猿の見る夢*桐野夏生

  • 2017/02/22(水) 06:59:04

猿の見る夢
猿の見る夢
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桐野 夏生
講談社
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これまでで一番愛おしい男を描いた――桐野夏生

自分はかなりのクラスに属する人間だ。
大手一流銀行の出身、出向先では常務の席も見えてきた。実家には二百坪のお屋敷があり、十年来の愛人もいる。
そんな俺の人生の歪(ひず)みは、社長のセクハラ問題と、あの女の出現から始まった――。
還暦、定年、老後――終わらない男”の姿を、現代社会を活写し続ける著者が衝撃的に描き切る!
週刊現代読者の圧倒的支持を得た人気連載が、ついに書籍化!


登場人物のみんながみんなこの上なく身勝手で、何事をも自分に都合のいいように解釈し、それがさも当然のごとく自分以外の人たちに責任を押しつける。始終ぷんぷん憤りながら、どこかで懲らしめられるだろうかとどんどん読み進めたが、最後の最後まで変わることがなく、これはこれでいっそのこと見事と言ってもいい。愉しいとは言えないが、なぜか読後感はさほど悪くない一冊である。

バラカ*桐野夏生

  • 2016/06/29(水) 18:42:38

バラカ
バラカ
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桐野 夏生
集英社
売り上げランキング: 14,035

私の「震災履歴」は、この小説と共にありました。
重力に逆らい、伸びやかに書いたつもりです。
まだ苦難の中にいる人のために、ぜひ読んでください。 桐野夏生

今、この時代に、読むべき物語。
桐野文学の最高到達点!

震災のため原発4基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。
ありえたかもしれない日本で、世界で蠢く男と女、その愛と憎悪そして勇気。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン!

子供欲しさにドバイの赤ん坊市場を訪れる日本人女性、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人、絶大な人気を誇る破戒的牧師、フクシマの観光地化を目論む若者集団、悪魔的な権力を思うままにふるう謎の葬儀屋、そして放射能警戒区域での犬猫保護ボランティアに志願した老人が見つけた、「ばらか」としか言葉を発さない一人の少女……。人間達の欲望は増殖し、物語は加速する。そして日本は滅びに向かうのだろうか――。
桐野夏生が2011年夏から4年にわたって、危機的な日本と並行してリアルタイムに連載してきた作品が、震災から5年を経た今、ついに書籍化!


読む前には、「バラカ」が女の子の名前だとは思わなかった。しかも、ドバイのスーク(市場)で売られている子どもはみなこの名前で呼ばれているのだという(イスラム教で「神の恩寵」という意味だそうではあるが……)。東日本大震災、福島第一原発事故以後、現実からほんの小さい角度でずれた未来の物語であるが、そのずれはどんどん広がっていく。ただ、こうであったかもしれない世界が描かれることで、その恐ろしさは容易に想像できるものとなり、より現実感を伴う物語になっている。バラカの出自、原発事故のその後の悲惨さ、反発する勢力間の駆け引き、インターネットの拡散力、誰がほんとうの味方なのか皆目わからない不信感。さまざまな要素が盛り込まれているが、唯一バラカだけが揺らがない印象である。いちばん非力で心細いはずのバラカの強さはどこからくるのだろうか。自分がどこから来て、誰なのかを知りたいという強い欲求と、穏やかなしあわせを手にしたいという強い思いが彼女を支えていたのかもしれない。他人事とは思えないあまりに悲惨な一連の出来事のあとで描かれるエピローグに救われる思いである。これからバラカが穏やかに笑って暮らせますようにと切に祈る一冊である。

抱く女*桐野夏生

  • 2015/08/29(土) 14:16:16

抱く女
抱く女
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桐野 夏生
新潮社
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この主人公は、私自身だ――。1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動、恋愛。「抱かれる女から抱く女へ」と叫ばれ、あさま山荘事件が起き、不穏な風が吹く七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた。必死に自分の居場所を求める彼女は、やがて初めての恋愛に狂おしくのめり込んでいく――。揺れ動く時代に切実に生きる女性の姿を描く、永遠の青春小説。


