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弱法師―yoroboshi*中山可穂

  • 2004/07/31(土) 13:17:20

☆☆☆☆・

弱法師 弱法師
中山 可穂 (2004/02/26)
文藝春秋

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難病を抱える少年と、少年に父親を超えた愛情を抱く義父との交流を描く表題作など、激しくも狂おしい愛の形を描く3篇を収録した中篇小説集。『別冊文芸春秋』掲載を単行本化。


表題作『弱法師』『卒塔婆小町』『浮舟』の3編からなる。

恋とか愛とか言うものは もともと型になど嵌めようもないものかもしれないが、ことに どんな定型にもあてはめられない愛のありようを描いて妙である。

三作それぞれに異なる愛の姿が描かれているのだが そのどれもが魂を絞られるような苦しみを伴って尚 愛なのだ。
愛するほどに苦しみが募るとわかりながら止めることのできない愛は それでも幸福なのだろうか。それこそが幸福なのかもしれないが。

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鳩笛草*宮部みゆき

  • 2004/07/30(金) 13:15:12

☆☆☆☆・
鳩笛草

 「能力」というものの不思議さと理不尽さは、
 私にはとても興味深いテーマに感じられます。
 どういう能力でも、それは必ず、便利さや楽しさと背中合わせに、
 厳しさや辛さを隠し持っているはずだと思います。
 たとえその能力がいわゆる「超能力」と呼ばれる種類のものであったとしても…。
 SFという形に思い切ってジャンプせずに、ミステリーや恋愛小説のなかで
 このテーマを書くことはできないか、と考えているうちに、本書が生まれました。

                       (著者の言葉より)


「朽ちてゆくまで」「燔祭」「鳩笛草」の3編から成る。
それぞれに特別な力を持つ人物が登場するのだが 著者の言葉にあるように それぞれが特別な生き方をしているわけではなく 普通の暮らしを望み そうしようとしているのに好感がもてる。
2作目に登場する青山淳子は その後 別の作品にも登場するのでご存知の方も多いことと思う。
望まずに超能力を持ってしまった哀しさが穏やかに描かれていて切ない。

ノルウェイの森 上下*村上春樹

  • 2004/07/29(木) 13:13:39

☆☆・・・


高校生のときに事故で亡くなった たった一人の友人、心を病み安心してすべてを委ねられる場所を求めるその恋人、大学の最初の2年間を過ごした寮で出会った独特の価値観を持つ男、大学で時に同じ科目を取り次第になくてはならないものになる女友達。
決して多くはない人間関係の中での埋められない喪失感や無力感は 力の入らない流されるような雰囲気の中に感じることはできる。そして その感じは この年頃ならではのものかもしれない とも思う。
・・・が、しかし、自分のこととして感情移入できるかと問われれば 即「否」である。著者自信があとがきに記しているように
 (前略)この小説はきわめて個人的な小説である。
 (中略)たぶんそれはある種のセンティメントの問題であろう。
 僕という人間が好まれたり好まれなかったりするように、
この小説もやはり好まれたり好まれなかったりするだろうと思う。(後略)

そんな風に読まれることを著者自身も望んではいないのだろう。
とはいえ 何も救われない気分の読後感に包まれた。

誘拐の季節*西村京太郎

  • 2004/07/27(火) 13:12:38

☆☆☆・・


誘拐・失踪がテーマの 昭和40年前後に出版された短編を集めた一冊。

誘拐犯の要求する身代金が200万円だったりして 昭和40年という時代を感じさせられる。
どんどん巧みなトリックを使った作品が生み出されているので なにかほのぼのとした気分にさえなってしまう。
時代の流れは速い。といっても昭和40年はもう半世紀近く昔であるが。

きのうの空*志水辰夫

  • 2004/07/26(月) 13:10:01

☆☆☆・・


 道に迷ってばかりいた。
 宿題を片付けたつもりが、そのつど新たな荷物を背負っていた。
 もう逢うこともかなわぬ記憶の中の人たち。
 あのころの風、あの景色に出会うために私は旅に出た__。

