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人形姫*山本幸久
- 2022/01/31(月) 16:51:00
後継者不足に悩む老舗人形店に、外国人の若い女性が弟子入り志願!?
お人好しな若社長は、仕事に恋に大奮闘!
亡き父のあとを受け、森岡恭平が社長を務める森岡人形は、低迷する売上、高齢化した職人の後継ぎ不在と、問題が山積。さらに恭平自身の婚活問題も難航しており……。
そんなある日、職人たちが足繁く通うパブで働くクリシアというフィリピン人女性が、社屋を訪ねてきた。職人の一人が、酔った勢いで「俺の弟子にしてやる」と、彼女に約束したと言うのだが……。
笑って、泣いて。読みどころ満載のハートフル・ストーリー。
森岡人形店の八代目若社長・森岡恭平を取り巻く物語。伝統を受け継ぐ職人技の見事さと、後継者不足に悩みながらも、特段の手を打ってこなかった業界の問題。外国人の弟子入り志願者に対する職人の反応、そして職人の高齢化、と山積する問題を、周りの人たちや同業者を巻きこみながら、右往左往するうちに、ひとつひとつ解決されていく様子に、声援を送りたくなる。町ぐるみで明るい方向に進みそうな気配が色濃く漂うラストに、胸が熱くなる一冊である。
ばにらさま*山本文緒
- 2022/01/19(水) 06:58:58
冴えない僕の初めての恋人は、バニラアイスみたいに白くて冷たい
日常の風景が一転! 思わず二度読み!
痛くて、切なくて、引きずり込まれる……。
6つの物語が照らしだす光と闇
島清恋愛文学賞、本屋大賞ノミネート『自転しながら公転する』の山本文緒最新作!
伝説の直木賞受賞さく『プラナリア』に匹敵るす吸引力! これぞ短編の醍醐味!
登場人物がリアルに浮かび上がってくるような物語たちである。そして、先の展開に興味津々で読み進めていると、さらりとまったく別の世界に連れて行かれる。数ミリの段差もなく、滑るように視点が変わるので、ぞくっとさせられる。人間の思い込みの怖さをも思い知らされて、うなるしかない。人間の本質まで透けて見えてきそうな一冊である。
マイ・ダディ*山本幸久
- 2021/10/26(火) 11:17:12
確かめようのない過去。それでも愛する娘を救いたい――。
娘を救うため必死に奔走する父親の姿を描くヒューマンドラマを完全小説化
御堂一男(ムロツヨシ)は、中学生の娘・ひかり(中田乃愛)と2人暮らし。
最愛の妻・江津子(奈緒)は8年前に他界。一男は小さな教会の牧師をしながら、
ガソリンスタンドでアルバイトに励みつつ、ひかりを男手ひとつで育てている。
思春期に突入したひかりはちょっぴり反抗的な時もあるが、優しくて面白い
お父さんのことが大好き。
牧師として多くの人に慕われ、たまに娘と些細な喧嘩をしながらも、
2人の穏やかで幸せな日々は続いていくと思っていた。
ある日、突然ひかりが倒れる。病院で下された診断は“白血病"。
混乱し事実が受け入れられない一男だったが、なんとか自らの口で病名をひかりに伝える。
「私……頑張るね」覚悟を決めたかのようにつぶやくひかりに、
「あぁ。頑張ろう」と力強く応える一男。
つらい闘病生活をなんとか乗り越え、退院できることになったひかり。
喜びでいっぱいの一男だったが、担当医師からある衝撃的な事実を告げられ――。
映画のノベライズのようである。妻を交通事故で亡くし、娘と二人で暮らす、町の小さな教会の牧師・御堂一男が主人公。ガソリンスタンドでアルバイトをしながら、懸命に生きているが、彼にも娘のひかりにも次から次へと試練が降りかかる。一瞬疑いそうになることはあっても、根本では常に神を信じ、その思し召しに従って乗り越えようと心を尽くす一男の姿と、それを見て自分たちの善意を差し出す周りの人たちの関係に胸を打たれる。大切なのは、やはり人間性なのだと、改めて生きる姿勢の大切さを教えられる思いである。神様は、乗り越えられない試練を与えないという言葉を、心から信じたいと思わされる一冊である。
ミラーワールド*椰月美智子
- 2021/09/24(金) 16:28:26
『明日の食卓』著者が本当に描きたかった、心にささる男女反転物語。
「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ」
「男がお茶を汲むという古い考えはもうやめたほうがいい」
