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棘の家*中山七里
- 2022/08/25(木) 07:01:40
家族全員が、容疑者だ。
穂刈は、クラスで起こるいじめに目を反らすような、事なかれ主義の中学教師だった。
しかし小6の娘がいじめで飛び降り自殺をはかり、被害者の親になってしまう。
加害児童への復讐を誓う妻。穂刈を責める息子。家庭は崩壊寸前だった。
そんな中、犯人と疑われていた少女の名前が何者かにインターネットに書き込まれてしまう。
追い込まれた穂刈は、教育者としての矜持と、父親としての責任のあいだで揺れ動く……。
いじめにまつわる物語。加害者、被害者、正義感、事なかれ主義、保身、悪意、憎悪、場当たり的行為、社会的抹殺、ネット社会の闇、などなど、いじめにまつわる、と言っても、あまりにもさまざまな要因と派生することごとがあり、読み終わった後でも、どこで対処を間違ったのか、どこでどうするのが正解だったのかがわからない。人は、自分の置かれた立場でしか判断できないものだということがよくわかる。立場を変えると、見える世界が変わり、どんな行動を起こすかも変わってくる。じわじわとしみ込んでくる現実的な恐ろしさもある一冊だった。
人面島*中山七里
- 2022/08/21(日) 06:35:22
隠れキリシタンの島で起きた、密室殺人の謎
相続鑑定士の三津木六兵の肩には人面瘡が寄生している。毒舌ながら頭脳明晰なその怪異を、六兵は「ジンさん」と呼び、頼れる友人としてきた。
ある日、六兵が派遣されたのは長崎にある島、通称「人面島」。村長の鴇川行平が死亡したため財産の鑑定を行う。島の歴史を聞いた六兵は驚く。ここには今も隠れキリシタンが住み、さらに平戸藩が溜め込んだ財宝が埋蔵されている伝説があるという。
一方、鴇川家にも複雑な事情があった。行平には前妻との間に長男・匠太郎と後妻との間に次男・範次郎がいる。だが二人には過去に女性をめぐる事件があり、今もいがみ合う仲。さらに前妻の父は島民が帰依する神社の宮司、後妻の父は主要産業を統べる漁業組合長である。
そんななか、宮司は孫の匠太郎に職を継ぐべく儀式を行う。深夜まで祝詞を上げる声が途切れたと思いきや、密室となった祈祷所で死んでいる匠太郎が発見された。ジンさんは言う。「家族間の争いは醜ければ醜いほど、派手なら派手なほど面白い。ああ、わくわくするなあ」戸惑いながらも六兵は調査を進めるが、第二の殺人事件が起きて――。
毒舌人面瘡のジンさん&ポンコツ相続鑑定士ヒョーロク、今度は孤島の密室殺人に挑む!
