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悪の芽*貫井徳郎

  • 2021/04/04(日) 16:24:05


犯人は自殺。無差別大量殺人はなぜ起こったのか?
世間を震撼させた無差別大量殺傷事件。事件後、犯人は自らに火をつけ、絶叫しながら死んでいった――。元同級生が辿り着いた、衝撃の真実とは。現代の“悪”を活写した、貫井ミステリの最高峰。


アニメコンベンション・通称アニコンの会場で火炎瓶や刃物による無差別殺人事件が起こり、犯人はその場で焼身自殺した。ニュースを見た安達は、犯人が小学校の同級生ではないかと思う。しかも、自分が身勝手な意趣返しで、悪意のあるあだ名をつけたばかりに、その後虐められて不登校になった同級生である。悔恨の念と罪悪感から逃れたい思いがせめぎ合うなかで、安達はパニック障害を起こし休職することになる。そして、犯人・斉木のことを調べ始める。斉木のしたことは、どんな理由があっても許されることではないが、安達の行動も、どちらかといえば保身のようにも見えてしまい、もやもやした思いは拭い去れない。登場人物それぞれが、結局は自分のことしか考えていないようで、(人間なんてそんなものかもしれないが)誰にも感情移入はできない。斉木を犯行に駆り立てたものの正体を、突き止めたようでありながら、本当のところはたぶん本人にもはっきり判ってはいなかったのではないだろうか。悪の芽がいつ芽生えたかよりも、その芽をどう育ててしまったかを考えなければならないような気がする。最後には小さな善の芽も芽生える兆しを見せたが、それですべて良しとはならない一冊である。

罪と祈り*貫井徳郎

  • 2019/12/27(金) 16:53:54


元警察官の辰司が、隅田川で死んだ。
当初は事故と思われたが、側頭部に殴られた痕がみつかった。
真面目で正義感溢れる辰司が、なぜ殺されたのか?
息子の亮輔と幼馴染みで刑事の賢剛は、死の謎を追い、
賢剛の父・智士の自殺とのつながりを疑うが……。
隅田川で死んだふたり。
そして、時代を揺るがした未解決誘拐事件の真相とは 辰司と智士、亮輔と賢剛、ふたりの男たちの「絆」と「葛藤」を描く、儚くも哀しい、
衝撃の長編ミステリー。
貫井徳郎、新境地!


辰司と智士の親世代と、亮輔と賢剛の子世代が交互に語られ、やがて一本の流れになって、すべての謎をつまびらかにするという物語である。親世代の背負った重荷があまりにも重すぎ、それを知った子世代が受けとめ切れないほどなのだが、親たちが起こした事件の重大さに対して、その動機がどうにも軽く感じられてならない。時代の空気とか、憤りの強さとか、さまざま理由は考えられるが、それにしても、誰かひとりでも冷静な判断力を持った人がいなかったのかと悔やまれてならない。だが起こってしまったことは変えようがない。成長した子どもたちが、やがてその手で明るみに出すまで、口は堅く閉じられたままだったのである。残された家族にまでこれほどの苦悩を味わわせることになることを、予測できなかったはずはないのに、と歯噛みしたくなる思いである。謎がすべて解き明かされても、まったく救いがない物語で、やりきれなさすぎる。ただ、充実した読書時間を過ごさせてもらえた一冊ではある。

宿命と真実の炎*貫井徳郎

  • 2017/07/26(水) 07:17:14

宿命と真実の炎
宿命と真実の炎
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貫井 徳郎
幻冬舎 (2017-05-11)
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幼い日に、警察沙汰で離れ離れになった誠也とレイ。大人になって再会したふたりは、警察への復讐を誓い、その計画を着実に遂行する。一方、事故か他殺か判然としない警察官の連続死に、捜査本部は緊迫する。事件を追う所轄刑事の高城理那は、かつて“名探偵”と呼ばれた西條の存在を気にしていた。スキャンダルで警察を去り、人生が暗転した男。彼だったらどう推理するのか―。


殺人を繰り返す二人、所轄刑事と捜査一課の刑事の捜査を通して深まる信頼関係、かつてスキャンダルで警察を追われた元名刑事との出会い、などなど、展開が愉しみな要素が盛りだくさんで、序盤からページを繰る手が止まらない。だが、中盤以降、ほんの小さな引っ掛かりを見過ごさずに地道な捜査を続け、警察官連続殺人の真犯人にじりじりと迫っていくようになると、さらに興味を引き付けられる。そして、小さな蟻の穴から一か所が崩れ始め、雪崩を打つように真実に向っていく様子は、読むだけで興奮してくる。さらにラストで触れられた犯人の一人の胸の裡の思いを知って、背筋がぞくぞくする思いになったのはわたしだけではないだろう。じわじわと迫り、あっさりと裏切る手法は著者ならではだと思う一冊である。

