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記憶の小瓶*高楼方子

  • 2005/07/31(日) 17:14:56

☆☆☆☆・



2002年4月から一年間『月間クーヨン』に連載されたエッセイに書き下ろし三作を加えたエッセイ集。

幼いころの記憶の欠片が、色や風景や声や姿などを介して繋ぎ合わされ 言葉にして表わされている。
かなり幼いころの記憶までもが、断片的なあれこれを繋ぎ合わせるうちに 鮮やかな物語となって蘇えるような気がする。

 人の幼少期の話は、
 自分の幼少期の記憶を呼び覚まします。
 この極私的な回顧話に意味があるとすれば、
 その一点に尽きるでしょう。


と、冒頭に書かれているように。
暮らした地域は違うが、同年代の私にも、≪あのころ≫が蘇えってくるのだった。
言えなかったこと、言わなかったこと、自分に禁じていたこと、幼いながらに律していたこと、訝っていたこと...。
幼い記憶が、ただ無邪気に幼いだけではないことをふっと思い出させてくれた。

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人生ベストテン*角田光代

  • 2005/07/31(日) 16:56:41

☆☆☆・・



 13歳のあの夏から、私に会いにきたひとは――?
 どこにでもいる男たちと女たちの<出会い>が生みだす、ちいさなドラマ。
 おかしくいとしい6つの短篇。

 「床下の日常」
  水漏れ工事に向かったマンションで、陰気な人妻から食卓に誘われたぼくは――
 「観光旅行」
  恋人と決別するためイタリア旅行中の私は、観光地で母子喧嘩に巻き込まれ――
 「飛行機と水族館」
  アテネ帰りの飛行機で隣り合った泣き女が、なぜかぼくの心にひっかかり――
 「テラスでお茶を」
  男とのねじくれた関係を刷新すべく、中古マンション購入を決意した私だが――
 「人生ベストテン」
  40歳の誕生日を目前に、恋すらしていない人生に愕然とした私は――
 「貸し出しデート」
  夫以外の男を知らない主婦の私が、若い男を借り出してデートに挑むが――

                                 (帯より)


日常の中にあって、少しだけ非日常的な6つの出来事である。
それぞれの物語の主人公は、変わり映えのしない退屈な日常を過ごしているのだが、ほんの少しだけいつもと違う出来事に出会い、ほんの少しだけ≪いつも≫をはずれた行動をとる。
それだからといって、何がどう変わるわけでも 急に道が開けるわけでもないのだが、目に見えないくらいの何かがそれぞれのなかに芽生えたのではないだろうか。

時計を忘れて森へいこう*光原百合

  • 2005/07/30(土) 17:32:30

☆☆☆☆・

時計を忘れて森へいこう 時計を忘れて森へいこう
光原 百合 (1998/04)
東京創元社

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 若杉 翠(わかすぎ みどり)16歳の春
 迷い込んだ森の中なにげなく踏み出した一歩が彼女の運命を変えた・・・・・

                         (帯より)


16歳の若杉翠が深森護に出会ったのは父親の仕事の都合でこの清海という場所にやってきて、新しい場所にも高校生活にもやっと慣れた頃だった。
護はシーク協会(The society for Educational in Kiyomi)の「環境教育セクション」の自然解説指導員(レンジャー)なのだった。
翠が高校の郊外学習で訪れたシークの森に母にもらった腕時計を落としたことがきっかけで出会い、それからの季節をまさに≪時計を忘れて≫過ごすことになる。
自然のなかの護のすばらしさ――翠にだけとびきりの特別なのかもしれないが――に魅了され、押しかけボランティアとして通ううちに、ますますどんどん惹かれていく。
そんな護はさまざまな欠片から物語を織りなす名人でもあった。人の悩みや哀しみ苦しみを物語を織りなすことによって解きほぐしてゆき、結果的にその人の背負ったものを軽くしてやることができるのだった。
まさにミステリで言う探偵役なのだが、気負ったところなどひとつもなく、自然の流れに任せているうちに自ずとそういう結果になっているのが、自然と過ごし、自然を慈しむ護ならではであたたかい心地にさせてくれる。
護はもちろん、シークで働く人たち、シークに集まる人々に、そしてなによりもシークの森に本当に会いに行きたい気持ちになってしまう。
それほど遠くない未来に、深森翠になったとしても、翠はシークの森とシークの人々と共にいくつもの季節を過ごしてゆくのだろう。

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地下鉄(メトロ)に乗って*浅田次郎

  • 2005/07/29(金) 07:11:18

☆☆☆・・

地下鉄(メトロ)に乗って 地下鉄(メトロ)に乗って
浅田 次郎 (1994/03)
徳間書店

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 ファイト!ファイト!!ファイト!!!
 すべての地下鉄通勤者に捧ぐ愛と冒険の傑作ファンタジー!


