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ひと喰い介護*安田依央

  • 2019/11/27(水) 19:03:56

ひと喰い介護

判断力が、体力が、財産が、奪われていく――。大手企業をリタイアし、妻を亡くして独り暮らしの72歳、武田清が嵌まった、介護業界の落とし穴とは!? 巧妙に仕組まれた罠に孤独な老人たちはどう立ち向かえばよいというのだろう。それは合法か、犯罪か。現代に潜む倫理観の闇に迫るサスペンス。


読み進めるほどに暗澹とした気分に支配される。人の欲望の果てしなさ、寂しさを抱えた人間の弱さ、などなど。年を取ることが恐ろしくなる。性善説では生きられないのだろうか、と希望を失いそうな物語である。だが、自らの欲望しか見えていない人間だけではないのが、ほんのわずかな救いでもある。微力ではあるが、何とかしようとする小さな力が確実にあるのである。いまのところはあまりにも微力すぎるが、この先なんとかなるのではないかという、かすかな希望は抱かせてくれる。自分の頭で考えることをやめてはいけない、と改めて自らを戒めずにはいられない一冊でもある。

緑のなかで*椰月美智子

  • 2018/11/20(火) 18:40:40

緑のなかで
緑のなかで
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椰月美智子
光文社
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青木啓太は、しまなみ海道の壮大な「橋」に心惹かれ、土木工学を学ぶため、家から遠く離れた北の大地にあるH大に入学する。自治寮に入り、大学紹介の活動、フィールドワークのサークルなど、友人たちと青春を謳歌している彼のもとに、母が失踪したと双子の弟、絢太から連絡が入る。あの、どこか抜けていて感受性豊かな母が、なぜ突然消えてしまったのか…。自然豊かな美しいキャンパスで大学三年生となった青年の成長と苦悩を描く。


奔放な中にもある種の規律がある寮生活の描写が、いかにも青春でほほえましい。いかにも溶け込めそうにない印象の啓太だったが、何事にも慣れるもので、大学三年のいまではすっかり緑旺寮の寮生である。そんな寮生活と、サークル活動を軸に、啓太と友人たちが互いに影響しあい刺激しあって若い時代を過ごしている様子が興味深い。そして、兄弟間で差のある母からの愛情の注がれ方に悩むのは、一卵性双生児であればなおさらで、それを口に出せないばかりになおさら、自分の思っているのとは違う方向に向かってしまうのは皮肉なものである。そんな母に好きな人ができて家を出た。そしてさらに、無念さに叫びだしたくなる出来事が……。読者も泣かずにはいられない。なぜ?どうして?自分を責めることしかできない気持ちが、手に取るように伝わってきて、胸が痛くなる。後半の「おれたちの架け橋」には、自死した寿を含めた、啓太の高校時代の日々が描かれている。いまの啓太を作った光あふれる高校生活である。同じ屈託を抱えてはいるが、これから自分で自分の道を切り開こうとする時代である。何より寿が生きている。先のことを知っているだけに、切なさやりきれなさが募る。一見非の打ちどころがなく、うらやましいばかりに見える人にも、その人なりの悩みがあり、押しつぶされそうになることもあるのだと、わかるだけでも人生はずいぶん生きやすくなるのではないだろうか。啓太には、悩みつつも受け容れて、いつの日か立派な橋を作ってもらいたいものである。両手でひさしを作ってまぶしすぎる光を和らげたくなるような一冊である。

さしすせその女たち*椰月美智子

  • 2018/07/31(火) 10:47:29

さしすせその女たち
さしすせその女たち
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椰月 美智子
KADOKAWA (2018-06-22)
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39歳の多香実は、5歳の娘と4歳の息子を育てながら、デジタルマーケティング会社の室長として慌ただしい毎日を過ごしていた。仕事と子育ての両立がこんなに大変だとは思っていなかった。ひとつ上の夫・秀介は「仕事が忙しい」と何もしてくれない。不満と怒りが募るなか、息子が夜中に突然けいれんを起こしてしまう。そのときの秀介の言動に多香実は驚愕し、思いも寄らない考えが浮かんでいく―。書き下ろし短編「あいうえおかの夫」収録。