 少年期から壮年期まで、十のアングルから描き分けた珠玉の短編集。

                          (帯より)


みずからの明日を思い描くことが容易になりつつある年代になってはじめて 懐かしさを持って振り返ることのできる昨日もある。そんなことをしみじみ思わせてくれる一冊だった。
志水辰夫さんという作家の作品を 私はほとんど読んでいないのだが 元々は「志水節」と呼ばれる独特のハードボイルドを書かれるのだそうである。しかし この作品には まったくそんな匂いが感じられない。寂寥感の在る穏やかさが流れるだけである。著者の新境地 ということなのだろうか。

ナ・バ・テア*森博嗣

  • 2004/07/24(土) 13:08:28

☆☆☆・・


ナ・バ・テア= None But Air

カタカナタイトルだけ見たらなんのことかと...

 僕は、
 空で
 生きているわけではない。
 空の底に沈んでいる。

 ここで生きているんだ。

                  (表紙より)


空が好きで飛ぶことが好きで戦闘機乗りになった[僕]。汚いものが沈殿した上澄みのように綺麗な空でだけ笑い、空の底の地上では笑うこともできず生きている。明日また飛ぶために。
大人であるとか子どもであるとか 男か女かなどすべてを超えて空を愛するひとりの人間の 人間であるが故の煩わしさをも描いて 透きとおった一冊である。

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陽気なギャングが地球を回す*伊坂幸太郎

  • 2004/07/23(金) 13:07:18

☆☆☆☆・




たまたま偶然に出会った4人――嘘を見抜く名人・スリの天才・演説の達人・精確な体内時計の持ち主――が銀行強盗を企てる。もう少しで大成功、というところで思わぬ誤算が。

一人称を次々と変えて語り継ぐ手法が トントンと物語を進めるのに役立っている。そして 小見出しのようにつけられた辞書の一項目は 気を抜いているとうっかりそのまま信じて 誰かに知識をひけらかしてしまいそうである。危ない。

陽気でいるためには しっかりした土台を築くことが不可欠なのだと思わされるが、やっていることが銀行強盗だからなぁ.. 甚だしく説得力には欠ける。 
とは言っても この作品はなにかを説得しようとは端から意図していないのだが。とにかく土台のしっかりしたエンターテインメントである。

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水の粒子*安藤美保

  • 2004/07/22(木) 13:05:38

☆☆☆・・

24歳という若さで不慮の事故で命を失った安藤美保さんの歌集。

学生時代という特有の空気の中で詠まれたからなのか 作者が持って生まれたものなのか判らないが 捩じれのないまっすぐなものを感じる。
それと共に 自分というものを時に実際よりも大きく また時に小さく
捉えているようにも見える。
若さゆえの溌剌としたものよりも 人生への諦観のようなものがうかがえるのは短い命と知っているが故だろうか。


 誰からも逃れたき思い抱く図書室の窓に若葉の揺れいる

 一斉に飛び立ちたいと告げるごとく坂の途中に群れる自転車

 絶え間なく揺れてはひかる葉の下を過去のごとくに走りゆく人

江國香織とっておき作品集

  • 2004/07/21(水) 13:03:42

☆☆☆・・


     江國香織ほか

 フェミナ賞を受賞した処女小説「409ラドクリフ」を初収録。
 珠玉の中短篇小説とファンタジー、そしてビートルズ訳詞集、
 さらに、異色絵本『夕闇の川のざくろ』もカラーで完全収録。
 父・江國滋の「香織の記録」と妹・晴子の「夢日記」も初公開。
 単行本未収録作品がたっぷり、欲ばりでぜいたくな作品集。

                          (表紙より)


まさに‘珠玉の’という感じ。
宝もの箱のような、お気に入りのおもちゃ箱のような一冊。
薄甘くて美味しい小さなお菓子が 散りばめられているよう。
江國滋さんの 父の目がやさしくて ついうるうるしてしまう。

