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迫りくる自分*似鳥鶏

  • 2016/05/18(水) 18:41:07

迫りくる自分
迫りくる自分
posted with amazlet at 16.05.18
似鳥 鶏
光文社
売り上げランキング: 655,813

顔も声も自分と瓜二つ。人間性は最低。この出会いは、何をもたらすのか。船橋から東京に戻る総武線快速。本田理司は、併走していた各駅停車の車窓に、自分と同じ顔をした男を見つける。血縁ではなく、服装も髪型も違うのに、まるで鏡を見ているようだった。やがて、二人は偶然再会し、その夜を契機として、世にも不条理な逃走劇が幕を開ける―。


自分と瓜二つの人物に出会った途端、平凡な日常のあちこちにひずみが出始める。そしてとうとう婦女暴行容疑で警察に追われることになる。本田理司は、あの自分とそっくりな男にはめられたと察したが、警察がそれを信じるとは思えずに、逃げ続ける。その過酷さは、身に覚えのない罪で負われる理不尽さゆえに、いや増し、読みながらうんざりもするのであるが、幸運に恵まれ、不運にも苛まれて、なんとかラストにもつれ込むのである。両親が亡くなったときに世話になった叔父夫妻への感謝や、兄や会社の後輩・朴さんへの信頼があったからこそ生き延びられたとも言える気がする。自分から逃げ、自分を追いつめるようで、厭な気分ではあるが、愉しめる一冊だった。

まく子*西加奈子

  • 2016/03/26(土) 09:25:10

まく子 (福音館の単行本)
西加奈子
福音館書店
売り上げランキング: 3,700

小さな温泉街に住む小学五年生の「ぼく」は、子どもと大人の狭間にいた。ぼくは、猛スピードで「大人」になっていく女子たちが恐ろしかった。そして、否応なしに変わっていく自分の身体に抗おうとしていた。そんなとき、コズエがやってきたのだ。コズエはとても変だけれど、とてもきれいで、何かになろうとしていなくて、そのままできちんと足りている、そんな感じがした。そして、コズエは「まく」ことが大好きだった。小石、木の実、ホースから流れ出る水、なんだってまきちらした。そして彼女には、秘密があった。彼女の口からその秘密が語られるとき、私たちは思いもかけない大きな優しさに包まれる。信じること、与えること、受け入れること、変わっていくこと、そして死ぬこと……。この世界が、そしてそこで生きる人たちが、きっとずっと愛おしくなる。
西加奈子、直木賞受賞後初の書き下ろし。究極ボーイ・ミーツ・ガールにして、誰しもに訪れる「奇跡」の物語。


大人になることに嫌悪感を抱き、女子からはもちろん男子からも距離を置きたがる慧が、「まく」ことが好きな転校生・コズエと出会うことで物語は始まる。田舎の温泉街の密度の濃い人間関係の中で成長していくことは、時に逃げられない窮屈な思いと闘うことでもあるのかもしれなくて、その思いが、一風変わったコズエを知ることで、外へ気持ちを向かわせるきっかけにもなっているような気がする。慧にとってだけではなく、ほかの人たちにとっても、コズエやそのオカアサンとの出会いは、あるべくしてあったことなのだろうと思われる。どんな人にもコズエがいてくれたら、と思わされる一冊である。

永い言い訳*西川美和

  • 2015/05/02(土) 18:39:34


長年連れ添った妻・夏子を突然のバス事故で失った、人気作家の津村啓。悲しさを“演じる”ことしかできなかった津村は、同じ事故で母親を失った一家と出会い、はじめて夏子と向き合い始めるが…。突然家族を失った者たちは、どのように人生を取り戻すのか。人間の関係の幸福と不確かさを描いた感動の物語。


バスの事故で妻・夏子を失った作家・津村啓(本名:衣笠幸夫)と、夏子と一緒だった友人・ゆきの夫と二人の子ども。突然家族を喪った者の反応は一律ではない。悲しみや喪失感の質もまたそれぞれであり、その表し方も然りである。これまでの妻との関係を振り返り、妻の愛を素直に受け取れずひねくれた感情にとらわれる幸夫と、妻を喪った喪失感をまっすぐに表し続けるゆきの夫・陽一。そして、幼いながらに母亡き後の日々をけなげに生きる兄妹。彼らの通常ならば不自然とも言える関わり方の中で、彼らはお互いに助け合い依存し合い、ときには反発し合いながら、ほんの少しずつ自分を取り戻していく。正解などどこにもなく、胸を締めつけられながらも励まされる心地になる一冊である。

