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巴里マカロンの謎*米澤穂信
- 2021/12/29(水) 18:01:34
11年ぶり、シリーズ最新刊!創元推理文庫オリジナル
そしていつか掴むんだ、あの小市民の星を。
謎に遭遇しがちな小佐内さんと、結局は謎解きに乗り出す小鳩君
手に手を取って小市民を目指すふたりの高校生が帰ってきました!
ここにあるべきではない四番目のマカロンの謎、マスタードが入った当たりのあげパンの行方。なぜかスイーツがらみの謎に巻き込まれがちな、小鳩君と小佐内さんの探偵行。「小佐内先輩が拉致されました! 」「えっ、また」?お待たせしました、日々つつましく小市民を目指す、あの互恵関係のふたりが帰ってきます。人気シリーズ11年ぶりの最新刊、書き下ろし「花府シュークリームの謎」を含めた番外短編集。四編収録。
結局謎があれば解いてしまう二人なのである。そして謎を引き寄せている節もある。これはもう避けては通れない宿命なので、抗わない方がいいと思う。秋桜ちゃんという、小山内さんの熱烈なファンも登場し、新たな謎解きの場も、贔屓のお店もできた。そして、小山内さんが拉致される事態も出現し、小鳩君宛てに残されたヒントによって、見事ひとりで謎を解いてみせたりもした。短い物語ながら、充分愉しめる充実ぶりの一冊だった。
月夜の羊*吉永南央
- 2021/12/05(日) 16:25:27
コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営む杉浦草は、秋のある日、道端で「たすけて」と書かれたメモを拾う。
折しも紅雲町では女子中学生が行方不明中。メモと関連づけ、誘拐・監禁を視野に警察も動き出すが、直後に少女は家出とわかる。そして、無関係なメモの件は放置される。
腑に落ちないお草は周辺をあたり、独居の老女が自宅で倒れているのを発見、救助する。ところが数日後、留守のはずの老女宅に人の気配を感じて――。
親の介護や「8050問題」に悩む人びとに、お草さんの甘いだけではなく厳しさも伴う言動は響くのか。
人気シリーズ第9弾!
今回も、あれやこれや深刻な問題が舞い込んできたり、行き当たってしまったりする。要らないおせっかいかと思いはするが、どうにも気になって首を突っ込み、あれこれ世話を焼き、気をもむことになる。登場人物がみな、丸ごと善人というわけでなく、悪い心がちらりと覗いたりするのも、人間臭くて好感が持てる。お草さんにしてからが、もちろん基本的に善人ではあるが、打算的であったりもするので、そこがまた魅力的である。カップルの問題、家族の問題、学校の問題、引きこもりの問題、介護の問題、などなど、誰にとっても無関係ではいられない問題のあれこれが、描かれていて、考えさせられる一冊でもある。
黒牢城*米澤穂信
- 2021/11/01(月) 18:06:21
信長を裏切った荒木村重と囚われの黒田官兵衛。二人の推理が歴史を動かす。
本能寺の変より四年前、天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻して有岡城に立て籠った荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の軍師・黒田官兵衛に謎を解くよう求めた。事件の裏には何が潜むのか。戦と推理の果てに村重は、官兵衛は何を企む。デビュー20周年の到達点。『満願』『王とサーカス』の著者が挑む戦国×ミステリの新王道。
歴史は苦手なので、それとミステリがどう結びつくのか興味があった。命のやり取りをする現場であるにもかかわらず、いわゆる安楽椅子探偵ものの設定であり、しかも探偵と助手が敵同士というとんでもない設定である。にもかかわらず、この魅力は何だろう。互いに敵なのか味方なのかも計り知れず、城内にあっても、心底安心することはない日々のなかで、地下の土牢の前で、官兵衛と向き合う時だけが村重の心を満足させるとは、何たる皮肉であろうか。ひとえに、官兵衛の知略の故であろう。だが、その目的は決して村重を心安くするものではないのが、切ないところである。しかも、そもそもの目的のもとになった出来事が最後の最後に覆るとは。戦国の世のすさまじさを見せつけられるようでもあり、真に分かり合えるふたりであることの喜びもあったのではないかとも思わされる。息もつけない一冊だった。
屋根裏のチェリー*吉田篤弘
- 2021/10/20(水) 16:29:42
もういちど会いたいです
都会のはずれのガケの上にある古いアパート。
その屋根裏にひっそり暮らしている元オーボエ奏者のサユリ。
唯一の友だちは、頭の中にいる小さなチェリー。
「流星新聞」の太郎、定食屋〈あおい〉の娘のミユキさん、鯨オーケストラの元メンバーたち……
と個性的で魅力的な登場人物が織りなす待望の長編小説――。
『流星シネマ』と響き合う、愛おしい小さな奇跡の物語。