一代で名を成し財を成した暴君のような父に虐げられ反発しつづけた小沼真次が語る。
帯の惹句から想像したのとはちょっと趣が違ったが、恐ろしくもあり、また胸が温まる一冊だった。

小沼真次は兄が自殺したあと、父親に反発して家を出、小沼財閥を弟の圭三に任せて貧乏暮らしをしている。セールス品がちっとも売れずに、ふらふらと同窓会に出席してしまい、帰りの地下鉄の駅でかつての恩師 のっぺいこと野平先生と出会ったことが引き金になって過去の世界へと運ばれてしまう。
そこで出会った生きることに貪欲なアムールという若者は、なんと若かりしころの父だった・・・・・。
地下鉄の階段が過去のさまざまな時代への通り道となり、どの時代へ運ばれても真次は必然のように父と出会い、その生き様を目の当たりにするのである。
暴君とばかり思ってきた父の現在がどういう理由でここにあるのかを見せつけられた真次にとって、父は反発するだけの存在ではなくなっている。そしてその代償のように大切なものを失ってしまったことに気づくのである。
真次を過去へ運んだのは何だったのだろう。命を終えようとしている父の魂だったのか、それとも 一度たりとも父を認めようとしなかった真次自身の後ろめたさだったのだろうか。
地下鉄(メトロ)はきょうも人生を運ぶ。

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絶海

  • 2005/07/28(木) 13:11:22

☆☆☆・・



恩田陸・歌野晶午・西澤保彦・近藤史恵の絶海の孤島を舞台にした推理アンソロジー。
恩田さんの『puzzle』は既読だが、他の作品と並べてみると、また新鮮に読めた。
今回いちばん愉しめたのは歌野さんの『生存者、一名』だ。
どうして春仁なんて名づけたんだ~!と唸ってしまった。

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殺意*乃南アサ

  • 2005/07/26(火) 20:09:52

☆☆☆・・



 彼が見つめていたものは、自分の内で大輪の花を咲かせるまでに成長した欲望である。
 その花に魅せられ、支配され、彼は「殺人者」となった。
  (帯より)

 了解不能な「殺人」という行為は、果たして一方的に断罪されうるものであろうか。
 著者の登場により、この問題に対する深いメスが加えられた。
 精神鑑定に付された殺人犯の「殺意」の深層心理に迫り、
 人間の究極的行動の意味を探ることで、著者は純粋に結晶化した欲望が
 ありうることの手がかりを得ようとする。
 このスタンスを堅持することによって、著者は、推理小説の
 新しい局面を切り開くことに成功した。
――――河合洋(医学博士・精神科医)


高校受験の際の家庭教師であった的場を殺した真垣の「殺意」の深層について突き詰めた一冊である。
であるが、これがよく理解できない。
真垣は、的場が家庭教師であったころから、頭ごなしに無能呼ばわりされており、お互いが社会人になってからも、一方的にまくしたてられ精神的に迷惑をこうむってはいた。
だが、何が、どの行為が真垣を殺人へと駆り立てたのかは明白にはされていない。真垣本人にもはっきりとは解っていないのかもしれないが。
自分は的場を「殺す」と、連綿と続いてきた自分の血までもを引き合いに出して自分自身を運命付ける真垣が、わたしにはどうしても解らないのである。
弁護士も検察官も精神科医も、誰もが殺人犯としての自分の感情を探ろうとするが、自分には感情などなく空っぽなのだ、と考える個所があるが、それこそが、この恐ろしさの源なのではないかと思う。
掴みどころのない恐ろしさで全身が冷たくなる思いだった。

超・殺人事件*東野圭吾

  • 2005/07/26(火) 12:46:11

☆☆☆・・



タイトルを並べてみるだけで、すでにくつくつと笑いがこみ上げてきそうである。
 超税金対策殺人事件
 超理系殺人事件
 超犯人当て小説殺人事件(問題篇・解決篇)
 超高齢化社会殺人事件
 超予告小説殺人事件
 超長編小説殺人事件
 麻風館殺人事件(超最終回・ラスト五枚)
 超読書機械殺人事件

