暗い宿*有栖川有栖

  • 2005/05/30(月) 07:58:07

☆☆☆・・


表題作のほか、ホテル・ラフレシア・異形の客・201号室の災厄 

 犯人当てゲーム〈トロピカル・ミステリー・ナイト〉に
 参加するため、南の島のリゾートホテルを訪れた
 臨床犯罪学者・火村英生と推理作家有栖川有栖。
 ハイビスカスに彩られたロビー。人魚姫のようにさざめく女たち。
 抜けるように青い空と青い海。バカンス気分で、のんびり過ごしていた
 二人だったが、訳ありげな夫婦に出会って・・・・・。
                    (ホテル・ラフレシア)
 
 廃業した民宿、冬の温泉旅館、都心の瀟洒な名門ホテル――。
 様々な〈宿〉で起こる難事件に火村&有栖川コンビが挑む。
 傑作ミステリ作品集!

                    (文庫裏表紙より)


宿シリーズ呼ばれるようになった4つの短編集。
それぞれまったく趣を異にする宿が舞台になっている。
そして、それぞれに似合った事件が起こるのである。

事件のトリックや謎解きはもちろん、登場人物のキャラクターが魅力的である。ことに、臨床犯罪学者の火村英生なくしてはこの作品たちは生まれなかっただろうと思う。

青に捧げる悪夢

  • 2005/05/29(日) 07:53:19

☆☆☆・・


短編集。
恩田陸・若竹七海・近藤史恵・小林泰三・乙一・篠田真由美・
新津きよみ・岡本賢一・瀬川ことび・はやみねかおる

恩田陸の『水晶の夜、翡翠の朝』が『麦の海に沈む果実』の続編のような物語だったり、若竹七海さんの『みたびのサマータイム』の舞台がおなじみの葉崎町だったり、様々に楽しめる一冊。
ホラー風味だったり、不思議な力のスパイスが効いていたり、飽きさせない一冊だった。

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トリップ*角田光代

  • 2005/05/26(木) 21:33:15

☆☆☆・・



 女子高生、主婦、サラリーマン・・・・・
 同じ町に暮らす人々の危うい生活

 ありふれた町の、ふつうの人々の、少しズレた日常

                        (帯より)


都心から私鉄に二時間以上乗ってたどり着くひっそりとした町に暮らす人々を描いた連作短編集。
前の物語の端っこに出てきた人が次の物語の主人公になってゆく。
しかし、主人公と言っても華々しいわけではなく、かえって翳りさえある主人公が多い。
帯には、少しズレた日常、とあるが、どの物語の主人公にも寄り添える気持ちがどんな人の中にもあるのではないだろうか。
そんな取り立てて語るほどでもないような人々の暮らしように言葉を与えた著者の人間観察力に参るしかない。

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ジョゼと虎と魚たち*田辺聖子

  • 2005/05/24(火) 21:31:31

☆☆☆・・
ジョゼと虎と魚たち

表題作のほか、
お茶が熱くてのめません・うすうす知ってた・
恋の棺・それだけのこと・荷造りはもうすませて・いけどられて・
男たちはマフィンが嫌い・雪の降るまで

様々な恋の形、愛の姿。
エロティックな大人の女たちが、それぞれの物語の中で、それぞれに恋をする。女たちは、自分のことをよく知っていて、純粋でしたたかだ。

本くに子さんのふくよかな女性のイラストが味わい深い。
どこかにひとつあるほくろがえもいわずエロティックである。

お縫い子テルミー*栗田有紀

  • 2005/05/23(月) 21:29:56

☆☆☆・・


表題作のほか、ABARE・DAICO

テルミーは16歳。流しのお縫い子。
依頼人の家に泊まりこんで、ミシンを使わず一針一針丁寧に、その人にぴったりの服を縫い上げる。
名刺には≪一針入魂 お縫い子テルミー≫と書かれている。

この設定からしてなんとも不思議。
不思議物語かと思って読み進むと、そうでもなく、ありきたりかと思えば、何かしら不思議な雰囲気が漂ってくる。
ギョッとするようなことや、大切なことも、淡々と語られていて、うっかり読み流したあとで「え?それって!?」と思わされたりもする。

