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天空の密室*未須本有生
- 2022/08/06(土) 16:31:17
令和X年クルマが東京の空を飛ぶ!!
空飛ぶクルマ『エアモービル』研究開発の光と影をえぐる本格ミステリー
自動車部品メーカー・モービルリライアントは、さらなる発展を期して航空業界へと進出した。下請け体質からの脱却を図るべく新規事業を立ち上げ、1人乗り飛行体・エアモービルの開発に乗り出す。試行錯誤の末、試作3号機は公海上での飛行試験までこぎつけたが……
湾岸の高層オフィスビルの屋上にバラバラ死体が入ったスーツケースが置かれていた。その場所へは警備システムが完備した屋内非常階段を上がるか、ヘリコプターで空からアクセスするしか方法がない。だがいずれもその形跡がなく、死体がどうやって運ばれたか特定できないまま捜査は難航する。
空飛ぶ車の開発と実証実験への困難な道筋、中学時代のいじめとその後の関係、理不尽な対応に対する怒り、などなど、さまざまな要因が重なった末の殺人事件であるが、発見された場所が、ほとんど出入りのない高層ビルの屋上ということで、捜査は難航する。だが、ある時突然事態は急展開を迎えることになる。それがまさかこんなことだとは。いままでにない、謎解きで、新鮮ではあるものの、ミステリとしてはどうなのか、という気持ちもなくはない。とはいえ、現実的に車が空を飛ぶことが日常になったら、ミステリの在りようもいまとは変わってくるのかもしれないとも思わされた一冊だった。
ビブリア古書堂の事件手帖 Ⅲ ~扉子と虚ろな夢~*三上延
- 2022/07/08(金) 07:22:31
物語は母から娘へ――。ビブリア古書堂の事件手帖、新シリーズ第3弾!
春の霧雨が音もなく降り注ぐ北鎌倉。古書に纏わる特別な相談を請け負うビブリアに、新たな依頼人の姿があった。
ある古書店の跡取り息子の死により遺された約千冊の蔵書。高校生になる少年が相続するはずだった形見の本を、古書店の主でもある彼の祖父は、あろうことか全て売り払おうとしているという。
なぜ――不可解さを抱えながら、ビブリアも出店する即売会場で説得を試みる店主たち。そして、偶然依頼を耳にした店主の娘も、静かに謎へと近づいていく――。
+++
プロローグ・五日前
初日・映画パンフレット『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』
間章一・五日前
二日目・樋口一葉『通俗書簡文』
間章二・半年前
最終日・夢野久作『ドグラ・マグラ』
エピローグ・一ヶ月後
謎解きの主役は、扉子に移り変わりつつ、肝心なところは栞子さんがきちんと締めているところが、ほほえましくもある。少しずつ世代交代が進んでいくのだろう。今回は、依頼人の家族の在りようの物語だったが、それだけではなく、篠川家のこれからの物語でもあるような気がする。栞子の母の智恵子の存在が、どうにも計り知れなくて、次は恭一郎に何を吹き込み、大輔にどう働きかけるのかが気になって仕方がない。平和なときが来ることを祈りながら、次を待ちたいシリーズである。
ミステリーは非日常とともに!*未須本有生
- 2022/07/03(日) 18:23:29
ミステリー作家、デザイナー、映像作家、警察官僚の友人たちが自身の経験と知識を駆使し非日常で繰り広げられる日常の謎に挑む中編集!!
