ビブリア古書堂の事件手帖 7~栞子さんと果てない舞台~*三上延

  • 2017/05/17(水) 16:29:45


ビブリア古書堂に迫る影。太宰治自家用の『晩年』をめぐり、取り引きに訪れた老獪な道具商の男。彼はある一冊の古書を残していく―。奇妙な縁に導かれ、対峙することになった劇作家ウィリアム・シェイクスピアの古書と謎多き仕掛け。青年店員と美しき女店主は、彼女の祖父によって張り巡らされていた巧妙な罠へと嵌っていくのだった…。人から人へと受け継がれる古書と、脈々と続く家族の縁。その物語に幕引きのときがおとずれる。


完結してしまったんだなぁというのが読後の素直な気持ちである。一応八方丸く収まったので、めでたしめでたしということなのだろうが、長年の積もり積もった思いを消化して仕事をともにする母・智恵子さんと栞子さんの姿や、それをすぐそばで見守る大輔君の姿も見てみたかった気はする。今作では、いままでになかった大金が動く難しい取引が行われ、手に汗握る緊張感もあったが、行ってみれば門外漢である大輔君の存在が助けになっていることも確かで、栞子さんには公私ともになくてはならないパートナーになっている様子が、読者にとってはとてもうれしい。いつか気まぐれに続きを書いてくれないだろうか、とつい思ってしまうシリーズである。

希望荘*宮部みゆき

  • 2017/04/23(日) 18:30:21

希望荘
希望荘
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宮部 みゆき
小学館
売り上げランキング: 2,889

宮部ファン待望の14か月ぶりの現代ミステリー。特に人気の「杉村三郎シリーズ」の第4弾です。
本作品は、前作『ペテロの葬列』で、妻の不倫が原因で離婚をし、義父が経営する今多コンツェルンの仕事をも失った杉村三郎の「その後」を描きます。
失意の杉村は私立探偵としていく決意をし、探偵事務所を開業。ある日、亡き父・武藤寛二が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽を調査してほしいという依頼が舞い込む。依頼人の相沢幸司によれば、父は母の不倫による離婚後、息子と再会するまで30年の空白があった。果たして、武藤は人殺しだったのか。35年前の殺人事件の関係者を調べていくと、昨年に起きた女性殺人事件を解決するカギが……!?(表題作「希望荘」)
表題作の他に、「聖域」「砂男」「二重身(ドッペルゲンガー)」の4編を収録。


事件を引き寄せる体質の杉村三郎のその後の物語である。私立探偵になるまでの経緯よくわかる。それにしても、不運な事件を引き寄せる体質は相変わらずで、これはもう一生治りそうもない感じだが、故郷で周りの人たちに助けられながら、少しずつ地域の暮らしに溶け込み始めた杉村は、それはそれで平穏にやっていけそうでもあったのに、やはりそうはいかない運命なのだろう。杉村の解決の仕方はいつもどの事件でも相手を思いやる気持ちにあふれていて、それを一身に引き受けてしまいそうなのも心配ではある。娘の桃子ちゃんとはいい関係を築けているが、これからもそうであってほしいと願ってしまう。これからはいよいよ本格的に私立探偵杉村三郎の物語が展開されるのだろうか。ますます愉しみなシリーズである。

静かな雨*宮下奈都

  • 2017/04/07(金) 11:43:12

静かな雨
静かな雨
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宮下 奈都
文藝春秋
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「忘れても忘れても、ふたりの世界は失われない」

新しい記憶を留めておけないこよみと、彼女の存在が全てだった行助の物語。
『羊と鋼の森』と対をなす、著者の原点にして本屋大賞受賞第一作。


不運な事故で、ひと晩寝ると前の日の記憶を失くしてしまうという脳の障害を負ったたいやき屋の女性・このみさんと、生まれつき足に麻痺があり、松葉杖が手放せない行助(ユキスケ)の物語。互いのことをほとんど知らない二人だが、行助は好みさんを支えたいと強く思い、このみさんもそれを受け容れ、二人三脚の日々が始まるのである。支えるということの意味や、生きる上で人を形作るものたちのことや、その人そのものの本質というようなことについて、あれこれ考えるようになる行助と一緒に、読者もあれこれ考える。生きていくことについて、しあわせについて、人と人とのかかわりについてなど、静かなトーンの中でいろいろなことを考えさせられる一冊だった。

