩む場面なのが、皮肉でもある。自分で決め、人知れず自分で決行したと思っていることが起こす波紋の大きさと、それが及ぶ永遠とも言える範囲に驚かされる一冊でもあった。
スキマワラシ*恩田陸
- 2021/02/24(水) 18:29:57
白いワンピースに、麦わら帽子。廃ビルに現れる“少女”の都市伝説とは?物に触れると過去が見える、不思議な能力を持つ散多。彼は亡き両親の面影を追って、兄とともに古い「タイル」を探していた。取り壊し予定の建物を訪ねるうち、兄弟はさらなる謎に巻き込まれて―。消えゆく時代と新しい時代のはざまで巻き起こる、懐かしくて新しいエンタテインメント長編。再開発予定の地方都市を舞台にした、ファンタジックミステリー。
両親を事故で亡くした散多は、纐纈(こうけつ)散多(さんた)という自分の名前の由来を訊くこともできず、兄・太郎の名前との格差を不思議に思っていた。そして、以前から、ある種の物に触れたときに、残留思念とでもいうようなものが視えるという特質を持っていた。それは兄もよく理解して受け容れてくれている。ある日、古いタイルに触れて、瓦礫のような景色と若いころの両親のような男女を視てから、両親にも関係のありそうな、阿久津ホテルという取り壊されたホテルのタイルが、別の場所に転用されている事実に至り、古物商の仕事のついでに、そのタイルを探し、それとともに、古い建物が取り壊されるときに現れる、夏服の少女の謎も追うことになる。日常のさまざまなちいさなことにもヒントがあり、あちらとこちらをつなぐピースが埋め込まれている。どんなきっかけで、あちらとこちらがつながるのか、つながるとどうなってしまうのか、ドキドキわくわくが止まらなくなる。462ページというボリュームを感じさせないほど、ページを繰る手が止まらなかった。散多の名前の秘密も判り(鶏と卵のようだが)、怖いことが起こりそうでいて、最後はしあわせな気分に包み込まれるような読後感の、読み応えのある一冊だった。
ドミノ in 上海*恩田陸
- 2020/06/12(金) 16:34:23
イグアナが料理されれば盗賊団が上海に押し寄せ、そこに無双の甘党が上陸。風水師が二色に塗り分けられ、ホラー映画の巨匠がむせび泣くと秘宝『蝙蝠』の争奪戦が始まった!革ジャンの美青年がカプチーノをオーダー、一瞬で10万ドルが吹き飛んだら、上海猛牛号で渋滞をすりぬけ、まぁとにかく寿司喰寧。歯が命のイケメン警察署長が独走し、青年が霊感に覚醒したとき、パンダが街を蹂躙する!張り巡らされた魔術に酔いしれよ!圧巻のエンタテインメント。
読み始めて一瞬で、映像が頭に浮かび、ハラハラドキドキわくわくが止まらなくなるドタバタ活劇である。いくつもの要素が、まったく無関係のはずの人々を、偶然に結び付け、まるでドミノ倒しのように、思わぬ展開に転がっていく。どれ一つでも要素が欠けたり、時間がずれたりしていたら、まったく別の展開になっていただろうと思われるが、それがまたわくわく感を増すのである。映像化するには、莫大な資金が要りそうではあるが、観てみたいものだと思わされる一冊だった。
祝祭と予感*恩田陸
- 2020/02/18(火) 16:17:22
大ベストセラー『蜜蜂と遠雷』、待望のスピンオフ短編小説集!大好きな仲間たちの、知らなかった秘密。入賞者ツアーのはざま亜夜とマサルとなぜか塵が二人のピアノの恩師・綿貫先生の墓参りをする「祝祭と掃苔」。芳ヶ江国際ピアノコンクールの審査員ナサニエルと三枝子の若き日の衝撃的な出会いとその後を描いた「獅子と芍薬」。作曲家・菱沼忠明が課題曲「春と修羅」を作るきっかけになった忘れ得ぬ教え子の追憶「袈裟と鞦韆」。ジュリアード音楽院プレ・カレッジ時代のマサルの意外な一面「竪琴と葦笛」。楽器選びに悩むヴィオラ奏者・奏へ天啓を伝える「鈴蘭と階段」。巨匠ホフマンが幼い塵と初めて出会った永遠のような瞬間「伝説と予感」。全6編。
短編集なのに、一遍一遍があまりにも濃密で、くらっとする。音楽の世界のただなかに放り出されたような、この圧倒的な臨場感はなんだろう。読み進めながらどんどん鼓動が速くなり、何度も呑み込まれてしまいそうになる。この素晴らしい世界を作る彼らの息遣いまで聞こえてきそうな一冊だった。
歩道橋シネマ*恩田陸
- 2020/01/27(月) 16:39:45
とある強盗殺人事件の不可解な証言を集めるうちに、戦慄の真相に辿り着いて……(「ありふれた事件」)。幼なじみのバレエダンサーとの再会を通じて才能の美しさ、酷薄さを流麗な筆致で描く「春の祭典」。
密かに都市伝説となった歩道橋を訪れた「私」が記憶と、現実と、世界の裂け目を目撃する表題作ほか、まさにセンスオブワンダーな、小説の粋を全て詰め込んだ珠玉の一冊。
