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コロナと潜水服*奥田英朗

  • 2021/03/06(土) 18:22:56


ある理由で家を出た小説家が、葉山の古民家に一時避難。生活を満喫するも、そこで出会ったのは・・・・・・「海の家」
早期退職の勧告に応じず、追い出し部屋に追いやられた男性が、新たに始めたこととは・・・・・・「ファイトクラブ」
人気プロ野球選手と付き合うフリー女性アナウンサー。恋愛相談に訪れた先でのアドバイスとは・・・・・・「占い師」
五歳の息子には、新型コロナウイルスが感知できる?パパがとった究極の対応策とは(「コロナと潜水服」
ずっと欲しかった古いイタリア車を手に入れ乗り出すと、不思議なことが次々に起こって・・・・・・「パンダに乗って」
以上の表題作を含む五編の作品が 〈巣ごもり苦〉 からも、きっとあなたを救ってくれるでしょう。


どの物語にも超常現象が描かれているのだが、日常の中にさらっと溶け込んでいるので、必要以上にそれを感じさせずに心温まるストーリーになっている。どれもじんわりと胸に沁みて、凝っているものを溶かしてくれるような作用がある。なんでかわからないが、ああこれでいいんだ、と思わせてくれる一冊なのである。

罪の轍*奥田英朗

  • 2019/12/24(火) 20:48:37


刑事たちの執念の捜査×容疑者の壮絶な孤独――。犯罪小説の最高峰、ここに誕生! 東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年。浅草で男児誘拐事件が発生し、日本中を恐怖と怒りの渦に叩き込んだ。事件を担当する捜査一課の落合昌夫は、子供達から「莫迦」と呼ばれる北国訛りの男の噂を聞く――。世間から置き去りにされた人間の孤独を、緊迫感あふれる描写と圧倒的リアリティで描く社会派ミステリの真髄。


587ページという大作である。だが、終始飽きさせず、次の展開を知りたくてページを繰る手が止まらなくなる。帯の惹句を見ただけで、あの事件がモチーフなのだろうということは判るが、大枠は別として、細部はまったく別の物語である。そして、何より興味深いのは、早い段階から真犯人と目されながら、さっぱり捉えどころのない宇野寛治のことである。罪の意識があるのかないのか、嘘をつくつもりがあるのかないのか、善悪の判断がつくのか憑かないのか、知能犯なのか莫迦なのか。寛治の行動のひとつひとつが、どれをとってもちぐはぐで、ひとつの人格に収まり切らない印象なのである。それゆえになおさら、寛治のことを知りたくて、先を急ぎたくなるのである。舞台となった時代背景も現在とはかなり違うので、今なら到底許されないだろう差別的な言葉も多用されるが、その時代の混沌をよく表しているとも思える。やりきれないことだらけの事件だが、通い合った情も確かにあったのだと、ほんの少し救われた気もする。とても重いが興味深い一冊だった。

variety[ヴァラエティ]*奥田英朗

  • 2017/03/13(月) 18:53:49

ヴァラエティ
ヴァラエティ
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奥田 英朗
講談社
売り上げランキング: 112,776

迷惑、顰蹙、無理難題。人生、困ってからがおもしろい。脱サラで会社を興した38歳の社長、渋滞中の車にどんどん知らない人を乗せる妻、住み込みで働く職場の謎めいた同僚…。著者お気に入りの短編から、唯一のショートショート、敬愛するイッセー尾形氏、山田太一氏との対談まで、あれこれ楽しい贅沢な一冊!!蔵出し短編集!