穏やかな心地にさせてくれる一冊だった。

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未来の息子*椰月美智子

  • 2005/05/22(日) 21:27:49

☆☆☆・・


表題作のほか、三ツ谷橋・月島さんちのフミちゃん・女・告白

書かれていることは、ごく普通のことだったり、ちょっと普通の軸から逸れたことだったりしている。
漂っているのは、そこはかとない不安とでもいうのか、答えを求めても期待したもの得られないときの満たされなさというようなもの。
書かれていることそのものは難しくもなくよく判るのだが、どこかがわからない不安定な心地になるのはなぜだろう。

赤い長靴*江國香織

  • 2005/05/22(日) 21:26:00

☆☆☆・・




14編の連作短編集 

 二人なのに一人ぼっち、
 ただふわふわと漂っている。
 寄る辺もなく。
 
 江國マジックが描き尽くす 結婚という不思議な風景

                       (帯より)


既婚者として、よくわかる部分と理解が難しい部分とがありはしたが、他人同士がひとつ屋根の下で家庭を作ることの不自然さ・不思議さが的確に描かれていると思う。
主人公となる夫婦に子どもがいないこともまた微妙な違和感を際立たせているのかもしれない。

笑うことは泣くことに似ている、という妻・日和子のしあわせなのかもしれない哀しさは、たぶん夫には永遠に理解できないだろう。きっとそれは、この物語の夫婦だけではなく。

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優しい音楽*瀬尾まいこ

  • 2005/05/21(土) 21:24:32

☆☆☆☆・


表題作のほか、タイムラグ・がらくた効果。

とても瀬尾まいこさんらしいお話たち。
どの物語にも、ぎすぎすしない時間が流れ、登場人物は必要最低限しか出てこないのだが、役割がしっかりしていて それぞれがなくてはならない存在なのが心地好さの要素の一つかもしれない。
自分の想いを遠慮することなんて、案外何の役にも立たないんじゃないかと思わせてくれる一冊。

すべてがFになる*森博嗣

  • 2005/05/20(金) 21:22:59

☆☆☆・・


 孤島のハイテク研究所で、少女時代から
 完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季(まがたしき)
 彼女の部屋からウエディング・ドレスをまとい
 両手両足を切断された死体が現われた。
 偶然、島を訪れていたN大助教授・犀川創平(さいかわそうへい)と女子学生・西之園萌絵(にしのそのもえ)が、
 この不可思議な密室殺人に挑む。
 新しい形の本格ミステリィ登場。
    (文庫裏表紙より)


著者の多くの作品同様、理系ミステリとも呼ばれるものである。
コンピュータや数学に関する言葉がたくさんでてくるので、完全に文系の私はそれだけで惑わされそうになってしまう。
だが、理系が苦手な読者をも飽きさせない一冊である。
万全なセキュリティの元でプログラミングされ実行されることに、人間が手出しできることはないが、プログラムを作るのは生身の人間であり、そこには感情がいくらでも混じる余地があるということを見せられたようだ。
そして、人と接するのが苦手な犀川やお嬢さまの理系女子大生萌絵などのキャラクターがいい具合にエッセンスになっている。

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オアシス*生田紗代

  • 2005/05/18(水) 21:21:22

☆☆☆・・




 ため息を一つつく。哀愁ってやつだ。

 家事放棄の“粗大ゴミ”=母・君枝とパラサイトされている姉、
 そして私。女三人、奇妙な家族の行方は?

                       (帯より)


本当のところはわからないが、父の単身赴任と時期を同じくして、家事を放棄し始めた母。一日中家に篭っているのに何もせず、働いている姉サキちゃんとコンビニでバイトしている妹の私・メー子に口うるさく注意だけはする。母は49歳。

駅前の駐輪場でなくなった青い自転車に付随する想いと、母と姉と暮らす家の様子が 何かの暗示のように交互に語られている。

母に面と向かって粗大ゴミといい 邪魔にする様子は身を刻まれるように胸に痛い。それでもいちばん愛しているのだろうといってはいるが、それにしても私には受け入れ難い。
22歳という著者の若さを思えば仕方がないのかもしれないとも思うのだが、49歳になったときに自分の書いたものを読んでどんな気持ちになるのだろうか、と思いやられもする。
この物語の底に流れるのは屈折した愛なのだろうとは思うのだが、哀しさばかり残ってしまった。