女が外で稼いで、男は家を守る。それが当たり前となった男女反転世界。池ヶ谷良夫は学童保育で働きながら主夫をこなし、中林進は勤務医の妻と中学生の娘と息子のために尽くし、澄田隆司は妻の実家に婿入りし義父とともに理容室を営んでいた。それぞれが息苦しく理不尽を抱きながら、妻と子を支えようと毎日奮闘してきた。そんななか、ある生徒が塾帰りの夜道で何者かに襲われてしまう……。
「日々男女格差を見聞きしながら、ずっと考えていた物語です。そんなふうに思わない世の中になることを切望して書きました」――椰月美智子
男女の立場が反転している世界が描かれているのだが、なんとも言えない気持ち悪さが先に立った。なぜだろうと考えてみたのだが、女性の描かれ方がヒステリックというか、単視点的という感じで、女性が優位に立つ世界の利点が全くと言っていいほど描かれていないせいではないかと思い至った。女性が上に立ち、社会の指導的立場の多数になって、より繊細な対応ができるような世界が描かれていれば、見方も違ったかもしれないが、この描かれ方だと、女性が上に立つ世界にはなってほしくないとしか思えない。優位に立つとこうなってしまうだろうという著者の視点なのだろうか。本当の意味で、男女それぞれが本来持つ能力や特性を生かして共生できる社会になってくれればいい、と切実に思わされる一冊でもあった。
ブレイクニュース*薬丸岳
- 2021/08/17(火) 07:30:22
ある目的のため、女はひとり、立ち上がった。
ユーチューブで人気のチャンネル『野依美鈴のブレイクニュース』。児童虐待、8050問題、冤罪事件、パパ活の実情などを独自に取材し配信。マスコミの真似事と揶揄され、誹謗中傷も多く、中には訴えられてもおかしくない過激でリスキーな動画もある。それでも野依美鈴の魅力的な風貌なども相まって、番組は視聴回数が1千万回を超えることも少なくない。年齢、経歴も不詳で、自称ジャーナリストを名乗る彼女の正体を探るべく、週刊誌記者の真柄は情報を収集し始める。すると以外な過去が見えてきて……。
デジタル社会の現代へ警鐘を鳴らす、SNS時代の新な社会派小説。
個人でインターネットニュースを配信する野依美鈴にスポットを当てた物語。彼女は何のためにこのチャンネルを起ち上げたのか、という興味が根底に流れ、さらには、彼女が取り上げるトピックの重さにまず心が重くなり、視聴者の反応に眉を顰め、美鈴のやり方に疑問を抱き、アップロードされた動画の裏側で起こっていることにさまざま考えさせられる。いずれも、判断は視聴者にゆだねられる形だが、受け取った側は、何かしら思いを巡らせることにはなるだろう。その後何かが変わるかどうかは判らないが。ラストは、一気にアナログになるが、それでも、判断は受け手にゆだねられている。情報をどう入手して、どう受け取り、どう行動するかを問われているような一冊である。
神様には負けられない*山本幸久
- 2021/03/14(日) 06:44:54
内装会社でバリアフリー店舗を手がけたのをきっかけに、25歳で義肢装具士の専門学校に飛び込んだ二階堂さえ子。苦手の製作実習を助けてくれたクラスのはぐれ者2人の熱にあてられ、芸者やカメラマン、人力車夫など多彩な義肢ユーザーと出会い、少しずつ見え始める「ほんとのバリアフリー」。そして、未来の自分。
義肢装具士のお仕事小説で、知らなかったことをさまざま知ることができて、とても興味深かったが、決してそれだけではない。主人公のさえ子と仲間たちの奮闘と成長の物語でもあって、三人の関係性の変化や、それぞれが補い合って高め合っていく過程を応援したくもなる。さえ子のキャラは、初めはもっと消極的でいじいじしているように見えたが、次第に芯が固まっていくような印象だった。ただ、前職ではかなり手腕を発揮していたようなので、単に、装具士としての自信が持てなかったからだったのだろう。読み進めるほどに先を知りたい欲求が増していく一冊だった。
ぼくたちの答え*椰月美智子
- 2021/03/09(火) 16:20:57
UFOに興味のある陽羽吾。寺の子で幽霊が見える臣。量子科学に関心のある眞琴。それぞれ理由があって不登校になった三人は、フリースクール「みかん」で出会い、仲良くなる。やがてお互いの興味が実は繋がっているように感じ、それぞれの興味の対象を調べるチームを結成した。その名も「コスモボーイズ」。やがて彼らは活動の中で、自分たちが世の中に感じる生きづらさの理由を悟ってゆき―、迷い戸惑うあなたに贈る、勇気の出る一冊!