働く女性の子育て奮闘記と夫との確執、夫への不満・憤りの数々、という物語である。著者の書く家事育児のドタバタは、実にリアルで、おそらく体験した人にしかわからないだろうという些細なことまで、みっちりと描かれているので、通り過ぎた後で読むと、思わず苦笑いしてしまうこと多々である。そして夫の子の無神経ぶりも、これはもう人間としての作りの差、とでもいうほかないのかもしれない、と思わされる。ラストに、『あいうえおかの夫』という、夫側から描かれた短いものがのせられているのだが、ほんの少し救いにはなるものの、家事育児に対する、圧倒的な認識の違いは如何ともしがたく、火に油を注ぎかねない気もしてしまう。現在奮闘中のお母さんには、ぜひめげずに潜り抜けてほしいと応援するばかりである。イライラむかむかカリカリしながら、ちょっぴり笑ってしまう一冊でもある。

つながりの蔵*椰月美智子

  • 2018/06/15(金) 09:54:29

つながりの蔵
つながりの蔵
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椰月 美智子
KADOKAWA (2018-04-27)
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祖母から母、そして娘へ。悩める少女たちに伝えたい感動の命の物語。
41歳の夏、同窓会に誘われた遼子。その同窓会には、蔵のあるお屋敷に住むの憧れの少女・四葉が来るという。30年ぶりに会える四葉ちゃん。このタイミングで再会できるのは自分にとって大きな一歩になるはず――。
小学校5年生のある夏。放課後、遼子と美音は四葉の家でよく遊ぶようになった。広大な敷地に庭園、隠居部屋や縁側、裏には祠、そして古い蔵。実は四葉の家は幽霊屋敷と噂されていた。最初は怖かったものの、徐々に三人は仲良くなり、ある日、四葉が好きだというおばあちゃんの歌を聞きに美音と遼子は遊びに行くと、御詠歌というどこまでも悲しげな音調だった。その調べは美音の封印していた亡くなった弟との過去を蘇らせた。四葉は、取り乱した美音の腕を取り蔵に導いて――。
少女たちは、それぞれが人に言えない闇を秘めていた。果たしてその心の傷は癒えるのか―。輝く少女たちの物語。


41歳の遼子の現在から物語は始まり、同窓会に誘われたことで、小学校5年生の頃の遼子と美音、四葉の日々へとつながっていく。彼女たちにとって、その先の人生の見え方が変わるような、かけがえのない時だったことが伝わってくる。三人それぞれが抱える苦悩や試練も、あの日があったからこそ乗り越えてこられたのかもしれない。そして、同窓会当日、三人が再開したところで物語は幕を閉じる。その先の彼女たちのおしゃべりを聞いてみたい気がするが、そこは読者それぞれが、物語を想像するための余白なのだろう。ちょっぴり怖くて、清らかで、じんわりあたたかい一冊だった。

ウチのセンセーは今日も失踪中*山本幸久

  • 2018/06/01(金) 18:13:18

ウチのセンセーは、今日も失踪中 (幻冬舎文庫)
山本 幸久
幻冬舎 (2018-03-15)
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富山から東京の出版社に漫画の持ち込みに行った宏彦は、失踪癖のある大御所漫画家のアシスタントになるハメに。クセのある仲間や編集者とセンセーの連載を落とさないよう必死に頑張る宏彦。実は、陸上の有望選手だったが、高三の秋のある事件で進学を諦め、病弱な妹の言葉で漫画家を目指すことになったのだ。カッコ悪くも沁みる、痛快エンタメ。


漫画家の仕事場やアシスタントの仕事ぶり、という点では、現在放映中の朝ドラと重なる部分もあり、興味深くはある。急遽アシスタントとして重用されることになる豊泉宏彦の奮闘ぶりや、デビューに向かっての奮戦ぶりも応援したくなる。――のだが、著者のお仕事ものがたりにしては、いささかピントが散漫になっている印象である。シリーズ化されるのだとすれば、次作以降でぎゅっと詰まっていくのかもしれないとは思いつつ、本作のみに限れば、何となく物足りない感は否めない。面白くないわけではないのだが、これまでの山本幸久ワールドとはちょっぴり違うかもしれない。シリーズ化されて、凝縮されることを願いたい一冊である。

ふたりみち*山本幸久

  • 2018/05/02(水) 16:32:53

ふたりみち
ふたりみち
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山本 幸久
KADOKAWA (2018-03-29)
売り上げランキング: 95,406

