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夢見る帝国図書館*中島京子
- 2019/07/27(土) 16:49:41
「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」
作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったなら――資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。
日本で最初の図書館をめぐるエピソードを綴るいっぽう、わたしは、敗戦直後に上野で子供時代を過ごし「図書館に住んでるみたいなもんだったんだから」と言う喜和子さんの人生に隠された秘密をたどってゆくことになる。
喜和子さんの「元愛人」だという怒りっぽくて涙もろい大学教授や、下宿人だった元藝大生、行きつけだった古本屋などと共に思い出を語り合い、喜和子さんが少女の頃に一度だけ読んで探していたという幻の絵本「としょかんのこじ」を探すうち、帝国図書館と喜和子さんの物語はわたしの中で分かち難く結びついていく……。
知的好奇心とユーモアと、何より本への愛情にあふれる、すべての本好きに贈る物語!
混乱と混沌の時代背景、上野という場所、図書館や動物園というなくても生死にかかわらない施設にスポットが当てられ、さらに、混迷の時代に翻弄されるように、幼い時代を過ごし、いままた上野で人生の終盤を過ごしている喜和子さんという一人の女性とその思いを知ろうとすることで見えてくる、さまざまな誤解や真実が切なくもありやり切れなくもある。それでも、みんなが喜和子さんのことを考え、心を過去にさまよわせたり、遠い地に思いを馳せたりすることで、新たに生まれた人間関係もあり、最後には、喜和子さんの望む形に少しは近づけたのかもしれない、とも思わされるのである。図書館というものを通して、ひとりの人の一生の複雑さをも考えさせられる一冊だったような気がする。
樽とタタン*中島京子
- 2018/04/23(月) 16:44:40
忘れかけていた子どもの頃の思い出を、あざやかに甦らせる傑作短篇集。小学校の帰りに毎日行っていた赤い樽のある喫茶店。わたしはそこでお客の老小説家から「タタン」と名付けられた。「それはほんとう? それとも噓?」常連客の大人たちとの、おかしくてあたたかな会話によってタタンが学んだのは……。心にじんわりと染みる読み心地。甘酸っぱくほろ苦いお菓子のように幸せの詰まった物語。
病的なまでに家から出ることに恐怖を感じていた幼いころ、母や祖母となら家の外に出かけることができた。勤めに出ていた母よりは、祖母と暮らす日々がトモコを作ったのかもしれない。そんなある日、偶然母と入った喫茶店は、かつて祖母が生きていたころ入ったことのある店で、どういうわけかそこなら怖くなかったので、以来、放課後には、仕事終わりの母を待ってその喫茶店=レッド・バレルで過ごすようになったのだった。そして、その店の赤い樽が指定席のようになり、常連の老小説家にタタンと名付けられるのである。こどもは、大人が思うよりも、大人の話をよく聞いていて、結構よく覚えてもいる。そして大人は、そのつもりはなくても、こどもにさまざまなことを日々教えているものだ。それぞれの孤独を抱えた常連客たちの言葉の端々からたくさんのことを吸収し、タタンは少しずつ大きくなっていった。大人になって思い出すあれこれは、あの頃に培われたものなのかもしれない。あの喫茶店は、すべての大人とこどもたちの心の世界なのかもしれない。ひとりぼっちの寂しさと、守られている安心感に包まれる一冊でもある。
彼女に関する十二章*中島京子
- 2016/06/05(日) 18:36:47
「50歳になっても、人生はいちいち驚くことばっかり」
息子は巣立ち、夫と二人の暮らしに戻った主婦の聖子が、ふとしたことで読み始めた60年前の「女性論」。一見古めかしい昭和の文士の随筆と、聖子の日々の出来事は不思議と響き合って……
どうしたって違う、これまでとこれから――
更年期世代の感慨と、思いがけない新たな出会い。
上質のユーモアが心地よい、ミドルエイジ応援小説
