彼女に関する十二章*中島京子

  • 2016/06/05(日) 18:36:47

彼女に関する十二章
彼女に関する十二章
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中島 京子
中央公論新社
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「50歳になっても、人生はいちいち驚くことばっかり」

息子は巣立ち、夫と二人の暮らしに戻った主婦の聖子が、ふとしたことで読み始めた60年前の「女性論」。一見古めかしい昭和の文士の随筆と、聖子の日々の出来事は不思議と響き合って……

どうしたって違う、これまでとこれから――
更年期世代の感慨と、思いがけない新たな出会い。
上質のユーモアが心地よい、ミドルエイジ応援小説


「どうやらあがったようだわ」で始まる物語である。更年期を迎えた女性の――大げさに言えば――世界の見え方の描写が新鮮である。さまざまな縛りから解き放たれ、来し方のあれこれに想いを致し、来たるべきあれこれに想いを馳せる。不安になったりうろたえたり、このままでいいのかと自問してみたりと、結構忙しいのである。そんな事々のさなかにありながら、案外冷静に突き放して見ている主人公である50歳の聖子が、なかなか味があって好ましい。女性の更年期は、ちょうど家族の過渡期に同調するようにやってくることが多く、聖子の場合も、息子の自立と重なることになる。晴れがましいような、心もとないような、寂しいような複雑さのなかで、自らの軌跡を振り返るきっかけになったりもする。読み進むにつれて、どんどん惹きこまれるようになる一冊でもある。

長いお別れ*中島京子

  • 2015/07/29(水) 07:00:19

長いお別れ
長いお別れ
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中島 京子
文藝春秋
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帰り道は忘れても、難読漢字はすらすらわかる。
妻の名前を言えなくても、顔を見れば、安心しきった顔をする――。

東家の大黒柱、東昇平はかつて区立中学の校長や公立図書館の館長をつとめたが、十年ほど前から認知症を患っている。長年連れ添った妻・曜子とふたり暮らし、娘が三人。孫もいる。

“少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く”といわれる認知症。ある言葉が予想もつかない別の言葉と入れ替わってしまう、迷子になって遊園地へまよいこむ、入れ歯の頻繁な紛失と出現、記憶の混濁--日々起きる不測の事態に右往左往するひとつの家族の姿を通じて、終末のひとつの幸福が描き出される。著者独特のやわらかなユーモアが光る傑作連作集。


認知症、老老介護、離れて住む家族の事情、などが描かれた物語である。だが、単に介護の苦労や壮絶さが描かれているわけではない。敢えてその部分は淡々と描き、認知症の父と介護する母の情の通い合いや思い入れ、離れて暮らす娘たちそれぞれの事情と想いなど、この夫婦、この親子でしかわからない家族の歴史の積み重ねまでがまるごと描かれているように思われる。なにより家族が認知症の父の尊厳を最期まで自然に尊重している姿が印象に残る。一見意味の判らない会話でも、父は娘を、娘は父を理解しているように見える場面では胸がじんとする。現実の介護はここに描かれていない壮絶なことの方が多いのだとは思うが、だからこそ本作の姿勢が救いになるようにも思える一冊である。

パスティス--大人のアリスと三月兎のお茶会*中島京子

  • 2015/01/10(土) 18:22:17

パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会 (単行本)パスティス: 大人のアリスと三月兎のお茶会 (単行本)
(2014/11/10)
中島 京子

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太宰治、吉川英治、ケストナー、ドイル、アンデルセン……。あの話この話が鮮やかに変身するパスティーシュ小説集。思わずにやりとする、文芸の醍醐味がたっぷり!


元になった作品を読んでいるものもありそうでないものもあったが、知らなくても元の作品を思い描けるものもあり、知っていれば思わずクスリとなったり、あぁそんな裏話もあったかもしれないなと、妙に納得してみたり、ときには、元作品より腑に落ちたり。なかなか愉しい一冊だった。

