夜行*森見登美彦

  • 2017/04/26(水) 16:16:55

夜行
夜行
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森見 登美彦
小学館
売り上げランキング: 3,387

僕らは誰も彼女のことを忘れられなかった。

私たち六人は、京都で学生時代を過ごした仲間だった。
十年前、鞍馬の火祭りを訪れた私たちの前から、長谷川さんは突然姿を消した。
十年ぶりに鞍馬に集まったのは、おそらく皆、もう一度彼女に会いたかったからだ。
夜が更けるなか、それぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。
私たちは全員、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていた。
旅の夜の怪談に、青春小説、ファンタジーの要素を織り込んだ最高傑作!
「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」


実際には、ほんの限られた場所で起こった出来事であるにもかかわらず、とてもとても遠い所へ行って帰ってきた――実際に帰ってきたのかどうかも定かではないが――ような、長旅を終えた心地になる物語である。岸田道生という銅版画家の連作「夜行」――あるいは「曙光」――をめぐる物語は、現実にあったことなのか、作品の中で起こったことなのかも定かではなく、ひとつのストーリーのページを剥がすとそこにまったく別のストーリーが同時進行しているかのようなのである。いま自分はどこにいるのか。読者は立ち位置を見失い、登場人物さえもが自分のいる場所に確信を持てずにいるようである。遠く近くなじみ深いようでいて見知らぬ顔を見せる不思議な一冊である。

人魚姫の椅子*森晶麿

  • 2017/02/24(金) 18:36:12

人魚姫の椅子
人魚姫の椅子
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森晶麿
早川書房
売り上げランキング: 338,103

瀬戸内海に面した椅子作りの町、宝松市鈴香瀬町。高校生の海野杏(うみのあん)は、毎朝海辺で小説を書きながら、椅子職人を目指す同級生・五十鈴彗斗(いすずすいと)と少しだけ話すことを日課としていた。
ある日の朝、いつものようにやってきた彗斗から、「高校をやめて町を出る」と告げられる。特別仲がよかったわけではないが、傍にいて当然の存在がいなくなることに焦りを覚える杏。
時を同じくして、杏は親友の翠(みどり)からラヴレターの代筆を頼まれる。戸惑う杏だったが、必死に頼む姿にほだされ、誰にでも好かれる、明るくてかわいい翠を思い浮かべながら、一文一文を丁寧に書きだしていく。
そのラヴレターから、小さな町を揺るがす失踪事件が始まるとも知らずに。
〈黒猫シリーズ〉の著者が描く、新たな青春ミステリ。


椅子作りに夢中になる少年と、心の内を物語として紡ぎ出す少女。芽生え始めた恋心と友情の狭間で揺れる心は、そのまま物語に込められていく。勘違い、すれ違い、若い恋にありがちなシチュエーションではあるのだが、特別な椅子作りに魅入られたある人物が現れ、思っても見ない流れに呑み込まれていく。想像するとものすごくグロテスクなのだが、人魚姫の物語とシンクロすることで、グロテスクさはいささか和らいでいる。それにしても残酷この上ないことに変わりはないだろう。ラストに光は見えるものの、その点がなんとなく腑に落ちなくもある。現実と物語とを行ったり来たりしているような心地の一冊である。

みかづき*森絵都

  • 2016/11/26(土) 13:59:18

みかづき
みかづき
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森 絵都
集英社
売り上げランキング: 848

昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い―。山あり谷あり涙あり。昭和~平成の塾業界を舞台に、三世代にわたって奮闘を続ける家族の感動巨編!


塾業界にスポットを当てた物語。しかも、まだ塾の存在がまるで知られず、認められず、却って敵視されていた昭和の時代から、塾が工夫を凝らし、発展し、塾業界という一大ジャンルを盤石のものにした現代までの、文部省、文科省、詰め込み教育、ゆとり教育、落ちこぼれ、所得格差、教育格差といった、さまざまな要因をくぐり抜けてきた変遷とともに、小学校の用務員から、塾業界の神様のようになった大島吾郎とその一家の闘いとその関係性の変化の歴史を太い軸にして描かれている。我が家は塾のお世話になったことがないので、読み始めたころは、興味が最後までもつかと、正直不安も胸に萌したが、中盤以降は惹きこまれるように読み進んだ。どんな業界にあっても、やはりそこにいるのは人であり、人と人とのつながりなのだと、改めて胸が熱くなる思いである。467ページというボリュームを感じさせない一冊である。