同居人*新津きよみ

  • 2015/03/26(木) 20:05:42

同居人 (角川ホラー文庫)同居人 (角川ホラー文庫)
(2003/01)
新津 きよみ

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35歳、デザイナーの麻由美は都内に新築マンションを3800万円で購入する。ローンの繰り上げ返済のためにルームメイトを募り、添乗員・乃理子との同居生活がスタートした。しかし、お互いに「秘密」を抱えているために、ぎくしゃくしはじめる2人の関係。ある日乃理子が部屋に呼び入れた女性が、2人の生活を崩壊へと向かわせた―。嫉妬、虚栄心、独占欲…。女性心理の名手が紡ぎ出す、渾身のホラー・サスペンス。


初めから怖い。冷蔵庫がキーになっていて、実は乃理子が冷蔵庫に不倫相手の妻の……、などと考えてしまったが、それは深読みだったか。だが、見知らぬ他人が住む部屋の同居人になるというだけでもかなり怖い気もする。そして、お互いの疑心暗鬼も手伝って、さらなる恐怖を引き入れてしまうのだから、どうしようもない。タイトルの真の意味がラストになって判るが、そこはまったくのホラーで、叫びだしたくなる。じわじわと怖い一冊である。

サラバ!下*西加奈子

  • 2014/12/28(日) 06:51:47

サラバ! 下サラバ! 下
(2014/10/29)
西 加奈子

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父の出家。母の再婚。サトラコヲモンサマ解体後、世間の耳目を集めてしまった姉の問題行動。大人になった歩にも、異変は起こり続けた。甘え、嫉妬、狡猾さと自己愛の檻に囚われていた彼は、心のなかで叫んだ。お前は、いったい、誰なんだ。


上巻が姉の奇行を糧に歩が自分の立ち位置を測る時代だとすれば、下巻は、圷(今橋)家の激動の時代だとは言え、歩にとっては手痛いから緩やかな下降の時とも言えるように思う。何もかもが思うようにはいかず、頭髪までもが徐々に30代の自分を見離し始め、幼いころから容姿にだけは自信があった歩の自我をさえ崩壊させるのである。下巻の後半では、姉は自分なりの信じるものを見つけて彼女なりに安定に向かっているが、歩自身はそれとは裏腹にこれまでの人生すらガラガラと音を断てて崩れていくような思いから抜け出せない。良かれ悪しかれ姉の存在の大きさを思わされる。そしてカイロへ……。「サラバ!」が歩の心のお守りになったのだと涙が出る思いのラストである。圷(あえてそう言いたい)一家がしあわせでありますようにと願わずにはいられない一冊である。

サラバ!上*西加奈子

  • 2014/12/26(金) 18:41:33

サラバ! 上サラバ! 上
(2014/10/29)
西 加奈子

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西加奈子作家生活10周年記念作品。
1977年5月、圷歩は、イランで生まれた。
父の海外赴任先だ。チャーミングな母、変わり者の姉も一緒だった。
イラン革命のあと、しばらく大阪に住んだ彼は小学生になり、今度はエジプトへ向かう。
後の人生に大きな影響を与える、ある出来事が待ち受けている事も知らずに――。


長男・歩の独白の形を取った圷(あくつ)家の物語である。個性的な家族(特に女性)のせいで、気配を消してことさらいい子でいる術を身に着けた歩は、家族の中で、近所の人たちの間で、そして友人たちとの関係で、そこそこうまくやっているのだが、いつも頭の上に奇抜でつかみどころのない姉・貴子の存在がある。それは、家から離れても、どこかで逃れられないものなのだった。海外赴任者の家族として、知らない国で暮らすことが、貴子や歩の生き方にかなりの影響を及ぼしたように見えるが、貴子が解放されたのに比べて、歩にとってはさらに処世術を磨く機会になったようにも思われる。上巻だけで、歩が生まれてから大学生までの長期間が描かれているのだが、下巻ではどこまで行くのだろう。この先の圷家の人たちの行方がとても気になる。不思議に惹きこまれる一冊である。

探偵が腕貫を外すとき*西澤保彦

  • 2014/05/14(水) 18:50:18

探偵が腕貫を外すとき探偵が腕貫を外すとき
(2014/03/13)
西澤 保彦

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安楽椅子探偵の新ヒーローは、正体不明な公務員!

