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二百十番館にようこそ*加納朋子

  • 2020/10/24(土) 07:59:42


ネトゲ廃人で自宅警備員の俺は、親に追放されるように離島での暮らしを始める。金銭面の不安解消のためにニート仲間を集めてシェアハウスを営むうちに、ゲームの中だけにあった俺の人生は、少しずつ広がってゆき…。青い海と空のもと始まる、人生の夏休み!


ニートや落ちこぼれ、その家族、離れ小島の住民のお年寄りたち。それぞれの胸の裡の思いが、いい具合に作用して、若者たちが少しずつ自分に自信をつけてひとり立ちに向かって歩む物語。初めはどうなることかと思ったが、もともとの性格が真っ直ぐならば、環境と人間関係と、ほんの少しだけの勇気で、人はこんなにも充実した日々を送ることができるのだと、胸が熱くなる。親も子も島民も、みんなを応援したくなる一冊である。

いつかの岸辺に跳ねていく*加納朋子

  • 2019/10/24(木) 07:21:14

いつかの岸辺に跳ねていく
加納 朋子
幻冬舎 (2019-06-26)
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あの頃のわたしに伝えたい。明日を、未来をあきらめないでくれて、ありがとう。生きることに不器用な徹子と、彼女の幼なじみ・護。二人の物語が重なったとき、温かな真実が明らかになる。


前半の「フラット」では護の目線で、後半の「」レリーフ」では徹子の目線で語られている。護目線の物語は、ちょっと変わった幼馴染の徹子を、つかず離れず見守り続ける護が見たものが描かれていて、ごく普通の青春物語といった趣である。だが、徹子の語りに入ると間もなく、それまで見てきたものごとの本質がみるみる立ち現われ、腑に落ちるとともに、徹子の健気さに切なくもなる。徹子の人生に思いをいたす時、徹子の健気さに切なくなり、知らずに涙があふれてくる。だが、ラストでその涙は、あたたかいものに変わるのである。徹子がまいた種は、さまざまな場所で実をつけていると確信できる。切ないが、愛情深い一冊だった。

カーテンコール!*加納朋子

  • 2018/03/16(金) 10:56:10

カーテンコール!
カーテンコール!
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加納 朋子
新潮社
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幕が下りた。もう詰んだ。と思ったその先に、本当の人生が待っていた。経営難で閉校する萌木女学園。私達はその最後の卒業生、のはずだった――。とにかく全員卒業させようと、限界まで下げられたハードルさえクリアできなかった「ワケあり」の私達。温情で半年の猶予を与えられ、敷地の片隅で補習を受けることに。ただし、外出、ネット、面会、全部禁止! これじゃあ、軟禁生活じゃない!


「砂糖壺は空っぽ」 「萌木の山の眠り姫」 「永遠のピエタ」 「鏡のジェミニ」 「プリマドンナの休日」 「ワンダフル・フラワーズ」

乙女ばかりの寮生活の半年を描いた物語である。と聞くと、さぞや華やかできらびやかな日々が繰り広げられるのだろうと想像したくなるが、舞台は、経営難による平衡が決まった萌木女学園の敷地の一角に建つ合宿棟のような建物。スタッフは、理事長の角田を始め、彼の妻や娘、老教師や校医など、ほぼ身内と言ってもいいような面々。さらには、外部との接触は一切禁止、食事も間食はじめ、生活の一部始終をしっかり管理された、矯正施設のようなものだったのである。生徒たちはと言えば、幾度もの救済措置からも零れ落ちた、折り紙付きの落ちこぼれであり、それぞれが問題を抱えている。覇気のない補講合宿なのだが、理事長の采配によって同室にされた者たちは、少しずつ相手のことを見るようになり、翻って自らにも目を向けるようになっていく。亀の歩みのようなのんびりしたものであっても、確実に進んでいる姿を見ていると、出会いの妙を感じさせられる。誰もが何かしらの屈託を抱えて生きているという、当たり前のようなことを認識するだけで、世界の色が変わって見えてくることもあるのだろう。最後の章では、角田理事長の胸の裡が語られるが、それに耳を傾け、その哀しみを想像できるようになった彼女たちの姿にも感動を覚える。切なくやるせなく、だが、じんわりと胸を温めてくれる一冊だった。