三鬼--三島屋変調百物語 四之続*宮部みゆき

  • 2017/03/21(火) 12:39:35

三鬼 三島屋変調百物語四之続
宮部 みゆき
日本経済新聞出版社
売り上げランキング: 2,351

江戸の洒落者たちに人気の袋物屋、神田の三島屋は“お嬢さん"のおちかが一度に一人の語り手を招き入れての変わり百物語も評判だ。訪れる客は、村でただ一人お化けを見たという百姓の娘に、夏場はそっくり休業する絶品の弁当屋、山陰の小藩の元江戸家老、心の時を十四歳で止めた老婆。亡者、憑き神、家の守り神、とあの世やあやかしの者を通して、せつない話、こわい話、悲しい話を語りだす。
「もう、胸を塞ぐものはない」それぞれの客の身の処し方に感じ入る、聞き手のおちかの身にもやがて心ゆれる出来事が……

第一話 迷いの旅籠
第二話 食客ひだる神
第三話 三鬼
第四話 おくらさま


今回はまた恐ろしくも面妖な語りばかりである。語る方も聞く方も、体力も気力も要りそうで、それを読むこちらも思わず息を詰めていることに気づかされることが再々ある。だが、語り手が心の重荷をすっと降ろして、楽な気持ちで帰っていくのはいつでもうれしいことである。おちかの聞き手ぶりもすっかり堂に入ってきたこのごろでもある。そして、今作では、おちかのこれからの生き方の標となるような出来事もあり、娘らしい人生を歩むおちかをぜひこの目で見たいものだと思わされる一冊にもなっている。

サーモン・キャッチャー the Novel*道尾秀介

  • 2017/01/27(金) 16:53:52

サーモン・キャッチャー the Novel
道尾 秀介
光文社
売り上げランキング: 230,987

君の人生は、たいしたものじゃない。でも、捨てたものでもない。場末の釣り堀「カープ・キャッチャー」には、「神」と称される釣り名人がいた。釣った魚の種類と数によるポイントを景品と交換できるこの釣り堀で、もっとも高ポイントを必要とする品を獲得できるとすれば、彼しかいない、と噂されている。浅くて小さな生け簀を巡るささやかなドラマは、しかし、どういうわけか、冴えない日々を送る六人を巻き込んで、大きな事件に発展していく―


ミーちゃんが着ていた浴衣の柄と似た赤い模様の鯉を探す物語なのに、なぜサーモン・キャッチャー?と言う疑問には、まさに最後の一文が応えてくれるのだが、「それか!?」という種明かしで、思わず笑ってしまった。ヒツギム語とはまったくふざけた言葉である。物語自体は、冴えない日々を送る六人が、なんだかんだと結びついていき、なんだかんだと危ないことに巻き込まれたりしながら、なんだかんだと心を通わせて、ほのぼのとした気分にさせてくれたりもする。見事に全員が繋がってしまうところが、そんなにうまいこといくものかと思いながらも、妙に気分が好い。これはこれで面白かったな、という一冊である。

ポイズンドーター・ホーリーマザー*湊かなえ

  • 2016/10/13(木) 20:23:32

ポイズンドーター・ホーリーマザー
湊 かなえ
光文社
売り上げランキング: 6,788

湊かなえ原点回帰! 人の心の裏の裏まで描き出す極上のイヤミス6編!!
私はあなたの奴隷じゃない! 母と娘。姉と妹。男と女--。ままならない関係、鮮やかな反転、そしてまさかの結末。あなたのまわりにもきっといる、愛しい愚か者たちが織りなすミステリー。さまざまに感情を揺さぶられる圧巻の傑作集!!


「マイディアレスト」 「ベストフレンド」 「罪深き女」 「優しい人」 「ポイズンドーター」 「ホーリーマザー」

人にはさまざまな顔がある。表に見せる顔がすべてではなく、人には見せない部分にこそ本当の顔を隠し持っていると言ってもいいだろう。そんな人間の裏側の顔を覗き見るような物語たちである。ただ、それは一面的なものではなく、悪だと思っていると、ちょっと視点を変えるだけで景色ががらりと変わることもあるので注意が必要なのである。人の裏表が描かれていると同時に、ひとりの人から聞いた話だけで判断することの危うさにも気づかされる。ハッピーエンドはなく、どれも厭な気分にさせられる物語ばかりだが、自分の裏側を見せつけられたような気もして、主人公たちを嫌いにはなりきれない一冊でもある。