たまちゃんのおつかい便*森沢明夫

  • 2016/07/30(土) 18:47:37

たまちゃんのおつかい便
森沢 明夫
実業之日本社
売り上げランキング: 81,614

移動販売で「買い物弱者」に元気を届けたい!!
心にエネルギーが満ちる、癒しの感動長編

過疎化と高齢化が深刻な田舎町で「買い物弱者」を救うため、
大学を中退したたまちゃんは、移動販売の「おつかい便」をはじめる。
しかし、悩みやトラブルは尽きない。外国人の義母・シャーリーンとのいさかい、
救いきれない独居老人、大切な人との別れ……。
それでも、誰かを応援し、誰かに支えられ、にっこり笑顔で進んでいく。
心があったまって、泣ける、お仕事成長小説。

<目次>
第一章 血のつながり
第二章 ふろふき大根
第三章 涙雨に濡れちゃう
第四章 秘密の写真を見つけた
第五章 まだ、生きたい
第六章 かたつむり
あとがき


三重県で「まおちゃんのおつかい便」という移動販売をしている真央さんをモデルに出来上がった物語だそうである。交通事故で12歳の時に亡くなったお母さんの母親・静子ばあちゃんの不便さを見て、おつかい便を思いついたたまちゃんは、移動販売の先輩で、元やくざと噂されている強面の正三さんに弟子入りし、オークションで安く落札したキャリィを同級生で、常田モータースの跡取り息子の壮介に整備とペイントを任せ、やはり同級生で、引き篭もっているマッキーをチラシ作りやデザイン仕事に巻き込んで、着々と準備を進めていく。父の後妻でフィリピン人のシャーリーンは、とてもいい人なのだが、どうしてもぬぐえない違和感をもてあまし、自己嫌悪に陥るたまちゃんでもある。いろんな人からいろんな言葉をもらい、見えたり見えなかったりする助けを得ながら始まったおつかい便だが、予想外の出来事で、頓挫してしまう。だが、そんな時こそ、周りの人たちの思いやりが身に沁みるのである。嬉しい出会いあり、悲しい別れあり、舞い上がったり落ち込んだり、気持ちはさまざまだが、ひとつとして身にならないことはないと思わされる。静子ばあちゃんの最期はとても印象的で、理想的な命の幕引きだと思う。誰もがあたたかく、胸をひたひたとあたたかいもので満たされる心地の一冊である。

エミリの小さな包丁*森沢明夫

  • 2016/06/17(金) 18:28:55

エミリの小さな包丁
エミリの小さな包丁
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森沢 明夫
KADOKAWA/角川書店 (2016-04-27)
売り上げランキング: 53,813

信じていた恋人に騙され、職業もお金も、居場所さえも失った25歳のエミリ。藁にもすがる思いで10年以上連絡を取っていなかった祖父の家へ転がり込む。心に傷を負ったエミリは、人からの親切を素直に受け入れられない。しかし、淡々と包丁を研ぎ、食事を仕度する祖父の姿を見ているうちに、小さな変化が起こり始める。食に対する姿勢、人との付き合い、もののとらえ方や考え方…。周囲の人たち、そして疎遠だった親との関係を一歩踏み出そうと思い始める―。「毎日をきちんと生きる」ことは、人生を大切に歩むこと。人間の限りない温かさと心の再生を描いた、癒やしの物語。


傷心のエミリは、嫌っている母の父親で、千葉の漁師町・龍浦で、銅の風鈴を作りながらひとりで暮らしている祖父・大三の元に転がり込んだ。なにも訊かずにエミリを受け入れてくれた祖父は、自ら釣った魚やご近所さんからもらった野菜などで、毎日おいしいご飯を作ってくれる。出てくるお惣菜が、どれもこれもおいしそうで、下ごしらえの丁寧さや、素材を無駄にしないで、無駄なく使いまわす大三さんの姿勢が素敵すぎてしびれる。大三さんを通して龍浦で知り合った人たちの思いやりやあたたかさに触れ、しっかりと包丁を研ぎ、丁寧に料理をしておいしくいただく。そんな日々がエミリを少しずつ変えていく。男出入りが激しいと毛嫌いしていた母の実情は、読者にはわかったがエミリはまだ知らない。でも、大三さんが言うように、遠くない日にきっと知ることになるのだろうと思わせるラストで、希望が見えるのがいい。登場人物たちみんなのこれからをずっと見守っていたい心地にさせられる一冊である。

