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とっても不幸な幸運*畠中恵
- 2005/08/31(水) 21:42:47
☆☆☆☆・
100円ショップでふと手にして買ってしまった≪とっても不幸な幸運≫という名の缶。それは、開けたとたんに とんでもないものを見てしまい、とんでもない目にあってしまうという疫病神のような缶だった。
舞台は新宿伊勢丹近くの地下にある≪酒場≫という名の酒場。客は常連しかいない。
その常連客がなぜか引き寄せられるように次々と、得体の知れない≪とっても不幸な幸運≫缶を買ってきては開けてしまうのだ。その事情が6つの連作仕立てになっている。
とにかく単純に面白かった。缶を開けると、開けた本人は思い出したくないものを見、散々な目に遭いながら逃げつづけてきたことに決着をつけなくてはいけなくなるのだが、二代目マスターの洋介の謎解きも冴えているし、なによりも常連客たちが互いに(少し歪んだ形でではあるが)信頼しあっている様が見ていて嬉しい。
酒場に集う人たちがみなカッコイイのである。
シリウスの道*藤原伊織
- 2005/08/31(水) 13:39:32
☆☆☆・・
絶賛の声、続々。話題沸騰の長編ミステリー!
離ればなれになった3人が25年前の「秘密」に操られ、
吸い寄せられるように、運命の渦に巻き込まれる――。
東京の大手広告代理店の営業部副部長・辰村祐介は子供のころ大阪で育ち、
明子、勝哉という2人の幼馴染がいた。
この3人の間には、決して人には言えない、ある秘密があった。
それは・・・。 (帯より)
結果からいえば、辰村の仕事もプライベートも、駆けずり回った割には報われないままなのだが、仕事面では誇りを捨てなかったすがすがしさが残り、プライベートでは未来は少し変わるかもしれないというほの明るい期待が残る。
つまみがホットドッグしかないバーには、以前どこかできたことがあると思ったのだが、『テロリストのパラソル』で来ていたのだった。
『テロリストのパラソル』の続編というわけではないのだろうが、あのときのバー≪吾兵衛≫が重要な役割を果たしている。
となり町戦争*三崎亜記
- 2005/08/28(日) 17:02:34
☆☆☆・・
ある日、僕・北原修路の目は、舞坂町の広報紙≪広報まいさか≫に小さく載っていたこんな記事に吸い寄せられた。
――――――――――――――
【となり町との戦争のお知らせ】
開戦日 九月一日
終戦日 三月三十一日(予定)
開催地 町内各所
内容 拠点防衛 夜間攻撃 敵地偵察 白兵戦
お問い合わせ 総務課となり町戦争係
――――――――――――――
開戦日の九月一日になっても僕の目には何も変わったところは見えず、いつもとまったく変わらない日常が過ぎていた。そんなとき、突然≪戦時特別偵察業務従事者≫に任命され、となり町戦争係の香西瑞希と結婚するという体裁を取ってとなり町に潜入して偵察活動を行うことになった。
最初から最後まで戦争という実感をもてないままに戦争に協力し、人の命を犠牲にして終戦を迎えるのだが、それでも僕は何の実感も持てはしないのだ。
それはおそらく、読む者にとっても同じではないか。
著者は何を想ってこの物語を書いたのだろう。
となり町はもしかするともっとずっと広い意味でのとなり町なのかもしれない。そしてわたしたちは、人を殺す ということを少しも認識しないまま となり町と実感の伴わない戦争をしているのではないだろうか。
これは、著者からの警告なのかもしれない。
鍵*乃南アサ
- 2005/08/27(土) 17:17:08
☆☆☆・・
高校二年生の麻里子のカバンに、知らぬ間に
一つの鍵が押しこめられた――。
近所で連続して起きる通り魔事件は、ついに殺人にまでエスカレート。
父も母もいなくなった障害を持つ女子高生と、
その面倒を見なければいけなくなった兄や姉との心の通い合いをも
見事に描いた、新直木賞作家の泣ける名作ミステリー。
(文庫あらすじより)
ミステリーというよりも、ミステリーの要素を含んだ家族の物語、と言った方がいいかもしれない。
ひとつの小さな鍵がまさに物語の鍵となり、満員電車の中で偶然それを押し付けられた麻里子もまた鍵になる。
歳が離れて生まれた妹は生まれつき耳が聴こえなくて、母は妹にかかりきりになった。兄は歳が離れている故にあからさまな嫉妬心を表わすことができず、母亡き後になって、妹には何の罪もないと解っていながら屈折した態度を取ってしまう。
そんな下地があったからこそ麻里子は事件に巻き込まれることになるのだった。
両親に先立たれた三人のそれぞれの想いと、思いやる気持ち、そして母に対する想いは、一時は空回りしても、やがてひとところに集まり、家族が集まるその場所を拠り所にするのだろう。