メビウス・ファクトリー*三崎亜記

  • 2016/10/09(日) 17:02:20

メビウス・ファクトリー
三崎 亜記
集英社
売り上げランキング: 33,359

「この工場で奉仕するために必要なことは、愛情と使命感を持つことだ」ブラック企業を辞め、妻子を連れて地元へUターン就職したアルト。町は巨大工場を中心にシステム化されており、住民は誇りを持って働いている。しかしそこで何が作られているか、実は誰も知らない―。アルトたちも徐々に工場の「秘密」に気づきはじめ…。


疑わなければこれ以上暮らしやすい町はないかもしれない。この町で幸福に暮らしていける人は、ある意味宗教を盲信するようなタイプだったり、人の言葉に疑いを抱かず、素直に信じやすいタイプの人なのだろう。ほとんどがそんな住民で、町のめぐりに取り込まれて暮らす日々に満足していたところに、幼いころに町を出たアルトが、家族を連れて戻って来たところから、少しずつ何かが変わり始める。なぜ町の中だけですべてが完結しているのか。自分は何のために町のめぐりに取り込まれているのか。ほんのわずかの疑問の目が、ぽつりと芽生え、育つことで破綻が生じる。そこから町のめぐりに破綻は生じるのだろうか。読者の期待は膨らむが……。結局、何ひとつ真実は明かされないままであり、それは消化不良を起こし、もどかしさは募るが、だからこそ更なる想像力を掻き立てられもする。いずれにしても、これまで通りということはないだろう。胸のざわめきが治まらないままの一冊でもある。

スタフ staph*道尾秀介

  • 2016/08/30(火) 07:24:53

スタフ staph
スタフ staph
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道尾 秀介
文藝春秋
売り上げランキング: 22,917

街をワゴンで駆けながら、料理を売って生計をたてる女性、夏都。彼女はある誘拐事件をきっかけに、中学生アイドルのカグヤに力を貸すことに。カグヤの姉である有名女優のスキャンダルを封じるため、ある女性の携帯電話からメールを消去するという、簡単なミッションのはずだったのだが―。あなたはこの罪を救えますか?想像をはるかに超えたラストで話題騒然となった「週刊文春」連載作。


大部分が、偶然が積み重なってどんどん深みにはまり、二進も三進もいかなくなる物語のように見える。だがほんとうは、そこに偶然はほんのひと欠片しかなかったのである。途中でさまざまな思いはあったにせよ、詰まるところは「寂しさ」なのだ。動機と行動がずいぶんとかけ離れているようで、そこに却って真実味を感じてしまったりもする。あまりにも切なくて可愛くて愛おしくなる一冊である。

ニセモノの妻*三崎亜記

  • 2016/08/15(月) 18:23:16

ニセモノの妻
ニセモノの妻
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三崎 亜記
新潮社
売り上げランキング: 34,311

妻――それはいちばん近くて、いちばん不可解なアナザーワールド。「もしかして、私、ニセモノなんじゃない?」。ある日、六年間連れ添った妻はこう告白し、ホンモノ捜しの奇妙な日々が始まる……。真贋に揺れる夫婦の不確かな愛情を描く表題作ほか、無人の巨大マンションで、坂ブームに揺れる町で、非日常に巻き込まれた四組の夫婦物語。奇想の町を描く実力派作家が到達した、愛おしき新境地。


表題作のほか、「終の筈の住処」 「坂」 「断層」

いつものように、現実世界からほんのわずかずれた隙間に呑み込まれたような物語ではあるのだが、味わいがいつもとは微妙に違う。夫婦を描いたからなのか、それとも別の理由なのかはよく判らない。どの物語も理不尽だが、現実世界とは価値観も違っているせいか、不満の持って行きようがないのでなおさらもやもやする。最後の物語「断層」は普通の設定だったら新婚さんがただいちゃついているだけのようなのだが、この設定で読むと、あまりにも切なすぎて許せてしまうから不思議である。それにしてもいつもながらに、自分では入り込みたくない世界だと思わされる一冊である。

ユートピア*湊かなえ

  • 2016/06/09(木) 18:35:48

ユートピア
ユートピア
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湊 かなえ
集英社
売り上げランキング: 5,800

善意は、悪意より恐ろしい。
足の不自由な小学生・久美香の存在をきっかけに、母親たちがボランティア基金「クララの翼」を設立。
しかし些細な価値観のズレから連帯が軋みはじめ、やがて不穏な事件が姿を表わす――。
湊かなえが放つ、心理サスペンスの決定版。