「○○記念号」なので何卒よろしく、などという編集者の依頼を断り切れずに書いた短編などが、その後出版されることなくお蔵入りしていたものがまとめられた一冊である。なるほど、ヴァラエティに富んでいる。短編あり、ショートショートあり、インタビュー(対談?)あり。しかも、全体としての統一テーマがあるわけではなく、テイストもさまざまで愉しめる。結果として――実は意図していたのかもしれないが――贅沢な一冊になっていると思う。

向田理髪店*奥田英朗

  • 2016/07/16(土) 19:08:29

向田理髪店
向田理髪店
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奥田 英朗
光文社
売り上げランキング: 20,031

次々起こるから騒ぎ。過疎の町は、一歩入れば案外にぎやか。

北海道の寂れてしまった炭鉱町。
息子の将来のこと。年老いた親のこと──。
通りにひと気はないけれど、中ではみんな、侃々諤々。
心配性の理髪店主人の住む北の町で起こる出来事は、他人事ではありません。
可笑しくて身にしみて心がほぐれる物語。


向田理髪店、というタイトルではあるが、理髪店の物語というわけでもない。過疎の町の、決まりきった客しか来ない寂れた理髪店は、散髪の客だけではなく、茶飲み話のために立ち寄る人も多く、自然と情報交換の場じみた雰囲気になっている。通りに人も車も通らず、町自体に人が少ない苫沢町だが、存外あちこちで小さな事件が勃発しているのである。親の介護の問題やら、外に出ていっている子どもたちのことやら、町興しに関する意見の違いやら、さまざまあるものである。そして、そんな日常のことだけでなく、極まれには、映画のロケがやってきたり、東京へ出ていったご近所の息子が犯罪を犯してしまったりもするのである。プライバシーなどなく、新しい風も吹きこまず、変わり映えのしない日々を過ごしているかのような苫沢町だが、なんだかんだ言いながらも、みんなが助け合い思いやり合っている様子にほっとさせられる。若い世代が新しい風を吹き込んでくれる日もそう遠くないと思わされる一冊である。

我が家のヒミツ*奥田英朗

  • 2016/02/08(月) 18:55:52

我が家のヒミツ
我が家のヒミツ
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奥田 英朗
集英社
売り上げランキング: 31,030

結婚して数年。どうやら自分たち夫婦には子どもが出来そうにないことに気づいてしまった妻の葛藤(「虫歯とピアニスト」)。
16歳の誕生日を機に、自分の実の父親に会いに行こうと決意する女子高生(「アンナの十二月」)。
53歳で同期のライバルとの長年の昇進レースに敗れ、これからの人生に戸惑う会社員(「正雄の秋」)。
ロハスやマラソンにはまった過去を持つ妻が、今度は市議会議員選挙に立候補すると言い出した(「妻と選挙」)ほか、全六編を収録。
どこにでもいる平凡な家族のもとに訪れる、かけがえのない瞬間を描いた『家日和』『我が家の問題』に続くシリーズ最新作。
笑って泣いて、読後に心が晴れわたる家族小説。


「虫歯とピアニスト」 「正雄の秋」 「手紙に乗せて」 「妊婦と隣人」 「妻と選挙」

タイトルには「ヒミツ」とあるが、差し迫った重大な秘密というわけではなく、五つの家族、それぞれの物語である。その家族なりに深刻だったり、真剣だったりはするのだが、傍から覗き見していると、そのシリアスさが少なからず滑稽なところもあって、ますます面白いのである。人は日々、こんな些細なヒミツをなんだかんだ言いながら解決し、家庭生活を恙なく送っているのではないだろうか。シリアスでコミカルで暖かい一冊である。

ナオミとカナコ*奥田英朗

  • 2015/01/21(水) 18:33:06

ナオミとカナコナオミとカナコ
(2014/11/11)
奥田 英朗

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ナオミとカナコの祈りにも似た決断に、やがて読者も二人の“共犯者”になる。望まない職場で憂鬱な日々を送るOLの直美。夫の酷い暴力に耐える専業主婦の加奈子。三十歳を目前にして、受け入れがたい現実に追いつめられた二人が下した究極の選択…。「いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那」復讐か、サバイバルか、自己実現か―。前代未聞の殺人劇が、今、動き始める。比類なき“奥田ワールド”全開!