名探偵は密航中*若竹七海
- 2005/08/26(金) 17:10:55
☆☆☆・・
戦前、海外旅行の主流は客船でした。日本から欧州まで、
人々は一か月以上もかけ、いくつもの港を経由して
のんびりと運ばれていったのです。そんなのどかな時代の、
のどかなはずの客船に、たまたま名探偵、猫、じゃじゃ馬お嬢さま、
賢いメイド、女冒険家に悪戯小僧、おまけに宝石泥棒や殺人者、
といったとんでもない乗客たちが乗りあわせてしまった・・・・・。
本書はそんな設定を楽しみながら書いた、優雅でのんき、しかもてんやわんやの
<オムニバス・昭和初期・船・トラベル・ミステリ>です。
船酔いに気をつけて、お楽しみください。 (「著者のことば」より)
7つの連作集。
それぞれの物語で事件が起こり、解決されてゆくのだが、その様子をまとめるように、旅行記の下書きとして 龍三郎が兄に宛てて送った手紙がそれぞれの物語の最後につけられている。
事件テンコ盛りの船旅が終わり 読者もやっとひと息ついたところで、それがまた最後の最後の謎解きの落ちにつながるのだから、作者のサービス精神はとてつもない。
それにしても、こんなメンバーで二か月近くを過ごさなければならないとしたら、事件が頻発して飽きることがない、などと笑ってはいられないだろう。
強奪箱根駅伝*安東能明
- 2005/08/24(水) 18:17:50
☆☆☆・・
生放送がジャックされた?!
混乱をきわめるTV局、嘲笑う犯人
各区間で演じられる激走のドラマと、犯人側との攻防がシンクロする!
一気読み間違いなしの感涙サスペンス。 (帯より)
12月30日の夕方、神奈川大学駅伝チームのマネージャー水野友里が足りないものを買いに出たまま行方不明になり、そのころ箱根駅伝を中継するTV局には女を監禁するところを生中継する映像が送られてくる。
そして神奈川県警には
“みずのはあずかった かえしてほしかったら いかのもの
きたる はこねえきでんに さんかするな
じんだい つるこうすけ”
という脅迫状が送りつけられており、捜査員が、中継をするTV局にやってきたことで、先の映像が一瞬にして事件性を帯びたのだった。
幾重にも巧妙に姿を隠しながら電波を乗っ取ったのは誰なのか。
犯人のターゲットは誰なのか。
割と早い時期にそれらは明らかにされるのだが、犯人たちに連帯感も緊張感も感じられなくて、電波ジャックの技術の巧妙さだけが浮き上がって見えてしまった。
犯人の最後の詰めもあまりにも甘く、あっけなかった。
たしかに一気読みはしたのだが...。
映像にした方が緊迫感があって面白いかもしれない。
逃亡くそたわけ*絲山秋子
- 2005/08/23(火) 14:01:50
☆☆☆・・
逃げるのに、理由なんていらない。
誰も知らないところに行かなくちゃいけない。今すぐ。今すぐ。
あたしは見えないものに追い立てられていた。
「なごやん、車持っとらんと?」
「あるけど・・・・・」
「一緒に逃げよう。もうそれしかなかよ」
「家まで車で送ってやるよ。それから俺は車戻して病院に帰る」
「嫌ったい」
「子供みないなこと言わないの」
けれど、あたしが見つめるとなごやんは目を伏せてしまった。
しばらく、そのまま両膝に手をついてあぐらをかいていたが、
やがて深い溜息をついた。
「ほんとうに逃げるんだ?」
「ほんとくさ」(本文より) (帯より)
福岡の精神病院に躁鬱病で入院している21歳の花には幻聴がある。≪亜麻布二十エレは上衣一着に値する≫という意味不明の――のちにこれは資本論の一節だと判るのだが――男の声が耳から離れないのだ。
今は躁状態の花は薬漬けの生活に嫌気がさして逃げることに決める。ちょうどその場に居合わせた鬱病のなごやんを道連れに、九州を一路南下するおんぼろルーチェでの旅に出る。
なごやんは生まれ故郷の名古屋を嫌悪し、慶応大学入学を機に憧れの東京に出て、卒業してNTT関連の企業に就職するが、転勤で福岡にやってきたのだった。
逃げて逃げて逃げて道なき道をも逃げて、だんだん何から逃げているのかわからなくなってもとにかく逃げつづける。
逃げ切れるなどとはもとより思っていないのに、憑かれたようにただ南へ向かう。
花が逃げたのは病院からだけではない。精神病だとわかった途端に逃げ出したモトカレや友人たち、自分の頭のなかでうるさく喚きたてる何人もの声・声・声、そしてなによりもそんな自分自身から逃げたかったのだ。きっと。
物語は二人が南へ向かったままで終わる。これからのことはわからないまま。
これから二人はどうなるのか。未来は明るいのか暗いのか。
太陽と毒ぐも*角田光代
- 2005/08/22(月) 16:59:03
こどもの一生*中島らも
- 2005/08/21(日) 17:14:06
☆☆・・・
作中歌『砂の国』の特性CD付
殺してもよろしいですかあ?
