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ついでにジェントルメン*柚木麻子
- 2022/08/13(土) 09:28:41
分かるし、刺さるし、救われる――自由になれる7つの物語。
編集者にダメ出しをされ続ける新人作家、女性専用車両に乗り込んでしまったびっくりするほど老けた四十五歳男性、男たちの意地悪にさらされないために美容整形をしようとする十九歳女性……などなど、なぜか微妙に社会と歯車の噛み合わない人々のもどかしさを、しなやかな筆致とユーモアで軽やかに飛び越えていく短編集。
それぞれの物語の主人公のように、実際に行動に移すかどうかはさておき、心のなかのこととしては共感できる部分が多いと思う。普段、胸にしまってあるモヤモヤを、ここまで解放して描き出し、さらには、コメディタッチでありながら、ふと切なさやるせなさを感じさせられるのは、芯がしっかりあるからだろう。さらっと読める風で、さまざま考えさせられる一冊でもある。
ミカエルの鼓動*柚月裕子
- 2022/06/07(火) 07:02:05
この者は、神か、悪魔か――。
気鋭の著者が、医療の在り方、命の意味を問う感動巨編。
大学病院で、手術支援ロボット「ミカエル」を推進する心臓外科医・西條。そこへ、ドイツ帰りの天才医師・真木が現れ、西條の目の前で「ミカエル」を用いない手術を、とてつもない速さで完遂する。
あるとき、難病の少年の治療方針をめぐって、二人は対立。
「ミカエル」を用いた最先端医療か、従来の術式による開胸手術か。
そんな中、西條を慕っていた若手医師が、自らの命を絶った。
大学病院の闇を暴こうとする記者は、「ミカエルは人を救う天使じゃない。偽物だ」と西條に迫る。
天才心臓外科医の正義と葛藤を描く。
大学病院を舞台に、手術支援ロボット・ミカエルとそれを操る心臓外科医の西條を主人公にする物語である。西條は、患者の負担も少ないミカエルを積極的に推進するが、ある時からじわじわと上層部の反応に変化が現れ、その後、開腹手術を得意とするドイツ帰りの真木が加わることで、流れが大きく変わり始める。欲得や名声、人間関係のしがらみなどに絡めとられ、医師の本分を見失う体制側に反発はあれど、自らを省みたときに、揺らぐ自信を感じずにはいられないことが、西條を愕然とさせる。神の手とも崇められる西條の本質は、存外ぶれやすい印象で、それが全面的に好印象につながらない一因でもあるのだが、人間臭くてリアルな感じもする。真木の本質を知った後の、二人の優秀な医師の協力関係も見てみたかった。読み応えのある一冊だった。
らんたん*柚木麻子
- 2022/02/25(金) 18:20:52
大正最後の年。かの天璋院篤姫が名付け親だという一色乕児は、渡辺ゆりにプロポーズした。
彼女からの受諾の条件は、シスターフッドの契りを結ぶ河井道と3人で暮らす、という前代未聞のものだったーー。
現在、女性が当たり前に教育を受けられる環境にいられる礎を作った女性たちの物語である。ことに、その中心にいて、恵泉女学園の創立者でもある河合道の果たした役割と、時代に翻弄されながらも、絶やすことのなかったその熱意、そして、彼女を取り巻く、自立した女性たちとの関りが生き生きと描かれていて引き込まれる。史実に基づいた物語であり、女性たちの考え方に偏ったところがないとは言えないが、彼女たちがいてくれたからこそのいまなのだと思うと、よくぞあきらめずにいてくれたと思わずにはいられない。パワーを注入される心地の一冊である。
月下のサクラ*柚木裕子
- 2021/11/22(月) 13:30:05
私は前に、前に進む――。
組織に巣くう不条理な倫理。
刑事・森口泉が闇に挑む。
事件現場で収集した情報を解析・プロファイリングをし、解決へと導く機動分析係。