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泣かない女はいない*長嶋有

  • 2005/05/18(水) 21:19:50

☆☆☆☆・



表題作のほかに、センスなし。

就職難のいま、落ちるのを覚悟で受けた試験になんとなく受かって入った物流会社に 睦美は通う。設計の段階からサイズを間違ったのではないかと思うほど小さなシャトルと呼ばれる乗り物に乗って。場所は大宮を少し過ぎたところ。

物流会社の仕事に 一緒に働く人たちに、距離を感じながらも少しずつなじみ、家には在宅で仕事をする恋人もいながら恋心を抱いたりもする。

とりたてて特別でも輝きに溢れているわけでもない、どちらかといえば地味に生きる人たちを描いて妙である。気持ちの揺れや流れがとても自然に描かれていて、睦美が自分と溶け合ってしまいそうになる一瞬がある。
著者が男性だということを疑いたくなるほど、女性の内面の描き方が絶妙なのだ。

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停電の夜に*ジュンパ・ラヒリ

  • 2005/05/17(火) 21:18:19

☆☆☆・・


 ろうそくの灯されたキッチンで、停電の夜ごと、
 秘密を打ちあけあう若い夫婦。
 病院での通訳を本業とするタクシー運転手の、ささやかな「意訳」。
 ボストンとカルカッタ、はるかな二都を舞台に、
 遠近法どおりにはゆかないひとの心を、細密画さながらの筆致で描きだす。
 ピュリツァー賞、O・ヘンリー賞、PEN/ヘミングウェイ賞ほか独占。
 インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集。

                     (単行本見返しより)


 言えなかったこと。
 言ってはいけないこと。

と、裏表紙にはある。
近しい関係にあっても遠く感じること、言えないこと、言わなかったこと、言ってはいけないこと、言わなければいけなかったことは、おそらく誰にでもあるだろう。
ラヒリの描く世界は、インド系の移民であるということを脇においては語れない事々だと思う。そして同時に、どこの国でも、どんな境遇の人々にも当てはまることでもあるのだ。
生きていくということは、予想通りになることや、理想的であることとは対極にあって、哀しみや苦しみ、不条理に溢れているが、そんな中にあっても、胸を熱くすることに囲まれてもいるのだ、という想いがじんわりと染みてくるようだ。

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All Small Things*角田光代

  • 2005/05/15(日) 21:15:44

☆☆☆・・



自分の恋愛はなんて盛り上がりがなく平凡なのだろうと悩む 長谷川カヤノ。
そんなカヤノに「今まで出一番印象に残っているデートってどんなの?」と訊ねられる田口さと実。
――と、そんな風にして 次々と同じ質問が伝言ゲームのように広がっていく。
その問いを投げかけられた人は、それぞれに自分の来し方を振り返る。そうすると思い出すのは些細な、けれどほのぼのとする一場面なのだ。

恋愛とは、日常とかけ離れた特別なイベントだと思いがちだが、小さなぬくもりの積み重ねだったと気づくのにそう時間はかからない。

「Frau」という雑誌の、「あなたにとって一番思い出に残るデートは?」という読者アンケートに寄せられた回答も紹介されている。

薬指の標本*小川洋子

  • 2005/05/15(日) 21:14:04

☆☆☆・・
薬指の標本

表題作のほか、六角形の小部屋。 

 この靴をはいたまま彼に封じ込められていたいんです。
 あまりにもフェティッッシュな、そしてあまりにも純粋な恋愛。

                        (帯より)


標本と恋愛を結びつけて考える人が果たしているだろうか。
標本とは過去のもので、そこに感情などは入り込む隙もないものと、普通は思うのではないだろうか。
だがしかし、この標本室にある標本たちの なんとエロティックなことか。
≪封じ込められる≫ということの なんと艶めかしいことか。

どちらの物語も、正気と狂気のあわいを微妙に行ったり来たりしているようである。そしてそれが 心地好くさえあるのだ。

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暗黒館の殺人 上下*綾辻行人

  • 2005/05/14(土) 21:11:47

☆☆☆・・


 九州の山深く、外界から隔絶された湖の小島に立つ異形の館――暗黒館。
光沢のない黒一色に塗られたこの浦登家の屋敷を、
 当主の息子・玄児に招かれて訪れた学生・中也は、
 <ダリアの日>の奇妙な宴に参加する。
 その席上、怪しげな料理を饗された中也の実には何が?
 続発する殺人事件の“無意味の意味”とは・・・・・?
 シリーズ最大・最深・最驚の「館」、ここに落成!