豪華クルーズ船で行われる謎解きゲーム、苦労して手に入れた旧いクルマにまつわる悲喜こもごも。
ファンとの交流会を豪華客船で行う企画を受けたミステリー作家の高沢のりおだが、クルーズ中に客船にまつわるトリックを二社分作らなくてはならなくなった。高沢は友人でかつて航空機に関わっていた倉崎に同行をたのみ、彼の工学的な知識に頼ろうと考える。高沢の苦難の旅が始まる。
念願の旧いBMWを手に入れた映像作家の深川は友人たちに自慢するためにドライブに誘う。旧いクルマ特有の問題に悩まされながらも楽しんでいる深川だが、友人の警察官僚・園部から車に関する謎を相談される。
「クルーズはミステリーとともに!」
「ドライブは旧き良きクルマとともに!」
豪華客船のクルーズも、いつどんな状況で動かなくなるか判らない旧い車でのドライブも、間違いなく非日常感満載である。そして、クルーズ船の旅の間にトリックを考え出し、参加者に解いてもらうというイベントがまた新しい趣向である。車の方も、旧い車をはらはらしながら愉しんでいたと思ったら、いつの間にかちゃんと事件の謎解きになっているあたり、さすがである。前作から引き続き登場するさまざまなジャンルのメンバーの個性とともに、存分に愉しめる一冊である。
絶対解答可能な理不尽すぎる謎*未須本有男
- 2022/05/23(月) 06:47:09
七人の素人探偵が、ともに日常の謎を解く! 現代における「謎」は複雑すぎて、天才探偵が、たった一人で解決できる時代ではない! 理系作家が新たに提案するのは、「特殊な専門性」を持つ七人の素人探偵たちが、「理不尽すぎる謎」を解き明かす「新感覚ミステリー」! ミステリー作家・高沢のりおの周囲には、「謎」に満ちた事件が起きる。
高沢は、自宅で何者かに殴られ、血を流して仰向けに倒れていた。相談があるといって呼び出されていたデザイナーや、ワイン評論家、編集者らが、「美人の罠に陥った」小説家殴打事件の謎を解く。知れば必ず人に話したくなる「うんちく」が満載のミステリー短篇を六話収録。 「大相撲殺人事件」の著者であり、ミステリー評論家 小森健太朗氏も「登場する作家・高沢のりお って、俺だよね!?この名探偵ものへの大胆な挑戦状を受けて立つ! 」と大絶賛!
日常の中にあるちょっとした謎を、複数人で解き明かすという趣向の連作短編集である。探偵役は、探偵としてのプロではなく、誰かのつてをたどって知恵を寄せ合うことになった、さまざまな分野でのプロたちなのである。ひとりでは解決できない事々も、それぞれの知識を持ち寄ることで、解決可能になる。一度その快感に味を占めた後は、七人が、次の機会にも自然に七人として行動するようになるのもおもしろい。人脈の妙も感じられるし、同じ場面を目にしたときのそれぞれの目のつけ所の興味深い。面白い趣向の一冊だった。
ランチ探偵 彼女は謎に恋をする*水生大海
- 2022/05/07(土) 06:52:28
すべての構図が、見えました――
美味しい謎を、いただきます!
ランチ合コンにいそしむ阿久津麗子と謎には目がない天野ゆいかの迷コンビには、
コロナ禍のなかでも新たな出会いが待っていた。
学校の廊下に置かれていたお稲荷さん、百貨店に届いた不穏な脅迫メール、
キッチンカーへの嫌がらせ…合コン相手が持ち込む謎に目を輝かせ推理するゆいかに、
麗子は天を仰ぎ…。
恋の行方も気になる本格グルメミステリー。 目次
MENU1 お稲荷さん、いまは消え
MENU2 アンモナイトは百貨店の夢を見るか
MENU3 ずっとお家で暮らしてる
MWNU4 五月はたそがれの国
MENU5 天の光は希望の星
解説/青木千恵
ランチ合コンも、コロナ禍の影響でままならないことが多い。それでも新作を出す著者の意気込みに拍手である。というか、出会いの探求者・麗子さんの意気込みに突き動かされた結果かもしれない。一方のゆいかはあまり気乗りしないようだが、そこは麗子さんの秘策で背中を押す場面も。ままならないとはいえ、おいしそうな料理の描写は相変わらずで、思わずのめり込んでしまう。今回も、ゆいかの観察眼と洞察力が冴えていて、オンライン上でもそれは変わらないようである。早く当たり前のランチ合コンができるようになることを祈りたくなるシリーズである。
博多さっぱそうらん記*三崎亜記
- 2022/02/15(火) 16:36:59
博多VS.福岡、100年以上にわたる因縁の対決が令和の時代に再燃!?
生粋の博多っ子のかなめは、高校時代に片思いをしていた博と再会。しかし博はアンチ博多人間になっていた! ふたりは突然、「福岡」の文字がすべて「博多」に入れ替わった「羽片世界」に迷い込んでしまい!?
