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ミラーワールド*椰月美智子

  • 2021/09/24(金) 16:28:26


『明日の食卓』著者が本当に描きたかった、心にささる男女反転物語。

「だからいつまで経っても、しょうもない女社会がなくならないのよ」
「男がお茶を汲むという古い考えはもうやめたほうがいい」
女が外で稼いで、男は家を守る。それが当たり前となった男女反転世界。池ヶ谷良夫は学童保育で働きながら主夫をこなし、中林進は勤務医の妻と中学生の娘と息子のために尽くし、澄田隆司は妻の実家に婿入りし義父とともに理容室を営んでいた。それぞれが息苦しく理不尽を抱きながら、妻と子を支えようと毎日奮闘してきた。そんななか、ある生徒が塾帰りの夜道で何者かに襲われてしまう……。

「日々男女格差を見聞きしながら、ずっと考えていた物語です。そんなふうに思わない世の中になることを切望して書きました」――椰月美智子


男女の立場が反転している世界が描かれているのだが、なんとも言えない気持ち悪さが先に立った。なぜだろうと考えてみたのだが、女性の描かれ方がヒステリックというか、単視点的という感じで、女性が優位に立つ世界の利点が全くと言っていいほど描かれていないせいではないかと思い至った。女性が上に立ち、社会の指導的立場の多数になって、より繊細な対応ができるような世界が描かれていれば、見方も違ったかもしれないが、この描かれ方だと、女性が上に立つ世界にはなってほしくないとしか思えない。優位に立つとこうなってしまうだろうという著者の視点なのだろうか。本当の意味で、男女それぞれが本来持つ能力や特性を生かして共生できる社会になってくれればいい、と切実に思わされる一冊でもあった。

ぼくたちの答え*椰月美智子

  • 2021/03/09(火) 16:20:57


UFOに興味のある陽羽吾。寺の子で幽霊が見える臣。量子科学に関心のある眞琴。それぞれ理由があって不登校になった三人は、フリースクール「みかん」で出会い、仲良くなる。やがてお互いの興味が実は繋がっているように感じ、それぞれの興味の対象を調べるチームを結成した。その名も「コスモボーイズ」。やがて彼らは活動の中で、自分たちが世の中に感じる生きづらさの理由を悟ってゆき―、迷い戸惑うあなたに贈る、勇気の出る一冊!


読み進めるほどに、目が開かれるような心持ちになる。フリースクール「みかん」で出会った三人が、お互いの違いを認めつつ、それぞれの興味を持ち寄って、そこにシンクロニシティを見出し、互いに尊敬しあいながらさらに高め合っている。新しいことをみつけ、何かに気づくことによって、いままでの知識や体験とそれらを結びつけ、さらに新しい世界をひらいていく三人が、自由で頼もしくて、とても輝いている。親や周りの大人たちも、彼らを矯めることなく、丸ごと受け容れて愛してくれているのがわかって、好ましい。彼らが出会ったのが、一般的な教育現場に馴染めずに通い始めたフリースクールだったのが、とても皮肉に思われる。そしてそのスクールの名前「みかん」はもしかすると「未完」とも通じるのかもしれないと、秘かに思ってしまったりもするのである。彼らの成長も、開眼も、まだまだこれからなのだから。般若心経を読んでみたくなる一冊でもある。

こんぱるいろ、彼方*椰月美智子

  • 2020/10/14(水) 18:33:31


サラリーマンの夫と二人の子どもと暮らす真依子は、近所のスーパーの総菜売り場で働く主婦だ。職場でのいじめに腹を立てたり、思春期の息子・賢人に手を焼いたりしながらも、日々は慌ただしく過ぎていく。
大学生の娘・奈月が、夏休みに友人と海外旅行へ行くと言い出した。真依子は戸惑った。子どもたちに伝えていないことがあった。真依子は幼いころ、両親や兄姉とともにボートピープルとして日本に来た、ファン・レ・マイという名前のベトナム人だった。
真依子の母・春恵(スアン)は、ベトナム南部ニャチャンの比較的豊かな家庭に育ち、結婚をした。夫・義雄(フン)が南ベトナム側の将校だったため、戦後に体制の変わった国で生活することが難しくなったのだ。
奈月は、偶然にも一族の故郷ベトナムへ向かう。戦争の残酷さや人々の哀しみ、いまだに残る戦争の跡に触れ、その国で暮らす遠い親戚に出会う。自分のルーツである国に深く関心を持つようになった奈月の変化が、真依子たち家族に与えたものとは――?


