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私はあなたの記憶の中に*角田光代
- 2018/06/24(日) 16:18:15
角田ワールド全開!心震える待望の小説集
《「さがさないで。私はあなたの記憶のなかに消えます。夜行列車の窓の向こうに、墓地の桜の木の彼方に、夏の海のきらめく波間に、レストランの格子窓の向こうに。おはよう、そしてさようなら。」――姿を消した妻をさがして僕は記憶をさかのぼる旅に出た。》(表題作)のほか、《初子さんは扉のような人だった。小学生だった私に、扉の向こうの世界を教えてくれた。》(「父とガムと彼女」)、《K和田くんは消しゴムのような男の子だった。他人の弱さに共振して自分をすり減らす。》(「猫男」)、《イワナさんは母の恋人だった。私は、母にふられた彼と遊んであげることにした。》(「水曜日の恋人」)、《大学生・人妻・夫・元恋人。さまざまな男女の過去と現在が織りなす携帯メールの物語。》(「地上発、宇宙経由」)など八つの名短篇を初集成。
少女、大学生、青年、夫婦の目を通して、愛と記憶、過去と現在が交錯する多彩で技巧をこらした物語が始まる。角田光代の魅力があふれる魅惑の短篇小説集。
身近にありそうで、でも実際にはなさそうで、それでいて何とはなしに身に覚えのある感情を揺さぶられるような印象の物語たちである。実際に体験したわけではないのに、その場にいたことがあるような親しさを感じることがある。それは、人物にだったり、場所にだったり、あるいはその情景にだったりするのだが、振り返ってみても自分の人生の中にそんな場面はなかったはずなのである。そんな風にいつの間にか惹き込まれている一冊だった。
坂の途中の家*角田光代
- 2016/04/05(火) 21:16:40
刑事裁判の補充裁判員になった里沙子は、子どもを殺した母親をめぐる証言にふれるうち、いつしか彼女の境遇にみずからを重ねていくのだった―。社会を震撼させた乳幼児の虐待死事件と“家族”であることの心と闇に迫る心理サスペンス。
裁判員裁判の裁判員(里沙子の場合補充裁判員だが)に選ばれた場合の、普段の生活に与える影響の大きさ、幼児虐待、そして被告の立場と近い境遇にある里沙子の苦悩と葛藤。そんなさまざまな要素が絡み合って先へ先へとページを繰る手が止まらなかった。角田さん、さすがに上手い。ただ、読んでいる最中から、重苦しい気分が胸に沈殿するようで、それは解決されずに読後も引きずったままである。どうすればよかったのだろう、という問いが、胸のなかを渦巻く。被告人の水穂の真実がほんとうに明らかにされたのかどうかも確信は持てないが、そのことが、裁判というもののもどかしさをよく表しているとも思える。いろいろなことを考えさせられる一冊である。
降り積もる光の粒*角田光代
- 2014/10/15(水) 12:35:53
![]() | 降り積もる光の粒 (2014/08/29) 角田 光代 商品詳細を見る |
旅好きだけど、旅慣れない。そんなスタイルだからこそ出会えた、ひと、もの、風景。二度は出会えない貴重な旅のレポート。
第一章 「旅先で何か食べるのが、私はよほど好きなのだ」
第二章 「旅には親役と子役がいる。年齢や関係じゃなく、質だ」
第三章 「旅と本に関しては、私には一点の曇りもなく幸福な記憶しかない」
第四章 「彼女たちは、母親の世代からずっと、ひどい仕打ちを受けているという意識はあった」
一章と二章では、旅の途中のあれこれ、が綴られ、三章では旅に関する書物が紹介されている。そして四章では、自由な旅ではなく、女性の人権の心許なさを取材する旅が描かれ、そこで見たもの感じたことごと、観光地化された首都との落差、女性がひとりの人間として自立することの困難さが悲痛な気持ちとともに描かれている。だが、当の彼女たちに希望がないわけではなく、このままではいけないと考える人も多くいて、不断の努力を続けていることに希望を見出すことができるのである。著者と旅人の切り離せない関係を、あれこれ思わされる一冊である。
平凡*角田光代
- 2014/07/08(火) 17:08:20
![]() | 平凡 (2014/05/30) 角田 光代 商品詳細を見る |