内容がわからないうちから面白くないはずがない、と思ってしまう。
そして読んでももちろんくすりと笑ってしまった。
しかも、ただ面白おかしいだけでなく、世相を映して充分にブラックなのだから堪らない。

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ガラスの麒麟*加納朋子

  • 2005/07/25(月) 22:00:02

☆☆☆☆・



 第48回 日本推理作家協会賞受賞
 「あたし殺されたの、もっと生きていたかったのに」
 通り魔に襲われた十七歳の女子高生が遺した童話とは・・・。
 少女たちの不安定な心をこまやかに描く待望の連作ミステリー



ある日、女子校の生徒のひとり・安藤麻衣子が通り魔に刺殺される。
麻衣子の周りにいた人たちが彼女のことについて考えることによって何かをみつめようとする連作である。
イラストレーターで、麻衣子と同級生の直子の父親である野間が語り手となる。
彼は実は、学生時代の友人で幻想工房編集長の大宮(小柄なので小宮と呼ばれているが)から、生前の麻衣子が幻想工房の童話賞に応募していた『ガラスの麒麟』という物語のイラストを描かないかと依頼されていたのだった。

そしてなんといってもキーパーソンとなるのは、麻衣子や直子が通う花沢高校の養護教諭・神野菜生子である。
保健室にいて、不安定な年頃の少女たちを見守り、相談に乗り、励ます彼女は、一日中保健室にいるからこそ見えてくるものもある、と言い、軽やかな推理を披露し、被害を未然に食い止めたりもするのである。
だが、この物語の登場人物の中で、いちばん助けを求めていたのもまた、彼女だったのではないだろうか。
物語の要として、人々の結び目となっていた彼女だが、負っているのは計り知れない悲しみと憎しみと諦めだったのだろう。
次の春には神野菜生子の心の底からあふれる笑顔が見られますように。

噂*荻原浩

  • 2005/07/25(月) 13:29:26

☆☆☆☆・



東京エージェンシーはクライアントのひとつであるミリエル社のローズという香水の販売促進のために、企画会社・コムサイトに販促企画を依頼した。
コムサイト社長・杖村沙耶が打ち出したのは、WOMといういわばクチコミ戦略だった。
街頭でアンケートに答えた少女たちを集め、モニターとしてミリエルを配り、法外なアルバイト料を提示して情報を知り合いに伝えさせ、伝達先をレポートとして提出させる。その会場で杖村がついでのように話したのは

 「ニューヨークで、人気のない公園を歩いている可愛い女の子が
 黒いレインコートを着た男に殺され、足首から先を切り取られる。
 だが、ミリエルのローズを着けていれば狙われない。
 噂によると、レインマンはいま日本にいるらしい」


というものだ。
その後、噂は伝播していき、実際に同じ状況の殺人事件が起きる。
本庁の警部補・名島と所轄の巡査部長・小暮がチームを組まされ捜査に当たる。

噂という目に見えないものが、さまざまな形で描かれている。商戦のひとつだったり、中傷だったり、復讐だったり。
形のないものだからといって決して侮れないと思い知らされる。
レインマンを模した(?)連続殺人の犯人は、噂の威力と恐ろしさを意図的に操ったのだろうか。信じられない、信じたくない極個人的な趣味のために。

そして、著者はラストのひと言に何を篭めたのだろうか。
まさか!と思いたいのだが、326ページの会話を思い出すと、恐ろしい推測は当たっているのかもしれない。

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恋文*連城三紀彦

  • 2005/07/24(日) 12:58:01

☆☆☆・・



 直木賞受賞作
 過ぎ去った想い出に苦笑いしつつ、なお人は誰かを愛さずにはいられない・・・・・。

 マニキュアで窓ガラスに描いた花吹雪を残し、夜明けに下駄音を響かせて
 アイツは出ていった――。結婚十年目に夫に家出をされた
 歳上でしっかりものの妻の戸惑い。しかしそれを機会に、彼女には
 初めて心を許せる女友達が出来たが・・・・・。
                  *
 表題作など著者の新しい才能が光るネオ・ロマン五篇!
   (帯より)