妻が椎茸だったころ*中島京子

  • 2013/12/17(火) 17:17:31

妻が椎茸だったころ妻が椎茸だったころ
(2013/11/22)
中島 京子

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オレゴンの片田舎で出会った老婦人が、禁断の愛を語る「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」。暮らしている部屋まで知っている彼に、恋人が出来た。ほろ苦い思いを描いた「ラフレシアナ」。先に逝った妻がレシピ帳に残した言葉が、夫婦の記憶の扉を開く「妻が椎茸だったころ」。卒業旅行で訪れた温泉宿で出会った奇妙な男「蔵篠猿宿パラサイト」。一人暮らしで亡くなった伯母の家を訪ねてきた、甥みたいだという男が語る意外な話「ハクビシンを飼う」。
5つの短篇を収録した最新作品集。


なんだか、胸の奥の奥の深いところがうずくような物語である。顔色ひとつ変えずに――あるいはうっすらと頬笑みさえ浮かべて――、切っ先鋭い刃物を突き付けられているような、そんな叫び声すらあげられないような恐怖でもあり、裏を返せば、それこそが自分の望みだったというような満たされたような心地にもなる。とても遠いにもかかわらず、身の裡に食い込んでくるような一冊である。

のろのろ歩け*中島京子

  • 2013/04/14(日) 07:15:58

のろのろ歩けのろのろ歩け
(2012/09/27)
中島 京子

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北京、台湾、上海――刻々と変わりゆくアジアの街で、変わりゆくことを強いられる年頃の日本の女性たちは何を見つけるのか。時の流れに移ろうものとそうでないものを、主人公の心の機微に沿いながら丁寧に、どこかユーモア漂うタッチで描き出す三篇。
「北京の春の白い服」の舞台は、自由経済化が女性のおしゃれにも波及し、ついに中国国内でのファッション誌創刊が許された1999年の北京。日本でフリー編集者をしている夏美は中国の出版社からの招へいに応じて雑誌創刊準備のため働くことになる。アメリカ人の恋人ジェイソンは「君の価値観は受け入れられないだろう」と渋い顔だが、年齢的にも国内でのキャリア的にも微妙なところに差し掛かっている夏美には必要な変化に思えた。だが、いざ始まった北京での春物ファッション撮影は想像以上に過酷。大陸ならではの厳寒ロケ、流行の白い服はあっというまに黄砂で汚れ、現地スタッフとは一から十まで意見が食い違う。そこに追い打ちをかけるような「ほら、僕は正しかっただろう?」と上から目線の彼氏からのメール……。こんなはずじゃなかった。追い詰められた夏美の前に開けた道は? 実際に女性誌編集者として中国に赴いた著者の経験が活かされた一篇ほか、失恋したばかりの娘が、かつて台湾に留学していた母の恋の手がかりを追って現地の青年と旅をする「天燈幸福」、夫の転勤についてしぶしぶ上海に移った妻の異国の地での戸惑いと発見を描く「時間の向こうの一週間」。異国の風景の中を、不器用ながら飄々と明るく旅をするヒロインたちの姿が、静かな共感を呼ぶ中篇集です。


舞台は中国。主人公は日本人女性。年齢や立場はそれぞれだが、単身中国へやってきて、戸惑い、反発し、もどかしさを感じ、ためらいを覚えながらも、その大らかさに溶け込んでいく――というか取り込まれていく――姿が描かれている。日本とのギャップのみならず、中国国内にも存在するギャップ――過去と現在とか、貧富の差とか――に目を瞠りつつも、抱き留められるような安心感と心細さを感じさせられる一冊である。

眺望絶佳*中島京子

  • 2012/04/05(木) 17:00:34

眺望絶佳眺望絶佳
(2012/02/01)
中島 京子

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自分らしさにもがく人々の、ちょっとだけ奇矯な日々。客に共感メールを送る女性社員、倉庫で自分だけの本を作る男、夫になってほしいと依頼してきた老女。中島ワールドの真骨頂!


「眺望良し。【往信】」 「アフリカハゲコウの唄」 「倉庫の男」 「よろず化けます」 「亀のギデアと土偶のふとっちょくん」 「今日はなんだか特別な日」 「金粉」 「おさななじみ」 「キッズのための英会話教室」 「眺望良し。【復信】」

八つの物語を挟み込むように配された、スカイツリーと東京タワーのやりとりにじんわり泣ける。ことに東京タワーの気持ちがよくわかって、愛おしくなる。そして、東京タワーからスカイツリーへのバトンタッチに象徴される時代の移り変わりが、そのほかの物語にはそれとなく織り込まれている。どこにでもありそうな日常の風景から、ほんのわずか視線をずらしたところにありそうな、アスファルトの割れ目から芽を吹いた小さな緑のような、目立たないがふと目を引かれる風景が詰まった物語である。なんとなく物悲しい気分にもなる一冊である。