腕貫着用、神出鬼没な謎の公務員探偵が、市民の悩みや事件を鮮やかに解明!
そしてついに女子大生ユリエと……!?
お馴染み刑事コンビも登場、今日も櫃洗市は大騒ぎ!
絶好調「腕貫探偵」シリーズ待望の新作短編集!

【あらすじ】
■贖いの顔
三年連続、四月四日の午後四時に鳩の死骸と人の死に直面した配送員。
これは偶然なのか、必然なのか。そして今年もまた、四月四日がやってくる……。

■秘密
四十年前に不倫相手の女性を殺してしまった。
なぜ、彼女の夫はその罪を被ってくれたのか? 夫の葬儀の日、長年の謎が明かされる。

■どこまでも停められて
妻子と別れ、一人マンションに暮らす男。彼が契約した住人専用駐車場に、
決まって月曜の朝に不特定多数のドライバーに無断駐車されてしまう。その理由は?

■いきちがい
女子大生・ユリエが企画した幼稚園の同窓会の最中に、参加者が殺害された。
不可解な遺留品の謎、犯人は? そして動機は?


腕貫探偵には短編の方が向いているように思う。今回も、絶妙な観察力と推理力で相談者をスッキリさせてくれる腕貫さんであった。そして、ユリエとの今後が期待できるような終わり方なのも、ちょっぴりうれしい。櫃洗市から目が離せないシリーズである。

モラトリアム・シアター produced by 腕貫探偵*西澤保彦

  • 2014/05/04(日) 08:08:49

モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵 (実業之日本社文庫)モラトリアム・シアターproduced by腕貫探偵 (実業之日本社文庫)
(2012/10/05)
西澤 保彦

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学校関係者が連続死。新任講師・住吉ミツヲは混沌とする記憶を抱えたまま事件に巻き込まれていく。彼は同僚の妻を殺してしまったらしいのだが…。封じられた記憶の鍵を握るのは魔性の女性事務員なのか?交錯する時間軸と人間関係に惑うミツヲを救うため、愛くるしい女子高生、ド派手な女大富豪、腕貫着用の公務員―三人の個性派探偵が集結。幻惑の舞台が開演する。


初めからなにかいわくありげな主人公・住吉ミツヲではある。謎の核心に迫ろうとすると、なにやら記憶があいまいになり、自分自身の行動の確かささえ覚束なくなるのである。そこにすべての真実が隠されているのではないかと気になりつつも、物語は進んでいくのであるが……。あまりにも大がかりなドッキリ企画のような展開に戸惑いもあるが、現実離れしすぎていて却ってお見事と言えないこともない。腕貫探偵の登場が少なかったのはいささか残念である。彼には、辻に立つ易者のように、もっと地道に謎解きをしてもらいたいものである、と改めて思った一冊である。

腕貫探偵、残業中*西澤保彦

  • 2014/04/08(火) 18:40:29

腕貫探偵、残業中腕貫探偵、残業中
(2008/04/18)
西澤 保彦

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明晰な推理力をもつ安楽椅子探偵は公務員!

悩める市民の相談ごとが次々に持ち込まれる「市民サーヴィス課臨時出張所」の窓口。そこで対応する職員にして、黒い腕貫を嵌めたその男は、じつに聞き上手。相談者のこみいった個人的事情を聞きだすうちに、奇怪な事件の糸口が…。立て籠もり? 偽装殺人? 詐欺? 轢き逃げ? などなどさまざまな事件も、人間関係をほぐされていくと意外にも…。日常の暗部に恐ろしい罠が待ち受けているのが人生にはちがいないが!? あっけらかんとプライベートな秘密に迫る、嫌味なまでに冷静沈着な腕貫男は神出鬼没なくせに、杓子定規な市民サーヴィス課苦情相談係。そんな腕貫男を慕うエキセントリックな彼女は食いしん坊。オフタイムの腕貫のもとへ難題を持ち込むのだが…。軽妙な筆致でユーモラスに描く、西澤ワールド炸裂の連作ミステリ六編。


