まひるまの星--紅雲町珈琲屋こよみ*吉永南央

  • 2017/04/01(土) 16:58:49

まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ
吉永 南央
文藝春秋
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コーヒーと和食器の店「小蔵屋」の敷地に、山車蔵を移転する話が持ち上がった。祭りの音が響く真夏の紅雲町で、草は町全体に関わるある重大な事実に気づく―日常の奥に覗く闇にドキリとする、シリーズ第5弾。


今回は、お草さんにとって、苦い思いも多い物語になった。母と鰻屋の清子との確執が自分の代にも影響を及ぼし、断絶したままなのをどうにかしたいと思いながら、断絶の理由も聞けぬままできょうまで来てしまっていた。そんなところに、小蔵屋の敷地に山車蔵を移転する話が持ち上がり、自らの引退時期など諸々の事々を鑑みて、小蔵や以外の移転先と目星をつけたのが、清子の鰻屋の前の工場跡地であり、そこから話がややこしくなっていく。鰻屋の息子の滋と嫁の丁子や娘の瞳との関係や、草の亡き母への思いなども絡めて、心にかかることの多いこのごろになっている。小蔵屋に流れるゆったりとした時間の心地好さと、お草さんの優等生過ぎないキャラクタが好ましい。身体を大切にして、いつまでも小蔵屋を続けてほしいと願うシリーズである。

ヒワマン日和*吉永南央

  • 2016/11/07(月) 07:19:14

ヒワマン日和
ヒワマン日和
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吉永 南央
光文社
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「事件」の裏にある別の顔が、ヒワマンによって暴かれる。

離婚、出世、殺人……。人生の綻びに戸惑い、苦悩する人々が、ふとしたきっかけで出会った黒ずくめの女性・日和満。自らをヒワマンと呼ぶ彼女と、時を重ねて行く中、新たな希望を見いだす人々の様を描く、新次元のミステリ!


「殺人日和」 「転職日和」 「痴漢日和」 「離婚日和」 「逃走日和」

ヒワマンこと日和満(ひわみちる)は黒ずくめで細長く切れ長の目をしている。事件が起きる臭いをかぎ分ける能力があるかのように、何かが起こりそうな現場にさりげなく現れ、するっと当事者のそばに忍び寄って未然に防ぎ、しかもいかにも自然に事の本質を解き明かしてしまう。そしていつの間にか、ヒワマンにまつわる人たちを遠く近く繋げてしまう不思議な存在でもある。大胆なのか繊細なのか、無神経なのか思いやりに満ちているのか、暗いのか明るいのかよくわからないところもまた魅力なのかもしれない。ともかく一度会ったら着いていきたくなってしまいそうなのである。大きなキャリーバッグひとつであちこちへ赴き、しばらく棲みついてはまたどこへともなく去っていくヒワマンである。寂しくはないのかなあと思ってしまうのも、ヒワマンにとっては迷惑なのかもしれない。次はどこへ行って何を解き明かすのか、もっともっと見てみたい一冊である。

キッズタクシー*吉永南央

  • 2015/04/28(火) 07:31:38

キッズタクシー (文春文庫)キッズタクシー (文春文庫)
(2015/03/10)
吉永 南央

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タクシードライバーの千春には、正当防衛で人を死なせた過去があった。ある日、千春のタクシーを予約していた小学生が失踪する。その後少年の行方は判明したが、千春の過去に関連づけた噂が流れたため後味の悪さを残していた。さらに彼女の周りでは、不穏な出来事が相次ぐ。一体誰の、どんな思惑があるのか。


