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詩歌の待ち伏せ 上下*北村薫

  • 2004/06/30(水) 08:40:08

☆☆☆・・


 心躍る待ち伏せで 私を捕らえた詩句たち
 《本の達人》が語る美しい《日本語》への愛

                          (帯より)

詩や言葉と出会い心動かされる時、それはそこでいつか出会うべき自分を待ち伏せていたのではないかと思うことがある。
著者がそんな思いを抱いた詩や言葉を掲げ それに辿り着く道すじをさながら<円紫さんと私>シリーズの円紫さんの謎解きのように 解きほぐしていくのである。
著者の目と思考の道すじを共に追っているようで わくわくする上下巻である。
静かな興奮のひとときを過ごさせていただいた。

エンジェルエンジェル*梨木香歩

  • 2004/06/28(月) 08:35:30

☆☆☆・・


おばあちゃんとわたし、という年代を隔てた二つの時代が章ごとに交互に物語られている。

人の中に住まう悪魔と天使。おそらく誰の心にもいるであろう悪魔と天使。悪魔の心になってしまった自分を哀しみ卑しみ恥じ後悔しつづけていたのだろうおばあちゃん、いえ、さわちゃん。
孫であるこうちゃんは そんなこととは知らずにさわちゃんの心を 最後の最後に救ったのだろうか。
悪魔の心を持つことを 恥じる心を持つことがすなわち天使の心を持つことの証しでもあるということを さわちゃんもこうちゃんも わかっているだろうか。

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ジャンプ*佐藤正午

  • 2004/06/27(日) 08:33:58

☆☆☆☆・


半年つきあっている恋人が 深夜自分のためにコンビニにりんごを買いに行ったきり戻ってこない。翌日は早くから大事な仕事がある。

あなたならどうしますか?

物事の始まりは 一体どこにあるのだろう。
ここが始まりか?というところに辿り着くと 発端はさらに時間を遡ったところにありそうな気がしてくる。そしてそこまで遡ると さらに・・・。

何がいけなかったのか。どうすればよかったのか。
こうなる定めだったのか。これがいちばん良い答えなのか。

手探りで進めば進むほどもどかしさが募る物語である。
きっと答えは誰も教えてはくれない。自分で思い込むより仕方がないのだろう。

生きていくということは 一瞬ごとに選択し、選択した以外のものを捨てていくことの繰り返しなのだ。

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神様がくれた指*佐藤多佳子

  • 2004/06/25(金) 08:32:14

☆☆☆☆・


 見失っていた。本当に手に入れたいものを。
 出所したばかりのスリは家に戻れなかった。
 オケラになった占い師は途方にくれていた。
 なにかに導かれるように、二人はひとつ屋根の下で暮らし始めた。
 スリが手を伸ばそうとし、
 占い師の抜き取ったタロットカードと交錯した、そのとき
 二人は身も心も引き裂く嵐に巻き込まれていた。
 ストリーテラーの名品(マスターピース)。

                         (帯より)


職業的箱師(電車専門のスリ)の辻牧夫が出所し、親代わりの一家の元へ帰ろうとする正にその途中で スリの被害に遭う という形で出会ってしまった少年スリグループ。動けないほどの怪我を負わされた辻を助けた占い師の昼間薫。因縁と言うのはこういうことだとわかるのは ずっと後になってからである。

辻と昼間。お互い素性のよく判らないもの同士の感情の流れがあたたかい。必要最小限の交流が最大の宝になる。
そしてまた 辻と親代わり 家族同然の早田一家、スリ仲間(?)一家と通い合うものもあたたかい。

辻にしても昼間にしても 世間的には まっとうな生き方から外れた 言うならば落ちこぼれと呼ばれるような人間なのだが その人生はまだまだ熱い。

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枯葉色グッドバイ*樋口有介

  • 2004/06/22(火) 08:30:25

☆☆☆・・


 羽田空港の明りが見えるマンションで、親子三人が惨殺された。
 そぼ降る雨の夜、犯人の痕跡は闇に消えた。
 ただひとり難を免れた高校生の長女は、翳のある美少女。
 彼女には、自分を大事にできない理由がある。
 行き詰まる捜査、新たな殺人、事件を追う女刑事は、
 かつて憧れた先輩刑事が代々木公園で
 ホームレスになっていることを知る。
 敏腕でならした男が、いったいなぜ。
 骨太なプロット・大胆なトリック。
 青春ミステリーの名手が放つ最高傑作!
    