中島らもが渾身の力で読者に投げる恐怖のボール
瀬戸内海に浮かぶ小さな島に一台のヘリコプターが舞い降りた。
観光開発会社を経営する男とその秘書は、この島を丸ごと
レジャーランドにする思惑を秘め、下見に来たのだ。
MMMという島のセラピー施設に治療という名目で入る。
しかし、そこにはすでに女二人、男一人の患者がいた。
五人は゛クライアント゛と呼ばれ、翌日から施設で治療が始まる。
そして、想像を絶する驚愕の物語が幕をあける・・・。
読者の皆さま、夢々油断召されるな。
戦慄のシーンを乗り越えたと思っても、さらに新たな恐怖が
巨大な口を開けてあなたを・・・。
CD『砂の国』の美しい旋律に乗って。 (帯より)
劇場用に書かれたものを小説化したものなのだとか。
舞台で観たら怖かったのだろうか。
はっきり言って小説ではわたしは怖がれなかった。恐怖の実態自体があまりにも現実離れしすぎていて。
想念が実体化するということは絶対にないとは言えないと思うのだが、もう少し違った姿で現れてくれた方が怖さが増したかもしれないと思う。
前半のクライアントたちが、治療によって十歳のこどもに戻り、十歳としての暮らしを送るところは次に起こることへの期待を高めたのだが...。
とっちゃんが作った歌 として作中に出てくる『砂の国』という歌は、透き通った物悲しさが漂っていて、暗示的でもあるのだが、そこから連想するのは前半部分から想像する物語であって、この物語ではないような気がする。
魔法飛行*加納朋子
- 2005/08/20(土) 17:13:27
☆☆☆・・
女子大生駒子の周辺に起こる不可思議な出来事
鮎川賞受賞作家が瑞々しい感性で描く連作推理
論理じゃない、魔法だ
有栖川有栖
(帯より)
『ななつのこ』の続編。
前作では『ななつのこ』の作者佐伯綾乃に宛てて手紙を書いていた駒子だが、本作では、≪あやめさん≫の正体だった瀬尾に宛てて自作の小説もどきを送る。
やはりその中には解かれるべき謎が織り込まれているのだ。
そして瀬尾にだけ見せているはずの物語を知っているかのような謎の手紙が駒子に届けられるようになる。
駒子の物語・瀬尾の謎解き・駒子の日常生活という縦糸に、この謎の手紙が横糸となって、バラバラの物語を繋ぎあわせることになる。
当たり前なのだが、有栖川有栖さんの解説が前作『ななつのこ』を含めてあまりにも的を射ているので感心してしまう。
世にも美しい数学入門*藤原正彦/小川洋子
- 2005/08/19(金) 17:09:01
☆☆☆・・
学生時代あれほど苦手だった数学が、芸術や自然と同じように
人に感動を与えるものであることを知り、私は驚いた。
そして偉大な数の世界の前で頭を垂れ、叡智の限りを尽くして
そこに潜む真理を掘り起こそうとする、数学者の健気な姿に感動を覚えた。
(「まえがき」より 小川洋子)
学校の数学では、基本概念を理解し、それを用いて問題をすばやく解く、
ということがもっとも重視され、数学の美しさを観照するまでは至らない。
本書ではその美しさを中心テーマとした。
(「あとがき」より 藤原正彦)
小川洋子さんが『博士の愛した数式』を書くきっかけになった数学者・藤原正彦さんとの出会いや、その後の対談+αの一冊。
数学者の数学に対するある種偏執狂的な熱さが伝わってくる。
≪数学者はストーカー≫という一語がそれを端的に現わしている。
数学者の仕事は今の世の中に有益であってはいけない、と言う。
数百年、もしかすると数千年後にどこかで役立つかもしれない、という程の想いで定理の発見に努め、それを証明しようとする。
頭の中を数字だらけにしながら、なんと気が遠くなるスパンで世界を捉えていることだろう。
数学にも国民性があるというのもとても興味深い。情緒など欠片もないと思っていた数学に人間味を感じてしまうほどである。
死神の精度*伊坂幸太郎
- 2005/08/19(金) 13:26:13
☆☆☆☆・
俺が仕事をするといつも降るんだ
クールでちょっとズレてる死神が出会った6つの物語 (帯より)
これぞ究極の≪神様のレシピ≫。神様は神様でも死神だが。
千葉と言う名を与えられ、対象者――一週間以内に死ぬ者――に合わせてさまざまな年齢で姿を現わす死神。
7日間 対象者を観察し、「可」か「見送り」かの判断を下すのが仕事だ。
どうせ「可」にすると決まっているのだからと、さっさと「可」の報告を出してしまう同僚もいるが、彼は真面目にきっちり7日間観察する主義である。