直美と加奈子がカナコのDV夫を殺そうと決意し、綿密に計画を練りつつも数々の偶然を取り込みながら計画を実行していく過程がスリリングでありながら、日常生活も表面上はそれまでとほぼ変わらずにこなしているのに、女のしたたかさが感じられる。いつの間にか自分もナオミとカナコになりきって、ついどう切り抜けようか考えを巡らしたり、彼女たちに立ちふさがる者たちに憤ったりしてしまうのだが、人ひとり殺してそうやすやすと逃げ延びられるものではない。いざとなった際の二人の常とは違う強さや弱さなど意外な一面も、リアリティがあって興味深い。只者であって只者ではないナオミとカナコにすっかり魅了された一冊である。

沈黙の町で*奥田英朗

  • 2013/04/02(火) 07:30:04

沈黙の町で沈黙の町で
(2013/02/07)
奥田英朗

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中学二年生の名倉祐一が部室の屋上から転落し、死亡した。屋上には五人の足跡が残されていた。事故か?自殺か?それとも…。やがて祐一がいじめを受けていたことが明らかになり、同級生二人が逮捕、二人が補導される。閑静な地方都市で起きた一人の中学生の死をめぐり、静かな波紋がひろがっていく。被害者家族や加害者とされる少年とその親、学校、警察などさまざまな視点から描き出される傑作長篇サスペンス。


ひとりの中学生の転落死が、周りに広げる波紋と、渦中の大波が見事に描かれている。気負うところも煽るところもなく、淡々と現実そのままが描かれているような印象である。当事者である中学生たちも、教師の反応、家族の心情、警察・検察関係者の思惑、遺族の感情も、現実とそう遠くはないのだろうと容易に想像できる。ことに中学生たちの心の動きが興味深い。名倉祐一の転落死のあとである現在と、そこに至る過去とを交互に見せる手法も、興味を増すのに効果的である。いつ隣で起こってもおかしくないように思える出来事の積み重ねが悲惨な結果を生んでしまうということを、肝に銘じなければいけないと思わされる一冊である。

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噂の女*奥田英朗

  • 2013/01/18(金) 14:07:16

噂の女噂の女
(2012/11/30)
奥田 英朗

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中古車店に毎晩クレームをつけに通う3人組、麻雀に明け暮れるしがないサラリーマン、パチンコで時間をつぶす失業保険受給中の女、寺への寄進に文句たらたらの檀家たち―。鬱屈した日々を送る彼らの前に現れた謎の女・美幸。愛と悲哀と欲望渦巻く連作長編小説。


「中古車販売店の女」 「麻雀荘の女」 「料理教室の女」 「マンションの女」 「パチンコの女」 「柳ケ瀬の女」 「和服の女」 「檀家の女」 「内偵の女」 「スカイツリーの女」

現実で世間を騒がせたあの女やこの女を思い出させるような物語である。タイトルを見るとそれぞれ別の女の短編集のように見えるが、実は糸井美幸というひとりの女の物語である。連作なのだが、話が変わるたびに別の環境で別の生き方をしており、だが雰囲気や彼女にまつわる噂はいつも変わらない。完全に噂だけで本人の人となりを組み立てていくというものではなく、本人もちゃんと登場するのだが、そのときその場では、反感を買うことも多いものの、決して悪くない評判もあり、本心は彼女の胸の内なので、なかなかとらえどころがないのである。それにしてもこのラスト、まだまだ被害者が増えそうで恐ろしい。美幸の本心だけで続編を書いてほしいと思ってしまう一冊である。

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我が家の問題*奥田英朗

  • 2012/01/18(水) 17:13:41

我が家の問題我が家の問題
(2011/07/05)
奥田 英朗

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平成の家族小説シリーズ第2弾!
完璧すぎる妻のおかげで帰宅拒否症になった夫。両親が離婚するらしいと気づいてしまった娘。里帰りのしきたりに戸惑う新婚夫婦。誰の家にもきっとある、ささやかだけれど悩ましい6つのドラマ。