壁の男*貫井徳郎

  • 2017/03/05(日) 16:33:19

壁の男
壁の男
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貫井 徳郎
文藝春秋
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ある北関東の小さな集落で、家々の壁に描かれた、子供の落書きのような奇妙な絵。
その、決して上手ではないが、鮮やかで力強い絵を描き続けている寡黙な男、
伊苅(いかり)に、ノンフィクションライターの「私」は取材を試みるが……。
彼はなぜ、笑われても笑われても、絵を描き続けるのか?

寂れかけた地方の集落を舞台に、孤独な男の半生と隠された真実が、
抑制された硬質な語り口で、伏せたカードをめくるように明らかにされていく。
ラストには、言いようのない衝撃と感動が待ち受ける傑作長篇。


民家の壁に幼児が描いたような原色の絵が描かれている集落があると話題になり、ノンフィクションライターの鈴木は、本にまとめるのもいいかと、その集落に取材に訪れる。描いた当人の所在は容易に判り、インタビューを試みるが、伊苅という男は口が重くてとっつきにくく、ほとんど何も聞き取れずに取材を終えることになる。近所の人に聞くと、どうやら壁の絵は、それぞれの住人が頼んで描いてもらったようなのだが、その理由がどうにもよく呑み込めない鈴木なのだった。鈴木の目線で語られる部分と、伊苅を主語として語られる部分が交互になっていて、伊苅の部分では、彼の来し方が少しずつ明らかにされていく。初めは取りつく島もない不愛想な男としか見えていなかった伊苅が、次第に体温を持って生きてくると、読み手の壁の絵に対する気持ちも変わってくるのが不思議である。子どもの落書きのような、一見無邪気にも見える壁の絵の裏側に、これほどの深い人生があったのかと驚愕するばかりである。いいものを読んだという気持ちに満たされる一冊である。

女が死んでいる*貫井徳郎 作  藤原一裕 モデル

  • 2015/06/11(木) 18:46:34

ダ・ヴィンチ ビジュアルブックシリーズ 女が死んでいる (ダ・ヴィンチBOOKS)
貫井 徳郎
KADOKAWA/メディアファクトリー
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本当におれが殺したのか……?
貫井徳郎が描く、最悪な男。
二日酔いで目覚めた朝、ベッドの横の床に何かがあった。
……見覚えのない女の、死体。
おれが殺すわけがない。知らない女だ。では誰が殺したのか?
密室のマンションで、女とおれは二人きりだった……。

藤原一裕(ライセンス)を小説のモデルに、貫井徳郎が書き下ろし。
小説とグラビアで描く“最悪な男"。


こういう趣向の本とは知らずに手にしたのだが、写真を挟み込む必要性がよく判らない。藤原氏のファンは喜ぶだろうが……。それにつられてなのか、物語自体も寸足らずな印象がぬぐえない。同じ題材で、もっと突き詰めた緻密な物語が読みたいものである。どっちつかずの印象の一冊だった。

我が心の底の光*貫井徳郎

  • 2015/05/05(火) 16:59:04


峰岸晄は五歳で伯父夫婦に引き取られ、空腹を抱えながら育った。
母は死に、父は人を殺したからだった。
学校では、椅子に画鋲が置いてあったり、いじめに遭った。
幼なじみの木下怜菜は万引きまでさせられる晄をただ一人、案じてくれる存在だった。
まったき孤独の闇の中で、晄が向かう先は――。
驚愕のラストが待ち受ける、心に迫る傑作長編!


