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猫君*畠中恵

  • 2020/06/01(月) 12:32:19


花のお江戸に隠された、猫又の陣地六つ。花陣・姫陣・祭陣・武陣・黄金陣・学陣。各陣の新米猫又は、将軍様の庇そうと様々な試練が課せられて―。お江戸猫又ファンタジー。


猫は20年以上生きるとしっぽが二股に割れて、猫又という妖になるという。茶虎の雄猫みかんは、飼い主のお香を亡くし、間もなくして猫又になり、江戸に六つある陣のうち祭陣の新入り猫又になり、ほどなく江戸城中にある猫又の学校とも言える猫宿で他の陣の新米猫又たちと共に学ぶことになった。そこで起きるさまざまな厄介事や、身に降りかかる難問を仲間たちとともに日々乗り越えて、次第に生きる術を身に着けていくのだが――。20年以上生きた老猫であるにもかかわらず、幼い猫のように愛らしい新米猫又たちが、個性にあふれていて魅力的である。自然と役割分担ができていくところが、人間社会を見ているようで面白い。諍いがあったり、張り合ったり、助け合ったりと、少しずつきずなを深めていくのも微笑ましく、それを見守る師匠たちのまなざしのあたたかさにも胸が熱くなる。もっともっと続きを知りたくなる一冊である。

22年目の告白――私が殺人犯です――*浜口倫太郎

  • 2020/05/22(金) 16:30:59


編集者・川北未南子の前に突如現れた美青年・曾根崎雅人。彼から預かった原稿は、時効となった連続殺人事件の犯行を告白したものだった。その残忍な犯行記録『私が殺人犯です』はたちまちベストセラーとなり、曾根崎は熱狂を煽るかのように世間を挑発し続ける。社会の禁忌に挑む小説版『22年目の告白』。


映画ありきの小説だとは知らずに読み始めたのだが、小説としても充分愉しめる。殺人にまだ時効があった時代だからこその、刑事たちの無念や無力感、犯人のスリルと自己主張、そしてラストのカタルシスが成立する物語である。途中から、薄々犯人はあの人物では、と思ってはいたが、動機が想像できず半信半疑でいたのだが、そういうことだったのか。とは言え、そこまで強い衝動に結び付くのかどうかは、いささか疑問に思わなくもなかった。全体を通しての緊迫感と、人の思いの強さがひしひしと伝わる一冊だった。

あるべき場所*原田宗典

  • 2020/04/26(日) 13:37:40


横断歩道に落ちていたミョウガ、消えたカミソリの刃、失われた指先、かんぬきを掛ける男。何でもない日常の事物にふと目をとめると、そこから世界は変容し始める。そんな違和感を描いた表題作「あるべき場所」。友人がタイから持ち帰ったいわくつきのナイフ。それを手にした者は誰を殺すのか。人間の心理に潜む恐怖をえぐる「飢えたナイフ」など、奇妙な味わいの5編を収めた短編集。


さまざまな物事があるべき場所にない、あるいは、あるべきではない場所にある違和感。だがそれは、気づくことなく見過ごしてしまえば、なんということもないことなのかもしれないが、ひとたび気になってしまうと、居ても立ってもいられなくなる。その絶妙さが興味深い。他も、ほんのりホラーテイストだったりもするが、実際にあってもおかしくないような、些細だが、見逃せないあれこれが詰まっていて、贅沢な一冊である。

メガバンク絶体絶命*波多野聖

  • 2020/04/24(金) 16:32:25


日本最大のメガバンクを喰らい尽くす、魔の「T計画」が発動!TEFG銀行は絶体絶命の危機に陥った。総務部長としてこの難局に挑む二瓶正平。そして、頭取の椅子を捨て相場師として生きていた桂光義が、義と理想のために起つ。史上最大の頭脳戦がここに始まった。経済の巨龍・中国の影。謀略vs.戦略。マネーを知り尽くす著者にしか描けなかった、痛快無比の金融エンターテインメント。