シリーズ二冊目である。今回の舞台は離島。しかも、隠れキリシタンの島で、そこの権力者の一族は、いがみ合いながらも同居している。そこへ、三津木が相続鑑定の依頼を受けて出向くのである。おりしも台風が接近し、船は出ず、停電し、と横溝ワールドさながらな状況になる中、殺人事件が起こる。今回も、ヒョーロクはジンさんに罵倒されながらも、特殊な人間関係や状況を把握しながら、真相に迫っていくのである。横溝的でありながらも、現代的な軽やかさもあり、物語の深刻さはともかく、二人の次の旅が愉しみなシリーズである。
始まりの木*夏川草介
- 2022/06/15(水) 18:18:51
「少しばかり不思議な話を書きました。
木と森と、空と大地と、ヒトの心の物語です」
--夏川草介
第一話 寄り道【主な舞台 青森県弘前市、嶽温泉、岩木山】
第二話 七色【主な舞台 京都府京都市(岩倉、鞍馬)、叡山電車】
第三話 始まりの木【主な舞台 長野県松本市、伊那谷】
第四話 同行二人【主な舞台 高知県宿毛市】
第五話 灯火【主な舞台 東京都文京区】
藤崎千佳は、東京にある国立東々大学の学生である。所属は文学部で、専攻は民俗学。指導教官である古屋神寺郎は、足が悪いことをものともせず日本国中にフィールドワークへ出かける、偏屈で優秀な民俗学者だ。古屋は北から南へ練り歩くフィールドワークを通して、“現代日本人の失ったもの”を藤崎に問いかけてゆく。学問と旅をめぐる、不思議な冒険が、始まる。
“旅の準備をしたまえ”
民俗学にスポットが当てられている。就職に役立つわけでもなく、マイナーな学問であることは間違いないと思うが、人間が生きていくためには欠かせない学問でもあるのだと、本作を読んで思うようになった。偏屈な准教授・古屋と、優秀ではないと自覚している一年目の大学院生の藤崎のフィールドワークを追いながら、人間模様を描き出している。パワハラ・セクハラと言われかねない行動でもあるが、厭な感じでは全くなく、却って清々しささえ感じられる。物語中のそこここにちりばめられた明言は、人生訓と言ってもよく、折に触れて胸に沁みてくる。生きることの、生かされて在ることの意味をもう一度静かに考えたくなる一冊でもある。
新章 神様のカルテ*夏川草介
- 2022/06/05(日) 16:02:56
信州にある「24時間365日対応」の本庄病院に勤務していた内科医の栗原一止は、より良い医師となるため信濃大学医学部に入局する。消化器内科医として勤務する傍ら、大学院生としての研究も進めなければならない日々も、早二年が過ぎた。矛盾だらけの大学病院という組織にもそれなりに順応しているつもりであったが、29歳の膵癌患者の治療方法をめぐり、局内の実権を掌握している准教授と激しく衝突してしまう。
舞台は、地域医療支援病院から大学病院へ。
ドラマを観てからしばらく経っているが、読み進めるごとにその情景がまざまざと浮かんでくる。ドラマも原作にとても忠実に作られていたことがわかる。大学病院では、個人病院とは全く質の異なるジレンマが多々あるが、それでも栗原一止は栗原一止で安心する。本人にとっては至極生きにくいことであろうとは察するが。病院での心も身も削る奮闘と、家族と過ごす穏やかな時間の対比が相変わらず素晴らしい。この家族でいる限り、どこへ行ってもやって行けるだろうと確信させられる。読みながら何度も涙があふれて文字が見えなくなる一冊だった。
勿忘草の咲く町で ~安曇野診療記~*夏川草介
- 2022/05/09(月) 18:31:33
たとえ命を延ばせなくても、人間にはまだ、できることがある。
看護師の月岡美琴は松本市郊外にある梓川病院に勤めて3年目になる。この小規模病院は、高齢の患者が多い。 特に内科病棟は、半ば高齢者の介護施設のような状態だった。その内科へ、外科での研修期間を終えた研修医・桂正太郎がやってきた。くたびれた風貌、実家が花屋で花に詳しい──どこかつかみどころがないその研修医は、しかし患者に対して真摯に向き合い、まだ不慣れながらも懸命に診療をこなしていた。ある日、美琴は桂と共に、膵癌を患っていた長坂さんを看取る。妻子を遺して亡くなった長坂さんを思い「神様というのは、ひどいものです」と静かに気持ちを吐露する桂。一方で、誤嚥性肺炎で入院している88歳の新村さんの生きる姿に希望も見出す。患者の数だけある生と死の在り方に悩みながらも、まっすぐに歩みを進める2人。きれいごとでは済まされない、高齢者医療の現実を描き出した、感動の医療小説!