表題作のほか、紅き唇・十三年目の子守唄・ピエロ・私の叔父さん。

人を愛するとは何か、しあわせとは何かを考えさせられる作品たちである。
どの作品のどの登場人物も、自分のなかに湧いてくる愛という気持ちを上手く手なずけられず、さまざまな歪んだ形で表わそうとする。
それはあまりにも真っ直ぐすぎたり 回り道しすぎたりで、相手にそのまま届くことはない。
切なくもどかしく熱を帯びた五篇である。

スクランブル*若竹七海

  • 2005/07/23(土) 17:28:08

☆☆☆☆・




はじまりは披露宴会場。
高校の同級生だった、彦坂夏見・貝原マナミ・五十嵐洋子・宇佐晴美・沢渡静子・飛鳥しのぶが揃っている。そのうちのひとりは新婦として。

彼女たちはいま31歳。披露宴の会場に居ながら15年前の高校時代に心だけタイムスリップしている、という仕掛けで、15年前の事件のことがそれぞれが各章の主役になりながら語られていく。章ごとにつけられたタイトルはどれも卵料理の名前。
スクランブル→ボイルド→サニーサイド・アップ→ココット→フライド→オムレット。
何か意図があるのだろうか。
なんとなく、混沌としていた15年前の事件が、6人にそれぞれ語られることによって、だんだん少しずつ形をなしていき、最後にオムレットという形にまとまるのかな、という気もする。まったく見当違いかもしれないが。

事件のことを書きながら、エスカレーター式の女の園に在りながらそこに馴染めず、居場所を求める彼女たちの苦難の物語でもあり、さまざまに愉しめる。

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いちばん初めにあった海*加納朋子

  • 2005/07/22(金) 17:16:58

☆☆☆☆・



 ワンルームのアパートで一人暮らしをしていた堀井千波は、
 周囲の騒音に嫌気がさし、引越しの準備を始めた。
 その最中に見つけた一冊の本、『いちばん初めにあった海』。
 読んだ覚えのない本のページをめくると、その間から未開封の手紙が・・・・・。
 差出人は<YUKI>。
 だが、千波はこの人物にまったく心当たりがない。
 しかも開封すると、そこには“あなたのことが好きです”とか、
 “私も人を殺したことがある”という謎めいた内容が書かれていた。
 一体、<YUKI>とは誰なのか?
 何故ふと目を惹いたこの本に手紙がはさまれていたのか?
 千波の過去の記憶を辿るたびが始まった――。
 心に深い傷を追ったふたりの女性が、かけがえのない絆によって
 再生していく姿を描いた、胸いっぱいにひろがるぬくもりあふれたミステリー。

                           (見返しより)


上記あらすじのの表題作のほか、化石の樹。
はっきり述べられてはいないが、遠い連作であろう。
この本の装丁は、表題作のなかで重要な役割を果たす小説『いちばん初めにあった海』の装丁と同じになっていて、この本を手に取り、ひらいて読み進む読者を、作品中に出てくる本を読んでいるような不思議な気分にさせてくれる。

読み進むごとに、一枚ずつ薄皮をむかれ、次第に何物にも遮られないありのままの事情が明かされていくので、読者はページをめくるごとに「あぁ、そういうことだったのか」とひとつずつわかっていくことになる。ロシアの入れ子人形・マトリョーシカのようである。真実と思ったもののなかから、更に真実が現われ、そのなかからまた更に真実が明かされる。

どちらの物語のラストもじんわりと涙を誘う。

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メリーゴーランド*荻原浩

  • 2005/07/21(木) 21:30:07

☆☆☆☆・


 

富士を望む山間の町・駒谷(こまたに)で業績不振にあえぐテーマパーク≪駒谷アテネ村≫。
その推進室に出向になった 遠野啓一の視線で物語られる。
田舎ののんびりした時間の流れと、旧態依然とした当り障りのないやる気のなさが充満する市役所。裏腹に利権に絡む裏取引は泥沼化している。
民間企業に勤めた経験もある遠野があろうことかアテネ村のリニューアルの責任者に祭り上げられ、しばし情熱をかけることになるのだが...。

昔から連綿と受け継がれてきた悪しき慣習との戦い、若いころの人間関係、家族との絆などなど、さまざまな要素が織り込まれているにもかかわらず、雑多な印象にはならず相乗効果になっている。
ラストの情景を思い描くと鼻の奥がつんとする。

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あなたと、どこかへ。

  • 2005/07/20(水) 21:20:54

☆☆☆・・




ここではない、どこかへ。
 あなたと、ふたりで。
    (単行本裏表紙より)