「どうやらあがったようだわ」で始まる物語である。更年期を迎えた女性の――大げさに言えば――世界の見え方の描写が新鮮である。さまざまな縛りから解き放たれ、来し方のあれこれに想いを致し、来たるべきあれこれに想いを馳せる。不安になったりうろたえたり、このままでいいのかと自問してみたりと、結構忙しいのである。そんな事々のさなかにありながら、案外冷静に突き放して見ている主人公である50歳の聖子が、なかなか味があって好ましい。女性の更年期は、ちょうど家族の過渡期に同調するようにやってくることが多く、聖子の場合も、息子の自立と重なることになる。晴れがましいような、心もとないような、寂しいような複雑さのなかで、自らの軌跡を振り返るきっかけになったりもする。読み進むにつれて、どんどん惹きこまれるようになる一冊でもある。
長いお別れ*中島京子
- 2015/07/29(水) 07:00:19
帰り道は忘れても、難読漢字はすらすらわかる。
妻の名前を言えなくても、顔を見れば、安心しきった顔をする――。
東家の大黒柱、東昇平はかつて区立中学の校長や公立図書館の館長をつとめたが、十年ほど前から認知症を患っている。長年連れ添った妻・曜子とふたり暮らし、娘が三人。孫もいる。
“少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く”といわれる認知症。ある言葉が予想もつかない別の言葉と入れ替わってしまう、迷子になって遊園地へまよいこむ、入れ歯の頻繁な紛失と出現、記憶の混濁--日々起きる不測の事態に右往左往するひとつの家族の姿を通じて、終末のひとつの幸福が描き出される。著者独特のやわらかなユーモアが光る傑作連作集。
認知症、老老介護、離れて住む家族の事情、などが描かれた物語である。だが、単に介護の苦労や壮絶さが描かれているわけではない。敢えてその部分は淡々と描き、認知症の父と介護する母の情の通い合いや思い入れ、離れて暮らす娘たちそれぞれの事情と想いなど、この夫婦、この親子でしかわからない家族の歴史の積み重ねまでがまるごと描かれているように思われる。なにより家族が認知症の父の尊厳を最期まで自然に尊重している姿が印象に残る。一見意味の判らない会話でも、父は娘を、娘は父を理解しているように見える場面では胸がじんとする。現実の介護はここに描かれていない壮絶なことの方が多いのだとは思うが、だからこそ本作の姿勢が救いになるようにも思える一冊である。
パスティス--大人のアリスと三月兎のお茶会*中島京子
- 2015/01/10(土) 18:22:17
![]() | パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会 (単行本) (2014/11/10) 中島 京子 商品詳細を見る |
太宰治、吉川英治、ケストナー、ドイル、アンデルセン……。あの話この話が鮮やかに変身するパスティーシュ小説集。思わずにやりとする、文芸の醍醐味がたっぷり!
元になった作品を読んでいるものもありそうでないものもあったが、知らなくても元の作品を思い描けるものもあり、知っていれば思わずクスリとなったり、あぁそんな裏話もあったかもしれないなと、妙に納得してみたり、ときには、元作品より腑に落ちたり。なかなか愉しい一冊だった。
妻が椎茸だったころ*中島京子
- 2013/12/17(火) 17:17:31
![]() | 妻が椎茸だったころ (2013/11/22) 中島 京子 商品詳細を見る |
オレゴンの片田舎で出会った老婦人が、禁断の愛を語る「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」。暮らしている部屋まで知っている彼に、恋人が出来た。ほろ苦い思いを描いた「ラフレシアナ」。先に逝った妻がレシピ帳に残した言葉が、夫婦の記憶の扉を開く「妻が椎茸だったころ」。卒業旅行で訪れた温泉宿で出会った奇妙な男「蔵篠猿宿パラサイト」。一人暮らしで亡くなった伯母の家を訪ねてきた、甥みたいだという男が語る意外な話「ハクビシンを飼う」。
5つの短篇を収録した最新作品集。