東京の花屋の息子・桂正太郎が、信濃大学進学を機にやってきた安曇野に魅せられ、小規模病院で研修医として勤める日々の物語である。三年目の看護師・月岡美琴と知り合い、忙しく気が抜けない日々のなかにも喜びやしあわせを感じる時間はあるが、高齢患者たちの病状や治療や看取りの方針、家族との関わり方など、学ぶべき、悩むべき事柄が多すぎる。それらひとつひとつに、生真面目に真摯に向き合う桂の姿に、思わず応援したい気持ちが湧いてくる。きっといい医者になるだろうと思われるが、本人にとっては気の休まるときがないだろうとも案ぜられる。美琴とふたりで、悩みながら乗り越えて行ってほしいものである。指導医の「小さな巨人」こと三崎先生も人間として格好いい。この先も見守りたくなる一冊である。
おわかれはモーツァルト*中山七里
- 2022/03/13(日) 16:40:59
2016年11月。盲目ながら2010年のショパンコンクールで2位を受賞したピアニスト・榊場隆平はクラシック界の話題を独占し人気を集めていた。しかし、「榊場の盲目は、自身の付加価値を上げるための芝居ではないか」と絡んでいたフリーライターが銃殺され、榊場が犯人として疑われてしまう。事件は深夜、照明の落ちた室内で起きた。そんな状況下で殺人ができるのは、容疑者のうち、生来暗闇の中で暮らしてきた榊場だけだと警察は言うのだ。窮地に追いやられた榊場だったが、そんな彼のもとに、榊場と同様ショパンコンクールのファイナルに名を連ねたあの男が駆けつける――! 累計160万部突破の『さよならドビュッシー』シリーズ最新刊。
現実の事件や人物も要素として絡めつつ、殺人事件に展開させていくのは著者の技だろう。目を閉じては本を読めないのだが、瞼を閉じて頭の中に音楽を響かせながら読みたい心地にさせられる。無粋極まりない警察の捜査との対比も際立つ。そして、いわずもがなではあるが、岬洋介が登場すると、いやがうえにも期待が高まる。一切気負うことなく、誰に対しても丁寧さを崩すこともなく、それでいて、有無を言わせぬ説得力があって、誰もが話を聴かずにはいられなくなる。音楽の素養だけでなく、幅広い懐の深さが、魅力的すぎる。実際に榊場と岬の供宴を聴いてみたいものである。何度でも読みたいシリーズである。
能面検事の奮迅*中山七里
- 2021/11/12(金) 13:35:31
忖度しない! 空気を読まない! 完全無欠の司法マシン、再臨。大阪地検一級検事・不破俊太郎、政治とカネの闇にかき消された真実を暴く。"どんでん返しの帝王"が描く、人気検察ミステリーシリーズ第2弾。
また不破検事と惣領美晴事務官の仕事を見られて喜んでいる。相変わらず表情筋を1㎜も動かさない不破であり、重々承知しているにもかかわらず、つい胸の裡を口にしてしまって撃沈する美晴のやり取りが、(本人に言ったら叱られそうだが)コントめいて見えてしまって頬が緩む。ただ、不破から返される言葉のひとつひとつに確たる理由があるので、反論は無論できない。今回は、日本中が知っているあの事件がモチーフになっていて、どこまで事実をなぞって進むのかと思っていたら、後半とんでもない展開になって、さすが、と唸った。そうきたか、という感じである。そして更なるどんでん返しである。不破の頭のなかを覗いてみたい。今回は、東京から岬検事も来ていて、こちらも先を読む力に長けているので、読んでいて嬉しくなる。せめて事務官とはもう少しコミュニケーションをとってほしいな、と思ってしまうのはわたしだけだろうか。美晴負けるな、と応援したくなる。その後の仕事もぜひ書いていただきたいと思う一冊である。
嗤う淑女二人*中山七里
- 2021/11/04(木) 16:07:08
最恐悪女が最凶タッグ!これはテロか、怨恨か?
真相は悪女のみぞ知る――。
戦慄のダークヒロイン・ミステリー、衝撃の最新刊!