とても短い物語集である。さっと読めるのだが、どれも不思議な余韻があって、しばらく引っ張られるような心地になる。平穏な日常の中に潜む恐怖に似たなにかが、ふと振り向いた隙間から覗いているような、一瞬背筋が凍るようなものもあれば、目を閉じた途端に異次元へ運ばれ、目を開けるとほんの一瞬だったというような印象のものもある。短すぎて消化不良なものもなくはなかったが、概ね楽しい読書タイムをくれる一冊だった。
錆びた太陽*恩田陸
- 2017/08/04(金) 18:41:02
「最後の事故」で、人間が立ち入れなくなった立入制限区域のパトロールを担当するロボット「ウルトラ・エイト」たちの居住区に、国税庁から派遣されたという謎の女・財護徳子がやってきた。三日間の予定で、制限区域の実態調査を行うという。だが、彼らには、人間の訪問が事前に知らされていなかった!戸惑いながらも、人間である徳子の司令に従うことにするのだが…。彼女の目的は一体何なのか?直木賞受賞後長編第一作。
当然、原発事故にまず思いがいく。立入制限区域にいるのは、一度死んで甦った「マルピー」と呼ばれる存在、巨大な青い九尾の猫、巨大化して帯電した、「青玉」と呼ばれるタンブルウィードなどがいて、見回りをするだけでも一苦労なのである。そんな場所に若い女が派遣されてくることなど、本来考えられることではないのだが、国税庁からやって来たのは、財護徳子という20代後半の女性だった。ウルトラ・エイトたちのキャンプには、人間はいないのだが、ただ一人の人間・財護徳子は、超のつく自然体で、ロボットたちとも何の垣根もなく接している。ロボットたちにも新鮮な体験であり、心のないはずの彼らと徳子との間に心の通い合いがあるように見えるのが印象的である。財護徳子の本当の目的は何なのか、立入制限区域で何が起こっているのか、昔起こった一家殺人事件の真相は……。、近未来の冒険物語のようでもあり、人とロボットとの交流の物語でもあり、政府の隠ぺい体質の恐ろしさを暴く物語でもあり、さまざまな要素が絡み合って、面白さを増している。読み始め手間もなくは、もっと苦手な分野かと思ったが、予想に反して愉しめる一冊だった。
終わりなき夜に生まれつく*恩田陸
- 2017/05/28(日) 16:31:51
強力な特殊能力を持って生まれ、少年期を共に過ごした三人の“在色者”。彼らは別々の道を歩み、やがて途鎖の山中で再会する。ひとりは傭兵、ひとりは入国管理官、そしてもう一人は稀代の犯罪者となって。『夜の底は柔らかな幻』で凄絶な殺し合いを演じた男たちの過去が今、明らかになる。
スピンオフ作品とは知らずに読んだのだが、この系統がいささか得意ではないので、元作品の方はたぶん未読である。特殊能力を持つ在色者と呼ばれる人々と、一般の人々との軋轢は、現代社会にもある様々な差別意識の権化のようでもあり、痛ましくもやり切れない思いに駆られもする。さらに、在色者同士の心の読み合いや軋轢も存在し、そこには当然力と力のぶつかり合いもあって、何とも言い難い気持ちにさせられる。それぞれがそれぞれに穏やかに生きていくことはできない相談なのだろうか。興味深く読みはしたが、やはり苦手意識はなくならず、元作品はいいかな、といまのところは思っている一冊である。
失われた地図*恩田陸
- 2017/05/07(日) 16:23:34
川崎、上野、大阪、呉、六本木…日本各地の旧軍都に発生する「裂け目」。かつてそこに生きた人々の記憶が形を成し、現代に蘇える。記憶の化身たちと戦う、“力”を携えた美しき男女、遼平と鮎観。運命の歯車は、同族の彼らが息子を授かったことから狂い始め―。新時代の到来は、闇か、光か。
実を言うと、個人的には恩田作品のこちらの流れはいささか苦手である。読み始めて間もなくは、ページを閉じようかとも思ったが、もうしばらく、と読み進めていくうちに、次第に惹きこまれてしまった。普通に暮らしている人々には、そのすぐ脇で鮎観(あゆみ)や遼平のような力を持った一族のものたちが過去の禍々しい記憶の産物と苛烈な闘いを繰り広げ、しかも一族ならではの悩みに苦しんでいるなどとは思いもよらず、対比して考えると切なくもなる。ラストの遼平と鮎観のひとり息子・俊平の姿を見ると、続編がありそうな気がするが、それが凶と出るのか吉と出るのかは予測がつかない。彼らに心休まる日々を、とつい願ってしまう一冊でもある。
八月は冷たい城*恩田陸
- 2017/03/14(火) 18:30:20