高野悦子氏の『二十歳の原点』と同じ空気が重たく流れている(考えていることはまったく違うとしても)。その時代に生きていなければわからない時代そのものの空気なのだろうが、この空気の中で学生時代を過ごさなくて済んで幸運だった。訳知り顔で何かに倦んだような怠惰さを身にまとい、自堕落を絵に描いたような日々を送る学生たち。自分たちの未熟さを微塵も解っていないのが――時代の風潮だとしても――鼻につく。読んでいる間中、胸のなかが澱んでいて息苦しいほどだった。ただ、そのころと現在とで何かが変わったかと問われると、形は違えど本質は何も変わっていないような気もして憂鬱になる。別世界に逃げ出したくなるような一冊だった。

夜また夜の深い夜*桐野夏生

  • 2015/01/04(日) 17:15:57

夜また夜の深い夜夜また夜の深い夜
(2014/10/08)
桐野 夏生

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私は何者?私の居場所は、どこかにあるの?どんな罪を犯したのか。本当の名前は何なのか。整形を繰り返し隠れ暮らす母の秘密を知りたい。魂の疾走を描き切った、苛烈な現代サバイバル小説。


自分の名前が舞子であること、一緒に暮らす母が日本人であること、それ以外は何も知らず、日本に行ったこともない。世界のあちこちに移り住み、ひとところに長居することもなく、それぞれの地で違う名を名乗り、親しい友人も作らない。国籍もIDもない、根なし草のような暮らしを続けていたある日、マイコはMANGA CAFFEのチラシをもらう。そこで日本の漫画に出会い、夢中になるうち、少しずつ自分の在りようについて考えるようになり、やがて家を出ることになる。それからナポリの街でマイコのサバイバルが始まるのである。この物語は、それらのことを、マイコが自分の境遇と似ていると親近感を持った七海という女性に宛てて手紙に書く、という体裁を取っているので、読者はマイコの客観的な思いを手紙を通して知ることができるのである。マイコの出自を含め、物語がどう展開し、どこに落ち着くのか、なかなか予想できずに読み進んだが、ラストは以外にあっけなかったようにも思われる。だが、マイコにも母にも物語の先があるのだと思うと、少しでも穏やかに、と願わずにはいられない。激動の一冊だった。

だから荒野*桐野夏生

  • 2013/11/24(日) 16:41:12

だから荒野だから荒野
(2013/10/08)
桐野 夏生

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もう二度と会うことはないでしょう。
46歳の誕生日。身勝手な夫や息子たちと決別し、主婦・朋美は1200キロの旅路へ――
「家族」という荒野を生きる孤独と希望を描き切った桐野文学の最高峰!
大反響の毎日新聞朝刊連載に、大幅な加筆修正を施して書籍化。

傲慢な夫や息子たちに軽んじられながら、家庭をささえてきた主婦・朋美は46歳の誕生日、ついに反旗をひるがえす。衝動にかられ夫自慢の愛車で家出、「初恋の男が長崎にいるらしい」という理由で、長崎に向かって高速道を走り始めるのだった。奪われた愛車と女の連絡先の入ったゴルフバックばかり心配する夫を尻目に、朋美は自由を謳歌するが―― 冒険の果てに、主婦・朋美が下した「決断」とは?


一読、著者らしい、と思う。人間の毒をこれでもかというほど曝け出し、家族の共依存性の醜さを残酷なまでに描き、そして朋美は46歳の誕生日、自らがセッティングしたディナーの席から出奔する。拍手である。自分にはできないことをやってくれた朋美に着いていき、どんな運命に弄ばれるのか、読者はわくわくハラハラするのである。道中の災難や、思いがけない幸運、そして落ち着いた先での疑念。家を捨ててきた切迫感が幾分薄れた印象の後半は、やはり収束へ向かう布石だったのだろうか。冷静に考えれば何一つ解決してはいない気がするのだが、石を投げ入れ、波紋を起こした影響は、きっとどこかには現れるのだろう。つまらない気分半分、ほっとした気分半分の一冊である。