吉田修一・角田光代・石田衣良・甘糟りり子・
林望・谷村志穂・片岡義男・川上弘美
8人による8つの小さな旅の物語。

≪旅≫と呼べるほどのだいそれたものではなく、ちょっとそこまでの車でのお出かけだったりもするのだが、それぞれの≪あなた≫との時間旅行でもあるのかもしれない。
8つの小さな旅のなかには、8つの思いやりの気持ちが流れていて、あたたかな読後感を与えてくれる。

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白いへび眠る島*三浦しをん

  • 2005/07/20(水) 17:06:54

☆☆☆・・




 高校最後の夏、悟史が久しぶりに帰省したのは、
 今も因習が残る拝島(おがみじま)だった。
 十三年ぶりの大祭をひかえ高揚する空気の中、悟史は大人たちの噂を耳にする。
 言うのもはばかられる怪物『あれ』が出た、と。
 不思議な胸のざわめきを覚えながら、悟史は「持念兄弟(じねんきょうだい)」とよばれる
 幼なじみの光市とともに
 『あれ』の正体を探り始めるが――。
 十八の夏休み、少年が知るのは本当の自由の意味か――。
 文庫用書き下ろし掌篇、掲載。(『白蛇島』改題作品)
   (文庫裏表紙より)


不思議な物語だった。≪島≫という、世間と境を接していない半ば隔絶された世界での出来事にふさわし過ぎる。
ホラーでもあり、友情物語でもあり、後継ぎ問題の物語でもあり、見えすぎる能力の物語でもあり、島での暮らしと外の世界の暮らしの物語でもある。
さまざまな要素を織り込みながら、悟史は自分の存在と生き方とを考えることになる。
≪島≫という場所は秘密を呑み込むのに格好の舞台なのかもしれない。いままでもそしてこの先もいつまでも。

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いつか、ずっと昔*江國香織

  • 2005/07/18(月) 20:49:52

☆☆☆・・




江國香織・文  荒井良二・絵

大人の絵本。
夜更けに満開の桜の下で思うのは、昔のことだった。
男の思う昔のことと、女の思う昔のこととは少しだけ違ったのだが・・・。

「たとえば昔の私がどんなふうだったとしても、浩一さんは私が好き?」

というれいこの問いの本当の意味を浩一は知らない。

水底の森*柴田よしき

  • 2005/07/18(月) 20:39:00

☆☆☆☆・




 再会はまさに宿命だった。
 生きるのが怖いから、愛し合う。
 死ぬのが怖いから、愛し合う。
 最後はひとり。
 男と女の愛憎を描き、人間性の根源を問う、ノンストップサスペンス!

 「もう森へなんか行かない」
 シャンソンがエンドレスで鳴り響くアパートの一室で
 顔を潰された男の死体が発見された。
 部屋の借主である高見健児と風子の夫婦は行方不明。
 翌々日、高見の絞殺死体が見つかるが、風子は依然姿を消したまま。
 刑事・遠野要は、風子の過去を追ううちに、忘れ得ぬ出来事の相手が
 風子であると気づき、烈しく風子を求め・・・・・。
 時間と距離を超え、繋がる謎。
 愛とは何か、人間性とは何かを真摯に問い掛ける。長編ミステリ。

                             (帯より)


風子の事情と捜査の状況が、時間を行きつ戻りつしながら交錯している。
読者は、風子の事情を知りながら、そこまで到達していない捜査の状況を追うことになる。
そして、次第次第にじりじりと両者の距離が縮まり核心へと向かうのだ。
それはまるで、遠くとりまいた獲物ににじり寄るようにして包囲網を狭めてゆく醍醐味にも似ている。

風子の人生は何だったのだろう。
振り切ることで自由を得られる と知った時がもう最後のときだったとは。

もしかすると風子は、今度こそしあわせに暮らしているのかもしれない。
水底の森で。

葉桜の季節に君を想うということ*歌野晶午

  • 2005/07/16(土) 08:45:17

☆☆☆☆・



最後の1ページまで目をはなすな!
 
 ひょんなことから霊感商法事件に巻き込まれた
 <何でもやってやろう屋>探偵・成瀬将虎。
 恋愛あり、活劇ありの物語の行方は?そして炸裂する本格魂!

