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あなたにおススメの*本谷有希子

  • 2021/08/22(日) 16:06:43


気づけば隣にディストピアーー
世界が注目する芥川賞作家・本谷有希子が描く、心底リアルな近未来!

「推子のデフォルト」
子供達を<等質>に教育する人気保育園に娘を通わせる推子は、身体に超小型電子機器をいくつも埋め込み、複数のコンテンツを同時に貪ることに至福を感じている。そんな価値観を拒絶し、オフライン志向にこだわるママ友・GJが子育てに悩む姿は、推子にとっては最高のエンターテインメントでもあった。

「マイイベント」
大規模な台風が迫り河川の氾濫が警戒される中、防災用品の点検に余念がない渇幸はわくわくが止まらない。マンションの最上階を手に入れ、妻のセンスで整えた「安全」な部屋から下界を眺め、“我が家は上級”と悦に入るのだった。ところが、一階に住むド厚かましい家族が避難してくることとなり、夫婦の完璧な日常は暗転する。


荒唐無稽と言い切ってしまえない、背中がむず痒くなるような近未来の物語二編である。こんな世界に生きていたくない、こんな状態に置かれたくない、と願いながら読むが、否応なく巻き込まれ、引きずり込まれて、もがくほどに這い上がれなくなるような無力感にさいなまれる。決してヒステリックではなく、むしろ淡々としすぎるくらいの筆致で描かれているのがかえって怖い。読みながらも、読んだ後も、厭な気持ち悪さを引きずる一冊である。

馬鹿と嘘の弓*森博嗣

  • 2021/03/21(日) 18:28:34


探偵は匿名の依頼を受け、ホームレス青年の調査を開始した。対象は穏やかで理知的。危険のない人物と判断し、嵐の夜、街を彷徨う彼に声をかけた。その生い立ちや暮らしぶりを知るにつれ、何のために彼の調査を続けるのか、探偵は疑問に感じ始める。青年と面識のあった老ホームレスが、路上で倒れ、死亡した。彼は、1年半まえまで大学で教鞭を執っていた元教授で、遺品からは青年の写真が見つかった。それは依頼人から送られたのと同じものだった。


久々の森作品なので、ほかの作品との相関関係は全くわからず、純粋に物語だけを愉しんだ。登場人物がそれぞれに、濃淡の差こそあれ、どう生きてきて、どう生きていくかを思いあぐね、自分と世の中のすり合わせ方を模索しているような印象である。理不尽さを抱きながら、歩み寄っていくのか、それともとことん理不尽と対峙するのか。正解のない問題を解き続けるような心持ちにさせられる。いつも何かが不安で、その原因を突き止めようとするほど、答えが遠のくようなもどかしさもある。誰が正しいのか、何が正解なのか、いつどの時点からやり直せばいいのか、それともそんなことはまったく無駄なのか。読めば読むほど迷宮に迷い込むような一冊である。

ぷくぷく*森沢明夫

  • 2020/06/02(火) 16:17:08


都会でひとり暮らしをしている恋に臆病なイズミ。臆病なのは、誰にも明かしていない心と身体の傷があったから。そんな彼女をいつも見つめているボク。言葉を交わしたことはないが、イズミへの思いは誰よりも強い。もどかしい関係の「ふたり」の間に、新たな男性の存在が。果たしてイズミの凍った心を溶かす恋は始まるのか…。最高のハートウォーミング小説!


タイトルだけ見ると、畠中恵氏の一太郎シリーズのようだが、さにあらず。その意味は、読み始めるとほどなくわかり、きゅんとさせられる。主人公は「ユキちゃん」、舞台は「イズミ」の部屋と、出窓の四角く切り取られた外。とても狭い範囲で、登場人物もものすごく限られているのだが、果てしない広がりを感じられる。狭くて寂しくて切ないが、広々と開けてやわらかく、あかるくあたたかく、希望に満ちた一冊である。

涼子点景 1964*森谷明子

  • 2020/03/21(土) 16:12:21


「父は、姿を消したのよ。私が九歳の夏に。それ以上のことを言わない、誰にも」。

1964年オリンピック決定に沸く東京で、競技場近くに住む一人の男が失踪した。
娘は自分の居場所と夢を守るため、偶然と幸運と犠牲を味方につけ生き抜いてゆくことを誓う。
時代の空気感を濃密に取り込みながら描いた蠱惑の長編ミステリー!