対象者たちは、偶然千葉が扱うことになった人たちなのだが、まんざら無縁ではないことが最後の最後にほのめかされていて、それは本当の≪神様のレシピ≫なのだと思わされる。
それにしても、≪死神の精度≫とはよく言ったものだと思う。
千葉は、決して非人間的だったり冷酷非情だったりするわけではないのだが、やはり人間とはまったく異なったものなのだ。激したり 必要以上に感情移入したりすることもなく、与えられた仕事をこなしてあとを引かないのだ。
死神としての千葉の精度は高いと言ってもいいのだろう か。
神様からひと言*荻原浩
- 2005/08/18(木) 17:45:06
☆☆☆・・
会社に「人質」取られてますか?
不本意な移動、でも辞められない。
佐倉涼平
九月十二日付けで総務部お客様相談室へ異動 (帯より)
大手の広告会社をリストラされ、同棲していた恋人にも出て行かれた佐倉涼平が、求人雑誌の『広告宣伝のスペシャリスト求む』という言葉に惹かれて入社を決めたのは、「タマちゃんラーメン」ほか多種類の食品を扱う珠川食品だった。
社訓は先代社長が常々言っていたという「お客様の声は、神様のひと言」。
仕事に対する報われなさは、どこか『メリーゴーランド』にも似ているが、登場人物のキャラクターの普通でなさは比べ物にならない。
よくもまあこれだけの人材(?)を抱えてこの会社は潰れないものだと 変な風に感心してしまう。
リストラ・それに伴う自殺・派閥争い・会社の私物化、などなど、シビアな問題がテンコ盛りなのだが、なぜか深刻に考え込めないのは、このある意味 粒揃いのキャラクターたちゆえだろう。
ジャージの二人*長嶋有
- 2005/08/17(水) 17:09:49
☆☆☆・・
父と息子と犬のミロが北軽井沢の別荘で過ごす夏の日々の物語である。
などと書くと、爽やかな物語をイメージするかもしれないが、じめじめとして少々黴臭く、なにやら情けない事情を互いに胸に燻らせてのだらだらとした怠け者生活である。
別荘は、むかしむかし 祖母が、戦争がまた起きても困らないようにと何もない山の中に買ったものだし、二人が着ているのは、もったいながりやのその祖母があちこちからもらったり押し付けられたりしてダンボールに溜まっていた どこかの小学校のジャージなのだから。
家族――父と息子とか夫と妻とか――とはいちばん近いくせにいちばんどうしようもなく何も言えないもののようだ。互いを思いやってはいても そこから一歩近づいて直接的な行動に出られないのはお互いのことをわかりすぎているからだろうか、それとも実は何も知らないからだろうか。
さよならバースディ*荻原浩
- 2005/08/16(火) 22:22:40
☆☆☆☆・
どうして誕生日にさよなら?とタイトルを見て思ったのだが
バースディはチンパンジーに似たサルの一種・三歳のボノボの名前だった。
研究のために日本にやってきた初代ボノボのカノンが彼を産んだのが、この研究の初代責任者・安達の誕生日だったので、そのとき助手だった真が名づけたのだった。
その安達がバースディの飼育室の檻の前で自殺し、一年後の今、アシスタントで 真の恋人でもある由紀がバースディのスタディルームの窓から飛び降りて死ぬ。現場にいたのはバースディただ一人・・・・・。
研究所で生まれ育ったバースディは、自分を猿とは思っていない。むしろヒトの仲間だと思っていたのだろう。真や由紀と遊んだり話したりするバースディの姿は、それはそれは活き活きとしているのだから。みんな自分の友だちだと信じて疑わないように。そしてその気持ちは、真も由紀も同じなのだ。
それなのに、人間は純粋なだけではいられない、正しいだけでは勝ち残れないのだ。
悪いのは誰だったのだろう。安達や由紀はなぜ死ななければならなかったのだろう。
「ゆき むね いたい」という由紀の仕掛けによってバースディが真に示したこの言葉がすべてを表わしているのだろう。
さよならバースディ――といまここでは言わなくてはならないかもしれないが、いつかアフリカで、野性に返ったバースディと真がキーボード・シートで会話する姿をきっと見ることができると信じたい。
天使の囀り*貴志祐介
- 2005/08/16(火) 08:28:57
☆☆☆・・
『黒い家』を凌ぐ、大傑作
現代社会の病根を抉りだす、前人未到の超絶エンタテインメント
頻発する異常自殺事件!それは人類への仮借なき懲罰なのか。
迫りくる死の予兆と快楽への誘惑。漆黒の闇から今、天使が舞い降りる。