キッズタクシー。塾や病院、学校などへ、会員の依頼を受けて子どもを送り届けるタクシーである。実際こんなタクシーがあるのかどうかは知らないが、このタクシーのドライバー千春が主人公である。担当する子どもは基本的には決まっているので、子どもの性格もある程度把握しているし、乗車時の様子でいつもと何かが違うとか、言いたいことがありそうだとか、気がつくこともある。ある日、トラックの荷崩れ事故に巻き込まれ、約束の時間に二分遅れて到着すると、そこに待っているはずの壮太はいなかった。それが事の起こりである。千春の過去と現在、そしてこれから。ひとり息子の修との関係。いなくなった壮太と母・公子の関係。職場の人間関係。さまざまなつながりが、それぞれの事情と絡み合い、がんじがらめにされていく。やりきれなさと切なさに胸を締めつけられ、人の想いのあたたかさに熱いものがこみ上げる一冊である。

Fの記憶*吉永南央

  • 2015/03/29(日) 18:50:42

Fの記憶Fの記憶
(2009/10/31)
吉永 南央

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名前も思い出せず、顔もおぼろげなのに、ふと気がつくと思い出す同級生の「F」。かつて同級生だった3人の心には、あの日以来ずっと「F」が棲みついている。そして、40歳を過ぎた今、「F」が彼らの人生を動かす―


Fこと中谷晶は、小学校の学芸会の劇の際、手違いでひとりだけ役がなく、間に合わせで作られた被り物をかぶったFという役を与えられて以来、みんなからFと呼ばれるようになり、次第に本名は忘れ去られていったのだった。40代になり、あのころFをイジメたり関わったりした者たちの人生にトラブルが起きたとき、彼らはどういうわけかFのことを思い出し、彼の影に脅えるようになるのである。結局実際に、Fは彼らに何かを仕掛けることもなく、平穏や親密さとは縁のない人生を送っていたのだが、最後によりどころとも言える存在に出会うことができたのだろう。そして、かつての同級生たちは、Fの影を感じることで勝手に自らのうしろめたさにとらわれ続けることになるのだろう。記憶の底しれなさを思わされる一冊である。

青い翅*吉永南央

  • 2015/01/27(火) 18:18:31

青い翅青い翅
(2014/12/17)
吉永 南央

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版画家の黒木が消えた。美しい蝶“ユリシス”の木版画を託された親友の善如寺は、黒木の才能を信じ、この「複数性に頼らない、絵画のような版画」を大切に守ってきた。だが18年後、善如寺は4枚もの複製の存在を知る。それらは偽物なのか?あるいは黒木に裏切られていたのか?衝撃を受けた善如寺が探偵に依頼した調査は、思わぬ人物へと波紋を広げてゆく。“信頼”と“希望”をめぐる傑作長編ミステリー。


自らがもつ色ではなく、光を反射して美しい青色を成す蝶・ユリシス。版画家の黒木は友人の善如寺に唯一のユリシスの木版画を託し、後に行方不明になった。18年経ち、唯一無二と信じていたユリシスが、ほかに四枚も存在することを知り、善如寺は不審に思い調査を依頼するのだが……。現在と過去とを行き来しながら物語が進むにつれ、黒木とその周りで起こったことが少しずつ明らかになっていくのだが、真実がひとつ明らかにされるたびに、切ないような複雑な心地にさせられる。そして、すべてを白日の下に晒すのが果たしていいことなのだろうか、という思いにとらわれる。読み応えのある一冊だった。

糸切り--紅雲町珈琲屋こよみ*吉永南央

  • 2014/09/10(水) 17:01:56

糸切り 紅雲町珈琲屋こよみ糸切り 紅雲町珈琲屋こよみ
(2014/08/25)
吉永 南央

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紅雲町にある五軒だけの小さな商店街「ヤナギ・ショッピング・ストリート」。雨の日に、そこで落ちていた手紙を拾おうとしたお草は、黒い外車にひかれそうになり、電器店の店先にあるレアなマスコット人形「ドリーム坊や」を壊してしまう。小蔵屋の従業員・久実は、電器店がその修理代金をお草に請求したことに憤慨するのだが…。シリーズ第四弾。