「体験のあと」 「雪のなかの、ひとりとふたり」 「夢の通い路」 「青い空が落ちる」 「流血ロミオ」 「人生、いろいろ。」

腕貫探偵、今回は腕貫をはめていない。なぜなら、就業時間後、プライベートタイムだからである。だが、普通のスーツを着ていようが、腕貫をしていなかろうが、彼は厄介事を相談され、ものの見事に解決へと導いてしまうのである。大学生のガールフレンド(?)とのデートの最中であってさえ。相談されやすい体質でグルメ、だが、およそ感情の起伏というものが感じられないこの男は一体何者なのか。ますます興味をそそられるシリーズである。

腕貫探偵*西澤保彦

  • 2014/04/04(金) 17:17:52

腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿
(2005/07/16)
西澤 保彦

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本格ファンなら見逃せない名探偵が登場!市民サーヴィス課職員の腕貫男が出張所の窓口で、事件の謎を次々と解明する痛快ミステリー。


「腕貫探偵登場」 「恋よりほかに死するものなし」 「化かし合い、愛し合い」 「喪失の扉」 「すべてひとりで死ぬ女」 「スクランブル・カンパニィ」 「明日を覗く窓」

白いシャツに黒っぽいネクタイ、黒い腕貫をはめた市民サーヴィス課職員の男が探偵役となる連作である。市民サーヴィス課の臨時出張所は、大学や病院、繁華街など様々な場所に出没し、しかも心身ともに健やかな者の視界には絶対に入ってこないが、胸に何か心配事やわだかまりがある者の目の前に、なぜかふっと現れるのである。相談事をなんでも受け付けるのがこの腕貫男の仕事であり、相談者の話を聞いて、問題解決のヒントを与えるのである。いわゆる安楽椅子探偵である。しかし、主役とも言うべきこの男の影が薄いので、かえって気になってしまうのである。いずれ彼のことが判る日が来るのだろうか。続編もぜひ読んでみたいシリーズである。

舞台*西加奈子

  • 2014/03/08(土) 07:51:35

舞台舞台
(2014/01/10)
西 加奈子

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「生きているだけで恥ずかしい――。」自意識過剰な青年の、馬鹿馬鹿しくも切ない魂のドラマ!
29歳の葉太はある目的のためにニューヨークを訪れる。初めての一人旅、初めての海外に、ガイドブックを暗記して臨んだ葉太だったが、滞在初日で盗難に遭い、無一文になってしまう。虚栄心と羞恥心に縛られた葉太は、助けを求めることすらできないまま、マンハッタンを彷徨う羽目に……。決死の街歩きを経て、葉太が目にした衝撃的な光景とは――?
思い切り笑い、最後にはきっと泣いてしまう。圧倒的な面白さで読ませる、西加奈子の新境地長編小説!


折々に挟みこまれる太ゴシックが、さながらニューヨークの観光案内のようである。そこをまさにいま歩いている葉太は29歳。作家であった亡父の遺産で、一週間の予定でアパートメントに宿泊している、極度に自意識過剰の青年である。どこを歩いても、いかにもその場所らしくて恥ずかしくてたまらなくなり、そんな自分にさらに羞恥心を募らせるのである。セントラルパークで好きな作家の「舞台」という新刊を読もうとするが、そこでほぼすべてが入ったバッグを持ち去られるというトラブルに見舞われる。それからの葉太の恥ずかしくも逞しい一週間の物語である。舞台を読もうとする葉太自身が、人生という大きな舞台で果たす役割と、ほんとうの自分自身に出会う顛末に滑稽ながら親しみを覚える。誰もが、どんなキャラクターだとしても自分の人生という舞台の主役を張っているのだと思える一冊である。

Cの福音*楡周平

  • 2013/07/29(月) 16:41:26

Cの福音 (宝島社文庫)Cの福音 (宝島社文庫)
(1998/07)
楡 周平

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航空機事故で両親を失い、異郷アメリカで天涯孤独となった朝倉恭介は、おのれの全知力と肉体を賭けて「悪」の世界に生きることを決心する。NYマフィアのボスの後ろ盾を得て恭介が作り上げたのは、日本の関税法の盲点をつき、コンピュータ・ネットワークを駆使したコカイン密輸の完璧なシステムだった。驚くべき完全犯罪…しかし…。国際派ハードボイルド作家楡周平の記念碑的デビュー作品。