ハピネス*桐野夏生

  • 2013/04/06(土) 18:35:15

ハピネスハピネス
(2013/02/07)
桐野 夏生

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三十三歳の岩見有紗は、東京の湾岸地区にそびえ立つタワーマンションに、三歳二カ月の娘と暮らしている。結婚前からの憧れのタワマンだ。
おしゃれなママたちのグループにも入った。そのリーダー的な存在は、才色兼備の元キャビンアテンダントで、夫は一流出版社に勤めるいぶママ。
他に、同じく一流会社に勤める夫を持つ真恋ママ、芽玖ママ。その三人とも分譲の部屋。しかし有紗は賃貸。そしてもう一人、駅前の普通のマンションに住む美雨ママ。
彼女は垢抜けない格好をしているが、顔やスタイルがいいのでいぶママに気に入られたようだ。
ある日の集まりの後、有紗は美雨ママに飲みに行こうと誘われる。有紗はほかのママたちのことが気になるが、美雨ママは、あっちはあっちで遊んでいる、自分たちはただの公園要員だと言われる。
有紗は、みんなには夫は海外勤務と話しているが、隠していることがいくつもあった。
そして、美雨ママは、有紗がのけぞるような衝撃の告白をするのだった……。
「VERY」大好評連載に、新たな衝撃の結 末を大幅加筆!


どこに住んでも、大なり小なりあるのではないかと思われる、ママ友づきあいのむずかしさを、ママ友仲間の経済格差や境遇を絡めて描いた物語である。自分の身に降りかからない限り、興味津々で首を伸ばしてしまいそうな題材でもある。ママ友間の力関係や夫や実家の地位、生活レベル、などなど、身の丈以上を望むと窮屈なことこの上ない。それでも子どものため、自分のために多少の無理には目を瞑って周りに合わせる。そのうちに、必ずどこかにひずみが出てくる。上辺と本音、虚飾と現実。なにが本当のしあわせなのか。自分の心の持ちようで、しあわせの価値も変わるのだと思わされる一冊でもある。

緑の毒*桐野夏生

  • 2011/10/14(金) 17:11:29

緑の毒緑の毒
(2011/08/31)
桐野 夏生

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妻あり子なし、39歳、開業医。趣味、ヴィンテージ・スニーカー。連続レイプ犯。。水曜の夜ごと、川辺は暗い衝動に突き動かされる。救命救急医と浮気する妻に対する、嫉妬。邪悪な心が、無関心に付け込む時――。


まともじゃない。登場人物のだれもがやり場のない不満や不安を抱えながら日々を送っている。普通はなんとか宥めすかして帳尻を合わせながら暮らすのだろうが、それができなかったのが、主人公の開業医・川辺である。勤務医の妻・カオルの浮気に嫉妬し、鬱憤を晴らすように昏睡レイプに及ぶのだから、これはもう病んでいるとしか言えない。川辺の人格には一片も共感できるところがないし、妻・カオルにしても同じようなものである。毒にまみれたような夫婦で、同情の余地もない。最後の一章のドタバタはコメディのようでもあるが、あまりにも情けなく哀しい結末である。題材の重さに比べてさらさらと読める一冊である。

ポリティコン 上下*桐野夏生

  • 2011/09/12(月) 06:59:19

ポリティコン 上ポリティコン 上
(2011/02/15)
桐野 夏生

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大正時代、東北の寒村に芸術家たちが創ったユートピア「唯腕村」。1997年3月、村の後継者・東一はこの村で美少女マヤと出会った。父親は失踪、母親は中国で行方不明になったマヤは、母親の恋人だった北田という謎の人物の「娘」として、外国人妻とともにこの村に流れ着いたのだった。自らの王国「唯腕村」に囚われた男と、家族もなく国と国の狭間からこぼれ落ちた女は、愛し合い憎み合い、運命を交錯させる。過疎、高齢化、農業破綻、食品偽装、外国人妻、脱北者、国境…東アジアをこの十数年間に襲った波は、いやおうなく日本の片隅の村を呑み込んでいった。ユートピアはいつしかディストピアへ。今の日本のありのままの姿を、著者が5年の歳月をかけて猫き尽くした渾身の長編小説。