                             (帯より)


霊感商法に魅入られたようにように際限なくお金を注ぎ込む人々。
抜け出そうともがくうち取り込まれ、意に反して霊感商法の手先となってしまった人たち。

<何でもやってやろう屋>探偵・成瀬将虎が、偶然居合わせた駅のホームからふらふらと飛び降り自殺しそうになった 麻宮さくらを助けるところから物語ははじまる。
また別の日、フィットネスクラブの知り合い・久高愛子の≪おじいちゃん≫が轢き逃げされて死んだ。この事故が、実は仕組まれた殺人事件ではないかと疑い、調べることになった。

思い込み・先入観・勘違い。著者はそんな人間の不確かさに目をつけたのかもしれない。
しかし、思い込まされ、勘違いさせられるのは読者のせいではない。圧倒的な著者の巧みさ故である。
読み終えて思い返せば、たしかにそこここに思わせぶりなキーワードや伏線を見つけることができるのだ。
やられた!まったくお見事としか言いようがない。
してやられた悔しさも含め、412ページに面白さが渦巻いている。

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下り“はつかり”*鮎川哲也編

  • 2005/07/14(木) 17:21:11

☆☆☆・・



わが国の鉄道短編に目を向けると、数こそ少ないが、
 そこには本格物あり変格物あり、SFのショート ショートまであるという
 多様性が見られる。
 そのバラエティに富んだ面では、よその国に比べて決してひけをとるものではい。
 わたしはそう考えて自賛するのだけれど、
 これが編者の己惚れであるかどうかの判断は、
 本書を読まれた賢明な読者諸氏におまかせしたいと思う。

                         (本文解説より「編者のことば」)


初版の発行は昭和50年。もう20年も前のことである。
編者を含む16人・16編の鉄道をモチーフにしたミステリであるが、それぞれに工夫が凝らされたトリックが用いられていて飽きさせない。
殺人事件が描かれていながら、なんとはなく長閑な感じがするのは、ふた昔も前という 舞台になっている時代のせいもあるのだろうか。

心のなかの冷たい何か*若竹七海

  • 2005/07/12(火) 12:58:22

☆☆☆・・
心のなかの冷たい何か




「社内に観察者がいる」という謎めいた言葉を遺し、自殺未遂した友人。
 鬼気迫る手記に慄然としながら、敢然と真相を追うヒロインの孤独な戦い。

                           (帯より)


『ぼくのミステリな日常』の続編とも言える作品。
もちろん探偵役の主人公の名は 若竹七海。
箱根に行くロマンスカーの中で偶然出会った一ノ瀬妙子が自殺未遂事件を起こし、彼女から若竹七海の元へ手記が送られてきた。
物語の中に手記が入り込み、そのなかに更に別の人の手紙が織り込まれるという幾重にも重なった造りになっているので注意深く読み進まないとときどき現実からはなれて手記の中を歩き、煙に巻かれることになってしまう。
それも計算されたことであるのにあとになって気づくのだが。
≪何≫とは言葉にできない≪冷たいなにかが≫人を狂気に駆り立てるのだろうか。
探偵役・若竹七海はこの物語ではあまりに無力な役回りである。何か得るものがあったとすればそれは、力也の存在だろうか。

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菊葉荘の幽霊たち*角田光代

  • 2005/07/10(日) 21:36:54

☆☆☆・・




 奇妙な都市東京をうろつくキッカイな人々・・・・・
 どここでなら彼らはシアワセになれるのか?
 どの場所が私たちをつなぎとめるのか?

 「どこかに自分のためだけに用意されたような、
 理想的なアパートがあるはず」
 と言い出した友人、吉元の家探しを手伝いはじめた典子。
 吉元が「これぞ理想」とする、ボロアパートに彼を住まわすため、
 住人たちを追い出しにかかるが、六人の住人たちは、
 知れば知るほどとらえどころのない、奇怪な人間ばかり。
 彼らの動向をさぐるうち、やがて、典子も吉元も影のように
 うろつきはじめている自分たちに気づく。
 どこでなら彼らはシアワセになれるのか?
 また、どの場所が私たちをつなぎとめるのか?
 東京という奇妙な都市をさまよう奇怪な人々を描いた快作!
  (帯より)


そもそも、自分のために誂えたようなアパートが絶対に見つかる と思い込んでいる吉元がおかしいし、彼がこれと目をつけたアパートに住めるようにあれこれと策を練る典子も普通ではない。
と考えてみると、この物語に登場する誰もがまともではない。
東京という都市は、そんな人々が集まって成り立っているのだろうか。
なにやら背筋が薄ら寒くなる。