                       (帯より)

名士故の名誉の守り方、ホームレス故の筋の通し方。価値観は違っても その世界にはその世界なりの 秩序があり 苦悩がある。
登場人物にひとりとして幸福な人間がいないように見える。誰もが何かしら重荷を抱えて 引きずるように生きている。けれどそれは他人の目に映る景色であり 本人たちが不幸かどうかは他人が決めることはできないのである。

登場人物の個性がこれだけ強いにもかかわらず 反発もせず消しあいもしないで 読者を納得させてしまうのは 作者の技だろう。

王妃の館 上下*浅田次郎

  • 2004/06/20(日) 08:27:54

☆☆☆☆・


 俺とカフェ・オ・レ。なーんちゃって。
 浅田次郎、ブッちぎりのお笑い人情巨編、ついに登場!

                           (帯より)

どんなドタバタ抱腹絶倒の展開が待ち受けているのかと お笑いモードにスイッチを切り替えて臨んだのだった。
たしかに 設定はこれ以上ないほどのドタバタ劇、しかもクサイ芝居なのである。舞台も登場人物も筋立ても__。

なのに 涙は 抱腹絶倒笑いの涙ではなかった。じんわりと何度も目の前をぼやけさせたのは 作者お得意の人情のすばらしさのせいだった。
コメディの究極はこれなのだと思う。馬鹿話で笑わせるだけではなく 人生の縮図をひとつの舞台に乗せ、笑いの裏にある涙を思わせること。
歴史の重みと舞台装置の壮大さも併せて味わえるのだから なんともお得な一冊である。

すばらしい日々*本田瑞穂

  • 2004/06/19(土) 08:27:49

☆☆☆☆☆

本田瑞穂さんの第一歌集。

何度も何度も読んでいます。
胸が痛くてパタッとページを閉じては また開いたりしています。
正しい短歌の読み方はわからないので 素人の私なりの感じ方で読ませていただいています。なので 感想 まったく的外れかもしれません。
と 先に謝ってしまいます。


まず最初に感じたのは「明るさ」でした。
それも 自然の光の明るさではなくて 人工的な――喩えるならばショーケースの中のような――白い明るさ。
煌々とした明るさが却って暗さを際立たせている、という風な痛みのようなものを感じました。
さまざまな現実の中に身を置きながら それらのどれからも遠い所にいて 時には白い明るさのショーケースの中から闇に目を凝らし、またある時には闇の中から硬質の明るさを見つめている。そんな姿が思い浮かびました。
淋しさを硬質の光の下に置いて突き放しているという感じ。

好きな歌 たくさんありすぎて どれを引こうか迷います。


 あたたかい日ざしが影をつくりだす手をつなぐのに必要な距離

 まだ起きていたんだねって見つかった月のいちばん高いじかんに

 まるみえのまま暮れていくファミレスのなかのひとりに訊いてみたくて

 ゆっくりと歩いた春の一日のこと持ちかえた左手に湧く

 絵葉書をポストにそっと落とすとき闇が一枚分だけ浮かぶ

十字路*赤川次郎

  • 2004/06/18(金) 08:24:27

☆☆☆・・


東京に出てきてバリバリ仕事をこなす坂巻里加。
彼女の過去に起因するさまざまな事件。
何故8年も経った今頃に・・・?
火がついたのは 十字路で だった。

赤川作品に登場する女性はいつもなんともカッコイイのである。
これぞ理想だと思う女性によく出会う。
著者の願望だろうか。

以前にも書いたが 赤川作品は決してただほのぼのとしているわけではない。かなり悲惨な状況だったり凄惨な場面が出てきたりもする。それにもかかわらず 読後感はさわやかなのである。登場人物のキャラクターによるところが おそらく大きいのではないかと思われるが 赤川マジックのひとつかもしれない。