東京観光*中島京子

  • 2011/10/05(水) 17:01:54

東京観光東京観光
(2011/08/05)
中島 京子

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恋情、妄想、孤独、諧謔…中島京子ワールドへようこそ
女の部屋の水漏れが、下に住む男の部屋の天井を濡らした。女が詫びに訪れたのをきっかけに二人は付き合い出し、やがて男は不思議な提案をするが・・・。(「天井の刺青」)。直木賞作家が紡ぐ珠玉の7篇。


表題作のほか、「植物園の鰐」 「シンガポールでタクシーを拾うのは難しい」 「ゴセイト」 「天井の刺青」 「ポジョとユウちゃんとなぎさドライブウェイ」 「コワリョーフの鼻」

どの物語の主人公もとても真っ当な人たちである。その主人公に近づいてくるのが少しばかり一般の尺度に当てはまらない人たちだというだけである。だが、それだけで物語りは思ってもみない展開を見せるので目を瞠ったりわくわくしたりさせられる。もしかすると主人公たちにちょっと変わったものを引き寄せる何かがあるのかもしれない、いやきっとそうなのだ、という思いが確信めいてくる。日本のどこかできっと毎日同じようなことが繰り広げられているのだろうな、と人知れずにんまりしてしまう一冊である。

女中譚*中島京子

  • 2011/05/21(土) 21:09:53

女中譚女中譚
(2009/08/07)
中島 京子

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昭和初期の林芙美子、吉屋信子、永井荷風による女中小説があの『FUTON』の気鋭作家によって現代に甦る。失業男とカフェメイドの悪だくみ、麹町の洋館で独逸帰りのお嬢様につかえる女中、麻布の変人文士先生をお世話しながら舞踏練習所に通った踊り子……。レトロでリアルな時代風俗を背景に、うらぶれた老婆が女中奉公のウラオモテを懐かしく物語る連作小説集。


「ヒモの手紙」 「すみの話」 「文士のはなし」

それぞれ、林芙美子、吉屋信子、永井荷風に捧げられた物語であり、かつ、いまは年老いた「すみ」が自分語りをするという趣向の連作になっている。すみが若かりしころの東京の風物に、それを語っている現代の東京の風物や事件が入り交じっているところに妙なリアル感がある。歴然と階級の差があったころの日本(東京)の閉塞感と未熟さ、その時代を生きる人びとの意識などが「すみ」の語り口から伝わってきて思わず惹きこまれる。日本がまだまだどうにでもなれる可能性を持っていたよき時代を感じさせられる一冊である。

花桃実桃*中島京子

  • 2011/04/29(金) 16:56:30

花桃実桃花桃実桃
(2011/02)
中島 京子

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40代シングル女子まさかの転機に直面す。昭和の香り漂うアパートでへんてこな住人に面食らい来し方をふり返っては赤面。行く末を案ずればきりもなし…ほのぼの笑えてどこか懐かしい直木賞作家の最新小説。


幽霊でも出そうな――実際に出るという話も――おんぼろアパートを残し、ほとんど行き来がなかった父が逝った。仕事でもちょうど転機に差しかかったこともあり、花村茜はアパートの一室を改装して住み込みの管理人になることにしたのだった。どうやら父の愛人だった様子の老婦人や整形オタクの女性、にぎやかな父子家庭、根暗なウクレレ弾きの青年、探偵を名乗るハンチングの男、クロアチア人夫婦、そして管理を任せていた太陽不動産の親父や元同級生のバーテンダーなど。一癖も二癖もある人びとと否応なくかかわることで、茜自身に見えてくることもあるのだった。それぞれのキャラクターがまず面白い。これだけ濃い人たちがよくぞ集まったものだという気もするが、存外その辺にいそうなキャラなのかもしれない。ラストはちょっぴりじんとさせられ、あしたもいい日になるかもしれない、という希望を抱かせてもくれる。じわじわと味わい深い一冊である。