「甘い生活」 「ハズバンド」 「絵里のエイプリル」 「夫とUFO」 「里帰り」 「妻とマラソン」

六つの我が家の問題物語である。とても興味深い。生まれ育った家庭のやり方を、疑いもせずに行いながら日々過ごしていた幼いころ、そして何気ないおしゃべりに友人の家と我が家は少し違うのではないかと、そこはかとない疑問を抱くようになる小学生時代。訊くに訊けずに成長し、自分の家庭を持つようになれば、そこには別の家庭で育ってきた他人同士の軋轢も生じるのである。他所の家庭はこんなときどうするのだろう、という根源的な疑問に答えてくれる物語である。参考になるかどうかは別問題としても、こんなことを思い煩っているのは自分だけではないと安心させてくれる一冊でもある。

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どちらとも言えません*奥田英朗

  • 2011/12/01(木) 18:18:24

どちらとも言えませんどちらとも言えません
(2011/10)
奥田 英朗

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いやほら、たかがスポーツなんだから。キツい野次に無責任な噂、好きに言わせてもらってます。でも、そう興奮しないで、大目に見てください。ちゃんとアスリートたちを尊敬してるんですから。オクダ流スポーツから覗いてみるニッポン。


読み始めるまでエッセイとは知らなかった。しかも音痴な分野のスポーツエッセイである。やはり小説の方が好みではあるが、語り口といい、切り口といい、気持ちいいくらいさっぱりとしていて、好感が持てた。わたしでも「そうだそうだ」と頷かされる部分も結構あって、国民性とスポーツの向き不向きなど面白かった。スポーツに詳しい人はもっと面白いのだろうな、という一冊。

純平、考え直せ*奥田英朗

  • 2011/04/21(木) 11:47:08

純平、考え直せ純平、考え直せ
(2011/01/20)
奥田 英朗

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坂本純平、21歳。新宿・歌舞伎町のチンピラにして人気者。心酔する気風のいい兄貴分の命令は何でも聞くし、しゃべり方の真似もする。女は苦手だが、困っている人はほうっておけない。そんな純平が組長から受けた指令、それは鉄砲玉(暗殺)。決行までの三日間、純平は自由時間を与えられ、羽を伸ばし、様々な人びとと出会う。その間、ふらちなことに、ネット掲示版では純平ネタで盛り上がる連中が…。約一年半ぶりの滑稽で哀しい最新作。


不遇な生い立ちのせいにして極道の道を歩くことになった純平、21歳。生きる目的などなにもない。せめてこの道で名をあげてやりたいものだ。そう考えていたところに組長から直に声がかかり、鉄砲玉として働くことになる。ついては、三日間最後の娑婆を愉しんでこい、ということで小遣いを与えられしばし自由の身になった純平だった。三日の間に鉄砲玉としての下見や準備をしながら、歌舞伎町のたくさんの人たちと改めて出会うのを感じる純平だったが、出会いはそれだけではなかった。たまたま拾った女・カオリが純平のことを書き込んだ掲示板では、純平をネタに勝手にさまざまに盛り上がっていたのである。そんなネットの彼らが大挙して純平を止めに来る展開になるのか、と思いきや、ネットの盛り上がりは所詮ネット上だけであり、純平の日常にかかわってくることはなかった。これもまたリアルでいい。ラストのあとのことは読者の想像に任された格好になっているが、真実を知りたいような知りたくないような心地である。純平の思いが報われた方がいいのか報われない方がいいのか、悩ましいが面白い一冊である。

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無理*奥田英朗

  • 2009/11/11(水) 13:04:26

無理無理
(2009/09/29)
奥田 英朗

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人口12万人の寂れた地方都市・ゆめの。この地で鬱屈を抱えながら生きる5人の人間が陥った思いがけない事態を描く渾身の群像劇。

相原友則―弱者を主張する身勝手な市民に嫌気がさしているケースワーカー。
久保史恵―東京の大学に進学し、この町を出ようと心に決めている高校2年生。
加藤裕也―暴走族上がりで詐欺まがいの商品を売りつけるセールスマン。
堀部妙子―スーパーの保安員をしながら新興宗教にすがる、孤独な48歳。
山本順一― もっと大きな仕事がしたいと、県議会に打って出る腹づもりの市議会議員。