天国の本屋*松久淳+田中渉

  • 2004/06/17(木) 08:23:11

☆☆☆☆・


出版された頃には全く注目されず 裁断寸前までいったのだという。
それが岩手の一書店の店長の目に偶然とまり 「これぞ本屋が売る本」ということで 自ら推薦文を書き仲間の書店にも紹介したことがきっかけでブームになったのだとか。
後に出版された『恋火』と併せて映画化もされているが ストーリーはかなりアレンジされているようである。

地上と天国とが交差し共存している。それだけでも真実味には欠けるのだが無理なく自然に受け入れてしまう。
というよりも いつのまにか読者自身も天国に暮らしている。
押し付けがましくない感動の波がじわりふわりと胸に満ちる。
心が潤う一冊。

モーツァルトの電話帳*永井陽子

  • 2004/06/16(水) 08:20:53

☆☆☆・・
モーツァルトの電話帳

永井陽子さんの第五歌集。
主に人名書名などが入った短歌が 歴史的仮名遣いのあいうえお順に並べられている。

 少女はたちまちウサギになり金魚になる電話ボックスの陽だまり

 なにとなうわたくしはただねむたくてねむたくて聞く軒の雨だれ

 るるるる……と呼べどもいづれかの国へ出かけてモーツァルトは不在


                       (表紙より)

人名や書名が出てくるだけで 背景にぱぁっと開けるものがある。おのずからそれは作者と私とでは違うものであろうと思われるが 背景にただよう音はおそらく同じであろう。仕舞っておいた記憶の端っこをつんつんと引かれるような くすぐったさを感じたりもする。


さやさやさやさあやさやさやげにさやと竹林はひとりの少女を匿す

わづかなよろこびあれば他人を責めがたし今日あさがほがはじめて咲けり


人名書名のない歌の中から 好きなものを二首選んでみた。

卵の緒*瀬尾まいこ

  • 2004/06/14(月) 08:19:39

☆☆☆・・



「卵の緒」「7's blood」の2編の中編。

突き詰めて言えば 血の繋がりと愛情の物語であろう。
なさぬ仲の親子 兄弟姉妹が乗り越えなければならない「血」の確かさという幻影を乗り越える時の切なさや甘酸っぱさにじんわりさせられる。

 夕暮れでも海でも山でも、とことんきれいな自然と
  一人じゃないって確信できるものがある時は、
 ひとりぼっちで歩くといいのよ。


「卵の緒」で 僕が思い出す母さんの言葉である。

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覆面作家の愛の歌*北村薫

  • 2004/06/13(日) 08:18:04

☆☆☆・・
覆面作家の愛の歌

 お嬢さま作家は名探偵
 ミステリ界に登場した《覆面作家》は、
 天国的な美貌で、大邸宅に住む20歳のご令嬢。
 難事件に、信じがたい推理力を発揮する・・・・・
 待望のシリーズ第2弾!
                    
 きっかけは、春のお菓子、梅雨入り時のスナップ写真、
 そして新年のシェークスピア・・・・・
 三つの季節の、三つの事件に潜む謎!?
 《覆面作家》千秋さんの推理が冴える――

                       (帯より)

いろんな顔を見せてくださる北村薫さん。
このシリーズはなんといっても軽妙でコミカルな設定と千秋さんの見事な推理が魅力的だ。
今回も 些細な所に引っ掛かりを見つけて 物の見事に謎解きをする千秋さんと 彼女を取り巻く人々の表情が愉快痛快なのである。
北村さんご自身がもしかすると多重人格か?と疑いたくなるほど 描き分けは素晴らしい。

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ネバーランド*恩田陸

  • 2004/06/12(土) 08:17:02

☆☆☆・・



田舎の伝統ある男子校の寮「松籟館」のある冬休み。
居残り組みの3人+1人の7日間の物語。

著者自身があとがきで述べているように 登場人物である男子高校生たちがさわやか過ぎるきらいはあるが 著者の理想も入っているということで そのさわやかさも魅力のひとつかもしれない。
とは言え 普段集団の中の一人としてある時とはひと味もふた味も違う彼らの個性や心の動きの過程が興味深く、突き放すように見せて深いところで思いやっている男同士のつながりが微笑ましく羨ましく感動的でもある。
恩田さんの心の居間のような「学園」物。独特の雰囲気を漂わせている。