つい想像してしまう。もしかしたら、私の人生、ぜんぜん違ったんじゃないかって―― 。もし、あの人と別れていなければ。結婚していなければ。子どもが出来ていなければ。仕事を辞めていなければ。仕事を辞めていれば……。もしかしたら私の「もう一つの人生」があったのかな。どこに行ったって絶対、選ばなかった方のことを想像してしまう。あなたもきっと思い当たるはず、6人の「もしかしたら」を描く作品集。
表題作のほか、「もうひとつ」 「月が笑う」 「こともなし」 「いつかの一歩」 「どこかべつのところで」
あのときあれをしていなかったら、あのときあの人に出会わなかったら、あのときあっちの道を選んでいたら……。人生は選択の連続である。選択し続けたからこそいまの人生があると言っても過言ではないだろう。そんな人生の途中で、ふと振り返り、もしあの時……、と違う選択をしていた自分の現在を想ってみる。平凡に生きることが良いか悪いかは人それぞれだろうが、この道を選んでよかったと思えるように生きたいと思わされる一冊である。
私のなかの彼女*角田光代
- 2014/01/13(月) 18:53:16
![]() | 私のなかの彼女 (2013/11/29) 角田 光代 商品詳細を見る |
いつも前を行く彼と、やっと対等になれるはずだったのに――。待望の最新長篇小説。「もしかして、別れようって言ってる?」ごくふつうに恋愛をしていたはずなのに、和歌と仙太郎の関係はどこかでねじ曲がった。全力を注げる仕事を見つけ、ようやく彼に近づけたと思ったのに。母の呪詛。恋人の抑圧。仕事の壁。祖母が求めた書くということ。すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語。
タイトルから、なんとなく「対岸の彼女」系の物語かと思って読み始めたが、まったく違っていた。蔵を整理するとき、祖母の手になる一冊の本を見つけた和歌は、母から聞かされた醜女であったということ以外にほとんど知らない祖母の人生に興味を持ち、以来祖母が心の中に棲みついたようである。なんとなくぼんやりとして、心から面白がることも少なく、恋人である仙太郎がその才能を花開かせて、ひと足先に社会に出ると、ますます影に引っ込んで無言の規範に自らを押し込めるようになる。そんな自分と、作家になる夢を捨てて家庭に入った祖母とを重ね合わせていたのかもしれない。そして、和歌も物を書く人間になるのだが、いつも自分を解放しきれず、どこかから聞こえてくる声に支配されている気がしている。あれもこれも手に入れたいと望むことはいけないことなのだろうか。何かを選んだら別の何かは諦めなければならないのだろうか。上手く乗り切っていくほどに和歌は器用ではないのだった。仙太郎との関係もいつしかどこかで捻じれ、一緒に歩いていたはずなのに、ふと気づくと隣には誰もいなくなっている。ラストでは自分を取り戻しかけたように見えるが、この先和歌がほんとうに幸福になることはないような気もしてしまう。どうにもならないもどかしさとやり切れなさ、切なさ寂しさ、そして歪な愛が満ちた一冊だと思う。
空の拳*角田光代
- 2012/11/01(木) 18:17:19
![]() | 空の拳 (2012/10/11) 角田 光代 商品詳細を見る |
文芸編集志望の若手社員・那波田空也が異動を命じられたのは"税金対策"部署と揶揄される「ザ・拳」編集部。
空也が編集長に命じられて足を踏み入れた「くさくてうるさい」ボクシングジム。
そこで見たのは、派手な人気もなく、金にも名誉にも遠い、死が常にそこに横たわる過酷なスポーツに打ち込む同世代のボクサーたちだった。
彼らが自らの拳でつかみ取ろうとするものはいったいなんなのか――。
直木賞受賞作『対岸の彼女』、テレビ化・映画化で一大ブームを巻き起こした『八日目の蝉』など特にアラサー、アラフォー女性の圧倒的な共感を呼ぶヒット作を連発してきた角田氏が、
これまでずっと書いてみたかったという「男の人」と躍動感ある「動き」を、「私がもっとも美しいと思うスポーツ」ボクシングを通して描いた傑作長篇小説。
鍛え上げられた肉体、拳のスピードと重さ、飛び散る血と汗……。
自らもボクシングジムに10年以上通い続ける著者ならではのパワー溢れる描写に圧倒されるとともに、時代を超えた青春小説としても長く読み継がれるであろう、新たな角田文学!