理想の共同体を目指して作られた唯腕村(イワン村)にも高齢化の波が押し寄せ、ただひとり村に残った理事長・素一の息子・東一は葛藤しつつもなんとかしなければ、と苦悩する。だが、若さゆえの浅慮や短絡的な行いもあって村人たちの心を繋ぎ止めることも叶わない。一度は村を離れ東京の実母の下に転がり込んだ東一だったが、その間に父・素一が急死し、村へ帰りはしたが、雪崩れるように人びとの心は離れていくのだった。平等を謳った共同体の危うさと人心掌握の難しさを思い知らされるような一冊である。下巻でどう展開していくのかたのしみである。


ポリティコン 下ポリティコン 下
(2011/02/15)
桐野 夏生

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唯腕村理事長となった東一は、村を立て直すために怪しげな男からカネを借りて新ビジネスを始める。しかし、村人の理解は得られず、東一の孤独は深まる一方だった。女に逃げ場を求める東一は、大学進学の費用提供を条件に高校生のマヤと愛人契約を結んでしまう。金銭でつながった二人だが、東一の心の渇きは一層激しくなり、思いがけない行為で関係を断ち切る。それから10年、横浜の野毛で暮らしていたマヤのもとに、父親代わりだった北田が危篤状態だという連絡が入る。帰郷したマヤは、農業ビジネスマンとして成功した東一と運命の再会をした。満たされぬ二つの魂に待ち受けるのは、破滅か、新天地か。週刊文春と別冊文藝春秋の連載が融合されて生まれた傑作小説、堂々の完結。


上巻は主に東一の視線で綴られていたが、下巻は主にマヤの視線で綴られている。東一の慰み者になる代わりに大学進学の費用を出してもらう契約をし、夏休みに進学セミナーに参加したまま唯腕村に帰らず、怪しげな小杉の店でホステスのアルバイトをしていた。そこで東一と出くわし、学費の形に売られて東京にやられ、唯腕村とは縁が切れたかに思われたのだったが、北田の危篤を知らされて村に帰り、一見生まれ変わった村の内実を目の当たりにし、しかも、長年親代わりと慕ってきた北田やスオンの存在に疑いを持ち始め、逃げるように唯腕村を後にするのだった。
元はと言えば母の理想と命がけの仕事に振り回され、逃げるように唯腕村に入村してからは、東一の理想と強引さと身勝手に振り回され、運命の過酷さと非情さに振り回され続けたマヤだったが、最後の最後に自分として心からの選択ができたのだとしたらそれが唯一の光だろう。まさにこの国の縮図のような一冊である。

優しいおとな*桐野夏生

  • 2010/10/18(月) 09:28:02

優しいおとな優しいおとな
(2010/09)
桐野 夏生

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家族をもたず、信じることを知らない少年イオンの孤独な魂はどこへ行くのか―。


スープ・キッチン→シブヤパレス→バトルフィールド→鉄と銅と錫と→世界は苦難に満ちている→優しいおとな

ホームレスであふれる渋谷が舞台。ほんの少しだけいまよりも先に行った渋谷のようである。他人を敵視し、群れずに生き延びようとする少年・イオンは幼いころ一緒に暮らした鉄と銅という双子の兄弟を想いながらいつしかアンダーグラウンドに呑み込まれていく。そんなイオンだが、知らず知らずのうちに数少ないが頼れる人に出会い、とうとう鉄との再会も果たす。ラストの安心感がこれほど哀しい物語もなかなかないだろう。救いようのない胸苦しさと切なさを伴う一冊である。

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玉蘭*桐野夏生

  • 2010/07/04(日) 09:11:36

玉蘭 (朝日文庫)玉蘭 (朝日文庫)
(2004/02/14)
桐野 夏生

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張りつめた東京での生活に疲れ果てた有子は、逃げるように上海へとやって来た。枯れた“玉蘭”によって眠りを遮られ、別れた恋人への愛憎の深さに慄いた夜、彼女の前に大伯父の幽霊が現れる。70年前、この地で船乗りとして生きていた大伯父もまた、1人の女性への断ち切れない想いを抱いていた。人々の活気みなぎる土地上海を舞台に、2組の男女が織り成す恋愛模様。深い恋慕の情は時を越え、現代と過去が交差する。