博多や福岡の名所や由来がいろいろ出てきて、時空を超えた観光案内のようでもある。古い言葉も織り交ぜた博多弁のリズムが絶妙で、しばらく福岡で暮らしたことがあるわたしとしては、個人的に懐かしくもある。あの駅前の陥没事故がこんな理由で起こったのか、とか、現代の実際の事象から過去の因縁に引き込まれると、より現実味を帯びて感じられてしまうから不思議である。著者らしいひねくれ方で(誉め言葉である)愉しめる一冊だった。
N*道尾秀介
- 2022/02/07(月) 06:47:34
全六章。読む順番で、世界が変わる。
あなた自身がつくる720通りの物語。
すべての始まりは何だったのか。
結末はいったいどこにあるのか。
「魔法の鼻を持つ犬」とともに教え子の秘密を探る理科教師。
「死んでくれない?」鳥がしゃべった言葉の謎を解く高校生。
定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。
殺した恋人の遺体を消し去ってくれた、正体不明の侵入者。
ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護師。
殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。
道尾秀介が「一冊の本」の概念を変える。
いままで見たことのない本である。どの章から読み始め、どんな順番で読んでも物語が成り立つというのももちろん、章ごとに、本を物理的に反転させて読む、という作り方も斬新である。次の物語に移るまでにワンクッション置くことで、時空を切り替える効果もあるような気がする。物語はゆるく繋がり、人物も出来事も、シンクロしていて、あの時あの出来事の裏では、この人がこんなことをしていたのかと、あとになって納得させられることも多い。その感覚が新鮮であり興味深い。象徴的な存在である天使の梯子が作る花が、切なさとあたたかさを同時に感じさせてくれる一冊だった。
あなたが選ぶ結末は*水生大海
- 2022/02/02(水) 06:50:15
最後の最後で読者がそれまで見てきたものとは違った景色を提示する「どんでん返し」。
前作『最後のページをめくるまで』で見せた鮮やかなどんでん返しを、本作でも再び実現!
「俺の話を聞け」から「真実」まで全五編を収録した驚きの短編集。
ひとつひとつの物語の結末は、読者の想像にゆだねられているようなすっきりしない終わり方をしており、最後にそのもやもやに、ひとつひとつ答えを与えていくという作りである。とはいえ、真相は、途中から何となく想像がつき、無理があるのでは、と思わされる部分もなくはないので、何もかもがすっきり腑に落ちるというわけでもなかったのが、少し残念な気がする。事件の真相に周りからじわじわと迫っていく手法は、なかなか愉しめる一冊だった。
エレジーは流れない*三浦しをん
- 2022/01/28(金) 06:57:07
海と山に囲まれた餅湯温泉。団体旅行客で賑わっていたかつての面影はとうにない。
のどかでさびれた町に暮らす高校2年生の怜は、複雑な家庭の事情、迫りくる進路選択、
自由奔放な友人たちに振りまわされ、悩み多き日々を送っている。
そんななか、餅湯博物館から縄文式土器が盗まれたとのニュースが……。
どこにでもあるような、かつてはにぎわった観光地に暮らす、ごくごく普通の人々のあれこれが描かれている。ことに、高校生たちの、何気ないおバカな日常や、気負ったところのない頭の中の描写が、絶妙である。何か特別なことがなくても、夢や希望にあふれていなくても、人は成長するし生きていける。そして、複雑な事情があろうとなかろうと、愛と思いやりに包まれているのだと、信じさせてくれる。それぞれが、その人にしかないものを持っていて、人と比べることなど何もないのだと、肯定感に包まれる一冊でもある。
共犯者*三羽省吾
- 2021/12/09(木) 16:25:11
デビュー20年、著者最高到達点となる、衝撃ミステリーサスペンス。
お前は、誰を守ろうとしてるんだ?