485ページの大作である。申し訳ないが、ボクシングには全く興味がなく、テレビでやっていてもすぐにチャンネルを変えてしまうレベルである。ルールも用語も何も知らない。であるから、読みはじめてしばらくはまるで入り込めなかった。なにしろ練習風景など、ボクシングをやっている場面の描写がとても多いのである。だが意外に早い段階で、登場人物それぞれのキャラクターが映像として頭に浮かぶようになり、事務の空気まで漂ってくる気分になると、試合の結果はもちろん、彼らの向う先のことが気になり、次へ次へとページをまくるようになっているのだった。そして、拳で戦うボクサーだけでなく、物語の語り手である編集者・空也の生き様も熱く見守ってしまうのだった。当初の予感に反してぐっと入り込める一冊だった。
月と雷*角田光代
- 2012/08/18(土) 10:26:21
![]() | 月と雷 (2012/07/09) 角田 光代 商品詳細を見る |
不意の出会いはありうべき未来を変えてしまうのか。ふつうの家庭、すこやかなる恋人、まっとうな母親像…「かくあるべし」からはみ出した30代の選択は。最新長篇小説。
一般社会において暗黙のルールとされているさまざまなこと。それらから外れたところで生まれ育った人間は、どうやって自分と社会との折り合いをつけていくのか、あるいは折り合いをつけないまま、生きづらい世の中を渡っていくのか。そんなことを考えさせられる一冊だった。ルールから外れていることに無自覚でないだけ、主人公たちの苦悩と逡巡の深さが悩ましい。どこからやり直せば普通の人生を歩めたのか、と起点を探し求める気持ちが痛いが、終盤で奇跡のようにつぶやかれる「はじまったら終わることはない」というひと言が、妙に腑に落ちるのである。いまも二人は何かをあきらめながら切り抜けようともがいているのだろう。
それもまたちいさな光*角田光代
- 2012/06/16(土) 07:55:44
![]() | それもまたちいさな光 (文春文庫) (2012/05/10) 角田 光代 商品詳細を見る |
デザイン会社に勤める悠木仁絵は35歳独身。いまの生活に不満はないが、結婚しないまま一人で歳をとっていくのか悩みはじめていた。そんな彼女に思いを寄せる幼馴染の駒場雄大。だが仁絵には雄大と宙ぶらりんな関係のまま恋愛に踏み込めない理由があった。二人の関係はかわるのか。人生の岐路にたつ大人たちのラブストーリー。
特別付録として「小島慶子(タレント・エッセイスト)とラジオ対談」が収録されている。
TBS開局六十周年を記念して、著者が書き下ろしたラジオ小説をTBSラジオでドラマ化する(放送は2011年12月)、というコラボ企画だったそうである。
対談によると、ラジオは滅多に聴かないということだが、そんなことは微塵も感じさせない見事な描きっぷりである。物語の中でモチーフとしてのラジオ番組が絶妙に作用していくつもの人生をつなげていく様は、それは見事である。そしてタイトルのさりげなさにも泣かされる。「も」であり「ちいさな」なのである。めくるめく光の渦の中にいるよりも、闇に灯るちいさな光を大切に生きていきたいと思わされる一冊である。
紙の月*角田光代
- 2012/04/12(木) 14:22:15
![]() | 紙の月 (2012/03/15) 角田 光代 商品詳細を見る |
わかば銀行から契約社員・梅澤梨花(41歳)が約1億円を横領した。梨花は発覚する前に、海外へ逃亡する。梨花は果たして逃げ切れるのか?―--自分にあまり興味を抱かない会社員の夫と安定した生活を送っていた、正義感の強い平凡な主婦。年下の大学生・光太と出会ったことから、金銭感覚と日常が少しずつ少しずつ歪んでいき、「私には、ほしいものは、みな手に入る」と思いはじめる。夫とつましい生活をしながら、一方光太とはホテルのスイートに連泊し、高級寿司店で食事をし、高価な買い物をし・・・・・・。そしてついには顧客のお金に手をつけてゆく。