注目の気鋭が放つ、衝撃の問題作(書き下ろし) (帯より)
ホラーは苦手と言いつつつい手にしてしまう貴志祐介。
インターネット上に巧妙に仕掛けられた罠・人の弱い部分を巧みに刺激して付け入る卑劣さ・麻薬的快楽に陥る怖さ。そしてなにより、人間の奢りを根こそぎ覆す線虫のおぞましさ。
ラストに向かって少々急いだ感じがするのが少し気になったが、タイトルから想像する世界と、物語のなかの現実とのギャップの激しさには言葉を失う。
ななつのこ*加納朋子
- 2005/08/14(日) 17:14:59
☆☆☆・・
第3回鮎川哲也賞受賞作
郷愁を誘う幻想的な作品集『ななつのこ』の著者との交流を通して、
日常の中の謎を解き明かしていく主人公――
期待の女流作家が贈るほのぼのとした連作推理長編! (帯より)
短大に通う入江駒子が書店の新刊本コーナーで偶然見つけた『ななつのこ』という短編集に惹かれ、著者である佐伯綾乃に生まれて初めてのファンレターを書くところから物語ははじまる。
加納朋子著の『ななつのこ』のなかに、佐伯綾乃著の『ななつのこ』が入れ子になっている、という構成にまず目を惹かれる。
そして、佐伯綾乃著の『ななつのこ』のなかではやて少年があやめさんにちょっとした謎の答えを求めるように、駒子もまた日常生活で出会った謎を ファンレターという形で佐伯綾乃に提示し、返信という形でなされる佐伯綾乃の謎解きの鮮やかさとやさしさにまた惹かれるのだ。
≪ななつのこ≫に与えられたもうひとつの意味は読んでからのおたのしみ。
それにしても、駒子の謎を解いてくれる佐伯綾乃そのものが、解かれるべき謎だったとは!
招かれざる客たちのビュッフェ*クリスチアナ・ブランド
- 2005/08/13(土) 14:00:07
☆☆☆・・
北村薫氏ご推薦の一冊。
英国ミステリ史上、ひときわ異彩を放つ重鎮ブランド。
本書には、その独特の調理法にもとづく16の逸品を納めた。
コックリル警部登場の重厚な本格物「婚姻飛翔」、
スリルに満ちた謎解きゲームの顛末を描く名作「ジェミニー・クリケット事件」、
あまりにもブラックなクリスマス・ストーリー「この家に祝福あれ」など、
ミステリの真髄を伝える傑作短編集。 (文庫裏表紙より)
ストーリーやトリックや謎解きはおもしろいのだが、やはり翻訳物は苦手である。
独特の言い回しや言葉遣いの回りくどさ故に、文章がすんなりと頭に入ってきてくれないのだ。
もったいないことなのかもしれないが、仕方がない。
短編集だったのが幸いかもしれない。
翻訳物が得意な方には興味深い作品集なのだろう。
ふしぎな図書館*村上春樹
- 2005/08/12(金) 21:00:13
☆☆☆・・
佐々木マキさんの絵とのコラボ作品。共著の作品のカテゴリに入れるべきだったかも。
文庫本ほどのサイズなのにハードカバーで澄ました子供みたいな姿。
ぼくは、オスマントルコの税金の集め方に ふと疑問をもってしまったばっかりに、何の変哲もない市立図書館のふしぎな地下の世界に引き入れられてしまう。
大きな鉄の球を足につけられ、地下牢に閉じ込められて一ヶ月の間にオスマントルコの税金に関する三冊の本を暗記しなければならない。
地下牢の見張り役は本物そっくりの羊の皮をかぶった羊男。
美味しい三度の食事とおやつや夜食まで出してくれる。
羊男が自ら粉を練って作ってくれるドーナツは揚げたてでかりっとしていてなんとも美味しそうなのだ。
作品中でぼくも言っているが、一体どこまでが本当にあったことなのだろう。
そして、何を暗示しているのか あるいは何も暗示などしていないのかよく判らないが、とにかくふしぎだらけの一冊だった。
仔羊の巣*坂木司
- 2005/08/10(水) 17:21:15
☆☆☆・・
僕、坂木司とひきこもりの友人、鳥井真一との間にも、変化の兆しはゆっくりと、
だが確実に訪れていた。やがていつの日か、友が開かれた世界に向かって
飛び立っていくのではないか、という予感が、僕の心を悩ませる。
そんな僕の同僚、吉成から同期の佐久間恭子の様子が最近おかしい、と相談されたり、
週に一回、木工教室の講師をするようになったという木村さんからの誘いで、
浅草に通うことになった僕たちが、地下鉄の駅で駅員から相談を受けたり、
と名探偵・鳥井真一の出番は絶えない。
さらには、僕の身辺が俄に騒がしくなり、街で女の子から襲撃されることが相次ぐ。
新しく仲間に加わった少年と父親との確執の裏にあるものとともに、
鳥井が看破した真実とは・・・・・?
