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マイクロスパイ・アンサンブル*伊坂幸太郎
- 2022/08/18(木) 07:04:57
どこかの誰かが、幸せでありますように。
失恋したばかりの社会人と、元いじめられっこのスパイ。
知らないうちに誰かを助けていたり、誰かに助けられたり……。
ふたりの仕事が交錯する現代版おとぎ話。
付き合っていた彼女に振られた社会人一年生、
どこにも居場所がないいじめられっ子、
いつも謝ってばかりの頼りない上司……。
でも、今、見えていることだけが世界の全てじゃない。
優しさと驚きに満ちたエンターテイメント小説!
猪苗代湖の音楽フェス「オハラ☆ブレイク」でしか手に入らなかった
連作短編がついに書籍化!
あとがきを読んで、本作の作りに合点がいった。年に一度行われる音楽フェスで配られる読み物として始まったものだったのだ。それが、毎年続き、作品中の人々もひとつずつ年を取っていく。ストーリーの本体は、舞台が猪苗代湖という以外にはほぼ無関係だが、折々に挿みこまれる曲の歌詞は、フェスに参加するアーティストのものらしい。そして、猪苗代湖周辺では、社会人になりたての男が悩み、喜び、さまざまな体験をして歳を重ね、その足元には、男の知らない小さな世界で、スパイ戦争が繰り広げられている。二つの世界が、落とし物などで絶妙に交差するのが、価値観や見え方の違いもあって興味深く、ハラハラドキドキさせられる。どこで何が誰の役に立っているか判らない、そんなことをも思わされる。平凡でスペクタクルでやさしい一冊だった。
ペッパーズ・ゴースト*伊坂幸太郎
- 2022/04/22(金) 07:05:56
少しだけ不思議な力を持つ、中学校の国語教師・檀(だん)と、女子生徒の書いている風変わりな小説原稿。
生徒の些細な校則違反をきっかけに、檀先生は思わぬ出来事に巻き込まれていく。
伊坂作品の魅力が惜しげもなくすべて詰めこまれた、作家生活20年超の集大成!
ニーチェの思想が下敷きになった物語である。ペッパーズ・ゴーストとは、劇場や映像の技術のひとつで、別の場所に存在するものを、観客の目の前に映し出す手法のことだそうである。それがわかると、物語の構成が見えてくる。中学教師・檀、教え子の書いた小説、別の教え子の校則違反から派生するその父親、という三つの視点でストーリーが進んでいくのだが、あるところで、現実が小説に取り込まれるように、三者が入り交じって、より複雑な展開になっていく。一瞬でも目を離せば、まったく別の場所に連れて行かれてしまうような心地である。まるで小説の登場人物になったようである。そもそも、檀のちょっと変わった――誰かの飛沫を浴びると、その人が見ている未来を束の間見ることができる――体質が、現実離れしているので、なおさら効果的になっている。描かれている問題は、どれもシリアス極まりないのだが、コメディを見ているような心が弾むような気持ちになるのはなぜだろうか。ペッパーズ・ゴースト効果と言えるのかもしれない。はらはらどきどきと深い悲しみを同時に体験できる一冊でもあった。
小説の惑星 オーシャンラズベリー篇*伊坂幸太郎編
- 2022/01/17(月) 18:50:57
小説のドリームチーム、誕生。伊坂幸太郎選・至上の短編アンソロジー、赤いカバーのオーシャンラズベリー篇!
