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霧をはらう*雫井脩介
- 2021/10/28(木) 07:18:52
『火の粉』で裁判官の葛藤を、『検察側の罪人』で検事の正義を描いた
雫井脩介が問う、弁護士の信念とは? 作家デビュー20周年を迎えた著者の渾身作!
病院で起きた点滴死傷事件。
入院中の4人の幼い子どもたちにインスリンが混入され、2人が殺された。
逮捕されたのは、生き残った女児の母親。
人権派の大物弁護士らと共に、若手弁護士の伊豆原は勝算のない裁判に挑む!
500ページ超えのボリュームを感じさせない面白さである。人物描写がまず素晴らしい。どの人物も、実際の姿をたやすく想像できるので、その行動がとてもリアルに感じられる。折々に挿みこまれる違和感も、後半にはすべて解消され、すべて腑に落ちる。考えさせられる要素が盛りだくさんだが、そのどれもが、いつ自分に降りかかってもおかしくないことばかりで、我がこととして深く思いを致すことで、さらに物語の面白さが深まる印象である。ラストの事実には驚かされたが、人間の弱さがもたらす罪を思い知らされる心地である。物語としての着地点のそのあとに、さらに別の深い闇と、それを解きほぐす日々が待っているのかと思うと気が重くなるが、少しでも救いのある方向に進んでくれることを願うばかりである。充実感と共に読み応えのある一冊だった。
引き抜き屋2 鹿子小穂の帰還*雫井脩介
- 2018/06/11(月) 18:11:45
「いい加減で質の悪いヘッドハンターも跋扈(ばつこ)しておりましてね」
父がヘッドハンターの紹介で会社に招き入れた大槻(おおつき)の手によって、会社を追われた鹿子小穂(かのこ・さほ)は、再就職先でヘッドハンターとして働き始めた。各業界の経営者との交流を深め、ヘッドハンターとしての実績を積んでいく小穂の下に、父の会社が経営危機に陥っているとの報せが届く。父との確執を乗り越え、ヘッドハンターとして小穂が打った、父の会社を救う起死回生の一手とは?
ビジネスという戦場で最後に立っているのは――。
予測不能、そして感涙の人間ドラマ。ヘッドハンターは会社を救えるのか!?
仕事と人生に真正面から取り組むすべての人に勇気を与える、一気読み必至のエンターテインメント。
前作のラストで井納が言った通り、今作では小穂の挫折が描かれるかと思いきや、そんなこともなく、相変わらず手強いがやりがいのある仕事に励む小穂である。花織里に連れていかれた夜のアルバイトのおかげもあって、人脈も随分と広がり、条件を並べられても、即座に候補が頭に浮かぶようにもなってきた。この上なくやりがいのある案件に取り組んでいるさなか、実家であるアウトドアメーカー・フォーンの不穏な噂を耳にする。本作の半分は、フォーンがらみの物語である。とはいえ、単純に小穂が古巣に戻って会社を再建するということではなく、ここでもヘッドハンターとして腕を振るうことにあるのである。点と点だった人とのつながりが、少しずつ重なって線になり、まわりまわって自分を助けることになる、ということを思わされる一冊でもある。面白かった。
引き抜き屋1 鹿子小穂の冒険*雫井脩介
- 2018/06/10(日) 18:18:34
会社を潰すのはヘッドハンターか!?