我ら荒野の七重奏(セプテット)*加納朋子

  • 2017/01/30(月) 16:33:29

我ら荒野の七重奏
我ら荒野の七重奏
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加納 朋子
集英社
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出版社に勤務する山田陽子は、息子の陽介を深く愛する一児の母。
陽介はトランペットに憧れ、中学校に入り吹奏楽部に入部したものの、トランペットからあぶれてファゴットのパートに割り振られる。陽子は思わず吹奏楽部の顧問に直談判、モンスターペアレントと囁かれるはめに。やがて、演奏会の会場予約のため、真夏に徹夜で市民ホール前に並ぶ役目にかり出された陽子は、中学生だしそうそう親の出番もないと思っていた自分の間違いに気づくのだった――。
部活動を頑張る少年少女のかげで奮闘する、親たちの姿をユーモラスに描いた、傑作エンターテインメント。


吹奏楽部の青春物語かと思ったら、さにあらず。吹奏楽部院の親たちの奮闘ぶりが描かれた物語なのである。我が子が可愛いのはもちろん。部の中で我が子が少しでもいい位置にいられればいいと願うのは当然のこと。そんな親たちが集まれば、それはいろいろあってしかるべきなのである。しかも、子どもに直接かかわることばかりではなく、予算も限られている公立中学の部活の運営には、保護者の助けが必須なのだ。裏方の仕事の大変さは、涙なくして語ることができないほど苛烈を極めるのである。経験はなくてもある程度想像はできるが、やはり現実は想像以上である。本作では、コメディタッチになっているので、それでもまだその厳しさは幾分まろやかになっていることだろう。ほんとうに心からご苦労さまと言いたくなる一冊である。
ただ、子どもたちの笑顔を見れば、そんな苦労も吹っ飛んでしまうのもまた親というものなのだと、微笑ましくもなる。

トオリヌケキンシ*加納朋子

  • 2014/10/31(金) 18:47:18

トオリヌケ キンシトオリヌケ キンシ
(2014/10/14)
加納 朋子

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人生の途中、はからずも厄介ごとを抱えることになった人々。でも、「たとえ行き止まりの袋小路に見えたとしても。根気よく探せば、どこかへ抜け道があったりする。」(「トオリヌケ キンシ」より)他人にはなかなかわかってもらえない困難に直面した人々にも、思いもよらぬ奇跡が起きる時がある――。短編の名手・加納朋子が贈る六つの物語。


表題作のほか、「平穏で平凡で、幸運な人生」 「空蝉」 「フー・アー・ユー?」 「座敷童と兎と亀と」 「この出口の無い、閉ざされた部屋で」

場面緘黙症、共感覚、脳腫瘍、相貌失認、脳梗塞、癌。どれもがただならない深刻さである。それが一話ごとの要素となっているのだから、さぞや暗く重い物語なのだろうと思われるが、さにあらず、どれもがなんだか爽やかでほのぼのさせられる物語なのである。何とも不思議な感覚である。それはやはり、たぶん著者ご自身が辛く苦しい体験をくぐり抜けてこられたからということが大きいのだろうと思う。誰だって明るく楽しく日々を生きていいのだ、きっと自分を必要としてくれる人がいるのだ、としみじみと思えてくる。物語同士が何気なくさらりと繋がっているのも嬉しくなる。読み終えても余韻に浸っていたい一冊である。

はるひのの、はる*加納朋子

  • 2013/11/21(木) 16:45:31

はるひのの、はるはるひのの、はる
(2013/06/27)
加納 朋子

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遠い遠い未来でいい。
あの人に出会えるなら、
いつまでだって待っていられるーー。
切なくも優しい連作ミステリー。ベストセラー「ささら」シリーズ第三弾!

ある日、僕の前に「はるひ」という女の子が現れる。初めて会ったはずなのに、なぜか彼女ば僕の名前を知っていてた。「未来を変えるために、助けてほしい」と頼まれた僕は、それから度々彼女の不思議なお願いをきくことになり……。
時を越えて明かされる、温かな真実。
切なくも優しい連作ミステリー。
ベストセラー「ささら」シリーズ第三弾!