迷走する警察。暴走する世論。壊れゆく家族。
ひとつの殺人事件が、隠された過去の真相を炙り出していく。
その罪は赦されるか。愛と憎しみの衝撃サスペンスミステリー。
岐阜県の山中で顔面を激しく損壊された男性の遺体が発見された。取材に赴いた週刊誌記者の宮治は、警察が何かを隠していると疑う。隣県にはひとつ歳下の弟・夏樹が住んでいた。久々に弟の部屋に立ち寄った宮治は、その言動に不信感を抱く。弟が事件になんらか関わっているのかもしれない。報道の使命を貫くか、家族を守るか、宮治は揺れ動くが……。
家族とは何だろう。血縁であるということだけで、そうとは言えない。積み重ねてきた日々の事々のひとつひとつが、家族という共同体を築き上げていくのかもしれない。そこに、信頼や安心感が生まれ、互いを認め合い尊重し合う関係性が作られていくのだろう。とは言え、ただ血縁であるというそのことが、後の人生に大きな影響を与えることもある。難しいものである。読んでいる間も、読後も、切なさやるせなさが胸を満たす。虐待、報道の在り方など、考えさせられることも多い一冊だった。
雷神*道尾秀介
- 2021/11/19(金) 16:14:31
埼玉で小料理屋を営む藤原幸人のもとにかかってきた一本の脅迫電話。それが惨劇の始まりだった。
昭和の終わり、藤原家に降りかかった「母の不審死」と「毒殺事件」。
真相を解き明かすべく、幸人は姉の亜沙実らとともに、30年の時を経て、因習残る故郷へと潜入調査を試みる。
すべては、19歳の一人娘・夕見を守るために……。
なぜ、母は死んだのか。父は本当に「罪」を犯したのか。
村の伝統祭〈神鳴講〉が行われたあの日、事件の発端となった一筋の雷撃。後に世間を震撼させる一通の手紙。父が生涯隠し続けた一枚の写真。そして、現代で繰り広げられる新たな悲劇――。
ささいな善意と隠された悪意。決して交わるはずのなかった運命が交錯するとき、怒涛のクライマックスが訪れる。
あの四人さえいなければ、これほど悲惨で後々まで哀しみを引きずる出来事にはならなかったのではないか。そう思うと、男たちの身勝手さが心底恨めしい。そして、胸の裡に渦巻く不安と、罪の意識などによる思いこみと勘違いによって、さらに事態は悪い方に転がってしまう。誰もが大切な人を思いやり、互いに大事なことを隠し合ったがための悲劇もある。それらがすべて白日の下にさらされた時、哀しみはさらに募り、胸が締めつけられる。できれば、三十一年前の宵宮の前日に時を戻したいものである。何とか前を向いて生きてほしいと祈る思いにさせられる一冊である。
のっけから失礼します*三浦しをん
- 2021/09/13(月) 16:29:03
雑誌「BAILA」での連載に、紀州パンダ紀行など、とっておきの書き下ろし5本を加えた「構想5年!」(著者談)の超大作(?)エッセイ集。
タクシーで運転手さんと繰り広げられる面白トーク、漫画や三代目J Soul Brothers への熱き想い、家族との心温まるエピソード……。
ありふれた日常がこんなにも笑い(ときどきほろっと)に包まれているなんて!
当代きっての人気作家、三浦しをんワールドが炸裂する、抱腹絶倒の1冊。
思った通りというか、想像以上に曲者のエッセイである。著者の筆致はもちろんのこと、その暮らしぶりにも、ある種ポリシーと言ってしまってもいいような個性があって、個人的に共感できる部分はさほど多くないのだが、何となく納得させられながら引き込まれていく感じが不思議である。基本的に小説家のエッセイは苦手なのだが、これは、小説を邪魔しないエッセイと言えるかもしれない。音読はしにくい一冊である。
カケラ*湊かなえ
- 2021/07/29(木) 16:24:41
美容クリニックに勤める医師の橘久乃は、久しぶりに訪ねてきた幼なじみから「やせたい」という相談を受ける。カウンセリングをしていると、小学校時代の同級生・横網八重子の思い出話になった。幼なじみいわく、八重子には娘がいて、その娘は、高校二年から徐々に学校に行かなくなり、卒業後、ドーナツがばらまかれた部屋で亡くなっているのが見つかったという。母が揚げるドーナツが大好物で、それが激太りの原因とも言われていた。もともと明るく運動神経もよかったというその少女は、なぜ死を選んだのか――?