不意に届いた小学校の同窓会通知を志学女子学園の理事長室で見ている涼子。そこから、60年前に時間は巻き戻されていく。抱えてしまった秘密を守り続けるために、変わり続け、あるいはかたくなに守り続けて生きてきた涼子のその時その時を、何も知らない周りの数人が、ほんとうに何気なく、あるいは、なにがしかの疑問を抱いて思い出し、それをすべてつなげてみたときに見えてくるものがあるのである。涼子の人生は幸福だったのだろうか、と思わずにはいられない一冊である。

できない相談*森絵都

  • 2020/02/20(木) 16:21:31


なんでそんなことにこだわるの?と言われても、
人にはさまざま、どうしても譲れないことがある。
夫の部屋には絶対に掃除機をかけない女性、
エスカレーターを使わないと決めて60年の男性……。
誰もがひとつは持っている、そんな日常の小さなこだわり・抵抗を描いた38の短篇。
スカッと爽快になったり、クスッと笑えたり、しみじみ共感したりする38のresistance。
人生って、こんなものから成り立っている。
そんな気分になる極上の小説集。


まったくほんとうに、「あぁ、あるある」という、日常の小さなことが盛りだくさんである。登場人物に親近感を覚えたり、こんな人いるなぁ、と身近な誰かを思い浮かべたり。愉しみ方はいろいろである。でも、こんな取るに足りない抵抗があるからこそ、日々の暮らしにメリハリが利いて愉しいのかもしれないと、ふと思ったりもする。サクサク読めてクスリと笑えるお得な一冊である。

カザアナ*森絵都

  • 2019/09/26(木) 06:46:32

カザアナ
カザアナ
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森 絵都
朝日新聞出版
売り上げランキング: 12,207

平安の昔、石や虫など自然と通じ合う力を持った風穴たちが、女院八条院様と長閑に暮らしておりました。以来850年余。国の規制が強まり監視ドローン飛び交う空のもと、カザアナの女性に出会ったあの日から、中学生・里宇とその家族のささやかな冒険がはじまったのです。異能の庭師たちとタフに生きる家族が監視社会化の進む閉塞した時代に風穴を空ける!心弾むエンターテインメント。


各章の冒頭に、平安の世の八条院と風穴たちの様子が描かれ、その後一足飛びに近未来の物語が始まる。現在の世の中と、人々の営みは同じようではあるものの、規制のされ方や、通信手段など、細かいところがはっきりと異なり、画一的な国の方針から外れる者が暮らしにくい世になっている。そんな世の中で、カザアナたちが、コツコツと日々の暮らしを積み重ねているのが、頼もしくも見える。そして、この世の中ではいわゆる異端と呼ばれてしまいそうな入谷一家と助け合って、そんな世の中に風穴を開けようとするのは、ものすごく無謀だが、人間の正しい欲求であろうと思われる。背筋が寒くなる心地がするとともに、日々を丁寧に生きてさえいれば、たいていのことは何とかなるのではないかと励まされる心地にもなる一冊だった。

毒よりもなお*森晶麿

  • 2019/04/16(火) 18:14:04

毒よりもなお
毒よりもなお
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森 晶麿
KADOKAWA (2019-03-01)
売り上げランキング: 150,393

連続殺人犯「首絞めヒロ」は、本当に私の知っている「ヒロアキ」なの?―― カウンセラーの美谷千尋は、自殺願望のある高校生、今道奈央から〈首絞めヒロの芝居小屋〉という自殺サイトの存在を知らされる。犯罪の匂いを感じた千尋は、そのサイトの管理人が8年前に故郷の山口で知り合った「ヒロアキ」ではないかと疑いを抱く。千尋によって徐々に明らかにされていくヒロアキの恐ろしくも哀しい過去。ヒロアキはなぜ連続殺人犯になってしまったのか? 千尋は奈央の命を救うことはできるのか? 千尋とヒロアキの間に流れる8年間物語とは? 衝撃の結末が待ち受ける、祈りと狂気のミステリ!