『青空の卵』で衝撃のデビューを飾った坂木司の第二作品集! (見返しより)
坂木と鳥井のシリーズ第二弾である。
ひきこもりの鳥井が坂木によってじりじりと少しずつ外に開かれてゆくのは、嬉しくもあり、淋しくもある。どうしても、坂木の心持ちになって読んでしまうのである。
あとがきで、はやみねかおる氏が書くように、前作『青空の卵』とこの『仔羊の巣』はタイトルからして 卵から巣へと世界を広げているのだが、巣の外へ出たときに鳥井を待っているものが何かを想うと、ただ手放しで喜ぶわけにもいかないことに気づいて茫然としてしまう。
どうか彼の出会う外の世界が少しでもやさしいものでありますように、と祈るしかない。
この物語だけでも充分に愉しめるが、『青空の卵』から読みはじめると坂木と鳥井に対する思い入れは倍増するだろう。
真犯人*風間薫
- 2005/08/08(月) 17:35:03
☆☆・・・
サブタイトルは [三億円事件]31年目の真実。
これは何なのだろう、というのが読み初めてすぐに思ったことだった。小説?手記?
最後まで読んでもやはりよく判らなかった。
中原みすず著『初恋』と三億円強奪事件のあらすじは恐ろしくよく似ているのだが、肝心なところだけが異なっている。『初恋』でみすずが立っていた場所のほとんどにフー子こと風間薫自身がいるのである。
どちらが真実なのか、あるいはどちらも想像の産物なのかは 当事者でない者には知る由もないが、物語の美しさと、矛盾のなさで小説としての『初恋』に軍配を上げたくなるのは仕方ないだろう。
著者は「三億円事件の真相を墓場まで持っていくつもりでいた」と書きながら、別の個所では「いくつかの文章を文学賞に送ったが無反応だった」とも書いているのだ。
『初恋』のなかのみすずと思われる≪ミス九時≫に負けたくないというフー子の女としての気持ちがにじんでいるようで哀れささえ感じてしまう。
名探偵の饗宴
- 2005/08/08(月) 06:56:41
ささら さや*加納朋子
- 2005/08/06(土) 20:16:13
☆☆☆☆・
ささら さや・・・・・。
逝ってしまったあの人にもう一度会わせてくれる哀しくて懐かしい魔法の音。
サンキュ、サヤ。そして、バイバイ。
夫を突然の事故で失ったサヤは残された赤ちゃんのユウ坊とふたり
「佐々良」という街へ移住する。
そこでは数々の不思議な事件がサヤの身にふりかかる。
けれどその度に亡くなった夫が他人の姿を借りて助けに来てくれるのだ。
また久代、夏、珠子という三人のお婆さんや、エリカとダイヤ親子という
素敵な友だちもできた。
しかし、そんなサヤに夫の家族がユウ坊を引き取りたいと圧力をかけてくる。
そしてユウ坊が誘拐された・・・・・。
ゴーストになった夫と残された妻・サヤが永遠の別れを迎えるまでの
切なく愛しい日々を描く長編ミステリ小説。 (帯より)
菊池健さんのカバー絵のサヤが あまりにも物語のなかのサヤそのままで切なくなる。
誰かに守られるべく在るようなほわんとしたサヤが、逆にひとりきりでユウ坊を守らなければならない立場になる。
けれど、いつも誰かが助けてくれるのだ。サヤの持って生まれた人徳ゆえだろう。
人に恵まれているということは、しあわせの大きな要素なのだとよくわかる。
はじめにこれ以上なく悲しい出来事がドカンと起こり、最後は永遠の別れであるにもかかわらず、読後は胸がじんとぬくもる一冊である。
ナイフ*重松清
- 2005/08/05(金) 17:18:00
☆☆☆☆・
五つの家族の小さな幸福と苦い闘い――
小さな幸福に包まれた家族の喉元につきつけられる“いじめ”という名の鋭利なナイフ。
日常の中の歪みと救いをビタースィートに描き出す出色の小説集! (帯より)
笑っていることで、いじめられているという事実から ほんの一瞬でも目をそらせると思い込んでいる子どもの、崩れ落ちるギリギリの崖っぷちで精一杯歯を食いしばっている姿に、親は何をしてやれるのだろう。
いじめられていることを誰よりも知らせたくないのが親だという。
子どもの立場にたってみると、それは痛いほどよくわかる。親にとって子どもは何物にも替えがたい宝なのだ。子ども自身が誰よりもそのことをよくわかっているから、だからこそ、その宝がないがしろにされていることを親だけには知られたくないのだ。