夢のようで、哀しく、あたたかく、とびきり愛おしい物語である。胸の痛む出来事がたくさんでてくるが、人の「想い」によって、誰もがいつしかそれを乗り越え、未来へ向かって歩いているのだと思わせてくれる物語でもある。人と人との縁(えにし)のようなものも感じられ、その時その時を大切にしようと思わせてもくれる。大切な何かに守られているような心地の一冊である。

無菌病棟より愛をこめて*加納朋子

  • 2012/04/09(月) 22:00:36

無菌病棟より愛をこめて無菌病棟より愛をこめて
(2012/03)
加納 朋子

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2010年6月、私は急性白血病だと告知された。愛してくれる人たちがいるから、なるべく死なないように頑張ろう。たくさんの愛と勇気、あたたかな涙と笑いに満ちた壮絶な闘病記。


著者初のノンフィクションである。ご本人の闘病記なのだ。冗談を交えて軽い調子で書かれているのだが、だからこそご苦労の程が察せられて辛くなる。日記形式で書かれているのだが、その時期のご夫君の様子をtwitterで拝見していたので、あのお忙しそうで大変なときに、我々の見えないところではまったく別の大変な思いをなさっていたのだと知って驚きを隠せない。表に見えることだけではほんとうのことはなにもわからないのだと改めて思い知らされもする。告知を受けたときはどれほどの衝撃だったことかと思うが、身体も心もお辛い中で、見事に自己管理に努めていらっしゃることに感動する。愛する人たちのために、まだまだ死んでなどいられないという強い気持ちが壮絶な治療に立ち向かう力になっているのだろう。これほど早い段階で本になり読者の手元に届いたということにも、著者の生きようというパワーを感じさせられる。一日も早く発病以前の暮らしに戻れますように、そしてまた新しい作品をたくさん読めますように、と祈らずにはいられない一冊である。

七人の敵がいる*加納朋子

  • 2010/10/06(水) 16:48:41

七人の敵がいる七人の敵がいる
(2010/06/25)
加納 朋子

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ワーキングマザーのPTA奮闘小説

育児と仕事を何とか両立してきた、ワーキングマザーの陽子。息子の小学校入学で少しはラクになるかと思いきや、PTA・学童父母会・地域子供会などに悲鳴を上げる、想像以上に大変な日々が幕を開けた……。
●入学早々、初の保護者会はPTA役員決めの修羅場に。空気を読めない陽子は、早速敵を作ってしまう。ああ、永遠に埋まらぬ専業主婦と兼業主婦の溝…「女は女の敵である」
●仕事と子育ての両立に不可欠な、義母のサポート。“孫のためなら”の影に押しやられた本音は不満だらけ!?「義母義家族は敵である」
●夫は結局、家事も育児も“他人事”。保護者会も母親の姿ばかり。働く母親にできて働く父親にできないことなんて、ないはずなのに…「当然夫も敵である」
その他、わが子や先生、さらにはPTA会長に戦いを挑む!?笑いあり、涙あり、前代未聞の痛快ノンストップ・エンターテインメント!


女、義母義家族、男、夫、我が子、先生、PTA会長という七人の敵に立ち向かうやり手編集者・陽子の奮闘記である。痛快でありながらも、ほろりとさせられたり、あきれたり、憤ったり、落ち込んだり、さまざまな感情を味わうことができる一冊でもある。お気楽専業主婦の自分としては、保護者会で陽子さんのような女性を目の前にしたら怯み、俯いて目を合わせないようにしてしまいそうだが、役員の経験がないわけでもないので、両方の状況や気持ちが判って興味深い。役員を引き受けている人にも逃げている人にもそれぞれに事情があり、各人の事情を慮っていては役員決めなどできないという理不尽さに深くうなずき、声をあげてしまう陽子さんの不器用さに思わず苦笑しつつも尊敬の念を抱きもするのである。息子の陽介(ここにもある事情があるのだが)を思う気持ちと正義との板ばさみになって悩む様は、陽介をどれだけ愛しているかが見て取れて微笑ましい。これからも、少々の駆け引きを身につけながら、ぜひブルドーザーの陽子さんで突き進んでいって欲しいものである。

少年少女飛行倶楽部*加納朋子

  • 2009/10/03(土) 17:37:36

少年少女飛行倶楽部少年少女飛行倶楽部
(2009/04)
加納 朋子

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中学1年生の海月(みづき)が幼馴染の樹絵里に誘われて入部したのは「飛行クラブ」。メンバーは2年生の変人部長・神(じん)、通称カミサマをはじめとするワケあり部員たち。果たして、空に舞い上がれるか!?私たちは空が飛べる。きっと飛べる。かならず飛べる。空とぶ青春小説。