六番目の小夜子*恩田陸

  • 2004/07/20(火) 13:02:45

☆☆☆・・


一流大学進学率を誇る名門高校のある一年の物語である。
この高校には 不思議な伝説が 密かにしかし周知のこととして代々受け継がれている。それが[サヨコ]の伝説である。

誰に教えられたわけでもないのに なんとなくどこからか知らされて いつのまにかみんなが知っているサヨコ伝説。そんなあやふやな足場に立っているにもかかわらず この15年途切れることなく続いてきた[サヨコ]。誰が?何のために?

受験を控えてはいるものの 恋もしたい 遊びたい という何の変哲もない高校三年の一年間なのである。描かれていることの大部分は。そこにたった一つ[サヨコ]という要素が加わるだけで こんなにも期待に満ち、しかし 真実に迫ってはいけないような恐ろしさを味わわせられるのである。サヨコ伝説は高校生活に いい意味の緊張感を与えるものだったのかもしれない。
そして 一応謎が解かれたと思われるそのあとにも、まだなにか[見えざる手]の力を感じてしまうのはおそらく私だけではないだろう。
終わらせようとしても きっといつか 7番目の小夜子は現われるに違いない。

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ジュリエットの悲鳴*有栖川有栖

  • 2004/07/19(月) 13:01:35

☆☆☆・・


初期短編から最新ショーとショートまで全12編。

ちょっとした隙間の時間にも楽しめる 宝もの箱のような一冊。
それぞれの作品の面白さもさることながら あとがきに書かれている製作裏話が興味深い。「ふぅん。こんな風に(お手軽に)プロットを思いついたりもするのね」などと思いながら読み、改めてその作品を読み返すと また違った感興が湧いてきたりする。二度美味しい一冊かもしれない。

家守(やもり)*歌野晶午

  • 2004/07/18(日) 12:59:12

☆☆☆・・
家守
 
 人は「家」に住みます。
 住み続けると、そこに人の想いがしみこんでいきます。
 うまくしみこめば、「家」は思い出という美しい色に染まります。
 何かの拍子に染めむらができると、
 沈殿した想いは年月によって凝り固まり、時として人に襲いかかります。

 「家」を舞台に、家族にとらわれた人々と殺人事件とが交錯し、
 破滅へのカウントダウンを奏でます。

                        (著者の言葉)

家の中で行われていることは その家の住人以外には知ることのない閉じられたものであることに改めて気づかされた。その場所に住むことに、その家に、その家に住む家族に、意識的に あるいは無意識にこだわり とらわれていくのである。
本来 憩うべき「家」がおぞましい場所に変わるのは 「家」の呪縛によるものかもしれない。

月光の東*宮本輝

  • 2004/07/16(金) 12:57:25

☆☆☆・・


 ワタシヲオイカケテ
 謎の言葉を残して消えた女

 近くにあるのに見えない場所・・・・・。
 私の祈りとは何だろう。
 私は祈りの叶う場所を求めようとは思わない。
 祈りの叶う人間になりたいと思う。
 だいそれた祈りではなく、ささやかであっても大切な祈りが・・・・・。

                            (帯より)


「追いかけてきて。月光の東まで 私を追いかけて」
という言葉を残して去った 塔屋米花。そしてその言葉は自分にだけ残されたものではなかった。

隠れているわけでもないのに 探している塔屋米花は確かな形で姿を見せることはなく 探す人たちときちんと対面することもない。そして タイトルにもなっている謎のキーワード「月光の東」の謎もきちんと解き明かされることはない。それなのに これ以上の終わり方はないという風にどこか納得してしまうのである。それが何故なのか、塔屋米花の圧倒的な生き方を垣間見たことで 彼女を探す人たちの中のなにかが変わったことは おそらく間違いないだろう。塔屋米花が生きている限り 謎は謎として生き続けるのかもしれない。

