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風は西から*村山由佳
- 2018/05/18(金) 16:30:05
大手居酒屋チェーン「山背」に就職し、繁盛店の店長となり、張り切って働いていた健介が、突然自ら命を絶ってしまった。大手食品メーカー「銀のさじ」に務める恋人の千秋は、自分を責めた――なぜ、彼の辛さを分かってあげられなかったのか。なぜ、彼からの「最後」の電話に心ない言葉を言ってしまったのか。悲しみにくれながらも、健介の自殺は「労災」ではないのか、その真相を突き止めることが健介のために、自分ができることではないか、と千秋は気づく。そして、やはり、息子の死の真相を知りたいと願う健介の両親と共に、大企業を相手に戦うことを誓う。小さな人間が秘めている「強さ」を描く、社会派エンターテインメント。
過労死、ことに過労自殺に焦点を当てた物語である。現実に起こった出来事を下敷きにしているせいもあり、遺族の憤りや口惜しさがリアルに伝わってくる。過労自殺に至る以前の、健介と千秋の二人の関係が、あまりにもあたたかく、幸福に包まれて充実しているので、過重労働によるすれ違いや、気持ちのささくれ、実際に顔を合わせて話ができないことからくる誤解などがつぶさに見て取れて、胸が痛くなる。ずぶずぶとアリジゴクに囚われていくさまを、客観的に眺められるので、何度も押しとどめたい思いに駆られる。取り返しがつかなくなる前に何とかならなかったのか。誰しもがそう思うだろうが、本作を読む限り、それがものすごく難しいことも思い知らされ、愕然とさせられる。最終的には和解という決着に辿り着いたわけだが、それでも健介は戻ってこないのだということが、いっそうやりきれない思いにさせる。一気に読み進んだ一冊である。
色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年*村上春樹
- 2018/03/14(水) 16:39:29
文藝春秋 (2013-04-12)
売り上げランキング: 54,949
良いニュースと悪いニュースがある。多崎つくるにとって駅をつくることは、心を世界につなぎとめておくための営みだった。あるポイントまでは…。
表面的にはとても恵まれた人生を送っているように見える多崎つくるの内面の物語である。高校時代にほんの偶然によって集められた男女五人のグループが、その時代の彼らにとって何ひとつ欠けることのない円環のように、ある意味閉じた充足の世界を作りだし、ある日突然、なんの思い当たることもないにもかかわらず、その輪からはじき出された結果、これ以上失うものがないかのような精神状態になり、始終死と隣り合わせのような日々を過ごした後、ほんの些細なきっかけで色のついた世界に戻って来た多崎つくるのそれからの事々である。他者から見える自分と、自覚的な自分との乖離は、ある年代に誰もが経験することだと思うが、彼の場合、必要充分な円環の中にいるときでさえ、そのことにコンプレックスを感じており、はじき出されてからというもの、自分というものにとことん実感を持てなくなっているように見受けられる。そんな彼をつなぎとめてくれたのが、二歳年上の沙羅であり、また別の生きる苦悩を与えたのも同じく彼女だった。多崎つくるのこれからの人生がどんな色彩を帯びていくのか、ラストでは曖昧にされたままだが、生を感じられるあしたが来ることを祈らずにいられない。読み手の年代や状況によって、さまざまな印象を残す一冊だとも思える。
天使の柩*村山由佳
- 2013/11/22(金) 07:04:41
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「世の中がどんなにきみを責めても、きみの味方をするよ」14歳の少女・茉莉(まり)が出会った20歳年上の画家――その人の名は、歩太(あゆた)。望まれない子どもとして育ち、家にも学校にも居場所がないまま、自分を愛せずにいる少女・茉莉。かつて最愛の人・春妃(はるひ)を亡くし、心に癒えない傷を抱え続けてきた歩太。公園で襲われていた猫を助けようとして偶然出会った二人は、少しずつ距離を近づけていく。歩太、そして彼の友人の夏姫(なつき)や慎一との出会いに、初めて心安らぐ居場所を手にした茉莉だったが、二人の幸福な時間はある事件によって大きく歪められ――。『天使の卵』から20年、『天使の梯子(はしご)』から10年。いま贈る、終わりにして始まりの物語。