編者による書き下ろしまえがき(シリーズ共通)&各作品へのあとがき付き。
子供のころから今まで読んできた小説の中で、本当に面白いと思ったものを集めてみ ました。見栄や知ったかぶり、忖度なく、「とびきり良い! 」「とてつもなく好き」と感 じたものばかりです。
十代で読んだものもあれば、デビュー後に知った作家の作品もあります。ミステリー小説と純文学が好きだったために、そのいずれかに分類される短編が自然と多くなりましたが、そういった偏りも含め、僕自身が大好きな小説たちです。
(まえがき 小説の惑星について 伊坂幸太郎 より抜粋)
さすが伊坂さんの選である。凡人にはいささかわかりにくい作品も多い(誉め言葉である)。だが、後の小説家・伊坂幸太郎を作ったエッセンスの一部になったのかもしれないと思うと、親しみがわいてくる気がして、その良さを解ろうと読み込んでみたりもさせられる。独特のチョイスではあると思うが、それも含めて愉しめる一冊だった。
逆ソクラテス*伊坂幸太郎
- 2020/06/24(水) 12:52:56
逆境にもめげず簡単ではない現実に立ち向かい非日常的な出来事に巻き込まれながらもアンハッピーな展開を乗り越え僕たちは逆転する!無上の短編5編(書き下ろし3編)を収録。
子どもと、かつて子どもだった大人が主人公の物語。小学校時代の恩師・磯憲がかつて語った言葉が、おそらく本人の意図以上に子どもたちの心に響き、その影響を受けたその頃の彼らと、その影響を受け続けて生きてきた大人になった彼らの視点が、それぞれ愛おしい。ともすればお説教じみてしまう教師の言葉が、そうはならずに、絶妙な教訓として児童たちの胸に届いたのは、真心から発せられた言葉だからなのだろう。現在の磯憲の境遇と、あの頃子どもだった彼らの行く末。できることとあきらめてもいいこと、いましなくてはならないこと、などなど。そして、必ず伝わるということ、それを真実ことの意味を考えさせられる一冊でもあった。
クジラアタマの王様*伊坂幸太郎
- 2019/11/11(月) 16:56:25
NHK出版 (2019-07-09)
売り上げランキング: 18,077
製菓会社に寄せられた一本のクレーム電話。広報部員・岸はその事後対応をすればよい…はずだった。訪ねてきた男の存在によって、岸の日常は思いもよらない事態へと一気に加速していく。不可思議な感覚、人々の集まる広場、巨獣、投げる矢、動かない鳥。打ち勝つべき現実とは、いったい何か。巧みな仕掛けと、エンターテインメントの王道を貫いたストーリーによって、伊坂幸太郎の小説が新たな魅力を放つ。
途中に川口澄子氏のイラスト(と言うかマンガ)を挟みながら、不思議な物語が進むのだが、文字だけではうまく想像がつかない部分を、まさに過不足なくイラストが補完してくれていて、荒唐無稽とも言える物語をリアリティのあるものとして愉しめるようになっている。物語自体は、普段わたしたちが知っているのと似た日常――とは言い切れないが――の世界と、アクションゲームのようなパラレルワールドとを行き来して語られる。あちらがこちらで眠った時に見る夢なら、こちらはあちらで眠った時に見る夢のようでもある。どちらの世界が先にあったのかは、はっきりとは判らないが、あちらの三人の戦士とリンクする人物が、こちらの世界でも知り合いになり、普通とは言えない縁を結ぶことになる。ときどき、どちらも夢なのかもしれないという気分になるくらい、繋がり方が絶妙で、段々境目が曖昧になっているような気もしてしまう。あちこちに寄り道しているように見えて、読み終えてみれば、終始一貫した目的に向かっていたのかもしれないとも思わされる。とにかく、先が気になり続ける一冊だった。
シーソーモンスター*伊坂幸太郎
- 2019/09/15(日) 07:31:15
中央公論新社 (2019-04-05)
売り上げランキング: 29,348
我が家の嫁姑の争いは、米ソ冷戦よりも恐ろしい。バブルに浮かれる昭和の日本。一見、どこにでもある平凡な家庭の北山家だったが、ある日、嫁は姑の過去に大きな疑念を抱くようになり…。(「シーソーモンスター」)。ある日、僕は巻き込まれた。時空を超えた争いに―。舞台は2050年の日本。ある天才科学者が遺した手紙を握りしめ、彼の旧友と配達人が、見えない敵の暴走を阻止すべく奮闘する!(「スピンモンスター」)。