梅澤梨花は逃げている。タイのチェンマイで、影のようにどこかに身を滑りこませたいとさまよっている。どうしてそんなことになったかが、それに続く章で明かされていく。主に梨花の語りで物語りは進むが、中学高校の同級生・岡崎木綿子、かつて梨花と付き合ったことのある山田和貴、同じ料理教室に通う中條亜紀らの語る当時の梨花と自分のこと、現在の自分のことなどから、梨花という人間の輪郭が少しずつ描かれていくのが興味深い。そしてまた、梨花を含めて彼らのだれもが、自分というもののありようを見失い、どこに重心を置いたらいいのか判らなくなって迷っている。お金はそんな人間たちにとって麻薬のようなものなのかもしれない。みな一様に正気を失ってふらふらと寄っていってしまうのである。物語の中で梨花が逃げ切れるかどうかはまったく重要視されてはいず、いまに至る過程のひとつひとつが部外者にとっては容易に予想できる判りやすさで、当事者にとってはどこで間違ったのか永遠に判らない心もとなさと共に丁寧に描かれているのである。ある意味怖い一冊である。
かなたの子*角田光代
- 2012/03/12(月) 16:58:04
![]() | かなたの子 (2011/12) 角田 光代 商品詳細を見る |
生れるより先に死んでしまった子に名前などつけてはいけない。過去からの声があなたを異界へといざなう八つの物語。
「おみちゆき」 「同窓会」
「闇の梯子」 「道理」
「前世」 「わたしとわたしではない女」
「かなたの子」 「巡る」
現在の自分が現在のことだけで成り立っているはずはなく、生れ落ちて、いや、まだ姿形もなかった遠く見知らぬ自分のルーツともいうべきはるかな過去から、連綿と続く何かに常に働きかけられて、いまここに在るのである。そしてそんな自分も、これから自分では見ることのないはるか未来へと続く命に、働きかけているのである。たとえ無意識だったとしても。気づかなければなんということもない日常のふとした裂け目から滲み出てきた何かに全身染められてしまうような、裂け目から自分が滲み出して向こう側へ行ってしまうような、背筋に冷や水を浴びせられるような心地の一冊である。
口紅のとき*角田光代 上田義彦(写真)
- 2012/02/18(土) 16:54:38
![]() | 口紅のとき (2011/12) 角田 光代、上田 義彦 他 商品詳細を見る |
初恋、結婚、別離…ドラマはいつも口紅とともに。角田光代書き下ろし短編小説。
2007年に東京・銀座のハウス オブ シセイドウで開催された展覧会<「口紅のとき」上田義彦・角田光代+時代の口紅たち>で発表された撮り下ろし写真、「色をまとう」と代され発表された書き下ろし小説、だそうである。
6歳、12歳、18歳、29歳、38歳、47歳、とひとりの女性を追いながら、節目節目で印象的な口紅にまつわるできごとが語られている。そして、上田氏のやはり口紅とさまざまな年代の女性をモチーフにした写真が挟み込まれ、物語のイメージをくっきり際立たせるスパイスになっている。その後また、65歳、79歳と物語が続くのである。女性の生き様だけでなく、口紅のありようもさまざまであり、唇に紅を差すという行為にいろんな思いがこめられていることに改めて気づかされる一冊でもある。
曽根崎心中*角田光代
- 2012/02/03(金) 18:58:43
![]() | 曾根崎心中 (2011/12/22) 角田 光代、近松 門左衛門 他 商品詳細を見る |
著者初の時代小説
300年の時を超え、究極の恋物語がふたたび始まる。
============
愛し方も死に方も、自分で決める。
ーー
江戸時代、元禄期の大坂で実際に起きた、醤油屋の手代・徳兵衛と、
堂島新地の遊女・初の心中事件をもとに書かれた、
人形浄瑠璃の古典演目『曾根崎心中』の小説化に、角田光代が挑みました。
原作の世界を踏襲しながら、初の心情に重きを置き、
運命の恋に出会う女の高揚、苦しみ、切迫、その他すべての感情を、
細やかな心理描写で描ききり、新たな物語として昇華させました。
運命の恋をまっとうする男女の生きざまは、
時代を超えて、美しく残酷に、立ち上がる―
この物語は、いまふたたび、わたしたちの心を掻きたてます。
恋を知らない小娘のころから、運命の人と出会ってしまい、一瞬にして離れがたくなり、愛しい人と手に手をとって逃げ出すまでのお初の気持ちの移り変わりが丁寧に生き生きと描かれている。読者は知らず知らずお初に寄り添って読み進めてしまう。あまりにも切ないお初の恋であり、その胸の裡が手に取るように読み取れる。ほかにしあわせになる方法はなかったのだろうか、と時代と状況とを度外視して思わされる一冊である。
よなかの散歩*角田光代
- 2011/08/01(月) 16:46:13
![]() | よなかの散歩 (ORANGE PAGE BOOKS) (2011/03/25) 角田 光代 商品詳細を見る |
雑誌『オレンジページ』で連載中の人気エッセイが、待望の単行本化!