星々の舟*村山由佳

  • 2004/07/14(水) 12:55:35

☆☆☆・・


 禁断の恋に悩む兄妹、他人の男ばかり好きになる末っ子、
 居場所を探す団塊世代の長兄、
 そして父は戦争の傷痕を抱いて――
 愛とは、家族とはなにか。こころふるえる感動の物語。

                            (帯より)


ある一家の物語である。
どこにでもある、と言うほどありふれてはいないが 取り立てて特別ではないある一家の 世代も考え方も違うそれぞれが さまざまな悩みに直面し 乗り越えやり過ごしながら それでも家族という同じ舟に揺られている。

家族であるが故に 思いやることをないがしろにしがちな 心の深いところに抱える想い。一見 理不尽とも思える言動の裏に畳み込まれているものの大きさ、重さ。家族という舟は 小さいけれど大きい世界そのものなのではないだろうか。

短歌があるじゃないか

  • 2004/07/13(火) 12:54:16

☆☆☆・・


…穂村弘 東直子 沢田康彦

雑誌編集者・沢田康彦氏が気まぐれで始めたメール&ファックス短歌友の会。その会報誌『猫又』にこの7年間に寄せられた「お題」に従って詠まれた短歌を 穂村弘さんと東直子さんがつぶさにチェックして批評したものである。

やはり短歌は詠むのも読むのも奥が深い。
というのが読みながら終始感じざるを得ないことである。
そして 詠まれた歌は誰かに読まれなくてはいけない。
というのが読み終えて思うことである。

そしてなにより 何事にも持って生まれた才能って大事よねぇ。
というひと言をため息と共につぶやいて本を閉じる。ぱた。

トリアングル*俵万智

  • 2004/07/12(月) 12:52:38

・・・・・


年上の妻子のある男性 Mと不倫関係を続けながら 7歳年下の彼 圭ちゃんとも関係を持つ33歳の女、薫里が語る自分の話。

 Mか圭ちゃんか――と、美佳は言うけれど、
 そもそも彼らは、椅子取りゲームをしているわけではない。
 椅子は二つあるのだ。
 しかも、だいぶ離れたところに、種類の違う椅子が。
 ついでに言えば、Mの妻と私も、
 椅子取りゲームの参加者ではないだろう。
 やはり、違う場所にある二つの椅子に、
 それぞれがおさまっているのだと思う。



ゴシップには物凄く疎いので 俵万智さんが出産されたことさえ つい先日の新聞で知ったくらいなので、この作品についてのさまざまな噂を詳しくは知らない。だから 純粋に小説として読んでみることにして読み始めた。しかし、無性に腹が立って仕方がない。薫里はあまりにも私と異なる価値観の上に立ち過ぎていて 嫌悪感しか湧いてこない。薫里の8年越しの不倫相手であるM氏の人格も疑いたくなる。

物語の合間合間に挟まれた短歌は もちろん俵万智作品である。既に読んだことのあるものもずいぶんあった。この小説はあくまでも小説であってノンフィクションではないということらしいのだが そうすると 挟み込まれた歌はどういうことになるのだろうか。
フィクションとノンフィクションを混同されては著者にとっていい迷惑だろうことは充分承知しているが 百歩譲ったとしても 私には生理的に受け容れられない一冊である。

ねじの回転*恩田陸

  • 2004/07/11(日) 12:50:55

☆☆☆・・


 「不一致。再生を中断せよ。」
 近未来の国連によって、もう一度歴史をなぞることになった2.26事件の首謀者たち。
 彼らは国連の意図に反して、かつての昭和維新を成功させようとするが。
 恩田陸渾身の歴史SF大作!

