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静かに ねぇ、静かに、*本谷有希子

  • 2018/11/13(火) 18:22:42

静かに、ねぇ、静かに
本谷 有希子
講談社
売り上げランキング: 17,457

海外旅行でインスタにアップする写真で“本当”を実感する僕たち、ネットショッピング依存症から抜け出せず夫に携帯を取り上げられた妻、自分たちだけの印を世界に見せるために動画撮影をする夫婦―。SNSに頼り、翻弄され、救われる私たちの空騒ぎ。


読みながら、どういう気持ちになればいいのか戸惑うような物語たちである。登場人物たちは、SNSによって、世界とつながっているような気になっているが、その実、ものすごく閉じた世界にいるように思われる。生身の自分では生きている実感を持てず、外に向けて発信したものを見ることでしか、その実感を得られないとしたら、生きている、とはどういうことなのだろう。何かに違和感を覚えながらも、そのことを深く掘り下げようとはせずに、表層を滑るように日々を過ごしているように見える。なんだかものすごくもどかしい心地にさせられる一冊である。

火刑列島*森晶麿

  • 2018/09/14(金) 18:29:24

火刑列島
火刑列島
posted with amazlet at 18.09.14
森晶麿
光文社
売り上げランキング: 494,458

現象学者の凪田緒ノ帆は、半年前に自宅の火災で恋人を失った。まる焦げで発見されたその死体が持っていたスマホのロック画面には、下着姿の謎の女性の画像が残されていた。突然、緒ノ帆の前に現れた美青年・露木は“予現者”を自称し、「僕が予現したあなたの恋人以外の直近三件の火災事故では、いずれも被害者の男性のスマホにこの女性の画像がありました」といい、事件と女性の関係を一緒に調べようと誘う。さらに、謎の女性の画像を手がかりに、メグミという名前と、彼女を探す消防士・海老野ホムラが見つかる。三人は、露木の“予現”する火災とメグミの手がかりを追う旅をはじめた―。


緒ノ帆、露木、ホムラという縁のなさそうな三人が、露木の予現に従ってあちこちに出向くのだが、その道中はまるで深刻さはなく、コメディのようでもある。露木もホムラも、その正体は何ともよくわからず、信じていいのやら決めかねながら読み進むが、露木の予現があながち当てずっぽうでもないことが次第にわかり、かなり危険な事態が続出する。それでも最後まで、裏に何かあるような気配はなくならないのだが、それが最後の最後に明らかにされると、腑に落ちる部分もあるが、驚きを隠せない。あの一件からすべてが始まっていたということである。恨み、憎しみ、執念、そして愛情。あまりにも強すぎるさまざまな感情が渦巻く一冊である。

望月のあと 覚書源氏物語『若菜』*森谷明子

  • 2018/09/05(水) 13:48:15

望月のあと (覚書源氏物語『若菜』)
森谷 明子
東京創元社
売り上げランキング: 971,862

紫式部が物語に忍ばせた、栄華を極める道長への企みとは?平安の都は、盗賊やつけ火が横行し、乱れはじめていた。しかし、そんな世情を歯牙にもかけぬかのように「この世をばわが世とぞ思う…」と歌に詠んだ道長。紫式部は、道長と、道長が別邸にひそかに隠す謎の姫君になぞらえて『源氏物語』を書き綴るが、そこには時の大権力者に対する、紫式部の意外な知略が潜んでいた。


役職や人名の読み方を呑み込むのがなかなか大変で、初めのうちは現代もののようにスムーズには読み進められないのだが、次第にそれも気にならなくなり、物語の展開に惹き込まれていく。源氏物語が、刻々と出来上がり、周りに少なくない影響を及ぼすさまを見ていると、物語というものの力を強く感じる。影のフィクサーは実は紫式部、だったりして……、なんて。そして、いつの時代も、女たちの逞しさは変わらない。殿方の陰で、つつましやかにしているように見えて、その実、ほんとうに肝が据わっているのは女たちなのである。なかなかに痛快。副題には若菜とあるが、玉葛の印象が強い一冊でもあった。