森口泉は機動分析係を志望していたものの、実技試験に失敗。しかし、係長・黒瀬の強い推薦により、無事配属されることになった。鍛えて取得した優れた記憶力を買われたものだったが、特別扱い「スペカン」だとメンバーからは揶揄されてしまう。
自分の能力を最大限に発揮し、事件を解決に導く――。
泉は早速当て逃げ事件の捜査を始める。そんな折、会計課の金庫から約一億円が盗まれていることが発覚した。メンバー総出で捜査を開始するが、犯行は内部の者である線が濃厚で、やがて殺人事件へと発展してしまう……。
一広報課員だった森口泉が、刑事になってからの物語である。機動分析係に配属された途端のとんでもない事件に、身体を張り、命がけで臨む泉に、初めは冷ややかだった課員たちも、徐々に心を開き、信頼されるまでになる様子も見て取れて、泉をますます応援したくなる。一本筋が通った覚悟が、何事にも負けない力になるのだろう。「機動」と名のつく通り、初動捜査のすぴーと感には目を瞠るものがあり、それ故に見逃さなかった手掛かりも多々ある。第三弾にも期待したいシリーズである。
踊る彼女のシルエット*柚木麻子
- 2021/08/30(月) 16:29:30
義母が営む喫茶店を手伝う佐知子と芸能事務所でマネージャーをする実花。
出会ってから十六年。趣味にも仕事にも情熱的な実花は、佐知子の自慢の親友だった。
だが、実花が生み育てたアイドルグループが恋愛スキャンダルで解散に追い込まれたのをきっかけに、彼女は突然“婚活"を始める。
「私には時間がないの」と焦る実花に、佐知子は打ち明けられないことがあり……。
幸せを願っているのに、すれ違ってしまう二人が選ぶあしたとは。
揺れうごく女の友情を描く長編小説、待望の文庫化。(単行本『デートクレンジング』より改題)
型にはまりたくない、といいながらも、自ら型にはまりに行って、そこで縛られることから逃げ出そうとしてもがいているように、個人的には見えてしまって、あまり共感できなかった。自縄自縛という感じだろうか。唯一、見るからにふわふわと甘くアイドルの典型に見えていた春香だけが、最初から最後まで「自分」を持っていたのが救いかもしれない。どうしてそんなにがんじがらめにされに行くのだろうと思ってしまう一冊だった。
合理的にあり得ない 上水流涼子の解明*柚月裕子
- 2020/11/25(水) 16:36:36
「殺し」と「傷害」以外、 引き受けます。
不祥事で弁護士資格を剥奪された上水流涼子は、IQ140 の貴山をアシスタントに、探偵エージェントを運営。「未来が見える」という人物に経営判断を委ねる二代目社長、賭け将棋で必勝を期すヤクザ……。明晰な頭脳と美貌を武器に、怪人物がらみの「あり得ない」依頼を解決に導くのだが――。美貌の元弁護士が、知略をめぐらす鮮烈ミステリー! 『孤狼の血』、『慈雨』の著者、渾身作!!
表題作のほか、「確率的にあり得ない」 「戦術的にあり得ない」 「心情的にあり得ない」 「心理的にあり得ない」
欠点を探すのが難しいくらいのアシスタントの貴山との出会いは、最後の物語で明かされ、決して幸福な出会いではなかったのだが、このコンビができた運命を喜びたくなる。それにしても、貴山の優秀さよ!彼なくしては、上水流エージェンシーが成り立たないのは一目瞭然である。だが、その貴山に的確な指示を出す涼子の頭脳もなかなかではある。ミステリとしては、アンフェアな部分もあるが、どの物語も最後には胸がすっとするので、それがいちばんである。これはシリーズ化されないのだろうか。このコンビの仕事をもっともっと見たいと思わされる一冊だった。
臨床真理*柚木裕子
- 2019/11/05(火) 16:42:03