                            (帯より)


歴史には苦手意識が強く、手に取りながらも敬遠してきた一冊。
過去に遡ることのできる技術を手に入れた近未来の人々が考えたのは 2.26事件が起こる直前にまで遡り それに連なる歴史を変えることだった。そのために 2.26事件の渦中にいた人物が3人選ばれ、未来の国連関係者と繋がる懐中連絡機を持たされた。

時間と歴史の入れ子状態とでも言うのだろうか。納得のいかない不可思議な現象も 少しあとまで読み進むとすとんと納得できるようなことが何度もある。今初めて生きていると思っているこの時代が 実はもう何度もやり直されているものだとしたらどうだろう。そうでないという保証はどこにもないのだ。そうだとして それはやり直す前の歴史と比べてより良いものになっているのだろうか。より良いものになっているとして、それは誰にとってのより良いものなのか。
考えるほどに薄ら寒さを覚える。

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雨はコーラがのめない*江國香織

  • 2004/07/09(金) 12:49:28

☆☆☆・・


 かつて私は、しばしば音楽にたすけられました。
 いまは雨にたすけられています。

                       (帯より)

雨 というのは 江國さんが飼っているオスのアメリカン・コッカスパニエルで、このエッセイを書きはじめた頃は2歳でした。


言葉に頼りすぎるきらいのある(ご本人談)著者と言葉になどまったく頼らない雨とが 二人で一緒にできるのは 音楽を聴くこと。
その日 その時の気分で 雨と一緒に愉しむ音楽のこと、雨のことが軽やかにやさしく描かれたエッセイ。
著者がどれほど雨を愛しているか、どんなに雨に救われているかが あふれるように伝わってきて思わず頬がゆるんでしまう。
雨はシャンパンものめないらしい。

黄昏の百合の骨*恩田陸

  • 2004/07/08(木) 12:47:54

☆☆☆・・


 「自分が死んでも、水野理瀬が半年以上ここに住まない限り
 家は処分してはならない」
 亡き祖母の奇妙な遺言に従い、理瀬は、やってきた……。


                           (帯より)

『麦の海に沈む果実』(cf.1/25)『図書室の海』(cf.9/12)そして少し趣は違うが『三月は深き紅の淵を』(cf.5/7)の水野理瀬のその後の物語である。高校生になっている。

抗えない力によって進むべき道を決められている理瀬とその一族(と言っていいのかよく判らないが)の ひとつの区切りとも言える物語なのではないかと思う。理瀬自身が 自分が水野理瀬であることにもうすっかりなれているようであり、頼もしさ――裏を返せば空恐ろしさ――さえ感じられる。
周りの誰をも信じることができない彼女にとって雅雪の存在が 唯一心和むものだったことを喜びたい。
明日 理瀬はどうしているのだろうか。

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テロリストのパラソル*藤原伊織

  • 2004/07/07(水) 12:46:19

☆☆☆☆・



70年代の学園紛争の中心となった世代の物語である。
その時から20年以上が経った ある10月の雨上がりの土曜日、新宿中央公園でその事件は起こる。その事件とは多数の死傷者を出す爆破事件である。

学園紛争をリアルタイムでは知らないが、主義主張とは別に 盛り上がらざるを得ない雰囲気 というものも多分に在ったのではないかと思われる。熱せられた空気が冷えた時 ほとんどの者は我を取り戻し何かを背負いつつ日常に戻ったのではないだろうか。
だがここに 日常に戻れなかった男がいるのだ。彼は 心の中の沸点を越えることもなく いとも容易くテロリストへの道を歩きつづけてしまったように見える。静か過ぎて恐ろしくなる。

終止符を打つきっかけになったのは一首の歌だというのも象徴的である。

 殺むるときもかくなすらむかテロリスト蒼きパラソルくるくる回すよ

短歌は詩よりときには日記より 胸のうちを顕わにするものなのかもしれない。

菊地は どんな明日を生きていくのだろうか。生きている限り平安はないのだろうか。

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いま、会いにゆきます*市川拓司

  • 2004/07/06(火) 12:44:16

☆☆☆☆・


 好きな人を思うとき、必ずその思いには
 別離の予感が寄り添っている。――もし、そうだとしても

 書かれているのは、ただ「愛している」ということ。
 思い切り涙を流してください。

                    (帯より)