高級ホテル宴会場で17名が毒殺される事件が発生。
犠牲者の一人、国会議員・日坂浩一は〈1〉と記された紙片を握りしめていた。
防犯カメラの映像解析で、衝撃の事実が判明する。
世間を震撼させた連続猟奇殺人に関与、
医療刑務所を脱走し指名手配中の「有働さゆり」が映っていたのだ。
さらに、大型バス爆破、中学校舎放火殺人……と、新たな事件が続発!
犯行現場には必ず、謎の番号札と、有働さゆりの痕跡が残されている。
さゆりは「ある女」に指示された手段で凶行に及んでいたが、
捜査本部はそのことを知る由もなく、死者は増え続ける一方で、
犠牲者は49人を数えるのだった……。
デビュー11年目、どんでん返しの筆がますます冴える人気作家が放つダークヒロイン・ミステリー第3弾、ついに刊行!
二人の悪女の出会い方が偶然過ぎて、かえって怖い。方向性の違う悪女ではあるものの、どこかで引き合ってしまうのだろうか。そして、操る方も操られる方も、互いを全く信じておらず、最後の最後まで気を許してはいないところも恐ろしい。事件は凄惨を極め、巻きこまれた人たちや遺族は怒りの持っていき場がないだろう。だがこの二人はそんなことには一点の興味もないのである。もう理解しようとすることはあきらめたが、動機にしっかりとした理由があったことで、ほんのわずか、気持ちの落としどころが見つかった心地ではある。決して良かったということはできないが。さらには二人のラストシーンが、ショッキング過ぎて、絶対にこのままでは終わらない予感に震えるしかない。次を知りたいが知りたくない一冊である。
カード師*中村文則
- 2021/09/27(月) 16:40:21
占いを信じていない占い師であり、違法カジノのディーラーでもある僕に舞い込んだ、ある組織からの指令。それは冷酷な資産家の顧問占い師となることだった──。国内外から新作を待望される著者が描き切った、理不尽を超えるための強き光。新たな代表作、誕生!
カードゲームには全くと言っていいほど疎いので、その部分では愉しめなかった印象であり、カードの配分や駆け引きの妙を愉しむにはいささか力不足だった気がするが、この世の理不尽はたっぷり味わえた。めくられたカード一枚で、その後の人生がひっくり返ったり、微妙に進路がずれ、途方もないことに巻き込まれ、大幅に人生が変わったり。信じるか信じないか、選ぶか選ばないか。人生は一瞬一瞬の選択の積み重ねでできており、一旦選んだら取り返しがつかず、意図せずに選ばされたとしても抗えないという理不尽さも受け容れて生きていかなければならない。絶望しかないとしか思えない前途に、僅かな希望を見出せるかどうかが、生き続けられるかどうかの分かれ目なのかもしれない。胸の中をひっかきまわされるような一冊だった。
臨床の砦*夏川草介
- 2021/08/06(金) 16:40:06
緊急出版!「神様のカルテ」著者、最新作
「この戦、負けますね」
敷島寛治は、コロナ診療の最前線に立つ信濃山病院の内科医である。一年近くコロナ診療を続けてきたが、令和二年年末から目に見えて感染者が増え始め、酸素化の悪い患者が数多く出てきている。医療従事者たちは、この一年、誰もまともに休みを取れていない。世間では「医療崩壊」寸前と言われているが、現場の印象は「医療壊滅」だ。ベッド数の満床が続き、一般患者の診療にも支障を来すなか、病院は、異様な雰囲気に包まれていた。
「対応が困難だから、患者を断りますか? 病棟が満床だから拒絶すべきですか? 残念ながら、現時点では当院以外に、コロナ患者を受け入れる準備が整っている病院はありません。筑摩野中央を除けば、この一帯にあるすべての病院が、コロナ患者と聞いただけで当院に送り込んでいるのが現実です。ここは、いくらでも代わりの病院がある大都市とは違うのです。当院が拒否すれば、患者に行き場はありません。それでも我々は拒否すべきだと思うのですか?」――本文より
令和三年の年明けからひと月あまりのコロナ対応最前線を描いたドキュメント小説である。涙なくして読めない。医療現場の苛烈さは、想像以上のすさまじさで、医療従事者の方々の、死をも覚悟した奮闘ぶりに、いくら言葉を尽くしても足りないほどの感謝の気持ちをささげたい。それとは裏腹に、行政の切迫感のなさには、地団太を踏みたくなるほどのいら立ちともどかしさを覚える。現場の状況をあまりにも解っていなさすぎて、哀しくすらなる。本作は、一旦小康状態になった所で終わっているが、現在の状況を見れば、医療現場のさらなる過酷さは推して知るべしであり、わが身の危険ももちろんだが、現場の医療者のみなさんの安全を祈らずにはいられない。いま読むべき一冊だと思う。
ヒポクラテスの悔恨*中山七里
- 2021/07/19(月) 13:45:56
これから一人だけ誰かを殺す。
自然死にしか見えないかたちで――。
斯界の権威・光崎に宛てた犯行予告。
悪意に潜む因縁とは!?