ハブテトル ハブテトラン*中島京子

  • 2011/04/04(月) 19:09:25

ハブテトル ハブテトランハブテトル ハブテトラン
(2008/12)
中島 京子

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広島県・松永を舞台に、はずむような備後弁でつづられた物語。


タイトルは呪文かなにかかと思ったら、【「ハブテトル」とは備後弁で「すねている、むくれている」という意味。「ハブテトラン」は否定形。】とのことである。
東京の小学校で居心地の悪い思いをし、ストレスから体調を崩したダイスケは、二学期をママの両親が住む松永で過ごすことになる。その二学期の物語である。やわらかで大らかな備後弁が松永の年中行事や級友たちとのやりとりすべてを包み込んで、読者をものんびりとした気持ちにしてくれる。辛いものを抱えたダイスケだが、松永の暮らしに否応なく巻き込まれていくうちに、少しずつ自分を取り戻し、強くもなったように見える。三学期、東京に戻ってからのことは描かれていないが、きっと一学期よりも上手くやれることだろう。備後弁のリズムと懸命に漕ぐ自転車が切る風が心地好い一冊である。

冠・婚・葬・祭*中島京子

  • 2011/02/19(土) 16:43:45

冠・婚・葬・祭冠・婚・葬・祭
(2007/09)
中島 京子

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人生の節目節目で、起こった出来事、出会った人、考えたこと。
いろいろあるけど、ちゃんと生きよう。そんな気持ちになる4つの「今」を切り取る物語。
冠...地方新聞の新米記者が成人式を取材。そこから事件が始まる。
婚...引退したお見合いおばさんに持ち込まれた2枚の写真の行末。
葬...社命で葬式に連れて行ったおばあちゃん。その人生とは。
祭...取り壊しを決めた田舎家で姉妹は最後のお盆をする。


「空に、ディアボロを高く」 「この方と、この方」 「葬式ドライブ」 「最後のお盆」

冠婚葬祭と聞けば、人生の節目とか、浮世の義理とかいう言葉が思い浮かんだりして、なにやら儀式ばった印象がなくもない。だが、本作の冠・婚・葬・祭の四つの物語は、極個人的なそれぞれの冠であり、婚であり、葬であり、祭であるので読者が我が身に引き寄せてその場の空気を感じることができるように思う。二十歳の物語の斜めから切り取った設定が好きだった。じんとしてしんとさせる一冊である

エルニーニョ*中島京子

  • 2010/12/29(水) 07:16:16

エルニーニョ (100周年書き下ろし)エルニーニョ (100周年書き下ろし)
(2010/12/10)
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女子大生・瑛は、恋人から逃れて、南の町のホテルにたどり着いた。そこで、ホテルの部屋の電話機に残されたメッセージを聞く。「とても簡単なのですぐわかります。市電に乗って湖前で降ります。とてもいいところです。ボート乗り場に十時でいいですか?待ってます」そして、瑛とニノは出会った。ニノもまた、何者かから逃げているらしい。追っ手から追いつめられ、離ればなれになってしまう二人。直木賞受賞第一作。21歳の女子大生・瑛と7歳の少年・ニノ、逃げたくて、会いたい二人の約束の物語。


小森瑛(こもり てる)は東京の大学生で、かつて高校の英語教師だったニシムラと同棲したが、彼は実はDV男なのだった。ある日偶然出会った路上アコーディオン弾きの女性の「もしいますぐそこを離れたいなら、迷わずすぐに離れることよ」という言葉に背中を押され、ニシムラから逃げ出して南へと向かった瑛。見知らぬ南の町のホテルの電話に残されていた不思議なメッセージに導かれるようにして行った湖で七歳の少年・ニノに出会う。逃げている二人はいつしか互いの手を取り合い、なくてはならないものになるのだったが――。
舞台は日本の南の町や島である。そして、瑛とニノがそれぞれに抱える事情は泥沼でやりきれないものである。にもかかわらず、物語全体に流れるのはなぜかぴんと張り詰めた澄明な空気と異国の匂いなのである。二人の出会いの不思議さがそう感じさせるのかもしれない。また、見かけは大人の瑛と子どものニノであるが、互いに守り守られ、ときにそれが逆転するようにも感じられ、二人にとっての互いのなくてはならなさが伝わってくる。とても苦しいが、とても清々しい話でもある。そんな一冊。