                      (単行本・上巻裏表紙より)


江南と暗黒館との関係は?
中也と呼ばれる学生の本当の名は?そして暗黒館との繋がりは?
宿り主を次々と変える「視点」の主は?
館の意匠の謎?
宴に饗された肉とは?

たくさんの謎を提示しながら物語は進み、進むごとにさらなる謎を目の前に突きつけられる。
夥しい数の捻れひねくれたパズルのピースが辺り一面に散らばっていて、過去と現在を捻れたパイプで繋ぐ、かと思うと 引き剥がす、ということが繰り返されて次第に じりじりと収まるべき場所にピースが嵌め込まれていく。

「視点」のつぶやきが、パズルの穴を埋めるようでいてなおさら混乱させるのが、もどかしさを募らせて絶妙である。

依頼人は死んだ*若竹七海

  • 2005/05/12(木) 21:10:00

☆☆☆・・



 わたしの調査に手加減はない
 女探偵・葉村晶のもとに持ちこまれる様々な事件。
 たとえば、市役所から突然送られてきたガンの通知・・・・・。
 その真相は、いつも少し切なく、少しこわい。
 あざやかなどんでん返しをあなたは見破れますか?

                        (帯より)


探偵事務所の契約社員・葉村晶が関わる事件の連作短編集。
関わった事件はとことん真実を追究しなければ気が済まない、という彼女の性格を見込んで、あるいは利用して、様々な謎解きの依頼がやってくる。
調査を依頼される事件など、まともで真っ直ぐなものなどないのは判っているが、それにしても ひと捻りもふた捻りも効いていて、現実にこんな事件に関わったら躰も心も疲れきってしまうのではないかと思う。
葉村晶というキャラクターは 一見探偵向きではなさそうなのだが、事件を呼び寄せているような気もする。
事件自体がどんなにシリアスでも、探偵事務所の面々のキャラによって救われている。

チョコレート・アンダーグラウンド*アレックス・シアラー

  • 2005/05/10(火) 21:00:27

☆☆☆☆・



児童書です。
本自体がチョコレート色でできていて、文字までみんなチョコレート色なのです。分厚いチョコバーみたいに。

健全健康党が政権をとった途端、チョコレートや甘いものが禁止され、国中からチョコレートがなくなってしまいます。
なぜ支持する人が少ない健全健康党が政権の座に着いてしまったかというと、誰もが「自分が投票に行かなくても、他の人がちゃんとした政党に投票してくれるはず」と思って投票に行かなかったからなのでした。

でも禁止されれば闇で扱われるのが世の常。この物語の主役、スマッジャーとハントリーも周りの信用できる大人を巻き込んで地下にチョコレートバーを作るのです。

政府のチョコレート狩りは激しさを増し、人々は抑圧されていきます。

スマッジャーやハントリーや チョコレートを忘れられない人々はどうなるのか、チョコレートは永遠にこの世から消えてしまうのか、最後まで息もつかずにページを捲ってしまいます。

最後に、訳者の金原瑞人さんのあとがきの一部を載せておきます。
 「チョコレートが禁止されるなんて、そんなばかな」
 と思っている人は、この<チョコレート>を<自由>と
 置き換えてみてほしい。すると、ぞっとしないだろうか。
 どうせ選挙に行ったって、結果は変わりはしないんだからといって、
 無責任なことを言っているうちに、思いがけない政府が誕生するかもしれない。