ここにいない人のことばかり考えてしまう。屋根裏部屋に引きこもっているサユリさんは、自分にしか見えないチェリーの声を友として、日々をやり過ごしている。忘れられないこと、忘れたいこと、思い出せないこと、忘れてしまったこと。過去に置き去りにしきれないそれらの事々で、サユリさんは飽和状態だったように見える。そこに舞い込んだ、二百年前に川をさかのぼってきたクジラの骨が見つかり、復元作業が始まっているというニュース。そして、サユリさんがオーボエを吹いていた鯨オーケストラの名前の由来を知るために、長谷川さんに会いに行ったり、オーケストラ時代にインタビューされた、流星新聞の太郎さんとまた出会ったり。新しい風が、少しずつ吹き込んで、気持ちを前に向かせていく。時間や空間をまたいで、遥か彼方の想いがつながっていく。いま目の前にいる人のことも、考えられるようになっていく。極目の前のことが描かれているのに、遥かな旅をしてきたような読後感の一冊である。
それでも世界は回っている 1*吉田篤弘
- 2021/09/15(水) 07:36:45
「奇妙な惑星」博物館の保管室に勤務する十四歳のオリオ。
師匠のベルダさんと二人、世の中のあらゆるものを記録し保管すべく作業に勤しんでいた。
そんなある日、ベルダさんが死んだ。
自殺か、病気か、事件か。
原因がわからぬまま、オリオは保管室の責任者を引き継ぐことになる。
ところが――。
ベルダさんが記録に使用していた万年筆のインク、〈六番目のブルー〉の在庫がない。
あれなくして記録作業はできない。
幻のインクを求めるオリオの旅が始まった。
舞台も設定も、登場人物たちひとりひとりも、「一般的」とは言いかねる個性を持っている。だからこそ芽生え育った世界なのだろう。時間も距離も、常識にはとらわれず、それでもなお、人間の思考性は保たれている印象で、そこにそこはかとない安定感も見いだせる気がする。全体的な揺らぎをつなぎとめているもの、とでも言えばいいのか。著者の物語には、さまざまな意味での旅を感じることが多いが、本書の登場人物たちの旅は、まだまだ始まったばかりという感じである。これからどこへ連れて行ってくれるのか愉しみな一冊である。
初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ*吉永南央
- 2020/11/13(金) 16:44:59
紅雲町にやってきた、親切と評判の五十過ぎくらいの男。ある日彼は小蔵屋を訪ね、草に告げた。「私は、良一なんです」草が婚家に残し、三歳で水の事故で亡くなった息子・良一。男はなんの目的で良一を騙るのか、それとも―。
なんといっても、お草さんのキャラクタが魅力的である。悟り切った年寄りではなく、上からものを言うこともなく、決して優等生ではないところに、リアルな人間味が感じられる。それにしても、今回ほど心を揺さぶられたことはあっただろうか。なんとも悩ましい日々が描かれていて、切ないような、やり切れないような、呑み込めないような、複雑な心持ちにさせられる。そんな中でも、やはり助けられるのはひとの縁。言葉はなくても、まごころは通じ合うものである。お草さんの胸の底の重たさが少しでも軽くなっていたらいいと願わずにはいられない一冊だった。
流星シネマ*吉田篤弘
- 2020/09/03(木) 16:18:59
都会のへりの窪んだところにあるガケ下の町。僕はその町で、“流星新聞”を発行するアルフレッドの手伝をしている。深夜営業の“オキナワ・ステーキ”を営むゴー君、メアリー・ポピンズをこよなく愛するミユキさん、「ねむりうた」の歌い手にしてピアノ弾きのバジ君、ロシアン・コーヒーとカレーが名物の喫茶店“バイカル”を営む椋本さん、ガケ上の洋館で、“ひともしどき”という名の詩集屋を営むカナさん―。個性的で魅力的な人々が織りなす、静かであたたかな物語。
ガケ下の町の成り立ちや、町や、そこで暮らす人々の抱える事々。それぞれに悲しみや苦しみや懊悩を胸に秘めつつ、ときに、見えないものを見、聞こえないものを聞きながら、静かに穏やかに日々を過ごしているように見える。だが、何か足りないものを、誰もが探しているのかもしれない。そんな気がする。最後に辿り着いた、みんなの足りないものが、それぞれにある程度満たされるように思われる場所で、これからも彼らは静かに穏やかに暮らしていくのだろうと思わせてくれる一冊である。
Iの悲劇*米澤穂信
- 2020/02/24(月) 16:21:30
一度死んだ村に、人を呼び戻す。それが「甦り課」の使命だ。人当たりがよく、さばけた新人、観山遊香。出世が望み。公務員らしい公務員、万願寺邦和。とにかく定時に退社。やる気の薄い課長、西野秀嗣。日々舞い込んでくる移住者たちのトラブルを、最終的に解決するのはいつも―。徐々に明らかになる、限界集落の「現実」!そして静かに待ち受ける「衝撃」。これこそ、本当に読みたかった連作短篇集だ。