なんだか、胸の奥の奥の深いところがうずくような物語である。顔色ひとつ変えずに――あるいはうっすらと頬笑みさえ浮かべて――、切っ先鋭い刃物を突き付けられているような、そんな叫び声すらあげられないような恐怖でもあり、裏を返せば、それこそが自分の望みだったというような満たされたような心地にもなる。とても遠いにもかかわらず、身の裡に食い込んでくるような一冊である。
のろのろ歩け*中島京子
- 2013/04/14(日) 07:15:58
![]() | のろのろ歩け (2012/09/27) 中島 京子 商品詳細を見る |
北京、台湾、上海――刻々と変わりゆくアジアの街で、変わりゆくことを強いられる年頃の日本の女性たちは何を見つけるのか。時の流れに移ろうものとそうでないものを、主人公の心の機微に沿いながら丁寧に、どこかユーモア漂うタッチで描き出す三篇。
「北京の春の白い服」の舞台は、自由経済化が女性のおしゃれにも波及し、ついに中国国内でのファッション誌創刊が許された1999年の北京。日本でフリー編集者をしている夏美は中国の出版社からの招へいに応じて雑誌創刊準備のため働くことになる。アメリカ人の恋人ジェイソンは「君の価値観は受け入れられないだろう」と渋い顔だが、年齢的にも国内でのキャリア的にも微妙なところに差し掛かっている夏美には必要な変化に思えた。だが、いざ始まった北京での春物ファッション撮影は想像以上に過酷。大陸ならではの厳寒ロケ、流行の白い服はあっというまに黄砂で汚れ、現地スタッフとは一から十まで意見が食い違う。そこに追い打ちをかけるような「ほら、僕は正しかっただろう?」と上から目線の彼氏からのメール……。こんなはずじゃなかった。追い詰められた夏美の前に開けた道は? 実際に女性誌編集者として中国に赴いた著者の経験が活かされた一篇ほか、失恋したばかりの娘が、かつて台湾に留学していた母の恋の手がかりを追って現地の青年と旅をする「天燈幸福」、夫の転勤についてしぶしぶ上海に移った妻の異国の地での戸惑いと発見を描く「時間の向こうの一週間」。異国の風景の中を、不器用ながら飄々と明るく旅をするヒロインたちの姿が、静かな共感を呼ぶ中篇集です。
舞台は中国。主人公は日本人女性。年齢や立場はそれぞれだが、単身中国へやってきて、戸惑い、反発し、もどかしさを感じ、ためらいを覚えながらも、その大らかさに溶け込んでいく――というか取り込まれていく――姿が描かれている。日本とのギャップのみならず、中国国内にも存在するギャップ――過去と現在とか、貧富の差とか――に目を瞠りつつも、抱き留められるような安心感と心細さを感じさせられる一冊である。
眺望絶佳*中島京子
- 2012/04/05(木) 17:00:34
![]() | 眺望絶佳 (2012/02/01) 中島 京子 商品詳細を見る |
自分らしさにもがく人々の、ちょっとだけ奇矯な日々。客に共感メールを送る女性社員、倉庫で自分だけの本を作る男、夫になってほしいと依頼してきた老女。中島ワールドの真骨頂!
「眺望良し。【往信】」 「アフリカハゲコウの唄」 「倉庫の男」 「よろず化けます」 「亀のギデアと土偶のふとっちょくん」 「今日はなんだか特別な日」 「金粉」 「おさななじみ」 「キッズのための英会話教室」 「眺望良し。【復信】」
八つの物語を挟み込むように配された、スカイツリーと東京タワーのやりとりにじんわり泣ける。ことに東京タワーの気持ちがよくわかって、愛おしくなる。そして、東京タワーからスカイツリーへのバトンタッチに象徴される時代の移り変わりが、そのほかの物語にはそれとなく織り込まれている。どこにでもありそうな日常の風景から、ほんのわずか視線をずらしたところにありそうな、アスファルトの割れ目から芽を吹いた小さな緑のような、目立たないがふと目を引かれる風景が詰まった物語である。なんとなく物悲しい気分にもなる一冊である。
東京観光*中島京子
- 2011/10/05(水) 17:01:54
![]() | 東京観光 (2011/08/05) 中島 京子 商品詳細を見る |
恋情、妄想、孤独、諧謔…中島京子ワールドへようこそ
女の部屋の水漏れが、下に住む男の部屋の天井を濡らした。女が詫びに訪れたのをきっかけに二人は付き合い出し、やがて男は不思議な提案をするが・・・。(「天井の刺青」)。直木賞作家が紡ぐ珠玉の7篇。
表題作のほか、「植物園の鰐」 「シンガポールでタクシーを拾うのは難しい」 「ゴセイト」 「天井の刺青」 「ポジョとユウちゃんとなぎさドライブウェイ」 「コワリョーフの鼻」