いつもいつもここではないどこかにある自分にぴったりな形の場所を求める吉元が、この話では発端になってはいるが、他の誰がはじまりになってもそう違わない物語になりそうな気がする。
少しずつ少しずつ影が薄くなり、いつか本物の幽霊になってしまうのだろうか。
いや、もしかするともう実体のないものになってしまっているのかもしれない。
その証拠に、まったく連絡が取れないではないか。

いつかパラソルの下で*森絵都

  • 2005/07/10(日) 17:12:21

☆☆☆・・



児童文学の森絵都さんの一般向けの作品。

森絵都さんの児童書はただ無闇に明るいだけではなく、明るさが陰を際立たせるような雰囲気を持つので、それがそのまま一般向けになったとも言える一冊である。
ただ、タイトルから想像していたものよりももっとずっと屈折していた。

≪パラソルの下≫は、この物語の主人公・柏原野々にとっての安らぎの場所の象徴なのだろう。
上手く行かないことごとをすべて亡くなった父のせいにすることで、現実から逃げ、父のせいでなどないことなどとっくに知りながらも知らない振りをして逃げつづけ、そんな自分に嫌気が差しながらもそれにさえ目を瞑って見えない振りをする。
いつまでも続くはずのない、現実に生きながらの逃避行のなかで、思い浮かべられる唯一しあわせな自分が≪パラソルの下≫にいる自分だったのだ。
兄・春日、妹・花とともに父の足跡を求めて渡った佐渡での三日間は、そんな意気地のない気持ちを再確認させられる旅だったのかもしれない。

誰かを赦すということは、きっと弱い人間にはできないことなのだろう。
春日・野々・花、そしてその母は、少しだけ強くなって 少しだけ父のことを赦したのではないだろうか。

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むかしのはなし*三浦しをん

  • 2005/07/09(土) 21:12:37

☆☆☆・・



かぐや姫・花咲爺・天女の羽衣・浦島太郎・鉢かつぎ・猿婿入り・桃太郎
という昔話を下敷きにして今現在生まれるいつの日かの昔話7編である。

それぞれの物語の冒頭に下敷きにされている昔話のあらすじが載せられているのだが
それなしでも充分にひとつの物語として愉しめる。
そして、微妙に連作仕立てにもなっていることに、途中で気づくのである。
タイトルの≪むかしのはなし≫というのは≪昔話≫という意味だけでなく
それぞれの物語の主人公の≪思いでがたり≫の意味でもあるのだ。
その思い出を語るのがたとえ地球を遠く離れた場所であっても。

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十角館の殺人*綾辻行人

  • 2005/07/09(土) 10:57:38

☆☆☆・・




 ミステリを書く人間というのは、悪戯好きの子供です。
 少なくとも、僕の場合は間違いなくそうです。
 フェア、アンフェアすれすれのところで、いかにして読み手を「騙す」か、
 そんなことばかり考えて悦に入っています。
 だから、出来上がった作品を人に差し出すのは、いつも、おずおずと、です。
 そして、物陰からこっそりと、その反応を窺います。
 この気分、たまりません。
          (著者のことば)

 奇怪な四重殺人が起こった孤島を、ミステリ研のメンバー七人が訪れた時、
 十角館に連続殺人の罠は既に準備されていた。
 予告通り次々に殺される仲間。犯人はメンバーの一人か!?
 終幕近くのたった“一行”が未曾有の世界に読者を誘いこむ、島田荘司氏絶賛の本格推理。
 まだあった大トリック、比類なきこの香気!
      (文庫裏表紙より)


後に中村清司の館シリーズとなる第一作目であり、著者にとっても最初の一冊である。
からくり好きな中村清司の設計による十角館という場所ならではのトリックであり、読者は初めからそこに現われるからくりを期待して読むことになるのだが、期待を裏切らず、十角館に頼るだけではないトリックにさらに驚かされることになる。
ミステリ研の部員、しかも稀代の名探偵の名をニックネームに持つという設定こそが、そもそも読者の目を欺く大トリックと言えるだろう。

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彼女はたぶん魔法を使う*樋口有介

  • 2005/07/07(木) 18:08:56

☆☆☆・・
彼女はたぶん魔法を使う

ある事件がきっかけで警察を辞め、警察が扱わないような事件を追って暮らしている俺こと 柚木草平が語る思惑が絡み合った物語。

警察時代の同僚で、現愛人の吉島冴子によってもたらされた仕事は、交通事故として処理されている女子大生の死の真実を探ることだった。
死ぬ理由など微塵もない明るく元気な由実が殺されなければならなかった顛末には強く憤り、やりきれない思いにさせられる。