父が創業したアウトドア用品メーカーに勤める鹿子小穂(かのこ・さほ)は、創業者一族ということもあり、若くして本部長、取締役となった。しかし父がヘッドハンターを介して招聘した大槻(おおつき)と意見が合わず、取締役会での評決を機に、会社を追い出されてしまう。そんな小穂を拾ったのが、奇しくもヘッドハンティング会社の経営者の並木(なみき)で……。新米ヘッドハンターとして新たな一歩を踏み出した小穂は、プロ経営者らに接触し、彼らに次の就職先を斡旋する仕事のなかで、経営とは、仕事とは何か、そして人情の機微を学んでいく――。
かけひき、裏切り、騙し合い――。
『犯人に告ぐ』『検察側の罪人』の著者、渾身の新境地。
今回の雫井氏はヘッドハンターである。半ば偶然のような形でヘッドハンターの道を進むことになった小穂だが、いまのところ何となくうまいこといっている。ボスである並木も、ただ口がうまく要領のいい人物のように見えて、実は根回しが徹底しているという、なかなか興味を惹かれるキャラクタであり、ファーム(ヘッドハント会社)のほかのメンバーも、癖が強い面々がそろっているのが、また魅力的でもある。最後の飲み会で、井納が指摘した通り、小穂にとって、これまでのところはビギナーズラックのようなものかもしれない。続編でどんな展開になるのかが愉しみである。興味深いシリーズである。
望み*雫井脩介
- 2016/10/15(土) 16:27:05
東京のベッドタウンに住み、建築デザインの仕事をしている石川一登と校正者の妻・貴代美。二人は、高一の息子・規士と中三の娘・雅と共に、家族四人平和に暮らしていた。規士が高校生になって初めての夏休み。友人も増え、無断外泊も度々するようになったが、二人は特別な注意を払っていなかった。そんな夏休みが明けた9月のある週末。規士が2日経っても家に帰ってこず、連絡する途絶えてしまった。心配していた矢先、息子の友人が複数人に殺害されたニュースを見て、二人は胸騒ぎを覚える。行方不明は三人。そのうち犯人だと見られる逃走中の少年は二人。息子は犯人なのか、それとも…。息子の無実を望む一登と、犯人であっても生きていて欲しいと望む貴代美。揺れ動く父と母の思い―。
絵に描いたような幸せな家族、の筈だった。思春期の子どもの心の中は、段々と親には読めないものになっていく。それは成長の過程で当然のことであり、親がなにもかも把握している方が却って不自然なくらいだろう。子どもが親と口をきくのを億劫がるのは、親に心配を掛けたくないという思いもあるだろう。そんなとき、親はどこまで踏み込むべきなのか。本作を読んだ親は、おそらく誰でも少なからず揺れるだろう。我が子を信じたい気持ちと、それでももしや、と不安になる気持ちの狭間で一瞬ごとに揺れ、気が狂いそうになるのは容易に想像できる。早く結末が知りたいという思いと、知ってしまったらそのあとどうしようという思いに、多くの読者が胸を揺さぶられたことだろう。どんな結末になっても、不幸でしかないということが、身悶えするほど切なくやるせない一冊である。
犯人に告ぐ 2 闇の蜃気楼*雫井脩介
- 2015/11/28(土) 19:02:15
神奈川県警が劇場型捜査を展開した「バッドマン事件」から半年。
巻島史彦警視は、誘拐事件の捜査を任された。和菓子メーカーの社長と息子が拉致監禁され、後日社長のみが解放される。
社長と協力して捜査態勢を敷く巻島だったが、裏では犯人側の真の計画が進行していた――。
知恵の回る犯人との緊迫の攻防!
単行本文庫合わせて135万部突破の大ヒット作、待望の続編!!
今作ではスポットは警察ではなく犯人側にあたっている。まず、振り込め詐欺グループの犯行手口が描かれ、グループの摘発を逃れて新たな犯罪に手を染める若者たちに焦点が合う。どんな場合も巧みに警察の手から逃れるリーダー格の男は、「レスティンピース」というひと言を残して、冷酷無比に仲間を切り捨て、自らは捕まることなく次のターゲットを絞るのである。今回は、淡野と名乗り、また大下と名乗る。犯罪計画の巧みさと、誰をも信じない冷酷さが目を引く。つい犯行の成功を応援してしまいそうな魅力も備えている。今回、警察は常に後手に回り、ことごとく打つ手の裏をかかれ、責任者の巻島の立つ瀬がないが、偶然とも言える当てにしていなかった人材の活躍により、犯人グループに迫るのである。こんな番狂わせでもなければ、近づくこともできなかったとも言える。それでも淡野(大下)だけは逃げおおせるのである。ここで終わってほしくはない。次回作では巻島と淡野の対決を見たいものである。ページを捲る手が止まらない一冊だった。
仮面同窓会*雫井脩介
- 2014/07/04(金) 07:33:41
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高校の同窓会で、久しぶりに再会した旧友4人。かつて生徒を囚人扱いしていた教師・樫村の変わらぬ姿を見た彼らは、恨みを晴らそうと仕返しを計画。予定通り、暴行して置き去りにするも、翌日なぜか樫村は暴行現場から2km離れた溜め池で溺死体となって発見された。いったいなぜ?そして、4人のうち誰が彼を殺害したのか?それぞれが疑心暗鬼に陥る中、新たな犠牲者を出した殺人事件が、高校時代の衝撃的な秘密を浮き彫りにさせる。過去と決別できない者たちを巧妙に追い詰めていく悪魔の正体とは?