ピロウボーイとうずくまる女のいる風景*森晶麿

  • 2016/05/29(日) 17:24:23

ピロウボーイとうずくまる女のいる風景
森 晶麿
講談社
売り上げランキング: 297,970

貧困のどん底から、顔に深い傷跡を持つ男キムラに救われた絢野クチルは、政治家を目指して大学に通い、夜は「ピロウボーイ」として女たちと関係を持つ。「シェイクスピアを読む女」「バッハしか愛せない女」「ドヌーヴに似た女」「リキテンスタインを待つ女」女たちはみな問題を抱えているが、クチルとの関わりのなかで立ち直っていく。一方、クチルの部屋には、謎の同級生知紅が押しかけて居候となり、クチルの帰りを待っている。


恵まれない生い立ちから政治家を目指して大学に通う絢野チクル、彼に目をつけ「ピロウボーイ」に仕立て上げたキムラ、そしてその妻・冴子、チクルの部屋に押しかけてきて居ついている知紅。それぞれが只事ではない事情を抱え、願いをかけ、望みを抱きながら、ねじれた関係のなかに身を置き、しかも純粋に生きている。一見モラルも何もない自堕落な世界である印象を受けるが、登場人物が自分というものをきっちりわかっていて、背筋が伸びているように思えるので、厭な感じは全く受けず、却って清々しささえ感じられるのである。人物相関図が絡まり合っていることが、このストーリーが必然であったことを納得させる。思いがけず面白い一冊だった。

ホテル・モーリス*森晶麿

  • 2016/05/20(金) 07:30:41

ホテル・モーリス
ホテル・モーリス
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森 晶麿
講談社
売り上げランキング: 352,095

圧倒的なおもてなし。
毎日ギャングがやってくる。彼らを迎え撃つのは、伝説のホテルマンの妻、元殺し屋のチーフ・コンシェルジュ、そして新人支配人。

芹川准(せりかわじゅん)は、突如ホテルの支配人を任された。期間は六日、ギャングたちの大宴会まで。初日から早速、怪しげなカップル(ギャング&美女)とスキッパー(泊まり逃げ)疑惑のある少女がチェックインした。
伝説のホテルは、再び栄光を取り戻す──。


ドタバタコメディのようでいて、状況はこれ以上ないほどシリアス。そしてキャラクタもひと癖もふた癖もある個性派揃い。話の流れは無茶苦茶なのに、舞台はこれ以上ないおもてなしを謳うパラダイスのようなホテル。何もかもがミスマッチなのに、なぜかしっくりと納まってしまう不思議。どうしてこういう状況になっているのかということそのものがミステリであり、結構ハートウォーミングでもあるのがまたまたミスマッチでなかなかである。ホテル・モーリスの極上サービスを(もちろんギャング集団がいないときに)受けてみたいと思わせる一冊でもある。

アドカレ!戸山大学 広告代理店の挑戦*森晶麿

  • 2016/05/15(日) 06:43:05

アドカレ! 戸山大学広告代理店の挑戦 (富士見L文庫)
森 晶麿
KADOKAWA/富士見書房 (2016-01-13)
売り上げランキング: 84,800

名コピーライターだった亡き父と同じ道を目指す私は、父の母校戸山大学に入学した。意気揚々と広告概論を受講するも、中身は期待外れ、広告研究サークルは言わずもがな…。そんなとき、目に飛び込んできた学生だけの広告代理店“アド・カレッジ”の求人看板。訪れた私に、バードと名乗る代表取締役はいきなり採用試験を言い渡した。「豆腐屋のキャッチコピーを提案すること、期限は三日」豆腐屋では強面の店主が待ち構えていて…?広告業界希望者必見の青春物語


前回の戸山大学は、飲んだくれてばかりだったが、今回は真面目に励んでいて気持ちが好い。とは言え、学生生活の描写は少なく、もっぱら広告代理店の社員として働いている姿ではあるが。亡き父がらみの人間関係が幸いしたとはいえ、最終章まで名前が明かされない「私」は、コピーライターとしての素質がある。呑み込みも早いし、なにより目のつけどころがなかなかいいのではないだろうか。豆腐屋、マンション、お詫び広告、夜行列車、謎の絵コンテ、と素材も多岐にわたっていて興味深い。バードこと海月越(うみづきこえる)と、「私」=小枡歩美のこれからも気になるし、もっと続きが読みたい一冊である。

名無しの蝶は、まだ酔わない 戸山大学<スイ研>の謎と酔理*森晶麿

  • 2016/04/29(金) 18:17:49

名無しの蝶は、まだ酔わない    戸山大学〈スイ研〉の謎と酔理 (単行本)
森 晶麿
KADOKAWA/角川書店
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『ここは推理研究会ですよね?』『いかにも、ここは酔理研究会だ』―それが神酒島先輩と、私の世界を変えるサークルとの出会いだった。憧れの“スイ研”で待っていたのは、果てなき酒宴と“酔い”の理。そして不思議な瞳を持つ幹事長・神酒島先輩で―。共感度抜群!!名無しの大学生たちの青春歳時記!