地方の商店街に古くから続く仏具店の嫁・菜々子と、夫の転勤がきっかけで社宅住まいをしている妻・光稀、移住してきた陶芸家・すみれ。
美しい海辺の町で、立場の違う3人の女性たちが出会う。
「誰かのために役に立ちたい」という思いを抱え、それぞれの理想郷を探すが――。


菜々子、光稀、すみれという育ちも立場も三者三様の女性たちを軸に、彼女らの娘たち、地の人たちと他所から来た人たちの関係性、過去の殺人事件、とさまざまな要素が絡み合い、それぞれの思惑がもつれ合って表面的には穏やかな鼻崎町にどす黒い淀みとなっている様から目が離せない。同じものを見て同じ体験をしても、各自が自分を中心に置いて受け取れば、こうも違った景色になるのかということにも、もどかしさを感じつつ興味深く、その先を知りたくさせる要素のひとつである。終盤、過去の殺人事件を絡めてラストに向かう辺りから、いささか先を急ぎ過ぎたような印象であり、あまりにもあっけなかったようにも思われる。ただ、母親たちのせめぎあいに目を奪われている陰で、子どもたちにも子どもたちなりの真剣な悩みがあったことを思うと、切なくやるせなくもある。結局は真に分かり合えたとは言えず、胸に澱むものを残して終わった一冊である。

江ノ島西浦写真館*三上延

  • 2016/02/19(金) 09:40:44

江ノ島西浦写真館
江ノ島西浦写真館
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三上 延
光文社
売り上げランキング: 8,524

江ノ島の路地の奥、ひっそりとした入り江に佇む「江ノ島西浦写真館」。百年間営業を続けたその写真館は、館主の死により幕を閉じた。過去のある出来事から写真家の夢を諦めていた孫の桂木繭は、祖母の遺品整理のため写真館を訪れる。そこには注文したまま誰も受け取りに来ない、とごか歪な「未渡し写真」の詰まった缶があった。繭は写真を受け取りに来た青年・真鳥と共に、写真の謎を解き、注文主に返していくが―。


ビブリア古書堂の趣をそのままに、舞台を江ノ島の写真館に移したような物語である。主人公の繭は、写真館を営む祖母の手ほどきで、写真に興味を持ち、専門学校に通うようになるが、そこで、自分の考えの足りなさから、自ら撮った写真によってある人物を傷つけてしまう。それをトラウマとしてずっと胸に抱え続け、それ以後カメラさえ手放して写真から遠ざかる暮らしをしていたが、祖母が亡くなり、遺品整理のために写真館を訪れなければならなくなった。そこで出会った真鳥秋孝や、残されていた未渡しの写真に絡む謎を、繭が解き明かしていくのである。閉じられた写真館に残された写真、というどこか暗い雰囲気が、繭の心象ともマッチしていて、趣きのある風景になり、しっとりとした時間が流れる印象になっている。ラストの種明かしには、閉じられていた窓を開け放ったような明るさが感じられて、ほっとさせてくれる。やさしい一冊である。

リバース*湊かなえ

  • 2016/01/23(土) 18:52:09

リバース
リバース
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湊 かなえ
講談社
売り上げランキング: 19,810

深瀬和久は、事務機会社に勤めるしがないサラリーマン。今までの人生でも、取り立てて目立つこともなく、平凡を絵に描いたような男だ。趣味と呼べるようなことはそう多くはなく、敢えていうのであればコーヒーを飲むこと。そんな深瀬が、今、唯一落ち着ける場所がある。それは〈クローバー・コーヒー〉というコーヒー豆専門店だ。豆を売っている横で、実際にコーヒーを飲むことも出来る。深瀬は毎日のようにここに来ている。ある日、深瀬がいつも座る席に、見知らぬ女性が座っていた。彼女は、近所のパン屋で働く越智美穂子という女性だった。その後もしばしばここで会い、やがて二人は付き合うことになる。そろそろ関係を深めようと思っていた矢先、二人の関係に大きな亀裂が入ってしまう。美穂子に『深瀬和久は人殺しだ』という告発文が入った手紙が送りつけられたのだ。だれが、なんのために――。
深瀬はついに、自分の心に閉じ込めていた、ある出来事を美穂子に話し始める。全てを聞いた美穂子は、深瀬のもとを去ってしまう。そして同様の告発文が、ある出来事を共有していた大学時代のゼミ仲間にも送りつけられていたことが発覚する。”あの件”を誰かが蒸し返そうとしているのか。真相を探るべく、深瀬は動き出す。