大好きな食べ物や料理の話、新しい家族への愛、旅行への熱い思い……などなど。
日々のことを、やわらかで、軽やかな視点で見つめたエッセイ集。
食(一) 運命の出会いというものは、たしかにあると思う。
人 人は否応なく変化する
暮 年相応の格好が、できない
食(二) つまるところ愛なんじゃないかと思う
季 私は自分の誕生日が好きである
旅 感情というより、もっと細胞的に好きなのだ
オレンジページの料理本をいまでも何冊も大切に使っているという著者にぴったりのエッセイである。食べもの以外の章も、結局はすべて食べものがらみのあれこれで埋め尽くされている。料理が好きで、食べることが大好きなことがじゅわじゅわと伝わってきて思わずよだれが垂れそうになること再三である。読み終えるとお腹がすいている一冊である。
ツリーハウス*角田光代
- 2010/11/15(月) 16:54:46
![]() | ツリーハウス (2010/10/15) 角田 光代 商品詳細を見る |
謎多き祖父の戸籍──祖母の予期せぬ“帰郷”から隠された過去への旅が始まった。満州、そして新宿。熱く胸に迫る翡翠飯店三代記。
祖父の死によって翡翠飯店の三代それぞれの胸に去来するものがあった。自分の家は他所の家族とはなにかが違う、と思い続けていた孫の良嗣は、祖母を戦時中そこで暮らし祖父ともそこで知り合ったという新京(現在の長春)に連れて行くのだった。祖父と祖母が若かった時代の混沌とした日々の暮らしと、長い時間を隔てて再び彼の地を訪れた現在の祖母の様子が交互に描かれているのが胸を衝かれる心地にさせる。行動を共にしている良嗣が祖母の姿の遥か向こうの過去の時間を共に見ているようにも思われる。
生きるために逃げるしかなかった祖父母の、なかったことにできなかったからいまここにいる、という思いが胸に重い。貪るようにページを捲らせる一冊である。
ひそやかな花園*角田光代
- 2010/09/12(日) 08:17:13
![]() | ひそやかな花園 (2010/07/24) 角田 光代 商品詳細を見る |
幼い頃、毎年サマーキャンプで一緒に過ごしていた7人。
輝く夏の思い出は誰にとっても大切な記憶だった。
しかし、いつしか彼らは疑問を抱くようになる。
「あの集まりはいったい何だったのか?」
別々の人生を歩んでいた彼らに、突如突きつけられた衝撃の事実。
大人たちの〈秘密〉を知った彼らは、自分という森を彷徨い始める――。
親と子、夫婦、家族でいることの意味を根源から問いかける、
角田光代の新たな代表作誕生。
プロローグの紗有美の独白ですでに心は全面的に物語に持っていかれる。「知りたい」という切実な思い――怖いもの見たさと言ってもいいかもしれない――がページを捲る手を急がせる。サマーキャンプが愉しそうに見えるほど隠されているものの不穏さが際立ち、親たちの態度の不自然さが不安を煽る。七人の子どもたちの親たちがさまざまな事情で下した決断が、それゆえに存在する子どもたちの心に与えたものもさまざまであるが、衝撃的であることは間違いない。自分という存在を安心感を持って認めることができるかどうかは、その後の人生に大きな影響を及ぼすのだと思う。ぬぐいきれない不安を抱えながらもなにかを乗り越えつつある彼らのこれからを、そっと見守りたくなる一冊である。
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