基本、酔っ払い大嫌いなわたしとしては、時を選ばず酔い潰れて、無茶苦茶をしている輩の描写には、正直うんざりである。だが、〈スイ研〉の話を読もうとする時点で、それは判り切っているのだから、文句をつける筋合いではないだろう。酔ってさえいなければ、みんな個性的でいい人っぽいのが、ある意味救いか。神酒島先輩がぽろりと漏らすひと言には、含蓄があり、蝶子との掛け合いも、突き放すでもなく、甘くなりすぎるでもなく、絶妙なバランスを最後まで貫く辺りは、見事である。二人の今後が愉しみな限りである。そんなあれこれにミステリ風味をまぶしました、と言う感じの一冊である。

異類婚姻譚*本谷有希子

  • 2016/03/18(金) 18:41:29

異類婚姻譚
異類婚姻譚
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本谷 有希子
講談社
売り上げランキング: 2,529

「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。」――結婚4年の専業主婦を主人公に、他人同士が一つになる「夫婦」という形式の魔力と違和を、軽妙なユーモアと毒を込めて描く表題作ほか、「藁の夫」など短編3篇を収録。大江健三郎賞、三島由紀夫賞受賞作家の2年半ぶり、待望の最新作!


夫婦が同化していくというところにはうなずけはするが、それに違和感を覚え始めた途端に、夫の存在そのものが輪郭をあやふやにし、よく判らないものになっていくというのは、実感としてはよくわからない。目のつけどころは面白いと思うが、ここまでホラーっ気を強くしなくてもよかったのではないかという気がしなくもない。それともこれは真性のホラーなのだろうか。それならまた別の話しではある。好みが分かれる一冊かもしれない。

そして、何も残らない*森晶麿

  • 2016/03/02(水) 17:07:12

そして、何も残らない
森 晶麿
幻冬舎
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真琴は高校の卒業式を終え、既に廃校となっている母校の平静中学校を訪ねた。朽ち果てた校舎に、彼女が所属していた軽音楽部のメンバーが集められたのだ。目的は中学三年のときに部を廃部に追い込んだ教師への復讐。だが、再会を祝して全員で乾杯した瞬間、ミニコンポから、その教師の声が響き渡った。「平静中学校卒業生諸君に死を」。一同が驚愕するなか、突然メンバーのひとりが身体を痙攣させ、息を引き取る。真琴は警察に連絡をしようとするも、携帯電話の電波が届かない。しかも学校を囲む川に架かる橋が何者かによって焼き落とされ、町に戻ることができない状態になっていた…。すべて伏線、衝撃のどんでん返し…。究極の「青春+恋愛」ミステリー。


内容紹介にある通り、まさに伏線だらけである。そして、現在は高校卒業間近であると言っても、事件の発端となった中学時代のことが多く語られているのである。ほんとうにこれが中学生?と思うようなっ描写ばかりで、いささかついていけなくなる。本歌取り、というか、見立て殺人によって、橋が壊されて閉じ込められた廃校で、次々にかつての仲間が殺されていくのだが、いくら伏線があっても、これほどうまくいくものだろうかという気がしなくもない。これによって、誰かカタルシスを得たのだろうか、あるいは幸せになったのだろうか、というところも気になる。後味がいいとは言えない一冊ではある。

かぜまち美術館の謎便り*森晶麿

  • 2016/02/20(土) 19:06:24

かぜまち美術館の謎便り
森 晶麿
新潮社
売り上げランキング: 415,556

18年前に死んだはずの画家から届いた絵葉書が封印された町の過去を解き明かす―イクメンでカリスマ学芸員のパパと保育園児のかえでちゃん。寂れゆく町に引っ越してきた、オアシスのような父娘コンビが、ピカソ、マティス、ゴーギャン、シャガールらの名画解釈をもとに、夭折の天才画家が絵に込めた想いを読み解き、その最期の真相に迫る!