どの物語の主人公もとても真っ当な人たちである。その主人公に近づいてくるのが少しばかり一般の尺度に当てはまらない人たちだというだけである。だが、それだけで物語りは思ってもみない展開を見せるので目を瞠ったりわくわくしたりさせられる。もしかすると主人公たちにちょっと変わったものを引き寄せる何かがあるのかもしれない、いやきっとそうなのだ、という思いが確信めいてくる。日本のどこかできっと毎日同じようなことが繰り広げられているのだろうな、と人知れずにんまりしてしまう一冊である。
女中譚*中島京子
- 2011/05/21(土) 21:09:53
![]() | 女中譚 (2009/08/07) 中島 京子 商品詳細を見る |
昭和初期の林芙美子、吉屋信子、永井荷風による女中小説があの『FUTON』の気鋭作家によって現代に甦る。失業男とカフェメイドの悪だくみ、麹町の洋館で独逸帰りのお嬢様につかえる女中、麻布の変人文士先生をお世話しながら舞踏練習所に通った踊り子……。レトロでリアルな時代風俗を背景に、うらぶれた老婆が女中奉公のウラオモテを懐かしく物語る連作小説集。
「ヒモの手紙」 「すみの話」 「文士のはなし」
それぞれ、林芙美子、吉屋信子、永井荷風に捧げられた物語であり、かつ、いまは年老いた「すみ」が自分語りをするという趣向の連作になっている。すみが若かりしころの東京の風物に、それを語っている現代の東京の風物や事件が入り交じっているところに妙なリアル感がある。歴然と階級の差があったころの日本(東京)の閉塞感と未熟さ、その時代を生きる人びとの意識などが「すみ」の語り口から伝わってきて思わず惹きこまれる。日本がまだまだどうにでもなれる可能性を持っていたよき時代を感じさせられる一冊である。
花桃実桃*中島京子
- 2011/04/29(金) 16:56:30
![]() | 花桃実桃 (2011/02) 中島 京子 商品詳細を見る |
40代シングル女子まさかの転機に直面す。昭和の香り漂うアパートでへんてこな住人に面食らい来し方をふり返っては赤面。行く末を案ずればきりもなし…ほのぼの笑えてどこか懐かしい直木賞作家の最新小説。
幽霊でも出そうな――実際に出るという話も――おんぼろアパートを残し、ほとんど行き来がなかった父が逝った。仕事でもちょうど転機に差しかかったこともあり、花村茜はアパートの一室を改装して住み込みの管理人になることにしたのだった。どうやら父の愛人だった様子の老婦人や整形オタクの女性、にぎやかな父子家庭、根暗なウクレレ弾きの青年、探偵を名乗るハンチングの男、クロアチア人夫婦、そして管理を任せていた太陽不動産の親父や元同級生のバーテンダーなど。一癖も二癖もある人びとと否応なくかかわることで、茜自身に見えてくることもあるのだった。それぞれのキャラクターがまず面白い。これだけ濃い人たちがよくぞ集まったものだという気もするが、存外その辺にいそうなキャラなのかもしれない。ラストはちょっぴりじんとさせられ、あしたもいい日になるかもしれない、という希望を抱かせてもくれる。じわじわと味わい深い一冊である。
ハブテトル ハブテトラン*中島京子
- 2011/04/04(月) 19:09:25
![]() | ハブテトル ハブテトラン (2008/12) 中島 京子 商品詳細を見る |
広島県・松永を舞台に、はずむような備後弁でつづられた物語。
タイトルは呪文かなにかかと思ったら、【「ハブテトル」とは備後弁で「すねている、むくれている」という意味。「ハブテトラン」は否定形。】とのことである。
東京の小学校で居心地の悪い思いをし、ストレスから体調を崩したダイスケは、二学期をママの両親が住む松永で過ごすことになる。その二学期の物語である。やわらかで大らかな備後弁が松永の年中行事や級友たちとのやりとりすべてを包み込んで、読者をものんびりとした気持ちにしてくれる。辛いものを抱えたダイスケだが、松永の暮らしに否応なく巻き込まれていくうちに、少しずつ自分を取り戻し、強くもなったように見える。三学期、東京に戻ってからのことは描かれていないが、きっと一学期よりも上手くやれることだろう。備後弁のリズムと懸命に漕ぐ自転車が切る風が心地好い一冊である。