だが親の立場になってみれば、これほど切ないことはない。
何かあったときに どこよりも安心して逃げ帰れる場所でありたいと願っているのに、何も知らされないのだ。やりきれない。
いじめが社会問題化して久しいが、一向になくなる気配を見せていない。
どうして?なんで?と、みんながいじめに疑問を抱けば、いじめなんてなくせるんじゃないか、と思うのは甘すぎるのだろうか。
みんなに読んでほしい一冊である。
すぐそこの遠い場所*クラフト・エヴィング商會
- 2005/08/04(木) 17:05:23
☆☆☆・・
「この事典はね。見るたびに中身が変わってゆくのだよ。」
クラフト・エヴィング商會の先代、吉田傳次郎がそう言い残した一冊の書物
「アゾット辞典」。傳次郎の孫であり、現在のクラフト・エヴィング商會の主人が、
書棚の隅から、この不思議な書物を見つけてきた。
遊星オペラ劇場、星屑膏薬、夕方だけに走る小さな列車、エコー・ハンティング、
ガルガンチュワの涙という蒸留酒、雲母でできた本、忘却事象閲覧塔・・・・・。
アゾットには、謂れも始まりもわからないたくさんの事や物がつまっている。
茫洋とした霧のなかにあるかのような、なつかしい場所アゾットの、
永遠に未完の事典。つづきは読者の方それぞれに書いてほしくて、
まずは一冊、お届けします。 (見返しより)
『クラウド・コレクター/雲をつかむような話』とは姉妹作になる。
アゾットとは世界のことであり、世界とはすべてのことである。
事典とは、知っていることの欠片を書き記し、世界を思い描くことができるように手助けするものである。らしい。
出てくる事や物の価値観や定義や在り方は、ことごとくわたしたちが見知っているものとは違うのだが、なぜか違和感も不信感もなく納得させられてしまう。
遠くのことだと思っているとすぐ近く、自分の裡のことのようだったりしてドキリとさせられたりもする。
それぞれのアゾット=世界を、読者がそれぞれ胸の裡に描くことがこの永遠に未完の事典の存在意義なのかもしれない。
オロロ畑でつかまえて*荻原浩
- 2005/08/04(木) 07:40:08
☆☆☆・・
第10回小説すばる新人賞受賞作
文章は軽妙にしてユーモアに満ち、話は風刺の力にあふれて爽快であり、
近ごろ稀な快作である。こういう作品に余計な選評は不要、とにかくお読みになって、
読者それぞれの立場でたのしんでいただければよい。
――――井上ひさし氏評
(帯より)
フタマタカズラの花が咲く年は、村に異変が起こる。
牛穴村では古くからそう信じられている。白い花が咲けば吉兆。
赤い花が咲けば凶兆。六十年に一度だけ咲く、といわれるこの花が
前回開花したときは、赤。ニ・ニ六事件の年だった。
そのフタマタカズラが、今年、牛穴村に咲く。
四月初め、雪解けが始まったばかりの山あいの谷間で、小さな蕾を
ほころばせようとしていた。だが、その蕾の存在も花の色もまだ誰も知らない。 (プロローグより)
こうして物語は幕を開けるのである。
村の外では話が通じないほど訛りが強く、交通の便も悪いことも手伝ってさびれゆくばかりの牛穴村。
董の立った青年部会の寄り合いの場で、村でただひとり東京の大学を出て、標準語を話せる旅館米田荘の主人・慎一が村おこしを提案する。
慎一は、東京に出たがりの悟と共に、広告代理店に勤める大学時代の友人を頼って上京し、村おこし企画を依頼しようとするのだが――。
本人たちにしてみれば死活問題で、笑い事ではないのかもしれないが、なんとものどかで笑ってしまうところが随所にある。
だが、ただ笑っていられる話ではない。さまざまな風刺があちこちにピリリと利いているのだ。
過疎のことだったり、マスコミ批判だったり、権威至上主義だったり、都会への憧れだったり。
慎一の妻マリアンのママがよく言っていたという
「裏の庭で見つからないものは、どこ行ったって見つからない」
というひと言がキーワードだろう。
角に建った家*赤川次郎
- 2005/08/03(水) 13:02:10
☆☆☆・・
赤川次郎:文、司 修:画 絵本、といっていいのだろうか。
