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エ/ン/ジ/ン*中島京子

  • 2010/08/02(月) 19:30:26

エ/ン/ジ/ンエ/ン/ジ/ン
(2009/02/28)
中島 京子

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身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取った、葛見隆一。仕事と恋人を失い、長い人生の休暇にさしかかった隆一は、会場でミライと出逢う。ミライは、人嫌いだったという父親の行方を捜していた。手がかりは「厭人」「ゴリ」、二つのあだ名だけ。痕跡を追い始めた隆一の前に、次々と不思議な人物が現れる。記憶の彼方から浮かび上がる、父の消えた70年代。キューブリック、ベトナム戦争、米軍住宅、そして、特撮ヒーロー番組“宇宙猿人ゴリ”―。


ミライの願いは、父親を探し出して会いたいということではなく、「自分の誕生の記憶を持ちたい」ということだった。若いころ行ったドイツで影響を受け、夢の幼稚園=トラウムキンダーガルテンをたった一年だけ開園していて、いまは認知症が進みかけている母のこと、父と思われる人物の若いころの行ない、両親の出会い、などを隆一が調べていくことになる。その過程で、父らしき人物と知り合いだった人が見つかり、キーワードにもなっている『宇宙厭人ゴリ』を書いた作家の「わたし」を偶然見つけ、さらに弟と名乗る人物も見つけ出し、父の輪郭が少しずつ明らかになっていく。本人はまったく姿を現さないのだが、彼が生きた時代背景と関わった人たちの断片的な記憶から再構築されるようで興味深い。ただ、父親が戦争やら反戦運動といったことが色濃くでる時代を駆けぬけたということもあり、出てくる事実には重いものもあり、すっきり爽やかな父親探し物語、というわけではない。含むところの多い一冊である。

小さいおうち*中島京子

  • 2010/06/20(日) 20:52:31

小さいおうち小さいおうち
(2010/05)
中島 京子

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赤い三角屋根の家で美しい奥様と過ごした女中奉公の日々を振り返るタキ。そして60年以上の時を超えて、語られなかった想いは現代によみがえる。


  第一章  赤い三角屋根の洋館
  第二章  東京モダン
  第三章  ブリキの玩具
  第四章  祝典序曲
  第五章  開戦
  第六章  秘策もなく
  第七章  故郷の日々
  最終章  小さいおうち


タキが、女中奉公をしていたころのことを手記にしながら思い出している、という形で語られる物語である。そしてそれを包むようにあるのは、タキ亡きあとその手記を託された甥の健史が伯母・タキが女中として奉公していた赤い屋根の家のことを知ろうとする姿である。思いで物語が入れ子になっているとでも言えばいいだろうか。
タキの思い出話は、キラキラと輝いていて、それがたとえ戦争中のことであってもとても幸福そうに見受けられる。タキ自身がきっと輝いていたひとときであったのだろうと察せられる。女中としての気働きや、物が豊富にない時代の食卓の工夫といったことごとが、物のあふれた現代よりもずっと豊かに思えるほどである。タキの控えめな語り口もまた味わい深さを増している。最終章をも含めて、とても贅沢で味わい深い一冊だった。

さようなら、コタツ*中島京子

  • 2008/12/05(金) 17:22:13

さようなら、コタツさようなら、コタツ
(2005/05/19)
中島 京子

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ささやかな夢をたくしたこの部屋に思いがけず訪問者はやってくる―。人生はせつなくて。おかしくて。いとしくて。さまざまな手触りの人間模様を描いた7つの物語。1つ1つが味わい深い上質の短編小説集。


表題作のほか、「へやのなか(短いまえがき)」 「ハッピー・アニバーサリー」 「インタビュー」 「陶器の靴の片割れ」 「ダイエットクイーン」 「八十畳」 「私は彼らの優しい声を聞く」

さまざまな部屋の中で営まれるさまざまな人間たちの生きる様の物語である。
部屋も、その主も、訪れる人々も、それぞれにまったく違っており、出会いあり別れあり、思い出あり・・・と状況もさまざまなのだが、どこかしら似た空気が漂う物語たちである。
胸に開いた穴を埋めようとするような、足りない部分を求めるような、さみしさのような切なさのようななにかに覆われているような心地がする一冊なのだった。

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平成大家族*中島京子

  • 2008/10/17(金) 18:33:55

平成大家族平成大家族
(2008/02/05)
中島 京子

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72歳の元歯科医・緋田龍太郎が妻の春子、妻の母のタケ、ひきこもりの長男克郎と暮らす家に、事業が失敗した長女逸子の一家3人、離婚した妊婦の次女友恵が同居することに。にわか大家族になった緋田家の明日は・・・!?家族それぞれの目線から語られる、それぞれの事情。くすりと笑って、ほっこり心が温かくなる、新家族小説が誕生!


歯科医を引退した緋田龍太郎・72歳。現在は、趣味で義歯を作り、妻と妻の母と引きこもりの長男と四人で、このままこともなく暮らしていくのだろうと思っていた。そんな矢先、出て行った家族が続々ともどってくることになったのだった。
あっという間に八人家族になった緋田家。その八人が、それぞれ現在の状況に至るまでの、そして現在の胸の内を語ったオムニバスである。ここに至るまでには、それぞれに理由があり、言いたいことも多々あるのだが、家族であるがゆえに言わなかったり言えなかったりするあれこれを、それぞれの視線でながめていると、これぞ家族だなぁ、という思いでいっぱいになる。勝手気ままにやっているわけではなく、家族のことを気にかけているのだが、わざわざ言葉にすることもないので伝わらなかったり、逆に心配のあまりつい言いすぎてみたり・・・。
昭和以前の大家族が順当な世代交代によって、入口(出生)も出口(独立、死亡)がはっきりしていたのに対し、平成の大家族は、出たり入ったりが忙しく、予測できない大家族なのである。
家族の距離感の描かれ方が絶妙で、ひとりひとりの思いがそれぞれよくわかり、結構悲惨な状況にもかかわらず、どこか楽天的にも見える緋田家の人々が好ましい一冊だった。

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ツアー1989*中島京子

  • 2006/07/02(日) 17:38:04

☆☆☆・・

ツアー1989 ツアー1989
中島 京子 (2006/05)
集英社

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記憶はときどき嘘をつく。15年前、香港3日間の旅の途上で消えた青年は何処へ? ブログ、日記、手紙に展開される出来事をたどり、記憶をめぐる微妙な心理をミステリタッチで描く。


《迷子つきツアー》と呼ばれていた香港三泊四日のツアーをキーにする連作ミステリ。
ただ、ミステリとは言っても 犯人探しとか謎解きとかとは趣を異にしている。
はじまりは、15年前に書かれた(ラブレターのような)手紙が ブロードバンドのセールスマンの手によって凪子に届けられたことだった。

作者はわたしたちをどこへ連れて行きたかったのだろう。どんな意図によって書かれたにせよ、わたしは連れて行かれてしまった。香港だったり、バンコクだったり、そして 誰かの記憶の中に。
この本自体が、旅行客たちが何かを置き忘れてきたとのちに感じる《迷子つきツアー》であるかのように、どこかに何かを置き忘れてきたような心地にさせられるのだが、どこになのか何をなのかが思い出せない。そんなもやもや感に包まれた一冊である。

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