どこにでもありそうな嫁姑問題が描かれていながら、その裏では目には見えないが凄まじい攻防が繰り返されていて、表に見えるものと、その裏側の真実の姿とのギャップが激しすぎて興味深い。そして、二作目は、まったく別の物語かと思いきや、そう来たか、という展開で、絵本作家の名前とか、折々にほんのわずか引っかかるが、突き詰めることなく読み過ごしたあれこれを、ひとつずつ腑に落としてくれるのは、さすが伊坂さんである。当然のこととして描かれる近未来の日常が、まったくの絵空事ではなさそうで、怖くもあり、うなずける部分もあるので興味深い。日常の物語の体裁をとったアクションストーリ―とも言える一冊かもしれない。
フーガはユーガ*伊坂幸太郎
- 2019/04/19(金) 09:04:57
常盤優我は仙台市のファミレスで一人の男に語り出す。双子の弟・風我のこと、決して幸せでなかった子供時代のこと、そして、彼ら兄弟だけの特別な「アレ」のこと。僕たちは双子で、僕たちは不運で、だけど僕たちは、手強い。
双子の兄・優我がフリーのディレクターに自分たちの身に起きたことを話しているという趣向の物語である。起こったこと自体は過去のことで、いま現在優我はここにいる。だが、物語が次第に現実に追いつき、追い越す時が来る。それでもかこからずっと続いてきたことが途切れることはなく、過去に築いた関係が現在に影響を及ぼすことになる。題材的にも重いものであり、見るに堪えない描写が多く出てくることもあって、読書中も読後感も、決して爽やかとは言えないが、それでも、自分たちの力で少しでも救いのある方へと踏み出そうという願いを感じ取ることはできる。何とかならないのかというもどかしさを抱きつつ、ページを繰る手が止まらない一冊だった。
ホワイトラビット*伊坂幸太郎
- 2018/03/08(木) 16:36:36
仙台の住宅街で発生した人質立てこもり事件。SITが出動するも、逃亡不可能な状況下、予想外の要求が炸裂する。息子への、妻への、娘への、オリオン座への(?)愛が交錯し、事態は思わぬ方向に転がっていく――。「白兎(しろうさぎ)事件」の全貌を知ることができるのはあなただけ! 伊坂作品初心者から上級者まで没頭度MAX! あの泥棒も登場します。
仙台で起きた立てこもり事件の顛末である。一読、単純な立てこもり事件なのだが、加害者、被害者双方に厄介な事情があり、それらが複雑に絡まり合い、しかも時間を行きつ戻りつしながら描かれるので、認識している出来事の流れを、その都度修正しながら読み進めなければならない。頭が混乱しては来るが、次第に解かれて、本当の筋が見えてくるにつれ、その綱渡り的な鮮やかさに目を瞠る。さらに言えば、登場人物には悪人が多いのだが、それぞれがそのときの自分の立場で懸命に働いている姿が、なぜか憎めず、それぞれが家庭を守っているという背景を思い描けば、愛すべき奴等にも見えてきてしまう。警察も犯人もみんな一生懸命なのが、切なくもあり可笑し味でもある。これこそが、伊坂作品の醍醐味かもしれない。まぎれもない犯罪の一部始終なはずなのに、なぜかいい人たちにたくさん出会った心地にさせられてしまう不思議な一冊でもある。
クリスマスを探偵と*文 伊坂幸太郎 絵 マヌエール・フィオール
- 2018/02/03(土) 07:20:59
舞台はドイツ。
探偵カールがクリスマスの夜に出会った謎の男とは……?
伊坂幸太郎が贈る聖夜の奇跡の物語
大学生のときに著者が初めて書いた小説(初出『文藝別冊 伊坂幸太郎』/2010年小社刊)を自身の手により完全リメイク!
デビュー以来の伊坂作品のモチーフ、
「探偵」「男2人」「親子愛」「巧妙な構成」「ラストのどんでん返し」……
などのエッセンスがすべて凝縮された、珠玉の物語。
伊坂作品にはおなじみ、あのキャラクターの元祖とも言える人物も登場。
* * * * *
生まれて初めて完成させた短篇が元となった作品です。 ──── 伊坂幸太郎
お話の最後ではいつも呆然となり、もう一度読み直したい気持ちで胸がいっぱいになりました。 ──── マヌエーレ・フィオール
街角にたたずんだだけで、物語の登場人物になった心地になる、ローテンブルグの街が舞台の絵本である。時はまさにクリスマスイブ。ロマンティックな物語が始まるのかと思いきや、主人公の探偵は浮気調査の真っ最中。偶然公園で出会った男と何気なく始めた会話がなんとも味があって深い。話しているうちに判った浮気調査の実態にまず驚かされ、男が繰り広げる仮定の話しの見事さに目を瞠り、最後の最後にさらなる驚きが準備されていて、知らず知らずに頬がゆるんであたたかな気持ちになる。絵本とは言え、題材が子ども向きとは言い辛いが、波立った心が静かに凪いでいくような一冊である。
AX*伊坂幸太郎
- 2018/02/02(金) 07:35:13
KADOKAWA (2017-07-28)
売り上げランキング: 2,132
最強の殺し屋は――恐妻家。
物騒な奴がまた現れた!