オーデュボンの祈り*伊坂幸太郎

  • 2004/06/09(水) 08:15:53

☆☆☆☆・



地図にも載らない誰も知らない島が仙台の沖にある。
轟という男以外は誰も島から外には出ない。
そして そこには100年以上前から 優午というカカシがいる。

価値観や習慣や言葉のイントネーションや あらゆることが少しずつ、ほんのちょっとずつ日本の我々が住む世界とは違う場所では こんな不思議なことが普通に起きるのだろうか。などと思ってしまいそうだが そうでもない。島の外の人間が入り込んだ時に 長いこと止まっていた何かが再び動き始めたのかもしれない。

善悪とか常識とかの前に あるべきようにあることをそのまま受け容れるある種原始的とも言える島の人々のありように しっくりしないながらもどこかほっとしている自分を見つける。

伊坂作品のキーワードはここでもまた「神さまのレシピ」なのだった。

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スイートリトルライズ*江國香織

  • 2004/06/06(日) 08:14:53

☆☆☆・・


傍目には羨ましいほど申し分のない仲良し夫婦。
ほんの少しずつの気持ちの置きどころのすれ違い、些細な違和感、感じ方の違い。
嘘がないということの嘘。
それでも嘘をつくのは護りたい者のため。

とても正しく 哀しい 近くて遠い二人の嘘のない 嘘だらけの生活はどこか実体がない作り物のようで途方もなくやるせない。

この世で一番の贈り物*オグ・マンディーノ

  • 2004/06/04(金) 08:12:48

☆☆☆・・


 決して忘れられない感動がある……
 「これをどうぞ」と彼はやさしい口調で言った。
 「わしの感謝のしるしに、そして友情のあかしにさあ、
 受け取ってください!」それは、老人の最後の贈り物だった…。

                      (表紙裏より)

よりよく生きるためになすべきことは何か?という永遠の問いに対するあたたかいアドバイスの書である。
著者の前からある日突然姿を消した老サイモン・ポッターとの運命的な再会によって著されたものである。

先月読んだ 谷川俊太郎さんお薦めの『神との対話』がすぐに思い浮かんだ。誰もが迷い悩むことについての真の答えは いつでも同じだということかもしれない。人がそれを見ようとするかどうかなのだろう。

臨場*横山秀夫

  • 2004/06/03(木) 08:11:20

☆☆☆☆・


臨場=変死体のある現場へ検死官が赴くこと

その検死眼の確かさから「終身検死官」の異名を取る 倉石義男のかかわる 8つの短編。

世間的に言えば表舞台には立つことのない いわば縁の下の力持ち的役割である 検死官。そこにも職人気質とも言える男がいる。誰のために検死をするのか?上司のためか?世間のためか?否、ホトケさんのためだ!と間髪を入れず断言する徹底振り。異端と言われようが上司から煙たがられようが天職と定めた検死の道を歩きつづける。
警察の舞台裏を書かせたら天下一品の作者であるが また一人 惚れ惚れする男を生み出してくれた。

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青年茂吉*北杜夫

  • 2004/06/02(水) 08:08:23

☆☆☆・・


 「赤光」「あらたま」時代――

 人間茂吉の知られざる生
 数々のエピソードを紹介しながら 
 どくとるマンボウが父茂吉の歌の魅力と、
 その背後にみなぎるエネルギーを浮き彫りにする。

                          (帯より)

齋藤茂吉を 父として尊敬し、歌人として愛好する 息子であり一文学者である北杜夫による「赤光」「あらたま」時代の茂吉随想とも言えるもの。
茂吉とその歌に関して書かれた幾多の文献から引用しつつ それについて語っていたり いささかの検証をしていたりもするが、要は北杜夫氏ご自身のお好きな歌に絡めたあれこれがいちばん多く語られている。
豪胆にして繊細な茂吉に より親しみを覚える。