赤へ*井上荒野

  • 2016/10/07(金) 16:55:34

赤へ
赤へ
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井上荒野
祥伝社
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ふいに思い知る、すぐそこにあることに。 時に静かに、時に声高に――「死」を巡って炙り出される人間の“ほんとう"。 直木賞作家が描く傑作小説集


表題作のほか、「虫の息」 「時計」 「逃げる」 「ドア」 「ボトルシップ」 「どこかの庭で」 「十三人目の行方不明者」 「母のこと」 「雨」

「死」が常に底流にあるのだが、そこは著者らしく、不穏で退廃的な雰囲気はいささかも枯れてはいない。そして、死を意識するからこそ生まれる真実が、ある時は切なく、またある時は物狂おしく、そしてまたある時には潔ささえ感じさせられる。死を迎えようとしているそれぞれのこれまで生きてきた道のりが捜査せるのだろうか。残される人たちとの関わりをも含めて、じわじわと胸に沁みる一冊である。

ベーコン*井上荒野

  • 2016/09/03(土) 07:43:41

ベーコン
ベーコン
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井上 荒野
集英社
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ささいで、そして艶めかしい、日常の営み
人の気持ちが動くとき、人生が少しだけ変わるとき、傍らにある料理と、それを食べる人々の心の機微を描いた珠玉の短編集。食べるという日常の営みが垣間見せる、エロティックで色濃い生の姿。


表題作のほか、「ほうとう」 「クリスマスのミートパイ」 「アイリッシュ・シチュー」 「大人のカツサンド」 「煮こごり」 「ゆで卵のキーマカレー」 「父の水餃子」 「目玉焼き、トーストにのっけて」

人の営みに食べものは欠かせない。誰と食べるか、どんな場面で食べるか、どんな気持ちで食べるか。大切に思う食べものは人それぞれ。道ならぬ愛を取り巻く思い入れ深い食べものが、切なさや胸にこごる哀しみを助長する。個人的には、不倫じゃなければもっと好ましいのに、と思うが、道ならないからこその思い入れでもあるのかもしれない。人が大切に思う食べもののなつかしさが流れ込んでくるような一冊でもある。

ママがやった*井上荒野

  • 2016/02/29(月) 07:45:17

ママがやった
ママがやった
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井上 荒野
文藝春秋
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小料理屋の女主人百々子七九歳と若い頃から女が切れない奇妙な魅力をもった七つ年下の夫。半世紀連れ添った男を何故妻は殺したのか。


なんともシュールな物語である。物語の初めから、拓人はすでに妻・百々子に殺されていて、子どもたちが集まっている。深刻な場面のはずなのだが、なぜか父を殺めた本人である母は、さほど普段と様子が変わらない。その後は、ここに至るまでの家族それぞれの人生が描かれていくのだが、それぞれにいささか歪んでいて、それもまたシュールである。にもかかわらず、そこはかとない可笑しみを嗅ぎ取ってしまうのは、穿ちすぎだろうか。手をかけた本人の切迫感のなさに由来するのだろうか。ラストはぞくっとさせられたが、ほっとするような気持ちにもなった。寂しくて哀しい一冊である。

虫娘*井上荒野

  • 2014/11/20(木) 16:58:58

虫娘虫娘
(2014/08/27)
井上 荒野

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あの日、あたしは生き返らなかった――。
シェアハウス〈Bハウス〉には五人の住人がいる。樅木照(ヌードモデルをしながら体を売っている)、桜井竜二(イタリアン・レストランのオーナー・シェフ)、妹尾真人(売れない俳優)、碇みゆき(フリーライター)、鹿島葉子(銀行員)、それにハウスを管理する不動産屋の青年・曳田揚一郎。
照の謎の死が、それぞれの人物に新しい光と影を投げかける。照はその死後も彼らの頭上を浮遊している。


