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透明な夜の香り*千早茜

  • 2022/06/17(金) 19:06:29


【第6回渡辺淳一文学賞受賞作】

香りは、永遠に記憶される。きみの命が終わるまで。

元・書店員の一香がはじめた新しいアルバイトは、古い洋館の家事手伝い。
その洋館では、調香師の小川朔が、オーダーメイドで客の望む「香り」を作る仕事をしていた。人並み外れた嗅覚を持つ朔のもとには、誰にも言えない秘密を抱えた女性や、失踪した娘の手がかりを求める親など、事情を抱えた依頼人が次々訪れる。一香は朔の近くにいるうちに、彼の天才であるがゆえの「孤独」に気づきはじめていた――。
「香り」にまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマティックな長編小説。


調香師にスポットを当てた物語。とは言え、一般的な調香師の仕事というより、小川朔という、人並外れて鋭敏な嗅覚を持つゆえに生きにくく、自らを孤独に追い込んでいるひとりの人間と、彼の世界に入り込んだ、若宮一香の物語と言った方がいいだろう。朔の孤独と、一香の心の闇とがシンクロし、朔が創り出す唯一無二の香りを通して二人の世界の境界を少しずつ曖昧にしていくような印象である。ひとつ間違うと、セクハラであり変態っぽくなってしまいそうなところを、新城という俗世間にまみれた幼馴染を間に挟むことで、絶妙に社会につなぎとめているように見える。決して誰も侵すことのできない世界に身を任せたような緊張感漂う安心感にどっぷり浸れる一冊だった。

西洋菓子店プティ・フール*千早茜

  • 2020/09/16(水) 12:32:28


女を昂奮させない菓子は菓子じゃない。
スイーツは誰かの心を不意につかんで新しい場所へと羽ばたかせるスイッチ。下町の洋菓子店を舞台に繰り広げられる鮮烈な六つの物語。


おいしそうなお菓子の描写満載で、ついつい食べたくなってしまう。だが、物語は甘いだけではない。甘さの裏に潜むほろ苦さが、甘いお菓子との対比でなおさら苦く感じられたりもする。人生なかなか一筋縄ではいかない。誤解もすれ違いも、意地も甘えも、さまざまな気持ちがまじり合い、絡まり合って、容易にほどけなくなることもある。人間関係のほろ苦さとあたたかさを存分に味わえる一冊である。

崩れる脳を抱きしめて*知念実希人

  • 2019/09/28(土) 16:42:33

崩れる脳を抱きしめて
知念 実希人
実業之日本社
売り上げランキング: 60,334

広島から神奈川の病院に実習に来た研修医の碓氷は、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会う。外の世界に怯えるユカリと、過去に苛まれる碓氷。心に傷をもつふたりは次第に心を通わせていく。実習を終え広島に帰った碓氷に、ユカリの死の知らせが届く。彼女はなぜ死んだのか?幻だったのか?ユカリの足跡を追い、碓氷は横浜山手を彷徨う。そして、明かされる衝撃の真実!?希代のトリックメーカーが描く、今世紀最高の恋愛ミステリー。


タイトルから、認知症を扱ったものかと思ったが、さにあらず。どちらかというと、崩れるというよりは、爆発すると言った方が当たっている気はする。だが、人生の最期を過ごすには、とても恵まれた病院だということは間違いないだろう。患者の希望はたいてい叶えてもらえるのだから。ラストのどんでん返しには、途中でうっすら気づいたが、それでも、碓氷が手掛かりを手繰っていく過程は興味深く読めた。閉塞感と開放感、愛しさと切なさが入り交じった一冊である。