前々作、前作からそんなに時間が経っていたのだと、改めて感慨深く思う。時の隔たりをまったく感じさせない本作である。どれほど時が経とうと、厭されず哀しみを抱えたままの歩太と、生まれてきたという理由で自分のことを愛せない少女・茉莉が、ふとした偶然で出会ってほんとうによかったと思える物語である。世界中にたった一人でも、無条件に自分を全肯定してくれる人がいたなら、人は笑って生きていけるのではないかと思わせてくれる一冊である。
1Q84 BOOK3<10月-12月>*村上春樹
- 2011/02/11(金) 11:28:20
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そこは世界にただひとつの完結した場所だった。どこまでも孤立しながら、孤独に染まることのない場所だった。
青豆と天吾の章に牛河の章が加わって物語りは進む。前仁作よりは、どこかにあるはずの着地点を目指して進んでいるように見える。ミステリのなぞが解き明かされるときに向かうような高揚感もある。だがいつしかそれさえも錯覚だったのかと思わされるようにもなるのだった。さきがけとはなんだったのか、老婦人の思惑とはなんだったのか、そんなあれこれがことごとく霧消してしまうような結末であると感じたのはわたしだけだろうか。言ってみればこれはただの、長い長い再会までの物語である。わたしにとっては、コースターに乗り込みじりじりと上昇したが頂上の先にはレールがなかったような心地の一冊である。
1Q84 BOOK2<7月-9月>*村上春樹
- 2010/09/19(日) 16:36:56
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Book 2
「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。
引き続き、青豆の章と天吾の章が交互に現れそれぞれに進んでいく。BOOK1のラストでは、青豆の物語はもしかすると天吾が書いている長い物語なのではないか、とチラッと思いもしたが、そうでもないようである。ふたりの物語は遥か遠くに離れているようでいて手を伸ばせば届きそうなところまで近づいたりもする。そして相変わらずに普遍的なことが語られているようでもあり、いたって具体的なことが語られているようにも見える。着地点があるのかどうか、いささか心許なくなってきてもいる。
1Q84 BOOK1<4月-6月>*村上春樹
- 2010/09/18(土) 11:11:09
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1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。
そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。
そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。
私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。
Book 1
心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。心から外に出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく。
図書館に予約して一年以上待ってやっとである。ただ正直、個人的に著者の作品とはあまり相性がよい方ではないので期待はまったくしていなかった。
スレンダーな女性・青豆の章と、がっちりした男性・天吾の章が交互に現れる構成になっている。まずは青豆。冒頭からすでに世界は捻れ歪んでいる。読者には理由は判りようもないがなにか時空の隙間のようなところに入り込んでしまった感覚に陥る。そこからはもう、現実か虚構かはどうでもいい。BOOK1はどこかにたどり着くまでの長い長い導入部のようにも思われ、早くその場所にたどり着きたい心地にさせられるが、もしかすると着地点などはどこにもないのかもしれないとも思わされる。また、具体的なあるものを暗示しているようでもあり、まったくの夢物語のようでもある。Amazonのレビューでは散々な言われようだが、少なくともわたしにとっては、プラスの期待はずれではあった。
はじめての文学:村上春樹*村上春樹
- 2007/04/19(木) 17:16:04
☆☆☆・・ 小説の面白さ、楽しさを味わうために、著者自身が用意したスペシャル・アンソロジー。はじめてのひとも、春樹ファンも欠かせない一冊。「シドニーのグリーン・ストリート」「かえるくん、東京を救う」など全17編を収録。 はじめての文学 村上春樹
村上 春樹 (2006/12/06)