第7回『このミス』大賞は大紛糾! 選考委員がまっぷたつに分かれ、喧々諤々の議論の末、大賞ダブルの受賞となりました。本作は、臨床心理士と共感覚を持つ青年が、失語症の少女の自殺の真相を追う、一級のサスペンス!「書きたいものを持ち、それを伝えたいという、内なるパトスを感じさせる。醜悪なテーマを正統派のサスペンスに仕立て上げた手腕を、高く評価したい」茶木則雄(書評家)「文章、会話、冒頭のつかみや中盤の展開など、新人とは思えぬ素晴らしい筆力だ。とりわけ人物に危機の迫るサスペンス・シーンが秀逸」吉野仁(書評家)
障碍者施設、さらにはその中の精神障害を持つと診断された青年と少女を取り巻く物語で、素人がなかなかうかがい知ることができない内部が描き出されている印象である。主人公は、自死して搬送される救急車の中で事件を起こした青年・藤木司と、彼を担当する臨床心理士の佐久間美帆。手に負えないと思った司の内面に心から共感するようになるにつれて、障碍者施設で起こっている悪事に気づいていく。真相に近いものは早くから想像がつくが、真実はさらにおぞましく、思わず目をそむけたくなる。これぞイヤミスである。胸の底にどんどん滓がよどんでいくような心地にもなるが、信頼関係の確かさも感じさせられ、厭なばかりではない気分を味わえる一冊でもある。
検事の信義*柚木裕子
- 2019/08/18(日) 16:50:39
任官5年目の検事・佐方貞人は、認知症だった母親を殺害して逮捕された息子・昌平の裁判を担当することになった。昌平は介護疲れから犯行に及んだと自供、事件は解決するかに見えた。しかし佐方は、遺体発見から逮捕まで「空白の2時間」があることに疑問を抱く。独自に聞き取りを進めると、やがて見えてきたのは昌平の意外な素顔だった…。(「信義を守る」)
「裁きを望む」 「恨みを刻む」 「正義を質す」 「信義を守る」
検事・佐方貞人の物語である。調書を読みながら、些細な違和感にこだわり、事実の向こう側にある真実をとことん調べ尽くして、正しい裁きが下されるように力を注ぐ。その姿勢が好ましい。時に周りから疎まれ、諭されても、自らの信義を貫く佐方を尊敬する。ただ、もう少し、プライベートで気が抜けることがあるといいのに、と他人事ながら心配になりもする。事務官・増田ともいいコンビで、ますます愉しみなシリーズである。
奥様はクレイジーフルーツ*柚木麻子
- 2019/06/21(金) 16:50:53
夫と安寧な結婚生活を送りながらも、セックスレスに悩む初美。同級生と浮気未満のキスをして、義弟に良からぬ妄想をし、果ては乳房を触診する女医にまでムラムラする始末。この幸せを守るためには、性欲のはけ口が別に必要…なのか!?柚木がたわわに実る、果汁滴る12房の連なる物語。
「セックスレス問題」で一冊にしてしまう力業も見事だが、じめじめした印象ではなく、ともすればコメディかと思えてくることもあるくらいである。実感としては、初美に寄り添うことはできないし、彼女のような行動をとることもないだろうとは思うが、まったく共感できないかと言えばそうでもない。夫婦の在りようは、夫婦の数だけあるものなので、一概には言えないが、もしかするといまの時代、こんな夫婦が増えているのかもしれない、とも思わされる。働き方改革なんのそのの仕事の忙しさや、男性の草食化など、さまざまな要素も絡み合っているようにも思える。軽く読めるが軽いだけではない一冊である。
マジカルグランマ*柚木麻子
- 2019/06/19(水) 16:37:02
いつも優しくて、穏やかな「理想のおばあちゃん」(マジカルグランマ)
は、もう、うんざり。夫の死をきっかけに、心も体も身軽になっていく、75歳・正子の波乱万丈。
若い頃に女優になったが結婚してすぐに引退し、主婦となった正子。
映画監督である夫とは同じ敷地内の別々の場所で暮らし、もう五年ほど口を利いていない。
ところが、75歳を目前に先輩女優の勧めでシニア俳優として再デビューを果たすことに!