晄がどんな大人になり、どんな人生を歩んでいくのか。前半はあまりにも過酷な晄の幼少期に目を覆いたくなりながらも、今後の展開を期待しながら読み進んだ。途中からなにやら犯罪に手を染め、どういう経緯なのか、どんな理由でターゲットを決めたのかに興味が移る。常に底にに流れているのは自分自身を尊重できない晄の姿であり、歪んだ思いであるように思えて仕方がない。だが、最後にその理由がわかったときには、いささか拍子抜けした思いであったが、それほどまでに親にないがしろにされた子ども心に光となった出来事だったのかと思うと、言葉を失う。重くやるせない一冊だった。

私に似た人*貫井徳郎

  • 2014/06/17(火) 07:29:18

私に似た人私に似た人
(2014/04/08)
貫井徳郎

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小規模なテロが頻発するようになった日本。ひとつひとつの事件は単なる無差別殺人のようだが、実行犯たちは一様に、自らの命をなげうって冷たい社会に抵抗する“レジスタント”と称していた。彼らはいわゆる貧困層に属しており、職場や地域に居場所を見つけられないという共通点が見出せるものの、実生活における接点はなく、特定の組織が関与している形跡もなかった。いつしか人々は、犯行の方法が稚拙で計画性もなく、その規模も小さいことから、一連の事件を“小口テロ”と呼びはじめる―。テロに走る者、テロリストを追う者、実行犯を見下す者、テロリストを憎悪する者…彼らの心象と日常のドラマを精巧に描いた、前人未到のエンターテインメント。


十人がそれぞれ主人公になった十の連作短編である。初めは、この人物たちにどんなつながりがあるのだろうという興味で読み進み、次第に小口テロをインターネット上で巧みに唆す<トベ>と名乗る人物への興味も加わり、著者はこの物語にどんな決着をつけるのだろうかという興味もさらに湧いてくる。各章が、必ずしも時系列に並べられているわけではない理由が最後に判り、さまざまなことが腑に落ちる。そもそもの始まりが、思い描いていた<トベ>像とあまりにも違うことに驚かされ、そんなこと――というのは語弊があるかもしれないが――からここまで広がってしまうインターネットの力に改めて恐ろしさも感じる。ないとは言えないレベルの物語なのも厭な感じである。華々しい盛り上がりはないが、ずんずんと胸の奥に迫ってくる一冊である。

北天の馬たち*貫井徳郎

  • 2013/12/07(土) 17:00:38

北天の馬たち (単行本)北天の馬たち (単行本)
(2013/10/19)
貫井 徳郎

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毅志は、横浜の馬車道近くで、母親と共に喫茶店「ペガサス」を営んでいる。ある日、空室だった「ペガサス」の2階に、皆藤と山南というふたりの男が探偵事務所を開いた。スマートで快活な彼らに憧れを抱いた毅志は、探偵仕事を手伝わせてもらうことに。しかし、付き合いを重ねるうちに、毅志は皆藤と山南に対してある疑問を抱きはじめる…。


ふたりの探偵・皆藤と山南と、彼らと強く結びつく人々との事情を含めたあれこれを、探偵が事務所を構えることになったビルの一階で喫茶店を営む若者・毅志が、憧れのまなざしを持って語る物語である。皆藤と山南に惹かれ、日々の鬱屈から逃れるためもあり、探偵の仕事を手伝うことになる毅志だが、ふたりの間に入り込んで行けないもどかしさも感じているのであった。そのわけが、この物語の根底にあるのは、後半になってやっと判るのだが、最後の最後の処理の仕方が、それまでのスマートさと比べて、いささか芸がないように思われるのが残念でもある。相手の性質が悪かったせいもあるのかもしれないが、それにしてもなにかもっとカタルシスを得られる対処法はなかったものかと思われてならない。そのこと以外は人と人との結びつきの強さ深さを思わされ、ページを捲る手が止まらない一冊であった。

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ドミノ倒し*貫井徳郎

  • 2013/08/06(火) 16:43:18

ドミノ倒しドミノ倒し
(2013/06/21)
貫井 徳郎

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「元彼の殺人容疑を晴らして欲しい」探偵・十村の元に舞いこんだ美女からの依頼。しかし事件に触れると別の事件に行き当たり、さらなる別の事件を呼び起こす……。


貫井作品にしてはいささか物足りなかったかなぁ、というのが正直なところである。私立探偵・十村のキャラクターも、嫌いではないが、ハードボイルド探偵物語にありがちな設定だし。タイトルから想像して、ラストに向かってバタバタとドミノが倒れるようにスカッと真実が暴かれていくのかと思いきいや、そういうわけでもないようで。期待が大きかった分、ちょっと肩透かしを食らった気分である。愉しくないわけではないんだけれどなぁ、という一冊である。

微笑む人*貫井徳郎

  • 2012/10/10(水) 07:10:15

微笑む人微笑む人
(2012/08/18)
貫井 徳郎

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エリート銀行員の仁藤俊実が、意外な理由で妻子を殺害、逮捕・拘留された安治川事件。
犯人の仁藤は世間を騒がせ、ワイドショーでも連日報道された。
この事件に興味をもった小説家の「私」は、ノンフィクションとしてまとめるべく関係者の取材を始める。
周辺の人物は一様に「仁藤はいい人」と語るが、一方で冷酷な一面もあるようだ。
さらに、仁藤の元同僚、大学の同級生らが不審な死を遂げていることが判明し……。
仁藤は本当に殺人を犯しているのか、そしてその理由とは!?