文藝春秋
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村上春樹に初めて接する若い人たちに向けて著者自身の手によって選ばれた短編・掌編の数々である。
「かえるくんのいる場所」と題されたいわゆるあとがきには、それぞれの作品が生まれた背景のようなものにも触れられていて興味深い。
わたしがいちばん好きだったのは「沈黙」という人間関係の不条理、いじめ、処世術といったキーワードで語られる物語だった。著者の言葉によると、ご自身の作品の中ではいささか特殊だという。ご自身の体験を下敷きにして生まれた物語なのだとか。沈黙の意味が重い。
バラエティに富んだ作品たちなので、まさに「はじめての村上春樹」にはうってつけではないだろうか。
おいしいコーヒーのいれ方 ⅠⅡⅢ*村山由佳
- 2006/09/26(火) 11:23:43
☆☆☆・・ 高校3年生になる春、父の転勤のため、いとこ姉弟と同居するはめになった勝利。そんな彼を驚かせたのは、久しぶりに会う5歳年上のかれんの美しい変貌ぶりだった。しかも彼女は、彼の高校の新任美術教師。同じ屋根の下で暮らすうち、勝利はかれんの秘密を知り、その哀しい想いに気づいてしまう。守ってあげたい!いつしかひとりの女性としてかれんを意識しはじめる勝利。ピュアで真摯な恋の行方は。 キスまでの距離―おいしいコーヒーのいれ方〈1〉
村山 由佳 (1999/06)
集英社
この商品の詳細を見る 僕らの夏―おいしいコーヒーのいれ方〈2〉
村山 由佳 (2000/06)
集英社
この商品の詳細を見る 彼女の朝―おいしいコーヒーのいれ方〈3〉
村山 由佳 (2001/06)
集英社
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上記は<Ⅰ>の内容紹介。今現在<Ⅹ>まで出版されている。
イラストは志田正重さん。
三巻目までしか読んでいないが、おそらく十巻目まで勝利とかれんのもどかしいような恋愛模様が描かれているのだろうと思う。ラブコミックスのような さらさらきらきらと光がこぼれるような若い恋愛物語なので、三巻目まで読んで、いささかお腹いっぱい感が__。なのでここまでにしておこう。
若い人はのめり込んで読めるかもしれない。
ヘヴンリーブルー*村山由佳
- 2006/09/12(火) 17:38:04
☆☆☆・・ ヘヴンリー・ブルー
村山 由佳 (2006/08/25)
集英社
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19歳の歩太と27歳の春妃のせつなく激しい恋を描いた『天使の卵』から12年。そして『天使の梯子』から2年。29歳の妹・夏姫が回想するエモーショナルな懺悔。哀しくて、エロティックな青春の詩。
『天使の卵』では、どんなに熱い想いを歩太に抱いても報われなかった夏姫の恋。思いがけず姉・春妃に向けた恨みの言葉。狂おしい熱情と悔恨と懺悔。夏姫のモノローグで綴るせつない4つの短編。
『天使の卵』『天使の梯子』の行間を振り返って描いたような物語。
前2作を読んでいないと詳しい事情がつかみきれないところもあるかもしれない。3作でひとつの物語として読んだほうがいいかもしれない。
そういう意味では少しばかり物足りない一冊だったとも言える。
きみのためにできること*村山由佳
- 2006/06/23(金) 17:50:24
☆☆☆☆・ 恋人がふたり、僕の心に棲み始めた。 きみのためにできること
村山 由佳 (1996/11)
集英社
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深く眠った魂が呼び覚まされる・・・・・。 ――帯より
帯の惹句だと 二股をかけている浮気男の話のように思えるが、そうではない。
浮気心がまったくなかったかといえば そうでもない。
主人公の俊太郎は、高校三年のとき 関東学生映画コンクールに音に凝った映画を出品し佳作に選ばれた。そしてそのときに評価してくれた音のプロ キジマ・タカフミに憧れて音声技師の仕事に就くために、恋人のピノコを故郷の勝浦に残して上京した。
女優の鏡耀子とは、仕事を一緒にする機会があって知り合い、度重なる偶然もあって惹かれるようになるが、ピノコへの想いも揺るぎないものなので俊太郎は悩むのだった。
耀子に恋したかもしれないと悩み、ピノコに何もしてやれないと悩む俊太郎の 若さと真っ直ぐさが清々しい。そして、俊太郎のためにならないことはするまいと健気に我慢するピノコの想いもいとおしい。
こんなふたりが幸せにならなくて一体誰が幸せになれるというのか!