保育士のカホリの隣に引っ越してきたのは、町の美術館の館長に就任したカリスマ学芸員の佐久間と娘のかえで父娘。かえではカホリの保育園の園児でもある。そしてカホリの兄・ヒカリは、絵を描いていたが、若くして亡くなっていた。カホリの胸のなかに澱んでいる思いや、町に停滞しているわだかまりを、かえでの子どもらしい発想と、巨匠たちの絵画を通して、佐久間が解きほぐしていく。ひとつひとつの謎に答えを与えるだけでなく、物語全体を通しての大きな謎である、ヒカリの死とある日忽然と姿を消した、ミツバチと呼ばれる郵便配達員の件にも、佐久間は光を当てるのである。生臭い事件の記憶を掘り返す合間の、かえでと佐久間のやり取りがほのぼのしていて、暗くなりがちな気分を和ませてくれるのも嬉しい。胸がきゅんとして、あしたが明るく思えてくる一冊である。

きらきら眼鏡*森沢明夫

  • 2016/01/07(木) 18:38:27

きらきら眼鏡
きらきら眼鏡
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森沢 明夫
双葉社
売り上げランキング: 52,723

愛猫ペロを亡くした喪失感にうちひしがれていた立花明海は古本屋で普段は読まない自己啓発本を買った。
中には前の所有者か、「大滝あかね」と書かれた名刺が挟まっていた。
そして自分が唯一心を打たれたフレーズには傍線が。明海は思い切ってあかねにメールしてみるが……。
新たな出会いとともに違う人生が現れ、明海は悩み、勇気を奮い、道を決めていく。


明海(あけみ)という名前でいじめられ、名付け親だと思っていた祖母を責めたことがトラウマになり、人の反応を先読みして、できるだけ害にならないように生きてきた25歳の青年が、人や言葉との出会いによって少しずつ自分を認め、受け容れ、成長していく物語である。会社の先輩の弥生さんや、ケラさん、そして、古本屋で買った自己啓発本に挟まっていた名刺の持ち主・あかねさん。誰もが胸の裡に屈託を抱え、それをそれぞれのやり方でなだめながら生きている。悲しみや苦しみに満ちた毎日だとしても、心の中のきらきら眼鏡をかけることによって、輝きにあふれたものに変えていくことはきっとできるのだ。後半はあたたかな涙が止まらなくなって困った。人前では読まない方がいい一冊である。

葬偽屋は弔わない*森晶麿

  • 2015/12/16(水) 18:46:50

葬偽屋は弔わない: 殺生歩武と5つのヴァ二タス
森 晶麿
河出書房新社
売り上げランキング: 298,320

自分が死んだら周りの人たちはどんな反応するんだろう。その願い<葬偽屋>が叶えます。人の本音が見えてくる本格人情ミステリ!


葬儀屋、ならぬ、葬偽屋の物語である。殻と呼ばれる本人そっくりの人形を作って偽の葬儀を執り行い、列席者の反応を確かめるという仕事である。終わった後には必ず偽の葬儀だということを明かす、などいくつかのルールがあるが、基本、依頼は断らない。煩悩時の原液住職・殺生歩武の副業なのである。元保険調査員で、わけありのセレナ、殻の製作者であり、カフェサボタージュのオーナーの黒村が一応スタッフである。依頼者が抱える問題を調査し、葬儀を行って周りの反応を見ることで解決に導くのだが、怪しげな仕事の割には心温まる結末に落ち着くのが不思議でもある。最後には歩武自身の過去も、セレナのしがらみも、黒村の屈託も、納まるべきところに納まり、物語自体も、一応ハッピーエンドと言えよう。葬偽屋の仕事ぶりをもっと見たいと思わされる一冊である。シリーズ化希望。

白の祝宴--逸文 紫式部日記*森谷明子

  • 2015/09/03(木) 07:19:27

白の祝宴 (逸文紫式部日記 )
森谷 明子
東京創元社
売り上げランキング: 699,907

平安の世、都に渦巻く謎をあざやかに解き明かす才女がいた。その人の名は、紫式部。親王誕生を慶ぶめでたき場に紛れ込んだ怪盗の正体と行方は?紫式部が『源氏物語』執筆の合間に残した書をもとに、鮎川哲也賞受賞作家が描く、平安王朝推理絵巻。


中宮彰子の出産日記を編纂するようにと、土御門邸に呼び戻された紫式部が、次々に持ち込まれる女房たちの日記にいささかうんざりしながら、小さな祖語に着目し、さらに大きな疑問を解き明かしていきながら、真実にたどり着く物語であるが、時代や人間関係の複雑さもあり、現代のようにすっきりと白黒つけられるわけではなく、後世を見据えての思惑も見え隠れするのがまた一興でもある。ミステリ部分はもちろん、雅な日常と、その裏に蠢く女房その他の思惑の生々しさや奔放さもまた独特で興味深い。謎を解き明かしながら式部自身の人となりをも解き明かすような一冊である。