ある日、本の中そのままの家が近所に建った。まさに忽然と、という感じで。
その本を何度も熱心に読んでいた幹夫は、呼ばれるようにしてその家の前まで行き、招かれるようにして家の中に入ってしまう。
そこにいたのは、本の中でひとり暮らしていた少女だった。
そこで過ごす時間は、家の外に流れる時間とは流れ方が違っていて、ほんのしばらくいただけのつもりなのに、一日以上が経っていて家や学校で大騒ぎになっていたりするのだ。
幼なじみの由紀子は、その家と少女に夢中になる幹夫を心配しながら様子を見守るが、ある日その家の不思議さに気づき、命をかけて幹夫を守ろうとする。
本の世界と現実の世界が縺れるように重なる、というのは感覚的にはわかる気がするし、実際に本を読んでいるときには本の世界に入り込んでいることも多いのだが、本の世界の方がこちらにやってきたとしたらどんな心地だろうか。
この本が、世界に存在することに*角田光代
- 2005/08/03(水) 07:24:17
オテル モル*栗田有起
- 2005/08/02(火) 13:42:01
☆☆☆☆・
オテル・ド・モル・ドルモン・ビアンは地下にあるホテル。
地下13階。地下2階から地下12階までの各フロアに9室ずつの客室がある。
営業時間は日没から日の出まで。一見さんお断りの会員制で、会員資格は本当に眠りを必要としていること。
そのホテルのフロントデスクの受付の求人広告を見つけた本田希里は、何度も何度も繰り返しそれを見、見れば見るほど自分にぴったりな条件だと考えて履歴書を送った。
その条件とは、年齢や学歴は問わず、接客の経験も問わず、勤務時間は日没から日の出までで、夜に強く、孤独癖があり、めったにいらいらしないということだった。
希里のオテルでの仕事のこと、眠りを求めるためだけにオテル・ド・モル・ドルモン・ビアンを訪れるお客様たちのこと、そして、双子の妹 沙衣と17歳で産んだその娘 美亜とその父 西村との生活のことが物語りの幹になっているのだが、ほんとうは、すべてが希里の心の奥のことを表わしているようでもある。
呼ばれるようにしてオテルと出会ったのも、希里こそが心の底からの眠りを必要としていたからなのではないかと思われる。
この物語の最初から最後まで、実はみんな希里の夢だったのですよ、と言われたとしても、わたしはたぶん驚かないだろう。
青空の卵*坂木司
- 2005/08/01(月) 20:43:03
☆☆☆・・
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僕は坂木司。外資系の保険会社に勤務している。
友人の鳥井真一はひきこもりだ。プログラマーを職とし、料理が得意で、
口にするものは何でも自分で作ってしまう――それもプロ顔負けの包丁さばきで。
要するに外界との接触を絶って暮らしている鳥井を、何とか社会に引っ張り出したい、
と僕は日夜奮闘している。そんな僕が街で出合った気になること、不思議なことを
鳥井の許に持ち込み、その並外れた観察眼と推理力によって
縺れた糸を解きほぐしてもらうたびに、友人の世界は少しずつ、でも確実に
外に向かってひろがっていくのだった・・・・・!?
気鋭の新人による書き下ろし連作推理短編集。 (見返しより)
著者がモデルかどうかは定かではないが、同名の坂木司が主人公である。
鳥井真一とは中学時代からの友人であり、いまや、互いになくてはならない存在なのだ。
彼らが親友同士というものになった経緯からしてありふれてはいないのだが、大人になってからの関係もそれから引き続いて一般的ではない。
けれども、とても純粋で確かな関係なのだ。妬けちゃうくらい。
そして、ひきこもりの鳥井の見事な推理と洞察力は、坂木が持ち込む日常の謎をいともあっさりと解き明かしてしまう。
鳥井と坂木の二人きりの閉ざされた関係と、彼らそれぞれの魅力と、周りに集まってくる人たちの魅力とが撚り合わされて素敵な人間関係が繋がっていくのとが 対照的なのにとても自然で、それがまた物語の面白さに繋がっているのかもしれない。
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