第一話 牡丹餅  第二話 貫入  第三話 印花  第四話 見込み  第五話 糸切り

各章のタイトルは、小蔵屋に置かれている焼き物に関する用語であり、各章では店先にそれにまつわる器が飾られている。今回は、寂れかけた小さな商店街「ヤナギ・ストリート」を舞台として、その建て替えとそれにまつわる人々の思惑が絡まり合い、真田紐を買いに行ったお草さんの身の危険から始まった物語がさまざまに発展していくことになる。小蔵屋にやってくるお客さんたちや商店街の店主たち、ヤナギの設計を任された建築家の弓削さん。いろんな人のいろんな話を聞いて、さまざま想いを巡らし、それぞれの想いを酌んで、できることをするお草さんなのである。小蔵屋のコーヒーをゆったりと飲みに行きたくなるシリーズである。

アンジャーネ*吉永南央

  • 2013/06/14(金) 21:08:14

アンジャーネアンジャーネ
(2011/01/27)
吉永 南央

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祖母・梅の危篤の知らせを受けた瑞輝は、北関東のとある町にやってきた。ひとまず持ち直し、親族一同ほっとして囲んだランチの席で、無職で閑人の瑞輝に、梅が経営する外国人向けアパート「ランタン楼」の大家という、面倒な仕事が押し付けられる。昔から入居者のトラブルが続き、近隣から迷惑がられているランタン楼だが、細くても背が高い瑞輝なら見劣りしないから大丈夫、と軽い調子で。喧嘩や夜逃げは当たり前、警察沙汰も珍しくないランタン楼の歴史に怯えつつ、慣れない大家業をはじめた瑞輝だが…。異国の地で懸命に生きる入居者たちと交流し、その窮状に知恵と度胸で関わるうちに、瑞輝の心にも大きな変化が訪れる。ランタンのともる古い洋館風のアパートを舞台に、気鋭の著者が優しい眼差しで綴った、国際色豊かな連作短編集。


北関東のとある町の外国人向け安アパートが舞台、という設定にまず興味を惹かれる。時に警察のご厄介にもなり、近所の住民とのいざこざも多々。そしてなによりランタン楼の中でのトラブルも日常茶飯事なのだという。そんな厄介なアパートの管理人なんて、何が哀しくて引き受けなくてはならないのか、と思うが、瑞樹は当然のように――しっかりした覚悟があったわけではないが――引き受け、頼りなく覚束ないながらも、なるべく平穏に暮らせるように心を砕くのである。そんな一風変わった日常に挟みこまれる謎も一風変わってはいるが、成り行きとは言え曲がりなりにも大家である瑞樹の店子を思う気持ちと、周りの助けによって解決へと導かれるのである。日本であって日本ではないようなエキゾチックさが漂う一冊でもある。
タイトルは以外にも外国語ではなく、関東北西部などで使われる方言「あんじゃあねえ」(案ずることはない、大丈夫だの意)なのだとか。それさえもが物語の雰囲気を表していると言ってもいいかもしれない。

RE*PAIR*吉永南央

  • 2013/05/30(木) 16:49:51

RE*PAIRRE*PAIR
(2012/10/09)
吉永 南央

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互いに心を残したまま別れた元婚約者が、十年ぶりに帰ってきた。バラバラ殺人、消えた大金…リペア職人・透子の周囲で、封印したはずの過去が、音を立てて動き出す。気鋭の作家が描くミステリアス・ラブ。


革製品の修理を生業とする透子。かつて地味な見た目の割に奔放な母のその奔放さによって、砕かれた家族や恋人との関係を胸に仕舞い込んで、やっと平穏に過ごせるようになってきたところだった。かつての恋人が家族とともにすぐ目の前のマンションに住まうようになり、かつての事件が少しずつ姿を現し始め、透子の日々は平穏ではいられなくなった。革製品を修繕するように、人と人とのつながりも修繕できればいいのだが…。何もかもをあきらめたからこその凪いだ湖面に、ぽつりと垂らされた一滴のように、波紋がどんどん広がる様が切なく哀しくそして熱い一冊である。