大手携帯電話会社のCM出演も決まり、「日本のおばあちゃんの顔」となるのだった。
しかし、夫の突然の死によって仮面夫婦であることが世間にバレ、一気に国民は正子に背を向ける。
さらに夫には二千万の借金があり、家を売ろうにも解体には一千万の費用がかかと判明する。
亡き夫に憧れ、家に転がり込んできた映画監督志望の杏奈、
パートをしながら二歳の真実ちゃんを育てる明美さん、
亡くなった妻を想いながらゴミ屋敷に暮らす近所の野口さん、
彼氏と住んでいることが分かった一人息子の孝宏。
様々な事情を抱えた仲間と共に、メルカリで家の不用品を売り、
自宅をお化け屋敷のテーマパークにすることを考えつくが――
「理想のおばあちゃん」から脱皮した、
したたかに生きる正子の姿を痛快に描き切る極上エンターテインメント! 「週刊朝日」連載の書籍化
本作の主人公はおばあちゃんの柏葉正子だが、さまざまな立場のステレオタイプにはまらずに生きていこうとするすべての年代のすべての人々が主役になり得る物語なのだろうと思う。何の疑がいも抱かずに、「おばあちゃんはこうあるべき」という世間の目に応えるような自分であろうとしてきた正子だったが、ある事件をきっかけに、本来の自分に目覚めてみれば、これがなかなか具合がよく、なんだかいろんなことが身の回りに起こるようにもなってきた。憤慨したり、悩んだり、自己嫌悪したり、またやる気を出したりしながら、愉しんだり落ち込んだりして生きていくのも悪くないかもしれない、と改めて自分の立ち位置を見回してみたくなる一冊だった。
ウツボカズラの甘い息*柚月裕子
- 2018/11/03(土) 12:55:29
容疑者は、ごく平凡な主婦――のはずだった。
殺人と巨額詐欺。交錯する二つの事件は人の狂気を炙り出す。戦慄の犯罪小説。
大藪春彦賞作家が描く、戦慄の犯罪小説!!
家事と育児に追われ、かつての美貌を失った高村文絵。彼女はある日、趣味の懸賞でデイナーショーのチケットを手にした。参加した会場で、サングラスをかけた見覚えのない美女に声をかけられる。女は『加奈子』と名乗り、文絵と同じ中学で同級生だというのだ。そして、文絵に恩返しがしたいとある話を持ちかけるが――。一方、鎌倉に建つ豪邸で、殺人事件が発生。被害者男性は、頭部を強打され凄惨な姿で発見された。神奈川県警捜査一課の刑事・秦圭介は鎌倉署の美人刑事・中川菜月と捜査にあたっていた。聞き込みで、サングラスをかけた女が現場を頻繁に出入りしていたという情報が入る……。日常生活の危うさ、人間の心の脆さを圧倒的なリアリティーで描く、ミステリー長篇。
中学時代は美少女で、友人たちの憧れの的だった文絵だが、ストレスがあるたびに激太りし、ハリのない日々を送っていた。そんなある日、懸賞で当たったディナーショーで偶然出会ったかつての同級生、加奈子の頼みで、高級化粧品の販売に手を染めることになる。やりがいを見つけ、美しさを取り戻し、収入も得て、充実した日々を送っていたはずだったのだが……。ある日をきっかけに、それまで積み重ねてきた事々がガラガラと崩れ始め、殺人事件の容疑者になってしまう。警察が捜査すればするほど、思ってもいなかった事実が次々にあぶりだされ、驚かされる。事件は解決するが、文絵がどうなってしまうのか、いささか気になるところである。一気に読まされる一冊だった。
デートクレンジング*柚木麻子
- 2018/07/16(月) 07:16:05
「私にはもう時間がないの」
女を焦らせる見えない時計を壊してしまえたらいいのに。
喫茶店で働く佐知子には、アイドルグループ「デートクレンジング」のマネージャーをする実花という親友がいる。
実花は自身もかつてアイドルを目指していた根っからのアイドルオタク。
何度も二人でライブを観に行ったけれど、佐知子は隣で踊る実花よりも眩しく輝く女の子を見つけることは出来なかった。
ある事件がきっかけで十年間、人生を捧げてきたグループが解散に追い込まれ、実花は突然何かに追い立てられるように“婚活"を始める。
初めて親友が曝け出した脆さを前に、佐知子は大切なことを告げられずにいて……。
自分らしく生きたいと願うあなたに最高のエールを贈る書下ろし長編小説。
婚活、妊活、保活、などなど。「~~活」と名づけた途端に、本来愉しく希望の持てるはずのものまで、一刻も早く達成しなければならない義務になってしまう気がする。世間に蔓延する、何となくの雰囲気に焦らされ、前へ前へ、次へ次へと動き続けなければ、取り残され落ちこぼれてしまうという、ある種の強迫観念に縛られる人たちが、さまざまな形で描かれている。擦りむいた傷にできたかさぶたをはがされるような痛々しさもあり、客観的に眺めている読者としては、もっと楽に考えればいいのに、と言ってあげたくなる。女同士の友情や、家族とのかかわりも絡め、女たちの生き辛さがひしひしと伝わってくる。自分を縛っているのは、もしかしたら自分なのかもしれないとも思わされる。どんな立場にあっても、自分のことが好きでいられればそれが幸せかもしれないとも思う一冊だった。
盤上の向日葵*柚月裕子
- 2018/01/30(火) 16:47:39
実業界の寵児で天才棋士。
本当にお前が殺人犯なのか!?
埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが調査を開始した。それから四ヶ月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦会場だ。世紀の対局の先に待っていた、壮絶な結末とは――!?
日本推理作家協会賞作家が描く、渾身の将棋ミステリー!
天木山の中で見つかった将棋の駒を胸に抱いた白骨死体の犯人の捜査に当たる、佐野と石破の章と、奨励会を経ずに、東大を卒業して実業家として名を馳せた後にプロ棋士となり、世間の注目を集めている上条圭介の生い立ちから現在までを追う章とが交互に描かれている。ひと癖もふた癖もある石破と、新米刑事の佐野との関係の推移も興味深く、圭介の恵まれない生い立ちとその後の立身出世の様子、将棋との関わり合い方なども、とても興味深いものである。それ故に、なぜ?と思ってしまうのである。最後の最後でやっと現在の捜査と過去からいままでの恵介の軌跡が合流するのだが、刑事たちは真相にはたどり着いたわけではないのである。この先どうなるのか、気になって仕方がないところで物語は幕を下ろす。読み応え充分で、しかも、先が気になる一冊である。
さらさら流る*柚木麻子
- 2017/12/09(土) 16:11:36
あの人の中には、淀んだ流れがあった――。28歳の井出菫は、かつて恋人に撮影を許した裸の写真が、
ネットにアップされていることを偶然発見する。恋人の名は光晴といった。
光晴はおどけたりして仲間内では明るく振る舞うものの、どこかそれに無理を感じさせる、ミステリアスな危うさを持っていた。しかし、なぜ6年も経って、この写真が出回るのか。
菫は友人の協力も借りて調べながら、光晴との付き合いを思い起こす。
飲み会の帰りに渋谷から暗渠をたどって帰った夜が初めて意識した時だったな……。
菫の懊悩と不安を追いかけながら、魂の再生を問う感動長編。
読み始めてしばらくは、なんだかとらえどころのない物語だという印象だった。だが、暗渠をたどって家まで歩く道筋で、菫と光晴の不安定な安定とでもいうようなものが、すでにちらちらと顔をのぞかせていて、その後の展開に興味が湧いた。客観的にみれば言いたいことはいくらでもあるような二人の関係なのだが、菫の心の動きも光晴の屈託も、すんなりと胸に落ち、どうにもならない心の動きの、まったくどうにもならなさにやり切れなくもなりながら、ある意味共感を覚えたりもする。リベンジポルノ――と言っていいのかどうかはよく判らないが――が題材の一部になってはいるが、決してそれだけではなく、包まれるように守られてきた菫が、自分の脚で立つ物語とも言える。さまざまなことが象徴されているような一冊だと思う。
検事の死命*柚月裕子
- 2017/11/01(水) 18:19:28
郵便物紛失事件の謎に迫る佐方が、手紙に託された老夫婦の心を救う「心を掬う」。感涙必至! 佐方の父の謎の核心が明かされる「本懐を知る」完結編「業をおろす」。大物国会議員、地検トップまで敵に回して、検事の矜持を貫き通す「死命を賭ける」(『死命』刑事部編)。検察側・弁護側——双方が絶対に負けられない裁判の、火蓋が切られる「死命を決する」(『死命』公判部編)。骨太の人間ドラマと巧緻なミステリーが融合した佐方貞人シリーズ第三作。刑事部から公判部へ、検事・佐方の新たなる助走が、いま始まる!
ストーリーはもちろんだが、登場人物のキャラクタが魅力的である。主人公の佐方は言うに及ばず、事務官の増田、上司の筒井など、周りを固める人物が好きになれると、物語の世界により入り込める気がする。冷静で無表情にも見える佐方の芯の熱さに惹きつけられる一冊である。
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