読み進めるほどに、目が開かれるような心持ちになる。フリースクール「みかん」で出会った三人が、お互いの違いを認めつつ、それぞれの興味を持ち寄って、そこにシンクロニシティを見出し、互いに尊敬しあいながらさらに高め合っている。新しいことをみつけ、何かに気づくことによって、いままでの知識や体験とそれらを結びつけ、さらに新しい世界をひらいていく三人が、自由で頼もしくて、とても輝いている。親や周りの大人たちも、彼らを矯めることなく、丸ごと受け容れて愛してくれているのがわかって、好ましい。彼らが出会ったのが、一般的な教育現場に馴染めずに通い始めたフリースクールだったのが、とても皮肉に思われる。そしてそのスクールの名前「みかん」はもしかすると「未完」とも通じるのかもしれないと、秘かに思ってしまったりもするのである。彼らの成長も、開眼も、まだまだこれからなのだから。般若心経を読んでみたくなる一冊でもある。
自転しながら公転する*山本文緒
- 2021/01/28(木) 16:35:18
結婚、仕事、親の介護、全部やらなきゃダメですか
共感と絶賛の声続々! あたたかなエールが届く共感度100%小説!
東京で働いていた32歳の都は実家に戻り、地元のモールで店員として働き始めるが…。
恋愛、家族の世話、そのうえ仕事もがんばるなんて、そんなの無理!
答えのない問いを生きる私たちをやさしく包む物語。
7年ぶり、待望の長篇小説
自分とは違うけれど、みんなそれぞれ自分が立つ場所で、それなりに懸命に日々を生きているよ。がんばっているよ。それでいいよと、認めて応援したくなる。ひとつひとつのエピソードが、とても丁寧に描かれていて、その時々の心の揺れや、周りの人たちの反応が、手に取るように伝わってきて、時には一緒に苦しくなる。でも、ずばりと言ってくれる親しい友人の存在が、引いてみると、大きな救いになっている気がする。ひとりだけで抱えていたら、こういう結果にはならなかったかもしれない。プロローグから本編に入ったときには、どういう展開になるのか皆目見当がつかなかったが、エピローグですっきり回収され、あぁ、こんなに幸せで満ち足りた物語だったのだ、と改めて胸が熱くなった。迷いも遠回りも、直観も、何もかもがとても大切なのだと思わされる一冊でもあった。
こんぱるいろ、彼方*椰月美智子
- 2020/10/14(水) 18:33:31
サラリーマンの夫と二人の子どもと暮らす真依子は、近所のスーパーの総菜売り場で働く主婦だ。職場でのいじめに腹を立てたり、思春期の息子・賢人に手を焼いたりしながらも、日々は慌ただしく過ぎていく。
大学生の娘・奈月が、夏休みに友人と海外旅行へ行くと言い出した。真依子は戸惑った。子どもたちに伝えていないことがあった。真依子は幼いころ、両親や兄姉とともにボートピープルとして日本に来た、ファン・レ・マイという名前のベトナム人だった。
真依子の母・春恵(スアン)は、ベトナム南部ニャチャンの比較的豊かな家庭に育ち、結婚をした。夫・義雄(フン)が南ベトナム側の将校だったため、戦後に体制の変わった国で生活することが難しくなったのだ。
奈月は、偶然にも一族の故郷ベトナムへ向かう。戦争の残酷さや人々の哀しみ、いまだに残る戦争の跡に触れ、その国で暮らす遠い親戚に出会う。自分のルーツである国に深く関心を持つようになった奈月の変化が、真依子たち家族に与えたものとは――?