樅木照(もみのきひかる)の目を通して語られる物語なのだが、当の照はすでに死んでいる。Bハウスという凝っているのか投げやりなのか判らない名前のシェアハウスの住人たちに何があったのか。あのパーティーの日に。そしてそれまでの日々に。照が生き返らなかったあのパーティーの日からの日々は、Bハウスの住人たちにとって、それまでとは全く別のものになった。照から解放されたようでいて、がんじがらめに絡めとられているような。そして照自身さえ恨んでいるのか妬んでいるのか、心残りがあるのか、どうなりたいのかわかっていないように見える。ミステリのような心理劇のような一冊である。

夜をぶっとばせ*井上荒野

  • 2012/07/21(土) 13:38:08

夜をぶっとばせ夜をぶっとばせ
(2012/05/18)
井上荒野

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いじめにあっている長男、シメジしか食べなくなってしまった娘、そしてろくに働かない夫。ある日、メル友募集の掲示板に書き込みをしたことで、35歳の主婦・たまきの人生は転がりはじめる……直木賞作家が掬いあげるように描く、不穏で明るい家族の姿。


表題作のほか、「チャカチョンバへの道」

若さゆえなのか、場の空気ゆえなのか、いまとなってはさっぱり判らなくなった結婚の理由。息子は学校でいじめられ、娘は繊細に感じ取りすぎるせいか心の均衡を崩し、夫はろくな仕事もせずに妻を乱暴に扱う。たまきは、そんな暮らしから逃げるようにメル友募集のサイトに書き込みをし、幾人もの男とデートをするようになる。この物語だけなら、後味はよくないが、よくある話しであるとも言えるのだが、全く別の物語だと思っていたもうひとつの物語が、続編のようになっていて、これがあることで俄かに不穏さが増すのである。なにかどこかが普通ではない、ほんの半歩くらい外れた場所に来てしまったような居心地の悪さに背中がむずむずするのである。さらりと穏やかに描かれているからなおさらである。怖い、と言ってしまってもいい一冊ではないだろうか。

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だれかの木琴*井上荒野

  • 2012/04/18(水) 20:29:02

だれかの木琴だれかの木琴
(2011/12/09)
井上 荒野

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どうしてわかってくれないのだろう。私はあなたが大好きなだけなのに。
主婦の小さな失望が、日常を静かに歪めていく。直木賞作家の待望の最新長編小説!

「またお店でお会いできるのを楽しみにしています」平凡な主婦・小夜子が、ふと立ち寄った美容室で担当してもらったスタイリスト・海斗から受け取った一本の営業メール。ビジネスライクなメールのやりとりは、やがて小夜子に自分でも理解できない感情を生んだ。どうしたら、彼のメールを取り返せるのだろう。だんだんと海斗への執着をエスカレートさせる小夜子。だが、自分が欲しいのは本当に海斗なのだろうか……。明らかに常軌を逸していく妻を、夫である光太郎は正視できない。小夜子のグロテスクな行動は、やがて、娘や海斗の恋人も巻き込んでゆくが――。


胸のなかにヒューヒューと風が吹き抜けるような読後感である。何かがすっぽりと抜け落ち、それがあった場所が埋めようもなく寒々としているような。偶然担当してもらった美容師からの一通のお礼メールが、見ないようにしていた穴の存在に光を当ててしまったのかもしれない。小夜子の行動は明らかに常軌を逸しており、その向かう先は海斗なのだが、実は彼を素通りしてその向こうにいるだれかに助けを求めているように思えてならない。そしてそのだれかは、小夜子の変化に気づかない振り、見ない振りをしているのだ。やるせなく救われない一冊である。

キャベツ炒めに捧ぐ*井上荒野

  • 2011/10/23(日) 16:40:31

キャベツ炒めに捧ぐキャベツ炒めに捧ぐ
(2011/09)
井上 荒野

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東京の私鉄沿線の、小さな町のささやかな商店街の中に「ここ家」がある。こだわりのご飯に、ロールキャベツ、肉じゃが、コロッケ、ひじき煮、がんも、あさりのフライ、茄子の揚げ煮、鰺のフライ・・・・・・、「ここ家」のお総菜は、どれもおいしい。オーナーの江子は61歳。友だちとダンナが恋仲になってしまい、離婚。麻津子は、60歳。ずっと想いつづけている幼ななじみの年下の彼がいる。一番新入りの郁子は、子どもにもダンナにも死に別れた60歳過ぎ。3人は、それぞれ、悲しい過去や切ない想いを抱きながらも、季節ごとの野菜や魚などを使い、おいしいお総菜を沢山つくり、お酒を呑み、しゃべって、笑って、楽しく暮らしています。