最初から最後まで、陰から見られているようなもやもやとした気配がつきまとっていた。ときどき現れては語る「俺」とは一体誰なのか、洋輔はどんな秘密を抱えているのか、八真人と希一の関係の真実とは何か、串刺しジョージの正体は……。さまざまな謎が絡まり合って、読むほどにもどかしさを感じる。だがそれ故に、それがどう明かされ収束していくのかが興味深く、惹きこまれるのだが、ラストはさらに救いがなくスッキリしない。何の解決にもならないどころか、さらに厄介な事態になっているではないか。読後ももやもやがあとを引く一冊である。
途中の一歩 下*雫井脩介
- 2014/06/05(木) 13:10:36
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理想の女は「浮気を許してくれる都合のいい人」と言い切っていたフリーライターの長谷部は、突如として正反対のタイプに惹かれてしまう。結婚を前提に付き合ってほしいと迫るものの、恋愛は自分の気持ちだけでは成立しないという現実にうちのめされる。婚活中のOL・奈留美は、冷凍食品を温めた夕食を取りながら、合コンで一度会ったきりの漫画家にデートのお誘いメールを送信。今までのそっけなさすぎる返信とたび重なるドタキャンのことは忘れて、最後のチャンスに望みを託す。「あなた」の本当の気持ちに光をあてる長編小説。
「夢中の恋慕」 「意中のそっぽ」 「渦中のトホホ」 「連中の闊歩」
上巻でまいた種が、下巻では少しずつ芽を出し始める。闇雲に突き出していた手は、ある程度ターゲットを絞って差し出されるようになり、相手の気持ちを慮るようにもなる。仕事と約束を天秤にかけることもあり、紆余曲折もある。上巻同様、登場人物は地味揃いだが、愛すべきという冠をつけたくなってくる。誰もが仕事にも恋愛にも一生懸命で、不器用ながらその様が微笑ましい。本の見た目よりも断然深い一冊である。
途中の一歩 上*雫井脩介
- 2014/06/04(水) 13:38:42
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漫画家の覚本は、仕事を愛するあまり食事中もペンを手放さないが、最近はヒット作に恵まれずやる気だけが空回り。独身仲間に説得されて参加した初めての合コンで、信じられないくらい可愛い女の子たちに囲まれ、久々に恋の予感が到来。恋愛相談にのるのが得意な編集者の綾子は、いざ自分のこととなるとなかなか前に踏み出せない。眼中になかった男から猛アプローチを受けたことをきっかけに、秘めていた恋心に決着を付けようとするが、それにはお酒の勢いが必要だった。ヒットメーカー雫井脩介が描く大人のための愛と勇気の物語。
「命中のえくぼ」 「胸中の空っぽ」 「途中の一歩」 「熱中のつるぼ」
かつて一世を風靡したが、現在は鳴かず飛ばずの漫画家・覚本敬彦(かくもとたかひこ)が主人公である。表紙も裏表紙もフカザワナオコ氏の漫画なので、ぱっと見ただけでは誰のなんという作品なのか判らない。まぁ、シリアスではないのだろうとは見当がつく。読み始めると、なんだか地味な男たちが不慣れな女性相手に合コンをしたり、一通のメールに浮足立ったりしているのだが、地味なりにそれぞれキャラクタは個性的で、――好きになれるかどうかは別として――興味深い。軽いタッチで描かれてはいるが、実は結構心の深いところまで踏み込んでいるのでは、とも思わされて、下巻が愉しみである。著者にしては一風変わった一冊である。
検察側の罪人*雫井脩介
- 2013/10/28(月) 07:22:54
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検事は何を信じ、何を間違えたのか。
東京地検のベテラン検事・最上毅と同じ刑事部に、教官時代の教え子、沖野啓一郎が配属されてきた。ある日、大田区で老夫婦刺殺事件が起きる。捜査に立ち会った最上は、一人の容疑者の名前に気づいた。すでに時効となった殺人事件の重要参考人と当時目されていた人物だった。男が今回の事件の犯人であるならば、最上は今度こそ法の裁きを受けさせると決意するが、沖野が捜査に疑問を持ちはじめる――。
正義とはこんなにいびつで、こんなに訳の分からないものなのか。
雫井ミステリー、最高傑作、誕生!