思ってもみなかった題材を扱った物語である。冒頭は、ごくごく平凡な日本の家庭の日常が描かれていて、思春期の姉弟と、その家族のあれやこれやの日々がつづられていくのだろうと思って読み進めると、大学生の娘・奈月が友人たちとベトナム旅行をすることになったあたりから、にわかに様相が変わってくる。母の真依子がいままで隠していた、自分がベトナム人だということを奈月に話したことから、奈月は困惑し、混乱し、ベトナムのことを知りたいと思い、知らなかったいろいろを知っていく。ベトナムで母の出生地を訪れ、さらに衝撃と感動を体験し、自分の中で消化していく。友人たちや恋人との関係、弟やいとこたちとの関わり、さまざまなことを、自分の頭で考え、自分のものとして蓄えていく。そんな奈月を見て、真依子自身も少しずつ変わっていくのを自分でも感じている。最後には、本の表紙の金春色(ターコイズブルー)のような開放感ともいうようなさわやかな風を感じられる一冊だった。
純喫茶パオーン*椰月美智子
- 2020/10/03(土) 18:19:22
創業50年(おおよそ)の喫茶店「純喫茶パオーン」。トレイを持つ手がいつも小刻みに震えているのに、グラスにたっぷり、表面張力ギリギリで運ぶ「おじいちゃんの特製ミルクセーキ」と、どんなにお腹がいっぱいでも食べたくなっちゃう「おばあちゃんの魔法のナポリタン」が看板メニューだ。その店主の孫である「ぼく」が小学5年・中学1年・大学1年の頃にそれぞれ出会う不思議な事件と、人生のちょっとした真実。
純喫茶パオーンの孫・来人が語る、パオーンのオーナーである祖父母と、そこに集まる人たちと、来人とその友人たちの日々の物語である。来人の成長とともに、さまざまな出来事があり、周りの人たちとの関係も少しずつ変わっていったりして、時々に悩ましくもある。それとともに、祖父母も歳を取り、純喫茶パオーンの行く末も気になってきたりもする。そんな日常に、ちょっとした謎が現れたりもして、ミステリ風味でもある。時には胸をチクリと刺されながらも、ほのぼのと愉しめる一冊である。
あたしの拳が吼えるんだ*山本幸久
- 2020/06/05(金) 09:43:31
橘風花は母親と二人で暮らす、普通の小学四年生の女子。偶然の出会いと、「ムカつく上級生男子を一発殴りたい」と邪な動機でボクシング・ジムに通い始めるが、徐々にのめり込んでゆく。ひたむきにボクシングに打ち込む風花の中で、何かが変わりはじめていた。それは、周囲の人々の心にも変化をもたらしてゆく―。結婚を賭けた世界王座戦に挑む女子プロボクサーや、ジムの人々。複雑な家庭環境のいじめっ子や、幼なじみのクラスメート。風花を理解しようとしない教師。母と折り合いが悪い職場の後輩たち。最強最悪のライバル。そして母・陽菜子にも…。明日への元気を満タンにしてくれる、ハートウォーミング・ストーリー!
いろんな要素が詰め込まれているのだが、散漫になることなく、どのエピソードもが物語が進むのに欠かせない要素になっているのが見事である。なにより、(もともと素質があったにせよ)風花の成長と、それを認めて支え、自らも変化していく周りの人たちの前向きさが、閉塞感の中にいるいま、ベストタイミングで胸を打つ。風花やその周りの人たちのこれからを見守り続けたくなる一冊だった。
ひと喰い介護*安田依央
- 2019/11/27(水) 19:03:56
判断力が、体力が、財産が、奪われていく――。大手企業をリタイアし、妻を亡くして独り暮らしの72歳、武田清が嵌まった、介護業界の落とし穴とは!? 巧妙に仕組まれた罠に孤独な老人たちはどう立ち向かえばよいというのだろう。それは合法か、犯罪か。現代に潜む倫理観の闇に迫るサスペンス。
読み進めるほどに暗澹とした気分に支配される。人の欲望の果てしなさ、寂しさを抱えた人間の弱さ、などなど。年を取ることが恐ろしくなる。性善説では生きられないのだろうか、と希望を失いそうな物語である。だが、自らの欲望しか見えていない人間だけではないのが、ほんのわずかな救いでもある。微力ではあるが、何とかしようとする小さな力が確実にあるのである。いまのところはあまりにも微力すぎるが、この先なんとかなるのではないかという、かすかな希望は抱かせてくれる。自分の頭で考えることをやめてはいけない、と改めて自らを戒めずにはいられない一冊でもある。
緑のなかで*椰月美智子
- 2018/11/20(火) 18:40:40
青木啓太は、しまなみ海道の壮大な「橋」に心惹かれ、土木工学を学ぶため、家から遠く離れた北の大地にあるH大に入学する。自治寮に入り、大学紹介の活動、フィールドワークのサークルなど、友人たちと青春を謳歌している彼のもとに、母が失踪したと双子の弟、絢太から連絡が入る。あの、どこか抜けていて感受性豊かな母が、なぜ突然消えてしまったのか…。自然豊かな美しいキャンパスで大学三年生となった青年の成長と苦悩を描く。