同年代だがそれぞれ違う屈託を持つ江子・麻津子・郁子の三人がとてもいい。一見気が合うようには見えないながら、食べものという人が生きる上での根源的なところでつながっているような安心感がある。長く生きてくると屈託もあれこれと形を変え、なにもかも放り出したくなることもあるだろうが、「ここ家」の厨房で、旬の食材を前にして、あれを作ろう、これにしよう、と言い合う三人のやり取りが、それでも前を見て生きていくんだと教えてくれるような気がする。進くんがほどよいスパイスになっている一冊である。

そこへ行くな*井上荒野

  • 2011/07/19(火) 13:52:23

そこへ行くなそこへ行くな
(2011/06/24)
井上 荒野

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夫婦同然に暮らしてきた男の秘密を知らせる一本の電話(『遊園地』)。バスの事故で死んだ母はどこへ行こうとしていたのか(『ガラスの学校』)。中学の同窓生達が集まったあの部屋の、一夜(『ベルモンドハイツ401』)。「追っかけ」にあけくれた大学生活、彼女の就職は決まらない(『サークル』)。引っ越し先の古い団地には、老人ばかりが住んでいた(『団地』)。貸しグラウンドの女事務員が、なぜ俺の部屋を訪ねて来るのか(『野球場』)。母の入院先に、嫌われ者の同級生も入院してきた(『病院』)。行くつもりはなかった。行きたくもなかった「場所」へ―全七編収録。


タイトルが秀逸である。「そこへ行くな」と言われても――言われるが故かもしれないが――吸い寄せられるようにいつのまにかそこへ行くしかなくなってしまうようなことが、生きているとどれほど多くあることか。行くまい、行くまいと思うほどにがんじがらめにされてゆくのである。頭では行ってはいけないと判っているのに、である。その場所には自分にとって良いことなどひとつもないことも充分過ぎるほどわかっているのになお、である。なんと恐ろしい七編であろうか。目を瞑ろうとしてきたことをつい凝視してしまいそうになる一冊である。

ハニーズと八つの秘めごと*井上荒野

  • 2011/03/22(火) 16:56:12

ハニーズと八つの秘めごとハニーズと八つの秘めごと
(2011/02/25)
井上 荒野

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直木賞作家・井上荒野氏の短編小説集。アラフォー世代を迎えた、大学時代の同級生である4人の女性たちの微妙な人間関係を描く書き下ろし短編「ハニーズ」をはじめ、思いを寄せる同僚の既婚男性が住んでいる島を訪ねていく、惣菜工場で働く女性の淡い恋心と、やはり同僚のブラジル人との友情を描いた「他人の島」、ゲイカップルの別れを描く「きっとね。」、幼稚園時代の父への回想を描き、著者の父・井上光晴氏との思い出が重なる私小説的短編「泣かなくなった物語」など著者がこれまでに発表した作品のなかから選りすぐった全9篇。


「ブーツ」 「泣かなくなった物語」 「粉」 「虫歯の薬みたいなもの」 「犬と椎茸」 「他人の島」 「きっとね。」 「ダッチオーブン」 「ハニーズ」

どんなに近い関係だとしても、秘めごとのひとつもないということはおそらくないだろう。そして秘めごとというのは、とてもとても個人的なことで、誰かに知らせたからといってどうということもないものなのかもしれない。知らせるか知らせないかということを決めるのも自分ひとりで、そこからしてきわめて個人的な問題なのである。そんな知られざる決意のもとの九つの秘めごとが、切なく胸に迫ってくる一冊である。

ベッドの下のNADA*井上荒野

  • 2011/01/02(日) 17:02:31

ベッドの下のNADAベッドの下のNADA
(2010/12)
井上 荒野

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あなたは、夫(あるいは妻)の子供時代をしっていますか?夜の沈黙、昼の饒舌―追憶と現在。愛情と嘘。今日も“coffee NADA”には常連客が集まってくる。