誘う森*吉永南央

  • 2013/03/19(火) 17:08:24

誘う森 (ミステリ・フロンティア)誘う森 (ミステリ・フロンティア)
(2008/06)
吉永 南央

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一年前のあの日、香映は自殺してしまった。何の前触れもなく。未だに妻の死を受け入れられない洋介。不眠症を患った洋介は歩くことで、この状態から脱しようと試みる。しかし、彼女の過去の断片が、町のあちこちに散らばっている―。謎に満ちた妻の過去から、死の真相を探る決意を固める洋介。自殺の名所と呼ばれる森で、自殺防止のボランティア活動をしていた彼女に、いったい何が起きたのか。少しずつ暴かれる真実は、かの森へと洋介を導く。期待の新鋭が描く精緻なミステリ。


腑に落ちない妻の自殺が洋介に残したものは、あまりにも常識から外れた――しかし当事者にとっては死活問題である―― 一族の真実と、それに利用された人たちの歪んだ事実だった。驚愕の事実!とでも言いたくなるような驚くべき内容が次々に明らかになるのだが、なんとなく冗漫な物語の運びで集中しきれないのがもったいないように思われる。物語が終わっても何も解決せず、後味が悪いのも残念な一冊である。

名もなき花の*吉永南央

  • 2013/03/15(金) 17:15:03

名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ
(2012/12/09)
吉永 南央

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北関東のとある地方都市の一角、観音さまが見下ろす街、紅雲町で、コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営む気丈なおばあさん、杉浦草。人々を温かく見守り続ける彼女は、無料のコーヒーを目当てに訪れる常連たちとの会話がきっかけで、街で起きた小さな事件の存在に気づいていく人気シリーズ第三弾。今回は、お草さんが、コーヒーを仕入れるミトモ珈琲商会が、紅雲町のある街に出店を計画。ミトモでは、二代目の若手女性社長・令が紅雲町をリサーチしていた。珈琲豆の仕入れに不安を感じたお草さんは、懇意であるミトモ初代社長に相談へ行くが、社長になった娘の令と、彼女をサポートする井(い)との対応で、逆に三友から相談されてしまう(「長月、ひと雨ごとに」)。紅雲町の青果店に持ち上がった産地偽装問題を記事にしようと、意欲に燃えている新聞記者の萩尾。だが、事件の背景には、意外な事情があった。萩尾の元の雇い主で、お草さんのコーヒーの師匠であるレストラン「ポンヌフアン」であるバクサンこと寺田博三は、正義感が先行し、ややあぶなかったしい萩尾を心配して、青果店と同じ町に住むお草にお目付け役を依頼する(「霜月の虹」)。お草は、この事件を通して、草の友人である由紀乃のいとこのかつての夫で、萩尾の民俗学の師匠である勅使河原先生と、その娘の美容師・ミナホとも関わることになる。草から見る、萩尾とミナホの関係は、どこかギクシャクとした不思議な関係だった。そんななか、勅使河原先生に論文盗用の疑惑が持ちあがる。そして、論文盗用疑惑をきっかけに、三人の止まっていた時が動き出そうとしていた……。「萩を揺らす雨」でブレイクした著者が、お草さんと彼女をとりまく街の人々の生活を通して、四季を描きつつ、お草さんならではの機転と、ささやかな気配り、そして豊富な人生経験から、小さなトラブルを解決していく滋味あふれる短編連作小説集。


ご近所のあれこれをあるときは親身になって、またあるときは自分の都合で解きほぐし明らかにするお草さんである。他人の問題は解決するものの、お草さん自身にも胸に抱え込んだものがあり、ときにふっと考え込んだりもする。そんな姿になおさら親しみが湧くのである。完璧人間ではないところが人間らしくて魅力的なのだ。今回も、勝手に息子のように思う萩尾から目が離せない。ますます小蔵屋にコーヒーを飲みに行きたくなる一冊である。