キッチン風見鶏*森沢明夫

  • 2018/09/01(土) 12:36:35

キッチン風見鶏 (ハルキ文庫)
森沢明夫
角川春樹事務所
売り上げランキング: 4,902

港町で三代続く老舗洋食屋「キッチン風見鶏」。おすすめは、じっくりと手をかけた熟成肉料理だ。漫画家デビューを夢見るウエイター・坂田翔平は、幽霊が見えてしまうのが悩みのタネ。お客さん一人ひとりに合わせた料理が好評なオーナーシェフ・鳥居絵里は、家族の健康を案じつつ空元気を出して奮闘中!誰しも未来は不安だし、人生は寂しいものだ。でも、だからこそ、自分の心に嘘をつかずに生きていく―。美味しさとやさしさが溢れる傑作長編。


老舗の洋食屋さんを舞台にしたハートウォーミングな物語、なのかと思いきや、舞台のキッチン風見鶏も、登場人物たちも、ある意味一風変わっていて、普通の人が経験できないさまざまなことを経験してきている。プロファイリングが得意だったり、背後霊が見えたり、彼らと会話ができたり……。たぶんこのお店には、そんな人たちを引き寄せるなにかがあるのだろう。興味を惹かれる要素が盛りだくさんなので、あれも知りたいこれも知りたいと、ページを繰る手が止まらなくなる。ひとつずつ解決されていく過程で、どんどん読んでいるこちらの気持ちがやさしくなっていく気がする。ずっと浸っていたいと思わされる一冊だった。

さよなら、わるい夢たち*森晶麿

  • 2018/04/10(火) 16:43:06

さよなら、わるい夢たち
森 晶麿
朝日新聞出版 (2018-02-20)
売り上げランキング: 180,106

〈日本悪夢すぎるだろ。待機児童って何だよ、待機してんのは俺たち家族な〉
〈出てったよ。もう疲れました、だってよ。〉
〈嫁帰ってこない。詰んだな。〉

ジャーナリストの長月菜摘は、
学生時代の友人・薄井麻衣亜の夫のSNSから、彼女が幼い息子を連れて家庭を捨てたことを知る。
夫も、両親も、友人も、同僚も、彼女が消えた理由を知らないというが、
誰もが麻衣亜を失踪に駆り立てるだけの要因を持っていた――。

現代女性が背負わされた、見えない「重荷」の正体を抉りだす、
本格社会派ミステリー。
アガサ・クリスティー賞受賞作家の新境地!


読み進めるにしたがって、少しずつ印象が変わってくる物語である。失踪した友人の行方を捜す高校時代の友人のジャーナリスト菜摘の懸命さがクローズアップされる前半から、失踪した麻衣亜とその家庭の事情の救いのなさに胸を締め付けられる中盤。そして、次第にさまざまな事情が明らかになるにつれて、かすかに苛立ちを覚え始める後半からラストにかけては、だんだんと厭な気分が募ってくる。何かとんでもないものに振り回されたような心地の一冊である。

失恋バスは謎だらけ*森沢明夫

  • 2017/10/31(火) 18:33:26

失恋バスは謎だらけ
失恋バスは謎だらけ
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森沢 明夫
双葉社
売り上げランキング: 28,237

経営危機に瀕している旅行会社の名物企画「失恋バスツアー」。
このツアーの趣旨は、失恋した参加者に、鄙びた旅館、わびしい粗食、
うら寂しい観光地を提供してどん底まで落ち込んでもらい、
あとは上がるだけ、グイグイ元気になってもらいましょうというもの。
しかし、添乗員として乗り込んだ37歳の天草龍太郎は、カウンセラーとして
同じく添乗している小雪に自らがフラれたばかりだった。ツアー中も小雪はツレない態度。
しかも今回の参加者はとことん濃いメンツで、やたら元気な金髪ハーフ美女、
自称パンクロッカー、修験者のような巨漢、謎の中国人、文学少女ふうお嬢様など、
彩りが豊かすぎる9名。ハプニング続きで翻弄される龍太郎だが、
意外な事実が次々と明かされていく。笑いあり、涙ありの感動ツアー、いざ出発進行!