函館から津軽海峡をフェリーで渡る67歳の野原ゆかりは、元ムード歌謡の歌手。借金返済のため、営業の旅に復帰したのだ。その船内で知り合った12歳の家出少女森川縁が、なぜかゆかりの後をついて来る。旅先で起きるトラブルや55歳の歳の差を乗り越えて、いつしかふたりは固い絆で結ばれていく。そしてたどり着いた最後の会場、東京。そこにはゆかりの悲しい過去が刻まれていた…。


67歳と12歳、ゆかりと縁(ゆかり)の「ふたりみち」の物語である。それぞれに事情を抱えた利の差55歳の二人は、津軽海峡を渡るフェリーで出会い、なぜか一緒に旅をすることになる。歌を、音楽を通して、二人のなかにある何かが響きあったのかもしれない。行く先々でトラブルに見舞われ、ろくに歌うこともできずにいるミラクル・ローズ(=ゆかり)だったが、縁がいつも支えになってくれている。12歳らしい幼さと、12歳とは思えない逞しさを持ち合わせた縁がいたからこその、ゆかりの旅なのである。ゆかりにとっては、人生の来し方を振り返る旅にもなっており、縁にとっては、人生の行方を探す旅でもあるのだろう。切なさ、ほほえましさ、人情のあたたかさ、一筋縄ではいかないやりきれなさなど、さまざまな感情を呼び起こされる一冊でもある。

見た目レシピいかがですか?*椰月美智子

  • 2017/12/20(水) 16:24:17

見た目レシピいかがですか?
椰月 美智子
PHP研究所
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「イメージコンサルタント」に関わる4人の女たち、それぞれの事情とは?

純代の場合――娘から「参観日にお母さんが一番ダサかった」と言われ……
あかねの場合――不倫相手の「私服がかっこ悪い」のが許せない……
美波の場合――自分がこんなかわいらしい服を着てもいいのだろうか……
繭子の事情――的確なアドバイスを下す彼女の抱える問題とは……

あなたの第一印象、そのままでいいですか? 本当に似合う色、服、髪型などを提案し、「見た目」を変えるイメージコンサルタント・御手洗繭子。ほんのちょっとの気づきと心構えで、人生は変わっていくもの。彼女のアドバイスを受けた人々の外見と内面の変化とは? そして繭子自身が抱える秘密と事情が……。「きれいになりたい」「自分らしくありたい」と思う女性たちの心理を、鋭くかつ細やかに描く、連作小説集。


見た目よりも中身が大事とか、元々の素材がよくないから何をしても無駄などとついつい諦めてしまいがちな、もう若くはない女性たちにスポットが当てられている。自分にも当てはまることが多々あるので、身につまされるところも多いが、愉しく読んだ。なにより、繭子さんにさまざまなアドバイスをされていくうちに、自分の中に眠らせていた明るい気分が目覚めさせられて、彼女たちがどんどん前向きになっていく様が、見ていてとても気持ちが好い。読後、イメージコンサルティングを受けてみたくなる一冊である。

ミックス。*古沢良太:脚本 山本幸久:小説

  • 2017/12/11(月) 16:51:05

([や]2-4)ミックス。 (ポプラ文庫)
古沢 良太 山本 幸久
ポプラ社 (2017-10-03)
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母のスパルタ教育により、かつて“天才卓球少女”として将来を期待された多満子。母の死後、普通に青春を過ごし、普通に就職する平凡な日々を送っていたが、新入社員の美人卓球選手・愛莉に恋人の江島を寝取られてしまう。
人生のどん底に落ち、田舎に戻った多満子だったが、亡き母が経営していたフラワー卓球クラブは赤字状態。クラブの部員も、元ヤンキーのセレブ妻、ダイエット目的の中年夫婦、オタクの引きこもり高校生、さらに妻と娘に見捨てられた元プロボクサーの萩原など、全く期待が持てない面々だった。
しかし、江島と愛莉の幸せそうな姿を見た多満子は、クラブ再建と打倒江島・愛莉ペアを目標に、全日本卓球選手権の男女混合ダブルス(ミックス)部門への出場を決意。部員たちは戸惑いながらも、大会へ向け猛練習を開始する。多満子は萩原とミックスを組むものの、全く反りが合わずケンカばかり。しかし、そんな二人の関係にも、やがて変化が訪れていく――。
大注目の脚本家・古沢良太と人気作家・山本幸久の「ミックス」で贈る、恋と人生の再生の物語。