桐畑家の縁談*中島京子

  • 2010/09/16(木) 10:25:45

桐畑家の縁談桐畑家の縁談
(2007/03/22)
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「結婚することにした」 妹・佳子の告白により、にわかに落ち着きをなくす姉・露子(独身)。寡黙な父、饒舌な母、そして素っ頓狂な大伯父をも巻き込んだ桐畑姉妹の悩ましくもうるわしき20代の日々。「さようなら、コタツ」の著者がもどかしいほどの姉妹の人生を、ユーモラスな視点で綴った作品。


いじめられっ子で独自の世界に生きていて結婚などとは無縁だと思っていた妹・佳子が台湾人のウー・ミンゾンと結婚するという。妹の縁談は喜ばしいことであり、共に祝いたいのだが、露子・27歳は、にわかに動揺し我が身を振り返ったり、つきあってきた恋人たちとの関係を思い返したりして自分の中で辻褄を合わせようともがく。父、母、露子、佳子、桐畑家のそれぞれが降って湧いた結婚話をきっかけにあたふたする姿がリアルであり、傍目には面白可笑しくもある。胸の奥にじんとするものを感じる一冊でもある。

エ/ン/ジ/ン*中島京子

  • 2010/08/02(月) 19:30:26

エ/ン/ジ/ンエ/ン/ジ/ン
(2009/02/28)
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身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取った、葛見隆一。仕事と恋人を失い、長い人生の休暇にさしかかった隆一は、会場でミライと出逢う。ミライは、人嫌いだったという父親の行方を捜していた。手がかりは「厭人」「ゴリ」、二つのあだ名だけ。痕跡を追い始めた隆一の前に、次々と不思議な人物が現れる。記憶の彼方から浮かび上がる、父の消えた70年代。キューブリック、ベトナム戦争、米軍住宅、そして、特撮ヒーロー番組“宇宙猿人ゴリ”―。


ミライの願いは、父親を探し出して会いたいということではなく、「自分の誕生の記憶を持ちたい」ということだった。若いころ行ったドイツで影響を受け、夢の幼稚園=トラウムキンダーガルテンをたった一年だけ開園していて、いまは認知症が進みかけている母のこと、父と思われる人物の若いころの行ない、両親の出会い、などを隆一が調べていくことになる。その過程で、父らしき人物と知り合いだった人が見つかり、キーワードにもなっている『宇宙厭人ゴリ』を書いた作家の「わたし」を偶然見つけ、さらに弟と名乗る人物も見つけ出し、父の輪郭が少しずつ明らかになっていく。本人はまったく姿を現さないのだが、彼が生きた時代背景と関わった人たちの断片的な記憶から再構築されるようで興味深い。ただ、父親が戦争やら反戦運動といったことが色濃くでる時代を駆けぬけたということもあり、出てくる事実には重いものもあり、すっきり爽やかな父親探し物語、というわけではない。含むところの多い一冊である。

小さいおうち*中島京子

  • 2010/06/20(日) 20:52:31

小さいおうち小さいおうち
(2010/05)
中島 京子

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赤い三角屋根の家で美しい奥様と過ごした女中奉公の日々を振り返るタキ。そして60年以上の時を超えて、語られなかった想いは現代によみがえる。


  第一章  赤い三角屋根の洋館
  第二章  東京モダン
  第三章  ブリキの玩具
  第四章  祝典序曲
  第五章  開戦
  第六章  秘策もなく
  第七章  故郷の日々
  最終章  小さいおうち


タキが、女中奉公をしていたころのことを手記にしながら思い出している、という形で語られる物語である。そしてそれを包むようにあるのは、タキ亡きあとその手記を託された甥の健史が伯母・タキが女中として奉公していた赤い屋根の家のことを知ろうとする姿である。思いで物語が入れ子になっているとでも言えばいいだろうか。
タキの思い出話は、キラキラと輝いていて、それがたとえ戦争中のことであってもとても幸福そうに見受けられる。タキ自身がきっと輝いていたひとときであったのだろうと察せられる。女中としての気働きや、物が豊富にない時代の食卓の工夫といったことごとが、物のあふれた現代よりもずっと豊かに思えるほどである。タキの控えめな語り口もまた味わい深さを増している。最終章をも含めて、とても贅沢で味わい深い一冊だった。