龍太郎が企画した失恋バスツアー。今回は、珍しく人選を買って出たイヤミな課長が選んだ、やたらと個性的で曰くありげなメンバーである。しかも添乗員の龍太郎自身が失恋したばかり。さらにその相手は同乗しているカウンセラーの小雪なのである。初めから何かありそうな雰囲気に満ち満ちている。予想に違わず、それぞれが何かしら厄介事を起こし、対応に追われるが、そんな中でも折に触れて小雪のことが気になる龍太郎なのである。読者もおそらくかなり早い段階から気づいているだろうことを、気づかないのは龍太郎だけなのがもどかしい。なにやら不思議な連帯感を抱くようになった参加者たちが、最後に企てたことは……。ハラハラドキドキ、そしてほっこり温かくなる一冊である。

夜行*森見登美彦

  • 2017/04/26(水) 16:16:55

夜行
夜行
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森見 登美彦
小学館
売り上げランキング: 3,387

僕らは誰も彼女のことを忘れられなかった。

私たち六人は、京都で学生時代を過ごした仲間だった。
十年前、鞍馬の火祭りを訪れた私たちの前から、長谷川さんは突然姿を消した。
十年ぶりに鞍馬に集まったのは、おそらく皆、もう一度彼女に会いたかったからだ。
夜が更けるなか、それぞれが旅先で出会った不思議な体験を語り出す。
私たちは全員、岸田道生という画家が描いた「夜行」という絵と出会っていた。
旅の夜の怪談に、青春小説、ファンタジーの要素を織り込んだ最高傑作!
「夜はどこにでも通じているの。世界はつねに夜なのよ」


実際には、ほんの限られた場所で起こった出来事であるにもかかわらず、とてもとても遠い所へ行って帰ってきた――実際に帰ってきたのかどうかも定かではないが――ような、長旅を終えた心地になる物語である。岸田道生という銅版画家の連作「夜行」――あるいは「曙光」――をめぐる物語は、現実にあったことなのか、作品の中で起こったことなのかも定かではなく、ひとつのストーリーのページを剥がすとそこにまったく別のストーリーが同時進行しているかのようなのである。いま自分はどこにいるのか。読者は立ち位置を見失い、登場人物さえもが自分のいる場所に確信を持てずにいるようである。遠く近くなじみ深いようでいて見知らぬ顔を見せる不思議な一冊である。

人魚姫の椅子*森晶麿

  • 2017/02/24(金) 18:36:12

人魚姫の椅子
人魚姫の椅子
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森晶麿
早川書房
売り上げランキング: 338,103

瀬戸内海に面した椅子作りの町、宝松市鈴香瀬町。高校生の海野杏(うみのあん)は、毎朝海辺で小説を書きながら、椅子職人を目指す同級生・五十鈴彗斗(いすずすいと)と少しだけ話すことを日課としていた。
ある日の朝、いつものようにやってきた彗斗から、「高校をやめて町を出る」と告げられる。特別仲がよかったわけではないが、傍にいて当然の存在がいなくなることに焦りを覚える杏。
時を同じくして、杏は親友の翠(みどり)からラヴレターの代筆を頼まれる。戸惑う杏だったが、必死に頼む姿にほだされ、誰にでも好かれる、明るくてかわいい翠を思い浮かべながら、一文一文を丁寧に書きだしていく。
そのラヴレターから、小さな町を揺るがす失踪事件が始まるとも知らずに。
〈黒猫シリーズ〉の著者が描く、新たな青春ミステリ。


椅子作りに夢中になる少年と、心の内を物語として紡ぎ出す少女。芽生え始めた恋心と友情の狭間で揺れる心は、そのまま物語に込められていく。勘違い、すれ違い、若い恋にありがちなシチュエーションではあるのだが、特別な椅子作りに魅入られたある人物が現れ、思っても見ない流れに呑み込まれていく。想像するとものすごくグロテスクなのだが、人魚姫の物語とシンクロすることで、グロテスクさはいささか和らいでいる。それにしても残酷この上ないことに変わりはないだろう。ラストに光は見えるものの、その点がなんとなく腑に落ちなくもある。現実と物語とを行ったり来たりしているような心地の一冊である。