「だんまり虫」 「ばかぼん」 「おもいあい」 「交換日記」 「おしっこ団」 「タナベ空」

coffee shop NADAのオーナー夫妻(とNADAに集まる常連客)の物語である。夫妻の住まいは店の上にある。家ではほとんど話すことはないが、店では仲睦まじそうにやっている。妻と夫それぞれの子ども時代のエピソードを交えながら、物語は読者に現在を見せている。表面的な平穏さとは裏腹に、どこを切り取っても不穏さが滲んでいる。だがそれぞれが何某かの不穏を隠し持っているがゆえに平穏に日々を送れているようにも思われる。不穏なのになぜか安心できるような不思議な心地の一冊である。

学園のパーシモン*井上荒野

  • 2010/09/02(木) 18:55:46

学園のパーシモン学園のパーシモン
(2007/01)
井上 荒野

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赤い手紙がうちの学園で流行っているんだ。届くと別世界へいけるというんだけど―。真衣・木綿子・恭・磯貝―三人の生徒とひとりの教師。彼らは、倦怠し、愛し合い、傷つけあう。


良家の子女が通う学園。そこでは学園長先生はひとりひとりの象徴のような存在なのだった。そんな学園長先生の病がどんどん重くなっているらしい、という噂が学園の雰囲気を心なしか重く不安定にする。そういう雰囲気を背景にして思春期の学園生たちの日々は流れている。この年代に特有の揺らぎや寄る辺なさがさまざまな形となって表に裏にあらわれ、胸に楔を打ち込むさまがとてもよく描かれている。半透明の膜を隔てて世界を見ているようなもどかしさが伝わってくる一冊である。

もう二度と食べたくないあまいもの*井上荒野

  • 2010/06/11(金) 18:09:33

もう二度と食べたくないあまいものもう二度と食べたくないあまいもの
(2010/04/10)
井上荒野

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気がつかないふりをしていた。もう愛していないこと。もう愛されていないこと。直木賞作家が美しくも儚い恋の終わりを描いた傑作。


「幽霊」 「手紙」 「奥さん」 「自伝」 「犬」 「金」 「朗読会」 「オークション」 「裸婦」 「古本」

恋の終わりにもさまざまあるものだと思わされる。夫婦の終わり、恋人の終わり、不倫の終わり。状況もさまざまである。どれも両者が同時にそうなるものではなく、どちらかが先に冷めるのである。ぎくしゃくした温度差がなんとも気詰まりでやるせない。気づいていても、気づかない振りをしていても、一度そうなってしまうと加速度的に終わりに向かって進むしかないのである。もう二度と恋なんかしない、と思いもするだろう。だが、もう二度と食べたくない、とそのときは思っていても、しばらく時がたてば求めてしまうのがあまいものである。この物語の登場人物たちも、きっとまたあまいものを求めるのだろうと思わされもする一冊なのだった。

静子の日常*井上荒野

  • 2009/10/02(金) 10:02:22

静子の日常静子の日常
(2009/07)
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何かが過剰で、何かが足りないこの世の中今日も出くわす“ばかげた”事象を宇陀川静子・七十五歳は見過ごさない―チャーミングで痛快!直木賞作家の最新長篇小説。


身長百五十五センチ、ふわっと太っていて色白で、緩くパーマをかけて短めに揃えた髪の毛は、もうすっかり真っ白になっている。そんな七十五歳の静子の日常を描いた物語である。
同居する息子の嫁とも孫娘とも割合にいい関係で、フィットネスでもみんなに声をかけられる。ふわふわと人当たりの良い印象の静子だが、胸のなかにはもやもやとした事々を抱えていないこともない。夫ありし頃は夫の妻として生き、夫亡き後、「行きたいところへはどこへでも行ける」と思い定め、ささやかな気ままさで生きてはいるが、割り切れない苛立ちや寂しさもないわけではない。痛快というにはささやかすぎる自由を静子なりに泳ぎ渡っているような印象の物語である。しあわせの切なさをも感じられる一冊である。