その日まで*吉永南央

  • 2013/03/06(水) 17:02:25

その日まで―紅雲町珈琲屋こよみその日まで―紅雲町珈琲屋こよみ
(2011/05)
吉永 南央

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小蔵屋を営む老女・お草は、最近くさくさしている。近所に安さと豊富な品揃えが売りの和雑貨店・つづらが開店し、露骨な営業妨害を仕掛けてくるからだ。しかもつづら出店の裏には詐欺まがいの不動産売買の噂があって、草はほうっておけなくなるが…。コーヒー豆と和食器の店を舞台に、老女が街で起きるもめ事を解決するコージー・ミステリー。


お草さんシリーズの二作目。如月、卯月、水無月、葉月、神無月、師走、とひと月おきに一年が描かれた物語である。小蔵屋の商売敵が現れたり、性質の悪い不動産売買に騙された人を目の当たりにしたり、お草さんの放っておけない性格が、ついつい事件に深入りさせるのだった。一作目よりもさらにお草さんに親しみが湧いてくるのは、お草さんが完璧でもなんでもなく、足りないところを充分に自覚しつつ、悩んだり落ち込んだり迷ったりしながら、相手のことを思い、自分の納得のために行動する人だということがより分かったからかもしれない。とても人間らしいのである。そして、何もかもひとりで背負い込まず、頼れる人にはちゃんと頼るのが好ましい。人はひとりでは生きていけないものだし、自分のためだけには生きていけないものだと改めて思わされる一冊でもある。

紅雲町ものがたり*吉永南央

  • 2013/02/22(金) 21:34:20

紅雲町ものがたり紅雲町ものがたり
(2008/01)
吉永 南央

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離婚や息子との死別を乗り越え、老いても自分の夢にかけた大正生まれのお草。知的で小粋な彼女が、街の噂や事件の先に見た人生の“真実”とは―。オール讀物推理小説新人賞受賞作を含む連作短編集。


「紅雲町のお草」 「クワバラ、クワバラ」 「0と1の間」 「悪い男」 「萩を濡らす雨」

還暦を過ぎてから、和食器とおいしいコーヒーのお店「小蔵屋」をはじめたお草さんが主人公であり、いわゆる探偵役でもある。ただ、探偵と言っても、本格的に推理して謎を解き明かすというよりは、自分や小蔵屋に多少でもかかわりのある出来事や事件に興味を持ち、放っておけない心持ちで目配り気配りをするうちに、事の真相が見えてくる、ということのようでもある。お草さんの来し方や、自覚せざるを得ない老いの気配も加わって、元気溌剌というわけにはいかないが、だからこそ見えてくるものもあるに違いない。小蔵屋を訪ね、おいしいコーヒーを味わってみたいと思わされる一冊である。

オリーブ*吉永南央

  • 2010/06/27(日) 16:35:21

オリーブオリーブ
(2010/02)
吉永 南央

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街中で喪服姿の妻を見かけ不審を抱いた慎一は、弔われた故人の名が、結婚前の妻と同じ「斉藤響子」だったことを知る。葬儀の翌日、彼女は姿を消した。慎一は響子の跡をたどろうとするが、手がかりは持ち去られるか処分され、唯一の肉親である母親とも連絡が取れない。さらに、そもそも二人の婚姻届すら提出されていなかったことが判明する。彼女は何者だったのか、そして何の目的で慎一と結婚したのか―。(『オリーブ』)。


表題作のほか、「カナカナの庭で」 「指」 「不在」 「欠けた月の夜に」

逆転劇をみているような五編である。満ち足りていたのにある日裏切りを知る。信じあっていると信じていたのに信じられていなかった事実を突きつけられる、ある日を境に愛だと思っていたものが損得にとって変わる。そんな衝撃を味わう一冊である。そうであるのに、読後感がさほど悪くないのは、逆転劇で暗い場所に立たされた者が落ち込んだきりでいないからだろうか。それとも、他人の不幸を密の味と感じる読み手の性格の悪さゆえだろうか。