トノサマ体質の部長・斉藤神はともかくとして、現実の中学生男子はもっとずっと幼い気がしなくもないが、さわやかで明るい少年少女の青春物語であるのは間違いない。
ひょんなことから入部することになってしまった飛行倶楽部で、「飛ぶ」という端から実現できそうもない目標を前に、少しずつ実現に近づけ、とうとう飛んでしまった中学生たちの純粋なパワーは、同じ年頃を通り過ぎてきた者にとって、目標は違えど身に覚えのあることだろう。その頃の自分が胸のなかに戻ってきたような心地で読み終えた。彼らが生きていることのなにもかもを、無条件で応援したくなる一冊だった。

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掌の中の小鳥*加納朋子

  • 2009/04/04(土) 13:33:32

掌の中の小鳥 (創元推理文庫)掌の中の小鳥 (創元推理文庫)
(2001/02)
加納 朋子

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ここ“エッグ・スタンド”はカクテルリストの充実した小粋な店。謎めいた話を聞かせてくれる若いカップル、すっかりお見通しといった風の紳士、今宵も常連の顔が並んでいます。狂言誘拐を企んだ昔話やマンションの一室が消えてしまう奇談に興味はおありでしょうか?ミステリがお好きなあなたには、満足していただけること請け合い。―お席はこちらです。ごゆっくりどうぞ。


表題作のほか、「桜月夜」 「自転車泥棒」 「できない相談」 「エッグ・スタンド」

それぞれが、のりしろを重ねるように少しずつ重なった連作短編集である。
ある物語では主役にもなっている女バーテンダーの店「エッグ・スタンド」で語られ、解かれる、日常のちょっとした謎の物語である。ブラックと言うほどではないが、ダークな風味の謎が解かれていくのを同じ店の傍らの席で聞いているような心地にもさせられる一冊である。

ぐるぐる猿と歌う鳥*加納朋子

  • 2007/08/24(金) 17:13:31

☆☆☆☆・

ぐるぐる猿と歌う鳥 (ミステリーランド)ぐるぐる猿と歌う鳥 (ミステリーランド)
(2007/07/26)
加納 朋子

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5年生に進級する春、北九州の社宅へ引っ越した森(シン)。東京ではいじめっ子の乱暴者というレッテルをはられ嫌われ者だったが、引っ越し先の社宅の子どもたちは森を受け入れてくれた。でもこの社宅には何か秘密が…。


森(シン)が5歳のときほんの一時仲良く遊んだ女の子とそのこと一緒のときにさらわれそうになった怖い記憶。乱暴者のいじめっ子としてしか見られなかった東京での小学生時代。そして5年生になるときに父の転勤で北九州の社宅に引っ越すことになったのだった。社宅の子どもたちは、シンをそのまま受け入れてくれ、しかも謎の少年パックとの不思議な関係をも知ることになる。
無邪気な子ども時代の思い出のひとコマなどとひと括りにしてしまえない数々のことが含まれており、子どもというのはなんと自由で、反面なんと弱く不自由なものなのだろうと思わされもする一冊である。

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モノレールねこ*加納朋子

  • 2007/01/02(火) 16:41:57

☆☆☆☆・

モノレールねこ モノレールねこ
加納 朋子 (2006/11)
文藝春秋

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時をこえて届くあの頃からの贈りもの。儚いけれど、揺るぎない―「家族」という絆。デブねこの赤い首輪にはさんだ手紙がつなぐ、ぼくとタカキの友情(「モノレールねこ」)。
夫を待つ時間に取り組んだ白いパズルの中に、犬の気配が(「パズルの中の犬」)。
家族をいっぺんに失った中学生の私と、ダメ叔父さんの二人暮らし(「マイ・フーリッシュ・アンクル」)。
私と偽装結婚したミノさんは、死んだ婚約者がそばにいると信じていた(「シンデレラのお城」)。
ロクデナシのクソオヤジに苦しめられてきた俺に、新しい家族ができた(「ポトスの樹」)。
会社で、学校で、悩みを抱えた家族の姿を見守るザリガニの俺(「バルタン最期の日」)。