母のスパルタ指導のせいで、卓球が嫌いだったかつての天才少女・多満子は、母の死後、ガングロになったり普通に就職したりと、卓球からはすっかり離れていた。だが、職場の恋人で卓球選手の江島を、同じ卓球部の新人女子に奪われて傷心し、会社を辞めて実家に帰ってきたのだった。そこから物語はスタートする。いまは寂れている亡き母のフラワー卓球クラブの寄せ集めのようなメンバーが、奮起して全日本卓球選手権の予選に出場するまでの日々が、それぞれのエピソードを織り込みながら、次第に熱を帯びて描かれ、それぞれが、抱えているものを乗り越えてひとつになっていくのが目に見えるので、ついつい読んでいて応援したくなってしまう。多満子が卓球をどんどん好きになる様が、とても気持ち好くてうれしくて、ついつい微笑んでしまうくらいである。熱く愉しい一冊である。

いかさま師*柳原慧

  • 2017/06/08(木) 12:56:04

いかさま師  『このミス』大賞シリーズ
柳原 慧
宝島社
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三十年前、顔を切り裂き、謎の自殺を遂げた天才画家・鷲沢絖。その妻の死体が、今ではゴミ屋敷と呼ばれている鷲沢邸から発見された。しかもその顔はどす黒く変色し、どろりと溶けていた。遺産相続人として母を指名された高林紗貴は、屋敷からある絵画がなくなっていることに気づく。作者はジョルジュ・ド・ラ・トゥール、約二百六十年の長きにわたり忘れ去られていた、フランス絵画史における最も謎めいた画家。計り知れない価値を秘めたその絵画の行方を探り始めた紗貴だったが、同時に周辺で不気味な出来事が起こり始める。年若い紗貴の恋人、相続を巡りライバル関係にある青年、姿を消してしまった絵画コレクターの父。いったい誰が味方で誰が敵なのか。ラ・トゥールと、見る者の心を揺さぶる鷲沢絖の断筆「顔を引き裂かれた自画像」。―これらの絵画に隠された真実とは。


タイトルの「いかさま師」はラトゥールの絵のタイトルなのだが、物語そのものを絶妙に表していて見事である。天才画家の遺産相続に関わる一連の流れと、彼の半生にかかわった人々が抱えることになった事々、そして、血のつながりと欲。興味深い要素がたくさんありすぎるが、それらがきっちりと太い流れになっている印象である。誰を信じればいいのか、誰が味方で誰が敵なのか、そもそも味方など誰ひとりいないのか。次々に奥の手やら隠し技やらが出てくるので、常に気を抜けない展開が続くのである。結局は、作品にとっていちばんいいところに落ち着いたとは言えるのかもしれない。先が愉しみで、ページを繰る手が止まらない一冊だった。

明日の食卓*椰月美智子

  • 2017/03/08(水) 17:05:13

明日の食卓
明日の食卓
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椰月 美智子
KADOKAWA/角川書店 (2016-08-31)
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息子を殺したのは、私ですか?

同じ名前の男の子を育てる3人の母親たち。
愛する我が子に手をあげたのは誰か――。

静岡在住・専業主婦の石橋あすみ36歳、夫・太一は東京に勤務するサラリーマン、息子・優8歳。
神奈川在住・フリーライターの石橋留美子43歳、夫・豊はフリーカメラマン、息子・悠宇8歳。
大阪在住・シングルマザーの石橋加奈30歳、離婚してアルバイトを掛け持ちする毎日、息子・勇8歳。

それぞれが息子のユウを育てながら忙しい日々を送っていた。辛いことも多いけど、幸せな家庭のはずだった。しかし、些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていく。無意識に子どもに向いてしまう苛立ちと怒り。果たして3つの石橋家の行き着く果ては……。
どこにでもある家庭の光と闇を描いた、衝撃の物語。


「ユウ」という名の子どもを虐待する母親の描写から物語は始まる。それに続いて、「イシバシユウ」という名前を持つ子どもを育てる三組の家族の日常が交互に描かれている。三組の家庭環境はさまざまで、抱える問題もそれぞれ違っているのだが、幼い子どもを育てる日々の大変さや慌ただしさには現実感が溢れていて、どこの家庭でも多かれ少なかれ経験があることと思われる。それが虐待へと繋がってしまうのは、ほんの少しのすれ違いや歯車のずれなのだが、渦中にある時には、とてもではないがそれに気づくことができない。客観的になれれば起こらないはずのことも、そのときにはそれが精いっぱいだということもあるのだ。世の中には、ほんとうに子どもが可愛くなくて虐待に走る親もいるかもしれないが、少なくともこの三組はそうではない。それなのになぜ、と痛ましい思いに駆られる。そして、ラスト近くに挟まれた「イシバシユウ」という子どもが母親の暴力によって死亡したという新聞記事。どの石橋家のことだろうと、胸がどきどきしてくる。このラストには、賛否両論あるところだと思うが、個人的には、ちょっとほっとさせられた。まったくの他人事と放り出せない切実さに満ち溢れた一冊である。