生い立ちや生育環境は、人格形成にどれほど影響を与えるものなのなのだろうか。本作は、虐待や親の性的趣向によって、真っ直ぐに成長することを妨げられたひとりの人間が周囲に与えた影響と、起こした犯罪に迫っている。と思って大部分を読み進み、それは間違いではないのだが、ラスト近くで様相はがらりと変わってくる。テーマそのものは変わらないが、現実と小説、さらには精神世界までもが入り交じり、境目があいまいになって、いま自分がいる場所を見失いそうになる。足元が突然不安定になったような覚束なさに見舞われて眩暈がする気分である。閉じた眼を再び開けたら、自分が物語のなかにいるかもしれないという漠然とした恐ろしさが足元から這いあがってくる気分にもなる。まったくの他人事と読み飛ばすことのできない一冊である。

黒猫のいない夜のディストピア*森晶麿

  • 2019/01/29(火) 16:57:54

黒猫のいない夜のディストピア
森晶麿
早川書房
売り上げランキング: 30,904

大学院修了後に博士研究員となった私は、所無駅付近で自分そっくりの女性と遭遇する。 白い髪、白い瞳、白いワンピースの彼女はあきらかにこちらを見つめていた。 学部長の唐草教授の紹介で出会った反美学研究者、灰島浩平にその話をすると、様々な推理を展開する。 本来なら黒猫に相談したいところだったが、黒猫の言葉――とにかく、まだ結婚は無理――がひっかかり、連絡できずにいた。 白を基調にした都市開発計画が持ち上がる所無。 自宅に届いた暗号が書かれた葉書。 私そっくりの女性となぜか会っていた母の雪絵。 いったい私の周りで何が起きているの――? アガサ・クリスティー賞受賞作から連なる人気シリーズ、待望の再始動。


シリーズものとは知らずに読んだが、たぶん何の問題もなかった。キャラクタやいきさつを把握していれば、より深く読めたのかもしれないが……。ポオと竹取物語を関連付けたり、モダニズムとゴシックやグロテスクを論じたりと、学術的な部分はわかったようなつもりになっただけで読み進めたが、完璧に理解できなくてもおそらく問題はなかっただろう。舞台となった所無のモデル都市に、かつてなじみがあったこともあり、道筋や街並みを思い浮かべられるので、より愉しめた。都市開発という公共的な題材を扱っているようであって、実はごくごく個人的な人間と人間との結びつきが語られている。私と黒猫の信頼がより深まったようでなによりである。シリーズのほかの作品も読んでみたくなる一冊だった。

雨上がりの川*森沢明夫

  • 2019/01/18(金) 08:01:19

雨上がりの川
雨上がりの川
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森沢 明夫
幻冬舎 (2018-10-25)
売り上げランキング: 88,064

川合淳、妻の杏子、娘の春香は、平凡だが幸せな暮らしを送ってきたはずだった。しかし、春香がいじめに遭って部屋に引きこもり、一家に暗雲が立ち込める。現状を打破するために、杏子が尋ねた「ある人」とは――。


窓からふたつの空が見えるマンションが、忙しい編集者・川合家の住まいである。ほんとうの空と、川面に映る空は、季節により、天気によって、その表情をときどきに変える。中学二年の娘・春香がいじめに逢って家にこもるようになってから、河合家にはぎこちない空気が流れていた。さらに妻の杏子の様子が少しずつおかしくなってくるのに気づく。そんな折、川辺でいつも釣り糸を垂れている元心理学の教授だった・千太郎と知り合うのである。その後に起こるあれこれは、考えさせられることが盛りだくさんだが、どこの家庭にも起こり得ることで、他人事ではない。千太郎と春香のタッグが見事で、途中から予想できていたとはいえ、すっとした。この家族は、これからもきっと大丈夫だと思える。あたたかい心持ちになれる一冊である。

水曜日の手紙*森沢明夫

  • 2019/01/15(火) 18:53:48

水曜日の手紙
水曜日の手紙
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森沢 明夫
KADOKAWA (2018-12-07)
売り上げランキング: 14,237

会うことのないあなたへ――最小で最高の奇蹟をお届けします。

家族が寝静まった夜更け、日課として心の毒をこっそり手帳に吐き出していた井村直美は、そんな自分を変えたいと夢を叶えた理想の自分になりかわって空想の水曜日をしたため、「水曜日郵便局」に手紙を出す。一方、絵本作家になる夢を諦めた今井洋輝も婚約者のすすめで水曜日の手紙を書いていた。会うことのない2人の手紙は、やがてそれぞれの運命を変えていき――。『夏美のホタル』『虹の岬の喫茶店』の著者が贈る、ほっこり泣ける癒やし系小説!