夏流城(かなしろ)での林間学校に初めて参加する光彦(てるひこ)。毎年子どもたちが城に行かされる理由を知ってはいたが、「大人は真実を隠しているのではないか」という疑惑を拭えずにいた。ともに城を訪れたのは、二年ぶりに再会した幼馴染みの卓也(たくや)、大柄でおっとりと話す耕介(こうすけ)、唯一、かつて城を訪れたことがある勝ち気な幸正(ゆきまさ)だ。到着した彼らを迎えたのは、カウンターに並んだ、首から折られた四つのひまわりの花だった。少年たちの人数と同じ数――不穏な空気が漂うなか、三回鐘が鳴るのを聞きお地蔵様のもとへ向かった光彦は、茂みの奥に鎌を持って立つ誰かの影を目撃する。閉ざされた城で、互いに疑心暗鬼をつのらせる卑劣な事件が続き……? 彼らは夏の城から無事に帰還できるのか。短くせつない「夏」が終わる。
「七月」は女子編、「八月」は男子編、といったところである。男子たちは夏の林間学校の意味をすでに知っていて、ひとりは一度経験もしている。だが、無条件に聞かされている理由を信じているわけではなく、裏に何かあるのでは、という疑問も抱いているのである。加えて、もちろん親の死に向き合うという一大事でもあるので、身構えてしまうのも無理はない。彼らは、この林間学校で、かけがえのないものを失いながらも、何かを悟り、ひとつ大人になったように思われる。それにしても酷な制度だと思わずにはいられない一冊である。
七月に流れる花*恩田陸
- 2017/02/22(水) 16:30:45
坂道と石段と石垣が多い静かな街、夏流(かなし)に転校してきたミチル。六月という半端な時期の転校生なので、友達もできないまま夏休みを過ごす羽目になりそうだ。終業式の日、彼女は大きな鏡の中に、緑色をした不気味な「みどりおとこ」の影を見つける。思わず逃げ出したミチルだが、手元には、呼ばれた子どもは必ず行かなければならない、夏の城――夏流城(かなしろ)での林間学校への招待状が残されていた。ミチルは五人の少女とともに、濃い緑色のツタで覆われた古城で共同生活を開始する。城には三つの不思議なルールがあった。鐘が一度鳴ったら、食堂に集合すること。三度鳴ったら、お地蔵様にお参りすること。水路に花が流れたら色と数を報告すること。少女はなぜ城に招かれたのか。長く奇妙な「夏」が始まる。
ミチルが六月という半端な時期に転校してきた理由。転校して間もないのに六人という少ない人数の林間学校に招待された理由。なんとなく思わせぶりな参加者の少女たちの様子。そのすべてが明らかになったとき、深い悲しみと慈しみ、そして命の終わりということを前にした無力さが押し寄せてくる。謎めいた設定と、なにが起こるかワクワクドキドキする雰囲気が、とても著者らしい一冊である。
消滅*恩田陸
- 2015/12/28(月) 17:03:45
202X年9月30日の午後。日本の某空港に各国からの便が到着した。超巨大台風の接近のため離着陸は混乱、さらには通信障害が発生。そして入国審査で止められた11人(+1匹)が、「別室」に連行される。この中に、「消滅」というコードネームのテロを起こす人物がいるというのだ。世間から孤絶した空港内で、緊迫の「テロリスト探し」が始まる!読売新聞好評連載小説、ついに単行本化。
523ページという大作である。だが、そんなことはまったく感じさせる暇もなく、ページを捲るのがもどかしいほど面白かった。新聞連載時は、もどかしい思いをした読者も多いのではないだろうか。物語の大半が、空港の、それも窓のない一室の様子であるにもかかわらず、想像はあちこちに飛んで行き、読者も一体となって、登場人物たちの背景に思いを馳せることになる。早い段階から、テロリストはあの人物だろうと想像はでき、あのアイテムが何か重要なカギになっているだろうことも察せられるのだが、このラストには驚かされた。実際に陰惨なテロが起こりはしないだろうと思ってはいたが、想像を見事に裏切られて、しかもなんと日本人らしい、と苦笑してしまうような行動が広まっていて、裏切られ方の見事さに舌を巻く思いである。どきどきの時間を愉しんだ一冊である。
ブラック・ベルベット*恩田陸
- 2015/08/05(水) 17:12:53
東西文化の交差点・T共和国。この国で見つかった、全身に黒い苔の生えた死体。入国後に消息を絶った、気鋭の女性科学者。ふたつを結びつけるのは、想像の域を遙かに超えたある事実だった―
『MAZE』 『クレオパトラの夢』に続く、神原恵弥シリーズの三作目。今回の舞台はT共和国である(イスタンブールと都市名を出しているのに……)。独特の異国情緒あふれた舞台設定と、謎の死の病、そして友人に依頼された人探しとその当人の死。そして、かつての高校の同級生三人が顔を合わせるという偶然(?)まで。謎の要素が冒頭から矢継ぎ早に並べられ、どこへ連れていかれるのかいささか不安になる。誰が味方で誰が敵か、ほんとうの目的は何なのか。恵弥の夢見と現実が出会ったとき、するすると絡まりが解けて道筋が見えてくるのである。スリリングでありながら、どこか物憂い雰囲気も漂う一冊である。
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