思ってもみなかった題材を扱った物語である。冒頭は、ごくごく平凡な日本の家庭の日常が描かれていて、思春期の姉弟と、その家族のあれやこれやの日々がつづられていくのだろうと思って読み進めると、大学生の娘・奈月が友人たちとベトナム旅行をすることになったあたりから、にわかに様相が変わってくる。母の真依子がいままで隠していた、自分がベトナム人だということを奈月に話したことから、奈月は困惑し、混乱し、ベトナムのことを知りたいと思い、知らなかったいろいろを知っていく。ベトナムで母の出生地を訪れ、さらに衝撃と感動を体験し、自分の中で消化していく。友人たちや恋人との関係、弟やいとこたちとの関わり、さまざまなことを、自分の頭で考え、自分のものとして蓄えていく。そんな奈月を見て、真依子自身も少しずつ変わっていくのを自分でも感じている。最後には、本の表紙の金春色(ターコイズブルー)のような開放感ともいうようなさわやかな風を感じられる一冊だった。

純喫茶パオーン*椰月美智子

  • 2020/10/03(土) 18:19:22


創業50年(おおよそ)の喫茶店「純喫茶パオーン」。トレイを持つ手がいつも小刻みに震えているのに、グラスにたっぷり、表面張力ギリギリで運ぶ「おじいちゃんの特製ミルクセーキ」と、どんなにお腹がいっぱいでも食べたくなっちゃう「おばあちゃんの魔法のナポリタン」が看板メニューだ。その店主の孫である「ぼく」が小学5年・中学1年・大学1年の頃にそれぞれ出会う不思議な事件と、人生のちょっとした真実。


純喫茶パオーンの孫・来人が語る、パオーンのオーナーである祖父母と、そこに集まる人たちと、来人とその友人たちの日々の物語である。来人の成長とともに、さまざまな出来事があり、周りの人たちとの関係も少しずつ変わっていったりして、時々に悩ましくもある。それとともに、祖父母も歳を取り、純喫茶パオーンの行く末も気になってきたりもする。そんな日常に、ちょっとした謎が現れたりもして、ミステリ風味でもある。時には胸をチクリと刺されながらも、ほのぼのと愉しめる一冊である。

緑のなかで*椰月美智子

  • 2018/11/20(火) 18:40:40

緑のなかで
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青木啓太は、しまなみ海道の壮大な「橋」に心惹かれ、土木工学を学ぶため、家から遠く離れた北の大地にあるH大に入学する。自治寮に入り、大学紹介の活動、フィールドワークのサークルなど、友人たちと青春を謳歌している彼のもとに、母が失踪したと双子の弟、絢太から連絡が入る。あの、どこか抜けていて感受性豊かな母が、なぜ突然消えてしまったのか…。自然豊かな美しいキャンパスで大学三年生となった青年の成長と苦悩を描く。


奔放な中にもある種の規律がある寮生活の描写が、いかにも青春でほほえましい。いかにも溶け込めそうにない印象の啓太だったが、何事にも慣れるもので、大学三年のいまではすっかり緑旺寮の寮生である。そんな寮生活と、サークル活動を軸に、啓太と友人たちが互いに影響しあい刺激しあって若い時代を過ごしている様子が興味深い。そして、兄弟間で差のある母からの愛情の注がれ方に悩むのは、一卵性双生児であればなおさらで、それを口に出せないばかりになおさら、自分の思っているのとは違う方向に向かってしまうのは皮肉なものである。そんな母に好きな人ができて家を出た。そしてさらに、無念さに叫びだしたくなる出来事が……。読者も泣かずにはいられない。なぜ?どうして?自分を責めることしかできない気持ちが、手に取るように伝わってきて、胸が痛くなる。後半の「おれたちの架け橋」には、自死した寿を含めた、啓太の高校時代の日々が描かれている。いまの啓太を作った光あふれる高校生活である。同じ屈託を抱えてはいるが、これから自分で自分の道を切り開こうとする時代である。何より寿が生きている。先のことを知っているだけに、切なさやりきれなさが募る。一見非の打ちどころがなく、うらやましいばかりに見える人にも、その人なりの悩みがあり、押しつぶされそうになることもあるのだと、わかるだけでも人生はずいぶん生きやすくなるのではないだろうか。啓太には、悩みつつも受け容れて、いつの日か立派な橋を作ってもらいたいものである。両手でひさしを作ってまぶしすぎる光を和らげたくなるような一冊である。