「美容整形」をテーマに、外見にまつわる固定観念や、人の幸せのありかを見つめる、心理ミステリ長編。
美容整形外科医の橘久乃のクリニックを訪れ、痩せたいと訴えるかつての同級生から話を聴くうちに、太っていたほかの同級生のことに話が及び、その娘の自殺のことにも触れられる。その真実を知るため、久乃は関係者に話を聴くのだが、ひとつの章が、ひとりの語りになっていて、少しずつ積み重なって次第に真実があぶり出されるのかと期待が膨らむ。美容整形の場が舞台になっていて、美しさの基準や価値について考えさせられる物語ではあるのだが、謎解きの本筋はそこではない気がする。愛情とか、信頼とか、承認欲求とか、無条件に安心していられる場所への希求とか。それらを失ったとわかった時に、人は想像以上に脆くなるのではないだろうか。提示されたものと結末の落としどころに、多少の違和感を覚えた一冊でもあった。
ドキュメント*湊かなえ
- 2021/07/27(火) 18:45:51
湊かなえ最新刊! 興奮と感動の高校部活小説!
人と人。対面でのコミュニケーションがむずかしくなった今だからこそ、
「”伝える”って何だ?」ということを、青海学院放送部のみんなと、真剣に考えてみました。 ――湊かなえ
中学時代に陸上で全国大会を目指していた町田圭祐は、交通事故に遭い高校では放送部に入ることに。圭祐を誘った正也、久米さんたちと放送コンテストのラジオドラマ部門で全国大会準決勝まで進むも、惜しくも決勝には行けなかった。三年生引退後、圭祐らは新たにテレビドキュメント部門の題材としてドローンを駆使して陸上部を撮影していく。やがて映像の中に、煙草を持って陸上部の部室から出てくる同級生の良太の姿が発見された。圭祐が真実を探っていくと、計画を企てた意外な人物が明らかになって……。
著者のイヤミスを期待して読むと、肩透かし気分になるかもしれない。まったく趣の違う物語である。舞台は高校の部活、しかも放送部である。「伝える」ということに焦点を当てて、部員たちそれぞれの、これまでの人生や、取材対象の人間関係まで絡めて、何を伝えたいか、どう伝えたいか、さらには、伝わらないもどかしさと、俯瞰して眺めること、その先を見据える大切さなどを、成功体験や失敗体験を通して、ひとつずつ納得し、成長していく過程が描かれている。自分のふがいなさに地団太を踏みたくなる姿は、胸に迫ってきて、何とかしてやりたくなるし、先輩たちの考え方の大きさには拍手を送りたくなる。部員たちそれぞれに寄り添って、一度にいくつもの人生を生きた心地にもなれる一冊と言えるかもしれない。
きたきた捕物帖*宮部みゆき
- 2021/05/03(月) 18:47:03
宮部みゆき、久々の新シリーズ始動! 謎解き×怪異×人情が味わえて、著者が「生涯、書き続けたい」という捕物帖であり、宮部ワールドの要となるシリーズだ。
舞台は江戸深川。いまだ下っ端で、岡っ引きの見習いでしかない北一(16歳)は、亡くなった千吉親分の本業だった文庫売り(本や小間物を入れる箱を売る商売)で生計を立てている。やがて自前の文庫をつくり、売ることができる日を夢見て……。
本書は、ちょっと気弱な主人公・北一が、やがて相棒となる喜多次と出逢い、親分のおかみさんや周りの人たちの協力を得て、事件や不思議な出来事を解き明かしつつ、成長していく物語。
北一が住んでいるのは、『桜ほうさら』の主人公・笙之介が住んでいた富勘長屋。さらに『<完本>初ものがたり』に登場する謎の稲荷寿司屋の正体も明らかになるなど、宮部ファンにとってはたまらない仕掛けが散りばめられているのだ。
今の社会に漂う閉塞感を吹き飛ばしてくれる、痛快で読み応えのある時代ミステリー。
新シリーズの始まりである。人望のある岡っ引き・千吉親分が、シリーズが始まったとたんにあの世の人になってしまい、どうなることかと思っていたら、幼いころに拾われて世話になっていた北一が、千吉親分のおかみさんである盲目の松葉の知恵を借り、その手足となって、尊敬する親分の後を継いでいく物語になりそうで、愉しみである。相棒になりそうな喜多次とも出会って、北一がどんどん頼もしくなっていきそうな予感である。これからますます愉しみなシリーズである。
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