奔放な中にもある種の規律がある寮生活の描写が、いかにも青春でほほえましい。いかにも溶け込めそうにない印象の啓太だったが、何事にも慣れるもので、大学三年のいまではすっかり緑旺寮の寮生である。そんな寮生活と、サークル活動を軸に、啓太と友人たちが互いに影響しあい刺激しあって若い時代を過ごしている様子が興味深い。そして、兄弟間で差のある母からの愛情の注がれ方に悩むのは、一卵性双生児であればなおさらで、それを口に出せないばかりになおさら、自分の思っているのとは違う方向に向かってしまうのは皮肉なものである。そんな母に好きな人ができて家を出た。そしてさらに、無念さに叫びだしたくなる出来事が……。読者も泣かずにはいられない。なぜ?どうして?自分を責めることしかできない気持ちが、手に取るように伝わってきて、胸が痛くなる。後半の「おれたちの架け橋」には、自死した寿を含めた、啓太の高校時代の日々が描かれている。いまの啓太を作った光あふれる高校生活である。同じ屈託を抱えてはいるが、これから自分で自分の道を切り開こうとする時代である。何より寿が生きている。先のことを知っているだけに、切なさやりきれなさが募る。一見非の打ちどころがなく、うらやましいばかりに見える人にも、その人なりの悩みがあり、押しつぶされそうになることもあるのだと、わかるだけでも人生はずいぶん生きやすくなるのではないだろうか。啓太には、悩みつつも受け容れて、いつの日か立派な橋を作ってもらいたいものである。両手でひさしを作ってまぶしすぎる光を和らげたくなるような一冊である。
さしすせその女たち*椰月美智子
- 2018/07/31(火) 10:47:29
KADOKAWA (2018-06-22)
売り上げランキング: 183,754
39歳の多香実は、5歳の娘と4歳の息子を育てながら、デジタルマーケティング会社の室長として慌ただしい毎日を過ごしていた。仕事と子育ての両立がこんなに大変だとは思っていなかった。ひとつ上の夫・秀介は「仕事が忙しい」と何もしてくれない。不満と怒りが募るなか、息子が夜中に突然けいれんを起こしてしまう。そのときの秀介の言動に多香実は驚愕し、思いも寄らない考えが浮かんでいく―。書き下ろし短編「あいうえおかの夫」収録。
働く女性の子育て奮闘記と夫との確執、夫への不満・憤りの数々、という物語である。著者の書く家事育児のドタバタは、実にリアルで、おそらく体験した人にしかわからないだろうという些細なことまで、みっちりと描かれているので、通り過ぎた後で読むと、思わず苦笑いしてしまうこと多々である。そして夫の子の無神経ぶりも、これはもう人間としての作りの差、とでもいうほかないのかもしれない、と思わされる。ラストに、『あいうえおかの夫』という、夫側から描かれた短いものがのせられているのだが、ほんの少し救いにはなるものの、家事育児に対する、圧倒的な認識の違いは如何ともしがたく、火に油を注ぎかねない気もしてしまう。現在奮闘中のお母さんには、ぜひめげずに潜り抜けてほしいと応援するばかりである。イライラむかむかカリカリしながら、ちょっぴり笑ってしまう一冊でもある。
つながりの蔵*椰月美智子
- 2018/06/15(金) 09:54:29
KADOKAWA (2018-04-27)
売り上げランキング: 177,937
祖母から母、そして娘へ。悩める少女たちに伝えたい感動の命の物語。
41歳の夏、同窓会に誘われた遼子。その同窓会には、蔵のあるお屋敷に住むの憧れの少女・四葉が来るという。30年ぶりに会える四葉ちゃん。このタイミングで再会できるのは自分にとって大きな一歩になるはず――。
小学校5年生のある夏。放課後、遼子と美音は四葉の家でよく遊ぶようになった。広大な敷地に庭園、隠居部屋や縁側、裏には祠、そして古い蔵。実は四葉の家は幽霊屋敷と噂されていた。最初は怖かったものの、徐々に三人は仲良くなり、ある日、四葉が好きだというおばあちゃんの歌を聞きに美音と遼子は遊びに行くと、御詠歌というどこまでも悲しげな音調だった。その調べは美音の封印していた亡くなった弟との過去を蘇らせた。四葉は、取り乱した美音の腕を取り蔵に導いて――。
少女たちは、それぞれが人に言えない闇を秘めていた。果たしてその心の傷は癒えるのか―。輝く少女たちの物語。
41歳の遼子の現在から物語は始まり、同窓会に誘われたことで、小学校5年生の頃の遼子と美音、四葉の日々へとつながっていく。彼女たちにとって、その先の人生の見え方が変わるような、かけがえのない時だったことが伝わってくる。三人それぞれが抱える苦悩や試練も、あの日があったからこそ乗り越えてこられたのかもしれない。そして、同窓会当日、三人が再開したところで物語は幕を閉じる。その先の彼女たちのおしゃべりを聞いてみたい気がするが、そこは読者それぞれが、物語を想像するための余白なのだろう。ちょっぴり怖くて、清らかで、じんわりあたたかい一冊だった。
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