斯界の権威・浦和医大法医学教室の光崎藤次郎教授がテレビ番組に出演した。日本の司法解剖の問題点を厳しく指摘し、「世の中の問題の九割はカネで解決できる」と言い放つ。翌朝、放送局のホームページに『親愛なる光崎教授殿』で始まる奇妙な書き込みが。それは、自然死に見せかけた殺人の犯行予告だった。
早速、埼玉県警捜査一課の古手川刑事とともに管内の異状死体を調べることになった助教の栂野真琴は、メスを握る光崎がこれまでにない言動を見せたことに驚く。光崎は犯人を知っているのか!?やがて浮かび上がる哀しき〝過ち〟とは……?
死者の声なき声を聞く法医学ミステリー「ヒポクラテス」シリーズ慟哭の第四弾!
第四弾は、老人・異邦人・息子・妊婦・子供のご遺体の声を聴く物語である。そこに、光崎教授の過去にかかわりのありそうな脅迫文書が絡み、話をややこしくしているが、これらの事件のどれもが、もし脅迫文書がなければただの事故として片付けられていたのでは?と思えてしまうのが恐ろしくもある。筋書きは、死亡事件発生→遺族が解剖を拒否→何とか説得→光崎の見事な手腕で真相を暴く、という水戸黄門ばりの定型と言ってもいい印象ではあるが、それはそれでありだと思う。ただ、光崎に関わる要素が強いにもかかわらず、当の光崎が、あまりに淡々と描かれていて、その心の奥底を覗くことができなかったのが残念な気もしてしまう。ちらっと人間味を見せてほしかったかも。とは言え、今回もお見事でした、というシリーズである。
幕間のモノローグ*長岡弘樹
- 2021/06/23(水) 13:33:24
名演技に潜む「罪」と「罰」――
ドラマや映画の撮影中、舞台の演技中に起こるさまざまな事件やトラブルを鮮やかに解決するベテラン俳優の南雲。――そこにはある秘密が隠されていた。
『教場』の著者が、芸能界に生きるものたちの‟業“を描いた連作短編ミステリー。
「辞めたい」という俳優に、自信を取り戻させた不思議な練習方法。
「斬られ役」の俳優が、なぜかカメラに背を向けて倒れた理由とは。
俳優のマネージャーが「わざと」自動車事故に遭ったのはなぜか。
脚本家に「下手だ」と思われていた俳優を、なぜ南雲は主役に抜擢したのか。
南雲の狙いは何だったのか。彼にはなぜ真実が見えたのか――。
胸の裡に昏いものがある人間にとっては、南雲の存在は脅威かもしれない。だが、表立って何かをすることはなく、さりげなく本人の心に直接訴えかける行動が、さらに身に堪えるだろうと想像できる。ただ、それによって最悪の選択を免れることも多く、救いの神のようでもある。とは言え、南雲自身も爆弾を抱えるような日々であり、それを思うとなんとも言えない気持ちになる。映像化されたら見てみたいと思わされる一冊だった。
ラスプーチンの庭*中山七里
- 2021/05/30(日) 16:16:03
先進医療は、最愛の人を奪っていった。どんでん返しの社会派医療ミステリ!