限界を超えて人がいなくなった集落に、定住者を募り、村を活性化させるという市長肝いりのプロジェクト「甦り課」に配属された万願寺の視点で描かれる物語である。予想以上の応募者があり、何とか移住者がやってきて、村の体裁が整いつつある蓑石村だったが、住民間に次々と問題が発生し、万願寺が新人の観山とともに奔走するが、その甲斐空しく、次々に転居者が出てしまう。どうする万願寺、どうする甦り課、というところだが、途中から、ふとある人物の行動の怪しさに気づいてしまう。それがどういう理由によるものかが空かされるのは最後の最後なのだが、そういうことだったのかと腑に落ちる思いと、そんな七面倒くさいことを、とあきれる思いとが相半ばする。ともかく、駆け引きのあれこれが興味深い一冊である。
チョコレート・ガール探偵譚*吉田篤弘
- 2019/08/21(水) 10:50:24
フィルムは消失、主演女優は失踪、そして原作の行方は……。
巨匠・成瀬巳喜男監督の幻の映画「チョコレート・ガール」を追う作り話のような本当の話。連続ノンフィクション活劇、今宵開幕!
「作り話のような本当の話」と書かれていて、たぶん本当のことなのだろうとは思うのだが、そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、架空の物語めいて見えてくるのが不思議である。それが、普段の著者の作品によるものなのか、著者ご本人の気質によるものなのかはよく判らないが。ともかく、現実にしても想像の産物にしても、「チョコレート・ガール」を追いかける旅にはこの上なくわくわくさせられ、あちこちにさりげなく配されたヒントをたどり、(この現代にあって、出来得る限り電網の世界の助けを得ずに)足で探したチョコレート・ガールの実態が、それはまた魅力的なのである。知らない顔で探すということの難しいけれど幸せ至極な充足感が伝わってきて、こちらも満ち足りた心地になる。愉しい探偵の時間をくれる一冊である。
黄色い実 紅雲町珈琲屋このみ*吉永南央
- 2019/08/15(木) 18:46:33
草が営むコーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」の頼れる店員・久実。ついに久実に訪れた春の予感に浮き立つ店に、衝撃のニュースが。元アイドルの女性が店の敷地内で暴行を受けたと訴え出たのだ。犯人は地元名士の息子。大騒動の町で気付けば久実は浮かぬ顔で…。暴行を受けたと訴え出た元アイドル。他にも被害者が?小さな町の大事件が小蔵屋の日常を揺るがせる。
とうとう久美にも春が、とわくわくしながら進展を見守っていたのだが、降ってわいたように厭な事件が起こり、どことなく久美の様子にもわだかまりがあるような……。地元名士である大学教授の息子が、恋愛問題のもつれから、傷心で帰ってくるということで、彼の就職に際して、お草さんもひと口絡んだ経緯もあり、教授一家のあれこれも気になる。そして、段々と事の真相が、お草さんの嫌な予感の通りに明らかになっていくのだった。ものすごく後味の悪い事件ではあるが、それはそれとして、小蔵屋の商いに関するいろいろは、想像するだけで愉しく明るい心持にさせられる。お草さんのアイディアが形になったちいさなものたちが、まるで希望の光のように小蔵屋で、来る人を待っていてくれるようである。久美と一ノ瀬のこれからがどうなるのかは、まだ定かではないが、あちこちに希望が見えるようなラストで救われた一冊だった。
月とコーヒー*吉田篤弘
- 2019/08/01(木) 18:41:22
喫茶店“ゴーゴリ”の甘くないケーキ。世界の果てのコインランドリーに通うトカゲ男。映写技師にサンドイッチを届ける夜の配達人。トランプから抜け出してきたジョーカー。赤い林檎に囲まれて青いインクをつくる青年。三人の年老いた泥棒、空から落ちてきた天使、終わりの風景が見える眼鏡―。忘れられたものと、世の中の隅の方にいる人たちのお話です。小箱の中にしまってあったとっておきのお話、24ピース。
ほんとうに、ちょっとしたお話がたくさんたくさん詰まっている。どの物語をとっても、めくるめく出来事や波乱万丈のドラマがあるわけではないが、ひとつひとつが、その物語の主人公にとっては大切な事々なのだということが、しっかりと伝わってくる。きれいな月が出ていて、おいしいコーヒーがあれば、人生捨てたものじゃない。この世界のどこかに、今日も彼らがいるのではないかと思うと、ちょっぴりうれしい気持ちにもなれる。静かでやさしくて、実り多い一冊である。
ノースライト*横山秀夫
- 2019/07/17(水) 18:36:34
一級建築士の青瀬は、信濃追分へ車を走らせていた。望まれて設計した新築の家。施主の一家も、新しい自宅を前に、あんなに喜んでいたのに…。Y邸は無人だった。そこに越してきたはずの家族の姿はなく、電話機以外に家具もない。ただ一つ、浅間山を望むように置かれた「タウトの椅子」を除けば…。このY邸でいったい何が起きたのか?