みかづき*森絵都

  • 2016/11/26(土) 13:59:18

みかづき
みかづき
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森 絵都
集英社
売り上げランキング: 848

昭和36年。小学校用務員の大島吾郎は、勉強を教えていた児童の母親、赤坂千明に誘われ、ともに学習塾を立ち上げる。女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長してゆくが、予期せぬ波瀾がふたりを襲い―。山あり谷あり涙あり。昭和~平成の塾業界を舞台に、三世代にわたって奮闘を続ける家族の感動巨編!


塾業界にスポットを当てた物語。しかも、まだ塾の存在がまるで知られず、認められず、却って敵視されていた昭和の時代から、塾が工夫を凝らし、発展し、塾業界という一大ジャンルを盤石のものにした現代までの、文部省、文科省、詰め込み教育、ゆとり教育、落ちこぼれ、所得格差、教育格差といった、さまざまな要因をくぐり抜けてきた変遷とともに、小学校の用務員から、塾業界の神様のようになった大島吾郎とその一家の闘いとその関係性の変化の歴史を太い軸にして描かれている。我が家は塾のお世話になったことがないので、読み始めたころは、興味が最後までもつかと、正直不安も胸に萌したが、中盤以降は惹きこまれるように読み進んだ。どんな業界にあっても、やはりそこにいるのは人であり、人と人とのつながりなのだと、改めて胸が熱くなる思いである。467ページというボリュームを感じさせない一冊である。

たまちゃんのおつかい便*森沢明夫

  • 2016/07/30(土) 18:47:37

たまちゃんのおつかい便
森沢 明夫
実業之日本社
売り上げランキング: 81,614

移動販売で「買い物弱者」に元気を届けたい!!
心にエネルギーが満ちる、癒しの感動長編

過疎化と高齢化が深刻な田舎町で「買い物弱者」を救うため、
大学を中退したたまちゃんは、移動販売の「おつかい便」をはじめる。
しかし、悩みやトラブルは尽きない。外国人の義母・シャーリーンとのいさかい、
救いきれない独居老人、大切な人との別れ……。
それでも、誰かを応援し、誰かに支えられ、にっこり笑顔で進んでいく。
心があったまって、泣ける、お仕事成長小説。

<目次>
第一章 血のつながり
第二章 ふろふき大根
第三章 涙雨に濡れちゃう
第四章 秘密の写真を見つけた
第五章 まだ、生きたい
第六章 かたつむり
あとがき


三重県で「まおちゃんのおつかい便」という移動販売をしている真央さんをモデルに出来上がった物語だそうである。交通事故で12歳の時に亡くなったお母さんの母親・静子ばあちゃんの不便さを見て、おつかい便を思いついたたまちゃんは、移動販売の先輩で、元やくざと噂されている強面の正三さんに弟子入りし、オークションで安く落札したキャリィを同級生で、常田モータースの跡取り息子の壮介に整備とペイントを任せ、やはり同級生で、引き篭もっているマッキーをチラシ作りやデザイン仕事に巻き込んで、着々と準備を進めていく。父の後妻でフィリピン人のシャーリーンは、とてもいい人なのだが、どうしてもぬぐえない違和感をもてあまし、自己嫌悪に陥るたまちゃんでもある。いろんな人からいろんな言葉をもらい、見えたり見えなかったりする助けを得ながら始まったおつかい便だが、予想外の出来事で、頓挫してしまう。だが、そんな時こそ、周りの人たちの思いやりが身に沁みるのである。嬉しい出会いあり、悲しい別れあり、舞い上がったり落ち込んだり、気持ちはさまざまだが、ひとつとして身にならないことはないと思わされる。静子ばあちゃんの最期はとても印象的で、理想的な命の幕引きだと思う。誰もがあたたかく、胸をひたひたとあたたかいもので満たされる心地の一冊である。