  第一章  世界の果て
  第二章  東京戦争
  第三章  青い壁
  第四章  鮮紅
  第五章  シャングハイ、ヴェレ、トラブル
  第六章  幽霊
  第七章  遺書


不思議な、そして奥の深い物語だった。東京での命をすり減らすような日々に疲れ果て、上海へやってきた有子と、いまは亡き伯父の質(ただし)――著者自身の祖母の弟がモデルになっているという――とが主人公となり、時に不思議に交わりながら別々の時代を生きている。上海、広東という日本にはない雰囲気のなかで、有子の世界も質の世界も次第に角をなくして丸みを帯び、崩れかけていくように見える。冒頭に描かれる玉蘭が象徴的である。あとがきに、質のことを書きたかったとあるように、物語の始まりは有子であるが、彼女の物語は完結せず、ラストは質で結ばれている。物語後もつづいている有子の生き様も気になる。気だるい読後の一冊である。

IN*桐野夏生

  • 2009/12/15(火) 16:50:09

ININ
(2009/05/26)
桐野 夏生

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小説は悪魔ですか。それとも、作家が悪魔ですか?
かつて小説家の緑川未来男は、
愛人の存在に嫉妬した妻の狂乱を
『無垢人』という小説で赤裸々に書いた。
そして今、小説家の鈴木タマキは、
己自身の恋愛の狂乱と抹殺を
『淫』という小説に書こうとしていた。
『無垢人』と『淫』を繋ぐ、「○子」とは誰か?
やがて「○子」は、書く人と書かれた人と書かれなかった人々の蠢く
小説の此岸の涯へ、タマキを誘っていく。


作品に登場する作家・緑川未来男の小説『無垢人』が半ばに挿入されてはいるが、章ごとのタイトルはすべて「イン」である。「淫」「隠」「因」「陰」「姻」そしてタイトルの「IN」。
作家・鈴木タマキが自分の小説を書くために、緑川未来男の『無垢人』に登場する愛人・○子を探し出し、恋愛の抹殺を解き明かそうという物語なのだが、タマキ自らのW不倫である恋愛の抹殺も絡みあって、ときとして現実と虚構を行きつ戻りつするような感覚である。小説というものの性質を考えると、すべてが作者・緑川未来男によって生み出されたものかもしれず、本人亡きいまとなっては真実はだれにも判らず、周りの人々がそれぞれに想像することしかできないのかもしれない。読者としては、そんな正解のない旅をタマキと共に歩んだ心地である。もどかしさの残る一冊と言えるかもしれない。

東京島*桐野夏生

  • 2009/01/09(金) 19:12:57

東京島東京島
(2008/05)
桐野 夏生

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あたしは必ず、脱出してみせる――。ノンストップ最新長篇!

32 人が流れ着いた太平洋の涯の島に、女は清子ひとりだけ。いつまで待っても、無人島に助けの船は来ず、いつしか皆は島をトウキョウ島と呼ぶようになる。果たして、ここは地獄か、楽園か? いつか脱出できるのか――。欲を剥き出しに生に縋りつく人間たちの極限状態を容赦なく描き、読む者の手を止めさせない傑作長篇誕生!


読み始める前は、もっと象徴的な物語かと思っていたのだが、まさに無人島サバイバル物語であった。
ただ、たったひとりの女を含む男たちの、ある意味閉ざされた場所での落胆と焦燥と本能の欲求とで始まった日々の生き様は、それまで生きていた場所の縮図とも言えるようで興味深い。名前を与えることで、何もなかった物事に意味づけをする様子は、現代人の心許なさを見るようでもある。しかも、皆が心の拠り所とするいわば中心的な場所につけられた名前が、「ナガタチョウ」でも「カスミガセキ」ではなく「コウキョ」であるというのもとても日本人的であり、皮肉でもあるように思われる。
後日談には、拍子抜けの感もあるが、納得もできる。脱出した者と残った者、どちらがほんとうに幸福だろうか。

