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黒革の手帖*松本清張

  • 2004/12/30(木) 08:21:29

☆☆☆・・
黒革の手帖 下

初版は1983年というから、かれこれ20年以上も前の時代が舞台である。
銀行の支店に長く勤めた女子銀行員・原口元子が銀行の弱みに付け込んで まんまと大金を巻き上げ、それを元手に銀座でバァを開き、ママになり、その後も機会あるごとに 後ろ暗い所のある客から脅迫まがいの巧妙さで(尤も本人には悪事を働いているという自覚がないようだが)大金を引き出し、銀座という表舞台でどこまでも登りつめようとする。しかし、人生というものは 浮けば必ず沈むものなのであった。そこに女の恨みが作用すれば、その沈み方は半端なものではなくなるのは想像に難くないだろう。

華々しい世界の裏側のおどろおどろしいかけ引きは、見応えのあるものだが、現代の風情と比べると(ことに男女の間のかけ引きなど)奥ゆかしささえ感じられもする。

物語は、元子にとって因果応報という結末になっているが、後日談があるとするなら、このままでは終わらせないだろう。

パレード*吉田修一

  • 2004/12/26(日) 08:20:25

☆☆☆・・


 この不愉快な社会に生きることの、つまらなさ、切なさ――。
 現代の若者の心中をリアルに描いた最高傑作!
  (帯より)


伊原直樹(28歳・映画配給会社勤務)と恋人の美咲が暮らすマンションに住み着いた 美咲の友だち 相馬未来(24歳・イラストレーター兼雑貨屋店長)、直樹の後輩の後輩 杉本良介(21歳・H大学経済学部3年)、未来の友人 大垣内琴美(23歳・人気俳優と恋愛中で無職)、そして ある日酔った未来が連れてきた 小窪サトル(18歳・男娼)が それぞれひとつずつの章で語り手になっている。
それぞれの目に映る他の人たち、そして自分がそれぞれの章で語られてゆく。
そこに見えてくるのは、人と深く関わらず、愉しげな生活を続けている空々しさと、それ故の心地好さ過ぎるほどの結びつきなのだった。
若い世代に特有のものとは言い切れないと思うが(現に私自身もそうかもしれない)、期待し、期待され、裏切り、裏切られないために 人の深部に踏み込もうとせず、楽しさを演じる表層だけで付き合ってしまうことの 気楽さと寂しさがとてもよく解る一冊だった。

波のうえの魔術師*石田衣良

  • 2004/12/25(土) 08:18:53

☆☆☆・・


 世界は、(マーケット)だ!
 あやしげな老紳士と就職浪人の青年が手を組んで、
 預金量第三位の大都市銀行をはめ殺す!
 知略の限りを尽くした「五週間戦争」の果てに待つものは・・・・。
                          (帯より)


パチンコ屋に通い詰める就職浪人の白戸則道は、ひとりの老人に目をつけられた。小塚というその老人は、予め白戸の身元を調べた上である日彼に声をかける。
それが、すべての筋書きの始まりだった。
波、とは マーケットのことである。そして、波のうえの魔術師とは 他ならぬ小塚老人のことなのである。
コンピュータにもできないマーケットの流れを見事に予想し、小塚が成し遂げたのは 愛 なのかもしれない。
冒険の旅に出た少年たちのような老人と青年のマーケットの旅をわくわくどきどき共に楽しめた一冊だった。

十津川警部「記憶」*西村京太郎

  • 2004/12/23(木) 08:16:46

☆☆・・・


東京郊外で若手カメラマンが誘拐されるところから物語が始まる。
誘拐されたまま犯人からの要求はなく、三日後に発見される。
彼は、二歳半の頃八王子の浅川のほとりで衰弱して発見され、養護施設で育ったのだった。
それ以前の彼の記憶『SL・桜・二人の男女』を頼りに、仕事絡みでSLと桜を撮る旅に出るのだが・・・。

二歳半以前の記憶のピースと現在の景色がカチリと嵌った時、21年前の誘拐事件の尻尾もまた動き出したのである。
二歳半の幼児の記憶を恐れるあまり犯人は21年も経って尻尾をつかまれることになるのだ。