シリーズものとは知らず、前作での経緯などは全くわからなかったが、それでも興味深く読めた。銀行の、買収・合併・統合を巡る内部の権力争いの厭らしさや、バンカーとしての情熱、機を見ることの重要性などなど。さらには、銀行とは全く関係のないところで起こった事件による恨みの根深さが与えた影響などなど。さまざまな要素が詰め込まれてはいるものの、散漫になることなくきっちり回収されていて見事である。ぜひ前作も読んでみたいと思わせる一冊だった。

まずはこれ食べて*原田ひ香

  • 2020/03/29(日) 14:00:30


アラサーの池内胡雪は、大学の友人たちと起業したベンチャー企業で働き、多忙な毎日を送っている。不規則な生活のせいで食事はおろそかになり、社内も散らかり放題で殺伐とした雰囲気だ。そんな状況を改善しようと、社長の提案で会社に家政婦を雇うことに。やってきた家政婦の筧みのりは、無愛想だが完璧な家事を行い、いつも心がほっとする料理を振る舞ってくれる。筧の食事を通じて、胡雪たち社員はだんだんと自分の生活を見つめ直すが…。人生の酸いも甘いもとことん味わう滋味溢れる連作短編集。


丁寧に作った日々の食事。それこそが、疲れた心を解きほぐし、次に向かう活力を生み出してくれる。そんな食卓を整えてくれる家政婦を雇った小さなベンチャー企業の物語である。お料理がどれもおいしそうなのは言うまでもないのだが、その丁寧さとは裏腹に、家政婦の筧みのりにも、会社のメンバーたちそれぞれにも抱えている屈託があり、その闇がどんどんあらわになっていくのが怖い。一見、とてもうまくいっているように見えているものごとも、ほんの少し踏み込めば、そこにはどろどろしたものが渦巻いていて、一触即発とでもいうような状態なのである。いままで気づかないふりをしてきたあれこれが、筧の作る心も身体も温まる料理を食べることによって、自らを取り戻しつつあるメンバーたちの表に現れ始めてしまったのかもしれない。しかしまた、その食事によって、しっかりと自らを取り戻してみれば、これから進むべき道もわかってくるというもので、この先の明るさを願わずにはいられない一冊である。

虫たちの家*原田ひ香

  • 2020/03/06(金) 12:06:33


九州の孤島にあるグループホーム「虫たちの家」は、インターネットで傷ついた女性たちがひっそりと社会から逃げるように共同生活をしている。新しくトラブルを抱える母娘を受け容れ、ミツバチとアゲハと名付けられる。古参のテントウムシは、奔放なアゲハが村の青年たちに近づいていることを知り、自分の居場所を守らなければと、「家」の禁忌を犯してしまう。『母親ウエスタン』『彼女の家計簿』で注目の作家が描く、女たちの希望の物語。


紹介文には、希望の物語、とあるが、傷ついた女性たちが希望を持ててよかったと、無条件には喜べない。偏見はいつまでたってもどこにいてもつきまとい、そこから完全に逃れることは一生ありそうにない。それをわかったうえでの制限付きの希望が見えるだけのような気もする。もっと言えば、本作の主題は、傷ついた女性の希望の復活、というよりも、氷室美鈴個人の真実探求の物語だったような印象である。折々に挿みこまれる抑圧された異国の暮らしと、現在の彼女たちの置かれた状況が一本につながるとき、視点が一変してさまざまなことが腑に落ちるが、それで何かが解決されるわけではないので、思ったほどのカタルシスは得られない。しかも、わき役的な登場人物の扱いが、いささか軽く、ラストを急いだ感じがしてしまう。とはいえ、読書中は次に何が明らかにされるのかというスリルを楽しめる一冊だった。

わが殿 下*畠中恵

  • 2020/03/02(月) 12:55:01


新銅山の開掘、面扶持の断行、藩校の開設、類を見ない大型船の造船…。七郎右衛門は、幾度も窮地に陥りながらも、利忠の期待に応え続ける。だが、家柄もなく、殿の信頼を一身に集め、旧態依然とした大野藩の改革を続ける七郎右衛門には、見えざる敵の悪意が向けられていた。そんな中、黒船の襲来により、日本中に激震が走る。時代は移り変わろうとしていた―。新時代を生き抜くヒントがここにある!