上記に紹介されているほかに、「セイムタイム・ネクストイヤー」「ちょうちょう」

どれも、家族や近しい誰か(あるいは何か)を失う物語なのだが、失うところがおしまいではなく、そこからなにかがはじまる物語になっているので、悲しみよりも希望が、暗さよりも明るさが感じられる。
また、「ロクデナシ」が多く登場するが、どのロクデナシもいい味を出している。近くにいる者にとってはとんでもなく迷惑で、一刻も早く関わりを絶ちたく思うのだが、ロクデナシでなければ成せない役回りというのもあるのかもしれない と、こんな世知辛い世の中だからこそ思わされもする。
読後、しみじみと思うことの多い物語たちである。

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てるてるあした*加納朋子

  • 2005/11/01(火) 08:26:41

☆☆☆☆・



『ささら さや』の続編。
ちょっと不思議なことが割と普通に起こる町・佐々良を舞台に繰り広げられる物語。
金銭感覚ゼロの両親の一人娘である15歳の雨宮照代が主人公。せっかく合格したレベルの高い高校にも、手続きをしてもらえなかったために入学できないのだが、母は悪びれもせず「だって、お金がなかったんですもの」といってのける。そんな両親の借金のせいで夜逃げ同然に家を後にし、両親とは別に遠縁と言われる魔女のような老婆・鈴木久代のもとで暮らさなければならなくなった。
久代とはもちろん『ささら さや』でサヤの周りに集まる三婆のひとりの久代であり、今回は 照代の身の上に彼女の人生も絡み合ってくる。
いくつもの人生がアラベスクのように絡まりあい、えも言われぬ模様を描き出しているのだ。
悲劇のヒロインとして周りに攻撃的な目を向けていた照代の心が、時に突き放し、時に包み込み、佐々良の町と人々によって癒されてゆくのだが、幸せそうに暮らしている佐々良の人たちの胸の中にも痛い想いが仕舞われているからこそ、そのやさしさが身に染みて伝わるのだろう。

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コッペリア*加納朋子

  • 2005/10/23(日) 20:47:25

☆☆☆・・



 私とそっくり同じ顔をした人形が、じっと私を見つめている。
 その人形は官能的な肌と壊れた心をもっていた。
 天才的な人形作家、人形を溺愛する青年、
 人形になりきろうとする女優、そしてパトロン。
 人形に憑かれた人々が織りなす情念のアラベスク。

 目を閉じて胸の上で両手を組み、銀色の髪はふわりと広がり、
 そして周辺には細かな花が散らばっている。
 眠っているのだ、と最初は思った。けれど違った。
 死んでいる。最初から命などないのに、それでも死んでいる。
 これは人形の、遺体だ。
 喉が渇く。  胸の鼓動が速くなる。
           (帯より)


人形を愛するあまり、人形に翻弄されつづけた人々の物語。
如月まゆらとして人形師のカリスマとも言える 春野真由子。彼女の人形師としての才能を発掘し、育てた 創也。両親に望まれずに生まれたと信じ人間嫌いになった了。まゆらの作る人形とそっくりな容貌を持つ高慢な女優・聖。
聖 こと聖子の遠縁の佐久間の伯母様。
人形に魅せられたがために人生を踏み外し、道ならぬ道を歩き出してしまったような彼らは、正気を失い、何かに取り憑かれているように見える。彼らの何かが人形を呼び寄せたのか、それとも人形の方が彼らの裡に眠る何かと呼応し、引き寄せたのだろうか。
無機質な物であるはずの人形が、まるで生きて想いを遂げているかのような不気味さが際立っているのだが、きっとそれも結局は人間が作り出したものなのだろう。
本当に怖いのは人間の執念なのに違いない。


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沙羅は和子の名を呼ぶ*加納朋子

  • 2005/10/13(木) 17:27:21

☆☆☆・・



表題作、沙羅(さら)和子(わこ)の名を呼ぶ ほか9つの この世ならぬ者がこの世と関わる物語。
この世ならぬとは言っても、川上弘美さんワールドに登場する異世界の者ではなく、いまはこの世にいなくなってしまった、いまにもこの世から消えそうになっている、そしてこの世にいることさえ許されなかった者たちなのである。
この世に強く心を残したままこの世にいられなくなった魂は、いつでも何とかして想いをこの世で形ある者に伝えようとしているのかもしれない。彼らを見ることのできる者ははたして幸せなのだろうか それとも不幸せなのだろうか。
この物語では少なくとも不幸せではなさそうである。見ることができなければ気づくこともできなかった物事に気づけただけでも幸せだったのかもしれない。