水曜日郵便局とは……
水曜日の出来事を記した手紙を送ると、かわりに知らない誰かの日常が綴られた手紙が届くという、一週間に一度・水曜日だけ開くちょっと不思議なプロジェクト。


ちょっとしたきっかけで水曜日郵便局を知った人たちが、胸にたまった思いを便せんにしたため、水曜日郵便局に送り、同じような見知らぬ誰かの手紙を受け取ったことがきっかけで、少しだけ気持ちの持ちようが前向きになって、一歩前に踏み出せるようになるまでの物語である。そして、人々の心を受けとめる水曜日郵便局で働く人とその家族の物語も添えられていて、さらに胸があたたかくなる。これまでの作品で見知ったあれこれもちょこちょこと出てきて、思わず頬が緩む。バタフライ効果のように、前向きな気持ちが伝染していくのが目に見えるようで、嬉しくなる一冊である。

熱帯*森見登美彦

  • 2019/01/11(金) 21:28:54

熱帯
熱帯
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森見 登美彦
文藝春秋
売り上げランキング: 1,547

汝にかかわりなきことを語るなかれ――。そんな謎めいた警句から始まる一冊の本『熱帯』。
この本に惹かれ、探し求める作家の森見登美彦氏はある日、奇妙な催し「沈黙読書会」でこの本の秘密を知る女性と出会う。そこで彼女が口にしたセリフ「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」、この言葉の真意とは?
秘密を解き明かすべく集結した「学団」メンバーに神出鬼没の古本屋台「暴夜書房」、鍵を握る飴色のカードボックスと「部屋の中の部屋」……。


なんと頭がぐるぐるする物語であろうか。佐山尚一著の『熱帯』という一冊の本を巡る物語であることは確かなのだが、この本の実態が全くと言っていいほどつかめない。しかも、『千一夜物語』という果てない夢の中にまで迷い込み、これらの二冊が互いに入れ子のようになっているようでもある。現実世界にいたかと思うと、あっという間に物語世界に取り込まれ、自分がいまどこにいて何を見ているのかを度々見失いそうになる。物語は結末を迎えるが、『熱帯』という謎は解かれることがあるのだろうか。何もかも終わったようでいて、その実、ここが始まりなのかもしれないとさえ思わされる。壮大なようでもあり、極めて狭いようでもある不思議な一冊である。

静かに ねぇ、静かに、*本谷有希子

  • 2018/11/13(火) 18:22:42

静かに、ねぇ、静かに
本谷 有希子
講談社
売り上げランキング: 17,457

海外旅行でインスタにアップする写真で“本当”を実感する僕たち、ネットショッピング依存症から抜け出せず夫に携帯を取り上げられた妻、自分たちだけの印を世界に見せるために動画撮影をする夫婦―。SNSに頼り、翻弄され、救われる私たちの空騒ぎ。


読みながら、どういう気持ちになればいいのか戸惑うような物語たちである。登場人物たちは、SNSによって、世界とつながっているような気になっているが、その実、ものすごく閉じた世界にいるように思われる。生身の自分では生きている実感を持てず、外に向けて発信したものを見ることでしか、その実感を得られないとしたら、生きている、とはどういうことなのだろう。何かに違和感を覚えながらも、そのことを深く掘り下げようとはせずに、表層を滑るように日々を過ごしているように見える。なんだかものすごくもどかしい心地にさせられる一冊である。

火刑列島*森晶麿

  • 2018/09/14(金) 18:29:24

火刑列島
火刑列島
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森晶麿
光文社
売り上げランキング: 494,458