中学生の娘・沙耶香を病院に見舞った警視庁捜査一課の犬養隼人は、沙耶香の友人の庄野祐樹という少年を知る。長い闘病生活を送っていた祐樹だったが、突如自宅療養に切り替え、退院することに。1カ月後、祐樹は急死。犬養は告別式に参列するが、そこで奇妙な痣があることに気が付く。同時期に同じ痣を持った女性の自殺遺体が見つかり、本格的に捜査が始まる。やがて〈ナチュラリー〉という民間医療団体に行き当たるが――。主宰の謎の男の正体と、団体設立に隠された真の狙い。民間療法の闇を描き、予想外の結末が待つシリーズ待望の最新作!
最初の章「黙示」がどこへどうつながるのか、わくわくしながら読み進んだ。先進医療と民間療法、そこに新興宗教が絡んでくるのだろうと想像はできたが、どんな絡め方をしてくるのか興味津々だった。真実は、終章まで明かされることはないのだが、正直に言うと、意外にあっけなかったな、という印象ではある。いつもの、だるま落としのようにスコンと落とされ、いままで見ているものが180度変わってしまう心地とまではいかず、著者にしては少し緩めの捻りだった気はしてしまう(どうしても期待値が高くなりすぎる)。とは言え、この教祖の弱さは初体験で、いままでにない操られ方だったので、充分愉しめる一冊だったことは間違いない。
境界線*中山七里
- 2021/02/16(火) 09:38:27
2018年刊行の『護られなかった者たちへ』と同じく宮城県警捜査一課を舞台に、東日本大震災による行方不明者と個人情報ビジネスという復興の闇を照らし出していく。震災によって引かれてしまった“境界線”に翻弄される人々の行く末は、果たして。「どんでん返しの帝王」・中山七里が挑む、慟哭必至の骨太の社会派ヒューマンミステリー小説。
その場にいなかった者には、到底計り知れないダメージが、それを経験した人たちそれぞれに深く重く刻みつけられていることは想像できる。逆に言うと、想像することしかできない。だからこそ、本作で描かれている事々を、平時の常識に当てはめて考えることは難しい気がする。より深く昏い闇が、追われる者の心にも追う者の心にも沈んでいるのだろうと思われる。だからといって、犯罪を犯していいという理屈にはならないが、切なくやりきれない思いが拭いきれないのも確かである。永遠にすっきりすることはない気持ちなのだとは思う。それでも生きることの苦悩がにじみ出る一冊だった。
銀齢探偵社 静かおばあちゃんと要介護探偵2*中山七里
- 2021/02/07(日) 16:44:35
元裁判官で80歳を超えた今も信望が厚い高遠寺静と、中部経済界の重鎮にして車椅子の〝暴走老人〟香月玄太郎の老老コンビが難事件を解決する、人気シリーズ第2弾。
今回は舞台を東京に移し、玄太郎ががんを患った状況下で5つの事件に挑む!
静のかつての同僚たちが、次々と謎の死を遂げた。事件の背後の「悪意」の正体とは?
なんだかんだ言って、名コンビである。静の人徳はもちろんのこと、暴走老人・玄太郎も、根っこのところにあるのは誠実なのが折々に見て取れるので、ため息をつきながらも、安心して(というのは言い過ぎかもしれないが)任せられるところが大きい。それにしても、退官してずいぶん時が経つのに、これほど恨み続けられるとは、判事という仕事の大変さを思い知らされる気がする。孫の円も登場して、『静かおばあちゃんにおまかせ』へと続く布石にもなっている。ラストの一行からすると、もう続編はないのだろうか。もっと二人の活躍を観たいシリーズである。
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