貫井氏が「ぼくのミステリーの最高到達点」と語る傑作。
読者を待つのは、予想しえない戦慄のラスト。


最初から最後までリアルである。ノンフィクションだと言われれば、何の疑いも抱かずに納得してしまいそうだ。ある殺人事件の被疑者(仁藤)のことを、彼の物語を書こうとする小説家が、彼を知る人々に取材し、真実の仁藤を浮かび上がらせようとするのである。少しずつ仁藤の真の姿が明らかになり、事件の隠された真実が暴かれる、というストーリーを、つい期待してしまうが、現実はなかなかそう思い通りにはいかないものである。そして本作も、そんな期待には全くと言っていいほど応えてくれない。それがもどかしくもあり、どうしようもない現実を見せつけられるようでもあって、見事である。著者自身も執筆しながら、スッキリ真相を解明したい欲求に駆られなかっただろうか、と思わず想像してしまうような一冊である。

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新月譚*貫井徳郎

  • 2012/06/04(月) 18:37:00

新月譚新月譚
(2012/04)
貫井 徳郎

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八年前に突然絶筆した作家・咲良怜花は、若い編集者の熱心な復活のアプローチに、自らの半生を語り始める。そこで明かされたのは、ある男性との凄絶な恋愛の顛末だった―。


突然筆を折り、いまは静かに暮らしている作家・咲良怜花に新作を書いてもらうべく、若い編集者が彼女のもとを訪ねるところから物語は始まるが、物語の主な部分は、咲良怜花が編集者に向けて語る絶筆に至る真実の吐露である。語られる内容は常識に当てはめられない彼女の恋愛事情であり、それに絡まる小説の執筆と数々の受賞の事実である。よくある話と言ってしまえばそれまでだし、劇的な作風の変化が現実的かどうかは素人のわたしには判断がつかないが、それらを置いておいても、彼女が語り終えた後の着地点が想像できなくてページをまくる手が止まらなくなる。登場人物の誰かに感情移入できるわけでもなく、誰かに肩入れするわけでもないにもかかわらず、先を知りたくてたまらなくなる何かを秘めている。そして待ちに待った着地点は、全く想像もできないものだった。肩透かしを食った気がしなくもないが、それ以外には考えられないようにも思われる。咲良怜花の生涯は小説が認められたことで意味を成したかもしれないが、本名の後藤和子の一生は木之内に振り回されただけで、しあわせだったのだろうか、と思ってしまう。560ページというボリュームを感じさせない一冊である。

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崩れる--結婚にまつわる八つの風景*貫井徳郎

  • 2011/05/02(月) 19:00:05

崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)崩れる 結婚にまつわる八つの風景 (角川文庫)
(2011/03/25)
貫井 徳郎

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仕事もしない無責任な夫と身勝手な息子にストレスを抱えていた芳恵。ついに我慢の限界に達し、取った行動は…(「崩れる」)。30代独身を貫いていた翻訳家の聖美。ある日高校の同級生だった真砂子から結婚報告の電話があり、お祝いの食事会に招待されるが…(「憑かれる」)。家族崩壊、ストーカー、DV、公園デビューなど、現代の社会問題を「結婚」というテーマで描き出す、狂気と企みに満ちた8つの傑作ミステリ短編集。


表題作のほか、「怯える」 「憑かれる」 「追われる」 「壊れる」 「誘われる」 「腐れる」 「見られる」

結婚にまつわる物語なのだが、明るくもなくしあわわせいっぱいでもなく、薄い影が差していてどの話もじんわりと怖い。そして、出てくる女性がみな立体的なのでびっくりする。ページからふと目をあげると、斜め後ろに実際にいそうである。荻原浩氏も実はおばさんではないかと思わせるほど中年女性を描いて見事だが、著者は荻原氏とはテイストは違うが、若い女性を見事に描いていて唸らせられる。八つの物語はどれも絶妙に捻じれたりはぐらかされたり裏切られたりして、ラストまで目が離せない。贅沢な一冊である。