ミステリィにしては 偶然頼みなのが少し気になる。

恋火*松久淳+田中渉

  • 2004/12/21(火) 08:15:21

☆☆☆☆・


天国の本屋シリーズ第3弾。

 願いがかなう、思いは伝わる。
 10年経ったら、いっしょになろう――。
 若き女性ピアニストと花火師の恋は、、突然終わりを迎えた。
 それから十余年。
 伝説の「恋する花火」と「恋するピアノ組曲」が残った――。

                           (帯より)

今回天国の本屋のアルバイトに選ばれたのは、リストラされたピアニストの健太。
彼は、譜面通り正確に弾くことはできても、人の心に響くピアノは弾けなくなっていたのだった。
そんな健太だったが、天国の本屋の仕事は彼に「弾きたい」と思う気持ちの大切さと力強さを取り戻させてくれる。そしてそれは読む者の胸をもあたたかくしてくれる。

きっとこんな神の計らいもあるに違いない、とひとときでも思わせてくれるこの物語は 心も目も潤わせてくれる。

水の迷宮*石持浅海

  • 2004/12/21(火) 08:14:17

☆☆☆・・



 夢を実現に導くために。
 事件の謎を解く鍵は、三年前に片山が見た夢。

                       (裏表紙より)


舞台は「羽田国際環境水族館」。
投げやりな経営体制で一度は潰れかけ、熱意ある館長の就任によって復活した水族館だった。

三年前、飼育係長だった片山が水槽の裏のスペースで突然死を遂げ、三年後、それをなぞるかのように事件が起きる。

水族館の職員達の 水族館を愛する気持ちと片山への敬意、仕事に対する誇り、水族館の将来、資金、夢、現実味・・・。
様々な要因が重なり入り組み、事件を迷路に導いたようだ。
身内にとても近い部外者深澤がいわば探偵役であるが、いささか推理が鋭すぎる感はある。

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発火点*真保裕一

  • 2004/12/19(日) 08:12:53

☆☆☆・・


 12歳のあの日、父が殺され、少年時代の夏が終わった。
 人生を変えた殺人。胸に迫る衝撃の真相。
 なぜ友の心に殺意の炎が燃え上がったのか?

                           (帯より)

12歳の夏に父を殺された杉本敦也が、「父を殺された少年」としてではなく「杉本敦也」として歩き出せるようになるまでの物語。

傍から見れば敦也は、常に拗ねたような可愛げのない態度で人に馴染もうとせず、自分勝手で堪え性のない奴、に見えたかもしれない。ある時期までは 確かにそんな生き方をしていたのだから仕方がない。
物事は往々にして気づくことから始まるのではないだろうか。
気づけなかったことは、通り過ぎるだけで、始まりもしないうちに無関係になっていくのだ。
気づけなかった頃の敦也は確かに、自分の手の中にあるものよりも他人が持っているものの方が良く思え、不満ばかり抱えている弱い人間だった。
しかし、気づけた時から彼の目に映る景色はおそらく違ってきたのだ。気づけなかったことで失ったものは多いが、失ったことに、そして失ったものの大切さに気づくことができて、彼は初めて自分のために生きることができるようになったのだ。

いじめの時間

  • 2004/12/16(木) 08:11:55

☆☆☆・・


江國香織・大岡玲・角田光代・野中柊・湯本香樹実・柳美里・稲葉真弓 共著。

7人がそれぞれのやり方で「いじめ」を描いていて 教訓的でなく、表面的でもない。
いじめの恐ろしさ・哀しさ・痛さ・甘美さ・思いがけない身近さなどが、コントロールできないやるせなさとともに身に迫ってくる。

稲葉真弓さんの『かかしの旅』の中のこんな一節が嘘のようで本当だと思う。

 あるとき、ある時間を境にして、
 何もかも風景が変わってしまうことってあるんだな。
 ふと気がつくと昨日の仲間がいなくなり、
 孤島みたいなところに取り残されている。
 叫びながら孤島から向こうに渡ろうとしても、
 もうどこにも道はない。
 どうしてこんなことになったのか、
 周りにも本人にもわからないってことがこの世にはあるんだ。

二十三階の夜*曽野綾子

  • 2004/12/15(水) 08:10:48

☆☆☆・・


 その日、見知らぬ男がやって来て、神父に告げた。
 「私は飛行機に爆弾をしかけた」
 フランスの田舎町で出逢った一人の農夫。
 元神父であった男の過酷な試練とは――。
 人生の光と闇を見据える魂の物語十篇。