さしすせその女たち*椰月美智子

  • 2018/07/31(火) 10:47:29

さしすせその女たち
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39歳の多香実は、5歳の娘と4歳の息子を育てながら、デジタルマーケティング会社の室長として慌ただしい毎日を過ごしていた。仕事と子育ての両立がこんなに大変だとは思っていなかった。ひとつ上の夫・秀介は「仕事が忙しい」と何もしてくれない。不満と怒りが募るなか、息子が夜中に突然けいれんを起こしてしまう。そのときの秀介の言動に多香実は驚愕し、思いも寄らない考えが浮かんでいく―。書き下ろし短編「あいうえおかの夫」収録。


働く女性の子育て奮闘記と夫との確執、夫への不満・憤りの数々、という物語である。著者の書く家事育児のドタバタは、実にリアルで、おそらく体験した人にしかわからないだろうという些細なことまで、みっちりと描かれているので、通り過ぎた後で読むと、思わず苦笑いしてしまうこと多々である。そして夫の子の無神経ぶりも、これはもう人間としての作りの差、とでもいうほかないのかもしれない、と思わされる。ラストに、『あいうえおかの夫』という、夫側から描かれた短いものがのせられているのだが、ほんの少し救いにはなるものの、家事育児に対する、圧倒的な認識の違いは如何ともしがたく、火に油を注ぎかねない気もしてしまう。現在奮闘中のお母さんには、ぜひめげずに潜り抜けてほしいと応援するばかりである。イライラむかむかカリカリしながら、ちょっぴり笑ってしまう一冊でもある。

つながりの蔵*椰月美智子

  • 2018/06/15(金) 09:54:29

つながりの蔵
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祖母から母、そして娘へ。悩める少女たちに伝えたい感動の命の物語。
41歳の夏、同窓会に誘われた遼子。その同窓会には、蔵のあるお屋敷に住むの憧れの少女・四葉が来るという。30年ぶりに会える四葉ちゃん。このタイミングで再会できるのは自分にとって大きな一歩になるはず――。
小学校5年生のある夏。放課後、遼子と美音は四葉の家でよく遊ぶようになった。広大な敷地に庭園、隠居部屋や縁側、裏には祠、そして古い蔵。実は四葉の家は幽霊屋敷と噂されていた。最初は怖かったものの、徐々に三人は仲良くなり、ある日、四葉が好きだというおばあちゃんの歌を聞きに美音と遼子は遊びに行くと、御詠歌というどこまでも悲しげな音調だった。その調べは美音の封印していた亡くなった弟との過去を蘇らせた。四葉は、取り乱した美音の腕を取り蔵に導いて――。
少女たちは、それぞれが人に言えない闇を秘めていた。果たしてその心の傷は癒えるのか―。輝く少女たちの物語。


41歳の遼子の現在から物語は始まり、同窓会に誘われたことで、小学校5年生の頃の遼子と美音、四葉の日々へとつながっていく。彼女たちにとって、その先の人生の見え方が変わるような、かけがえのない時だったことが伝わってくる。三人それぞれが抱える苦悩や試練も、あの日があったからこそ乗り越えてこられたのかもしれない。そして、同窓会当日、三人が再開したところで物語は幕を閉じる。その先の彼女たちのおしゃべりを聞いてみたい気がするが、そこは読者それぞれが、物語を想像するための余白なのだろう。ちょっぴり怖くて、清らかで、じんわりあたたかい一冊だった。

見た目レシピいかがですか?*椰月美智子

  • 2017/12/20(水) 16:24:17

見た目レシピいかがですか?
椰月 美智子
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「イメージコンサルタント」に関わる4人の女たち、それぞれの事情とは?