エミリの小さな包丁*森沢明夫

  • 2016/06/17(金) 18:28:55

エミリの小さな包丁
エミリの小さな包丁
posted with amazlet at 16.06.17
森沢 明夫
KADOKAWA/角川書店 (2016-04-27)
売り上げランキング: 53,813

信じていた恋人に騙され、職業もお金も、居場所さえも失った25歳のエミリ。藁にもすがる思いで10年以上連絡を取っていなかった祖父の家へ転がり込む。心に傷を負ったエミリは、人からの親切を素直に受け入れられない。しかし、淡々と包丁を研ぎ、食事を仕度する祖父の姿を見ているうちに、小さな変化が起こり始める。食に対する姿勢、人との付き合い、もののとらえ方や考え方…。周囲の人たち、そして疎遠だった親との関係を一歩踏み出そうと思い始める―。「毎日をきちんと生きる」ことは、人生を大切に歩むこと。人間の限りない温かさと心の再生を描いた、癒やしの物語。


傷心のエミリは、嫌っている母の父親で、千葉の漁師町・龍浦で、銅の風鈴を作りながらひとりで暮らしている祖父・大三の元に転がり込んだ。なにも訊かずにエミリを受け入れてくれた祖父は、自ら釣った魚やご近所さんからもらった野菜などで、毎日おいしいご飯を作ってくれる。出てくるお惣菜が、どれもこれもおいしそうで、下ごしらえの丁寧さや、素材を無駄にしないで、無駄なく使いまわす大三さんの姿勢が素敵すぎてしびれる。大三さんを通して龍浦で知り合った人たちの思いやりやあたたかさに触れ、しっかりと包丁を研ぎ、丁寧に料理をしておいしくいただく。そんな日々がエミリを少しずつ変えていく。男出入りが激しいと毛嫌いしていた母の実情は、読者にはわかったがエミリはまだ知らない。でも、大三さんが言うように、遠くない日にきっと知ることになるのだろうと思わせるラストで、希望が見えるのがいい。登場人物たちみんなのこれからをずっと見守っていたい心地にさせられる一冊である。

ピロウボーイとうずくまる女のいる風景*森晶麿

  • 2016/05/29(日) 17:24:23

ピロウボーイとうずくまる女のいる風景
森 晶麿
講談社
売り上げランキング: 297,970

貧困のどん底から、顔に深い傷跡を持つ男キムラに救われた絢野クチルは、政治家を目指して大学に通い、夜は「ピロウボーイ」として女たちと関係を持つ。「シェイクスピアを読む女」「バッハしか愛せない女」「ドヌーヴに似た女」「リキテンスタインを待つ女」女たちはみな問題を抱えているが、クチルとの関わりのなかで立ち直っていく。一方、クチルの部屋には、謎の同級生知紅が押しかけて居候となり、クチルの帰りを待っている。


恵まれない生い立ちから政治家を目指して大学に通う絢野チクル、彼に目をつけ「ピロウボーイ」に仕立て上げたキムラ、そしてその妻・冴子、チクルの部屋に押しかけてきて居ついている知紅。それぞれが只事ではない事情を抱え、願いをかけ、望みを抱きながら、ねじれた関係のなかに身を置き、しかも純粋に生きている。一見モラルも何もない自堕落な世界である印象を受けるが、登場人物が自分というものをきっちりわかっていて、背筋が伸びているように思えるので、厭な感じは全く受けず、却って清々しささえ感じられるのである。人物相関図が絡まり合っていることが、このストーリーが必然であったことを納得させる。思いがけず面白い一冊だった。