天晴れアヒルバス*山本幸久

  • 2016/10/30(日) 18:25:19

天晴れアヒルバス
天晴れアヒルバス
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山本幸久
実業之日本社
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アヒルバスのバスガイドになって12年、いつしかベテランになった高松秀子(デコ)。恋も仕事も充実…のはずが、後輩に追い抜かれっぱなしの日々。外国人向けオタクツアーのガイドを担当するが、最悪の通訳ガイド・本多光太のおかげでトラブル続発。デコは乗客に、そして自分にも幸せを運ぶことができるのか―!?アラサーのデコにもとうとう春が来る!?


デコさんもすっかりベテランになり、後輩を指導する立場にもなっているが、後輩たちが次々に企画を出して採用される中、さっぱりアイディアが浮かばず、密かに落ち込むこともあるのだった。後輩が企画したツアーのガイドをするのも忸怩たる思いがないわけではないが、その上さらに、厄介な新人本多光太のお目付け役まで仰せつかってしまい、さんざんである。だが、お客さんと接するのは愉しいし、先輩後輩、取引先の人たち初め、周りの人間関係には恵まれているのである。なんとアカコとヒトミも登場し、新しい展開がありそうだし、でこさん自身にもロマンスの兆しが見えたような見えないような。さらなる展開が愉しみなシリーズである。

代体*山田宗樹

  • 2016/08/20(土) 18:39:50

代体
代体
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山田 宗樹
KADOKAWA/角川書店 (2016-05-28)
売り上げランキング: 47,985

近未来、日本。そこでは人びとの意識を取り出し、移転させる技術が発達。大病や大けがをした人間の意識を、一時的に「代体」と呼ばれる「器」に移し、日常生活に支障をきたさないようにすることがビジネスとなっていた。
大手代体メーカー、タカサキメディカルに勤める八田は、最新鋭の代体を医療機関に売り込む営業マン。今日も病院を営業のためにまわっていた。そんな中、自身が担当した患者(代体を使用中)が行方不明になり、無残な姿で発見される。残される大きな謎と汚れた「代体」。そこから警察、法務省、内務省、医療メーカー、研究者……そして患者や医師の利権や悪意が絡む、壮大な陰謀が動き出す。意識はどこに宿るのか、肉体は本当に自分のものなのか、そもそも意識とは何なのか……。科学と欲が倫理を凌駕する世界で、葛藤にまみれた男と女の壮大な戦いが始まる!


人間の躰の中から意識だけを取り出して、代体に移転させ、躰を治療している間、意識だけは日常生活を送ることができる。想像するのは難しいが、過酷な治療を受けなければならない人にとっては、福音と言ってもいいのかもしれない。だがそれも、医療の現場で利用される場合に限ってのことである。個人の野望にその技術が使われるとなると、考えるだに恐ろしい。そして、一度開発されてしまった技術が、正当な事由以外のところにまで派生していくのを止めることができないということは、現在の状況に鑑みても間違いないことだろう。実際にありそうで恐ろしい。ただ、人間的な情が、計算し尽くされた策謀の綻びの元になるラストには、ちょっぴりほっとさせられる。計算ずくでは測れないのが人間だと改めて思わされる一冊でもある。

刑事の約束*薬丸岳

  • 2016/07/02(土) 19:44:16

刑事の約束
刑事の約束
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薬丸 岳
講談社
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昏睡状態の娘を持つ東池袋署の刑事・夏目信人。独自のまなざしで手がかりを見つめ、数々の事件を鮮やかに解いていく。夏目が対するのは5つの謎。抜き差しならない状況に追い込まれた犯人たちの心を見つめる夏目が、最後にした“約束”とは。日本推理作家協会賞短編部門候補作「不惑」収録!いまも近くで起きているかもしれない、しかし誰も書いたことのない事件を取り上げ、圧巻の筆致で畳み掛ける、乱歩賞作家のミステリー!