500ページを超える長編ということを感じさせない面白さである。現実にこんなことがあったら大事件であり、一般市民は一体何を信じればいいのか、不信感の塊になってしまうような事件であり、起きた事柄だけを並べて見せられたら、最上は人間として最低だと圧倒的な確信を持って決めつけるだろうと思う。だが、その人間として、という部分でこそ、最上の苦悩とここまでの決断があったのだということがこの物語にはにじみ出ていて、犯した罪は到底許すことはできないが、人間として憎み切れないのである。松倉を断罪することができなかったという結果に、最上は一生晴れない思いを抱き続けることになるのだろう。松倉憎し、である。法という剣をもってしても、正義という思いをかざしていても、どうにもならないことがあるのだというもどかしさや無力感を思い知らされる一冊でもある。
殺気!*雫井脩介
- 2012/05/27(日) 17:04:56
![]() | 殺気!(トクマ・ノベルズ) (2012/01/18) 雫井脩介 商品詳細を見る |
エスカレーターで上るにつれ、急に回りの温度が変わったような、不快な熱気を肌に感じとっていた。「下りよ。何か、嫌な予感がする…」女子大生の佐々木ましろは、十二歳のとき、何者かに拉致監禁された経験がある。無事に保護されたが犯人は不明のまま。今、その記憶はない。ひどいPTSDを抑えるため、催眠療法で封じ込めてしまったからだった。そのためなのか、ましろには特異な能力―周囲の「殺気」を感じ取る力が身についている。アルバイト先の自然食品店では、その能力のおかげで難を逃れたこともある。タウン誌記者の丸山次美はましろに興味を持ち、過去の事件を調べ始める。失われた過去とともに現れたのは、驚愕の事実と、幼き友情の再生であった。青春ミステリーの傑作。
気軽に読める一冊ではある。主人公の少女・ましろの殺気を感じる能力のことや、拉致監禁され、PTSD治療のために記憶を封じられたいきさつのことや、かつての親友・理美子の父の死のことなど、興味を惹かれる要素が盛りだくさんで、それらがどんな風に一本の流れになっていくのか知りたくてぐんぐん読める。ただなんというか、ひとつひとつのエピソードに上滑り感もあるような気がして、読み方も表面的になってしまうのが少し残念だったかもしれない。
銀色の絆*雫井脩介
- 2011/12/25(日) 18:48:53
![]() | 銀色の絆 (2011/11/10) 雫井 脩介 商品詳細を見る |
栄光を勝ち取るか、無残に打ちのめされるか、これはもう遊びではないのだ――。
夫の浮気が原因で離婚、娘の小織とともに実家のある名古屋へと転居し、無気力な日々を送っていた藤里梨津子だったが、フィギュアスケートの名コーチに小織の才能を見出され、娘を支えることに生きがいを感じ始める。
「藤里小織の最大の伸びしろは、あなたにあると思ってます」とのコーチの言葉に、娘のためにすべてを懸ける決意をする梨津子。スケートクラブ内の異様な慣習にとまどい、スケート費用の捻出に奔走し、さらには練習方針をめぐってコーチとの間で軋轢が生じるのも厭わず、娘のことだけを考えてクラブの移籍を強引に進める――そんな母の姿に葛藤を覚える小織ではあったが、試合での成績も次第に上がっていき、やがて……。母娘の挑戦は、実を結ぶのか?