大学のゼミ仲間と友人の別荘に出かけたとき、遅れてきた別荘の主本人を車で迎えに行った広沢が、崖から落ちて亡くなった。そのことを胸に抱えて社会人になった深瀬たちに、「人殺しだ」という告発文が届き、事態が新たに動き出す。広沢のことを知りたいと、彼をよく知る昔の友人たちに話を聴いて回る深瀬だったが……。それぞれの身勝手さ、心の弱さ、保身など、さまざまな面があぶりだされる中、最後の最後の最後の最後にとんでもない事実が明らかになるのである。まさにオセロゲームの白黒が一瞬にして入れ替わるように、世界の見え方が裏返るのである。一瞬思わず息を呑んだ。最後にタイトルの意味に納得する一冊である。

絶唱*湊かなえ

  • 2015/12/18(金) 07:11:47

絶唱
絶唱
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湊 かなえ
新潮社
売り上げランキング: 103,583

悲しみしかないと、思っていた。でも。死は悲しむべきものじゃない――南の島の、その人は言った。心を取り戻すために、約束を果たすために、逃げ出すために。忘れられないあの日のために。別れを受け止めるために――。「死」に打ちのめされ、自分を見失いかけていた。そんな彼女たちが秘密を抱えたまま辿りついた場所は、太平洋に浮かぶ島。そこで生まれたそれぞれの「希望」のかたちとは? 〝喪失〞から、物語は生まれる――。


阪神淡路大震災からちょうど二十年目のその日に出版された一冊である。二十年という月日が、物語にするために必要だったのだと思うと、胸に迫るものがある。直接的、間接的に、大震災で負った傷を背負って、逃げるように、あるいは祈るように、南の島にたどり着いた女性たちの、いままでとこれから、そして圧倒的ないまが描かれている。悲しみや苦しみを忘れ、捨て去るのではなく,認めて受け容れられてこそ、次のステップに臨めるのだと教えられる気がする。少しずつリンクする彼女たちの人生。僅かでもかかわることで、互いのこれからに良い影響を与え合っているようにも思えてほっとする。ここからが始まりなのだと思わされる一冊である。

羊と鋼の森*宮下奈都

  • 2015/11/07(土) 20:58:05

羊と鋼の森
羊と鋼の森
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宮下 奈都
文藝春秋
売り上げランキング: 6,701

ゆるされている。世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか。言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。


とても優しい物語である。そして、青い炎のような静か情熱が伝わってくるようである。弟と比べて劣っているのではないかと、自分に自信を持てずにいた外村少年は、高校の体育館のピアノの調律をする板鳥と出会ったことで、進むべき道を見つけたのである。ピアノも弾けないし、それまでクラシックに興味もなかった外村だったが、板鳥に紹介された専門学校で努力し、調律師になる。先輩調律師たちがピアノに向かう姿勢や、思うようにできない外村の歯がゆさ、お客さんそれぞれの事情など、さまざまあるなかで、外村の独特の感性がどんどんピアノと彼とを近づけているように思えてきて、あたたかいものが胸にこみ上げてくるような心地になる。心が洗われるような一冊だった。

あの家に暮らす四人の女*三浦しをん

  • 2015/11/02(月) 16:57:47

あの家に暮らす四人の女
三浦 しをん
中央公論新社
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謎の老人の活躍としくじり。ストーカー男の闖入。いつしか重なりあう、生者と死者の声―古びた洋館に住む女四人の日常は、今日も豊かでかしましい。谷崎潤一郎メモリアル特別小説作品。ざんねんな女たちの、現代版『細雪』。


細雪と雰囲気は全く違うが、鶴代と佐知が実の母娘である以外は、雪乃も多恵美も希薄なつながりの人々である。それぞれの事情で、杉並にある佐知親子の邸で一緒に暮らすようになるのだが、そのことで何かが劇的に変わるわけでもなく、鶴代と佐知の暮らしは、それまでとあまり変わらずに淡々と続いている。ただ、佐知が生まれてすぐ家を出たまま行方知れずの父のことを考えるきっかけになったり、雪乃や多恵美がもたらす外の世界のあれこれを、佐知なりに受け止めたりはするようになり、自分の行く末のことに思いを致したりもするのである。不思議な共同生活ながら、なんとなくお互いの気配を感じ、頼りあうこともありながら上手くいっているのが、読みながら次第に心地よくなっていく。途中、父の魂が活躍(?)する辺りに多少の違和感はあったが、読み終えてみれば、現代版細雪かもしれないと思えてくる一冊である。