表題作のほか、「無縁」 「不惑」 「被疑者死亡」 「終の住処」


夏目シリーズ、短編集である。法務技官という前職と、自らの不運な体験によって独特の雰囲気を身にまとうようになった夏目であるが、今作では、なにやらやる気のない窓際族のような印象での登場である。とは言え、物語が動き始めると、目に見える熱血とは違うが、独特な視点で、重要なキーポイントに焦点を当て、被害者のみならず被疑者の胸の裡まで慮った方法で事件素解決に導くのである。いつの間にか知らず知らずのうちに閉ざした心を開いてしまう魅力が夏目にはあるように思われる。一匹狼というわけでもなく、熱血漢というわけでもなく、なんともとらえどころのない夏目のキャラクタは、正直未だに安定して思い描きにくいのだが、魅力的であることは間違いない。最後の物語で見えた希望の灯が健やかなものになりますようにと願わずにいられない一冊である。

刑事のまなざし*薬丸岳

  • 2016/06/22(水) 18:39:08

刑事のまなざし
刑事のまなざし
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薬丸 岳
講談社
売り上げランキング: 705,979

笑顔の娘を奪われた男は、刑事の道を選んだ。その視線の先にあるのは過去か未来か――。

●「オムライス」……内縁の夫が焼け死んだ台所の流しの「オムライスの皿」
●「黒い履歴」……クレーンゲームのぬいぐるみ「ももちゃん」
●「ハートレス」……ホームレスに夏目が振舞った手料理「ひっつみ」
●「傷痕」……自傷行為を重ねる女子高生が遭っていた「痴漢被害」
●「プライド」……ボクシングジムでの「スパーリング」真剣勝負
●「休日」……尾行した中学生がコンビニ前でかけた「公衆電話」
●「刑事のまなざし」……夏目の愛娘を十年前に襲った「通り魔事件」
過去と闘う男だから見抜ける真実がある。薬丸岳だからこそ書けるミステリーがある。


法務技官だった夏目は、通り魔に襲われて植物状態になった娘のために刑事になった。これは、東池袋署で捜査に当たった事件の数々である。いずれの事件にも少年が関わっており、ほかの刑事とは違う夏目のアプローチに、少しずつ心を開く様子が胸に迫る。痛みを知る夏目ならではの距離の取り方のように思える。さらに、洞察力の鋭さも見事である。捜査の早い段階から、真犯人に目星をつけ、状況を細かく見極める目は、とても鋭い。娘の事件の真相がわかって、衝撃を受けたに違いないが、刑事という職に徹している姿にも胸が熱くなる。夏目のアプローチをもっと見続けたい一冊である。

誰がために鐘を鳴らす*山本幸久

  • 2016/04/07(木) 21:13:46

誰がために鐘を鳴らす
山本 幸久
KADOKAWA/角川書店 (2016-03-02)
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翌年の廃校が決まっている、男子だらけの県立高に通う錫之助。ある日、担任のダイブツから音楽室の片付けを命じられた錫之助は、そこで見付けたハンドベルの音に魅せられ、居合わせた3人の同級生とハンドベル部を創立することになる。イケメンでそつがない播須、いじめられ体質の美馬、不良の土屋、顧問はお地蔵さん似の教師のダイブツ―チームワークもバラバラ、音楽の知識もないメンバーで、「女子高のハンドベル部との交流」という不純な目標から始まった部活動。だが、4人は段々と演奏の面白さに目覚め、交流の輪は広がってゆき…。卒業目前、彼らがハンドベルを通して選んだ未来とは?一人では絶対に演奏できない楽器、それがハンドベル。4人の凸凹男子高校生と独身教師が奏でる、笑えて泣ける極上の物語!


元々仲がいいわけでもない高校生男子四人と男性教師一人の五人がハンドベル部を作った。しかも、音楽経験者は、男子一人(美馬)と指導者の唐沢(カラニャン)だけである。さらに、学校は今年度限りで廃校になる。成功しそうな要素はほぼないと言っていいハンドベル部の、躓きながら、迷いながら、揉めながら、曲を奏でるという目標に一歩ずつ近づいていく姿がカッコイイ。純粋とは言えない動機から始まったハンドベル部ではあったが、少しずつ彼らの臨む姿勢が変わってくるのが胸を熱くする。誰が欠けても成り立たなかっただろうと思われて、これからの彼らも応援したくなる。最後に錫之助が見た未来の通りになればいいな、と思う一冊である。