灰色の虹*貫井徳郎

  • 2010/11/18(木) 09:15:19

灰色の虹灰色の虹
(2010/10)
貫井 徳郎

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身に覚えのない殺人の罪。それが江木雅史から仕事も家族も日常も奪い去った。理不尽な運命、灰色に塗り込められた人生。彼は復讐を決意した。ほかに道はなかった。強引に自白を迫る刑事、怜悧冷徹な検事、不誠実だった弁護士。七年前、冤罪を作り出した者たちが次々に殺されていく。ひとりの刑事が被害者たちを繋ぐ、そのリンクを見出した。しかし江木の行方は杳として知れなかった…。彼が求めたものは何か。次に狙われるのは誰か。あまりに悲しく予想外の結末が待つ長編ミステリー。


事件の捜査や裁判のあり方に疑問を抱かせる一冊である。身に覚えのない罪で罰せられる者の魂の訴えは、ほんとうにここまで権力側には通じないものなのだろうか。確固たる自分自身というものを見失いふらふらと自白に逃げてしまう精神状態に陥るまで過酷なものなのだろうか。想像することしかできないが、背筋が凍る心地である。復讐を肯定するわけにはいかないが、心情的にはどうしても江木に肩入れしてしまう。本作では山名という江木の犯罪にほんの少しでも懐疑的な刑事の存在によって、(手遅れだったとは言え)江木の無念にほんの僅かではあるが晴れ間がのぞいた感もあるが、現実だったらそうはいかず、取り返しのつかない誤った判決を何代にも亘って引きずらざるを得ないことの方が圧倒的に多いのだろう。
どんよりと重い読後感であるが、まったくの他人事ではいられない思いも残る。ずしんとやりきれない一冊である。

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明日の空*貫井徳郎

  • 2010/07/14(水) 13:30:54

明日の空明日の空
(2010/05/26)
貫井 徳郎

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両親は日本人ながらアメリカで生まれ育った栄美は、高校3年にして初めて日本で暮らすことに。「日本は集団を重んじる社会。極力目立つな」と父に言われ不安だったが、クラスメイトは明るく親切で、栄美は新しい生活を楽しみ始める。だが一つ奇妙なことが。気になる男子と距離が縮まり、デートの約束をするようになるが、なぜかいつも横槍が入ってすれ違いになるのだ。一体どうして―?栄美は、すべてが終わったあとに真相を知ることになる。


生まれてから17年をアメリカで過ごし帰国したエイミーの高校時代の物語と、語学力向上のために六本木で外国人に声をかけて手助けをしてはチップをもらう大学生ユージとそこで知り合ったアンディの物語が相次いで語られる。一見何の関係もないように見えるふたつの物語は、エイミーが大学生になり、山崎さんという男子学生に出会ったことでつながり、次第に解き明かされていく。だが、解き明かされた先に待っているのは安心感でも満足感でもない。それは切なさと後悔なのである。それでも、明日は晴れると信じて、あたたかな気持ちを次の誰かにバトンタッチしていくしかないのだ。映像化は絶対にできない一冊である。

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天使の屍*貫井徳郎

  • 2010/05/10(月) 13:43:13

天使の屍 (角川文庫)天使の屍 (角川文庫)
(2000/05)
貫井 徳郎

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思慮深かった中学二年の息子・優馬がマンションから飛び降り、自殺を遂げた。動機を見出せなかった父親の青木は、真相を追うべく、同級生たちに話を聞き始めるが…。“子供の論理”を身にまとい、決して本心を明かさない子供たち。そして、さらに同級生が一人、また一人とビルから身を投げた。「14歳」という年代特有の不可解な少年の世界と心理をあぶり出し、衝撃の真相へと読者を導く、気鋭による力作長編ミステリー。


中学二年生・14歳を扱った一冊。何かと問題になる年頃である。子どもたちには、大人の論理とはまったく別の「その年代特有の論理」があり、大人たちが自分の尺度で物事を捉えている限り、とても彼らを理解できるものではない、ということがよくわかり、うなずけもする。実際にこの物語のように踏み外す少年たちがどのくらいいるのかは見当もつかないが、仕掛けられた穴に落ちたあとの彼らの行動心理は、やはり大人からみれば信じられないと言うほかないものなのである。それでもこれが、彼らなりの論理に従った結果だとすれば、大人は愕然とするしかないのである。恐ろしい、とひとことで片づけてしまえない苦しさが胸に残る。