純代の場合――娘から「参観日にお母さんが一番ダサかった」と言われ……
あかねの場合――不倫相手の「私服がかっこ悪い」のが許せない……
美波の場合――自分がこんなかわいらしい服を着てもいいのだろうか……
繭子の事情――的確なアドバイスを下す彼女の抱える問題とは……

あなたの第一印象、そのままでいいですか? 本当に似合う色、服、髪型などを提案し、「見た目」を変えるイメージコンサルタント・御手洗繭子。ほんのちょっとの気づきと心構えで、人生は変わっていくもの。彼女のアドバイスを受けた人々の外見と内面の変化とは? そして繭子自身が抱える秘密と事情が……。「きれいになりたい」「自分らしくありたい」と思う女性たちの心理を、鋭くかつ細やかに描く、連作小説集。


見た目よりも中身が大事とか、元々の素材がよくないから何をしても無駄などとついつい諦めてしまいがちな、もう若くはない女性たちにスポットが当てられている。自分にも当てはまることが多々あるので、身につまされるところも多いが、愉しく読んだ。なにより、繭子さんにさまざまなアドバイスをされていくうちに、自分の中に眠らせていた明るい気分が目覚めさせられて、彼女たちがどんどん前向きになっていく様が、見ていてとても気持ちが好い。読後、イメージコンサルティングを受けてみたくなる一冊である。

明日の食卓*椰月美智子

  • 2017/03/08(水) 17:05:13

明日の食卓
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息子を殺したのは、私ですか?

同じ名前の男の子を育てる3人の母親たち。
愛する我が子に手をあげたのは誰か――。

静岡在住・専業主婦の石橋あすみ36歳、夫・太一は東京に勤務するサラリーマン、息子・優8歳。
神奈川在住・フリーライターの石橋留美子43歳、夫・豊はフリーカメラマン、息子・悠宇8歳。
大阪在住・シングルマザーの石橋加奈30歳、離婚してアルバイトを掛け持ちする毎日、息子・勇8歳。

それぞれが息子のユウを育てながら忙しい日々を送っていた。辛いことも多いけど、幸せな家庭のはずだった。しかし、些細なことがきっかけで徐々にその生活が崩れていく。無意識に子どもに向いてしまう苛立ちと怒り。果たして3つの石橋家の行き着く果ては……。
どこにでもある家庭の光と闇を描いた、衝撃の物語。


「ユウ」という名の子どもを虐待する母親の描写から物語は始まる。それに続いて、「イシバシユウ」という名前を持つ子どもを育てる三組の家族の日常が交互に描かれている。三組の家庭環境はさまざまで、抱える問題もそれぞれ違っているのだが、幼い子どもを育てる日々の大変さや慌ただしさには現実感が溢れていて、どこの家庭でも多かれ少なかれ経験があることと思われる。それが虐待へと繋がってしまうのは、ほんの少しのすれ違いや歯車のずれなのだが、渦中にある時には、とてもではないがそれに気づくことができない。客観的になれれば起こらないはずのことも、そのときにはそれが精いっぱいだということもあるのだ。世の中には、ほんとうに子どもが可愛くなくて虐待に走る親もいるかもしれないが、少なくともこの三組はそうではない。それなのになぜ、と痛ましい思いに駆られる。そして、ラスト近くに挟まれた「イシバシユウ」という子どもが母親の暴力によって死亡したという新聞記事。どの石橋家のことだろうと、胸がどきどきしてくる。このラストには、賛否両論あるところだと思うが、個人的には、ちょっとほっとさせられた。まったくの他人事と放り出せない切実さに満ち溢れた一冊である。

14歳の水平線*椰月美智子

  • 2015/09/12(土) 20:21:12

14歳の水平線
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椰月 美智子
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好きなサッカー部も辞めてしまった中2の加奈太。最近、息子の気持ちが掴めない征人。
夏休み、そんな父子が征人の故郷の島にやって来た。加奈太はキャンプで出会った子供達と交流を深める。
30年前の夏、中2の征人。父親が漁から戻らない。
息子と父親、そしてかつて少年だった父親の視点で交互に描く、青春&家族小説の感動傑作!