七郎右衛門、相変わらず殿の打ち出の小槌に日々勤めている。何か事が起こり、窮地に立たされるほど、己の裡にあるものが閃きとともに表出し、突拍子もない策として形になるような印象である。常に次の手を考えているという証だろう。利忠公との信頼関係も、さらに深まり、公はもはや完全に七郎右衛門を信頼し、それ故、新しいものごとに向かって無茶をすることにもなる。止まるということを知らない殿である。だが、年月は容赦がなく、誰もが年を取る。悲しい別れも幾たびも経験することになるのである。殿と七右衛門と彦助との最後の穏やかなひとときには胸を熱くさせられるた。江戸が終わって明治の代になるとともに、感覚的には親しみを覚えるが、地続きには武士の時代の波乱があったことを、不思議な感慨をもって実感できるようになった気もしている。充実の上下巻だった。

わが殿 上*畠中恵

  • 2020/02/27(木) 16:22:01


合戦が始まる。敵の名は、借金。
幕末期、ほとんどの藩が財政赤字に喘ぐ中、大野藩も例外ではなかった。
藩主・土井利忠は、様々な藩政改革を断行し、多額の借金を抱える藩財政を立て直そうとする。その執行役として白羽の矢が立てられたのが、若干八十石の内山家の長男である七郎右衛門良休。
四歳年下の殿の人柄と才覚に惚れきった七郎右衛門は、己の生涯を懸けて利忠と向き合い、時には反発しながらも、大野藩の再生に奔走する。

『しゃばけ』『まんまこと』の著者が初めて実在の人物をモチーフに描いた、痛快新感覚歴史小説!


八十石の内山家の長男・七郎右衛門は、どういうわけか、四歳年下の殿・利忠公に見込まれたようで、藩の借金対策に取り立てられる。ほかの人が考えつかないような奇策をもって、事をひとつ解決すると、さらに追い打ちをかけるような出来事が起こり、またまたとんでもない役目を言いつかるのである。周りには嫌味を言われ、敵視されたりもして、休む間もない七郎右衛門だが、どういうわけか、いつも何とか事を成し、さらに苦労を呼び込むことになる。利忠公の人を見る目の確かさも興味深く、七郎右衛門の苦労がいつか報われることを願いながら応援してしまう。下巻を読むのが愉しみな一冊である。

てんげんつう*畠中恵

  • 2019/10/13(日) 18:32:22

てんげんつう
てんげんつう
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畠中 恵
新潮社
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若だんなと長崎屋の妖(あやかし)たちが、不幸のどん底に!? 大人気「しゃばけ」シリーズ最新刊! 病弱若だんなの許嫁・於りんの実家から人がいなくなっちゃったってぇ! まさか一家で夜逃げ……? こんな一大事に、兄やの仁吉は嫁取りを強要され、しかもお相手は天狗の姫!? さらに、突然現れた千里眼を持つ男は、若だんなに「救ってくれないと不幸にする」と宣言するし……。剣呑な風が吹き乱れるシリーズ第18弾!


若だんな・一太郎は、本作ではいままでに増して頻繁に寝込んでいるように見受けられる。だが、そんな自分にほとほと嫌気もさしていて、何とか役に立ってひとり立ちできるようになりたいと願っている。それで無理をして、さらに寝込むことになるのだが……。しばらく前に、そろそろ一太郎もひとり立ちできそうな気配が見えてきたような気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。一太郎のためにも、周りの人たちのためにも、丈夫な身体を手に入れられるように願うばかりである。それはさておき、今回も、妖がらみの厄介なあれこれが長崎屋の離れに持ち込まれる。一太郎も、いささか無理をして、あるいは、抱えられるようにして、現場に出向いたり、調べ事をしたりもし、悪夢の中にまで入って、事を収めようと頑張るのである。そしていつものように、妖たちや周りの人々の知恵と力を借りて、何とか丸く収めるのである。次回こそは一太郎が元気に活躍する姿を見たいものだと思わされるシリーズでもある。