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わたしのおじさん*湯本香樹実

  • 2005/05/08(日) 20:58:56

☆☆☆☆・


植田 真・画

こんな世界がもしかすると本当にあるのかもしれない。
だって、初めてなのに とてもよく知っているような気がすることは、ずいぶんよくあることだから。

植田 真さんの絵がその世界をありありと思わせてくれる。

生まれるって、居心地の好い場所にお別れを告げて、あんなに高い崖から飛び降りるようなことなんだ。生まれるということの潔さに胸が締めつけられるようだった。

心地好いだけでなく、淋しく悲しい場所でもあるあそこのことを思うとき、きっと人はだれでもきゅんとするのだろう。

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殺人現場は雲の上*東野圭吾

  • 2005/05/07(土) 20:57:14

☆☆☆・・
殺人現場は雲の上

 新日本航空の花のスチュワーデス、通称エー子とビー子。
 同期入社でルームメイトという誰もが知る仲よしコンビ。
 容姿と性格はかなり差がある凸凹コンビではあるけれど・・・。
 この二人が奇妙な事件に遭遇する。
 昼間、乗務中にお世話した男の妻が、自動ロックのホテルの室内で
 殺されたのだ!雲をつかむような難事件の謎に挑む二人の推理はいかに?

                      (文庫裏表紙より)

エー子とビー子のにわか探偵が謎を解く7つの物語。
ビー子のユーモラス――自分ではそう思っていないだろうけれど――な性格がなくてはならない笑いを誘い、エー子の冷静な判断と閃きがピリッとスパイスになっている。
コメディタッチでどこでも読めそう。

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パラレル*長嶋有

  • 2005/05/07(土) 20:55:12

☆☆☆・・


妻の浮気が原因なのか、あるいは自分の失職が原因なのか、長い別居生活の末離婚する七郎。
人生はラブとジョブだ、と豪語し、信条を実現すべく生きる津田。
そして、彼らを取り巻く女たち。

正論が正しいわけでも優しいわけでもない、という七郎が、なぜか自らを追いつめるように正論を吐き、人生はラブとジョブだ、という津田が、ラブともジョブとも少しずつずれてゆくのが哀しくもあり、安心もする。

七郎の日記風に、日付と共に語られる物語が、ときに時間軸を捻って過去へと飛び、また現在へ戻ってくる。それが、今という時が、過去から間違いなく繋がっていることを、やるせなさと共に思わせてくれる。

図鑑少年*大竹昭子

  • 2005/05/06(金) 20:53:17

☆☆☆・・


 予期せぬめぐり会いに始まる24の物語

 ・・・ふと、このバスに乗ってみようかと思った。
 …別に行きたいところがあるのではないが、夜のバスに乗って
 知らないところをまわってみたかった。
 財布に小銭があるのを確かめてステップを上がった。
 途中で知っている駅を通ったら、バスを降りて
 電車で引き返してもいいし、どこも通らなければ
 そのまま乗りつづけたって構わない。

                         (帯より)


実際にある場所なのか想像上の場所なのかはわからないし、そんなことはどちらでも構わない。ふと、いつもの道から逸れてみたくなることがある。大抵はチラリとそちらに目をやって、結局はいつもの道を歩いている。けれど、ぐぃんと袖を曳かれるように逸れてしまったのが この小さな24の物語たちなのだろう。
なんということもない、とりたてて語るほどでもないことや場面が描かれているのだが、そこはかとなく常ならぬ場所を彷徨っているような心地にさせられる。

霧笛荘夜話*浅田次郎

  • 2005/05/05(木) 20:51:17

☆☆☆・・


港の桟橋を渡ると否応なくたどり着いてしまう不思議な佇まいのアパート・霧笛荘。
その大家である 小柄な中国人の老女・太太が語る 過ぎ去りし霧笛荘の日々と、その日々を織りなした6人の住人たちのこと。

わけありの暮らしの果てに霧笛荘にたどり着いた人々は、奇妙な形のおんぼろアパートにお金では購えない何かを得たのだ。
バラバラな人々の奇妙だがあたたかいつながりは、地上げ屋でさえ解くことは出来なかったのだ。
けれど、それを思い出として語らなければならない太太の胸の裡はいかばかりであろうか。

霧笛荘へと続く橋は傷を癒してくれる異界・ある種 お伽の国の架け橋だったのかもしれない。

そのときは彼によろしく*市川拓司

  • 2005/05/04(水) 20:49:45

☆☆☆☆・


 この世界には、物理学の教科書にも載っていない強い力がひとつある。
 
 小さな人生の大きな幸福の物語
       (帯より)


13歳の時に出会い、ひとときを共にした風変わりな少年たちと少女。15年の後の再会は、思ってもいないものだった。

生温かい水の中を、全身の力を抜いて漂うような心地好い物語だった。
繋がっている、結ばれている、包まれている、守られている、という感じ。ぎすぎすした日々から解き放たれたい時にうってつけの一冊。