初めから終わりまで、みっしりと面白かった。装丁を見ただけで、そこはかとなく不安な気持ちにさせられ、読み始めてもその感はさらに強くなる。ブルーノ・タウトの椅子の出所を探るというのは、確かにひとつの要素ではあり、建築士としての青瀬の興味の在処でもあるのだろうが、つまるところ、そこにまつわるいくつかの家族の再生の物語なのではないかと思う。初めに抱いたそこはかとない不安は、次第に形を変え、一時は誰かの悪意を伴った不安に変わり、そして最後には、
一抹の無念さとともに、ある種の安堵と希望の種となって、物語全体を包み込むのである。大団円に向かって畳みかけるように進んでいく物語が心地好い一冊だった
本と鍵の季節*米澤穂信
- 2019/03/03(日) 16:38:59
堀川次郎は高校二年の図書委員。利用者のほとんどいない放課後の図書室で、同じく図書委員の松倉詩門(しもん)と当番を務めている。背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、快活でよく笑う一方、ほどよく皮肉屋ないいやつだ。
そんなある日、図書委員を引退した先輩女子が訪ねてきた。亡くなった祖父が遺した開かずの金庫、その鍵の番号を探り当ててほしいというのだが……。
放課後の図書室に持ち込まれる謎に、男子高校生ふたりが挑む全六編。
爽やかでほんのりビターな米澤穂信の図書室ミステリ、開幕!
「913」 「ロックオンロッカー」 「金曜に彼は何をしたのか」 「ない本」 「昔話を聞かせておくれよ」 「友よ知るなかれ」
高校生の図書委員男子二人が探偵コンビとなって、図書室に持ち込まれる謎を解き明かしていく物語である。どれもいささかほろ苦く、完全なるめでたしめでたしというわけではないのだが、その余韻が好ましくもある。探偵コンビにいまはまだある溝のようなものの正体が何なのか、そして、それが埋まる日が来るのか。次作が愉しみな一冊になった。
あること、ないこと*吉田篤弘
- 2018/08/16(木) 08:54:09
世界を繙く事典、探偵譚、他の惑星から来た友人、思い出深い食堂や音盤、長い置き手紙──虚実の出会う場所を描く美しい物語の数々。
タイトルの通り、まさしくあること、ないことがぎっしりと敷き詰められた、一枚の美しい絨毯のような印象である。あることとないこととの境も曖昧で、すべてが詩のようでもあり、心象風景のようでもある。著者の作品に触れるたびに思うことだが、一瞬で遠くへ旅して戻ってくるような心地の一冊である。
おやすみ、東京*吉田篤弘
- 2018/07/28(土) 18:30:56
この街の夜は、誰もが主役です。都会の夜の優しさと、祝福に満ちた長篇小説。
内容紹介には、長篇小説とあるが、濃密につながった連作短編のような趣である。描かれるのは、午前一時辺りの出来事である。人々が寝静まる深夜に、働く人たちがいて、それぞれにさまざまな思いを抱えて、何かを探している。そんな人たちが、次々につながり、誰かを、何かを見つけて、あるいは見つけられて、つながっていくのを見るのは、とても興味深く、なんだかページのこちら側でもうれしくなってしまう。夢なの現なのか、次第に曖昧になってくるようでもある一冊でもある。
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