是が非でも区会議員になりたい男、その男に入れ込む女、そして 被害者の姉の行動。どれもこれもがあまりにも身勝手なのに驚かされる。
社会や人の心の裏側で澱む泥沼を見せつけられているようだった。

それにしても、柚木草平のあのハードボイルドぶりはもう少し何とかならなかったのだろうか。些かやりすぎな気が...。

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終わりまであとどれくらいだろう*桜井鈴茂

  • 2005/07/05(火) 13:39:39

☆☆☆・・




A Day In The Garden of Cherry
ハセベ・ヨウコ、ヤマニシ・ケンゾウ、ミズタニ・ツトム、ウチムラ・サヤカ、ノミヤ・カズオ、ヒグチ・ノリコという 環境や職業やなにもかもが別々の6人の、4月5日という一日の事情が ほぼ時間を追って綴られている。
さみしい人たち。

どこかで少しずつ他の人たちと時を重ねながら、最後近くにはなぜか同じ場所にいて、そしてまたそれぞれに分かれてゆく。あすを生きることにほのかな明かりをみつけかけて。

どの生き様にも共感はできなかったが、そのさみしさを想像することはできる。桜の季節が彼らの孤独感をおそらく煽ったのだろう。
夜になり予報どおり雨が降り出し、桜の命が終わりかける頃になって彼らの哀しみは、哀しいなりに何か形になろうとしているように思える。

さくら*西加奈子

  • 2005/07/04(月) 13:19:40

☆☆☆☆・

さくら さくら
西 加奈子 (2005/02)
小学館

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 それでも、僕たちはずっと生きていく――。
 5人と1匹の、まっすぐで、まっすぐで、まっすぐな、ものがたり。

                           (帯より)


僕こと長谷川薫が、ある年越しに久々に実家に帰っているあいだのことが語られている。
そして、その短い期間に、ほんの少し前に通り過ぎてきたばかりの過去の自分たち――つきあった彼女たちや父や母や妹のミキや そしてなんといっても(はじめ)という名の素晴らしい兄ちゃん――のこと、そしてそんな自分たちをいつもしあわせで包み込んでくれていた犬のサクラのことに想いを馳せるのである。
思い出はなんと甘美で光に溢れ完璧で切ないものなのだろう。
思い出は ともするとそこで完結してしまいそうに、ときには完結させてしまいそうになるけれど、いまここにこうしてあるのは、そんな思い出の中のできごとの結果なのだ。
良くも悪くもそんな風に思えてくる。

人がいなくなると、その人の存在の大きさはいやでも圧倒的に押し寄せてくるが、誰かがいることのありがたみを実感することはなかなかできることではないのだと改めてわかった気がする。
音もなく涙が頬を伝った。

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霧越邸殺人事件*綾辻行人

  • 2005/07/02(土) 21:28:20

☆☆☆・・




 信州の山深き地にひっそりと建つ、「霧越邸」と呼ばれる秘密めいた洋館が、
 この物語の舞台であり、主人公でもあります。
 人間たちはもちろんたくさん登場しますが、真の主人公はやはり
 「夢越邸」そのものの方だろう、と考えています。
 綾辻行人の代表作である、という風に云われることもしばしばあります。
 それが正しいかどうかはさておき、僕が少年時代から抱きつづけていた
 「本格ミステリ」への想いを、すべて封じ込めたような作品であることは
 間違いのないところです。
 浮世のあれこれをしばし忘れて、どっぷりと
 作品世界に浸っていただければと思います。
  (著者のことば) 

演劇集団≪暗色天幕(あんしょくテント)≫の面々が信州の山の中で突然の吹雪に阻まれ、「霧越邸」に身を寄せたことから物語ははじまる。

吹雪のため身動きが取れず、外部との連絡も不能になったいわゆる密室で、北原白秋の童謡「雨」に見立てた殺人が起こる。そして、それは連続殺人事件となるのだ。
劇団の責任者・槍中が探偵役となって事件を検証していくことになるのだが・・・。

「霧越邸」とその住人たち、そしてそこで行き会った人びととの不可思議な共時性と未来の予言。不思議なことだらけなのだが、妙に納得させられてしまう雰囲気がある。
最後に残った犯人の動機には些か首を捻らされるのだが...。