冠・婚・葬・祭*中島京子
- 2011/02/19(土) 16:43:45
![]() | 冠・婚・葬・祭 (2007/09) 中島 京子 商品詳細を見る |
人生の節目節目で、起こった出来事、出会った人、考えたこと。
いろいろあるけど、ちゃんと生きよう。そんな気持ちになる4つの「今」を切り取る物語。
冠...地方新聞の新米記者が成人式を取材。そこから事件が始まる。
婚...引退したお見合いおばさんに持ち込まれた2枚の写真の行末。
葬...社命で葬式に連れて行ったおばあちゃん。その人生とは。
祭...取り壊しを決めた田舎家で姉妹は最後のお盆をする。
「空に、ディアボロを高く」 「この方と、この方」 「葬式ドライブ」 「最後のお盆」
冠婚葬祭と聞けば、人生の節目とか、浮世の義理とかいう言葉が思い浮かんだりして、なにやら儀式ばった印象がなくもない。だが、本作の冠・婚・葬・祭の四つの物語は、極個人的なそれぞれの冠であり、婚であり、葬であり、祭であるので読者が我が身に引き寄せてその場の空気を感じることができるように思う。二十歳の物語の斜めから切り取った設定が好きだった。じんとしてしんとさせる一冊である
エルニーニョ*中島京子
- 2010/12/29(水) 07:16:16
![]() | エルニーニョ (100周年書き下ろし) (2010/12/10) 中島 京子 商品詳細を見る |
女子大生・瑛は、恋人から逃れて、南の町のホテルにたどり着いた。そこで、ホテルの部屋の電話機に残されたメッセージを聞く。「とても簡単なのですぐわかります。市電に乗って湖前で降ります。とてもいいところです。ボート乗り場に十時でいいですか?待ってます」そして、瑛とニノは出会った。ニノもまた、何者かから逃げているらしい。追っ手から追いつめられ、離ればなれになってしまう二人。直木賞受賞第一作。21歳の女子大生・瑛と7歳の少年・ニノ、逃げたくて、会いたい二人の約束の物語。
小森瑛(こもり てる)は東京の大学生で、かつて高校の英語教師だったニシムラと同棲したが、彼は実はDV男なのだった。ある日偶然出会った路上アコーディオン弾きの女性の「もしいますぐそこを離れたいなら、迷わずすぐに離れることよ」という言葉に背中を押され、ニシムラから逃げ出して南へと向かった瑛。見知らぬ南の町のホテルの電話に残されていた不思議なメッセージに導かれるようにして行った湖で七歳の少年・ニノに出会う。逃げている二人はいつしか互いの手を取り合い、なくてはならないものになるのだったが――。
舞台は日本の南の町や島である。そして、瑛とニノがそれぞれに抱える事情は泥沼でやりきれないものである。にもかかわらず、物語全体に流れるのはなぜかぴんと張り詰めた澄明な空気と異国の匂いなのである。二人の出会いの不思議さがそう感じさせるのかもしれない。また、見かけは大人の瑛と子どものニノであるが、互いに守り守られ、ときにそれが逆転するようにも感じられ、二人にとっての互いのなくてはならなさが伝わってくる。とても苦しいが、とても清々しい話でもある。そんな一冊。
桐畑家の縁談*中島京子
- 2010/09/16(木) 10:25:45
![]() | 桐畑家の縁談 (2007/03/22) 中島 京子 商品詳細を見る |
「結婚することにした」 妹・佳子の告白により、にわかに落ち着きをなくす姉・露子(独身)。寡黙な父、饒舌な母、そして素っ頓狂な大伯父をも巻き込んだ桐畑姉妹の悩ましくもうるわしき20代の日々。「さようなら、コタツ」の著者がもどかしいほどの姉妹の人生を、ユーモラスな視点で綴った作品。
いじめられっ子で独自の世界に生きていて結婚などとは無縁だと思っていた妹・佳子が台湾人のウー・ミンゾンと結婚するという。妹の縁談は喜ばしいことであり、共に祝いたいのだが、露子・27歳は、にわかに動揺し我が身を振り返ったり、つきあってきた恋人たちとの関係を思い返したりして自分の中で辻褄を合わせようともがく。父、母、露子、佳子、桐畑家のそれぞれが降って湧いた結婚話をきっかけにあたふたする姿がリアルであり、傍目には面白可笑しくもある。胸の奥にじんとするものを感じる一冊でもある。
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