母と娘の絆をテーマにした、著者渾身の長編小説。
『犯人に告ぐ』『クローズド・ノート』をしのぐ興奮と感動!
フィギュアスケートの世界の物語である。少女時代のスケート三昧の毎日のことを、スケートをやめて大学生になった小織が友だちとアパートの部屋で飲みながら語り合う、という趣向なので、物語は過去と現在を行ったり来たりする。読者は小織の現在をわかりながら、過去の期待を背負った小織の日々を見ることになるのだが、それでもその場その場ではらはらしながら、手に汗を握りながら、母・利津子になった心地で入れ込んでしまう。折りしもテレビでは女子フィギュアの全日本選手権大会を放映しており、出場選手たちの演技を観ていると、物語のリアル感も更に増す。そして、小織と同い年の花形選手・希和の母が病で亡くなるなど、どうしても現実とオーバーラップしてしまうのである。フィギュアスケートの世界の厳しさや、渦中にいる少女たちの、そしてリンクサイドの母親たちの葛藤や悩み、スケート以外の生き方のことなど、さまざまに考えさせられる一冊だった。
つばさものがたり*雫井脩介
- 2010/11/19(金) 19:48:58
![]() | つばさものがたり (2010/07/29) 雫井 脩介 商品詳細を見る |
もっと我慢せず、自分のために生きればいい。
君川小麦は、26歳のパティシエール。東京での修行を終え、ケーキショップを開くため故郷の北伊豆に帰ってきた。小麦の兄・代二郎と義理の姉・道恵の間には、叶夢(かなむ)という6歳の息子がいる。叶夢には、レイモンドという天使の友達がいるらしい。ケーキショップ開店のため小麦が見つけた店舗物件に対し、叶夢は「ここ、はやらないよ」「レイモンドがそう言ってる」と口にし、小麦、代二郎夫妻を戸惑わせる。しかし、結果は叶夢の言うとおりに…。さらに、帰京した小麦には家族にも明かせない秘密があった。君川家の人々は様々な困難を乗り越えながら、ケーキショップの再起を目指す。
和菓子(『和菓子のアン』)の次はなんと洋菓子だった。なんてしあわせな、と思ったのも束の間、物語の主役君川小麦は26歳にして乳がんに侵され、手術はしたが再発ししかも転移までしているのだった。病気と闘いながら亡き父の残した夢である、ケーキ屋を開くことを自らの夢とし、家族の助けを得てそれを実現させるのだが、並大抵ではない苦労の数々に胸が痛む。だが、兄の息子で天使と妖精のハーフの友だちがいる叶夢(かなむ)の存在が、物語に辛く苦しいだけではないやすらぎと光を与えていて、厳しい現実の中でひととき心を和ませてくれる。ハッピーエンドとは言えないラストだが、読後感はしあわせと輝きに満ちている。透き通ってキラキラとした一冊である。
犯罪小説家*雫井脩介
- 2009/01/25(日) 20:49:19
![]() | 犯罪小説家 (2008/10) 雫井 脩介 商品詳細を見る |
新進作家、待居涼司の出世作「凍て鶴」に映画化の話が持ち上がった。監督に抜擢された人気脚本家の小野川充は「凍て鶴」に並々ならぬ興味を示し、この作品のヒロインには、かつて伝説的な自殺系サイト「落花の会」を運営していた木ノ瀬蓮美の影響が見られると、奇抜な持論を展開する。待居の戸惑いをよそに、さらに彼は、そのサイトに残された謎の解明が映画化のために必要だと言い、待居を自分のペースに引き込もうとしていく。そんな小野川に、待居は不気味さを感じ始め――。全篇に充ちた不穏な空気。好奇心と恐怖が交錯する傑作心理サスペンス!