現象学者の凪田緒ノ帆は、半年前に自宅の火災で恋人を失った。まる焦げで発見されたその死体が持っていたスマホのロック画面には、下着姿の謎の女性の画像が残されていた。突然、緒ノ帆の前に現れた美青年・露木は“予現者”を自称し、「僕が予現したあなたの恋人以外の直近三件の火災事故では、いずれも被害者の男性のスマホにこの女性の画像がありました」といい、事件と女性の関係を一緒に調べようと誘う。さらに、謎の女性の画像を手がかりに、メグミという名前と、彼女を探す消防士・海老野ホムラが見つかる。三人は、露木の“予現”する火災とメグミの手がかりを追う旅をはじめた―。


緒ノ帆、露木、ホムラという縁のなさそうな三人が、露木の予現に従ってあちこちに出向くのだが、その道中はまるで深刻さはなく、コメディのようでもある。露木もホムラも、その正体は何ともよくわからず、信じていいのやら決めかねながら読み進むが、露木の予現があながち当てずっぽうでもないことが次第にわかり、かなり危険な事態が続出する。それでも最後まで、裏に何かあるような気配はなくならないのだが、それが最後の最後に明らかにされると、腑に落ちる部分もあるが、驚きを隠せない。あの一件からすべてが始まっていたということである。恨み、憎しみ、執念、そして愛情。あまりにも強すぎるさまざまな感情が渦巻く一冊である。

望月のあと 覚書源氏物語『若菜』*森谷明子

  • 2018/09/05(水) 13:48:15

望月のあと (覚書源氏物語『若菜』)
森谷 明子
東京創元社
売り上げランキング: 971,862

紫式部が物語に忍ばせた、栄華を極める道長への企みとは?平安の都は、盗賊やつけ火が横行し、乱れはじめていた。しかし、そんな世情を歯牙にもかけぬかのように「この世をばわが世とぞ思う…」と歌に詠んだ道長。紫式部は、道長と、道長が別邸にひそかに隠す謎の姫君になぞらえて『源氏物語』を書き綴るが、そこには時の大権力者に対する、紫式部の意外な知略が潜んでいた。


役職や人名の読み方を呑み込むのがなかなか大変で、初めのうちは現代もののようにスムーズには読み進められないのだが、次第にそれも気にならなくなり、物語の展開に惹き込まれていく。源氏物語が、刻々と出来上がり、周りに少なくない影響を及ぼすさまを見ていると、物語というものの力を強く感じる。影のフィクサーは実は紫式部、だったりして……、なんて。そして、いつの時代も、女たちの逞しさは変わらない。殿方の陰で、つつましやかにしているように見えて、その実、ほんとうに肝が据わっているのは女たちなのである。なかなかに痛快。副題には若菜とあるが、玉葛の印象が強い一冊でもあった。

キッチン風見鶏*森沢明夫

  • 2018/09/01(土) 12:36:35

キッチン風見鶏 (ハルキ文庫)
森沢明夫
角川春樹事務所
売り上げランキング: 4,902

港町で三代続く老舗洋食屋「キッチン風見鶏」。おすすめは、じっくりと手をかけた熟成肉料理だ。漫画家デビューを夢見るウエイター・坂田翔平は、幽霊が見えてしまうのが悩みのタネ。お客さん一人ひとりに合わせた料理が好評なオーナーシェフ・鳥居絵里は、家族の健康を案じつつ空元気を出して奮闘中!誰しも未来は不安だし、人生は寂しいものだ。でも、だからこそ、自分の心に嘘をつかずに生きていく―。美味しさとやさしさが溢れる傑作長編。


老舗の洋食屋さんを舞台にしたハートウォーミングな物語、なのかと思いきや、舞台のキッチン風見鶏も、登場人物たちも、ある意味一風変わっていて、普通の人が経験できないさまざまなことを経験してきている。プロファイリングが得意だったり、背後霊が見えたり、彼らと会話ができたり……。たぶんこのお店には、そんな人たちを引き寄せるなにかがあるのだろう。興味を惹かれる要素が盛りだくさんなので、あれも知りたいこれも知りたいと、ページを繰る手が止まらなくなる。ひとつずつ解決されていく過程で、どんどん読んでいるこちらの気持ちがやさしくなっていく気がする。ずっと浸っていたいと思わされる一冊だった。