新たなエンタメの可能性を切り開く、娯楽小説の最高峰!
「兜」は超一流の殺し屋だが、家では妻に頭が上がらない。
一人息子の克巳もあきれるほどだ。
兜がこの仕事を辞めたい、と考えはじめたのは、克巳が生まれた頃だった。
引退に必要な金を稼ぐため、仕方なく仕事を続けていたある日、爆弾職人を軽々と始末した兜は、意外な人物から襲撃を受ける。
こんな物騒な仕事をしていることは、家族はもちろん、知らない。
書き下ろし2篇を加えた計5篇。シリーズ初の連作集!
文句なく面白い。プロの殺し屋と文房具会社の営業マンの顔を使い分ける主人公・兜。と聞けば、冷酷で、常に冷静さを失わない男を想像するが、実は家では常に妻のご機嫌を伺う気弱な夫で、そのギャップの激しさに、戸惑うのだが、難なく両立させてしまうのは、著者の力量だろう。手術と呼ばれる裏の仕事をこなすときには、効率的に瞬殺とも言える素早さで事に当たるのに、それ以外の場面での人情味あふれる顔を見ると、憎めなくなるのはずるい。そして、あっけない最期の後に配された章が秀逸で、更生の見事さにうならされる。魅力的過ぎる一冊である。
サブマリン*伊坂幸太郎
- 2016/07/26(火) 17:06:14
「武藤、別におまえが頑張ったところで、事件が起きる時は起きるし、起きないなら起きない。そうだろ? いつもの仕事と一緒だ。俺たちの頑張りとは無関係に、少年は更生するし、駄目な時は駄目だ」/「でも」/うるせえなあ、と言いたげに陣内さんが顔をしかめた。/「だいたい陣内さん、頑張ってる時ってあるんですか?」/と僕は言ったが電車の走行音が激しくなったせいか、聞こえていないようだった。(本文より)
『チルドレン』から、12年。家裁調査官・陣内と武藤が出会う、新たな「少年」たちと、罪と罰の物語。
陣内と永瀬の物語ふたたび、である。相変わらずの陣内である。絶対に上司にしたくない人の上位に位置づけられるのは間違いなく、部下として働く武藤の日々のストレスたるやいかばかりかと同情を禁じ得ない。上司にはしたくないし、親しい友人としてもどうかと思う陣内ではあるのだが、だからと言って憎むべき屋からかといえば、まったくそうではなく、逆になんともかっこよかったりもするから始末が悪い。家裁調査官などと言う職業にはもっとも向いていない人材と言えそうなのだが、その実、結果だけを見れば、天職かもしれないとさえ思えてしまう不思議さ。陣内という人のことが、まるで分らなくなるが、ほんの中にいてくれさえすれば、なんとも魅力的なのである。ただいい加減なことを吹聴しているだけに見えて、結構核心を突いたことを言っていたりもして、担当した少年たちも、周りの大人たちも、いつの間にか取り込まれていると言った感じである。陣内の謎にもっと迫りたい。次も愉しみにしたいシリーズである。
陽気なギャングは三つ数えろ*伊坂幸太郎
- 2016/01/29(金) 07:43:01
絶体絶命のカウントダウン!
史上最強の天才強盗4人組に強敵あらわる!
嘘を見抜く名人、天才スリ、演説の達人、精確な体内時計を持つ女――
180万部シリーズ待望の最新作!
陽気なギャング一味の天才スリ久遠は、消えたアイドル宝島沙耶を追う火尻を、暴漢から救う。だが彼は、事件被害者のプライバシーをもネタにするハイエナ記者だった。正体に気づかれたギャングたちの身辺で、当たり屋、痴漢冤罪などのトラブルが頻発。蛇蝎のごとき強敵の不気味な連続攻撃で、人間嘘発見器成瀬ら面々は断崖に追いつめられた! 必死に火尻の急所を探る四人組に、やがて絶体絶命のカウントダウンが! 人気シリーズ、九年ぶりの最新作!