14歳という微妙な年齢の少年の成長を、父と息子の二代を交互に並べることで、鮮やかに描き出し、さらに、父と息子の間の壁をも取り払う巧みな成り立ちになっている。世界は自分中心に回っているように錯覚し、それに外れる事々に怒りを向け、悶々としながらもとげとげしい日々を過ごしている加奈太が、父の実家の島で、中二限定のサマーキャンプに参加した四泊五日は、現在にもこれからの人生にもかけがえのないものや人に出会った貴重な日々だったと、加奈太だけでなく、参加したほかの五人も、心から思ったことだろう。憎まれ口をきいても、突っ張っていても、14歳である。これから限りなく伸びていく可能性を感じさせてくれる一冊だった。

伶也と*椰月美智子

  • 2015/02/18(水) 18:31:25

伶也と伶也と
(2014/11/13)
椰月 美智子

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生まれて初めてのライブで、ロックバンド「ゴライアス」と衝撃的な出会いをした直子。今までこれといった趣味もなかった彼女は、自分の持てる時間と金のすべてを使い、ボーカルの伶也を支えることを決心する。狂おしいほどの愛と献身が行きつく先はどこなのか。二人が迎えた結末は、1ページめで明かされる。恋愛を超えた、究極の感情を描く問題作。


冒頭に配された新聞記事。本作は、この記事に至るまでの長い長い物語である。結末を知ってしまっているので、なにを読んでも切なく、胸に迫る。にもかかわらず、その場その場では、直子に少しでも幸せになってほしいと願わずにはいられなくもなるのである。伶也が果たして、大学院を出て、恵まれた職場でやりがいのある仕事をしていた直子が入れあげるほどの男かといえば、客観的に見ると、否としか言いようがない。それでも、どうしようもなく抑えられない気持ちはよくわかる。どこかで歯車がひとつでも違っていたら、まったく違う現在があるのだろうとも思うが、そうはならない運命だったのだろう。傍から見れば哀れむべき状況でも、直子にとっては至福の最期だったのだろう。切なくやるせなく愛にあふれた一冊である。

消えてなくなっても*椰月美智子

  • 2014/05/10(土) 16:50:54

消えてなくなっても (幽ブックス)消えてなくなっても (幽ブックス)
(2014/03/07)
椰月 美智子

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タウン誌の編集をする青年・あおのは、ストレス性の病を抱え、神話の伝説の残る緑深い山中にある鍼灸専門のキシダ治療院を取材で訪れる。どこへ行っても治らないという難病がそこでは治ると評判で、全国から患者が後を立たず訪問する治療院だった。先生に会ってみると明るくさばけており、先生の手伝いとして、同じ年頃の小説家志望のつきのという女性が居候していた。あおのは、自分の治療をかねて、三人暮らしをすることになる。規則正しい暮らし、治療の手伝い、つきのとくだけた本音の付き合いをすることで、あおのの病気は少しずつ回復に向かっていく。そしてついに、あおのは庭先で河童に遭遇する! それが意味するものは……。つきのもあおのも同じように、両親を幼いころ亡くしている。つきのは孤児院に、あおのは親戚に預けられていた。あおのの心を開いたものは何だったのか、二人を結びつけた運命とは……。ラストに用意された大どんでん返しは号泣を誘います。生を願い、死をも恐れない、愛されて人は生まれてきたのだということを思い出させてくれる、生への賛歌。、椰月美智子の最高傑作。本年度、泣ける小説ナンバー1確実。


著者には珍しく、よしもとばななさん的な雰囲気の漂う物語である。精神世界とか、この世ならぬ者との触れ合いなどによって、傷ついた心が少しずつ修復されていく過程は、読んでいる自分も解き放たれていくような解放感と安心感に包まれて――主人公のあおのやつきのの心のなかは不安定であるにもかかわらず――心地好い。これですべてがうまくいく方へ進んでいくのだと思いかけたラスト近くに仕掛けられたどんでん返しは、驚くばかりで、思わず涙を誘われるが、だからこそのこの物語なのだと、次第に納得させられた。心が浄化されるような一冊である。