                           (帯より)

小説家である私が旅先で見聞きしたこと、もらった手紙、などという形で綴られる十の物語。

光は、闇があるからこそその輝きを際立たせ、闇もまた、光があるゆえに暗く昏く沈むのだろう。
人生に於いてもおそらくそれは同様なのである。人は 輝きの陰の闇に目を塞いでは生きられないのである。

幽霊の径*赤川次郎

  • 2004/12/14(火) 08:08:43

☆☆☆・・


 あなたは、「私たちの世界」の人だから――。
 黄昏の小径ですれ違った女性は、もしかして「幽霊」?
 その不思議な女性との出会いをきっかけに、
 令子は死者たちの姿を見ることができるようになるのだが・・・。
 生と死の境界を超えて綴られる、哀しくも美しい現代の怪談。

                         (帯より)

間もなく死んでゆく人、想いを残したまま既に死んでいる人の姿を見ることができるようになってしまったとしたら・・・?
しかも 死者たちが自分を呼び寄せたがっているのを知ってしまったとしたら・・・?

あまりにもショッキングな出来事が続く中、当事者である16歳の高校生令子の柔軟な強さが赤川作品らしくてほっとする。
が、こんな滅茶苦茶な家庭が現実だったら逃げ出したくなるだろうな。

黒喜劇*阿刀田高

  • 2004/12/12(日) 08:07:39

☆☆・・・


 恐ろしきは人のココロ。
 ふとしたきっかけで生まれる家族、親友、恋人に対する疑念や邪推。
 それらが引き起こす13篇の、思わずゾクッとするストーリー。
 阿刀田ワールドの真骨頂がここに。
     (帯より)


気づかずに見過ごしてしまえばなんということもなく日常に紛れてそれっきりになってしまうであろう事々。なまじそこにひそむ何かに引っかかり、目を向けてしまうところから 人はココロの恐怖にさらされるのではないだろうか。
恐ろしいのは近しい人のココロだろうか、それとも他ならぬ自分のココロだろうか。

虚貌*雫井脩介

  • 2004/12/10(金) 08:06:09

☆☆☆☆・


 犯罪小説にまた新たな傑作が誕生した。
 登場人物それぞれの人生を描く秀逸な筆致は、
 宮部みゆき『模倣犯』、奥田英朗『邪魔』に必肩する。

                    ――茶木則雄(文芸評論家)

21年前、岐阜県美濃加茂地方で、運送会社を経営する一家が襲われた。社長夫妻は惨殺され、長女は半身不随、長男は大火傷を負う。間もなく従業員3人が逮捕され、事件はそれで終わったかに見えたが・・・・・。

復讐を何が何でも遂げようとする情念の凄まじさは、冷静に計画を練り根回しをするという途方もない力となったのである。
目に見える激しさよりも長い間途切れることなく裡に湛えられていた恨みの激しさの方が どれほど温度が高いかを思い知らされる。

癌に冒され、幾ばくもない命と知りながら、新たに起きた事件に21年前の事件の影を見出し、まさに命がけで真犯人に迫る刑事・滝中守年の執念にも圧倒される。

人は、いくつもの別の人生を歩けるものなのだろうか。

葉っぱ*銀色夏生

  • 2004/12/09(木) 08:04:23

☆☆☆☆・
葉っぱ

 私は外を歩く時、あれこれ見ながら歩いています。
 遠くの町を旅したり、近所にアイスクリームを買いに行く時も、
 なんだかいろいろ見ています。そして、いつもいつも
 どんなところにも葉っぱは落ちているなと思っていました。


と、あとがきで銀色さんがお書きのとおり、葉っぱの写真と言葉でできた一冊。
胸の中のひとり言のような囁きをそのまま文字にしたような詩は、いつものことながら≪奇をてらう≫などという言葉からはいちばん遠いところにあって、自然体で染み込みやすく、どんどん躰の中に吸収されていく感じ。
写真の葉っぱは いろとりどりで表情ゆたかで、言葉以上になにかを語っているようです。