何不自由ない家庭に生まれ、優秀な頭脳を持ち、まっすぐに生きていくはずだった朝倉恭介だが、航空機事故で両親を一度に失い、その人生は悪の道へと一直線に進むことになるのだった。優秀な頭脳を駆使して法の盲点をかいくぐり、コカインの密輸に手を染める恭介は、悪以外の何物でもないのだが、なぜか憎む気持ちにはなれず、彼の側に立って成り行きを見守ってしまうのである。悪以外の何かが彼の中に眠っていると期待するからだろうか。ハードな一冊である。

世界の果ての庭*西崎憲

  • 2013/03/30(土) 16:56:36

世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ世界の果ての庭―ショート・ストーリーズ
(2002/12)
西崎 憲

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イギリスの庭園と江戸の辻斬りと脱走兵と若くなる病気にかかった母と大人の恋と謎の言葉…。前代未聞の仕掛けに、選考委員の椎名誠氏は「ハメラレタ」と、小谷真理氏は「アヴァンポップでお洒落な現代小説の誕生」と絶讃。幻想怪奇小説の翻訳・紹介で知られる著者の満を持しての創作デビュー!第14回日本ファンタジーノベル大賞大賞受賞作。


イギリスの庭園が好きな作家・リコのひとり語りかと思っていると、そのかけらたちが、それぞれ全く別の物語になって、奔放に進んでいってしまうので、初めはいささか面食らう。すべてがリコの創造――あるいは想像――なのか、はたまた時空を超えた現実なのかも判然とせず、それぞれがそれぞれなりに独立した流れを作り、どこだかわからないところを流れていく。差し当たってはリコの物語を中心に据えてみるが、そんな読み方が正解なのかどうかもよく判らない。ここにいたと思ったら瞬時にあそこにいるような、よりどころのない心もとなさと、不思議な身軽さを感じさせる一冊である。

ふる*西加奈子

  • 2013/02/04(月) 16:57:06

ふるふる
(2012/12/06)
西加奈子

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池井戸花しす、28歳。職業はAVへのモザイクがけ。誰にも嫌われないよう、常に周囲の人間の「癒し」である事に、ひっそり全力を注ぐ毎日。だが、彼女にはポケットにしのばせているICレコーダーで、日常の会話を隠し録るという、ちょっと変わった趣味があった―。


現在と過去を行ったり来たりしながら、花しすの輪郭を浮かび上がらせるような物語である。何の関係もないように見える、現在の職業と、初潮を迎えるころ見ていた祖母を介護する母と介護される祖母の姿のシンクロ。それは生きるということの根源でもあるように思える。癒しの存在であり、やさしい人である花しすの一風変わった趣味である会話の録音は、心の奥に秘めている本当の気持ちに気づかせてくれる。意識せずにやっているさまざまなことが、あちこちでつながって一本の流れになるような一冊である。

ふくわらい*西加奈子

  • 2012/10/03(水) 13:12:33

ふくわらいふくわらい
(2012/08/07)
西加奈子

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マルキ・ド・サドをもじって名づけられた、書籍編集者の鳴木戸定。
彼女は幼い頃、紀行作家の父に連れられていった旅先で、誰もが目を覆うような特異な体験をした。
その時から、定は、世間と自分を隔てる壁を強く意識するようになる。
日常を機械的に送る定だったが、ある日、心の奥底にしまいこんでいた、自分でも忘れていたはずの思いに気づいてしまう。
その瞬間、彼女の心の壁は崩れ去り、熱い思いが止めどなく溢れ出すのだった――。


上記の紹介文のように、幼いころに特殊な体験をしたことが定(サダ)の人となりにかなりの影響を及ぼしたことは確かだとは思うが、それ以前に、生まれ持った感性がすでに周りの子どもとはひと味違っていたからこその彼女であっただろうと思うのである。興味のツボというのか、揺り動かされる点が、それはもう独特である。長じて編集者になった――どうして採用されたのか不思議でもあるが、それは置いておくとして――定だが、担当作家に真剣に寄り添おうとする定に、癖のある作家もいつしか心を開き、定もただならぬ影響を受けてゆく。思えば定という女性は、拒否するということをしないのだなぁ。儀礼的でなく、丸ごと相手のすべてをまず受け入れ、自分の中に取り込んで彼女なりに咀嚼しようとするのである。なかなかできないことだが、それを自然としてしまうのが定の特徴なのである。それでいて、自分というものを失くさずにいるのも定ならばこそだろう。社会では生きにくいかもしれないが、いつの間にか社会の方が歩み寄ってきそうにも思え、ふふふ、と笑いたくなる一冊である。