おっぱいマンション改修争議*原田ひ香

  • 2019/07/09(火) 07:41:24

おっぱいマンション改修争議
原田 ひ香
新潮社
売り上げランキング: 418,408

いまは亡き天才建築家が設計した、通称「おっぱいマンション」。立地もデザインも抜群、できた当時はあこがれの住居、いまでは、終の住処として、人気を保ち続けていた。だが、重大な問題が発覚!勃発した改修騒ぎは、建築家の娘、学生運動あがりの引退した教師、秘密を抱えた元女優、天才の右腕たちの人生を、秘密を、理想を呑み込んで―。建て替えるべきか、残すべきか。正義の審判の行方は?人生最大のお買い物は、人生最悪のドラマを生む!?


タイトルから想像するのは、住人たちのコミカルな騒動だが、実際はもっとずっと深刻な物語である。住人それぞれが終の棲家として購入し、現在も日々を過ごしているかつて最先端だったマンション。そこには住人の数だけ腎性があり、決して途中で投げ出せるものではない。そして、建築した側の関係者やその家族にもそれぞれの思いがあり、それぞれの人生があるのである。そんな中で起こった改修話は、登場人物たちそれぞれにこれまでとこれからの自分のことを考えるきっかけを与えたのではないだろうか。思い入れ、利害、諦めや希望、いろんな気持ちが絡まりあって、改修争議は混迷を深めるのだった。ものがなしく、切なく、他人事であればくすりと笑ってしまいもする一冊である。

かわたれどき*畠中恵

  • 2019/04/10(水) 16:22:02

かわたれどき
かわたれどき
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畠中 恵
文藝春秋
売り上げランキング: 18,598

かつて恋女房を亡くした江戸町名主の跡取り息子・高橋麻之助。そんな彼に、後妻とりの話がやってきたが……。人気シリーズ第七弾。


今回は、若い娘がたくさん登場して華やかではあるが、一歩間違うと一触即発の感が無きにしも非ず。とはいえ、麻之助は、相変わらずのほほんとその辺りには鈍いので、戦いは勃発せずに済んでいる。しかも、今作で、麻之助はずいぶんとまじめに役目に励んでもいる。今日も今日とて、面倒な厄介事ばかり惹き寄せる御仁である。そしてとうとう、麻之助も自らの先行きを定めたか、というラストである。親友・吉五郎のこれからも含め、次作が愉しみである。麻之助たちが大人になっていくのが頼もしいような寂しいようなシリーズである。

つくもがみ笑います*畠中恵

  • 2019/03/26(火) 20:49:58

つくもがみ笑います
つくもがみ笑います
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畠中 恵
KADOKAWA (2019-01-10)
売り上げランキング: 68,183

人から百年以上大事にされた品物は、人ならぬ、つくもがみになるという。
江戸は深川で損料屋を営む出雲屋では、主人の清次と妻のお紅、跡取りの十夜とともに、
そんなつくもがみたちが仲良く賑やかに暮らしていた。ひょんなことから、大江戸屏風に迷い込み、二百年前にタイムスリップしたり、旗本屋敷の幽霊退治にかり出されたり。
退屈しらずのつくもがみたちが、今日も大奮闘!


つくもがみシリーズ第三弾だそうである。第二弾をまだ読んでいなかったのは迂闊だった。出雲屋の跡取り息子・十夜とつくもがみたちは、今作でもあちこちに貸し出され、あるいは勝手に着いてきて、厄介事に巻き込まれることになる。だが、それ以上に、その厄介事の大本を探り当て、解きほぐして丸く収める役に立っている。さすがつくもがみ、お八つが何より好きだと言っても存外誇り高いのである。十夜の人脈も少しずつ広がり、跡取りとしての頼もしさも増してきたと言えるかもしれない。長く続いてほしいシリーズである。

DRY*原田ひ香

  • 2019/03/24(日) 16:34:07

DRY
DRY
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原田ひ香
光文社
売り上げランキング: 25,802