サマータイム*佐藤多佳子

  • 2004/12/08(水) 08:03:12

☆☆☆☆・


 佳奈が十二で、ぼくが十一だった夏。
 どしゃ降りの雨のプール、じたばたもがくような、
 不思議な泳ぎをする彼に、ぼくは出会った。
 左腕と父親を失った代わりに、大人びた雰囲気を身につけた彼。
 そして、ぼくと佳奈。たがいに感電する、不思議な図形。
 友情じゃなく、もっと特別ななにか。
 ひりひりとして、でも眩しい、あの夏。
 他者という世界を、素手で発見する一瞬のきらめき。
 鮮烈なデビュー作。

                        (文庫裏表紙より)


時間を進んだり戻ったりしながら、語り手を変えて語られる、佳奈と進と広一と彼らを取り巻く事々、そして彼らの裡に大切にされているもののこと。

見た目の綺麗さに一瞬惹きつけられ惑わされることは よくあることだろう。けれど、一瞬の見た目では判らない本質の美しさをきちんと認めて大切にできるというのは とても素晴らしいことだと思う。
佐藤多佳子さんが描く人物はみな、ないがしろにしてはいけないものを きちんと大切にする確かな心を持っていると思う。
せつなく、ほろ苦く、じんとあたたかく、哀しく、しあわせな 彼らにとってのひとつの時代の物語なのだと思う。

解説で森絵都さんが手放しで推薦しているのもほほえましく嬉しい。

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11文字の殺人*東野圭吾

  • 2004/12/08(水) 08:00:35

☆☆・・・
11文字の殺人

出版されたのは17年前。
「著者のことば」に、退屈な授業中にノートの端に始めた悪戯書きがどんどん真ん中まで広がってしまったような感覚で書いた物語である、というようなことが書かれているが、東野作品にしては 動機にもトリックにも もうひとつ説得力が弱い気がするのは 著者自身の悪戯書き感覚のせいだろうか。

古書店アゼリアの死体*若竹七海

  • 2004/12/06(月) 07:59:11

☆☆☆・・



さまざまな不幸を立て続けに体験し、海に向かって大声で「バカヤロー」と叫んで憂さを晴らすために、相澤真琴は葉崎市の海岸にたどり着いたのだった。
ところが憂さを晴らしたと思ったのも束の間、真琴はそこで身元不明の死体を発見してしまう。
この物語は そこから妙な具合に展開してゆくのである。

前作『ヴィラ・マグノリアの殺人』でも登場し、犯人を見つけ出した駒持警部補が今回も 事件を担当している。
地域の名士である前田家の人々の泥沼化した関係や人物描写の見事さはもちろんだが、この駒持警部補の一見切れ者とは見えないのだが 目のつけどころの確かさや推理の的確さは控えめに描かれていながらも惹かれるものがある。

一度足を踏み入れたらずぶずぶと沈みこみそうな泥沼が描かれているにもかかわらず、そこはかとなく爽やかな読後感が残る一冊である。

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ヴィラ・マグノリアの殺人*若竹七海

  • 2004/12/05(日) 07:58:02

☆☆☆・・



 小さな町を舞台とし、主として誰が犯人かという謎を
 メインにした、暴力行為の比較的少ない、 後味の良いミステリ
 ――これすなわち、コージー・ミステリです。


と、「著者のことば」に書かれているように、殺人事件は起きるものの おどろおどろしい場面の描写はなく、登場人物の人となりやら人間関係やらの描写が物語りの大部分を占めている。

登場人物それぞれの性格とか、誰が誰をどう思っているかなどのことを、ふむふむと味わっているうちに 犯人探しの輪が縮まってくるという寸法である。

各人・各家庭の事情や 過去と現在が絡まって、≪葉崎≫という狭い町を迷路のように入り組ませているが、迷路パズルはいつか必ず一本の道となってゴールに通ずるのである。

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怪笑小説*東野圭吾

  • 2004/12/02(木) 07:45:28

☆☆☆・・


 怪しい笑いに酔いしれる宵闇の時。

                            (帯より)

1994年から1995年にかけて「小説すばる」と「小説新潮」に連載された9つの短編集。
それぞれにあとがきがついていて、その作品を書くに至ったきっかけなどが明かされているのが興味深い。

9つの作品は それぞれがそれぞれに怪しく、思わず含み笑いしてしまいそうになったり、妙に納得してしまったりするものである。