文学賞を取った「凍て鶴」が評判を博し、作家・待居涼司のもとには、映画化の話も数件舞い込んでいた。中でも熱心な人気脚本家・小野川充は、待居の気乗り薄な様子をものともせずに、集団自殺サイト「落花の会」の主催者・木ノ瀬蓮美や会の幹部たちの面影を映画に投影させようとするのだった。かつて自殺本を物した際に、「落花の会」のことを調べたことのあるフリーライターの今泉知里をも巻き込んで、「落花の会」調べが再び始められたのだが・・・・・。
誰を信じればいいのか、この行動は果たしてほんとうに自分の意思なのか、知らず知らずのうちに誰かに誘導されているのではないのか、ネット上のハンドルしか知らない人物は実際は誰なのか、などなど・・・、疑問が次々に沸いて出てくる。ただ、本作でいちばん言いたかったことが何なのかということが、「落花の会」調べに費やしすぎたせいか、いささかぼけてしまったようにも思えるのが少し残念でもある。
ビター・ブラッド*雫井脩介
- 2008/02/17(日) 13:51:15
![]() | ビター・ブラッド (2007/08) 雫井 脩介 商品詳細を見る |
ベテラン刑事の父親に反発しながらも、同じ道を歩む息子の夏輝。夏輝がはじめて現場を踏んでから一カ月が経った頃、捜査一課の係長が何者かに殺害された。捜査本部が疑う内部犯行説に、曲者揃いの刑事たちは疑心暗鬼に陥るが…。初の現場でコンビを組む事になったのは、少年時代に別離した実の父親だった―。「犯人に告ぐ」、「クローズド・ノート」で各界から大きな注目を集める著者、待望の最新ミステリー。
警視庁S署E分署の刑事課一係に配属されて一ヶ月の佐原夏輝。管轄内で起きた転落事故の現場に駆けつけてみると、そこには、思いのほかの速さで本庁の捜査一課の刑事たちがやってきた。転落死した人物が彼らが追う事件の鍵を握っているらしい。その刑事たちの中には、十三年前に自分たちを捨てて出て行った父親の姿もあったのだった。捜査協力によって、ジェントルと呼ばれる父・島尾と組むことになった夏輝は反感を抱きながらも刑事という仕事のさまざまな面を知っていく。
ひと癖もふた癖もある刑事たちのキャラクターがまず興味深い。「太陽に吠えろ」ばりにニックネームで呼び合いながらも、身内をも信じきっていないシビアな関係が鋭い切れ味のナイフのようでもある。そんな彼らの中にあって、刑事になったばかりの夏輝が手探りながらも事件の真相に迫っていく姿は、新米であるからこその清々しさをも感じさせる。
何が善で何が悪なのか、容易に反転してしまう危うさを含んだ捜査の裏側も興味深い。
クローズド・ノート*雫井脩介
- 2006/06/19(月) 13:08:16
☆☆☆☆・ 一瞬でも構わない。 クローズド・ノート
雫井 脩介 (2006/01/31)
角川書店
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これが一瞬でも、私は生きてきてよかったと言える――
『火の粉』『犯人に告ぐ』の俊英が贈る2006年最初にして最高の物語! ――帯より
教育大の二年生でマンドリン部の香恵は、ある日友人の葉菜ちゃんと自分のマンションに帰ってきたところで 二階の自分の部屋を見上げている男の人を見かけた。そしてその後、アルバイト先の文房具店の客として彼に再会したのだった。彼の名は石飛隆作。
一方、香恵の部屋のクロゼットには前の住人の小学校の先生らしい伊吹さんの忘れ物らしいノートと 生徒たちからのグリーティングカードが残されており、香恵は伊吹先生にシンパシーを感じ 勝手に彼女の生徒になったつもりで人生の道案内にしたりしていたのである。しかし ノートは、隆という青年との恋が実りそうなところで唐突に終わっていた。
香恵の日常と、ノートに綴られた文章という形での 見知らぬ前住者である伊吹先生の生の心情の吐露とがときにリンクするように進んでいくのが、読者の側には先が読めるだけに もどかしくもあり、香恵ちゃんに親しみを感じさせる効果にもなっている。
いくらも読み進まないところで予想したことが 現実にならなければいいと思いながら読んだが、やはりそれはどうにもならない現実だった。が、そこから明るく開けてくるものがあるようで それが救いである。
途中で何度もページがにじんで見えなくなったが、淡々と書かれた作者のあとがきで さらにあたらしい涙を流すことになった。
とても透きとおった あたたかな一冊だった。
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