ホテル・モーリス*森晶麿

  • 2016/05/20(金) 07:30:41

ホテル・モーリス
ホテル・モーリス
posted with amazlet at 16.05.19
森 晶麿
講談社
売り上げランキング: 352,095

圧倒的なおもてなし。
毎日ギャングがやってくる。彼らを迎え撃つのは、伝説のホテルマンの妻、元殺し屋のチーフ・コンシェルジュ、そして新人支配人。

芹川准(せりかわじゅん)は、突如ホテルの支配人を任された。期間は六日、ギャングたちの大宴会まで。初日から早速、怪しげなカップル(ギャング&美女)とスキッパー(泊まり逃げ)疑惑のある少女がチェックインした。
伝説のホテルは、再び栄光を取り戻す──。


ドタバタコメディのようでいて、状況はこれ以上ないほどシリアス。そしてキャラクタもひと癖もふた癖もある個性派揃い。話の流れは無茶苦茶なのに、舞台はこれ以上ないおもてなしを謳うパラダイスのようなホテル。何もかもがミスマッチなのに、なぜかしっくりと納まってしまう不思議。どうしてこういう状況になっているのかということそのものがミステリであり、結構ハートウォーミングでもあるのがまたまたミスマッチでなかなかである。ホテル・モーリスの極上サービスを(もちろんギャング集団がいないときに)受けてみたいと思わせる一冊でもある。

アドカレ!戸山大学 広告代理店の挑戦*森晶麿

  • 2016/05/15(日) 06:43:05

アドカレ! 戸山大学広告代理店の挑戦 (富士見L文庫)
森 晶麿
KADOKAWA/富士見書房 (2016-01-13)
売り上げランキング: 84,800

名コピーライターだった亡き父と同じ道を目指す私は、父の母校戸山大学に入学した。意気揚々と広告概論を受講するも、中身は期待外れ、広告研究サークルは言わずもがな…。そんなとき、目に飛び込んできた学生だけの広告代理店“アド・カレッジ”の求人看板。訪れた私に、バードと名乗る代表取締役はいきなり採用試験を言い渡した。「豆腐屋のキャッチコピーを提案すること、期限は三日」豆腐屋では強面の店主が待ち構えていて…?広告業界希望者必見の青春物語


前回の戸山大学は、飲んだくれてばかりだったが、今回は真面目に励んでいて気持ちが好い。とは言え、学生生活の描写は少なく、もっぱら広告代理店の社員として働いている姿ではあるが。亡き父がらみの人間関係が幸いしたとはいえ、最終章まで名前が明かされない「私」は、コピーライターとしての素質がある。呑み込みも早いし、なにより目のつけどころがなかなかいいのではないだろうか。豆腐屋、マンション、お詫び広告、夜行列車、謎の絵コンテ、と素材も多岐にわたっていて興味深い。バードこと海月越(うみづきこえる)と、「私」=小枡歩美のこれからも気になるし、もっと続きが読みたい一冊である。

名無しの蝶は、まだ酔わない 戸山大学<スイ研>の謎と酔理*森晶麿

  • 2016/04/29(金) 18:17:49

名無しの蝶は、まだ酔わない    戸山大学〈スイ研〉の謎と酔理 (単行本)
森 晶麿
KADOKAWA/角川書店
売り上げランキング: 687,959

『ここは推理研究会ですよね?』『いかにも、ここは酔理研究会だ』―それが神酒島先輩と、私の世界を変えるサークルとの出会いだった。憧れの“スイ研”で待っていたのは、果てなき酒宴と“酔い”の理。そして不思議な瞳を持つ幹事長・神酒島先輩で―。共感度抜群!!名無しの大学生たちの青春歳時記!


基本、酔っ払い大嫌いなわたしとしては、時を選ばず酔い潰れて、無茶苦茶をしている輩の描写には、正直うんざりである。だが、〈スイ研〉の話を読もうとする時点で、それは判り切っているのだから、文句をつける筋合いではないだろう。酔ってさえいなければ、みんな個性的でいい人っぽいのが、ある意味救いか。神酒島先輩がぽろりと漏らすひと言には、含蓄があり、蝶子との掛け合いも、突き放すでもなく、甘くなりすぎるでもなく、絶妙なバランスを最後まで貫く辺りは、見事である。二人の今後が愉しみな限りである。そんなあれこれにミステリ風味をまぶしました、と言う感じの一冊である。