市立第二中学校2年C組--10月19日 月曜日*椰月美智子

  • 2013/10/23(水) 10:08:10

市立第二中学校2年C組市立第二中学校2年C組
(2010/08/04)
椰月 美智子

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中2の一日は、こんなにも厄介で輝いている8時24分、七海は保健室に登校し、10時24分、貴大は初恋に落ちる。クラス38名それぞれの顔と心の内がくっきりと見える、等身大の学級日誌のような物語。


まさにタイトル通り、そのまんまの一冊である。巻頭に、2年C組の座席表と時間割が載っているのも、リアル感を増している。インターネットなど影も形もなく、いじめ問題もさほど深刻ではなかったわたしの中学生時代と、――周りの環境やツールが変わっても――中身はあまり変わっていないのだなぁ、というのが実感である。人間って進歩しているようでいて、実は律儀に同じ道筋をたどっているものなのかもしれない。これはたまたまこの一日を抜き出しているが、例えば学園祭の準備期間とか、別の一日にスポットを当てたら、もっと熱くなっていたりするのだろうか。その辺りも読んでみたいものである。中学生日記の一冊。

その青の、その先の、*椰月美智子

  • 2013/09/06(金) 16:51:00

その青の、その先の、その青の、その先の、
(2013/08/22)
椰月 美智子

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ばかみたいに幸福な時間。それは、ほんの少しさみしい。
恋、友情、初体験……。人生のきらめきすべてが詰まっている、最高の仲間と過ごした最高の三年間。

「こういうの、大人が見たらばかみたいだって言うのだろうか。高校生のおままごとだって言うのだろうか」
まひる……落語家を目指す大好きな彼氏が出来て、ファーストキスをしたばかり。
クロノ……ミュージシャンを目指してバンド活動をしている。誰もが振り返る美少女。
睦実……四人の中で唯一“初体験"を済ませていて、生徒会長に片思い中。よく泣く。
夏海……弓道部で活動していて、友だち想い。高校時代は化粧をしないと決めている。
悩みも夢も違うけれど、時に応援し合い、なぐさめ合い、確かに繋がっている四人のクラスメイト。
だがある日、まひるを思いがけない試練が襲い……。
光り輝く宝物のような時間は大切にしないと、シャボン玉のように消えてしまう。
『るり姉』が話題の著者が、最高の仲間と過ごした高校生活を鮮やかに描写した、感動の書き下し青春小説!


タイトルからは高校生の物語を想像しなかったし、こんな展開になるとは、読み始めてからも全く思いもしなかった。そのことは悲劇としか言いようがないのだが、それでもこの物語の中では悲劇で終わらないのである。強さと愛しさと友情にぎゅうっと囲まれて、いまどきの高校生もなかなかやるもんだと思わされる一冊である。

シロシロクビハダ*椰月美智子

  • 2013/01/23(水) 14:05:24

シロシロクビハダシロシロクビハダ
(2012/11/27)
椰月 美智子

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化粧品メーカーの研究部に勤める秋山箱理の肩には、目に見えないゆでだこの「タコリ」が乗っている。子供のころ世の中とうまく折り合えなかった箱理をいつも助けてくれたタコリが、17年ぶりに再来したのだ。それとともに、平和だった箱理の家族と仕事に波乱が生じはじめて・・・。なぜか完璧な白塗り化粧で素顔を隠しつづける祖母・ヨシエ、奔放なライターの姉・今理、熱血漢の弟・万理とその恋人、化粧品開発に賭ける同僚ら個性豊かな登場人物の織り成すドラマを温かく、ときに切なく描く魅力作。


箱理は空想の産物(?)のゆでだこのタコリを肩にのせているちょっと変わった子どもだった。大人になったいまは、化粧品メーカーの研究部に勤めている。相変わらず浮世離れしてはいるが、仕事はやりがいがあり、まあなんとなく職場の人間関係もうまくいっている風である。そんな折、しばらく現れなかったタコリが姿を現した。姉の今理、弟の万理とのあれこれ、祖母ヨシエさんの白塗り化粧の秘密、職場の同僚とのやり取りや仕事の達成感、そして工場での仄かな恋心など、箱理の日常は平穏なんだか波乱万丈なんだかよくわからない。でも、何があっても箱理は箱理でいてほしいと思わされる一冊である。