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彗星物語*宮本輝

  • 2005/05/02(月) 20:48:07

☆☆☆☆・


 城田家にハンガリーからの留学生がやってきた。
 総勢十三人と犬一匹。ただでさえ騒動続きの大家族に、
 あらたな波乱が巻きおこる。
 異文化へのとまどい、肉親ゆえの愛憎。泣き、笑い、時に激しく衝突しながら、
 家族一人ひとりは、それぞれの政の新しい手がかりを得る。
 そして別れ――。人と人の絆とはなにかを問う長篇小説。

                      (文庫裏表紙より)


キーワードは、城田家の母、敦子が突然胸に抱いた≪突如、彗星の如く≫という言葉だろう。
彗星は、天の一角に現われ、刷毛で撫でるように通り過ぎてゆくのだ。人生における人と人との出会いもまた、これと似たようなものなのではないか。ある一時期にその人の人生と並行し、あるとき交差してすれ違ってゆく。たとえ一瞬のことだとしても、与え与えられるものは数え切れないほどなのだ。
人間でも犬でも、そして彗星でも、出会えたということだけで、それはそれは強い絆で結ばれているということなのだと、読み終わってしみじみ思う。一期一会という考え方にも通ずるだろう。

考える短歌*俵万智

  • 2005/05/01(日) 20:46:23

☆☆☆☆・


 どうすれば気持ちを正確に伝えることができるのか。
 短歌上達の秘訣は、優れた先人の作品に触れることと、
 自作を徹底的に推敲吟味すること。
 ちょっとした言葉遣いに注意するだけで、世界は飛躍的に広がる。
 今を代表する歌人・俵万智が、読者からの投稿を元に
 「こうすればもっと良くなる」を添削指導。
 この実践編にプラスし、先達の作品鑑賞の面からも、
 表現の可能性を追求する。短歌だけに留まらない、俵版「文章読本」。

                      (帯より)


新潮社の「考える人」に応募された何千という作品の中から幾つかが添削例として載せられている。
心が揺れたからこそ言葉になり、歌になる、という観点から無駄をなくし、より読者に伝わる歌を詠めるように指導がなされている。
目のつけどころ、視点の転換、言葉の用法など様々な切り口で鑑賞し、添削される。

定型に上手い具合に収まった一首ができたと思っても、もういちど徹底的に推敲してみると、別のよりよい収め方があるかもしれない、というのが印象的だった。
初心者にはとてもわかりやすい一冊だった。

エンジェル*石田衣良

  • 2005/05/01(日) 20:44:38

☆☆☆・・


 死後ぼくはしあわせだった。彼女に出会うまで。
 記憶喪失の幽霊が「自分自身の殺人事件」の謎に挑む
 ファンタジック・ミステリ!

 人生最大の決断は、「死後」に待っていた!
 夏の夜、自分自身の埋葬を目撃した掛井純一は、何物かに殺され
 「幽霊」として蘇った。失われた記憶と自らの死の謎を追って、
 欲望と計算にまみれた現世の人間を探偵していく。
 縁を切った資産家の父、父代わりの弁護士、映画界の巨匠、
 ヤクザ風の男たち、そして一目で見せられた女優の卵・・・・・。
 死後の恋を守り、すべての謎が解けた夜明け、
 死者の「生命」を賭けた究極の選択が、純一に迫る!

                     (帯より)

タイトルの「エンジェル」は
天に召された神の子である天使ともうひとつの意味とを掛けているのだろう。
もうひとつの意味とは、経営学で言う≪ベンチャー企業の創業時に立ち上がりのための資金=シードマネーを提供し、創業を援助する個人投資家≫のことなのである。

幽霊になった純一の魂が、母の胎内にいるときまで戻り、自分がこの世に生まれ出る瞬間を確かな意識で体験し、時間を追って次々に追体験する場面は、泣きたいほど切なくさえある。
本当に信頼できるものは何か、人生において タイミングがなんと大きな部分を占めるものであるのか、そして、最後になすべきは何か。
ありがちな結末ではあるかもしれないが、それこそが、あるべき結末なのだという思いでもある。

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