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白蛇教異端審問*桐野夏生

  • 2008/05/18(日) 17:00:46

白蛇教異端審問白蛇教異端審問
(2005/01)
桐野 夏生

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デビュー以来、枠にとらわれない問題作を発表し、周囲の軋轢と闘い続けてきた作家の10年間の軌跡。『朝日新聞』『オール読物』等に発表したエッセイをまとめる。ショートストーリー8篇も併録。


著者初のエッセイ集 + ショートストーリー。
ショート・コラム、日記、エッセイ、書評・映画評、ショートストーリー、白蛇教異端審問から成る。
桐野夏生たからばことでもいった趣である。
作品を生み出す苦悩、作家であるということから派生するあれこれについて、作家であるからこそ受ける攻撃と反撃について、などなど・・・・・。著者の生きる姿勢の一端がうかがえて興味深い。
だがやはり、エッセイよりもショートストーリーの方に魅力が感じられる。

メタボラ*桐野夏生

  • 2007/10/07(日) 08:45:21


メタボラ メタボラ
桐野 夏生 (2007/05)
朝日新聞社
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なぜ「僕」の記憶は失われたのか? 世界から搾取され、漂流するしかない若者は、日々の記憶を塗りかえる。破壊されつくした僕たちは「自分殺し」の旅に出る。孤独な魂の冒険を描く、まったく新しいロードフィクション。


いきなりなにかから逃げている場面で物語りは幕を開ける。何から逃げているのかは読者には判らず、次第に逃げている本人にも判っていないことが判ってくる。なぜなら「僕」は記憶を失っていたのだった。
逃げる途中で、同じく逃げてきた――といってもこちらは自分が誰かも何から逃げてきたかもはっきりしているが――昭光と出会い、行動を共にするうちに、新しい自分が一から形作られていき、同時に本当の自分の在り処を手探りするもどかしい日々が始まるのだった。
ふとしたきっかけで記憶の欠片をひとつ、またひとつと取り戻し始めても、そこには希望の光はなく、新しい自分と本来の自分との間で揺れ続ける「僕」なのだった。
主な舞台は沖縄だが、そう聞いて一般的に思い浮かべるようなのどかで南国的な鷹揚さとは無縁に物語りは繰り広げられているのだが、舞台が沖縄だからこその展開でもあるような気がする。
DV、ニート、劣悪な労働条件、ネットの集団自殺、などなど・・・。たくさんの要素が盛り込まれているが、何一つ解決したわけでもなく、却って泥沼にはまり込んでいくようでもある。
読後感は重いが、なぜか未来を想い描けるような心持ちにもなる一冊である。

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顔に降りかかる雨*桐野夏生

  • 2006/08/29(火) 17:07:14

☆☆☆☆・

顔に降りかかる雨 顔に降りかかる雨
桐野 夏生 (1996/07)
講談社

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親友のノンフィクションライター宇佐川耀子が、一億円を持って消えた。 大金を預けた成瀬時男は、暴力団上層部につながる暗い過去を持っている。 あらぬ疑いを受けた私(村野ミロ)は、成瀬と協力して解明に乗り出す。 二転三転する事件の真相は?女流ハードボイルド作家誕生の'93年度江戸川乱歩賞受賞作!  ――文庫裏表紙より


素材は紛れもなくハードボイルドだが、味付けには実にさまざまな調味料が使われていて、男性の書くハードボイルドとはひと味もふた味も違っている。
暴力団がかかわってくるのは当たり前としても、死体写真同好者、壁崩壊後のベルリン、ネオナチ、中古外車のディーラー、ノンフィクションライター志望の押しかけ助手、などなどが、ときにヒントとなり、またときには迷路の扉となって惑わせ、読者を物語りに惹き込んでゆく。
かなり早い段階で ある理由によってかなり強く疑った人物は、その後 何度も上書きされる状況によって 疑いの濃度を薄めていったが、最後の最後で、あぁ こういう筋書きだったのか、と腑に落ちるのである。
村野ミロの父で、調査探偵を引退した村野善三が、わずかしか登場しないがいい味を出している。