15才の中学生の頃から半径1メートルの圏内にいた二人が 少しずつ近づいて結婚し愛すべき息子をなし しあわせに暮らせると思った頃 妻は病に命を落とす。
「一年後の雨の季節にあなたたちの様子を見るために戻ってくる」というひと言を残して。

切なく 悲しく 狂おしく愛しい物語である。
彼らが歩いているのは たまらなくでこぼこで茨だらけの道のように見えるのだが、この物語は最初から最後まで淡いパステルカラーの水彩画のように描かれている。
誰もがみな少しずつあるいはたくさんの不幸を背負っているのに 誰もがみなしあわせに描かれていて そういう風に描かれるうちにしあわせであろうとしているようで胸がつまるのだ。
こんなに切なく哀しいしあわせの形なんてあっていいのだろうか。

パイロットフィッシュ*大崎善生

  • 2004/07/05(月) 12:42:57

☆☆☆・・


 人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない――。
                    (文庫裏表紙より)


パイロットフィッシュとは これから飼おうとする高級熱帯魚などのために 水槽内のバクテリアなどの環境を整える役目を担う魚のことなのだそうである。役目を終えたパイロットフィッシュは 水槽から出され始末されてしまうのだそうだ。

19年前に別れたままだった彼女の声が深夜の受話器から突然聞こえた。
その時があったから存在する現在と 19年前の日々とを行き来しながら 出会いの不思議 別れの不思議を揺れ動く。
記憶というものは胸の中の深く澄んだ湖の底に積み重なるように眠っているものだということが深く頷くように信じられる。忘れたように見えるのは 表層しか見ていないからなのだ。 何かの拍子に沈めていた記憶がゆらゆらと浮かび上がってきて我知らず戸惑うことが そういえばある。

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駆けてきた少女*東直己

  • 2004/07/04(日) 12:41:09

☆☆☆・・


 ススキノ探偵シリーズ最新作
 探偵vs女子高生。
 今どきの女子高生に翻弄されながらも、
 探偵は札幌の闇に潜む巨悪を暴くため、街を疾駆する。

                            (帯より)

札幌の歓楽街ススキノの便利屋<俺>は たまたま正義感を発揮したおかげで若い男に脇腹を指される羽目に陥った。その時その場にいた少女は「ピッチ、このオヤジ、殺して」と叫んだのだ。

一体札幌ススキノというところは 日本の法律の治外法権にでもあるのだろうか、と疑いたくなるような無法ぶりである。警察と新聞社と暴力団は見事に協力体制にあるようだ。全くあり得ないこともないと思うが現実だったら恐ろしさを通り越しておぞましい限りである。

実際<俺>に出会ったら おそらくぐうたらな飲兵衛オヤジ(失礼)にしか見えないのではないかと思うのだが これがどういうわけか情にはほだされるし正義感の持ち主で 男の純情を秘めている感じで憎めないのだ。
だが、ここで語られる出来事は現実感がありすぎるので、絵空事であって欲しいと願わずにはいられない。

奇術師の家*魚住陽子

  • 2004/07/01(木) 12:38:49

☆☆☆・・
奇術師の家

 母の過去をめぐって浮かぶ不思議な情景
 第一回朝日新人文学賞受賞
 人生にひそむ妖しく美しいものに迫った期待の新人、初作品集

                            (帯より)

発行されたのは 1990年のことなので もうひと昔以上前のことである。著者 新人の頃の作品集。表題作を含む4つの物語が語られる。

人生とは まさにミステリィの中のミステリィかもしれない。
しかも謎は解かれないまま終幕へと向かうこともままあるのだ。
舞台裏を見てしまえばなんのことはない事柄が 想像するうちは途方もないことだったりすることもある。逆に さらっと簡単に考えていたことが 後になってみると特別な意味を持っていたと悟ることも。
不思議な時の流れをたのしんだ。