出口のないこの社会で、彼らに未来は開けるのか。


ゆめの市という寂れた地方都市に暮らすという以外何も接点のない五人である。それぞれの状況が交錯することなく順番に淡々と描かれている。それだけで充分に重い。どの人物の物語も、明らかな他人事と割り切れないところが、さらに胸の中にもやもやを溜め込み重くする。
ひとりずつでも充分に重いのに、どういうわけかラストで彼らは吸い寄せられるように一箇所に集まり、とんでもない事故に巻き込まれるのである。しかし、命の危険さえあるようなこの事故が、なぜか救いのようにも思えてしまう。それほど重い一冊だった。

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用もないのに*奥田英朗

  • 2009/10/10(土) 16:56:24

用もないのに用もないのに
(2009/05)
奥田 英朗

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ニューヨーク、北京、そのへん。ものぐさ作家がお出かけすれば、なぜかいつも珍道中。

北京――結局、星野ジャパンは弱かった。本当にがっかりした。
NY――目指すはヤンキー・スタジアム。なんという美しさ。鮮やかさ。
仙台――仙台にプロ野球チームがやって来た。
苗場――わたしはずっと恋焦がれていたのである。フジロックに。
愛知――愛・地球博。もしや行かないと後悔するのではないか。
山梨――人は何歳まで、ジェットコースターに乗れるのか。
香川――愛しの讃岐うどんを本場で食いまくりたい。え、お遍路も?


自ら望み――編集者に巧みに乗せられて――訪れた国内外のあちこちを、著者の趣向と希望、憧れの実現と、執筆という義務を混ぜ合わせてレポートした一冊である。
感動したり、散々な目に遭ったり、拍子抜けしたり、疲れたり。出版各社の社風が伺える(?)編集者の方々の動向と共に、愉しめる一冊だった。

オリンピックの身代金*奥田英朗

  • 2009/05/06(水) 13:52:00

オリンピックの身代金オリンピックの身代金
(2008/11/28)
奥田 英朗

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昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた!しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。「昭和」が最も熱を帯びていた時代を、圧倒的スケールと緻密な描写で描ききる、エンタテインメント巨編。


オリンピックの身代金は八千万円。
戦後十九年にして、目覚しい復興を遂げた首都東京。時はまさに国を挙げてオリンピックを待ち望む興奮に満ちていた。そんな表舞台の陰で、機械の歯車並みの、いやそれ以下の扱いで、人知れず死んでいく地方の貧農出の人夫たちの存在に、人々は目を瞑っているのだった。
そんな風にして兄を亡くした東大大学院生の島崎国男は、格差社会の不平等に憤り、兄や同じような境遇の人々の弔いの気持ちから、オリンピックを人質に取ることを考えるのだった。
物語の視点は、ひとつは島崎に、もうひとつは警察側に置かれ、ひと月あまり時間軸をずらしながら展開され、クライマックスに近づくに従って同軸により合わされていく。これが、一層緊張感を高めて効果的である。
おそらく読者は、いつの間にか島崎を応援している自分に気づくのではないだろうか。
この時代ほどではないだろうが、現代にも未だに東京と地方との経済格差は存在するだろう。そのことを思うとき、大胆にすぎると思われる島崎の行動に、切なさとやりきれなさを感じるのはわたしだけではないだろう。

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家日和*奥田英朗

  • 2007/08/29(水) 17:05:28

家日和家日和
(2007/04)
奥田 英朗

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ネットオークションにはまる専業主婦。会社が倒産し、主夫となる営業マン。夫と妻。ちょっとずれていて、でも愛情がないわけでなく…。ずっと外にいた夫の王国か。ずっと家にいた妻の城か。ビター&スウィートな「在宅」小説。


「サニーデイ」「ここが青山」「家においでよ」「グレープフルーツ・モンスター」「夫とカーテン」「妻と玄米御飯」という六つの在宅小説。
要するに家に居る人の物語なのだが、ひとことで家に居ると言ってもずいぶんさまざまな「家に居方」があるものだなぁと、まず再認識させられる。そして、自分が家に居るということの捉え方もたぶん人の数だけあるのだろう、と。在宅で仕事をする小説家ならではの着眼点とも言えそうである。それぞれにピリリとスパイスも効いており、さすがである。

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