これからもいろいろと波はあるかもしれないが、俊太郎とピノコならきっと乗り越えていくだろう。
楽園のしっぽ*村山由佳
- 2006/04/08(土) 17:13:11
☆☆☆・・ 季節の約束ごと、肩書きなど無縁の動物たち。
大自然に囲まれた農場暮らしは、人を謙虚に、自由にしてくれる!
楽園の土の上から寄せられる、優しくつよいメッセージ、全50篇。
土と風と太陽、そして愛する動物たち
しっぽのある仲間、ない仲間、
そしてそれをとりまくすべての命にとって、
ここが楽園でありますように――
房総の丘の上、馬と犬と猫、鶏、うさぎに囲まれた自給自足の生活。
「憧れの田舎暮らし」を実現させて十余年、
自然と向き合う日々は・・・・・じつは結構ツライ。
容赦ない気候、終わりなき農作業、作物の病害虫、人の都合などお構いなしの動物たち。でも生きものとして真っ当に日々を過ごせる、ここが私にとっての「楽園」なのだ――。 ――帯より
「主人」という呼ばれ方を好まないため「相方」と呼ばれているしっぽのない仲間や種類も大きさもさまざまなしっぽのある仲間たちとの関係、そして 抗うことのできない なにか大きなもの としての自然との関係が、辛いこと愉しいこといろいろ含めてしあわせで仕方がないという感じで描かれていて、読み手までも満ち足りた心地にしてくれる。
著者自身の手に成る 巻頭の「楽園アルバム」に登場する動物たちの写真からさえもその信頼関係が滲み出しているようだ。
東京奇譚集*村上春樹
- 2005/12/18(日) 17:39:41
ふしぎな図書館*村上春樹
- 2005/08/12(金) 21:00:13
☆☆☆・・
佐々木マキさんの絵とのコラボ作品。共著の作品のカテゴリに入れるべきだったかも。
文庫本ほどのサイズなのにハードカバーで澄ました子供みたいな姿。
ぼくは、オスマントルコの税金の集め方に ふと疑問をもってしまったばっかりに、何の変哲もない市立図書館のふしぎな地下の世界に引き入れられてしまう。
大きな鉄の球を足につけられ、地下牢に閉じ込められて一ヶ月の間にオスマントルコの税金に関する三冊の本を暗記しなければならない。
地下牢の見張り役は本物そっくりの羊の皮をかぶった羊男。
美味しい三度の食事とおやつや夜食まで出してくれる。
羊男が自ら粉を練って作ってくれるドーナツは揚げたてでかりっとしていてなんとも美味しそうなのだ。
作品中でぼくも言っているが、一体どこまでが本当にあったことなのだろう。
そして、何を暗示しているのか あるいは何も暗示などしていないのかよく判らないが、とにかくふしぎだらけの一冊だった。
象の消滅*村上春樹
- 2005/06/22(水) 17:29:49
☆☆☆・・
短篇選集 1980~1991
ニューヨークが選んだ村上春樹の初期短篇17篇。
英語版と同じ作品構成で贈る
Collected short stories of Haruki Murakami
これら17の短篇は、わたしが当初期待していた通りのものとなった。
作家として多くの引き出しを持つ、驚異的なハルキの才能は、
国境を越えても揺るぎない。
ゲイリー・L・フィスケットジョン
(クノップフ社副社長/編集次長)
(カバーより)
原書のような体裁に透明のカバーが掛けられ、そこに日本語版のタイトルその他が載っている。ニューヨークの書店に並んだものを手に取ったような気分に少しだけさせられる。
英訳されたものばかり、という思いがあるせいなのか、どの短篇も翻訳調の語り口がちょっぴり鼻についた。わたしが翻訳物が苦手なせいもあるかもしれないが。
夜明けまで1マイル*村山由佳
- 2005/03/13(日) 13:57:29
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