陽気なギャングシリーズの最新作である。このシリーズを読むと、ついギャングを応援したくなってしまうのが難なのだが、今回も見事にやってのけてくれた。そこまではよかったのだが、久遠が負わされた怪我によって、ハイエナのような週刊誌の記者に疑われることになり、以後、身辺で不穏なことが立て続けに起きるようになる。自分たちの身を守ることと、ハイエナ記者に恨みを持つ者たちに肩入れすること、両方を叶えることはできるのか。記者が厭な奴なのでなおさらギャングたちを応援したい気持ちが募るのである。彼らのキャラクタと掛け合いも相変わらず絶妙で、真面目であるほど笑えるのもいつも通りでうれしくなる。もうギャングはやめてしまうのだろうかという一抹の不安も抱えつつ、それ以外の活躍だけでもいいから、ずっと長く続けてほしいと思うシリーズである。
ジャイロスコープ*伊坂幸太郎
- 2015/09/25(金) 18:44:10
新潮社 (2015-06-26)
売り上げランキング: 3,700
助言あり〼(ます)――。スーパーの駐車場で“相談屋”を営む稲垣さんの下で働くことになった浜田青年。人々のささいな相談事が、驚愕の結末に繋がる「浜田青年ホントスカ」。バスジャック事件を巡る“もし、あの時……”を描く「if」。文学的挑戦を孕んだ「ギア」。洒脱な会話、軽快な文体、そして独特のユーモアが詰まった七つの伊坂ワールド。書下ろし短編「後ろの声がうるさい」収録。
意外性も含めて著者らしさが詰まった短編集だと思う。いつもながらに読者を喜ばせるリンクもちゃんとあり、クスリとさせられたりもする。冒頭に置かれた辞書の「ジャイロスコープ」の項を模した意味解説も遊び心に富んでいてうれしくなる。難解さ、堂々巡り、繋がり、すべて含めて伊坂流といった趣の一冊である。
アイネクライネナハトムジーク*伊坂幸太郎
- 2015/08/27(木) 16:37:12
ここにヒーローはいない。さあ、君の出番だ。奥さんに愛想を尽かされたサラリーマン、他力本願で恋をしようとする青年、元いじめっこへの復讐を企てるOL…。情けないけど、愛おしい。そんな登場人物たちが作り出す、数々のサプライズ。
あとがきに書かれているように、初めの二編は、斉藤和義さんに「恋愛をテーマにしたアルバムを作るので、『出会い』にあたる曲の歌詞を書いてくれないか」と頼まれたのがきっかけだそうである。恋愛ものには興味のなかった著者だが、斉藤和義さんのファンだったので、引き受けることにしたのだとか。なので、このところの著者の作風とはいささか異なった物語になっている。だが当然伊坂さんである。主題が恋愛に関するあれこれだとしても、てんでに散らばっているように見えるパズルのピースを、最後にはきっちりしかるべきところにはめ込んで見せてくれるのである。場所を、時を、自在に行き来しながら、ある時は親子、またある時はかつての同級生、という風に、登場人物が次々と繋がっていくのは、見ていてぞくぞくする。そして油断していた最後の最後にまで、こんな人物が、と思わせる人がピースのひとつになっていて興奮する。恋愛に留まらず、広く愛と、そして勇気の物語と言っても間違いではないと思われる一冊である。
火星に住むつもりかい?*伊坂幸太郎
- 2015/03/28(土) 07:38:04
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この状況で生き抜くか、もしくは、火星にでも行け。希望のない、二択だ。
密告、連行、苛烈な取り調べ。
暴走する公権力、逃げ場のない世界。
しかし、我々はこの社会で生きていくしかない。
孤独なヒーローに希望を託して――。
らしさ満載、破格の娯楽小説!
いまの時代だからこその物語のような気がする。バットマン的正義の味方が現れるかどうかは別として、平和警察の存在は、虚構の世界のできごととして安閑とはしていられないようにも思われて、空恐ろしささえ感じてしまう。黒ずくめの正義の味方が生まれたいきさつも、成り行き感満載で、いまの時代を映しているようにもみえる。著者が武器に選んだものも、虚を突かれた感がある。銃火器だけが武器になるわけではないのだ。東京からやってきた個性的な捜査官・真壁鴻一郎があっけなくやられたときには、こんなはずはないと思ったが、彼の続編をぜひ読みたいものである。いろいろと示唆に富む一冊である
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