北沢藍は職場の上司と不倫して、二人の子供を置いて家を出た。十年ぶりに実家に戻ると、男にだらしない母と、お金にがめつい祖母がうら寂しく暮らしていた。隣に住む幼馴染の馬場美代子は家族を見送り、今は祖父をひとりで看ている。介護に尽くす彼女は、孝行娘とあがめられているが、介護が終わったその先はどうやって生きていくのだろうか。実は、彼女の暮らす家には、世間を震撼させるおぞましい秘密が隠されていた。注目の作家初のクライムノベル。


タイトルに込められたいろいろな意味を知るにつれ、やるせない思いがどんどん募る。負のスパイラルにはまり込むと、無意識のうちに思考回路の一部が切断されたようになり、これほどまでに選択肢が狭められるのだろうか、と気が重くなる。だが、読み進めていくうちに、だんだん藍や美代子の心の動きがわかってくると、その時選ぶ道はそれが最善のような気がしてきてしまうから恐ろしい。罪に手を染めるきっかけなんて、ほんの一回の歯車のずれだけなのかもしれないとさえ思えてくる。胸の中を冷たい風が吹き抜けるような一冊だった。

常設展示室*原田マハ

  • 2019/02/24(日) 18:41:51

常設展示室: Permanent Collection
原田 マハ
新潮社
売り上げランキング: 3,103

パリ、NY、東京。世界のどこかに、あなたが出会うべき絵がきっとある。その絵は、いつでもあなたを待っている。人生の岐路に立つ人たちが辿り着いた世界各地の美術館。巡り会う、運命を変える一枚とは――。故郷から遠く離れたNYで憧れの職に就いた美青は、ピカソの画集に夢中になる弱視の少女と出会うが……(「群青 The Color of Life」)ほか。アート小説の第一人者が描く、極上の6篇。


ピカソの「群青」、フェルメールの「デルフトの展望」、ラファエロの「マドンナ(聖母)」、ゴッホの「薔薇色の人生」、マティスの「豪奢」、東山魁夷の「道」という六つの絵画にまつわる六つの人生のドラマの物語である。人それぞれ、さまざまな人生のひとコマに寄り添う一枚の絵。それがもたらす一筋の光やささやかな救い。そんなものがにじみ出てくるような愛おしさを感じる。一枚の絵によって、次に出す一歩の向きが、ほんのわずかずれることで、先の人生が変わってくることもあるのかもしれないと思わされる一冊でもあった。

ギリギリ*原田ひ香

  • 2019/01/03(木) 19:18:10

ギリギリ
ギリギリ
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原田 ひ香
KADOKAWA/角川書店 (2015-09-30)
売り上げランキング: 781,094

女性管理職として仕事に没頭する瞳。前夫の一郎太が過労死した寂しさをまぎらわすかのように、同窓会で再会した脚本家の卵の健児と再婚した。瞳と健児のもとには、一郎太の母親や不倫相手から細々と連絡があり、相談に乗ったり、一郎太の不在を嘆いたりしている。ある日、瞳はゴミ箱のなかから健児が書いた脚本の草稿を見つけ、自分が選んだ道に疑問を感じるようになるが…。


瞳の心情と健児の心情が交互に語られる。大切な人を亡くしたり、脚本家としてなかなか芽が出ない不甲斐なさを抱えていたり、お互いに頼りあってはいるが遠慮もある瞳と健児である。そこに、亡くなった前夫・一太郎の母の静江さんの存在や、一太郎の不倫相手だったという冴子さんの存在が入り込んできて、さらに素直なだけではいられなくなるのだった。何となく流れで再婚してしまったが、どことなく危うい地盤の上に立っているような不安定さが始終つきまとっていて、読む者にもどかしさを感じさせる。互いに必要としているのに素直になり切れず、かといって、はっきり問いただすこともできずに抱え込んだものは、日々積もり積もってはけ口をなくすのである。二人が前に進むには、こうするしかなかったのだろうか。切なさの残る解決でもある。とはいえ、思わず苦笑してしまうこともあったりして、軽快に読める一冊ではある。